第百十三話 未来に些か不安を感じました。
翌日、テスラ以下三名の手によって完璧に仕上げられた私原案の書類の完成を持って連隊長はまだ朝日が昇る前から王都に戻って行った。
もし陛下がこの事案の採用を決めれば貴族院で会議が始まる前に速攻で連隊長の手で即日王都の商業ギルドに提出されることになる。書類を先に提出することでウチの領地発案の案件であるということを示すためだが、この書類が国に関わる案件となる可能性がある場合にはこれに王家の紋章の印が押され、陛下のサインが添えられることとなるらしい。
つまり国家事業としての取り扱いとなる。
そうなると書類は特急どころか最速で書類が回されることになり、各領地の商業ギルドに伝達が回ることになる。要するに前もって書類を各地に回すことでその事業に備えよという連絡なわけである。
勿論、その全てが実行されるとは限らないが高確率で通る認識らしい。
私も途中まで発案者として意見交換に参加していたがいつものごとく途中で寝落ち。ロイに自室のベッドまで運ばれていた。つくづくお子様の体というのは不便だ。
控えとして書き写された書類を見せられた時、発案者の所に私の名前が記載されていたが最早私の思いつきレベルを遥かに上回るものとなっていた。一応共同開発協力者としてテスラを始めとした書類作成に関わった人間の名前が書かれていたけれど。
その書類を私と一緒に目を通したイシュカは感動すらしていた。
「凄いですっ、これが現実になれば世界が変わりますっ」
いや、そこまでのものではないと思うのだが。
これで領地経営がある程度楽になるところは間違いなくあるだろう。
確かに四人掛かりで作成されたそれには私も感心した。
特に私が悩んでいた効率化については既にある魔道具技術も応用されていて、流石サキアス叔父さん、名の知れた研究者なだけはあるとも思った。それを考えるならむしろ叔父さんの名前で提出すべきではなかろうか?
「完徹した四人は今は仮眠中。ごめんね、レイン。今日は祭り見学は無理そうだよ」
行けないこともないが、体力的に私も些かキツイ。
一昨日から夜更かし続きで大欠伸が出る。
開発中の案件がいくつか残っているとはいえ、少しはのんびりしたいところだ。
っと、エレベーター開発が残っていたっけ。
アレはできれば早めに整備したい。
そんなことを考えながらうつらうつらと今日も遅めの朝食兼昼食状態だ。
「別にいい。僕はハルトがいればそれで」
サラリと口説き文句を言うあたり、レインの将来が少々不安だ。
レインを差し置いて更に二人の婚約者が追加されることになったのだが、果たしてレインはめげないのだろうか?
閣下にいいように操られているとこあるから多分引き下がらないだろうなあ。
さて、一応は水道設備の書類は上がっているわけだし、祭りの間は仕事も入れていない。
父様は王都に再び向かわねばならない可能性を考えて支度のために自分の屋敷に戻って行ったし、また陛下と謁見となれば手土産も必要になるのかとも考えたが、ロイによると絶対必要な物でもないようだ。ある程度猶予がある場合には持って行くのが普通のようだが急な場合は用意も間に合わない、適当な物を見繕って持っていくのも失礼だという考え方らしい。つまりはもし連隊長の言うようにミゲルに同行するような事態となるなら緊急の呼び出し扱いになるわけだ。
要するに『そんな物用意する暇があるならとっとと来いや』と言うことか。
どちらにしろ二週間ほど前に持って行ったばかりだし、新作もない。
しかしこう度々陛下と拝謁するような事態になろうとは考えもしなかった。
「そういえば最近厨房にも人が入ったからめっきり料理する機会も減ったしなあ」
ほんの少し前までは毎日のようにキッチンに立っていたけれど、料理人も新しく雇ったし、執事見習いの二人とメイド達もいる。ロイが厨房の料理人にある程度教えてくれたから私が作る必要も殆どなくなってしまった。
