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第百六話 マルビス流相手を口説き落とす方法とは?


 翌日、ミゲル達と一緒に馬車で森のアスレチック広場に来ていた。

 案の定、というか昨日の夜から大ハシャギでテンション高めだったミゲルの友人達は寮の窓から見えた女の子達の出勤風景に更にマックスまで上昇していた。綺麗に着飾った御令嬢、御婦人達を見慣れているミゲルの反応は結構冷ややかではあったが、それでも楽しそうだった。

 こういう馬鹿話を一緒に出来る友達というのはいなかったのだろう。

 戸惑いつつも楽しそうだ。

 彼らに色々と意見も聞いてみたいところだが始めの内は楽しんでもらうだけでも充分だろう。今回二度目となるミゲルは得意気にそれらの遊び方を説明してやって見せる。物珍しいそれらに男の子達は夢中になる。

 私はそれを横で見ながら組み立てたテーブルの上でイシュカとおよそ一ヶ月後から始まる支部での講義について相談していた。まずは団員達が常日頃に訓練や鍛錬で行っていることを知らなければどこから始めるべきかもわからない。そこでまずは大筋をイシュカに立ててもらい、そこに私が付け足しては、段階を踏むための余分な知識を削ぎ落とし、落としたものを今度はどの地点で教えていくかを議論する。

 講習期間は1グループ三ヶ月。月八回×三ヶ月、休憩を一度挟むとしても三時間程度が二十四回、前半十回程度は座学的な講習をメインに残り十四回の内半分くらいを座学での意見交換と改善対策について、残りをこちらから出した例題でのグループワークをメインとした戦術議論を中心にしていくのが妥当だろうという話になった。

 そんな話し合いをしているとふいに視線を感じて横を見るとテーブルの上に七つの顔が並んでいた。

「何をしているんだ?」

 私が遊びに加わることもせず、難しい顔をしていたので気になったようだ。

「講義の計画書を作っているんだよ」

「ああ、父上が言っていたヤツか」

 尋ねてきた問いに答えるとミゲルが思い出したように言った。 

「叔父上達も結構悩んでいたみたいだぞ? 勉強させたいヤツは山程いるが、順番や人員構成も考えないとって」

「だと思います。主要班長クラスはモノになるならない以前に最低限の勉強はさせておきたいところでしょうが、一気に送り込んでくると本部陣営が手薄になりかねませんからね」

「近衛や衛兵の隊長クラスもできれば送り込みたいらしい」

 そういえば団長から講義を受けられるのは団員だけかと聞かれた覚えがある。

 嫌な予感が漂ってきた。

「ひょっとして結構大事になってる?」

「ひょっとしても何も、当然でしょう? 貴方は対魔獣と言いますが対人にも場合によっては応用できます。知識として頭に入れておくだけでも無駄にはなりません。そうなると貴方が王都に行くまでの一年半、限られた期間となれば人員選別も難しいですよ?」

 そりゃまあそうだけど。

 知識というものはあっても無駄になるものではない。

「でも私が学院にいる間はイシュカが王都で担当するんでしょう?」

「例えるなら同じ授業でも教授が教えるのと研究員が教えるのではその授業の価値も違ってくるでしょう?」

 説明下手な私の講義よりイシュカの方がわかりやすいと思うんだけどなあ。

「私の講義にそれほどの価値はないと思うけど」

「だからそろそろ自覚して下さいと言っているでしょう?」

 自覚と言われても、足りないところの多い私にはわからない。

 首を傾げるとイシュカにため息を吐かれた。

「ハルト様、騎士様相手に先生をやるってことですか?」

「ええ、そうですよ。来月から順次王都から人員が送られてきます。

 ハルト様が講師で私が助手になります」

「私は逆の方がいいと思うんだけど」

「ですから先程から言っているでしょう? 私はまだまだ貴方の域には及びません」

 う〜ん、私の域というより方向が違うだけだと思うんだけど。

 個人とか少人数で対処する方法なら私の方が上かもしれないけど大勢の人間を動かしてってことになるとイシュカの方が上手いような気がする。だがイシュカに言わせると少人数で対処できる方法があるならその方がいいという。その分余った人員を補強に回せば被害も少なくなるからだと言われると反論もできない。

「父上はできれば学院の騎士候補生達相手にハルトに授業してもらいたいみたいだぞ? 特例措置を整備して待ち構えるつもりでいるみたいだが」

 それはまた悪目立ちするような気がするのだが。

「勘弁してよ。私の勉強はどうなるの?」

「ハルトに学院の授業が必要あるとは思えんが? 

