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第百五話 鼻面には人参をブラ下げましょう。


 王都観光と欲しい物を好奇心と欲望と思いつきに任せてしこたま買い込み、運搬は父様にお願いして翌朝、私達は王都にやってきたのと同じようにルナとアルテミスに乗り、一足先に領地まで戻って来た。

 ガイはもう少し王都で調べ物がしたいから残ると言う。


 考えてみるとまだ不可解なことがたくさん残っているのは間違いない。

 高利貸し一味の暗殺とそれに関わりのある貴族の正体もわからないし、今回の城を狙った賊の正体も結局掴めないままなのだ。焼け落ちてしまっては正体を探ることはおろか、出身や目的もわからない。

 だがコカトリスを排除出来ず、被害が出ていたとしたらこの国の権威が揺らいで他国に付け入る隙を与えていたようだ。王都観光から戻って前日に陛下と交わした契約書を持って来た団長から聞いた話でもそれは間違いないらしい。その時一緒に広間で私に敵愾心を抱き前に進み出た貴族の名簿も頂いた。

 確かに招いた他国の来賓に何かあれば責任問題、多額の賠償問題に発展しかねないのは事実。

 この国は比較的平和ではあるけれど周辺の国々では穏やかでないところも多いのも間違いなく、ウチが大国であるが故に攻めあぐね、大人しくしているというのが正しいようだ。内乱や魔獣災害など大事件が起きて国が疲弊すれば戦争が起こる確率も捨て難く、そうなれば豊かな我が国に周辺国家が徒党を組んで攻め込んでくる可能性も否定できない。

 だからこそ魔力や力だけで押し切るだけでは守りきれないことも考えて、少ない戦力や非力な者でも身を守れる戦術というものを早急に取り込もうとしているということか。

 確かに有能な軍師が一人いれば戦況というものは一気に逆転することもある。

 だが私の戦術など俄仕込みもいいところ。

 前世で読んだ多くの小説、漫画やラノベ、アニメなどの知識の応用に過ぎない。

 所詮私はハリボテの軍師、だから私のすべきことは種を蒔くこと。

 優秀な人材を育てるための土壌を作ることだ。

 考える力をつけることは悪いことではない。

 何事も創意工夫、こうあるべきという概念を崩すことによって変わることも多い。

 それは戦いだけのことじゃない、要は応用力だ。

 

 後はリゾート開発企画をまずは成功させるべきだろう。

 ウチのような田舎貴族が一気に栄えれば、自分のところもやり方次第だと思う国も出てくるかも知れない。まずは開発成功例になり、色々なところの人が観光や見学に訪れるようになればその国の正確な情報も入ってくるようになる。ウチは国のど真ん中ではないが真ん中に近い位置にあるし、山に囲まれて領土的には広いことから考えれば流通経路を作り、道を整備すれば将来的にはシルクロード的な街道の中心都市になれる可能性もある。

 訪れる人が多くなるということは落とされるお金も多くなり、領地は豊かになる。

 まだ開拓されていない森も多いから整備すれば宿場町も作れるはずだ。

 田舎だからこそ可能なこともある。

 王都とは違い、ウチの領地には手付かずの広大な空き地があるのだから。

 後々のことを考えれば農業と観光の二本柱で改革を行うのが最善。

 父様もそう思っているのは明白だ。

 夏前のスケルトン素材を全て買い取ったことからしても間違いない。荒れた土地を農地に変えるためにはスケルトンの灰は最適だ。農業用水を確保するための水路と貯水池を作る計画も併せて取り掛かっているみたいだし、その辺りは父様にお任せしとけば間違いない。

 そして今後のことを考えるなら兄様達との連携も不可欠だ。

 

 領地に戻って来て一番最初に取り掛かったのは秋祭りに向けての用意。

 商業班は稼ぐ気満々、出店の準備を整えているが私の日常はそう変わらない。

 王都で買って来た大量の楽器は各寮の共有スペースにまずは持ち出し禁止で置いてみることにした。扱いの簡単な太鼓やカスタネット、タンバリン、ラッパなどをメインに。まだまだ好奇心旺盛な子供も多いので祭りで見かけるそれらに触ってみたくなるものだろう。祭りの音楽というものは心躍るものだ。思い出の中にあるリズムを思い出せば再現してみたくなる子もいる。遊びでもなんでも音に慣れ親しむことは悪いことではない。軽快な音を聞けば踊り出したくなる子も、口ずさみたくなる子もいる。もしこれが騒音問題になるようなら体育館みたいなレジャールームでも作ればいい。

