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第百十五話 所詮陛下の掌の上です。


「さて、水道工事事業についての話は一先ずキリがついた。残るはグラスフィート領に於けるキャスダック子爵殺害事件についてのことになるのだが、おおよその事情は聞いている」

 二人が出て行ったところで陛下が再び私達に目を向けて切り出した。

 すると父様がすかさず椅子から飛び降りてその場に平伏する。

「申し訳御座いません。私の管理不行届にてとんでもない事態にもなりかねないことに」

 それにならうべきかとも考えたが陛下に手で制され、話が続いた。

「まあその責任の所在については後回しだ。まずは座れ。

 それで、証拠が何一つ残っていないと言うのは本当か?」

 陛下に言われて椅子に掛け直した父様が答える。

「はい、帳簿にも怪しいところは一切ありません。我が領地で加工が行われた形跡もなく、問題の植物については野菜として彼の国に輸出されております。栽培に関わっていた者は殺害、畑も焼かれ、草の根一本も残っていません」

「成程。つまりは状況証拠すら残っていない、被害だけが残る状態となってしまったと言うわけだな?」

「はい、申し訳御座いません」

 陛下の確認に父様は顔を上げることもできずに机の上に頭を擦り付けるように下げる。

「キャスダックの代わりは立てたか?」

「いえ、とりあえずは彼に管理させていた領地は全てを調査し終えるまでは私が取り仕切ることにしました」

「良い。では引き続き調査を頼む。ハルスウェルトのところに潜んでいる密偵らしき者についても何か動きがあるようなら報告せよ」

「御意に」

 父様への確認と命令が一通り終わったところで陛下の視線がこちらに向く。

 なんか、すごく嫌な予感がするのだけれど。

 

「そしてハルスウェルト、私はこの案件の交渉にフィガロスティアをベラスミ帝国に行かせることにした。ついてはこれに父上と一緒に同行してもらいたい。最初は伯爵だけと思っておったのだが其方は知恵がまわる。あれの助けになってくれるであろう」

「無理ですっ」

「まずは話を聞け」

 国家間の交渉の席など私には無理。

 とんでもないポカをしないとも限らない。

 イシュカが睨んだ通り、フィアの次期国王としての地位確立のための布石とする気のようだ。

 即座に断った私に陛下が話を続ける。

「そして其方には学院在籍時の四年間、騎士のタマゴ達に講義をしてもらいたい。勿論、ずっとでなくて構わぬ。イシュガルドを補佐に付けても良い。長期休み明けの短期集中特別講師としてな」

「ですから無理ですっ」

 やっぱり。そんなことではないかと思ったのだ。

「良いから聞け。其方の父上の今後にも関わってくる。其方の返答次第ではこの件、揉み消すこともできるぞ?」

 速攻で拒否した私に陛下はニヤリと笑ってこちらを見た。

 実に嫌なところをついてくる。

 黙り込んだ私を陛下がしてやったりと言う顔を向ける。

「やっと聞く気になったようだな。では話を続けよう。其方の存在について公にされていないが各国の王侯貴族の調査が入っているのは知っているか?」

「話だけは、少し」

 ガイや団長達から聞いた。

 王家で話をすり替えようとしていると。

「今まであまり広めぬようにと尽力してきたが其方の行動が目立ち過ぎて既に限界を超えている。そこで今更だがこの際、公にしようと思う」

「本当に今更ですね」

「そう言うな、こちらも事情があったとはいえ色々手数を掛けたのは悪いとは思っているのだよ。本来であればまだ其方の年では戦場や魔獣達の狩場に連れ出してはならぬと法律で定めている。不可抗力もあったとはいえ最早隠しておけぬのでな。と言うより既に隠している意味はない。

 貴族はおろか平民にまである程度知れ渡ってしまってはどうしようもない。

 そこで其方の存在を公にすることで他国の学院への留学生を受け入れようと思っている。其方の存在を知らしめ、我が国のスタンピードによる被害が武力ではなく、其方の知恵と知略によって防がれたのだと公表することで各国、特にオーディランス王国の興味を逸らそうと思うのだ。そして其方の入学と同時に講義を開催して留学生を受け入れることを公表し、各国にも魔獣討伐に対する手段を持ち帰ってもらう」

 陛下の説明になんとなくだが事情が飲み込めてきた。

「つまりは今回の負の感情を次回の魔獣被害への対策の期待に興味をすり替えようと言うわけです」

 宰相が陛下の言葉を補足する。

「要するにお前の魔獣討伐に対する知識を持って帰らせることで今後も他国に魔獣、魔物討伐を押し付け合うような状況を少しでも減らそうと言うわけだ。そしてそのノウハウを持つお前のいる我が国に敵対するのは得策ではないと認識させると同時にお前を国外に出すつもりがないことを周知させる」

 つまり国外の王族クラスへの婿入りを阻止出来ると?

