第百十話 自称モテない男の真相は?
まだ眠いと塞がりそうになる瞼を擦りつつ簡単な食事を摂った後、ここで待機すると言っていた父様も、王都からの遣いもまだ来ていないので、祭りに出掛けることにした。
昨日の夜の件は確かに父様の領主としての仕事。
父様から依頼されたのならまだしも私が口出しすべきではない。
執事見習いのエルドとカラルやメイド達には前後で分けて休みを取るように言ってあるので本日の仕事番のエルドに父様達の対応は任せることにした。町にはロイとマルビス、イシュカ、テスラ、それにキールとレインが一緒だ。馬車は父様の屋敷で預かって貰い、町まではマルビスは多分向こうに着いたらどこかの屋台を手伝うハメになるだろうと言っていた。
本日商業班はほぼ全員秋祭りの出店に出払っている。
エルドと一緒にロイが出掛けるための馬車を用意してくれている。
私は準備を整えてイシュカと自室の応接間で待っていた。
サキアス叔父さんも誘ってはみたが生返事が返ってくるだけで興味はないらしい。一度熱中し出すと止まらなくなるので最近は御飯時にも忘れてこない時があるので、最近では叔父さんの扱いに慣れ始めたキールが呼びに言っている。叔父さんの被害にも遭っていない、武勇伝を知らないキールには特に苦手意識は低いようだ。叔父さんも平民だからと気にするような人じゃないし、非常に助かっている。
「そういえば、昨日から何か報告あった?」
リビングにいるテスラ達と合流する前に一応警備に頼んでいたこともあるし、報告だけは確認しておくべきかとイシュカに尋ねると報告が返ってきた。
「はい。昨晩、こちらへ戻ってくる前にハルト様が調査されていた件なのですが、御推察通り湖の対岸に野宿していた後が見つけられたそうです。こちらに紛れ込んでいた密偵が何らかの方法で向こう岸へ連絡していたのでしょうね」
やはりか。
こちらからモールス信号のようにランプの灯などを使って連絡を取っていたのだろう。湖の上なら遮る物も特にない。そうすれば私達が湖を回り込んでいる間に先回りも可能だったというわけだ。
「ソイツは見つけられそう?」
「はい。こちらを出発前に見張りを強化されて行かれましたが、その中の一人が滞在している大工職人の中に妙な動きをしている者がいたと。ただ確証がないため見張りを現在も付けています」
「妙な動きって、何を?」
「夜に現在建設中の騎士団支部の寮の屋根の上に登っていたそうです。問いただしたところ星を見ていただけだと言っていたらしいのですが、星を見るならランプを煌々と付けたまま持っているのはおかしいだろうと。この辺りには街灯も設置されていますし、宿舎の部屋や廊下にもあります。ランプは職人達に配られているわけではありませんから個人的に持っているとなれば、ないとは言えませんが珍しいですし」
それは確かに。
月明かりもあって、室内灯もある暗くもない廊下を歩くのにランプがそんなに必要とも思えない。おまけに昨日はお祭り前の休日前、多くの部屋の灯りが遅くまで点いていた。外には街灯もあるし、宿舎の屋根もあるのにわざわざ建設中の建物の屋根までというのはおかしい。
「確かに変だね。普通天体観測をするなら灯りを消すものじゃないの?」
「そうです。ですが、星と言っても湖の水面に映る星を見ていたのだと言ったそうで」
水面に月の光が反射する様は綺麗だけど、それなら尚更屋根に登る必要はあるかな?