 音楽といえば最近ピアノの稽古、サボってるけどやっぱりまずいだろうなあ。

 一応二階の広間が完成した時に入れてもらったけど全然弾いてないんだよね。

 必須ではないけれど貴族の嗜みというヤツだ。

 音楽は嫌いではないけど貴族の好みそうな音楽よりも私はポップでノリのいい曲の方が好きだし、多少はピアノも弾けるようになったので前世でよく聞いていた曲も弾けないことも無いけれど、弾いたが最後、非常にマズイ事態になりそうな気がしないでもない。

 自分が作った曲でもないのに作曲家にでもされそうだ。

 父様が王都から帰ってきた翌日には父様と一緒に来た近衛達と衛兵十人が娼館勤めをしていたお姉様達に事情聴取に来た。その翌日にはミゲル達がくる前に修行中だったメイド達がウチの屋敷での勤務が始まり、執事見習いの二人の下に入った。

 屋敷管理総括トップは勿論ロイだ。

 母様や兄様達もメイド達と一緒に遊びに来たので敷地内を案内する。

 母様と姉様の興味は染め物やアクセサリー類の小物だけ。

 ロイとマルビスに案内を頼んだけど、まだ渡してない姉様は二つづつあげても良いけど母様達には駄目だからねと釘を刺しておいた。不満そうな顔をしたけど売り物なんだから父様が遠慮してるのに母様がまだ小さい息子にたからないでよと言ったら大人しくなった。

 なんでも甘やかしすぎは駄目なのだ。

 私とイシュカに一緒に付いてきた兄様達はつい半年ほど前までは空き地だったところにボコボコと建物が乱立し、道沿いに塀が続く光景は珍しいのかキョロキョロと見上げている。


「凄いな。これ、全部ハルト所有の建物だろ?」

 感心したようにため息を吐く兄様達に苦笑する。

「一応ね。でも私のものであっても私だけのものじゃないよ? 

 殆ど陛下から賜ったものばかりだし、工房とかはマルビス達商業班が事業拡大の一環として建てたものだからね。私の好みが反映されているのは屋敷の居住区の三、四階だけ。全く貴族らしくないって父様に言われたよ?」

「ウチの庭の倉庫での生活見てたから想像はつくけど」

「だよな、飾りっ気まるで無しの質素で素足の生活だろ?」

「慣れると楽だよ? 団長もすっかり慣れてウチにくると靴を放り投げてペタペタ歩き回ってるよ、夏は特に床が冷たくて気持ちがいいって」

 鎧とかは特に蒸れるから余計になんだろうけど。

 そろそろ朝晩は冷え込んできたから絨毯を敷こうかとロイが言ってたなあ、そういえば。私は別に年中裸足でも良いんだけど来客のことを考えるとね。

 通りを歩きながら説明していると兄様達が顔を見合わせてオズオズと切り出した。

「正直なところ、俺達、ハルトに劣等感あったんだよな。どうしても兄弟だと比べられるし」

 ゴメンと小さく私に謝る。

 なんとなくわからないでもない、どうしても人間派手な方に目がいくものだ。

「でもこの間の城でのパーティでわかった。

 これはもう劣等感を抱くだけ馬鹿らしいって。

 僕達はコカトリスの来襲を聞いてすぐに逃げ出そうとした。

 だけど、ハルトは立ち向かって倒しただろ?」

「カッコ良かったよ、ボロボロの服着てるのに颯爽と歩く姿は。

 自分達は逃げておいて、助けられて妬むのは間違いだよな。陛下の言う通りなんだ」

 アル兄様とウィル兄様が決まり悪そうに頭を下げてありがとうと御礼を言った。

 多分色々な葛藤もあっただろうにそれでも謝罪と感謝を伝えてくれた。

 それには素直に嬉しいと思う。だけど、 

「私は全然カッコよくなんてなかったよ。だって、足が震えてたもの。

 逃げ出したくなるのを必死で堪えて踏ん張っていたよ。

 本当にカッコ良かったのは団長。三匹のコカトリスに怯みもせずに突っ込んで引きつけてくれた」

 一番危険な役目を見事に果たしてくれたのだ。

 だから真の功労者は団長だ。

「でもハルトは逃げなかった、充分カッコイイと思うよ」

 震える脚で意地と根性だけで立っていたのが?