「更に今回の其方の考案した事業で水道、運河を繋ぐことにより互いの国の災害や自然の振るう猛威と被害を減らし、新たなる物質の運搬方法を提示することで価値を示し、友好関係を築く。

 相手国に損得の天秤をかけさせるのだよ。

 既に起きてしまったことは仕方がない、だが今後こういう事態になった時の対策を享受してもらえるとなれば国として利を取るのは当然。そうなれば証拠が残っていないとはいえ、万が一其方の領地との関わりをオーディランスが疑ったとしても、確たる証拠がなければ其方を敵に回すのは良策ではないと考えるだろう。

 為政者という者は総じてそういうものだ」

 更に団長が、そして今回の計画に私が組み込まれる意味と効果を陛下が付け足した。

 つまり、早い話、

「大いなる利益の前では多少の不都合には目を瞑る、ということですよ」

 宰相がわかりやすく本音を言った。

「証拠がないというのも都合が良い。この際、知らぬ存ぜぬで通せ。但し証拠が残っているようでは困る。それは徹底的に一欠片も残すことなく消去せよ。其方のところに潜んでいる密偵も見張らせる必要はあるが更に被害を及ぼすようなものでない限り証拠隠滅するための行動であればそのままやらせておけば良い。さすればこちらは全て知らなかったで通せる。この件で犠牲になった者には何か違う理由をつけて存分に保証してやるがよい」

「キャスダックが死んだのは自業自得。野盗に襲われて命を落とした。そういうことにしておけばよいでしょう。その辺りについてもベラスミとの交渉の際、上手く匂わせてあちらに全て責任を負ってもらいます。ベラスミには私も殿下の補佐としてついて行きますので御安心を」

 損を取って得を得る、そういう事態に持って行くことでウチの領地を巻き込んだ責任を取らせようということだ。キャスダック一人が得た利益とオーディランス港町が受けた被害と我が国が敵対することで被る損害全てを合わせ、考えればベラスミの得られる利益の方が明らかに多い。そのツケを彼らに払わせようということか。

「と、いうことにしようかと思っているのだが、どうだ? ハルスウェルト。講義を引き受ける気になったか?」

 私までついて行くことになるのは予定外だが。

 しかしながら今回の件がこれでお咎め無しになるというのなら悪い話ではない。

 来月から騎士団支部での講義も始まるのだから今更だ。

「謹んで拝命致します」

 私は快くとはいかないが陛下の提案を受け入れた。

 仕方がない、父様の責任問題に発展するよりマシだ。


「伯爵、優秀な息子がいて良かったな。其方への処罰はその自慢の息子を今後も支えることとする。長男に家督を譲った後も、一生だ。ハルスウェルトが成人したその時点で此奴が所有している私有地は全て此奴の領地へと変更する。その代わりとしてへネイギス一派の重鎮として不当な利益供与、及び領地経営のため国外追放となり、現在、代行が管理を行なっている隣接している北の領地を来年より新たに与え、併合する。

 其方に隠居という言葉はない。

 自分と領地、国を救った息子のために生涯を尽くせ。

 其方の息子の事業は必ずや国を繁栄に導き、時代の王となるフィガロスティアの助けとなるであろう。それを影から支え、国の繁栄のために尽力せよ。それが其方に課す責任と償いだ」