 殆どの教科でハルトは兄上と張る学力があるだろう」

「そんなわけないでしょ」

「今度試しに兄上達の受けているテストと同じものを受けてみると良い。

 あれだけ対等に兄上と議論出来て足りないということはあるまい。ああいうのはハタから見ている方がわかるものだ。私はハルトが学院に通う必要があるかどうかの方が疑問だぞ。

 ハルトがどうしても学院に通いたいというなら別だが?」

 ミゲルにそう言われて考える。

 どうしてもって、いうわけではないな、確かに。

 今更子供に混じって学校教育ってのもねえ。

「学院入学は義務じゃないの?」

「義務ではありますが絶対ではありませんよ。

 貴族にとって交友関係を広め、人脈を作るという点に於いて決して無駄にはならないですから。見たこともない相手に手を貸そうという者はそういないでしょう?」

「確かにそうかも」

「ですが貴方の場合は貴族との繋がりをあまり持ちたがっていませんし、むしろ相手の方が貴方との繋がりを作りたがっているわけですからミゲル殿下の仰ることも言い得てます。

 実際、成績上位者には出席日数などに於いてもかなり優遇されていますからね。学院四年生の学力がある者に一年生の授業は必要ありますか?」

 一年生の生徒と一緒に足し算引き算、その他語学などの教養?

 それは欠伸が出そうというか、間違いなく寝るな、多分。 

「そうなれば必要のない時間を無駄に割かせるよりも有用な人材ならば空いた時間に有効に働いてもらった方がいいに決まっています」

「私の意思はどうなるの?」

「それは私にではなく、陛下に仰って下さい」

 教えるよりは退屈な授業で居眠りしてた方が気楽でいいのだけれど。


「ハルト様って俺達とは既に別次元だよな」

「俺達、ハルト様と同じ学年でなくて良かったかも」

「そしたら絶対俺ら女子達に見向きもされなくなるぞ。強くて頭も良くて優しくて、オマケに綺麗って、ハルト様に欠点なんてあるのかよ」

 六人の男児達の呟きに私は小さな声で笑った。

 欠点だらけだと思うけど、ここでそれを言っても嫌味にしかならないんだろう。

 するとミゲルがポツリと呟くように言った。

「・・・ないこともないぞ。欠点と言えるかどうかはわからんが」

 するとイシュカが思い出したように言った。

「ああ、ありますね、確かに。幾つかないこともないですよ。学院内では私はお側にいられませんし、それを考えると学院生活を送るとしても同学年の者を誰か横に付けておきたいところなのですが」

 ・・・・・。

「確かに私はポンコツだけどそこまで心配されることはないと思うんだけどなあ」

「ただのポンコツならこれほど心配致しません。放っておいてもそんなに困ったことにはならないでしょうし。高スペック過ぎるから逆に問題なのですよ。相手に付け入る隙を与えてしまいますから」

 何を心配されているのかなんとなくわかってきた。

 ガイに病気と称される例のあの癖だ。

 反論出来なくて私が黙りこくると上から声が聞こえててきた。


「ならばウチの息子が適任だと思うのだが?」

 突然聞こえた予想外の声にイシュカと私が飛び上がる。

「閣下っ」

 気配を決していたわけではないが、殺気がないのでイシュカも閣下には気づかなかったようだ。多分ロイが昼食を届けてくれる予定になっていたのでロイと勘違いしたのだろう。閣下のお見えになる予定もなかったし。

「約束もないのにすまないね。急に予定が空いたのでね。

 邪魔をして、其方の予定が詰まっていればそのまま帰るつもりではあったのだが、屋敷の方を訪ねたらこちらだと言うので来させてもらった」

 にこやかに閣下は言っているがこれは間違いなく確信犯に違いない。

 ミゲル達が到着したのは昨日の夕方、レイオット領を抜けて来ていれば隣の領地である私のところに来る日程がわからないはずもない。着いた翌日に遠出するとは考え難いとなれば私がすぐさま客人を放って私用で出かけるとは思っていないだろう。

