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第十話 売られたケンカはもれなく買います。

 

 下見翌日の休息日、とは言っても全然休みにはならなかった。


 父様の書斎まで呼び出しを再び頂き、ロイと二人、朝から並んで互いの進捗状況を報告することになった。

 結局、昨日回った二ヶ所はあまり納得がいくものではなかった。

 最初の場所は無難の一言に尽きるし、次の場所も悪くはないが正直なところ景観があまりよろしくなかったのだ。

 広さ的には申し分ないのだが岩場が多く足もとが悪い、見晴らしが良いといえば聞こえはいいが緑が少なく木々の間を渡るような遊具を組むのは難しい。丸太を組むことで対応できなくもないが殺風景なのはいただけなかった。目にした瞬間にこれは駄目だと思ったくらいには。

 効率だけを考えるなら悪くはないが長所はそれしかない。

 明日から南まわりに下見コースを組んでいるのでそちらに期待したいところだ。

 対して父様のほうは進展があったようで難しい顔をしていた。


「もしかして、見つかったのですか?」

「当初の推察通り、うちと辺境伯の間にあるダラスの森に約二十匹近くの群れと巣が見つかった。位置はカザフ山の麓近く、辺境伯領よりになる。

 周辺からは低ランクの魔獣や動物達が逃げ出して見当たらない状況だ」

 ロイの問いに父様が頷いてそれを肯定し、続けた言葉にロイと私は暫く無言になった。

 案外早く見つかったものだ。

 まあ、高さも父様やロイのニ倍はあろうかという大きさだし、しかも空を飛ぶのだからそんなのが集団で生活していれば見つけること自体はさほど難しくはないのだろう。

「マズイですね」

「餌になる獲物に逃げ出されては奴等の狩りに支障が出る、ということですか?」

「勿論それもある。しかも数が多い、通常十匹程度の群れが殆どなのだがこの数を従えているとなると相当に厄介だ」

 群れの数はその群れを率いるリーダーの強さの指標ということか。

 通常の倍近い数となればその統率力も侮れない。

「それで王都のほうからはなんと?」

「とりあえず緑と赤、両魔物討伐専門騎士団の派遣は決定された。辺境伯の部隊がこれに加わり、うちは主に補給が担当になるな。まあ、うちは王国の穀倉地帯でもあるから順当ではあるが問題はそこではない」

 苦虫を噛み潰したような顔で父様が私の方をちらりと見る。

「ひょっとして、ですか?」

「まあ、そういうことだ」

 二人揃って私の方を見ている。

 私になんの関係が? 

 これは部隊派遣の話ではないのか。

「一応、我が国を含めた近隣諸国では騎士団入りも戦地派遣も十二歳にならないと派遣は認められていないのだがワイバーンを単騎で撃墜するような戦力を何故使わないのだと言われてな。まだ六歳になったばかりの子供なのでと主張したのだが戦争ではないのだからと言い出す奴がいてな」

「それは詭弁でしょう」

 納得だ。

 つまり早速出た杭を打ちにかかってくる輩のご登場というわけだ。

 町一つ、下手すればそれ以上が滅びかけない状況での足の引っ張り合い。

 馬鹿ではなかろうか?

 権力者というのはどこの世界でもどうしてこうもその座に執着するものか、そんなもの面倒でしかないだろうに、ただ祭り上げられるだけのハリボテに何の意味がある。

 崇高な目標でもあるというのか。

 いや、そんなものを持っているのならこんな馬鹿なことを言い出しはしないだろう。敵は二十近い数、たかが一匹程度倒した私が訓練された兵士に混じって役に立つはずもない。少し考えればわかることだ。

「ああ、私もそう思う。これは戦争に間違いない。

 ワイバーンと我々の生存をかけた言わば戦だ。

 だが六歳児が倒したというのは戦力派遣を嫌がった私のホラ話ではないかと」


 むしろホラだというのなら私を引っ張り出す理由にならないのでは?

