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第百十一話 全てそれは空耳です。


 町の入口まで送って貰い、エルドには夕暮れの頃に同じ場所まで迎えにきてもらうことにした。

 今日の護衛はハンスとナバル、ターナーだ。

 生まれも育ちもこの領地の三人は町にも詳しい案内人でもある。

 レインには閣下が一応専属の護衛を一人置いていったのでこの人数でもそう問題は起きないだろうが、ある意味、別の問題が発生している。

 いや、問題と言って良いのかどうかは判断しかねる。

 町の中は収穫祭で賑わい、正直入って行くのを怯むほどには物凄い人出だった。これは逸れないように気をつけなければと万が一の場合にはその近くのウチの商業班の出している出店に待ち合わせということにしておいた。

 商業班の出している屋台は全部で五つ。

 たくさんある屋台や出店の中、それを見つけるのは至難の業かもしれないが、ハルウェルト商店のロゴが大きく屋根の看板に出ているので非常にわかりやすい。そう、私の顔をイラスト化した例のアレである。最早そのロゴは町に浸透しているのでその辺の通行人の何人かに聞けば見つけるのは難しくないだろうと考えていた。


 そう、考えていたのだ。

 だがこの状況はどうしたものか。


 混雑しているはずの町の中、何故か私達の周りからはぽっかりと穴が空いたように人がいなくなっている。いや、何故かと考えるまでもない。このド派手なやたらと目立つ集団とすっかり町の顔となった私の存在のせいだろう。それなりにオシャレはしてきたが格好自体は決して派手すぎるわけではない、派手すぎるわけではないのだがいかんせん、存在自体が派手過ぎる。かといってコソコソするのも性に合わない。

 だってそうだろう?

 別に悪いことをしているわけではないのだ。隠れる必要はない。

 だが、そこにまるで柵でもあるかのように私達の周囲に歩くスペースができている。

 この混雑の中、歩きやすいといえば歩きやすい。

 これはモーゼの十戒というよりもまるで半球体の結界でも張っているかのようだ。

 別に威圧して歩いているわけでは・・・

 いや、ある意味これは威圧ともいえなくもないか。

 これだけの高レベルの顔面偏差値は最早視界の暴力と言えなくもない。

 おまけにその中心にいるのは貴族も慄く魔王様の私だ。

 女性どころか男まで振り返っているあたりが恐ろしいところだ。

 世界が私の周りだけ違う。

 救いと言えなくもないのはそれが嫌悪とか恐怖の類ではないことくらい。

 挨拶や会釈はされる。みんな私だと気づいているが近付いてこない。

 歓喜と好奇と興奮が入り混じったような、妙な雰囲気だ。

 多少目立つのは仕方がないと割り切ってはいたけれど、これは多少どころの話ではない。考えてみればロイとマルビス、イシュカだけでもいつもそれなりに人目(主に女性)を引いていた。そこにキールとレイン、更にはテスラまで加わればどうしたって目立つに決まっている。

 ただこういう場合において、一種のこの緊張状態の崩壊はキッカケがあれば一瞬にして起こることが多い。

 要はこの周りの集団は声を掛けるタイミングを計っているのだ。

 誰かに話しかけられた瞬間崩れるもの。

 そして、その瞬間は唐突に訪れる。


「ハルト様っ」

 その人混みをかき分けて現れたのはゲイルだ。

 ポンッと押し出されるように人垣から飛び出て来たゲイルが息を切らせて私達の前までやってくる。

「すみません、ハルト様。誠に申し訳ないのですがマルビス様をお借りしても宜しいですか? 出店の方の人手が足りなくて申し訳ありません」

 マルビスの予想は当たったようだ。

 ふうっとマルビスが軽く息を吐いた。

「やはり各出店もう二人づつくらい臨時で人を雇うべきでしたか」

「はい、商品と材料はどの店も充分に用意しているのですが列が長く、捌き切れていません。特にフライドポテトとポップコーンの列が、ホットドッグと五平餅、唐揚げ串も間に合ってません」