ちょっと厨房で何か面白そうな食材がないか覗いてこようかな。
ミゲルは友人達と今日も収穫祭に出掛けたから全部で九人分。
執事見習いのエルドにも今日くらい御馳走してあげよう。そうすると十人か。
久しぶりに何か変わった物でも作ってみよう。
テスラとマルビスが見たらまた目を剥きそうなヤツ、何かないかな。
あの二人は特に新しいモノに目がないからきっと喜んでくれるだろう。
「レイン、キール、一緒にオヤツを作ってみない?」
どうせならレインも一緒になって楽しめるようなものがいい。
「作るっ」
目を輝かせて二人が立ち上がる。
初日から比べると少しだけ行動的になってきた。
私は窓際で本を読んでいたイシュカに声をかけてから一緒に一階の厨房に向かう。
料理長に一言断って食料貯蔵庫を漁ると流石実りの秋、色々な食材が揃っている。
何を使うか迷うところだが私は悩んだ末に適当に少量ずつそれらを持ち出した。
ここには四階のキッチンにはないものがある。
大きな焼き釜だ。
オーブンなどと言う文明の利器は無いけれど、立派なそれがあるなら挑戦してみたいものがある。
まだここでは作ったことのないチーズのたっぷり乗ったピザだ。
土台の生地の作り方は殆ど覚えていないがここではその存在を知る人はいないのだからあくまでも自己流、パン生地を応用して作ってみよう。
生地さえ作ってしまえばトッピングは個性。レインとキールにも自分の好きな物を好きなように盛り付けて焼けば自分が作った感もあるだろう。私は手持ち無沙汰にしていた料理長にパン生地を作ってもらい、その間に自分達が好きな食材を好きなように切って用意する。そして生地を作ってもらった後は三人でそれを丸めて転がして平らに大きく丸く伸ばし、ソースを下地に塗って好きなように食材を乗せて、好みでソースをかけ、最後にとっておきのチーズを目一杯振りかけて焼き上げる。すると辺りになんとも言えないチーズの焼けた香ばしい匂いが屋敷内に漂い始める。
そうなれば当然一番初めに嗅ぎつけるのはこの人、ガイだ。
「なんかスッゲエ良い匂いがして来たんだが、それ、完成か?」
本当にガイは動物みたいだ。
ひょっこり入口から顔を出し、クンクンと鼻を鳴らしている。
私は色々あっても変わらぬ毎日が訪れていることにホッとする。
「もう少しだよ。キールとレインに手伝って貰って作ってみたんだ。味見はしていないから美味しいかどうかはわからないけど全部で九枚作ったから焼き上がったらみんなで食べよう? ロイ達起こして十人分の食器と飲み物の準備をしてもらって?」
「了解、それメシか?」
食事かオヤツか、判断迷うところだ。
「う〜ん、難しいとこかな。とりあえず間食ってことで。マルビスかテスラに相談だね」
「ってことはまた新しいヤツか」
「上手く出来たかどうかわからないけどね」
「匂いが旨そうだから大丈夫じゃねえ?」
ガイの判断基準はそこなのか。
まああながち間違いでもないかもしれないけど。匂いは重要な料理のスパイスだ。
「多分ね、そんなおかしな味にはなっていないはず」
全部乗せるものは色々と変えてみたから同じ物は二つない。
一つ二つハズレがあってもそれは御愛嬌というものだ。
「美味しく出来てるといいね」
「うんっ」
やっぱり大型犬の子犬みたいだ。満面の笑みでガイに報告する。
「僕、初めて作ったんだよ」
「そうか、良かったな。面白かったか?」
「うん、楽しかったっ」
なんだかんだ言ったところで結局ガイも面倒見が良いようだ。
まあそうでなければ私の相手もしてくれないか。
そうこうしている間にピザが焼き上がる。
私達が皿を用意し始めたのを見てガイが慌てて飛び出して行く。
「イシュカ、運ぶの手伝って」
「はい。ああテスラが聞きつけて駆けつけて来たようですね」
エルドあたりに聞いたのかな?
バタバタと廊下を走る音が聞こえて来た。
また私が目を離した隙にとか言って怒るかな?