 つまりは兄様が成人してある程度の経験を積み、独り立ちした後、父様は私達の力になってくれるということだ。

 将来、私はまた一人、心強い味方を手に入れられるということにほかならない。


「承知致しました。必ずやそのお役目、果たして御覧にいれます」

 これで一件落着とばかりに陛下が満足そうに頷いた。

 陛下の提示した案はなんだかんだで全てがそれなりに上手く回るようになっている。

 ベストではなく、それぞれが利益を得て納得できるベターなところで。


「では部屋を用意させている。今宵は城に泊まっていくが良い。

 今後も水道、運河の工事については協力、相談をすることもあるだろうが出来る限り協力を頼む。ベラスミへの訪問日程は決まり次第連絡する」

 長い会議と糾弾もこれで終わりかと腰を上げようとしたところで再び陛下から待ったが入る。

「待て。ハルスウェルト、其方にはまだ聞きたいことがある」

 嫌な予感。

 大抵こういう時の予感は外れないものだ。


「ハルスウェルト。其方、自分の持っている魔力量と属性について、既に承知しているな?」

 内心ギクリとしたものの、努めて平静を装う。

 通常、子供の属性と魔力量が測られるのは学院入学時。

 私の歳ではそれが安定していなくて、まだ増加する可能性が高いからなのだが、自分の魔力量がどのくらいなのかおおよそはわかる。数値としてではなく、今この魔法を使ったから大体これぐらいの割合が減ったという程度なので目安として知っているくらいなのだが以前よりも同じ魔法を行使した時の体内にある割合から算出するとおそらくまた増えている。

 無言で答えようとしない私に陛下は小さく息を吐く。

「隠さなくて良い。むしろ今後のことを考えるなら知っておいた方が良いと思っただけだ。他国の者にこれ以上其方の価値を知らせるわけには行かぬ。

 過ぎた力は争いのもとだ。だからこそ其方は今まで黙っておったのだろう? 

 隠したいのなら協力してやるから正直に申せ」

 確かに陛下に協力してもらえるならこれほどありがたいことはない。

 それでもどうすべきか迷って父様に視線を向けると大きく父様が頷いた。

 仕方がない。

 いずれ隠し通せなくなることを思えばここで正直に言っておくべきだろう。


「本当ですか?」

「二言はない。高すぎる価値は危険視され、他国に狙われるとも限らぬのでな」

 つまり陛下としてもあまり大事にしたくはないという認識でいいのかな。

 私は小さく溜息を吐くと口を開いた。


「・・・持っている属性の数は全部で七つ、全てです」

 ガタンッと大きな音が上がる。

「全部だとっ⁉︎」

 大声を上げて立ち上がった宰相が陛下に睨まれ、慌てて口を押さえる。

 驚いているのは連隊長も同じのようで目を剥いて小声で叫ぶ。

「そんな者、この国の歴史に於いても数えるほどもいないぞっ」

 団長は属性についてはある程度の予想をしていたようだ。

 およそ二か月、通算で三か月も一緒にいればなんとなく気づいていたのだろう。

 火、水、風、土、光、聖属性。団長の前で使っていないのは闇属性くらいか。

「それで魔力量は如何程だっ? インフェルノを使うくらいだ、三千を下回ることはあるまい」

 宰相が興奮状態で小声で尋ねてくる。

 なんか嫌だなあ、この状態で白状するの。

 まあ仕方ない。

「・・・多分、ですけど。三か月ほど前に五千が少し切れるほどでしたので、今はもう少し増えてますから五千を少し超えたくらいかと」

「私より多いのかっ」

 今度は連隊長が驚いて大声を上げ、慌てて口を塞ぎ、小声で尋ねてくる。

「もしや全属性、上級魔法を使えるなどということは・・・」

「すみません、使えます」

 一般的と言われているものは大体全部。

「成程、ワイバーンやコカトリスにも怯まぬ訳だ」

「ですが怖かったのは本当ですよ?」

 納得したように溜息混じりに言った連隊長に念のため付け加える。

 なんでも平気だと思われてあらゆるところに担ぎ出されてはたまらない。

 私がそういうと今まで黙っていた団長が口を開いた。

「それは力の差ではなく経験値の差だ。俺達が自分達より魔力量の多い魔獣に対抗するために剣技や経験を積むことで魔獣達の放つ魔力威圧に対する抵抗力をつける。だが、お前はその膨大な魔力量があることでヤツらのソレを耐えられたということだ」

 要するに強者の威圧というのも勿論あるのではあろうが持っている魔力が滲み出ているようなものだと思えば良いのか? それで仁王立ちしていた辺境伯を指してライオネル達があれが怖くないのかと尋ねて来たのか。

