第百九話 私の意見を聞く気はあるのか甚だ疑問です。
消火作業を終えて村に戻るとガイと父様とその護衛、私のところの警備員達がいた。
父様のところの兵がいないということは子爵のところで調査か何かしているということか。
様々なことがあったために真夜中だというのに村中総出の大騒ぎになっている。
「戻っていらっしゃったぞっ」
私達の姿を見るなり村人達がわらわらと駆け寄って来た。
「火事は無事収まったよ」
一言そう告げると村中が歓喜に湧いた。
中には涙を流して無事を喜び、感謝している者もいる。
確かにあのまま事態を放っておけば畑はおろか家も失い、山は大火事、村はその責任を問われた可能性もある。それを思えば一区画を焼いただけで済んだのは歓喜すべきことなのかもしれないが。
お前のような子供と言われたことを思えばたいした変わりようだ。
他の村人達と話していた父様とガイがこちらに寄ってきた。
一応収まったとはいえ、一区画を燃やし尽くすことになってしまったわけで。
「父様、あの・・・」
「だいたいの経緯は村人達に聞いたよ。全く、お前というヤツは」
「すみません」
呆れられてる?
大きくため息を吐かれて私が謝ると父様は私の頭の上にポンと掌を乗せるとクシャリと撫でてくれた。
「何故謝る? お前は村一つを救っただけでなく山火事になることをも抑えたということだぞ?」
「いえ、私一人の力では・・・」
「確かにハルト一人の力ではないかもしれんが、お前の功績であることは間違いない。それはここにいる皆が認めていることだ。そろそろお前も自分を認めてやったらどうだ?」
自分を認める?
確かにイシュカと二人で北側と南側の火事を防いだのは間違いないが、一番阻止すべき山への燃え移りを防ぐのに尽力し、手伝ってくれた、というか、強引に手伝わせたのだけれど、止めたのは村人なのだ。水属性の上級魔法を二、三発程度行使したところで焼石に水、範囲が広すぎて全てを止めるには足りない上にそれで抑えきれなかった場合には残った魔力で消火するのは難しいと判断したからなのだが。
より確実な手段を選択したつもりなのだが最善だったかは微妙だ。
もしかしたら証拠隠滅の手助けをしてしまったのかもしれない。
この世界には前世のような最先端の解析技術があるわけではないのだ。
灰となってしまえばそれで終わり。
「私は結局証拠を守ることはできなかったわけですし」
「そんなものより民が生きていることの方が大事だ。謙虚も度を過ぎれば嫌味だぞ? それにお前がそれを受け入れなければお前の周囲にいる者も相応の評価が受けられぬ。主人より前に出ては側近や従者の資質や品格も疑われるだろうからな」
父様にそう言われて気がついた。
そう言われてみればそうだ。
限られた小さな範囲だけとはいえ私は一国一城の主。
私が周囲に認められなければ私の周りにいる側近達の評価も上がらない。
ハッとして側にいたイシュカとガイを見遣ると二人は笑っていた。
「私達はそのようなものはいりません。貴方の側に置いて頂けるだけで充分です」
そう言ってイシュカがガイに同意を求めるように見るとガイは苦笑した。
「俺は面白そうなことが好きなだけだ、そんな面倒なモンはいらねえな」
なんか私の周りって出世欲がない人が多いなあ。
ロイもマルビス達もいつも似たようなこと言うし、やはり類友というものだろうか。
それを見ていた父様が呆れたように肩を竦める。
「全く、お前はたいしたタラシだよ」
なんか本当に最近そんなこともよく言われるようになった。
タラシているつもりは微塵もないのに、そう反論すれば今度はだからタチが悪いと言われる。自覚しろって言われてもそもそも私のどこがどうタチが悪いのかもよくわかっていないし、私に人をタラシ込む色気は皆無だ。なのに男を操縦するのが上手いと言われても、むしろそんな手段があるならこっちが教えて欲しいくらいだ。それが思い通りに使えるなら大きな武器だ。だがそれを言うとそのままでいいと言う。
いったい周りは私にどうなってほしいのか?