 アル兄様の言葉に苦笑する。 

「私からすると兄様達の方がずっとカッコイイと思うけど」

 そう告げると兄様達は目を見開いて驚いた。

 私は大きく頷いて続ける。

「だって私はグラスフィート領の領民全ての責任を背負う覚悟は出来ないもの。

 私は自分勝手なんだよ。見ず知らずの他人のために働こうとは思えない、私は所詮自分の都合で動いてるだけだもの」

「でもハルトは僕達を含めたみんなを助けてくれたし、守ってくれたじゃないか」

 ウィル兄様の言ったことを首を振って否定する。

「違うよ。私が守りたかったのは私の側近と父様や兄様達、フィア達だけだもの。他は『ついで』」

「『ついで』って、陛下もか?」

 二人の声が重なる。

「そうだよ。私はその他大勢を守りたかったわけじゃない。

 褒美をいらないって言ったのもカッコイイ理由なんかじゃないんだよ。

 『ついで』に助けただけだから褒美をもらうのは違うかなって。

 だから私に領主は向かない、アル兄様が相応しいんだよ。

 兄様達は劣等感なんて抱く必要ないんだ。私の自慢なんだから」

 人には向き不向きがある。

 ちょっと不器用なところもあるけど実直な兄様に領主という立場につくという点において私は敵わない。

「僕達が、ハルトの自慢なのか?」

「うん。自慢のカッコイイ兄様達だよ? 私には真似出来ないもの」

 意外そうな顔の兄様達に肯定する。

 すると少し間を開けて二人は顔を見合わせると憑き物が落ちたみたいな、サッパリした笑顔で笑った。

「・・・そっか。そうなのか」

「だったら僕達はハルトが自慢するのに相応しい兄でいないといけないよな。自慢の弟に負けないように」

 多分、学院で余計なことを言う貴族の馬鹿息子でもいたのだろう。

 兄様達を侮辱するのは許せない。

 私がその場にいたら言い返してやったものを。

「どうする? ウチは男所帯だから母様達を泊めるのはちょっと躊躇うけど兄様達なら泊まっていっても良いよ? ロイに頼んで四階に一応部屋も準備してあるし」

「良いのかっ」

 嬉々として聞いてきたので私は勿論と返す。

「泊まってくなら明日は森の中も案内するよ? 無料開放地区のアスレチックは完成してるし、有料エリアも第一地区はほぼ完成してるから」

 それも期待していたんでしょうと言いたくなる格好を見ればわかるというものだ。やっぱりこういうところは子供だよなあ。多分、レジャー施設と聞けば遊びに来たいという学院の級友達もいたことだろう。

「友達を連れて来るなら信用できる数人だけにしてね。無料開放エリアだけなら友達が一緒でも良いよ。でも父兄同伴と工房見学は絶対駄目。商品の機密情報も多いし、迷ったフリして下手なところに入り込まれたり、ツテを作ろうとしたり、詮索されるのは困るんだ。ウチは平民多いから相手が貴族だったりすると押し切られると逆らえなくなっちゃうから。屋敷も入れるのは関係者以外は一階だけ、それを了承してもらえるならだけど。明後日にはミゲル達も来るけどミゲル以外は従業員寮になるから空き部屋の数も限られてるし大勢は困るよ?」

「あの第二王子も来るのかっ」

「来るよ、明後日から十日間。ミゲルもだいぶ丸くなったしね。友達六人連れて来るって。頑張ってるみたいだよ、学院卒業したらここで働きたいんだって。気が変わらなければ、だけど」

 新しい世界が開けて、きっとすごく楽しいんだろうなあ。

 顔つきがだいぶ変わっていた。

 だが傍若無人な第二王子の噂はまだまだ蔓延っているようで兄様達はギョッとして顔を見合わせていた。

「やっぱハルトは凄いよ」

 これは友達を増やしていくのは大変かも。

 まあ自分が蒔いた種だ、頑張ってね、ミゲル。

 そんな話を交わしながら歩き、馬場の横を通り過ぎようとしたウィル兄様に袖を引かれた。

 何かと思って振り返る。

「なあ、ハルト。獣馬、見せてくれないか?」

 ああ、そうか。

 団長の屋敷では見れなかったから兄様達はまだ見ていないんだった。

 そりゃあ興味あるよね、男の子だもの。

「構わないけど乗るのは私が一緒じゃないと無理だよ? 獣馬は主が一緒でない限り、基本他の人間は乗せようとしないから。一度、興味半分で脚を掛けようとして後ろ足で蹴られた人がいるんだ」