「ミゲル殿下、御無礼承知で失礼致します」

「構わぬ。ここは城ではない。ハルトが許すならば問題はない」

 以前なら突撃訪問などされた日には喚き散らしていただろうに本当に随分とミゲルも丸くなった。

 侯爵閣下のお出ましに男児達はピキンと固まり、カチコチと音がしそうなほどぎこちない動きになった。

 無理もない、子爵、男爵、平民では閣下は話しかけるのも憚れる相手。通常理由がない限りは身分の下の者は上の者から話しかけられるまで待たねばならない公然の決まりがある。


「ハルトに少々頼みたい事があってね」

「なんでしょうか?」

 閣下からの頼まれごととなるとあまりいい予感はしないのだが、何かと聞く前から嫌だとも言えない。無茶難題でないことを祈りつつも聞き返す。

「レイバステインを暫く預かってもらえないかと思ってね」

 返ってきたのは意外な言葉だった。

「レインを、ですか?」

 通常子息令嬢を預けるのは自分の家よりも上の身分の家が普通。

 侯爵家となれば王族、もしくはそれに類する屋敷に奉公に出されるのが一般的。それが位が下の、しかも一気に辺境伯を飛び越えて伯爵家に預けられるとなると相当に珍しい。 

「ああ。学力その他は随分付いてきたのだが、引っ込み思案な性格がなかなか治らなくてね。屋敷の中では家族と使用人しか居らぬので他者との交流も少ない。だが其方のところなら大勢の者が出入りしているであろう? 人慣れさせるには良いと思ってな」

 なるほど。奉公ではなく、滞在ね。

 それでも珍しいことには変わりはない。

「ウチは殆どが平民ですよ?」

「問題ない。レインは貴族と平民の区別どころかどちらとも付き合いが薄いのでその意識も殆どない。私は此奴に選民意識を植え付けたいわけでもないのでな。其方の価値観で叱りつけてもらって構わぬよ」

 随分と破格な扱いと言えなくもない。

 侯爵家と関わりを持ちたい貴族はかなり多いはず。だがウチの屋敷は貴族の屋敷であっても相当に変わっている自覚はある。そもそも六歳児の私が屋敷の主人をやっている時点でかなり特殊であることは間違いないのだが、ウチの側近達ですら半分以上が平民だ。

「私の一存では決められません」

「とりあえず今回は殿下の居られる間だけも良い。どうしても馴染めぬようなら殿下が王都に戻られる時に一緒に戻して貰えば良い。王子の護衛にはこちらから頼んでおく。殿下達の帰りの道中にはウチの領地も入っているのでな。問題がなければその後も暫くそのまま預かって此奴を人慣れさせてもらいたい。レインに必要な教育の人員は其方の父上に手配して頂き、請求は私の方に回してもらうよう頼んでおこう。

 其方らもレインを私の息子として扱う必要はない。

 出来れば友人か弟として扱ってやってくれ。頼めるか?」

 子供達は閣下の言葉に逆らえるはずもなく、高速の勢いで首を縦に振る。

 まあ逆らえないよね、閣下相手に。それに、

「閣下にはお世話になっておりますし、レインがそれで良ければ」

 この間のフィアの誕生日パーティでの反感貴族の押さえ付けにも協力して下さったわけだし。私はともかく、陛下、閣下、辺境伯全てを敵に回そうという輩は相当少ないのは間違いない。閣下達を味方につけておくことは私達にもかなりのメリットがあることは疑いようもない。


「それで其方らは何をやっているのだ?」

 ミゲルと子供達を遊びに行かせ、追い払うと閣下はイシュカの手元を覗き込んだ。

 どうやら話を全部聞かれていたわけではないようだ。

「来月から始まるハルト様の講義内容の検討です。ある程度教材なども必要になるかもしれませんから早めに大筋だけでも纏めておこうかと」

「例の戦術指南講習か。噂になっておるぞ。名高きグラスフィート家の天才児の講義が受けられると、その椅子の奪い合いになっているらしい」

 イシュカの言った通り本当に大事になっているらしい。

 名高き天才児って、随分話が盛られている気がするのだが。

「まあプライドの高いヤツもおるから全部とは言わんが、ここに三ヶ月滞在できるという付加価値だけでも大きい。其方は貴族との関わりをあまり持とうとはせぬからな。其方らの手がける商品を扱いたくてもツテがない者が殆どだ。その点に於いても其方の私有地であるこの場所に来られるというのは多くの貴族にとって魅力的だ。其方は陛下のお気に入りでもあるからな、当然であろう?」