よくわからない。
「それで父様、そちらの方はどうなりましたか?」
「一足遅かったよ。子爵のみならず婦人、子供、使用人に至るまで屋敷にいた者全てだ。体が冷たかったことから察するにそれなりの時間が経っていたと見るべきだろう。今、証拠を探させているが、まあ残ってはいないだろうな」
でしょうね、これだけ周到に用意されていたのなら。
胸糞悪いことだ。
利用するだけ利用して、その身が危なくなればあっさりと切り捨てる。
子爵だけならまだしも屋敷にいた者全てとは徹底している。
「この村で関わっていたと思われる者達は?」
火事の騒ぎで出てこなかった者が二家族いた。
「戸口に鍵が掛けられたままらしい。呼んでも返事がないようなので今扉を壊させている」
そう言って父様は背後に視線を流す。野次馬達が取り囲んでいる中で体格の良い兵士が入口の扉に体当たりをかましている。どうやらその二家族は子爵直々に頼まれた植物を栽培していたらしい。今回出火した畑の担当者で子供はなく、どちらも夫婦二人。一組は新婚、もう一組は子供が独り立ちしたばかりの二人暮らしで子爵からは輸出用の高価な野菜だと聞かされていたようだ。他の村人達も麦とは違う物を栽培しているのは知っていたが加工しなければ食べられないものだと説明されていたという。つまりは騙されて利用されていたということになる。
体当たりを繰り返していた兵士がとうとう戸口をブチ破ったのか、ドゴンッ、バキンッという大きな音が聞こえたと同時に家を囲んでいた見物人達から鋭い悲鳴が上がった。
それを聞きつけて私達がそこに飛び込むとそこには二つの骸が転がっていた。
一人は猿轡を噛まされて柱に縛り付けられたまま、もう一人は布団の上で息絶えている。どちらもその周囲は流れた血で紅く染まっていた。
「やはり、こちらも口封じされていましたか」
念のためガイとイシュカが息があるかを確認するが、この出血状態で生きていたら最早ホラーだ。二人とも呼吸がなく、心臓が止まっていることを確認すると首を横に振った。
「死体の状態からすると殺されたのは子爵が先だろうな。先に一人を殺しておいて恐怖で正常な判断がつかなくなったところで尋問、殺害ってのが大方の流れだろう。どちらも喉を一掻き、これでは叫ぶ暇もないだろうな」
酷いことをする。
騙され、利用され、最後は殺された。
「一応各検問所にすぐに遣いは走らせるがどうにもならんだろうな。人流を止めたところで手掛かりも証拠もなければ足留めも難しい。下手すれば遣いの到着前に検問所を抜けられるか、また身を潜められるかだ。こうなると残る手掛かりはお前のところの女達だけか」
父様の言う通りだ。
結局私達は賊の影すら見ていない。
闇雲に制限したところでどうしようもない。
「警備は強化させていますし、既に王都の衛兵達の聞き取り調査も終わっています。証拠がなくなってしまえば後は全て推測でしかなくなってしまいます。彼女達の供述だけでは罪の追求も難しくなるでしょうね。見たというだけでは罪の根拠になりません。客として出入りしていたのだと言われてしまえばそれまでですから」
イシュカの意見ももっともだ。推測だけでは罰することもできない。
するとガイが難しい顔で頭を捻る。
「だがヤツらはどうやって俺達の先回りができたんだ? いくら脚の速い馬を用意したところで獣馬には勝てんだろ? 時間的に考えて無理がある。タイミングを考えれば俺達の出発を確認してから行動を起こしたと考えるのが妥当だ。もしくはイシュカが伯爵を呼びに行った時点か? だがウチの屋敷周辺はあれ以来見回り人数を倍に強化している。馬を隠しておく場所もない。オマケに団員達も交代で数名夜警に協力してくれている。抜け出してここまで来るには無理があるぞ?」
それなのだ、見張りは可能かもしれないがイシュカが出た時点で動いたとしてもここまで私達の先手は取れないだろう。ただもし、もう一人、ないし二人いれば可能な手段はある。それを確認したいところだがまず優先すべきは領地と領民の被害を抑えること。
「父様、子爵の屋敷はここから遠いのですか?」
「いいや、然程遠くないぞ?」
それもそうか、私達と別れて子爵邸まで行き、子爵の死亡を確認した上で追ってきた護衛に指示を出して戻ってきたとしても火事が完全に収まる前にここに来た時間を考えればそう遠くもないだろう。
