第百十四話 絶対引き抜かれては困ります。
翌日の昼前に連隊長、他六人の近衛騎士が到着した。
随分と早い。いくら馬車はここに送り届けた時に置いていったから馬で駆けて来れるとはいえ、この時間の到着は予想外。
というか、到着は夕刻予定ではなかったか?
「すまない、いきなり予定よりも早く押し掛けて」
馬から降りた連隊長が笑って挨拶する。
「それは構いませんが、昼食の準備がありません。今からになると簡単なものしか御用意出来ませんよ?」
「勿論それでいい。それに私としては貴方のところの料理ならむしろそれが良い。王都でも食べられない美味しい物が多いからね。まずは馬を厩舎に預けてくるよ、長くなるから話はそれからだ」
そう言って連隊長は一緒に来た近衛兵達と馬場に向かった。
簡単でボリュームがあって、連隊長が好きなものか。
ならば妥当なのはカツ丼あたりか。
急の来客に慌て出した厨房にロイとカラル達が向かった。
人数と軽食を取れる場所と言うと一階のサンルームが妥当か。
準備して待っていると暫くして連隊長達が戻ってきた。
なんかすごい視線を感じるのは気のせいだろうか?
見られてるよね、これ。
視線が突き刺さってるのくらいは私がいくら鈍くてもわかる。
「随分と早い到着ですね。父様の方には寄って来なかったのですか?」
「ここに来る前に寄って来たよ。二人には陛下に拝謁して頂くことが決定した。伯爵は準備が整い次第こちらに来る。それを伝えるためにも早い方が良いだろうと。始めは私だけ先に来るつもりでいたのだけれどね、この者達がどうしても一緒に来ると言って聞かなくてね」
そう言って連隊長の後ろに直立不動で立っている六人に視線を向けた。
初めて見る顔だと思うんだけど?
この間のフィアの誕生日パーティでの一件もあるし、一方的に知られていても不思議ではないけれど、不快な感じは特にしないので放っておいた。見世物パンダなのは今更だ。
「陛下が先日持って行った書類などの仔細について詳しく聞きたいそうだ。それに必要な人間の同行の許可も降りている。ギルドには既に陛下のサインと王国の印が押され、宰相によって書類は提出された。おそらく大規模な国家事業としての決定が下されることになるだろう」
なんか、猛スピードで色々な事態が展開しているような気がする。
そういう国家事業というものは慎重に検討されるべきものではないのか?
「随分と早い決定でしたね。こういうものはもっと時間がかかるものだと」
「当然だ。あの提案に迷う余地はあると思うかい? 私でも即日決定で手配するよ。あれほどの規模でありながら計算された予算の驚くべき低さと工期短縮の効率化まで提案されている」
予算と工期短縮、マルビスの提案か。
それにしたって莫大な金額になるはず。
「結構な金額になると思うのですが?」
「年間の国境防衛費や防衛費に比べたら微々たるものだ。それに干ばつなどの災害にも備えられるとあってはむしろ行わないという選択肢はない。アレを持ち帰ったその日の臨時会議でも満場一致の即日決定だ。
ベラスミ帝国との話し合いがまとまれば、おそらく水道だけでなく一緒に提案された運河の建設も合わせて行われることになるだろう。今日か明日にも本会議が開かれることになる」
臨時会議は既に通過で今日明日にも本会議って。
「また随分と早すぎませんか?」
「それだけ情勢が不安定になって来ているということだ。この提案は実現されれば更なる堅固な和平交渉にも実に効果的だ。近隣の内の何国かと結束出来るとなればその周辺国家も攻め込み難くなるからね」
頭の中に『戦争』という文字が浮かぶ。
あんなものはするべきではない。
大事な人材も資源も無駄にして壊すだけで、得られるものなどたかが知れている。それも大多数の平民の生活に至っては苦しくなるだけで、民衆にとって平和で安定した治世であれば頭の人間が誰であろうと大差ない。