 成程ねえ。流通していない商品を手にする手段も一緒に確保出来ればということか。生産が間に合っていないのも事実だが半年後のオープン時に商品がないのも困るので、今はストックするために流通分を調整して絞っているというのが正しい。これはお一人様何個までという個数制限付きを出すべきかもしれない。買い占められて一気に棚が空になっても困るというもの。そのあたりはマルビス達とも要相談だな。

 そんなことを考えてアスレチックで遊んでいるミゲル達を見ているとそこにレインの姿がないのに気づく。慌ててどこに行ったのかと視線を巡らせると閣下と私の間から一歩も動いていなかった。


「レイン、あれに興味ないの?」

 私は指差して尋ねたがレインは小さく首を振った。

 どうやら興味がないわけではなさそうだ。

「言ったであろう、人見知りが酷いと。

 家の者以外でレインが懐いているのは其方だけだ」

 それはまたなんとも。

 そういえばパーティでも閣下の後ろにずっと張り付いていたような。

 これはなんとかせねばなるまいが、私は作りかけの資料に目を落とす。

 私の言わんとすることを理解したイシュカが口を開く。

「構いませんよ。こちらはまだ先ですし、お時間さえ頂ければ、閣下に少し相談に乗って頂きますから」

「良いぞ。其方ほどではないだろうがこれでも一軍の将を務めたこともある。多少なりとも私が手伝える事なら相談に乗ってやろう。こちらも無理を言っているのでな。屋敷には明日の夕刻までに戻れば問題なき故」

 それってウチに泊まって行く気満々だよね?

 ロイが昼御飯持ってきてくれたら一応二階の客室準備してもらっておこう。

 レインの客室をどうするかが悩みどころだが、とりあえず今日は閣下と同じ部屋に、明日からは四階の空室に移動して貰えば良いか。


「じゃあレインと少し遊んで来るよ。行こう、レイン」

 

 私がレインの手を引くと嬉しそうにぱあっと笑顔になり、付いてきた。

 ・・・・・。

 なんか、可愛いかもしれない。

 手のかかるところがまたなんとも言えないと言うか。

 図体は私よりデカイけど。

 イシュカがゴールデンレトリバーならばレインはハスキーの子犬って感じか。

 でもデカくはなりそうだなあ、間違いなく私より。

 とはいえ、私にしか懐かない人見知りな子犬が一生懸命ついてくる姿はやはり可愛かった。

 勿論レインには言わなかったけれど。

 大概の男の子に『可愛い』は禁句なのである。



 結局、閣下はレインを置いて翌日昼過ぎに帰って行った。

 しっかりと昼御飯までガッツリ食べてから。

 翌日も同じようにアスレチックの無料開放エリアに出掛けて行ったのだが、今日は彼らに手伝いをお願いすることにした。

 改善点及び各遊具の取り扱い、挑戦難易度のランク付けだ。

 すっかり慣れてしまっている私では正直どれがクリアするのに大変かよくわからない。Fランクが最低で、最高難易度はSランク、それを設定することにより、自分に挑戦可能か否か個人で判断してもらおうというものだ。子供から大人まで楽しめるとはいえ小さな子供は難易度が跳ね上がる。身体能力の差もあるし、身軽さが有利な物もあれば腕力がものをいうものもある。子供と大人でも違いはあるだろうから、まずは子供目線のランク付けからだ。大人目線は商業班の何人かに手伝って貰おう。騎士団員達では運動能力が高すぎて基準にならないし。

 彼等と話し合いながら一つ一つ難易度の設定を決めて行く。

 明日は有料エリアのランク付けを手伝って貰おうと思っている。

 彼らが本当に将来ウチに就職を目指しているなら春休みにレジャー施設オープン時の臨時アルバイトを頼んでみようかとも考えている。春は学年が変わる前の休みなので一カ月くらいの休暇があるし、学院が休みなら観光客その他も増えるだろう。今の内から彼らに仕事を覚えてもらうのも悪くはない。