だがもう一つ気になる点があるのだ。
「他にもこの辺りに隠れて栽培出来そうな場所はどこかありますか?」
港町一つを薬物汚染したという量をここだけで生産出来るとは思えない。
「栽培に人手が必要なことを考えれば小さな農村。便が悪く、秘密が守りやすい、他の村ともあまり交流がない村」
私が父様にそう尋ねるとイシュカが続けた。
「それでいて管理と監視を考えれば子爵邸から然程離れた距離ではない場所、ですか。見回りに来た伯爵や担当者に簡単に見つかるようでは困るでしょうからある程度の作地面積があり、この村のようにある程度の高さがある作物などで隠せるのが理想ですね」
そんな村に心当たりがあったのか父様が兵を四人づつ組ませてすぐに他の村に向かうよう指示を出す。
ガイが少し考えてから口を開く。
「あまり大掛かりにしてはバレる可能性も増えるだろうからな。秘密にしておきたいなら流通量から考えて後一つか、二つくらいか」
「そんな程度の量で足りるの? 結構被害が出てるって言ってなかった?」
「ああいうモンは多けりゃいいってもんでもない。最初は安値で手の出しやすい価格で売り捌く。その後、値を少しづつ釣り上げていくんだ。中毒にさせてしまえば同じ量でも高値で取引もできるからな」
需要と供給。欲しがる者の方が多ければ多いほど値段は釣り上がる。
ガイの言いたいことは理解した。
私は拳を握りしめた。
「それに禁断症状も酷いって聞いたぜ? 金が無くて買えないヤツらが狂ったようになってるらしい。絶えきれなくて自殺する奴もな。それを考えるなら街の治安を堕とすという点に於いても流通量を絞るっていうのは悪い手じゃない。売る相手を選べば更に効果的だ。欲しい、だが買えない。だったら持ってるヤツから奪えばいいってな」
ガイの語るオーディランスの港町の様子が目に浮かんだ。
安直過ぎるが理性を失えばそういう思考になってしまうのも止められない。
物資も資金も兵力も少ない。
自国の民のためとはいえあまりにも非道なやり方だ。
「悪趣味すぎて反吐が出るね」
私は顔を顰めて呟いた。
正々堂々対峙することが全て正しいなんて綺麗事を言うつもりはないけれど、より相手の憎しみを買うようなやり方は如何なものか。国同士が争うのは勝手だがそれで犠牲になるのはいつでも弱い者達。そんなことに力を貸していたキャスダック子爵も許せはしないけど、自分の犯した罪はいづれ自分に跳ね返る。それを隣国、オーディランス王国が知ればどうなるのか考えなかったのだろうか。
しかも自分達の国だけじゃなくウチの国、ウチの領地まで巻き込んだ。
「後は私達の仕事だ。お前は屋敷に帰って休め。明々後日にはミゲル王子達の迎えも到着するのだろう?」
黙り込んだまま俯いていた私に父様が声をかけた。
そうだ、そうだった。
それもあったんだっけ。
明日のために今日を頑張ったけど、新しい問題が起こってしまった。
「おそらく団長か連隊長が来ると思うぜ。今日向こうを出てくる時、御主人様に確認してから報告すると言っておいたからな。早けりゃ今日明日にでも一人来るかもな」
ガイの持ち帰った情報は貴重だ。
それだけの価値もある。
団長達も王家の隠密部隊達が持ち帰れない情報を集めてくるガイへの期待は大きい。
「祭り、楽しみにしてたのにな」
そのためにミゲル達と遊ぶ間を縫っていろんな仕事、片付けていたのに。
残念だけど仕方がない。
秋祭りは来年もある。
ここは父様に任せて明日に備えよう。
せめてミゲル達だけでも楽しめるように。
「別に予定を変更する必要はないんじゃないですか? 話し合いだけならそんなに時間もかからないでしょうし、今回は貴方が決断すべき案件ではありませんから」
あからさまにガッカリしていたであろう私にイシュカが声を掛けてくれた。
私が顔を上げると父様が続けて言った。
「そうだな、今回は領主である私が下すべき決断であろう。もし問われたのなら私の方に話を振ってくれ。いや、向こうがお前のところに聞きに来るというなら私がお前のところで待機していた方が話も早かろう。子爵の件をある程度片付けたらそちらに行く。
ハルト、お前は働き過ぎだ。少しは休め。それでないと私の立つ瀬がなくなってしまうだろう? ロイに頼んで私の寝床を用意させておいてくれ。後は一階でも二階でもいい、お前の屋敷の応接室を貸してくれ。今後の対応が決まればちゃんとお前にも報告する」