 どれも屋台に相応しい食べ歩きに適した商品だ。

 テーブル席を用意すると場所も取る。器の用意も簡単ではない。

 紙はまだまだ高級品の部類なので、何を利用したかといえばカンナで薄く削った木屑だ。それにいつものハルウェルト商店のロゴを押し、くるりと円錐状に丸めて容器の代わりにしたわけだが、それにも限界はあるので極力串に刺せるものにしたと言っていた。

「どちらにしてもポップコーンと五平餅は材料にも限りがあります。今は良くてもその調子では最終日まで持たない。今並んでいる方までで列を切ってそこの営業を終えたら人手を他に回し、明日はその二つは休業にして最終日に備える」

「わかりました。すぐにそのように」

 マルビスの判断は賢明だろう。

 乾燥トウモロコシもお米も他のものほど簡単に手に入らない。

 三日間祭りが続くことを考えれば、その人手を他に割いた方がいい。

「すみません、ハルト様。ちょっと手伝って来ます。もし迎えの馬車に間に合わないようでしたら私はおいて行って下さい。後でゲイル達と戻ります」

「頑張ってね、マルビス」

「はい、行ってきます」

 ゲイルと二人揃って人混みに突入しようとしたところでキールとテスラが呼び止める。

「俺、手伝うよ。詰めるくらいならできるから」

「俺も人員整理くらいなら出来ますが」

 二人の申し出にゲイルが足を止める。

 だが少し考えて首を横に振った。

「ありがとうございます。ですが大丈夫です。新米達も鍛えなければならないので、これも経験です。苦情処理や人員整理も大事な仕事、このくらいで根を上げるようでは半年後のオープン記念祭までに使い物になりません。では失礼します」

 相変わらずゲイルはスパルタのようだ。

 慌てて二人が走り去って行く後ろ姿を見送ると、先程までの人垣の距離が随分縮まっているのに気がついた。そのスペースは約半分、手を伸ばせば届きそうな間合いにまで小さくなっている。

 これは非常にマズイかもしれない。

 そう思ったのは私だけではないようで私がイシュカの背中に隠れるとイシュカが緊張を走らせる。

 今日はお祭り、小さな子供も多い。騒ぎになれば怪我人も出かねない。

 やはり町に出るのは控えるべきだっただろうか。

 そう考え始めた時、ハンス達がスッと私達の前に出た。


「ハルト様ファンクラブ、鉄の掟三ヶ条、厳守っ」

 ターナーが大きな声でそう叫ぶと押しかけてきそうになった人波がピタリと止まった。

 

 今、ターナー、なんと言った?


 私は一瞬思考が停止した。

「さあ、行きましょう。大丈夫です、もう怖くありませんよ」

 ハンス達がニッコリと笑って前に進んで私達を案内してくれる。

 歩く先から人波は割れていくが無闇に近づいて来る人は殆どいない。

 注目は間違いなく浴びている、挨拶もされる。

 だけど押し寄せて来ない。

 なんとも奇妙な光景なのだ。

「ターナー、さっきのあれ、何?」

 聞いてはならないものを聞いてしまったような気がするのだが、いったいあれはなんだったのか。ターナーが叫んだ途端に押し寄せてきそうになった人の動きが止まった。

「ああ、あれですか? 町にハルト様のファンクラブがあるのは御存じで?」

 私は大きく横に首を振る。

 そういえば以前そんなものがあるらしい話は聞いた覚えがある。

 考えることを拒絶して記憶の隅に追いやっていたけれど。

「前に三つあったファンクラブが統合されて現在その運営管理をマルビスとゲイル、ジュリアスがしているのは知っていますか?」

 ハンスがそれを尋ねて来たのでもう一度私は首を横に振った。

 確か、ロイがそんな話をしていたような記憶がないこともない。

 父様に設立許可願いが来て、そういうものはマルビスに任せておけば良いと言っていたような。まさか本当に実行されているとは思わなかったけれど。

「暫く前にその会員達の中ですっかりハルト様が町にお見えにならなくなったという話が出ましてね。どうも町に来られるのを避けられているらしいと」

 ナバルがその私のファンクラブとやらの中で話をしていたことを話してくれた。

 確かに避けていた。町中に溢れる自分の顔のロゴ、町に出ればあっという間に人混みに流され、ろくにのんびりと買い物も出来ない。変装しても長い時間滞在できるほどには誤魔化せない。そうなってくると一々対応していると時間がいくらあっても足りなくて結局マルビスやテスラが町に出かけるついでに入り用な物のメモを渡して買って来てもらうという状態だった。

