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第百四話 次なる目標は如何致しましょう?


 結局アイスクリームを振る舞うためにもう一度私達はロイとマルビスと一緒に広間に戻ることになった。

 

 既にパンケーキなどの五品は王室料理人にレシピ公開済みなので追加が入っても問題なく対応できるだろう。ただ次から次へと戻って来る空の皿にてんてこまい、かなり忙しそうではあったが、おかげでアイスクリームのレシピは詮索される暇もなくこっそり調理場の隅で作ることも出来たが。

 だがそのせいで広間で盛り付けて対応する人手がなくなってしまったのだ。

 仕方なしに団長に頼んでロイとマルビスの広間への入室許可を取って来てもらい、大量のアイスクリームを乗せたワゴンを引いていく羽目になった。

 エレベーターなどと便利な物はないので階段は人力で階上のワゴンに移すことになる。先に器とスプーンなどは運んで置いてもらったので後はアイスクリームを残すのみ、結構な重量があるので団長が手伝ってくれた。ウチの屋敷でもこういう事態はありえそうだ。自動は無理でも滑車を利用して箱を引き上げるとかいうのもありかも。ウチに帰ったら早速テスラと相談してみよう。

 とりもあえず、作ったアイスクリームを乗せて広間に入って行くとすぐにワラワラと人が集まってきた、というか、既に用意されていた器の乗ったワゴンの前に行列が出来ていた。一応今日の王族と王女が割り込む隙間は開いていたけれど。

 入室と同時に駆け寄ってきたのは勿論ミゲルだ。

「ハルト、ハルト、それはアイスクリームであろう? 早く早くっ」

 用意されていた位置に付くと手際良くロイとマルビスが早速器に盛り付け始める。

「駄目だよ、ミゲル。レディファースト、王女様達が先だよ?」

 ミゲルのすぐ後ろに三人の王女様達を見つけてそう言うと自分の後ろを見て気が付き、横に避ける。随分と聞き分けが良くなったものだ。これなら友達ができたと言うのも頷ける。

「わかった、そのかわり大盛りで頼むぞ?」

「いいよ、食べ過ぎてお腹冷やさないでよ?」

 ロイとマルビスが小皿に盛り付けてくれたそれにカラメルソースをかけ、スプーンを添え、まずは二つを隣国の王女達に向かって差し出した。

「お待たせしました、どうぞお受け取り下さい」

「ありがとう。貴方の他のお菓子もとても美味しかったわ」

 濃紺の髪の小さなお姫様が感想を伝えてきた。

 サラサラストレートな髪、翡翠の瞳がとても綺麗だ。

 これはアル兄様の好みのタイプ、ドストライクに違いない。

 しかし田舎貴族の伯爵家では嫁に来てもらうのは厳しいだろう。って、私の婚約者にしようと送り込まれてきたんだっけ。ならば頑張ればいけるかな?

「お気に召して頂けたようで光栄です。これは冷たいので気をつけて下さいね」

 するともう一人の綺麗な淡い金髪にサファイアの瞳の女の子が俯いて頬を染め、礼を言ってきた。

「・・・あの、私達を守ってくれて、ありがとう」

 こっちはウィル兄様の好みかな? 

 どちらも一つ二つくらい私より年上っぽいけど子供の頃は女の子の方が成長が早いと言うし、定かではない。まあ今のところどちらも私の守備範囲外だし、どちらでもいいけど。だが、

「可愛らしい姫様を守るのは男の役目ですから」

 ここは一つ、カッコつけておこう。

 怖い思いをさせてしまったのは間違いないのだから。

「でも、御礼を言って下さってありがとうございます」

 私はできるだけ優しい声で語りかける。

 そういえば今回の件でまともにありがとうって言ってくれたのはこの姫様だけだ。

 それに気がつくとなんだかほっこりとして微笑んだ。

 御礼を言われるのはやっぱり嬉しいものだ。

 陛下の『良くやった』っていうのはあんまり褒められてる感じがしないんだよね。

 こういうストレートな言葉は響くものだ。

 さて、では賓客に手渡したことだし次はフィア達の分。

「お待たせ、フィア、ミーシャ姫。どうぞ。ミゲルは大盛りだったね」

「私はプリンが食べたかった」

 ミゲルと王妃様のリクエストが入って主役の自分のリクエストが入っていないのが、どうやら面白くないようだ。どちらかといえば年より大人びているフィアの意外な一面に小さく笑ってしまう。