確かにその方が早い。
「わかりました、では帰ったらロイに頼んでおきます」
もう日付も変わる頃だ。
それにもう一つ、確認したいことがあるし。
私は遅れてやってきたウチの警備員達に一つだけ仕事を頼んでイシュカとガイと一緒に屋敷に戻ることにした。
屋敷に帰ると疲れ果てていた私はベッドに入ると同時に深い眠りに落ちた。
夜遅くまで起きていたせいか、いつもの時間に目が覚めることはなく、起きたら既に昼に近い時間だった。ミゲル達には緊急の仕事が入って夜に出かけていたのでまだ寝かせといてあげて欲しいと伝えられたらしく、ミゲル達はひと足先に彼の護衛とウチの警備達が案内人になって出掛けていた。
ただレインだけはまだ馴染みきれなかったのか私の目覚めを待っていた。
「一緒にミゲル達と出掛ければ良かったのに」
レインも楽しみにしていたはずなのに、引っ込み思案な性格が流石に一週間程度で治るものでもないか。
「僕はハルトと町に出掛けるのが楽しみだったんだ。お祭りを楽しみにしていたわけじゃないよ」
私がかなり遅めの朝食兼間食を食べている前で、出されたサンドイッチに手を伸ばしながらレインが答える。
そういえば秋祭りに行く話をしてた時もしきりに私も行くのかと確認してきたっけ。レインには私を振り向かせる宣言されていたのを思い出したが、既に婚約者が三人いる状態では戦意も喪失したことだろう。初恋は実らないものだと言われてるし、子供が対象外なのは何も女の子に限ったことではないのでこれを機に諦めてもらうべきだろう。
「レイン、私が婚約したのは知ってるよね?」
あのパーティの時にも閣下の後ろに確かいたはずだ。
私が尋ねるとレインはびくっと少し体をこわばらせて小さく頷いた。
「知ってる。でも、まだ結婚してるわけじゃないよね?」
「そりゃあ結婚できる歳はまだまだ先だからね、婚約だけだけど」
まだ十年弱は先だ。それまでに呆れられて破談にならない限りという注釈は付くが。
ただ最近はことあるごとに口説きモードの甘い言葉を連発されるので、その前に私の方が心臓麻痺を起こして死んでしまいそうな気がしないでもない今日この頃だ。
そういえば前世で友達に言われてたっけ。
私は押しに弱いって。
恋愛関係で押されたことはなかったから自覚は薄かったけど仕事とかは頼みこまれると断りきれなくなることはよくあった。男運の悪さも手伝って男性不信気味だったから常に逃げ腰気味だったんで極力そういう雰囲気は避けていたし、男性のそういう対象から外れるような歳になってからは縁も遠かった。まさかその男運の悪さを覆し、こんなイケメン天国になるとは想像もつかなかったけれど。
若干の罪悪感がないでもない。中身と外見のギャップが詐欺状態なので、中身に外見が釣り合っていたらオバサンと呼ばれていてもおかしくなかった年齢の私が年若い男を侍らせているような後ろめたさがある。
この世界の結婚年齢からすれば精神年齢的にはレインは孫と言ってもおかしくない年齢なわけで、でも、しっかり今は身体的年齢は間違いなく六歳児。ややこしいというか、いや、別にややこしくもないのか。中身がどうであろうと現在私が六歳であることは変わりがないのだし。
ただ流石にレインを恋愛対象としては見ることはできない。
ロイ達ですら前世の死んだ年齢の約半分。
「僕、諦めないから」
へっ?
今、レイン、なんて言った?
私がキョトンとしていると両の握り拳を膝の上で握り締め宣言でもするかのようにレインらしくない大声を張り上げた。
「僕、決めたんだ。ハルトのこと絶対諦めないって。
父様が言ったんだ。それくらいで諦めるのかって、まだ結婚していないってことは先はわからないんだぞって、男なら本当に欲しければ奪い取れって。別に愛人や側室がいるのなんて珍しくもないんだから結婚できる歳になる前に僕が一席の座を奪い取れば問題ない、僕がその座を奪い取れたら相手への慰謝料くらい父様が払ってくれるって。
だから僕、絶対諦めないって決めたからっ、僕が必ずハルトの一番になる」
一瞬、呆然としてしまった。
閣下のあのやたらとレインを煽っていた理由はこれだったのか。
しかし、それでいいんですか、閣下。レインは仮にも侯爵家次男だよ?
