第百三話 そして間違いなく陛下の掌の上なのでしょう。
「陛下。負傷者が一名出ております。早く治療して休ませてやりたいのですが宜しいでしょうか」
一足先に広間に入った団長が陛下に向かって張りのある声でそれを告げる。
「良い。部屋を用意してゆっくり休ませてやれ」
すぐに返って来た言葉にホッとするとまずはガイを除いた私達が広間後方から広間に足を踏み入れる。中にいた招待客の視線が一斉に集まり、前方に向かって歩き出した私達に視線が集中したところでガイが気配を消し、団員の一人の肩を借りて怪我人のフリをしてその影に隠れ、大広間から出て行く。
綺麗なパリッとしたタキシードとドレスを身に纏った貴族の中を薄汚れて煤だらけの服で歩くイシュカと私の姿や切り傷だらけの団長の姿はかなり注目の的になるのは間違いない。私達が歩く先から人混みが割れてモーゼの十戒のように道ができていく。しかしながら悪いことをしたわけでもなし、堂々と団長の後をついてその中央を横切る。途中父様と目があったので無事を知らせるためにも小さく微笑み、頷き、通り過ぎる。いくら自ら望んでいないとはいえ次から次へとトラブルに巻き込まれ、その度に迷惑をかけていることは間違い無いだろう。巻き込まれたからには仕方がない、喧嘩を売られたからには買い叩いて倍返しを繰り返して来た結果、どんな意味であるかは別として、王侯貴族に目をつけられて注目の的。地味に生きる予定がド派手に世間を渡り歩く結果となっている。
今考えて見れば私の性格から考えればおとなしくしているということ自体が無理だったのだ。初めからそこそこを目指していればここまでにはならなかったような気もするが、こうなったからこそ出会えた大事な人達がいる。
たった半年ほどの間に随分と大きく私の周りは様変わりした。
あのまま地味に生活していたのなら、出会えなかった人達が私の側にはたくさんいる。
だとしたら、もう一度生まれ変わってやり直せるとしても私は同じ道を選ぶ。
ならば正々堂々と胸を張って生きよう。
私は陛下の前までくると団長達に続き、片膝をつく。
「さて、ハルスウェルト。私はまた其方に助けられたようだな」
結果的にね。
でも本当の意味で陛下を救ったのはイシュカとも言える。私はイシュカが逃げなかったから避難を選ばなかったのだから。だからといって下に父様達がいるのがわかっていて逃げ出すことは選べなかっただろうけど。
私が自分の行動を決める基準は後悔の少ないもの。
後になってあの時ああすれば良かったと悔やむのも罪悪感に押しつぶされるのもゴメンだからだ。何もせずに後悔するよりも、すべきことに全力尽くして失敗した方が後悔も少ない、ただそれだけだ。
とはいえ、コカトリスの石化ブレスを浴びていたら二度目の人生もそこで潰えていたわけだけど。
「おおよその経緯はアインツに聞いた。今回の件でも其方の功績によるところが大きいと聞いている。逸早く賊の企みに気付き、対処、討伐してくれたおかげで来賓どころか城にまで殆ど被害を出さずに済んだ。また褒美を取らせるので何が良いか考えておくが良い」
またか。
でも欲しいものと言われても特に欲しいものはない。
私の本当に欲しいものは人からもらうことはできないからだ。
それに、
「失礼ながら陛下、この度の件は私一人の功績ではありません。助力して頂けた方々の御助力があってこそでございます」
「わかっている。心配せずとも他の者にも褒美を取らせるから安心せよ」
良かった、これでまた私の評価だけ上がるのは困る。
今更な気がしないでもないけれど。
ただこうしていて気になるのは私に向けられている敵意丸出しの視線。
私が自分の誕生日パーティ以外でこうして公の場に出るのは初めてに近い。おそらくこの場で私を初めて見た者が殆ど。名前だけは知られていても自分の領地から殆ど出ることのない私は顔も狭い。それなのに向けられている痛いほどに刺さってくる視線は図らずも功績を上げ続けている私への嫉妬と憎悪だろう。もしくは自分のして来たことを棚に上げたお門違いの恨み辛みといったところか。スタンピードの事件では逃げ出して罰則を受けた者も多かったと聞くし、へネイギスの件では悪事に加担して裁かれた者やその親族も多いのだろう。そんな親を持つ子供に対してある程度は可哀想だとは思うが綺麗な服を着て、美味しいものを食べられる状況で生活していられる分だけ恵まれている。明日の食事どころか今日食うパンにも困る生活をしている平民はたくさんいる。そんな当人達に関しては自業自得、同情の余地はない。