 命の危険はなかったから凄い迫力だとは思っても怖いとは思わなかった。

 確かに言われてみれば命の保証がされている場合においてその迫力にビビることはあっても恐ろしいと思うことは殆どなかったのはそういうことなのかと納得した。


「それからハルト、お前、詠唱破棄、無詠唱で魔法を使えるだろう?」

 団長にそう尋ねられて再び黙る。

「コカトリスとの戦闘前、俺に速度強化の魔法をかけた。あの時は詠唱を聞き逃したのかと思ったが」

「・・・初級魔法だけです。流石に中級以上は無理です」

 やはりバレたのはあの時か。一瞬団長、驚いたようにこっち見たもんね。

「・・・またとんでもないな」

「すみません」

 呆れたように陛下に言われて思わず謝る。

「それを知る者は他にいるか?」

「父様と私の側近達、王都とウチの領地のギルド長だけです」

 尋ねられて正直に白状した私の言葉に陛下が言う。

「道理で簡単にSランク冒険者の認可が降りたわけだ。彼らが優秀な人材を我々に渡さぬために手段を講じたわけか。まあそれもこの際、其方の力を隠すのには都合も良い。冒険者ギルドに登録されたSランクは本人が望まぬ限り国家間でも簡単に移動させることは出来ぬ。

 だが学院入学時の測定はどうやって誤魔化すつもりであったのだ?」

「ダルメシアがあれはその時に内包している魔力量を計るものだから少なく見せたいのなら空の魔石に吸わせてから計測すれば良いと」

 問いかけられてダルメシアに聞いた方法を答えると。

 陛下は少し間を空けて言った。

「わかった。そのようなことが公になれば欲の皮の突っ張った貴族(ジジイ)どもが其方を戦に駆り出さんとも限らぬ。

 宰相、出回っている大きな空の魔石を密かに回収させろ。適当な理由をつけてな。それを此奴に内密に届けてやれ。空であれば二千クラス以上の物でも然程値段も張るまい。それを満たせる者は殆どおらぬからな。

 それを使用するような事があれば報告せよ。正当な値段で引き取ってやる。大きな魔石は手に入れるのもなかなか苦労するからな。代わりに万が一、緊急にそのようなサイズの魔石が必要な場合は内密に協力してもらう。今後水道工事事業その他でそれらが必要になってくるやもしれぬ」

 これでどうだとばかりに条件を提示された。

 勿論それに異論はない。売り先に困っていたのは間違いない。正当な値段で引き取ってくれるというならありがたいところだ。それにそれが水道工事事業に役立つというなら尚更否はない。


「それからハルスウェルト、コカトリス討伐の一件に於いての褒美は何か思いついたか?」

 それもあったんだっけ。すっかり忘れてた。

「まだあるぞ? 此度の大事業に於ける提案の発案者としての褒美とフィガロスティアの同行についてもだ。それが締結されれば更にその褒美も待っている」

 そんなこと言われても思いつかない。

 そもそも褒美というものは押し付けられるものではないと思うのだが。

 どうしよう、何か適当なものと考えて思いつかずに迷っていると陛下からまた尋ねられた。

「其方、まだ人手が足らぬからと南地区の日雇い労働者達を受け入れようと目論んでいたらしいな?」

 げっ、なんでそれを陛下が知っている?

 閣下あたりが話したのだろうか、余計なことを。

 私がどうやって誤魔化そうかと迷っていると、それを見抜かれたのか、陛下にまで溜息を吐かれた。

 

「良かろう。では後六棟の寮建設の手配をつけてやる。ベラスミとの条約が締結されれば、其方は其奴らも引き入れようとするだろう。仕事にあぶれた者を雇おうというなら、治安向上の上でもこちらとしても利がある。願ってもない。建設予定の場所を決めておけ。それから、これから其方の私有地には他国の要人が滞在することも有り得るだろう。警護対策設備の整った宿を一つオマケでつけてやる」


 やはりそうなるのか。

 お偉いさんに関わるのが嫌で極力王室との関わりを避けようとしていたのに。

 ガイが嫌がりそうだなあ。

 私もだけど。


 よしっ!

 少し離れた場所にしよう、なるべく景観の良さそうなところで。

 この際、湖畔の一部は貴族御用達のボッタクリ仕様の高級店にして。

 平民仕様の施設と近いと問題起きそうだし、囲いでも作って閉じ込め、っと、違う違う。貴族の方々の安全を守るために侵入禁止エリアを作ってのんびりと怠惰に存分に金を使って休暇を満喫して頂こう。


 主に私の心の平穏のために。



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