そしたら多分この量では足りないだろうし、また料理長にパン生地作ってもらってみんなで好きなように盛り付けて焼けば良い。折角の収穫祭、明日の最終日には参加したい。翌日ミゲルと一緒にまた王都に行かなきゃならなくなるかもしれないから今日の内にロイに準備をしてもらっておこう。
今回は特に見たいものもないし、トンボ帰りでいいか。テスラとサキアス叔父さんについて来てもらう必要はあるかもしれないけどそうなると今回は馬車かな。細かい魔道具の仕掛けや応用は聞かれても上手く答えられないし。
そんなことを考えつつ焼き上がったピザにナイフを入れて十枚に切り分ける。
出来た先からテスラと遅れてやって来たマルビスが上に運んでいく。
最後にレインとキール、私とイシュカが一枚ずつ持つと階段をゆっくり上がって行った。
全部乗っている具材が違うので各一枚ずつということでテーブルの上に並んだそれをみんなで味見する。
四階に初めて上がったエルドは緊張バリバリの様子だ。
「ガイ、各皿一枚ずつっ」
私の手元の皿に再び伸びてきたガイの手をハタキ落として注意する。
レインとキール、私で三枚ずつ好きなように具材を乗せて焼いたわけだが実にバラエティ豊かになっていた。キールは無難でシンプル、レインは盛り沢山で豪華に、私は照り焼きチキンを使った和食系とハチミツと果物、カスタードクリームを使ったデザート系にした。好みもそれぞれ違うが甘党ガイが気に入ったのは勿論デザート系の私が作ったヤツだ。
それぞれ好きなようにマナーなど知ったことではないという様子で大口を開けて食べるのを見てエルドも緊張を解き、ピザに手を伸ばす。
「これは面白いですね。乗せる具材によってかなりバリエーションができる」
「個人の好みにも合わせられるというのも売りやすい。ですが食べ歩きには少々向きませんかね」
テスラが感心したように呟くとマルビスが早速売り出し方法を考え始める。
惣菜パンや菓子パンといったものも面白そうだ。
今度提案してみよう。
この世界のパンは何も入っていないシンプルなのが定番、挟んで手軽に食べるということされていなかったことを思えば日本で多種多様に作られていた惣菜パン達はさぞや画期的だろう。バターたっぷりの焼きたてクロワッサンも魅力的だ。落ち着いたらパン作りに凝ってみるのもいいかもしれない。手軽に持ち運べる上におかずが中に入っているというのは持ち歩きにも便利だ。
ピザも食べ歩く前提ならカルツォーネみたいにすればいい。
「そんなことないよ。その場合にはサイズをもっと小さくして具材を盛り付けるのは半分だけにして乗せてない半分を蓋にしてから焼き上げても良いし、香ばしくしたいなら焼いた後に半分に折り畳んでもいい」
「成程、工夫次第というわけですか。私はこのベーコンたっぷりの贅沢に具材の乗ったものが好みですね」
「俺はシンプルなヤツがいい。アッサリしてて食べやすい」
マルビスが気に入ったのはレインの作ったヤツでテスラのはキールが作ったヤツだ。
見事に好みもバラバラだ。
手が伸びるのはみんなそれぞれに違う。
「良かったね、レイン、キール、美味しいって」
「うんっ、僕はハルトの作ったこれがいい」
そう言ってレインが指差したのは私の作った照り焼きチキンの和風味。
一番最初に空になった皿はそれだ。
この屋敷では最早定番の味、ハズレはないという認識なのだろう。
明日は王都からミゲルのお迎え人員が王都から到着する。
一泊した後、昼前に出発となるわけだが、そういえば、閣下にもお世話になったことだし明日一緒に向かうなら挨拶がてら何か差し入れでも持って行くべきか。だがそうなると辺境伯にも遣いを出して御礼を届けるべきか。
持って行くなら何がいいだろうと考える。
「しかしグラスフィート領のリゾート地計画を聞かされた時も驚きましたが、今回はまた格段とスケールが大きくて驚かされましたねえ。全く、貴方の頭の中はどうなっているのでしょう」
マルビスが一通り食べ終わったのかお茶を飲んで一息吐くとそう切り出した。
どうなっているも何も、特別変わっているわけではないのだが。
ただ異世界での基礎知識を持った普通のオバサンの記憶があるだけで。
「そんな大事にするつもりはなかったんだけど。ただ私は以前父様がウチの領地でも干ばつ被害で苦労したって話を聞いていたから、ちょっと他の領地を調べてみたら水害に遭っているところもあったから水が余っている地域があるならそれを利用できないかなあって考えただけなんだけど。朝起きて出来上がった書類を見たら全然別物になってたのには私も吃驚したよ。最早あれを私の発案として扱うには無理があると思うんだけど。叔父さんの名前で出した方が良かったんじゃないの?」