一応陛下の御前なのだからそんな感情は作り笑いの下にでも隠しておけばいいのにと思う。不快な視線が複数向けられているのは分かっていた。
「フェイラルク卿、何か言いたそうだな?」
だから陛下がその中の一人を名指ししても特になんの感慨もなかった。
その男は陛下にそれを指摘され、一歩群衆の中から歩み出た。
「その子供ばかり功績を上げるのは変ではないですかっ」
抗議とも言えぬ言い掛かり。
そんな言葉で腹黒陛下が狼狽えるはずもないのに。
私は黙って事の成り行きを見守る。
「どこがどうおかしいと?」
僅かに左の眉を上げて陛下が問い返す。
「ワイバーンの件に始まり、スタンピード、へネイギス一派その後も次々と其奴ばかりが功績を上げ、おかしいとは思わないのですかっ」
「其方はハルスウェルトが全て企んでいるのではないかと、そう言いたいのか?」
問われてフェイラルク卿と呼ばれた男は押し黙る。
別に企んでなんかいませんけどね。
ただ厄介事が向こうからやってくるだけで。
代わってもらえるなら是非とも代わって頂きたいのですがね、こちらとしては。
陛下はゆっくりと広間を見渡すと小さくため息を吐く。
「成程、そう思っているのは其方だけではなさそうだ。卿と同じ意見の者は前に歩み出るが良い」
一瞬ざわりとなったが陛下の御前ということもあってそれもすぐに鎮まり、集団の中から三十人ほどの大人が前に出た。子供を連れていないだけマシだが馬鹿なことを。私は突っ込まれて困るようなものは極力残さないように徹底しているし、バレて困るような悪事にも加担していない。追い込まれるハメになるのは自分達だと気づいていない時点で程度が知れるというものだ。
陛下はそれらの者を眺めると徐ろに口を開く。
「では其方らに聞こう。
企んでいるというなら屋敷から殆ど出たことのなかった子供がワイバーンをどうやって呼び寄せた?
領地から出たこともなかった子供がスタンピードが起こるキッカケとなった人外魔境のイビルス半島の噴火をどうやって起こした?
ハルスウェルトがまだ生まれてもいない頃から横行していたへネイギス一派の悪事をどう背後から操った?
その手段と根拠を申してみよ」
そう尋ねられて答えられる者は一人もいなかった。
「言えぬか。そうであろうな」
暫しの間を空けて陛下が低い声で言った。
当然だ。
馬鹿らしい、何故私がそんな面倒なことをせねばならない。
国を取りたいならわざわざそんな面倒なことをする必要はない。
国を滅ぼしたいというのならスタンピードを収める手伝いなどしなければいいのだ。
放っておけばいい、回りくどい手を使う必要なんかない。
魔獣達に襲わせて、疲弊したところを叩けばいいのだ。
陛下の声が一段と迫力が増している。
「私を含め、其方らもハルスウェルトらに救われたのだ。其方らはその恩人に後ろ足で砂をかけている恥知らずなのだと何故わからぬ。それをなんの根拠も証拠もなく矮小な妬みだけで排斥しようなど言語道断」
静かな怒りを含んだ声に歩み出た者達は竦みあがる。
威圧。
これが国のトップに立つ人間が持つ迫力か。
反論を許さぬ鋭い眼光、団長達とも違う存在感。
この人は間違いなくこの国の王であると実感する。
「全く馬鹿らしい。だいたい企んでいるというなら褒美に何が欲しいと聞かれ、何も要らぬなどと言うわけがなかろう。此奴は今朝、他の件で私が呼びつけ、褒美をやるから何が良いかと尋ねた時、そう答えたのだよ。
それでは困るから何か申せと言ったら何を欲しがったと思う?」
私は正直に言っただけなのだが陛下的にはかなりポイントが高かったようだ。
広間にいた貴族の間では私が褒美を欲しがらなかったのが不思議なようでかなりざわめき、辺りから内容までは聞き取れないがヒソヒソ話が聞こえ始めた。
何がおかしいんだ?