 珍しくて美しい、そうなれば手が伸びてしまうのも無理ないけど。

 団長の屋敷に置いてもらっていた時に世話係の一人が私に乗れるのだから自分にも乗れるのではと思った者がいたらしい。団長が散々注意したらしいのにも関わらず。

 団長の獣馬でルナ達が気難しいことはわかっていたはずなのに。

 大事には至らなかったとはいえ骨を一本折ったらしいが団長にスマンと謝られた。魔法で治そうかと尋ねたが反省させるために私が帰る寸前までそのままで居させられていた。痛み止めというものがないので相当痛かったらしく平謝りに謝られ、治した後には手を取って感謝された。

 だけど兄様達が反応は蹴られて怪我した人の方の話ではなく、私と一緒じゃないとという方で、

「乗せてくれるのか?」

 それを聞いていたイシュカが後ろで小さく笑っていた。

「私と一緒ならだよ。ルナとノトスがいるけどどっちが良い?」

「ルナッ」

 やっぱり、か。

 どうしたってルナの外見の方が目立つし話題もある。わからないでもない。

 でも、

「森を走るならノトスの方が面白いんだけどなあ。直線なら断然ルナの方が早いけどノトスは森の中も走れるから」

「森の中っ⁉︎」

 私の言葉に兄様達が食いついた。

 ルナも走れないわけではないけど障害物の多い森の中を走るのはノトスの方が得意だ。器用に避けて走るのだ。直線上での大きくない岩とかならルナも軽く飛び越えるけど。

「うん、鬱蒼と茂ってる茂みの中とかは嫌がるけど木々の間を器用にすり抜けて走るんだ。スゴイよ? 明日アスレチック行く時に乗せてあげるよ。アルテミスに乗せてもらえるようにイシュカに頼んであげる。往復で交代すれば両方乗れるでしょ。アルテミスも脚のすごく速い獣馬なんだ」

 そうやって話をふると良いですよとイシュカが頷いてくれる。

「それでどっちにする?」

「ノトスッ」

 だよね。絶対面白そうだもの。

 二人同時に叫んだ名前はルナではなかった。

「じゃあ父様の屋敷までの帰りはルナで送ってあげる」

 途中で交代すれば良いだろう。

 ルナとアルテミスのスピードもなかなかの爽快感だ。

 私はそんな会話を交わしながら馬場に入る扉を開けた。

 

 結局兄様達は二泊して帰って行ったのだが二泊目の夜には娼館のお姉様方の警護をしてくれていた団員達のために料理を振る舞うことにした。

 明日にはミゲル達もやってくるので今日の方が良いだろうと私達がアスレチック広場に出かけている間にロイが屋敷で雇った料理人二人と一緒に下拵えしておいてくれたのでイシュカに兄様二人の剣の稽古をつけてもらっている間に準備に取り掛かった。

 総員七十名近い人数の食事となれば半端ではないので勿論執事見習いの二人とメイド達も総出だ。料理は温かい方が美味しいだろうと煮込み料理系二品と具沢山スープは最初に作り置き、野外コンロで温め、サラダの二種も準備して最後に大量の揚げ物に取り掛かる。炒め物は材料と調味料だけ準備して外でその場で炒めて提供すれば問題ない。マルビスに頼んで地下倉庫にストックしていたお酒と町からエールも手配してもらい、準備が整ったところで団員達を呼びに行く。その日警護の御礼に御馳走することは伝えておいたのでみんな声を掛けたと同時に飛び出て来た。新米メイド達の給仕、新たに雇った料理人が炒め物を担当し、煮込み料理二品の前には見習い執事達、ロイとマルビスは厨房でまだ揚げ物料理を担当している。私はスープの前で待機した。

「御礼ですのでお好きな物をお好きなだけどうぞ。たくさん用意しましたので存分にお召し上がり下さい」

 今日だけはサラマンダーの警護もウチの警備に担当させた。

 大酒飲みの大喰らいの団員七十名余りの食事だ。充分に用意したつもりだけど足りるかどうかは自信がない。足りなければ作り足すか、バーベキューも追加すれば良い。

 兄様達も団員達に混じって食事をしている。緑の騎士団のメンツとはステラート領でのワイバーン討伐の時に一度会っているらしいが会話する暇もなかったようなのでほぼ初対面に等しい。最初は気軽に話しかけられて緊張していたようだが徐々に馴染み始め、楽しそうに会話していた。私はスープ番をしていたのだが大鍋二杯のスープは好評で、メインの肉料理よりも人気があり、私の前が一番長蛇の列になっていた。

 団員達は確か肉食系男子達ではなかったか?