いきなり話を振られて叔父さんが驚いたようにコチラを見る。
「いや、私ではああいった発想はできない。私が提案したのはあくまでも効率化だけだ。協力者の位置が正しい」
のんびりと味わいながらゆっくりと食べている叔父さんはそう答えると次はどれに手をつけようかと見渡している。
「しかし水は資源ですか。水害に遭っている地域からすればそのような発想は思いつかないでしょう。しかもそれを国の共有財産として扱い、各領地どころか国を超えて行き渡らせようなど普通は考えません」
テスラが呆れた口調で言う。
「そんなものかなあ」
確かに多い地域では厄介物、不足している地域ではありがたいもの。
住むところが変われば扱いも変わるのは水に限ったことではないけれど。
「採用されると思う?」
まだ決定されたわけではない。
工期も費用もそれなりに必要だ、そんなに簡単なものでもない。
「間違いなく採用となるでしょう。少なくともそういった気候変化などに被害を受けている地域は間違いなくこの提案に飛び付くでしょうね。更には国家間でもかなり需要が見込めますからね」
「然程困っていない地域にしてもそういった設備を整えるのは産業の発展にも繋がります。悪い話ではないかと」
イシュカは確信あるみたいだし、マルビスもその意見を肯定している。
その中でロイだけは難しい顔をした。
「ですが、確かにそういった問題に困っていない地域では反発も出るでしょうね」
それに私を嫌っている貴族もいるだろうしね。
またお前か状態で反対される可能性も大だ。
「だけどこれが実現されりゃあ北と南の国々の和平条約の保険にもなる。北は大量の雪解け水を引き取ってもらえる、南は不足している水を大量に手に入れられるようになる。その仲介をするこの国には簡単に手出しは出来なくなる」
ガイが一番大きなこれの利点を上げるとイシュカが頷いた。
「全領地に必ずしも行き渡らせる必要はありませんから良いと思いますよ。とりあえずは必要と思われる領地と参加希望の領地だけでも。国境線には行き渡らせる必要はありますが、国境防衛の効力も考えればまず反対はされないでしょう。そうなれば最低北から南のライン一つを結べば良いわけですから。グラスフィート領は縦長に広いですからね。それを考えると北側のステラート辺境伯領は賛成して頂けるでしょうから南の隣接する領地の一つか二つの了承が得られれば問題はないかと」
それもそうか。
最低でも国境線の外周をぐるりと囲えれば多少遠回りになっても繋げられれば問題もない。
ただ実行するとなれば一度問題の隣国、ベラスミ帝国への訪問が必要となる。
そしてそうなればウチの領地との関係も関わってくるので陛下が誰を使者に出すのかが問題になってくるわけだ。
「もしかしたら父様か私のどちらかがベラスミに行かなきゃならなくなるかもしれないね」
「かもしれません。お立場からいけばお父上でしょうが発案者という点からいけばハルト様になるでしょう。微妙なところではありますが」
私の言葉にイシュカが頷いた。私に上手く立ち回りができるだろうか。
「年齢が年齢だしな。国の交渉のための代表に送られるのが六歳の使者というのはかなり異例だ。パーティなどの招待とは訳が違う。そうなると伯爵が無難だろう。例の件もあるしな。御主人様じゃウチの領地の裁量権は厳しい。説明が必要ならサキアスを同行させれば良い。問題は王家として誰を出して来るかだ。ある程度決定権を持つ王族、もしくは最低でも宰相クラスが出張らないと厳しいだろ」
「ですね。私は宰相を補佐に付けてフィガロスティア第一王子殿下ではないかと思います」
ガイの意見に納得してイシュカが言った。
「御身の安全面からいけば連隊長と団長の二人と近衛の一個中隊を付ければそんなに問題となるとは思えませんし、上手くことが進めば次代の王としての功績としても申し分ありません。これがハルト様の発案だということも大きいでしょう。二人の繋がりを対外的に示すにも絶好の機会ですから」
「そうなれば次代の国王陛下に媚を売っておくためにも水道設備工事の参加領地も増えるって寸法か。腹黒陛下が使いそうな手だな」
イシュカとガイのやりとりを聞いているとやはり国政や領地経営などというものは大変なんだなあと思った。
多少捻くれてはいるが、根が単純な私にはやはり無理だ。
逃げておいて良かった。
そんなものに関われば絶対胃に穴が空くこと間違いなしだ。
「何を呑気に他人事ですみたいな顔をしているんですか?」
すっかり落ち着いてロイの入れてくれた紅茶を啜っているとテスラが呆れたように言った。
えっ? だって他人事でしょう?