世界は回り回って返ってくるものだ。
他国が貧困に喘げば情勢が不安定になり、そこの産業が回らなくなって疲弊する。そうなるとその産業や物資に頼っていた国が今度は困窮する、そしてその国が困ればその国と付き合いのある国家との繋がりが不安定になって貿易が滞る。国家同士というものはある程度の利害関係を保ちつつ平和なのが一番だ。
自分の国のことだけ考えるから均衡が崩れる。
「今回一緒に来た者達は是非貴方に会いたいと言って聞かなくてね。彼等の故郷はそういった災害の被害で何度も苦しんでいた領地の者達なのだよ。御礼が言いたいと」
随分と話が回るのが早い。
近衛ともなれば王城勤務、いくら城が大きいといえど限られた範囲、噂も広がるのが早いのか。
「まだ決定していませんよね?」
「ほぼ決定だろう。これは仮に国内だけだとしても利用価値が高い。ある程度の安定した食料供給も見込めるからね。ただ貴方の言うようにまだ決定ではない。だが他領、他国のことまで考え、手を尽くそうという者は珍しいのだよ。貴族社会ではね。全く哀しいものだよ、貴族は民に尽くすべき存在であるはずなのに嘆かわしい」
吐き捨てるように連隊長が言う。
「そうでない人もいますよね?」
少なくとも私が見てきた貴族の中でもわずかながらにいる。
「自領と親しい者のためならそうであっても他領のことまで考えようなどという領主は皆無に等しいよ」
連隊長のその言葉に少しだけ考えた。
確かに、そうかもしれない。
虐げ、蔑むまでしないまでも、閣下や辺境伯にもそういうところがある。
認めた人間には寛容であっても差別的なところは持っている。
格差社会、身分制度による弊害だ。
嫌な言葉だ。虐げられる者の苦しみを理解しようとしない。
人間扱いされないということがどういうことなのか私はよく知っている。
前世、子供の頃の私にも人権などというものは皆無だった。
私は自分の嫌いだった人間と同じにはなりたくない、ただそれだけだ。
全てを救おうなどと思っていない。
「私もそんな立派な人間ではありませんよ? ただ自分と親しい者の上に掛かる火の粉を払い除けようとしているだけです」
私は自分の大事な人達を守りたいだけ。
私の大嫌いな人種の人達がどうなろうと知ったことではない。
むしろザマアミロとさえ思っている。
「それでも貴方は他者の足を引っ張ろうなどと考えもしないだろう?」
「恨まれるのはゴメンです。私は見ず知らずの他人の人生まで背負えるほど強くはありませんから」
大概においてそういう他人のことを考えない人種は何か自分の身に不幸が起こっても自分の責任だとは考えない。他人のせいにしたがるものだ。
自分は悪くない、自分の邪魔をする存在が悪いのだと。
「まあ、結果、相当数の貴族の方には恨まれてしまったようですが」
私は苦笑いすると連隊長の後ろにいた六人が身をのりだして主張してきた。
「気にすることはありませんっ、自分の利益しか考えていない輩のことなどっ」
「そうです、他人の手柄を奪って誇るようなクズなど放っておけば良いのですっ」
「私達は感動しましたっ、騎士でも怯む者が多いコカトリスにその小さな体で臆することなく立ち向かい、見事討伐を成し遂げるなんてっ」
「それなのにその武勇を誇ることなく、自分の部下を気遣うとはっ」
「貴方を敬愛する討伐部隊のヤツらを蔑んでいた自分が恥ずかしいっ」
「すみませんっ、見る目がないのは自分達の方でしたっ」
一斉に大きな声で間を空けずに怒涛のように言われたかと思うと次の瞬間、「申し訳ありませんでしたっ」と頭を下げられた。
いったいなにがどうなった?
私は近衛隊にはあまり好かれていなかったハズ、だよね?