「すみません、道具がなかったんで。でも違う形で用意しましたよ? どうぞ食べてみて下さい」

 私がそう言うとフィアが一口スプーンで掬い、口に運ぶ。 

「これ、プリン味だ」

「はい、そうです。お気に召して頂けましたか?」

 一瞬にしてフィアの顔がぱあっと明るくなる。

「ありがとう、ハルト」

 どうやら機嫌は直して頂けたようだ。

 隣ではロイとマルビスの二人が黙々と皿にアイスクリームを盛り付けていてくれたのでそれにカラメルソースを一つ一つかけていき、大きな盆がいっぱいになると団長がそれを持ち、イシュカが招待客達に配っていってくれる。一応大きなボール四杯分用意してきたけど足りるかな?

 他のパンケーキなどの甘味もさることながら、塩っぱい系の物はやはり酒飲みの紳士達にご好評のようでワラワラとソレが置かれたテーブルを囲み、話に花を咲かせているようだ。

 四杯目のボールの底が見え始めた頃にはアイスクリームを入れるための小皿も人混みも一旦切れて、食欲に走っていた人達もだいぶ落ち着いてきたようだ。あれだけの騒ぎがあったというのに随分と雰囲気は明るい。

「アイスクリームとやらはまだ残っているかい?」

 後ろから声をかけられて振り向くと団長と連隊長が立っていた。

「ありますよ、でも生憎小皿がないのですが」

「じゃああっちテーブルから持ってくるとするか。普通の皿でも構わないだろう?」

 団長がそう言って皿を取りに行くと連隊長が話しかけてきた。

「すまないな、一番の功労者にこんなことまでやらせて」

「気にしてませんよ。それにマルビスがたくさん商談を持ちかけられているようですし、ウチの売上にもなりますから。また私のところに登録使用料が大量に入ってきそうな予感がしますけど」

 とはいえ、あの私の隠し部屋からそのうち金貨が溢れ出しそうな気がしてならない。

 お金って増殖するものだっけ?

 あって困るものではないが使い切れないほどあってもねえ。

 基本貧乏性の私は高価なものには興味もないし、宝石だって私がしてたところで安物にしか見えないだろう。毛足の長い高価な絨毯よりも異国情緒香るようなラグの方が好みだし、絢爛な家具よりも使いやすさ重視の使い勝手のいいものの方が好きだ。結局のところそうなると、娯楽の少ないこの世界では私にはお金の使い所がないわけで、前世ではご贔屓のアイドルやキャラクターの『推し』達に貢いでいたものだが今世の推したいと思うほどの存在はほぼ私の私の周りにいる。最高に贅沢とも言える状況なのだがそもそも『推し』というものは遠くから眺め、愛でてこそだろう。しかもその内三人が婚約者。それに今の状況だと下手に『推し』を作ろうものならマルビスあたりがスカウトして連れて来そうだし、そしたら本人の意思とは無関係に私の婚約者を増やす結果にならないとも限らない。

 今や陛下のお気に入り、お抱えに近い状態では『御家のため』と私のところに嫁入り婿入りさせられそうだし、平民でも家族のためと自ら志願して来そうなあたりが怖い。


「ハルト様、もうアイスクリームが切れましたが如何致しますか?」

 私が色々と考え込んでいる間にもせっせとロイ達がおかわりを振る舞っていてくれたのですっかり完売御礼になったらしい。

「もう充分でしょ。ありがとう、ロイ、マルビス」

 ぐるりと辺りを見回すと食べている人がいないでもないが談笑している人が多い。

 人間突発的な危機に見舞われた後にホッと息を吐いた後はお腹が空いてくることも多い。良くも悪くも人間も生き物なのだ。生存本能というヤツだろう。ある程度それが満たされたので本来の社交場というべき状態に戻ったに違いない。こういう時は吊り橋効果というものもあるので兄様達の婚約者も決まるかもしれないな。