 悪気がないのも慕ってくれているのもわかっている。

 それだけに邪険に出来ないジレンマ。

 最近になって少しのゆとりが出来て来た今も町に出るのには二の足を踏む。

「それで何故だという問い合わせがファンクラブの会員達から入っていたのですよ。そこでマルビスが以前町にハルト様がお見えになった時、人混みに押し潰されて非常に怖い思いをされていたという話をしたのです。その後も何度か町に来るたびに人波に呑まれそうになったため極力人目を避けていたという話も。

 俺達もその時、御一緒してましたからそれは知っていましたから」

 はじめて公認のお出掛けで困り果てていた時に助けてくれたのはハンスやナバル達だった。だけど、それが何の関係があるというのか。

「そこでハルト様がお見えにならないのは自分達が騒ぎ過ぎて御迷惑をお掛けしているからだろうという話になり、ファンクラブ会員達自らハルト様に町にお見えになって頂くために三つの会員規則を作りました。

 一つ、必要以上にハルト様に近づかない。

 一つ、掛けるのは挨拶と御礼まで。会話はハルト様にお声を掛けて頂いてから。

 一つ、話がある時は必ず側近の方を通して許可を得る。

 これが鉄の掟三ヶ条です。これなら御迷惑をお掛けすることはないだろうと」

 まるで扱いがどこぞのアイドルか姫君だ。

 確かにそうしてもらえるのなら非常に助かるけれど。

 だがわからないのは町人全員がファンクラブ会員というわけでもなかろうに、驚いたのはあの掛け声(?)でそこにいた者がほぼ全員に近い形で足を止めたことだ。私は首を傾げた。

「それをなんで会員でもない町人までもが守ろうとするの?」

「町の者みんな貴方が好きで、感謝しているからですよ」

 そうターナーが言った。

「始めはそれを守ろうとしているのは会員達だけでした。抜け駆け禁止の掟に基づいてのものでしたが、会員達が貴方が過ごしやすいようにとそれを守っているのなら感謝している自分達も見習うべきだろうと。それが現在この町の者達にも浸透してきているのですよ。勿論守らない者もいるでしょうが、みんなハルト様に気持ち良く過ごして頂きたいと思っています。そうすればまた気兼ねなく町にも来て頂けるようになるだろうと」

「今までお忙しかったのでいらっしゃる機会もあまりなかったようですが収穫祭を楽しみにされていると聞き、ならば皆でそれを厳守しようとしているわけです。皆ハルト様に町を気軽に訪れて欲しいと思っているのですよ」

「ですから宜しければまた町にもいらして、是非皆に声を掛けてやってください」

 ハンス、ターナー、ナバルの話は理解した。

 町に入った瞬間、私達の周りだけ綺麗にスペースが出来た理由も。

 理解したけれど、

「私、たいしたことしていないよね?」

「そう思っているのは貴方だけです。町を魔物の被害から救い、産業を栄えさせ、雇用を産み、町人のために公園を作り、路上生活者の数も減らし、治安が向上した。自分達の生活が以前より豊かで暮らしやすくなったのはハルト様のおかげだと」

 魔物を倒したのは成り行きだし、産業に関しては私よりむしろマルビス達商業班の尽力によるもの、公園はレジャー施設宣伝のため、雇用は単に人手が足りなかったからだ。豊かになったのは彼らが一生懸命働いたからだろう。

「それは私だけの功績じゃないよね?」

「ですがその中心にいるのはいつもハルト様でしょう?」

 ハンスが私の問いに聞き返して続けた。

「基本貴方が動かなければその側近の方達が単独で動くことは殆どない。それを考えれば当然です」

 当然、なのか?