「それでその彼は祭りには出掛けたの?」
「いえ、人混みは好きではないと。休みならばゆっくり寝ていたいからと宿舎から出ていないようです」
それ自体は特に珍しくもないけど。
人混みに酔う人もいるくらいだからおかしいということもない。
「ガイは?」
「一応その報告は一緒に聞いていました。今はマルビスに酒をタカっているようですよ。貴方から頼まれているだろうと言って地下の酒蔵を漁っているらしいです。マルビスがとっておきの酒を持って行かれたと嘆いていました」
そういえばウチにもいたな、一人。
祭り、イコール遠慮なく酒が飲める日という祭自体には興味のない人種が。
私は乾いた笑いを浮かべつつ了承する。
「まあいいよ。陛下に褒美でお酒を強請っておいたからそのうち王都からそれも届くでしょ。今回は長い期間ずっと休まず動いてくれてたみたいだし、浴びるほど飲ませて休んでもらっておけばいいよ。どうせ大量に飲んだところでガイはたいして酔いはしないもの。何かあってもすぐに動いてくれるよ、多分」
イシュカは呆れたように溜息を吐く。
「貴方はガイに甘いですね」
「そうかな?」
「ええ、自覚はありませんか?」
言われて少し考えると思い当たることがないでもなかった。
「そうかも。ガイは普段は側にいないことも多いし、危険な仕事を頼んでるせいもあるかな。ガイは強いけど、世の中には絶対ってことはない。信頼していても心配なのは変わりはないから。見えないところで怪我しても助けに行けないし。戻ってきて顔を見るまでは不安だよ、やっぱり」
「それで五日も窓の外で待っていたと?」
「心配、し過ぎかな?」
ロイにもそういえば似たようなことを言われた記憶もある。
「いえ、私達はその分日常的にお側にいられるのだと思えばたいして腹も立ちませんが、ガイが少々図に乗っているような気がしただけです」
「気をつけるよ。でも、ガイはやらなきゃいけないことも、必要なこともちゃんとやってくれてるよ?」
「でなければ速攻叩き出していますよ」
認めてはいるんだ、ガイのこと。
嫌がるだろうけど、イシュカとガイは本当に良いコンビだと思う。
「ところで、今日はその格好で出掛けるんですか?」
必要な報告は終わったとばかりに私の本日の衣装にイシュカが話を逸らす。
特におかしな格好をしているつもりはないのだが、今日はちょっとだけいつもより良い服を着ている。とはいえ、普段着が私の場合は動きやすさに重点を置いているだけで見窄らしい格好をしているわけではない。一応屋敷の主人としてそれなりの格好はしているし、センスのない私が選ぶまでもなくロイが起きる前にその日着る服をいつも用意してくれてあるのでそれをそのまま着ているだけなのだが。
「変かな?」
折角のお祭りだし少しくらいのオシャレはしてみたい。
買い込んだ服も袖も通さないまま着られなくなってしまっては勿体無いし、イシュカ達もみんないつもより気合いが入っている。以前の洋服のセンスからすれば段違いにオシャレになったイシュカはもとが良いので大抵何を着ても様になる。
背も高くスタイルもいいって反則だよね。私もこんなふうに育つと良いなあ。
「いえ、とてもよくお似合いなのですが今まで町に出かける時は極力目立たないように平民に溶け込むような格好をされていましたから」
「だって無駄だもの」
それなりに私もオシャレしたい時もある。
だが今まで極力目立ちたくなかったから地味な格好してたけど。
「もう人目に晒されるのは諦めたよ。すっかり顔になっちゃったし、どちらにしてもみんなを連れている時点で既にアウトだよ。こんな目立つ容姿のメンバーが一緒で隠れようって言うのは無理な話」
綺麗、端正、美形、ハンサム、可愛い系の美男子達が勢揃い。
お好みに合わせて各種取り揃えております状態。
むしろコレで目立つなと言う方が難しい。
特に女性の方々の視線は否が応でも引き付けるだろう。
とっておきのワイルド系は屋敷で酒浸り決定のようだけど。
ならば出掛ける時くらいせめて彼らに見劣りしないようにしなければ。
私が肩を竦めるとイシュカが臆面もなく言った。
「仕方ありません。貴方はどんな格好をされてもお綺麗なので」
そんな言葉を真顔で返されても。
私は赤面して言い返す。
「だから私じゃなくてみんなが、だよ。他のみんなも大概自覚ないけど特にイシュカは全然自覚ないよね」
「男の顔など綺麗でもたいして得はないと思いますが」
「大アリだよ」
それにその理屈からすると私を綺麗だとイシュカは褒めてくれたけど私の顔に価値がないって言うことになると思うのだけれど?