 そろそろ私達はお役目御免で良さそうだ。

「では私達は先にお暇致します。イシュカ、後のことはお願いします。気をつけて帰って来てくださいね、お待ちしておりますから」

「うん、私達もキリの良いところで帰るよ。イシュカは式典用の騎士服だからいいけど私はパーティ用の服でもないし、会場にいるのはちょっと場違いな気もするから」

 まさかパーティで新品のタキシードを台無しにするようなこんな事態になるとは思ってなかった。流石に場違いな格好でいるせいか視線もチラチラとこちらに向いている。どうにも居心地が悪い。だからと言ってフィア達や閣下や辺境伯達に挨拶無しで帰るわけにもいかないだろう。そう思って給仕用のエプロンを外すと、どなたから挨拶に回るべきか考え、ロイに聞こうとしたら背後から声を掛けられた。


「あら、私と踊って下さる約束はどうなったのかしら?」

「ミレーヌ様っ」

 びっくりして思わず声を上げて飛び上がってしまった。

 そうだ、そういえばそんな約束をパーティが始まる前にしていた。

 でも、あの時着ていた服は薄汚れて生活魔法では落とせないし裂けているとこもある。今来ている服は一応今回持って来た服の中では礼服を除いた中では一番良い服ではあるけれど、

「あの、でも私はこんな格好ですし、夫人の隣には相応しくないかと」

 どうしても見劣りするだろう。こんな艶やかな夫人の隣なら尚更。

 折角踊って下さるって言ってたけど、恥をかかせるのは本意じゃない。

 私が俯いてそういうと夫人はあっけらかんとして言った。

「そんなこと気にしないわ。今夜の主役は第一王子殿下でしょうけど、今宵の一番の英雄はハルスウェルト様、貴方ですもの。その英雄と踊る栄誉を私に頂けないのかしら?」

 英雄、か。

 本当の英雄は魔獣を前に脚が震えたりはしないと思いますよ?

 だけど、夫人の心遣いは嬉しかった。


「このままの私でよろしければ」

「ええ、勿論よ。嬉しいわ、会場中の女性に羨まれるのね。最高だわ」

 羨まれるではなくて、呆れられるのでは?

 でも夫人の引き立て役にくらいならなれるかも。

 エスコートを催促するかのように差し出されたその手を私は取った。

「こんな格好の私と踊りたいなんて物好きは貴方くらいだと思いますけど」

 そう言って苦笑すると夫人はクスクスと笑った。 

「本当に貴方はわかっていないのね」

 わかってない?

 わかっていないとはどういう意味だろう?

 すると夫人は私を含め、ロイ達にもスッと視線を流した。

「貴方達も大変そうね、ハルスウェルト様のような方の婚約者になって。でも、その苦労も仕方ないわね。頑張りなさいな。こんな魅力的な殿方を射止めたんですもの」

 確かに私みたいなのの婚約者は苦労も大変に違いない。

 仕事ができて、性格も良くて、おまけにイケメン。

 見捨てられないためにも私はもっと頑張らなきゃいけないだろう。

 私は大きく頷いた。

「はい、私には勿体ないくらいだと思います。しかも三人もだなんて。大事にしないと天罰が下りそうです」

 よしっ、明日からまた頑張ろうと気合を入れると夫人は呆れたように目を見開いた後、小さな声でクスクスと笑った。

「やっぱりわかってないのね。

 でも、そんなところも貴方達はお好きなんでしょうけど」

 やっぱりわかってない?