 いつの間に草食になった?

 疑問に思いつつも野菜たっぷりのそれをスープ皿に盛り付け、手渡していく。

 そして揚げ物作業が終わったロイとマルビスが中庭に出てくる頃には二杯の大鍋は終わっていたので私達も食事の輪に入った。煮込み料理も底をつきそうになる頃には団員達のお腹も膨れたのか揚げ物をツマミに呑みだしたのでメイド達は明日の朝の片付けをお願いして寮に戻らせた。


 翌日はメイド達が片付けてくれている間にイシュカと二人、兄様達を父様の屋敷まで送り届け、その日の夕方にはミゲルが六人の友達を連れてやって来た。貴族といっても下位階級、子爵、男爵の御子息で恐縮しきりの様子で平民の二人と一緒にやって来た。

 ガキ大将っぽい子供が来るかとも思っていたけど意外なほどに普通の子供。

 一緒に行動を共にするキッカケになったのは驚いたことにミゲルがその内の一人が勉強に付いていけなくて困っていた時に教えてあげたことだったらしい。今までの悪行で遠巻きにされていて話しかける機会に恵まれなくて困っていたミゲルが居残りで勉強していた一人に教えてあげたのが最初だったという。

 そういえば、現在進んでいるところより先の方まで教え、授業内容が理解出来れば調子に乗って勉強するようになるかもしれないからって家庭教師が言ってたな。彼の目論見は見事に功を奏したということか。それから一人、二人と勉強会の人数が増えていき、現在に至るそうだ。

 屋敷の一階の応接室に八人掛けのテーブルを置いて私を入れて八人で食事をしながらそんな話をしてくれた。

 ウチの屋敷の厨房にも二人料理人が入ったので今は彼らが料理を作っている。私がせいぜい一品二品程度作っても大勢の食卓に二皿程度増えたところで大差はない。ロイが色々と私好みのメニューを教え込んでいるようで今日はミゲルの好きな味付け御飯の餡かけチャーハンと溶き卵のスープ、唐揚げ、オニオンリングに野菜サラダ、デザートにプリン・ア・ラ・モードだ。珍しい料理に最初はマナーがどうのと言われるかと緊張していた六人もテーブル中央に盛り付けられたオカズに手を伸ばし、好きなように大口開けて食べているミゲルを見てホッとしたのかそれに習い、自分の皿に取り分け始めた。


「俺達、行くのがグラスフィート領の伯爵邸、しかも話題のハルスウェルト様のところだって聞いてビクビクして付いて来たんですけど」

 一番体格の良い子爵家出身の子供が口を開いた。

 子供にビビられてるって、いったいどんな噂が流れているのだろう?

「私ってそんなに怖いかな?」

 仕方ないといえば仕方ない、色々とやらかしてるし、もしかしたら彼らの親戚筋か関係者が陛下から罰を受けていることもあるかもしれないことを考えれば無理もない。

「いいよ、好きなこと言って。王都の貴族の間では魔王の如く言われているのは知ってるから」

 私がそう言うと六人の男の子は一斉にものすごい勢いで首を横に振った。

「俺達そんなこと思ってませんっ、ハルスウェルト様は俺達学院生徒の中では伝説なんですよ。ただすごく厳しい御方なんじゃないかって」

「だってワイバーンに魔人、コカトリスまで倒したって有名なんですよっ、男子ん中じゃ凄ぇって、じゃなくて、凄い御方だって」

 興奮状態で慣れない言葉遣いがおかしなことになっている。

 それにワイバーンとコカトリスはともかく魔人は倒していない。

 怖がられているではなくて憧れられてる?

 よくわからないけど怯えられているわけではなさそうだ。

「無理して敬語使わなくて良いよ。それからハルトでいい」

 微笑んでそう伝えるとうっすらと六人が赤くなった。

 この反応はなんだろう?