 実際に動いているのは私ではない。

 だが確かにみんなにお願いしているのは私だ。

「ロイ達はそれ、知ってたの?」

 これだけ町人に知れ渡っていればロイ達が知らないわけがない。

 それなのに私の耳に入らなかった。

 私が尋ねるとロイが苦笑して答えてくれた。

「以前テスラと町に出た時に知りました。最近ハルト様が全然町に来ないのは何故だと問われまして、その時に。お強いハルト様が何故そんなことを気になされるのかとも聞かれましたので、お優しい方なのでお強いが故に我々にその力を振るい、領民に怪我をさせることを危惧されているのだと話しました」

「なんで私に報告しなかったの?」

「貴方は騒がれることを嫌うでしょう?」

 ロイにそう切り返されて黙ってしまった。

 私はみんなに気を遣わせていたということか。

「私は知りませんでした。キールも、ですよね」

 イシュカは私と同様知らなかったらしく、驚いていたキールもそれは同じようだ。

「二人とも町に出ることは滅多にありませんからね。仕方ありません。サキアスも知らないと思いますよ。ウチの従業員でも知らない者が殆どでしょう。最近では行商人も出入りするようになり、休日には小さいながらも市も立つようになりましたので町まで出かける必要もなくなって来ましたからね」

 つまり知らなかったのは私を含めた町に行くことが殆どないメンバーだけ。

 みんな、私が過ごしやすいようにと心を砕いてくれていたんだ。

 人混みに押されるのが苦手だからと閉じこもっている間に状況は変化していた。

 私のためにと。

「祭りを楽しみにしていたのでしょう? さあ行きましょう、貴方が楽しんでくれなければ町のみんなの心遣いも無駄になります」

 そう言ってテスラが私に手を差し出した。

「そうですよ、ハルト様の暗い顔を見たくなくてやっていることなんですから貴方がそんな顔をしていたら町のみんながガッカリするでしょう? さあ、どこから回りますか? どこへでもお供致しますよ?」

 ターナーにそう言われて私は前を向いた。

 テスラの手を右手で取ると人混みに戸惑っていたレインの手を左で引く。


「行こうっ、レイン。今日は思いっきり楽しもう?」

 折角の心遣いなのだ。私が楽しまなくては駄目だろう。

 私が笑いかけるとレインは前方の串焼の屋台を指差した。 

「うんっ、ハルト、僕、あれ食べてみたい」

「いいね。ロイ、私はアレが食べてみたいっ」

 そう言って私はその二つ隣のフルーツを使った甘味系の屋台を指差した。

「では先に場所取りをしましょう。みんなで手分けして色々買ってくれば早いですし」

「そうだな。その方が早そうだ」

 一番背の高いテスラがたくさんの屋台中央の広場に臨時に作られた飲食スペースを探して視線を巡らせると食べ終わった町人のグループが立ち上がり、手を振って手招きしてくれた。

「ああ、丁度席が空くようです。あそこにしましょう」

「知ってる人?」

「ええ、もと同僚ですよ。ギルド職員なんで見たことあるかも知れませんね」

 そういえば最近商業ギルドにもあまり顔を出していないなあ。

 提出必要書類はほぼテスラが片付けてくれているし。

 これからはもう少し私も町に出るようにしよう。

 私に会いたがってくれている人がここにはたくさんいる。


 テスラが引いてくれる手を握り締め、私はそう思った。


 

 収穫祭を巡り、目一杯楽しんだ後、迎えに来てくれた馬車に乗り込み屋敷まで戻ってくると父様が玄関のエントランスで連隊長と共に待っていた。その横にはミゲルが立っている。鑑みるにまだ連隊長が到着してから然程時間が経っていないのだろう。先に出掛けたミゲル達は既に戻っていたようで、友人達は既に寮に戻ったようだ。三階以上は認証が必要なので夢中で連隊長に祭りでの話をきかせている。