領地経営は兄様達のお役目、王女との婚約も断った。
私の王家との縁戚は出来ない。
五人の婚約者、しかも全員かなり年上。
そんな子供のところに姫君を嫁がせようなんて国はないでしょう?
私が目をキョトンとさせているとロイが言った。
「完全に陛下が貴方を囲い込みに入っているということですよ。貴方は一度気を許した相手には手を貸すことを厭わないでしょう。第一王子殿下の治世には貴方の補佐や協力を陛下は狙っているということです」
補佐は無理だろうけど、多少の協力くらいなら。
私にたいしたことが出来るとは思えないけど。
「フィアは私に無理難題は押し付けないでしょう?」
私がそう答えるとガイとイシュカが真剣な顔で私に忠告する。
「わかんねえぞ? あの陛下の息子だぞ?」
「そうですよ。これからもあの陛下やその側近達に帝王学を叩き込まれる訳です。どんなふうにご成長されるかなんてわかりませんよ?」
・・・・・。
私は言葉を一瞬失って、冷や汗を流した。
「もしかして私、早まったかな?」
安請け合いという言葉が頭に浮かんでそれを振り払うように頭を振る。
それを見ていたロイがクスクスと笑って言った。
「いいんじゃないですか? 逆説的に言うなら次期国王陛下を味方につけているということです。こんな最強に心強い方はおられませんよ?」
「しかも継承権を放棄したとはいえ、その弟君もこの先雇い入れようという訳ですから。最早国内に貴方の敵はありませんよ、この国が滅ばない限り」
「そしてこの案件が通り、各国との繋がりができればこの先百年は安泰なんじゃないですか?」
マルビスとテスラが笑って付け加える。
「つまり貴方は無敵ということです」
「私達は非常に素晴らしい主人に恵まれた上に、その婚約者としての立場を得たわけです。これ以上の幸運はあり得ませんね」
「離れませんよ。貴方の側はたまらなく面白い」
「一生お仕えしてついていきますよ」
「まあそういうことだ、これからも頼むぜ? 御主人様?」
イシュカ、マルビス、テスラ、ロイ、ガイの言葉に私は頭痛がした。
これは婚約者というよりも、むしろ契約者ではないか?
好かれているのは間違いない。
間違いないが恋愛要素を含んだ色気というものが全くない。
六歳児の私ではそのようなものを期待する方が無理だとは思う。
先行きに不安を感じつつも、それでもみんなが変わらず側にいてくれるのならそれもいいかもしれないと私は深く考えるのをやめた。
どちらにしても結婚はまだまだ先なのだ。
今世こそ、私にも色気という隠れた才能が開花するかもしれないし。
と、そう考えてたもののすぐにそれを否定した。
前世で三十ウン年掛かって発揮出来なかったその才能に目覚めるなど、きっと天地がひっくり返ってもあり得ない。
基本無駄なことをしない主義の私は早々に諦めた。
人間、ありもしない才能に縋るより、自分の本来持つ才能で勝負すべきだ。
そう思い直したが、果たして私にそんなものはあっただろうかと考えた。
考えたが思い浮かばなかったそれにがっくりと肩を落とす。
まあいいや。
何事も成せばなる、私には私が知らない魅力がきっとある。
だって、こんなに素敵な婚約者、五人が私を選んでくれたんだから。