私が欲しいものは金では買えないものが殆ど。
自分の力で手に入れなければ意味がないものが殆どだ。
勿体ぶったような言い方で陛下が再び口を開く。
「部下を労うための酒が欲しいと、そう申したのだよ」
私は自分の成した事に対する対価の価値がわからなかったし欲しいものと言われて咄嗟に思いついたのがそれだけだっただけなのだが会場の中の騒めきは一際大きくなった。
「其方らはなんでも欲しい物を申せと私が口にしたとして、同じことが言えるか?
自分だけの功績ではない、皆が自分を助けてくれるから成せたこと故に部下のためにと、その口で申すことができるか?
私が何も知らぬと思っているなら大間違いだ。
部下の功績も自分のものとして報告する其方らには到底無理であろう」
・・・随分と好意的に評価されている。
しかもかなり過大評価的に解釈されているような気がするのは私だけだろうか?
「それに此奴は好きでそれらの件に関わっているわけではない。
殆どが他者とは一線を画す手並と手際を見込んでこちらから依頼したもの。
そうしてそれらに尽力し、解決してきたのは全ては自分の大事な者達を守るためなのだよ。
其方らは此奴が手を尽くしてくれている間に何をしていた?
この国の為に何を成した?
手柄も褒美もこの国のため、国民のために何かを成してこそ得られるもの。
他者を蹴落とし、足を引っ張り、己が成すべき責任から逃れる者に与えられる訳もない。
其方らの中で此奴と同じ成果を残せるという者は前に出よ。
それだけの度胸と腕があるというのなら身分に関わらず存分に取り立ててやろう」
自分にもチャンスが与えられると聞いて前に何人か歩み出ようとする。だが、
「但し、それが口先だけではないという証拠を見せて貰った後でな」
と、続いた陛下の最後の言葉で足を止めた。
それが本当に実行されないであろうとタカを括り、前に出ようとした者もいたが、
「バリウス、確か北の断崖で確認されているコカトリスの個体は全部で六体。ということはまだ三体残っているということだな?」
そう宣った陛下の言葉にぴきりと硬直した。
前に出れば自分もそこに放り込まれると思ったのだろう。
結局私に敵意を抱き、前に出た集団の中から自分こそはと立候補する者は一人もいなかった。
それが陛下のカンに触ったのはいうまでもない。
陛下の声がもうワントーン下がり、怒りも露わな声が響く。
「良いか? 今後、万が一此奴の身の周りで不審な事が起これば王家の威信に賭けて徹底的に調査し、必ずや犯人を引っ捕らえてやるぞ。その後ろに隠れている者まで全て暴いてやろう。
その際には協力してくれるであろう? レイオット侯爵、ステラート辺境伯?」
陛下に尋ねられ、お二人が応える。
「当然で御座います。懇意にしている彼に害成すというなら、それは私に楯突くことと同意。必ずや捕らえて陛下の御前に差し出して御覧にいれましょう」
「勿論、その際にはこの私めにも是非御命じ下さい。将来有望な男児をくだらぬ理由で害そうなどという性根の腐った輩は草の根分けても探し出してみせましょうぞ」
閣下と辺境伯の言葉に貴族達は竦み上がる。
成程、ここまでが陛下の描いたシナリオなのだろう。
ただ伝えるだけではこういう輩は理解しない。
要するに見せしめ、脅しだ。
ならば私はこの場は黙っていた方が得策というもの。
余計なチョッカイをかけられることが少なくなるのはありがたい。
「此奴に危害を加えることは王家とこの二人、そして更にはアインツとバリウスまで敵に回す覚悟を持って挑むことと心得よ。よくよく考えて行動することだ。