わかってるのかな、イシュカ。
いや、間違いなくコレはわかっていないに違いない。
「いったいどんな得が? 仮に私の顔が美しかったとして、男まみれの中で生活していれば得などたいしてないと思われますが」
言われてみれば確かに。
女性相手なら武器としても使えそうだが男相手だと余計なトラブルにならないとも限らない。緑と赤の両騎士団内に女性は殆どゼロ。いるのは近衛の王族直属の部隊だけだ。女性の王妃様や王女達の護衛として在籍している者が十数名と聖属性持ち以外は女性騎士や魔法師、聖騎士はいない。それに聖属性持ちの女性は神殿に所属していることが多く、結婚して子供を産むと聖属性が消えることが多いので彼女達に手を出すのは基本御法度だ。なので恋愛対象にはなりにくい。というより、そんなことをして彼女達から聖属性が消えた日には遠征先で大怪我をした自分達を癒してくれる存在がいなくなってしまうわけで。
そうなると見た目の綺麗な男の人は戦場などでは女性の代わりにされたこともあると前世でも言われていたくらいだ。イシュカの容姿では狙われないとも限らない。
「女の人に興味ないの?」
「特には。嫌いではありませんが、別に女性にモテたいとは思ったことはありませんね」
「そうなの?」
「面倒じゃないですか。女性の機嫌を取るために甘い言葉をかけ、思ってもいない世辞や褒め言葉を口にして、高価な物をねだられ生活費を切り詰めて節約し、気を引くための贈り物を必死で考えている団員達を見ていたら、何故そこまでして女性の機嫌を伺わなければならないのかとは思っていましたが」
それって、大多数の男が聞けば背後から刺されそうな話じゃない?
つまり機嫌を取る必要がないほどには寄って来てたんだよね、多分。
「学院にいた時もモテてたんじゃないの?」
「あの頃は家を継ぐことを強要されていましたから足りなかった勉強の遅れなどを取り戻すのに必死でしたし、声を掛けてくる女性がいないわけではありませんでしたが勉学の邪魔をされるのは正直迷惑でした。最初は遠回しにお断りしていたのですがご自分の都合の良いように解釈され、誤解されることもありましたので、それを理解してからはその場でハッキリとお断りするようにしていましたら暫く後には私に近づいてくる方も少なくなり、ホッとしましたけど」
やっぱりモテない男の人が聞けば間違いなく締め殺されるよね、それ。
本人に自覚はないみたいだけど。
しかし、その場で断るようになってから近づいて来なくなったって、もしかして、
「それって人前だった?」
「人前だったこともありましたね。余計な期待をさせぬよう、すぐにお断りしていましたから」
なんとなく。
なんとなくだがわかってきた。
イシュカが自分はモテないというわけが。
おそらくイシュカ的にはただ声を掛けられ、申し込まれたから、その気がなかったためにその場でお断りしたという認識しかないのだろう。だが、もし、自信満々で断られるなんて思いもせずに、大勢の人前で申し込んできた女性がいたとしたら?
恥をかかされたと思うに違いない。
そしてそれが続けば恥をかきたくない貴族令嬢達はイシュカに近付かなくなるというわけだ。そして遠巻きに眺めても向こうから申し込まれない限り近寄ってはならないと戒めていたのだろう。
これで影ではモテていたとしても自称モテない男の出来上がりというわけだ。
だけど、
「私には甘い言葉も褒め言葉もよく言うよね?」
「そのようなことをあまり言った覚えはありませんが? 私は思っていることしか口にしていません」
いや、それ、逆に殺し文句ですから。
それは御世辞ではなく、本当にそう思っているのだということに他ならない。要するに先程私に綺麗だと言った言葉も価値云々という意味はなく、ただそう思ったから言っただけということになる。
だが、あまりというからには多少は言っている自覚はあるのだろうか?