 どういうことか意味がわからない。

 混乱している私の後ろでロイとマルビス、イシュカが揃って言った。


「はい、間違いなく」


 疑問符だらけの私の手を引いて夫人は広間中央に向かって優雅に歩き出した。



 ミレーヌ様と踊った後、そのまま辺境伯と閣下に挨拶に出向き、御二方と一緒に陛下とフィアに挨拶を済ませた後、私はイシュカと二人、帰ることにした。

 父様のところにもそれなりの貴族の御子息、御令嬢が集まっていたから邪魔をするのもどうかと考えて遠目で父様に先に帰ることを身振り手振りで伝えてその場から退場させて頂いた。

 陛下達が国内貴族達に脅しをかけて下さったことだし、早々に狙われることもあるまいと翌朝、予定通りに出かけることにした。この間来た時は港町の魚貝類に目を奪われて、あれもこれもと買い込んでしまったけれど今は王都とウチの領地の流通ルートもできているらしいのでマルビスと相談しつつ、新規仕入れ先の開拓だ。

 生物は厳しくても乾物ならそんなに運搬も難しくない。海産物なら和食の出汁で使えそうな物や干物をメインで買い食いしつつ見て周り、後は港町らしく輸入品を見て回る計画だ。辺境伯のところでは北の寒い地方の物が多いけど、こちらは南国っぽい雰囲気のものも多いらしい。ロイとマルビス、イシュカと六人の護衛という名の荷物持ちと荷物番を連れて一台の大きな荷馬車で向かう。馬での護衛は目立ち過ぎるので今日は御者台に三人、中に七人乗っているけど昨日の内に商業ギルドの大きめの貸し倉庫を明日までマルビスが押さえてあるというので特に問題もない。町での買い物は全部そこに明日の朝までに配達してもらっておいて、父様達の出発前までに護衛のみんなに運び込んで貰えば良い。荷物の量に合わせて新しい馬車を買うか借りるかすれば良い。

 団長が急がないなら預かって、用がある時にでも一緒に運んでくれるという。


「前に来た時より人出が多いね」

 乗り込んだ幌馬車の後ろから見える景色には早めに出発したというのに随分とたくさんの人が通りを歩いている。

「そうですね。秋祭りの時期ですから、その準備のための仕入れもあるのでしょう。王都は広いので地区ごとに日にちがズレていることもありますからこの時期は週末になると探せばだいたいどこかで祭りがやっていますよ?」

 マルビスがそう、教えてくれた。

 一年の中でお祭りといえば収穫祭と新年祭、王都だと陛下の誕生祭くらいか。

「お祭りかあ、私はまだ参加したことから今年は楽しみなんだよね」

 楽しみにしているのかシーファが身を乗り出して嬉々として言う。

「今年は例年より賑やかになるみたいですよ? 人口も増えましたから」

 主にウチの敷地内にね。

「その日前後は仕事は休日にするんでしょ?」

「はい。祭りに浮ついてその五日間は仕事にもならないでしょうし。馬車も総出で送迎するつもりです。一応祭りは三日間ありますので交代で勤務させるつもりですが警護や送迎の仕事で参加できない者には特別手当を出して対応するつもりです。商業部門では屋台を何台か出すつもりですが」

 稼ぎ時とかき入れ時は逃さないってことか。

「ウチも落ち着いたらお祭りができるようになるといいんだけど」

「リゾート施設がオープンしたら翌年から周年祭でも企画しましょう。一年後にはそれなりに落ち着いているでしょうから。そうすれば町で収穫祭、春にはウチで周年祭、新年祭を入れれば一年で三回祭りが楽しめるようになります」

 オープンが私の誕生日の予定だからそれって私の誕生日がお祭りってこと?

 なんか私の誕生祭みたいだって思ったのは私だけ?  

 まあいいか、町人全員が私の誕生日知っているわけでもないだろうし。

 お祭りは多い方が楽しい。

「そうだね、もう少し娯楽があるといいよね。音楽、運動競技、演劇、芸術か。一番手をつけやすいのは運動競技かな」

「後は音楽ですかね。貴族が優雅に楽しむようなものでなくて平民が歌って踊れるようなもの。打楽器や笛、タンバリン、カスタネット、ラッパ、ギター、ハーモニカなどもっと簡単な何かがあると良いですね。賑やかな音は心も弾みますから」