それを理解したのなら目障りだ、さっさとこの場から去るが良い」
そう言い渡され、のこのこと前に出て来た貴族達は一カ月の謹慎処分を言い渡された上で警護していた近衛に連れ出され、広間から追い立てられた。
まさしく雉も鳴かずば撃たれまいである。
「さて、見苦しいものを見せて済まなかった、セイリエル王女、ジャスラン皇女。悪しき企みはたいした被害も出ず、無事排除された。気分を害されていないようであればこの後も我が息子のための宴席を楽しんでいかれると良い」
この夜会の主役が目立たなくなってしまったのは申し訳なかったが、早々に問題は片付けられたのでまだまだ時間はある。どちらにしてもこの格好でパーティ会場を彷徨くことも出来なかろう。退散させて頂こうかと立ち上がったところで再び陛下に呼び止められた。
「ハルスウェルト、疲れているところすまないが怯えさせてしまった姫君のために其方手作りの甘味を振る舞ってやってはくれぬか? 其方の婚約者であり、片腕でもある二人は呼び寄せておいた。材料も厨房も料理人も好きに使ってもらって構わぬが故」
そういえば隣国から私の花嫁候補が無断で送り込まれたんだっけ。
色々あってすっかり忘れていたけれど。
一応表向きは私は知らない事になっていることを考えるとおそらくこれは陛下の作戦だ。私に既に三人の婚約者がいることも周知させておきたいのだろう。だが、いつの間にロイ達を呼びつけていたのか。朝に団長の屋敷を出発する前はそんなことは言ってなかったはずだ。距離的には非常に近いからそんなに時間はかからないだろうけど。
だが今後のことを考えるなら婚約者の存在をアピールしておくのは悪い手ではないし、この場も他者に引き止められることもなく退席できる手段としては悪くない。
「畏まりました。それで姫君様達の御心が少しでも癒やされるのならば」
それに隣国への印象も悪くしたまま帰られるより幾分かマシだ。
私は二つ返事で引き受け、陛下の企みに乗っかった。
「此奴の作る菓子は外見は素朴だが見たこともない、変わったものも多く美味いと聞くぞ? 我が妃や息子達の好物でもある。是非馳走になると良い」
珍しい菓子と聞いて王女達の目の色が怯えから好奇心を帯びた歓喜に変わる。
二人というからにはマルビスも来ているだろうからどんな物が二人の王女の好みに合うか相談してみよう。
「案内してやれ、バリウス。イシュガルドも手伝ってやるが良い。大事な婚約者であろう?」
「はい」
やはり婚約者という言葉を連発している。
ここは腕でも組んで出て行くべきかと迷っているとミゲルが駆け寄って来る。
「ハルト、ハルト、私はアイスクリームが良いっ」
この時期にアイスクリーム?
まあいいけど。
あれは手もかからないし、今の時期ならそんなにすぐに解けないだろう。
しかし作るのは王女様達のためではなかったのか。
「ミゲルはまたハルトのところで食べられるだろう? それに今日は私の誕生日だ。ハルト、私はプリンがいい、あの固くない方だ」
「あら、私は貴方が入れてくれたフルーツティがまた飲みたいわ」
「パンケーキも美味しかったわ。あのふわふわで柔らかい食感が最高よ」
フィアに二人のお妃様達まで押しかけて来た。
頼まれたのは王女様達の分だからと言いかけて彼女達の方を見るとフィア達が駆け寄ってきてねだるたびに目を見開き、ソワソワし始めた。陛下がフィア達を止めなかったのはワザとだろうか?