「どうします? また信者を増やしてますよ?」
「今更じゃねえ? いっそ教団でも立ち上げるか?」
「それもいいかもしれませんよ。今後を考えるなら味方は多いに越したことはないでしょう」
「この際、徹底的に周囲をタラシ込んで頂くというのも有りですね」
「私達は婚約者の立場を既に確保しましたからね、まあいいでしょう」
・・・・・。
ロイ、ガイ、テスラ、イシュカ、マルビス、後ろで不穏なことを声を出して企まないでくれないかな?
なんでだろう?
前世、私は壊滅的にモテない女だったハズ。
色気がない、可愛げがない、女らしくない、そんなふうに貶されていた。
男気がある、度胸がある、男より男らしい、そんなふうに言われていた。
それが男に生まれ変わった途端男にモテ(?)ている。
まあ意味は違うだろうけど。
しかし女運には見放されているのか女性との出会いにはまだ恵まれていない。
これはどうしたものかとも思ったがモテないよりはモテた方が良いだろうと、この際深く考えずに割り切ることにした。
テスラの言うように味方は多いに越したことはない。
嫌われるよりは慕われる方が断然良いに決まっている。
厨房から運ばれてきた七人前のカツ丼定食を彼等の前におくと、目を輝かせてがっついて食べるその様子を乾いた笑いを浮かべながら見ていた。
彼らが食べ終わった後、一応外出するつもりだったことを伝えるために私は口を開いた。
「私達はこの後収穫祭に行くつもりだったのですが」
今日は祭りの最終日、ミゲル達も今日は一緒に午後から行くつもりで、明日帰る前にもう一度と午前中に森のアスレチック広場に出かけている。元気なことである。
ミゲル達がそろそろ帰ってくるハズ、彼等の食事が終わったら夜中までとは流石に行かないが、少しだけ長く夜店や屋台、催し物などを見て回る予定なのだ。
だいぶ予定より早く来たとはいえ来客、確認のために申し出た。
「お供させて下さいっ」
食事を終えた近衛騎士が六人揃って声を上げる。
大きな声に吃驚して振り返ると連隊長が笑った。
「行ってくるといい。私は少し休ませて貰うよ。部下は好きなように使ってくれて構わない。というか好きなように使ってやってくれ。明日は昼頃に出発する」
それならば遠慮なく。
ミゲル達が戻ってくる前に私達も明日の準備を整えてしまうことにしよう。
とは言っても昨日の内に殆ど終わっているのだが。
昼出発ということはレイオット領に一泊か。
閣下への御土産、どうしよう。
まあロイとマルビスに任せておけば問題ないか。
その辺の気遣いにあの二人が手を抜くことはない。
私は気分を切り替えていそいそと祭りに行く準備を始めた。
初日に引き続き、かなり奇妙な状況下ではあったが収穫祭を存分に楽しんだ翌日、三台の馬車で王都へと出発した。ウチの領地の紋章をはためかせた馬車はかなり注目の的ではあったけれど。
今回はガイとキールに留守番を任せていつものメンバー以外にもテスラとサキアス叔父さんも連れて王都に向かうことにした。
私では効率化や魔道具の扱い方、コストカット提案などできやしない。
帰りの道中は半分出来上がった騎士団支部の上階に移動する緑の騎士団の団員達が護衛についてくれるというので思い切ってウチの護衛は置いて行くことにした。
ガイの他にライオネルとガジェット、団員の人達もいてくれるなら余程のことがない限り戦力的にも問題ないだろう。密偵を潜ませたままというのは気になるが、ガイ曰く、
「御主人様やイシュカ達主要メンバーが留守にするなら向こうにとってはいいチャンスだ。この隙にと動くかもしれないぜ? わからねえけど」
と、いうことだ。
その際にはしっかり見張るか捕縛しておいてくれるというのでお願いすることにした。