 権力に取り憑かれた妖怪貴族はそんなこともわからないのか?

 やはり馬鹿に間違いない。

「つまり私も討伐部隊に参加させよという命令でも?」

 手っ取り早く片付けるつもりなのか?

 さすがにそこまで馬鹿ではあるまい。

「剣もロクに扱えない子供を群れの中に放り込むのはさすがに無理があるのではと主張はしたのだ」

「混戦になれば体格のいい騎士達の中に入ればハルト様が踏み潰されかねませんよ」

「ならば魔法を扱えるのだから後方支援に回せばよかろうと」

 つまり断り切れなかったということか。

 まあ運良くワイバーンを撃墜して名を上げた子供の見物とその鼻っ柱を折るつもりなのだろう。

 どうせろくに役に立ちはしないとたかをくくって恥をかかせてやろうというところか。

「それで結局どうなったのですか?」

 私が尋ねると父様は大きく溜め息をついた。

「防衛だ」

 近隣の領地の地図を机に広げると父様は今回の大まかな作戦を話し始めた。

 ワイバーンの群れが居座っているというカザフ山の麓には小さな泉を囲うようにしてダラスの森が広がっている。泉は辺境伯領に位置しているのでカザフ山を挟んでその裏側が我がグラスフィート領地になる。カザフ山は所謂活火山だ。大きな噴火こそこの数百年間起こっていないが小さな地震や噴火を起こしているので山肌には緑は少なく見晴らしが良い。おそらく他より地熱が高いのも、卵を孵すための繁殖場所にワイバーンが選んだ理由の一つだろう。

 だが見晴らしが良いということは言い替えれば隠れる場所もないということだ。

 簡単に言えばまずはうちの領地側からカザフ山の山頂に赤の騎士団が陣取り、上方からワイバーンを泉がある辺境伯領側に追い込み、そこに待機する緑の騎士団を前線、辺境伯の部隊をその側面に置いて囲い込むということらしい。それでうちが任されたのはワイバーンが万が一この包囲網を突破し、カザフ山を回り込むか、もしくは山越えしてきた場合の騎士団と辺境伯部隊が駆けつけてくるまでの足止めだということだ。

 話を聞いていると作戦と言うにはあまりにもお粗末だ。

 そんなに騎士団というのはワイバーンの群れの討伐に自信があるのか。

 相手は空を飛ぶことが出来るのだ、そんな簡単にこちらの思惑通りに事が運ぶとは思えない。

 まず追い込みをかけるにしても赤の騎士団が上手く誘導できる保障はない。追い込む前に戦闘になりそのまま突破され、山越えしてきたら今度はうちのほうが標的になる可能性だってある。その場合は赤の騎士団が足止めとなり、後方から緑の騎士団と辺境伯の部隊が叩くことになるという。

 いくらカザフ山が盾になっているとはいえ、運次第でうちが最前線を受け持つことになるのでは?

 赤の騎士団は言わば緑の騎士団の二軍、ワイバーンがわざわざ強者のいる方向に逃げるだろうか? 

 ああいった獣というのは気配に敏感だ。普段は凶暴で好戦的な生き物であったとしても繁殖期に入った魔獣がいつもと同じ反応をするだろうか。戦闘経験のない私が口を出すことではないのかもしれないが不安になって尋ねると父様もロイも難しい顔をした。

「確かにハルト様のいうような可能性は充分ありえますね」

「だがどうする? 