だとすれば相当に計算高い。ガイが腹黒と連発するのも当然だ。
だが、リクエストされても材料と道具を見てみなければ作れるかどうかはわからない。安易に安請け合いはできない。私はにっこりと笑って応える。
「すみません。材料を確認してみないとリクエストにお応え出来るかわかりません。それに最近は秋の味覚も美味しいですからね。皆様の食べたことのない物も御用意できるかもしれませんよ?」
そういうと四人は顔を見合わせて頷いた。
「仕方ないわね。貴方にお任せするわ、ハルト」
「はい、ありがとうございます。では用意して参りますね」
マリアンヌ様がそう言ってくれたので御礼を言って出て会場を後にする。
勿論、イシュカの腕にしがみつくのも忘れなかった。
御婦人達の視線が麗しの副団長様に集中していたからだ。
あげないよ?
イシュカは私の大事な婚約者様だ。
もしもこの先イシュカを私より大切にしてくれて、私より大事な人ができたなら譲ってあげてもいい。
だけど今は私のものだからね?
厨房に到着すると既にロイもマルビスも支度に掛かっていた。
王宮料理人達に大量に焼かせていたのはクレープ生地とパンケーキ。
タネを作った先からどんどん焼かせ、細かく刻んだフルーツと一緒に三種の違う素材のクリームで棒状に巻かせ、切り株のようにして断面を見せて飾り、焼いたパンケーキも四等分にするとそれを綺麗に大皿に盛り付け、上からジャムやハチミツで綺麗に彩り、フルーツを散りばめていく。
仕上がった先からそれらは広間に運ばれていく。
指示を出す前から既に出来上がっているのはありがたいが手際が良すぎではないか?
これって私、必要かな?
抜け出すいい口実ではあったけど。
作業していた二人が私に気づいて手を止めた。
「ハルト様っ」
駆け寄って来た二人が私のあちこち触り、どこにも怪我がないことを確認すると大きな息を吐いた。
「貴方はまた無茶をしたと聞いて胸が潰れるほど心配していたのですよ」
「全くです。私達の見ていないところで危ないことをなさるのはやめて下さい。心臓が止まるかと思いました」
ロイもマルビスも相当心配してくれたようだ。
「心配かけてごめんね」
私が二人に謝ると小さく首を横に振った。
「良いのですよ。私達は貴方が無事に戻って来てさえ頂ければ」
そう言ったロイの言葉にマルビスは頷く。
「ところで、二人はいつから来たの?」
確かに手際の良い料理人が数揃っていればそんなに時間もかからない料理ではあるけれど随分と出来上がりが早い。
「つい一刻ほど前ですよ?」
ってことは陛下は連隊長がコカトリスの首を持って行った時点で遣いを出していたのか。
あの騒ぎで用意した料理の半分くらいがテーブルがひっくり返っていたり、皿から落ちていたりしたし、手間の掛かるような料理はすぐに代わりは用意出来ないだろうと即座に判断して、物珍しい物で簡単に用意出来そうなお菓子を幾つか用意できるであろう二人を呼びつけたというところか。多分フィアやミゲルに話を聞いていたからだろうが手回しの良いことだ。
だが高級な物を直ぐに用意出来ないなら実に効果的な手段ともいえる。
目新しい物ならそれも話題になる。
「貴方がコカトリスの討伐に成功されたので着替えを持って来るついでに何かデザートを厨房で作ってくれと言われましたので先にロイを行かせて私が着替えを持って後を追う形ですね。即金でレシピ使用料も色を付けて支払うのでついでに料理人に教えてやってくれと依頼されました。クレープとパンケーキは応用も効きますので丁度良いかと思いまして。ついでに貴族の方々にもレシピを売りつけられるかもしれませんし」
流石商魂逞しいマルビスだ。
王室に呼ばれて使用料を払わせた上で他にも売り込もうとは。
「他には何か用意しますか?」
「材料は何があるの?」
ロイに問われて確認すると隣の食材置き場に案内された。
「こちらです」
ズラリと多種多様な食材がそこには山と積まれていた。