レイオット領の宿に顔を出した閣下に帰りには迎えにくるからとレインを帰宅させて翌日王都に入るとミゲル達の友人を乗せた馬車は学院へと向かい、そのまま城まで直行で連れて行かれた。
宿で休む暇もなくとは随分と緊急なことだ。
だが今回はベラスミ帝国の一件もあるので文句も言えない。
早速簡単な身体検査を終えると謁見の間ではなく、やや小さめの会議室へと通された。
椅子は全部で十二脚、私達は全員椅子を進められたので座って待っていると軽くノックをされ、陛下が臣下を引き連れて入って来たので起立して迎える。
「此度は急な呼び出しに応じてくれたこと、誠にご苦労であった」
一緒に入って来たのはフィアと以前見た宰相、後は見たことない顔が二人と護衛が団長と連隊長だ。
専属護衛が排除されて扉の向こうで待機しているということは
「早速だが今回アインツが持ち帰った案件について色々と質問、相談がある。じっくりと話を聞きたいが故、まずは椅子に掛けるが良い」
勧められ、円卓の上座に陛下が腰掛けたのを見届けてから座る。
陛下の横にはフィアと宰相、そしてその両横に一人ずつ、後ろに連隊長と団長が立っている。
「忌憚の無い率直な意見を聞かせてもらうため、余計な者は排除し、有能な信頼のおける者だけにまずは絞った。財政担当大臣ナギルと技術担当課の責任者デイビスだ。平民だからと意見を聞かぬような者は呼んでいないので遠慮なく発言してくれて構わない。この会議が有意義なものとなるよう存分に意見を交わしてくれ」
そう陛下が言うと前にウチに発掘された本を買い取りに来たデイビスと呼ばれた技術担当者からの質問が始まり、サキアス叔父さんやテスラと意見を交わしつつ、財政面での経費削減のための提案がマルビスやロイを交えて宰相と財政担当のナギルが話し合う。それを聞いていた陛下や父様が更に意見を出し合い、それをフィアと私が聞いている状態だ。
元々の原案は私であっても専門的な領地経営の話が絡んできたり、現在開発されている魔道具の使用による効率化など私の手に負えるものではない。時折意見を聞かれるがそれらしいことを言いつつ、改善案として意見するくらいしか割り込む隙はない。
こうして昼を少し回ったあたりから始まった会議は日暮れを過ぎても終わることはなく、会議室で軽食を食べながら更に話し合いは続くこととなった。私は最早この場にいらないのではとさえ思われる高度な会話に、ただ『そうですね』と頷いているだけのような状態で、ようやく財政大臣と開発担当責任者が納得する頃には既に私のいつもの就寝時間になっていた。
「非常に有意義な時間でした。是非またこのような機会を持ちたいものだ」
開発担当のデイビスは叔父さんとテスラの手をガッチリと握り、
「是非私の下で働かないかね。平民だからなどと私が文句は言わせんぞ?」
と、財務大臣にマルビスは勧誘までされていた。
「すみません、私はハルスウェルト様のものなので」
「そうか、実に残念だ」
名残惜しそうにマルビスを何度も振り返りつつ大臣は出て行った。
駄目っ、絶対マルビスはあげませんっ!
連れて行かれるとこっちが回らなくなるからっ!
私の大事な片腕なんだからっ!
大臣を睨み、威嚇しつつ私はマルビスの腕に取り付いてそれを見送った。
それを陛下に見られていたのかクスクスと笑われてしまった。
「本当に其方のところは優秀な者が揃っておるな」
当然だ、私の自慢なのだから。
「私の大事な者達を引き抜かれるのは困ります」
「わかっている。だが其奴らはどんなに金貨を積み上げたところで私のところには来ぬであろう?」
そう言って陛下はロイ達を見渡す。
「はい、私達はハルスウェルト様のものですから」
五人揃って同じ言葉を返した。
良かった、陛下に取られなくて。
五人の内、誰が欠けてもウチは非常に困るのだ。
勿論、留守番をお願いしている二人もだけど。