 そしてアスレチックを満喫した後は一日勉強時間を挟み、ピクニックや森の散策へと出掛けた。最初は私の後ろからなかなか出てこようとしなかったレインも五日を過ぎた辺りから少しだけ慣れてきた。

 朝と夜はミゲル以外の男の子達には初日以外は寮で食事を取ってもらっていたのだが、流石ミゲルとも物怖じしないで話すだけあって寮内の男の子達とも馴染むのが早かった。随分と仲良くなった子もいるようでまた冬に遊びに来ると約束していたようだ。

 そして収穫祭を明日に控え、どうするべきかと相談しようとしたのだが彼らの内の二人がヤケに落ち込んでいた。どうやら気になっていた娘に思い切って一緒に祭りを回らないかと声を掛けたらしいがフラれたらしい。こればかりはどうしようもないので中庭の木陰で座り込んでいる彼らを黙って見守っていた。

「放っておけ。アヤツらは学院でもよく女子に声を掛けてはフラれて落ち込んでいる。半日もすればけろっとして次の女子を追いかける」

 それはまた、なんといって良いものか。

 下手な鉄砲数撃ちゃ当たるというがなかなかヒットしないらしい。

 だがそれは間違いなく悪手というものだ。

「そりゃ駄目だね。意外に女の子ってそういうの敏感だからね」

「モテモテのハルト様には俺らの気持ちなんてわからねえよ」

 見ず知らずの人にモテても正直なところ困るのだが、彼らにそれを言ったところで贅沢だと言われるだけだろう。でも彼らのフラれ続ける理由はわからなくもない。

 中庭の木陰で座り込んでいる二人の前に私は座る。

「そうだね、わからないよ。でもジョーイ達をフった女の子の気持ちは少しはわかるかも。だって私が女の子でもそんなジョーイ達の彼女になりたいとは思えないもの。友達にはなれてもね」

 私の言葉に彼らは顔を上げた。

「女の子ってそういうの結構敏感なんだよ。本気か、本気じゃないか。軽い気持ちで声を掛けたのか、本当に自分が好きで声を掛けてきたのか。よく男の行動を見ているんだ」

「俺らの行動?」

 オウム返しに聞いてきた二人に私は頷いた。

「たとえばジョーイが女の子に告白されたとするでしょう? ジョーイはその子が好みじゃないから断ったとする。その後その子が翌日に他の男の子を追いかけて好きだって告白しているの目撃したらどう思う?」

 二人は私の言葉に考え込んだ。

 多分頭の中で想像しているのだろう。 

「アイツ、昨日までは俺のこと好きだって言ってたくせにって思わない?」

「・・・思うかも」

 だよね。

「それに女の子って男と違って大概の場合お嫁に行くわけでしょ。家族と離れて家庭環境だって変わる。結婚するってことは人生が変わる一大事なんだよ。自分の旦那さんが守ってくれないと周りに味方がいなくなっちゃう。その将来旦那さんになるかもしれない男の子が断られた次の日にすぐ他の誰かを追いかけている姿を見ていたらどう思う? 私が女の子だったらすぐ他の子に目移りするんじゃないかって、ほったらかしにされて大事にしてくれなくなるんじゃないかって不安に思うね。そんな男の子の本気を信じられるわけないよ」

 私なら絶対敬遠する。

 自分に自信がなければ尚更不安になる。

 自分よりもっと魅力的な人が現れたらすぐに心変わりされるんじゃないかって。

 正直いえば婚約した今だって、そんな不安がないわけじゃない。三人とも待ってくれると言ったけど九年という年月は長い。彼らはその時まで変わらず私を好きだと言ってくれるだろうか。

 私の不安が伝わっているのか、三人は婚約者となった今でも甘い言葉を私に囁いてくる。そのたび赤面してしまうのだが、それすら可愛いと言ってくれるのだ。照れくさいことこの上ない。