 一瞬の間を開けて彼らは顔を見合わせるとしどろもどろに応えた。

「とにかく俺らより小さいのに無茶苦茶カッコイイって、俺らが招待して貰えるって聞いてみんなズルイって大騒ぎになったくらいで」

「それは光栄だね」

 大人達の間では恐れ慄かれている所業も子供には関係ないようだ。

「んで、ミゲル様が戻ってきたら急に勉強真面目にやるようになったんでみんな不思議がってたんで、理由聞いたら、卒業したらハルト様のとこで働きたいから、上位で卒業しなきゃ駄目だって言われたって聞いて」

「それで一緒に勉強するようになったんだ」

 どうやらミゲルは本気らしい。そしてその努力も継続しているようだ。

「ハルト様は成績優秀な学院卒業生なら歓迎だって言ってたって聞いて、んじゃあ俺らもって」

「本当に上位で卒業出来たら雇ってもらえるんですかっ」

 捲し立てるように色々言われ、伝えられ、聞かれたが、とどのつまりはミゲルが本当に卒業後ここにくることになったら彼らはその同僚希望ということだ。学院に入学できるということは平民ならそれなり以上に優秀で、貴族であってもある程度以下の魔力量では厳しいわけで、そこに在籍しているということは間違いなく一般以上の期待ができると言うことに他ならない。つまりはそれなり以上の素材であることは間違いない。

 彼らがこの先ミゲルと一緒に頑張って、ここに来てくれるというなら願ってもない。

「いいよ。優秀な人材は大歓迎」

「特に算術は絶対なんだよな」

「うん、算術得意な人は特にありがたいね」

 胸を張ってそう言ったミゲルは私が言った通り、特に算術に気合を入れているらしい。読み書き計算が出来るというのはそれだけでもありがたい人材だ。大いにウチの戦力になる。

「良かったね、マルビス。将来有望そうな就職希望者がいて」

「ええ、助かります。算術が得意な者は貴重なので頑張って下さいね」

 今日は特別にロイと一緒に給仕の真似事をしてくれているマルビスがにこやかに答えた。

「でもいいの? 私のところに就職すると貴族じゃなくなっちゃうよ?」

 確か六人のうち四人が貴族出身者だったはず。

「どうせ俺ら三男以下だし、卒業したら家出なきゃならないから」

 つまり私と似たような立場ということか。

 貴族家三男以下の扱いはどこでもそう大差はない。

「私も三男なんだ、もう家は出ちゃったけど」

「知ってますっ、女子がハルト様なら年下でもいいって騒いでたし、俺らハルト様の好みのタイプ聞いてこいって脅されて」

 ありがちだなあ、それ。女子は集団になると怖いものだ。でも、

「それは間に合ってるから遠慮しとくよ」

「それも知ってますっ、ミゲル様がハルト様には婚約者が三人もいるって。でもハルト様は年も性別も気にしないから側室ならイケるかもって聞いて、女子がそれならって」

 その気になったわけか。

 確かイシュカが年頃になったら女の子を側室に迎えても構わないってフィアやミゲル達の前で言ってたから、そのあたりからミゲルが話をしたのだろう。

 ハッキリ要らないと言わなかった私も悪いけど。

 しかしここで好みのタイプなど言った暁には今度は側室候補が押しかけてきそうで怖いのだが。ここで子供は御遠慮願いたいと果たして口にして良いものかと口籠っていると、私の後ろにロイとイシュカと一緒に立っていたマルビスが口を開いた。

「ハルト様はですね、大人っぽくて良く気の利く優しい才女がお好きですよ?」

「マルビスッ」

 確かにそれはあながち間違いではないが余計なことは言わないでほしい。

 そういう話題が大好きらしい男児達は見事にその話題に食いついてマルビスに尋ねる。

「綺麗系とか、可愛い系とかないんですか?」

「ハルト様はメンクイじゃないんです」

「でもハルト様の婚約者は全員すごく綺麗な大人の男の人だって」

「ありがとうございます」

 そう言われてマルビスがにこりと笑って礼を言う。

 痩せてスタイルの良くなったマルビスはオシャレなこともあって今やまごうことなきイケメンだ。

「って、婚約者の人なんですかっ」

 驚いてマルビスをマジマジと見ている。

「ええ、そこにいるイシュカとロイもそうですよ。でも私はハルト様に出会ったばかりの頃、ぽっちゃり体形の万年フラれ男だったんですよ? ハルト様の隣に並ぶのに相応しくなりたくて頑張ったんです。だから私は外見で選ばれたわけではないんですよ」