 ロイ達が両手いっぱいに持った荷物を見て父様が笑う。


「祭りは楽しかったようだな、ハルト」

「はいっ、いつもとまるで違う雰囲気で凄く楽しかったです。ね、レイン」

「うんっ、楽しかったっ」

 町人達の心遣いで人混みに揉まれることなく楽しむことが出来た。

 祭りらしい、普段では見かけないような食べ物もたくさんあったし露店で面白そうなものも見つけた。すっかり時間を忘れてしまい、辺りが夕焼けに染まってからそれに気がついて迎えにきてくれた執事見習いのエルドには随分待たせてしまった。レインも庶民の祭りには参加したことがなかったようで始終キョロキョロと好奇心に目を輝かせていた。

「楽しんで帰って来たところ悪いが、昨日の報告がある。どうする?」

 昨日の報告というと私達が帰った後のことについてのことか。

 ガイがここにいないということは上で呑んだくれて寝ているか、私が来るのを待ってからとワザと降りて来ないかのどちらかだ。ということは父様と別れてからのことはまだ二人とも知らないのだろう。

 ガイが帰って来たのは昨日の夜。

 おそらく昨日ガイが言っていたように仕入れてきたと思われる手がかりが気になって一足先に連隊長だけ予定変更して来たのだろう。キールがなんとなく事情や漂う空気を察したのかミゲルとレインの背中を押して階段を上がっていった。それを見届けると私は父様に切り出した。

「どうすると言いますと?」

 調査報告はしてくれると言っていたはずなのに問いかけてくるということは何か事情があるのだろうかと問い返すと父様は真剣な顔で私に向き直った。

「言ったであろう? これは領主の仕事。確かにお前は領主の息子だが既に家を出ている。しかも単独で爵位を持っていることを鑑みれば必ずしも関わらなくてもいい問題だ。むしろ万が一の事を考えれば関わるべきではないのかもしれん」

「何故ですか?」

「責任問題に発展した場合、私もただでは済まないかもしれないからだ」

 どういうことだ?

 首を傾げるとロイが小さな声で私に耳打ちする。

「領主の座を降りなければならないかもしれないということですよ」

「そんなっ」

「あくまでも最悪の場合ですが」

 だって父様は知らなかったわけだし、主犯のキャスダック子爵は家族諸共消された。

 確かに領地内で起きたことで、管理責任を問われると弱いところではあるけれど。

 私はぎゅっと拳を握り締めた。

「では俺はガイに知らせて来ます。どこの部屋を使われますか?」

 テスラも大体の事情を察して尋ねてきた。

 確かにここにはミゲルや父様の護衛もいるし、密談には向かない。

「今日は商業班幹部もいないから三階の私の書斎にする。あそこなら万が一商業班の誰かが早めに帰って来てもいきなり入ってくることもないでしょう。ミゲルやレインにも聞かせなくて済むから」

「了解しました」

 ミゲルは既に王位継承権を放棄しているし、レインは他領の上位貴族子息、巻き込むべきではないので話を聞かせるべきじゃない。

「では私はお茶の準備を」

「いえ、それは私が準備致しますのでロイ様はハルト様のお側に」

 席を外そうとしたロイを止めてエルドが素早く厨房に向かった。

「ハルト、話を聞いていたのか?」

 何を考えているとでも言いたげな言い方で父様が私の行動を咎める。

 私はにっこりと笑って言葉を返した。

「はい。ですから関わるとは言っていませんよ。ですがここでは密偵がどこから入り込んでくるかわかりません。一階よりも上の方が良いと思っただけですが? 他者にあまり聞かれたくない詳しい話なら関係者以外簡単に立ち入り出来ない禁止区域の方が宜しいかと」