 ロイの言葉に確かにそれはそうかもと思う。

 人間楽しいと思う時には鼻歌というものが出るものだ。

 そんなものを口ずさめるような生活は楽しいかもしれない。

「マルビス、平民が使うような楽器を売っている店があれば寄って」

「はい、後で御案内します」

 見れば通りで音楽を奏でたり、踊りを踊ったり、芸を披露したりして見物料を集めている人達もいる。所謂大道芸やストリートミュージシャンみたいなものだ。

「ああいう人達って呼ぶことはできるの?」

「出来ますよ。謝礼と旅費を出す必要はありますが。確か商業ギルドに登録している者もいるはずです」

私が指差して尋ねるとマルビスが答えてくれる。

「オープン時には賑やかしで何人か呼べるかな」

「手配しますよ。音楽系の方が良いですね。中には大きな祭りやイベントになると向こうから雇ってくれと言ってくる場合もありますよ。その場合には旅費の必要はありませんけど。有名でない者はチャンスが欲しくて場所だけでも貸してくれと言ってくる者もいるでしょう」

 規則を守ってくれるならチャンスを与えるのもやぶさかではない。

「南国からの交易品の中には楽器とかもあるかな? できれば誰でも簡単にある程度楽しめそうなもの」 

「どうするんですか?」

 ガジェットが不思議そうに尋ねてきた。

「人数がたくさんいればそっちの方に興味がある人もいるでしょ? そしたら中には才能がある人もいるかもしれないじゃない。来年のオープンには間に合わなくても中にはやりたい人もいるかもしれないし。そうでなくても自由時間にみんなが楽しめたらそれで良いよ」

 才能というものはどこに眠っているかわからない。

 興味イコール才能とは限らないけど幸いウチにはいろんな種類の仕事があるし、自分の興味の持てる、やりたいことを探してもらう機会は充分にあるはずだ。

 こういう面白そうなことに一番始めに食いついて乗ってくるのは勿論この人、マルビスだ。

「面白そうですね。他にも大道芸など上手くなった者には披露できる場所も用意しましょう」

「運動競技も何か考えてみようよ。始めるのにもあまりお金のかからない、簡単に誰でもできるようなヤツ。できれば団体競技が良いなあ。大会開いて優勝チームに賞金出して」

「施設内に観戦場も作れば選手を応援する観客も呼び込めますしね」

 うん、すぐに商売に結びつけるあたりもマルビスだ。

 そうなるとどんなスポーツが良いかな?

 簡単でお金がそんなに掛からず、誰でも楽しめそうなもの。

 前世でメジャーだったのは野球、サッカー、バレーボールにバスケ、テニスとかだけど、どれもすぐに始めるには厳しそうだ。細かすぎるルールは理解が行き渡るまで時間もかかるし、もっと簡単なものがいい。

 そんなことを考えているとライオネルが話しかけてきた。

「いつも思うのですが、よくそんなに次から次へと色々なことを思い付きますね」

 思いつくというより思い出すというのが本当は正しいんだけど、

「楽しいことを考えている時は心も弾むでしょ? なんでもできないって決めつける前に挑戦してみるのも良いかと思って。全部が全部実現できるとは思わないけど楽しみがある方が生活するのも楽しいし、仕事ばかりじゃつまらないもの。やりたいことや先に楽しみがあれば仕事も頑張ろうって思わない?」

 それはゆとりというものだ。

 いつもの生活の中に、ほんの少しのゆとりがあるだけでも違うもの。

「私はみんなに楽しんでほしい。私一人が楽しいよりもその方がずっと面白いことができるよ、きっと。折角たくさんの人がいるんだもの、一人じゃできないことを考えた方が楽しいじゃない。それに私一人じゃ及ばなくても私には力を貸してくれる人達がいるから」

 みんながいてくれるから可能性が広がるのだ。

「普通は人のことまであまり考えないものでしょう?」

「それは仕方ないよ、ゆとりがないと他まで考えが回らないことはよくあるもの」

 ライオネルのいうこともわからなくもない。

 実際私がこういうことを考えられるようになったのはそんな昔のことじゃない。

「地位やお金があってもそういうことのできる者は貴族には殆どいません」

 納得できないのかライオネルは真面目な顔で断言してきた。

 そう考えると確かに貴族は地位やお金があっても幸せじゃない人が多いのかなあ。その辺はよくわからない。人によっても価値観も考え方も違うだろうし。でもきっと、

「それは多分満たされていないからだよ。いくら湯水のようにお金があったって満たされてなきゃ飢餓感は消えない。本当にほしいものが手に入らなきゃ、ほしいと思うものを見つけられなきゃ恵まれているとは思えても、まだ足りない、もっと、もっとって思うでしょ。私はそういう意味ではすごく今は恵まれていると思うよ。寂しくて寂しくてたまらなかった、半年前からは考えられないほどにね」