ある食材でとりあえずというよりも、こうなるとむしろ逆に何を作るか迷いそうなくらいだ。
「旬の物は殆ど揃っていますよ。蒸しパンやプリンは道具もないので難しいですけど」
蒸し器は商業登録にも出していないウチの秘密道具だしね。
「フィアがプリン食べたいって言ってたんだよ。ミゲルはアイスクリーム。プリンは商業登録出してあるけどアイスクリームはね」
ウ〜ンと考え込んでいるとマルビスがヒョイと顔を出す。
「そうですね。ですが、これから寒くなりますので需要は減るでしょうからレシピは公開せず、来年の春先以降の売り出しの宣伝ということにしておいても構いませんよ。既に登録手続きの書類も揃っていますし、あれは保存が難しい上に繊細な魔力操作の技術も入りますのでそう簡単には売り出しも出来ません。ウチでもまだハルト様とイシュカにしかできませんし」
「でもマルビスもだいぶ上手くなってきたでしょう?」
「まだまだですよ。二回に一回は失敗します」
充分だと思うけど。柔らかさが足りないだけで食べられないわけでもないし。
まあある程度同じクオリティでなければ売り出しは厳しいか。
「では作りますか? アイスクリーム。プリンは無理ですけど」
「それなんだけど、プリン味のアイスにしようかと思って」
ロイに尋ねられて私はここにくるまでの間に少し考えてみたのだ。
プリンも数が少なければ鍋に水を浅めに張って作れないこともないけど大量生産は蒸し器の数がないとかなり厳しい。だがプリン味なら難しくはない。
「皿に盛り付けて上からカラメルソースをその場でかけるというのも良いかなあって」
溶けにくいとはいえ溶けないわけではないので氷を入れた大きな器の上に置いて置く必要はあるだろうけど。
「成程。後は何か用意しますか?」
「美味しそうな薩摩芋もあるし、秋らしくスイートポテトと芋ケンピなんてどうかな?」
手間をかけ過ぎては供給が間に合わない。
なるべく早く、簡単に。
人手はあるから単純であれば用意するのも難しくない。
「向こうに胡麻もありましたから芋ケンピは胡麻塩風味にしても良いですね」
「商業登録は通ってる?」
「はい、既に」
相変わらず早い。確かそれらを作って見せてから十日も経っていないはず。
マルビスだけの時もそれなりに早かったが、テスラが来てから更に書類作成スピードが加速したのは間違いない。しかも書類不備で戻って来ることは皆無に等しいし、ほぼ提出した物は殆どそのまま王都のギルドにも提出できる程には整えられているので最近ではスルー状態で商業ギルド本部まで回されているみたいだから認可が降りるのも早く、特急に近い日数で登録されている。
本当にウチの側近達は私には勿体無いくらいには有能だ。
「何品くらいでって頼まれてるの?」
「最低三種、出来れば五種類以上と」
パンケーキ、クレープ、スイートポテトに胡麻塩風味の芋ケンピ、後はアイスクリームか。
「もう五品あるし、欲張り過ぎても手が回らなくなりそうだからこれくらいにしとく?」
「薩摩芋を揚げるならジャガイモも一緒に揚げてポテトチップスなども男性の酒のツマミにもなると思いますが」
ロイに言われてそれも有りかと考える。
「じゃあそれも加えとこう、そうすれば甘い物が四品、塩気のある物が二品なら悪くないでしょ」
パンケーキとクレープ以外は飾り気がないけど、陛下も素朴だと言っておいてくれたことだし、供給が間に合わないよりマシだろう。スイートポテトに飾れる物があれば使ってもいいけど。
「では準備しておきますのでハルト様とイシュカは着替えてきて下さい。料理人は沢山いますので問題ありませんからお二人にはアイスクリームを作る手伝いをして頂ければ充分ですよ。三つ向こうの部屋に用意してありますから」
「わかった。行こう、イシュカ」
ロイの言葉に頷いて私はイシュカの手を引いた。
「はい」
私は団長の案内に従い、着替えるために歩き出した。