 関わらないとも言ってないけど。

 ここには余計な話を聞かせたくない人員もいる。

 まずは場所を移すべきだ。私の言わんとしていることに気付いた連隊長が頷いた。

「ああ、そうだな。では場所だけお借りするとしよう、伯爵」

「そうですね。では悪いがハルト、借りるぞ」

 納得したのか父様も頷いて歩き出した私の後ろに付いてきた。

 三階以上は中にいる者、もしくはそこに立ち入り許可のある者しか入れない。

 余計な人員には御遠慮頂くことが出来る。

 メイド達がそこにいた残りの客人達を応接室に案内しているのを見届けて私は三階へと続く階段入口の扉を開けた。



「それで、お前はなんでここに座る? 関わらないんじゃなかったのか?」


 三階の私の書斎に到着すると部屋に置いてある応接セットのソファに二人が腰掛けた。早速本題に入ろうとした父様の横に座ると私を見下ろしてそれを父様が咎める。

「関わらないとも言っていませんよ。私は置物と思って頂ければ結構です」

 後で聞いているだろうと言われたところで惚けてしまえばいい話。

 ここにいる人間全員が口を噤めばバレることもない。

 下にいる護衛その他には場所だけ提供するという話になっている。

「ウチにも密偵が入り込んでいるようですので耳に入れておきたい情報もありますし」

 まだ確定ではないが限りなく黒に近い灰色。

「いるのか?」

 すかさず二人が食いついてくる。

 ここまで反応するということは二人ともたいした成果はあげられていないということか。つくづくガイに諜報員としての優秀さに感服する。

「怪しいと思われる者が一人だけ、今は見張りをつけてあります」

「既に目星はついているのか」

 連隊長に問われて私は頷いた。

「はい。おそらく一連の事件の関係者ではないかと。ただ証拠がないので今は泳がせています」

 そう答えると昨夜ここを出発する前と帰宅前の警護人員を使っての調査及び指示について話をした。万が一先回りされるとするなら何かの連絡手段を持っているはずだと睨んで周辺警護人員の増加、そして先回りされていたのならその連絡を受ける側の居場所の特定とその結果だ。

 それを話し終えると連隊長に呆れたように溜息を吐かれた。

「全く。本当に貴方は抜かりがないな」

「ウチの者達が優秀なだけですよ」

 よく使われる手段だ、驚くほどではない。

 夜中に大きな音が響けば気付かれる。となれば先回りするための向こう岸に連絡する手段ははぼ確定だ。

「ですから私のことは気にせず話を進めて下さい。私は今から新しい商品のアイディアを思いついて三階奥の作業場に篭っていますから。私は先程も申し上げた通り置物ですので都合の悪いことは聞こえませんし、仮に御二人の耳に何か聞こえたとしても置物ですので空耳でしょう。それで連隊長達の行動に影響を与えたとしても私はただの置物ですから全く関係ありません」

 つまり私は無関係。

 罪も被らない代わりに万が一それによって功績を上げても評価も頂かない。 

 意味を理解したロイがテスラを呼びに出て行った。

 アリバイ工作のためだ。

 私が突発的に何か閃いてコトを起こしたり何か作り出すのは別に難しいことではない。現在考案中のエレベーターや楽器などテスラ、ロイ、マルビスしか知らないものが幾つかあるのでツッコまれても困ることはない。明日にでもその中の一つの書類を仕上げてテスラにギルドへ提出して貰えばいいだけだ。

 私の言いたいことがわかったのか連隊長はニヤリと笑う。

「成程、では置物は気にせず私達は私達の相談をするとしよう。ここからではその端の部屋まで声も届かないだろう」

 連隊長さえ納得すれば父様に否はない。


「まあ確かにそこの置物は置いておいた方がいいかもしれませんね」

「ええ、何か聞こえたとしてもそれは私達の空耳。心配するほどのこともないでしょう」


 こうしてここにいる私の存在は対外的に消された。

 悪い事を企むわけでもなし、問題はない。

 昔から三人寄れば文殊の知恵ともいうではないか。

 一人より二人、二人より三人の方がいい考えも浮かぼうというもの。

 おっと、違った。私は置物、私は置物。

 今現在ここにいない人間だ。

 イシュカにもミゲル達の話し相手という名の監視役に向かってもらう。

 どこから秘密というのは漏れるかわからない。

 起こりうる危険全てには対処しておく。

 用心深く行動しておくに越したことはない。


 えっ⁉︎

 それは単なる悪知恵、悪巧みだって?

 そんな言葉は聞こえません。

 何故なら私は単なる置物ですから。



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