 これ以上欲張ったらいけないんじゃないかなあって、そしたら折角手に入れたものも手の中から溢れ落ちちゃうんじゃないかなあって思う時がある。

「だから私が今幸せであるのはみんなが側にいてくれるからだって思うから自分だけじゃなく、みんなにも幸せになってほしい。側にいて相手にも幸せだと思ってもらえたら私から離れていく人は少ないかなって。

 まあ野心がある人もいるだろうからそれも一概に言えないけど」

 与えられるものがその人の欲しいものとは限らないし、安全安心な生活よりドキドキワクワクするような冒険が好きな人もいる。多分私の側にいる人の中でそれが一番強いのは多分ガイ。一番先に離れていくとしたらガイのような気もするけど、ガイの心の中まではわからない。今回も嫌だと言いつつ結局王城まで来てくれたし。

「貴方はまるで大人の、私達より遥かに長く生きておられるかのような考え方をされますね」

「似たようなこと、連隊長にも言われたよ」

 半分当たってるけど。生きてはいないけど記憶がある。

「私は怖いよ。この幸せに慣れてしまったら、二度と孤独になんて戻りたくない。だから私は私にできることをする。力が及ぶ限りはって注釈はつくけどね。私は自分が幸せでいたいからみんなを守っているんだよ。ある意味、すごく自分勝手で強欲なのかもしれないね」

 私はみんなを手放したくない。

 できるならずっと側にいて欲しい。

 だからみんなの一番であり続けたいんだ。


「私は大嫌いな親父に半ば強引にここに送り込まれました」

 さもありなんだ。

 ライオネルの言葉は特に驚くほどのこともない。

 一応爵位持ちであっても家を継ぐことのできない貴族の三男坊の元に送り込まれるからにはそれなりの事情があるはずだ。私には所有地はあっても領地はない。地位的には伯爵とは名ばかりの商人に近い。

「ですが、今はそれに感謝してやってもいい。

 お陰で貴方の側でお仕えする機会を得られたのですから。

 私はこれから貴方の忠実な部下となりましょう。

 見ていて下さい。

 私はこれから貴方の側近と呼ばれる地位までのし上がってみせますよ」

 そう断言するライオネルに私は忠告する。

「私の側近はただ強いだけじゃなれないよ?」

 私の側近達は私の足りないところを補ってくれる人達だ。

 勿論、それだけで決めるつもりはないけれど。

「ええ、知っています。

 ですが、私は必ず貴方のお役に立つことを自分の力で証明して見せます」

 本当に物好きが多いことだ。

 私は特別なことは何もしていないのに。

「じゃあ私も呆れられないよう、見捨てられないよう、頑張らないとね」

「貴方にこれ以上頑張られたら殆どの者が困ると思いますが?」

「どうして?」

「貴方に追いつくのは並大抵ではないからです」

 どうして私の周りの人達は私をスーパーマンのように言うのだろう。

 今回のコカトリスの件だって、連隊長達が被害を防ぐために結界を張り、団長があの怪鳥達を一箇所に集め、イシュカが足留めをしてくれて、ガイが私の放った炎の勢いを煽ってくれたからこそ成せたこと。私だけの功績でないと散々言っているのになんで私ばかりを持ち上げる?

 期待され過ぎても困るのだ。


「そんなことないよ、私はまだまだ足りないことだらけだもの」

 地味に生きることは諦めたけど、この大き過ぎる期待値は如何ともし難い。

 だからこそ、

「でも力を貸してくれる仲間は大歓迎だよ?」

 足りないところを補ってくれる人は大事にしなければ。

 まずは自分の出来ることを、だ。


 力もついた。

 仲間も増えた。

 思い描いたことを実現出来る軍資金もできた。

 ならば後は突き進むだけなのだ。

 


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