 緑の騎士団と辺境伯の部隊に向ってそれを意見したとして通じると思うか?」

「無理でしょうね、あちらは魔獣討伐専門部隊です。

 一つ間違えれば馬鹿にしているとも捉えられかねません」

「ヘソを曲げられて後の対応に遅れを出されても困る」

 騎士団は王国民を護るのが使命ではないのだろうか。

 への役にも立たないプライドなど持っていても邪魔なのだとどうして理解しないのか。

 私はだんだんど苛立ちが募ってきた。

「つまり、最悪の場合でも足止めさえできればなんとかなると?」

「その足止めさえ難しいのがワイバーンだ」

「作戦決行はいつになりますか?」


 私は筋金入りの負けず嫌いだ。

 誰かの優位に立ちたいとか、特別な地位を得たいとか、勝負ごとに勝ちたいだとかそんなものはない。

 私にはそこまでの情熱はない。

 だったらその情熱を持つ人が認められるべきだと思うからだ。

 わざと負けるとか、手を抜くなどという失礼な事などしなくても私はいずれその情熱という力に追い抜かれる。

 それは必然であり、努力という名の才能が招く結果なのだ。

 だけど私が一つだけ許せないものがある。

 理不尽に踏みつけられる現実だ。


 私の目付きが変わったのに父様は気づいたのか唇の端を僅かに上げた。

「今日を入れて五日後だ。騎士団の遠征準備と到着にそれくらいかかるからな」

 私は流されるわけにはいかない。

 まして今回は私だけではなくたくさんの命が私の後ろに控えている。

 理不尽を耐えることと受け入れることは別だ。

 前世の私はイジメという理不尽に耐えて幼少期を過ごした。

 けれど受け入れたことは一度としてない。

 私と同じにイジメられていた仲間の幾人かは受け入れて破滅、自殺に追い込まれた。理不尽を当然として受け入れてしまえば楽にはなれても強くはなれない。

 私はそこから抜け出すチャンスを耐えて待った。

 理不尽に負けることは私の誇り(プライド)が許さない。

 それは私の人生を否定することだ。

「すみません父様、カザフ山とダレスの森の地形を出来るだけ詳しく、ワイバーンの特徴と性質を出来るだけ詳細に知りたいのですが」

「ならばダルメシアだろう」

 打てる手は全て打つ。

 私は昔とは違う。心強い味方も、信頼できる仲間もいる。

「ロイ、下見は延期する。

 それとマルビスを呼んで。多分用意してもらいたいものがたくさんでてくる。

 父様はそのまま補給部隊の手配を。

 このままロイをお借りしていてもよろしいですか?」

 私は理不尽を押し付ける馬鹿の思う通りになるつもりはない。

 馬鹿に馬鹿であることを思い知らせてやらねばならない。

「こちらはなんとかなる。お前のやりたいように動けばいい」

 私は頭を必死にフル稼働させる。

「ハルト様、マルビスは商業ギルドに昨日の簡易コンロの登録に乗り合い馬車で向かうと言っていましたからこのまま馬でそちらに向かう方が早いかと」

「わかった。ランスは一緒に馬で、シーファは馬車でマルビスを拾ってから冒険者ギルドに迎えに来て」

「畏まりました、すぐに手配します」

 駆け足で飛び出して行ったロイの後を追うため自分も部屋に戻って準備をしようとドアノブに手をかけたところで父のに声をかけられた。

「お前は怖くはないのか?」

 怖くないわけはない。一匹ですら恐ろしかった。だけど、

「・・・私は逃げることが許されますか?」

 真っ直ぐに前を見る。

 こうと決めたなら迷ってはいけない。

 私は私の信念のために動くだけ。

 問いに問いで返すと父様は目を伏せて答えた。

「許されない。だろうな、多分」

「ならば私は私に出来ることをするだけです。私には私の夢があるのですから」

 私は一礼して父様の書斎を出ると自分の部屋まで急いで準備のため戻った。 

 人と物を手っ取り早く動かすにはお金は必要不可欠だ。

 この際、使えるものは何でもつかってやる。

 私は寝台の下に潜り込むとその裏に隠していた金貨の入った袋を一つ引っ張り出し、肩掛けの袋の中に押し込んで玄関まで急ぐ。

 すでにそこにはロイが馬に乗って待っていた。その後ろにはランスもいる。


「ハルト様っ」


 馬上から伸ばされた手に迷いなく掴み、飛び乗るとすぐに馬は駆け出した。




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[一言] 理不尽に負けないその姿には、心の底から推せます☆
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