狙いすましたようにレインをここに置いて行った理由も理解出来た。
閣下には一度問いたださねばなるまい。
「僕、ミゲル殿下と一緒に戻らないから。僕、絶対帰らないからっ」
か、可愛い。
顔を真っ赤にして潤んだ瞳で俯き気味に決意表明する姿は母性本能をくすぐるくらいには、いや、今は男だから父性本能なのか? どちらも今の私には相応しくない気がしないでもないが可愛らしいことは間違いない。
とはいえ、恋愛対象外なのは変わらないのだけれども。
さて、困った。
どうやって諦めさせる方向に持っていくべきか。
私が頭を悩ませていると後ろからマルビス達の声が聞こえてきた。
「これはまた、たいしたライバル宣言ですね。強敵ですよ、どうします?」
「別に変わりませんよ。何人そこに座っていようと関係ないのは最初から変わっていませんし」
「そうですね。私はお側に置いて頂けるなら末席でも気にしません」
・・・ちったあ気にせんかっ!
マルビスッ、イシュカッ、ロイッまでもっ!
いいのかっ、本当にそれでいいのかっ、我が側近達よっ!
何故そこでそうですねと納得するっ⁉︎
するとその様子を見ていたガイが大口開けて面白くてたまらないと言った様子で腹を抱えて笑い出した。
「だってよ、良かったな。御主人様さえ陥せば一席をもぎ取るのも夢じゃなさそうだぜ?」
ヒイヒイと必死に笑いを堪えながらガイがレインに向かって言う。
「まあ侯爵の狙いもわからないではないな。先のことを考えれば御主人様と太いパイプを作っておくのは悪い手じゃない。まあせいぜい頑張れ。いったい何人まで婚約者が増えるかわからねえが一席は一つしかねえしな。それでいいなら構わねえんじゃないの? 侯爵家との繋がりができるのは悪いことでもねえだろ」
他人事だと思って面白がっているな、これは。
もともとガイは細かいところは気にしないタチだし、面白ければ尚更だ。
「成程、侯爵閣下が言っていた意味はこれでしたか」
イシュカが合点が言ったとばかりに頷いた。
「何か仰っていたんですか?」
「ええ、ハルト様の学院生活で隣につけておく人材がいないとミゲル様と話をしていたんですよ。腕っ節で負けることはないでしょうし、そもそもハルト様に喧嘩を吹っかけようなどという子供はいないでしょう。ですがそれ以外のところで少々問題がありますから目を離すのは危険ではないかという話をしていたのですよ」
尋ねたロイにイシュカが応える。
すると今度はマルビスだけでなく、ガイ、テスラまでもが納得する。
「ああ、理解しました。例の癖ですね」
「あの病気か、確かにな。マズイだろうな、いろんな意味で」
「マズイでしょうね、間違いなく。その間は無防備に近いですから」
・・・反論できない。
「ええ、私もそう思います。そうしたら丁度閣下がお見えになり、側に付けるのならレイン様が適任だと仰いまして」
頷いてイシュカがその時の閣下とのやり取りについて説明した。
「そういえばレイン様はハルト様と同じ歳でしたね」
「確かに適任と言えなくもないですけど。侯爵家御子息なら身分的にも手出しし難いでしょうしね。ハルト様が隣にいればレイン様にもそう危険は及ばないでしょう」
ロイが思い出したように呟いた言葉にマルビスも納得し掛けたのだが、
「おいっ、マルビス、それ本気で言ってるのか?」
というガイの言葉に少し考えた。
「・・・訂正します。別の意味で危険かもしれません」
「そうですね、ハルト様の婚約者を狙うからにはそれなりに図太くありませんと厳しいでしょう」
・・・・・。
私は要注意取扱危険物扱いかっ!
否定しきれないのが哀しいところだが。
ぐっと息を詰まらせて恨めしそうにガイを見ると更にガイは笑った。
「まあいいんじゃねえ? 帰る気がねえって言うなら暫くここに置いて様子を見りゃあ。御主人様の日常を見てりゃあついていけるかどうかくらい自分で判断できるだろ。無理だって逃げ帰るならそれまでってことで。それでも付いてく根性があれば問題ねえだろ。
お前らも別に側室が何人増えようが第一席じゃなかろうが気にしねえんだろ?」
「気にしません」
「独占できるような方だとは思っていませんから」
「ハルト様が望まれるなら拒む理由は特にありません」
だから、マルビス、イシュカ、ロイ、少しは気にしようよっ!
「だってさ、良かったな。御主人様さえ口説き陥せば問題なく一席になれそうだぞ?」
ガイが様になったウィンクをレインに投げて言った。
「僕、頑張るよっ」
拳を握りしめて決意表明するレインに頑張らないで欲しいとは最早言えなかった。
どうしてこう私の意見は聞かれないのか。
私の婚約者の話だよね、コレ?
私はヒクヒクと唇の端を引き攣らせつつ笑うしかなかった。