「女の人に見る目がなかっただけでしょ。マルビスは痩せなくたって充分イイ男だったよ?」

 中身がね。

 それに気が付かなかった女性が悪いのだ。

 私の言葉にマルビスが嬉しそうに笑って付け加える。

「と、いうことなんです。今でこそ見られるようになりましたが、他にもそういった者がいますよ? 以前は貧相で薄汚れたボサボサ頭してた者や無精髭生やして万年ヨレた白衣着てた者もいましたし、放っておけば何日でも同じ洋服を着ているような者も、いまだに擦り切れたボロ服着てる者もいますよ? 

 そこのイシュカも初めて見た私服姿はヒドイものでしたねえ、みんな一目見て吹き出してたくらいには。あまりにも酷かったんで即行洋品店に押し込みましたけど」

 六人の視線が一斉にイシュカに向き、決まり悪そうにイシュカがソッポを向く。

「人間大事なのは中身。外見なんて服や化粧で幾らでも変わるもの。

 外見が気に入らないなら自分好みに着飾らせればいいんだからたいした問題じゃない」

「だそうですよ。良かったですね、これでクラスの女子に報告できますね」

 ・・・一応彼らの顔を立てたわけか。

 確かに聞いてこいと言われてなんの情報も持ち帰らなかったら彼らも責められる。

 だがこれが彼らのツボにハマったらしい。


「すっげえぇ、やっぱ俺らと言う事が違うよなっ」

「俺らどうしても可愛い子に目ェ行くもんよっ」

「ウチの父ちゃん、よく言ってるぜ? ウチの母ちゃん今こんな太いんだけど昔は無茶苦茶美人だったらしいんだよ。今は見る影もねえけど」

「今可愛くても先はわからねえってことか」

「だったら確かに性格良い方がいいかも。綺麗な服着ると女って結構見た目変わるもんな」

「ウチの親父も言ってた、母ちゃん化粧すると化けるから騙されたって」

「要は自分好みに変えるってことだろっ、金ねえと無理だって」


 これはきっと、多分何を言っても誇大解釈されたクチだな。

 内容など関係なく盛り上がったに違いない。

 大騒ぎしている男児達にマルビスは更に囲い込みをかける。

「勉強その他、是非頑張って下さいね。ウチは功績を上げるほど成果給というものがつきます。そうすれば女性一人を存分に着飾らせることも、二人、三人の妻を持つことだって夢じゃないですよ? 実際ハルト様の側近やお抱えと言われる職人達の月収は平民の平均月収のほぼ三倍、中には十倍以上稼いでいる者もいますからね」

 流石マルビス、よくわかっている。

 餌を撒いて青少年を釣り上げに掛かっている。

 走り出そうとしている男児(ウマ)達の鼻面に人参をぶら下げる。

「・・・おいっ、俺ら、絶テェここに就職すんぞ」

「目指すはハルト様の側近だ」

 うん、実にわかりやすい。自分の欲望に忠実だ。

「それにここには大変美しい方も、可愛らしい方も大勢勤めています。明日森に遊びに行く前に窓から出勤前の方達をよく見てみると良いですよ。ちょっとした事情がありまして、半年ほど前に大量に王都から来てここに就職された方は容姿の優れた方が多かったんです。最近もお綺麗なお姉様が三十人ほど新たに就職されました。大変目の保養になると思いますよ?」

 トドメとばかりに男子達には非常に魅力的なセールスポイントを付け加え、彼らはマルビスのかけた罠に見事に掛かり、唾をゴクリと呑み込んだ。


「来週にはウチの領地の収穫祭もありましたか? どうされるか予定は聞いていませんけどそれまでに仲良くなれると良いですね?」


 もう男児(ウマ)達がウチへの就職を目標に死に物狂いで走り出すことは疑いようもなかった。




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― 新着の感想 ―
つい、マルビスさんに「レナス屋、そちもワルよのぅ」とツッコミ入れました(爆笑) 悪代官……いや、魔王様なハルト君は、落雁やお饅頭の下に小判……じゃなくて、あんまり美味しくないクッキー(ハルウェルト社…
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