「それに貴方は私に贈り物を強請ったことなどないでしょう? むしろ私に様々な物を与えてくれます。私が代わりに何か御礼をと言っても日頃の御礼なのだから御礼に御礼を返されたらまた私にプレゼントしなければならなくなるからいらないと」
それもあるけど、隠し部屋から溢れ出来そうな金貨がそのまま使わずに眠らせておくのは勿体無いと思ったからというのもあるのだが。そのうち金貨の波に押し潰されそうな気がしてならない。
根が庶民の私からすればあの光景はある意味恐怖だ。
使っても使っても減らない、私は打ち出の小槌を持った覚えはない。
後でやっぱり返してくれと言われないだろうなあ。
「私が贈ったと言えなくもないのは貴方のその指にある指輪だけです。マルビスが纏めて支払いをした後に私達に経費で落としても構わないがどうしたいかと尋ねられたので私は自分で支払いたいと申し出ました。婚約者としてそのような物まで他人に支払わせるのは男として如何なものかと思いましたので」
えっ⁉︎
えええ〜っ、それ、はじめて知ったよ。
マルビスが纏めて払っていたからてっきり経費かなんかで落としたのかと。
私はすっかり指に馴染んでしまった指輪をしげしげと眺めた。
マルビスが周囲に認識されるまでは外出時には極力嵌めていてくれと言われていた貴族御用達の奥の部屋で見せられたそれ。しかも上段の方にあった明らかに高いと思われる指輪。
「コレ、高かったよね?」
自分で払うつもりでいたから何気なく選んでしまったのだけれどそうと知っていたならもっと安い物にしていた。
「貴方が今まで私に与えてくれたものからすればたいした金額ではありません。それに私は嬉しかったのですよ、綺麗な色をしたそれが私の瞳の色に似ているからと貴方に言われて」
「ごめんね、私、気がつかなくて」
ちゃんと御礼も言っていない。
私が謝るとイシュカが笑顔で首を横に振った。
「男の見栄というものです。私は貴方に謝らせたいのではありません」
そうだね、こんな時に言う言葉は謝罪ではない。
「ありがとう、イシュカ。大事にする」
「はい。嬉しいです」
にっこりと本当に嬉しそうな顔で笑うイシュカに益々顔が熱くなった。
だがのぼせた頭でハタと気がついた。
「ってことは、もしかしてロイもだったりする?」
「ええ。彼も自分で支払いたいと言っていましたよ」
や、やっぱり。
これもきっとそれなりに高いよなとアメジストの指輪を眺める。
すると私の考えていることに気がついたのかイシュカが私の指を指輪ごと両手で握って隠した。
「貴方には到底及びませんが私達もそれなりの高給取りです。ここでは他に使うところもありませんから貴方に心配して頂くほどのことではないですよ」
確かにもらったものの値段を問うのは失礼だ。
後でロイ達にも御礼を言っておこう。
そして多分マルビスも経費で落とすことなく自分で支払ったに違いない。
こういうものは自分で買うものではないとマルビスは言っていた。
つまり相手から贈られるものだと言いたかったのだろう。
「準備が出来たのでしょう、ロイが呼びに来たようですね」
階段を登る足音にでも気がついたのかイシュカが戸口の方に視線を向ける。
こんなにカッコイイのに自覚がないのにはやはり理由があったのかと納得したけれど、イシュカにはもう少し自覚を持って欲しい気がしないでもない。最近では殊更に雰囲気が柔らかくなって魅力的になってきた。これでは私の婚約者だと知ってなお惑わされる女性の方々が増えないとも限らない。
「ねえ、イシュカ。イシュカは自分の顔が嫌い?」
私が問いかけるとイシュカは少し考えてから頷いた。
「そうですね、あまり好きではありません。団長のようにもう少し男らしければとも思いますが」
「でも、私は団長よりイシュカの顔の方が好きだよ?」
団長みたいな筋肉隆々、男臭い凛々しいタイプが好きなお嬢さん達もいるだろうけど、私は男らし過ぎるタイプはどちらかといえば苦手だ。
要は好みの問題で、団長の顔も充分男前なのだけれどイシュカとは対照的。
団長が眩しい太陽の光ならイシュカは柔らかな月の光のようだ。
「イシュカの魅力は勿論それだけじゃないけど、月の明るい夜空のような瞳も、月光を織り込んだような透けて艶めく青銀色の髪も、薄い紅を差したような唇も、精悍な頬や、きりりと釣り上がった細めの眉も、全部素敵だよ? 特に照れたように少しだけはにかんだように笑った顔はすごく好き。それは覚えておいてね」
服の裾を引っ張って見上げながら私がそう言うと、イシュカは目を丸くして私を見た。
一瞬だけ間をおいて、嬉しそうに笑った。
「私がよく笑うようになったのは貴方のお側にいるようになってからですよ?」
そうなの?
それが本当なら嬉しい。
幸せをもらっているのは私ばかりではないということだから。
「でも、ありがとうございます。貴方がこの顔を好きだと言ってくださるのなら、私も少しだけ自分の顔を好きになれそうです」
自意識過剰のナルシストは苦手だけどイシュカがそうなる未来は想像できない。
多分、そうなったとしても私はイシュカが大好きなままだろうけど。