 私達の会話を聞いていたマルビスが彼らの前にかがみ込んだ。

「そうですね。一度当たって砕けた程度で簡単に諦められるのならそれは本気じゃないだけです。私なんてハルト様に気づいて貰えるまで何回告白したことか、覚えているだけでも三十は超えてますね」

 ははははははっと笑って思わず誤魔化してしまいたくなった。

「だってまさかこんな子供相手に本気だなんて普通考えないでしょ」

「百回言って気づいてもらえなかったとしても私は千回だって言うつもりでいましたけどね。嫌われて逃げられない限りは絶対諦めるつもりはありませんでしたから」

 そうマルビスが言うと彼らは尊敬の眼差しを向けた。

「・・・すっげぇ」

「でも諦めなかったおかげで今は婚約者です。

 本当に嫌がられているのなら引くべきでしょう。ですが自分が本気だと伝える努力をせずに諦めていたら欲しいものは手に入りません。そこまで追いかけたいって思う相手が出来るまで、暫く大人しくしてみては? その調子では貴方の行動はクラスの女子に知れ渡っているでしょうし。女性の情報網は凄いですからね」

「そしたら俺らにも彼女が出来るかな?」

「努力次第ですよ。絶対振り向かせて見せるという気合いと心意気です。一度断られたくらいで諦めずに相手に好きになってもらえるよう、足りないところは努力し、誠意を見せ続ければ、仮にその子に振り向いてもらえなかったとしてもそれを見ていた子が、この人の彼女になればこんなに大事にしてくれるんだって思ってもらえれば貴方に対する女の子の評価は間違いなく上がるでしょう」

 

 しかし齢八歳にしてコレか。

 この世界の平均寿命はおよそ五十から六十歳くらい。

 本当に平均寿命が低い世の中というのは子供の成長は早い。

 女の子なら十五から十七歳までには殆どお嫁に行ってしまうことを考えればこれが普通なのか? 貴族は学院卒業前には婚約者がいないと探すのも苦労するみたいだし、十二歳の学院卒業と同時に女の子は相手の家に花嫁修行に入る子も多いって聞くから、実際は十二歳で嫁に行くのと殆ど変わらない。聞いた話では特に相手の男が年上の場合には十五前に子供を産む子もいるみたいだし随分と早い。それだけ世界がまだ安定していないとも言えるのかもしれない。

 貴族ほど生活が安定していない平民は流石にもう少し遅いみたいだけど。

 って、待てよ? 

 そうなると私の場合はどうなるんだ?

 成人まで待ってくれると言っていたけど、相手はかなり年上、しかも既に生活を共にして同居しているわけで、もう少し早くなる可能性があるのでは?

 一瞬そんな考えが横切ったけれど、どちらにしてもまだ先だ。

 だいたい色気のない私に三人がその気になるのかも怪しいところ。

 最低十二と考えても六年以上先の話、考えたところで先のことはわからない。

 

「でも意外ですね。随分と女の子の心情に詳しいんですね、貴方は」


 マルビスにそうツッコまれて私は冷や汗が出た。

 どうしよう、どうやって誤魔化そう。

 私は覗き込んだマルビスからさりげなく視線をそらして言った。

「私には女性にモテそうな三人の婚約者がいるからね。なんとなくだよ」

「貴方はまだ私達の本気を疑っているんですか?」

 呆れたような口調のマルビスに私は肩を縮こませた。

「今を疑っているわけじゃないよ。でも先のことはわからないじゃない。私は手が掛かるし」

 私は面倒事を引き寄せるトラブルメーカー。

 見捨てられやしないかと思う時もないわけではない。

「本当に困った人ですね。そんなに信じられないのなら毎日その耳に甘い愛の言葉を囁いて差し上げましょうか?」

 冗談めいて言われた言葉に思い切り首を横に振ってお断りする。

「遠慮しとくよ、心臓持たないから」

「それは良いことを聞きました。今日からでも早速実行しましょう。ドキドキさせればその分意識してもらえそうです」

 思わず私は真っ赤になってイシュカの後ろに隠れると、イシュカにも似たようなことを言われ、今度はロイの後ろに隠れた。その私の様子をじっと見ていた男子達はマルビスににじり寄った。


「師匠と呼ばせて下さいっ、マルビスさんっ」


 この日、マルビスに仕事以外でレインを含めた七人の弟子が出来た。

 


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