第百ニ話 地味に生きるの諦めました。
こちらに向かって歩いてきた団長はなんともいえない微妙な顔をしていた。
危険があるにしては緊張感に欠ける、心配がないというにはそうとも言い切れないような、実に曖昧な表情だ。
「さっきはスマンな、助かったぞ」
遠巻きに眺められているのは今更だが、閣下と辺境伯が加わり、そこに団長がやって来てしまうと顔立ちはともかくここは見事にガタイの良い男の集団が出来上がり、御婦人の方々の華やかな装いからからは一線を画し、かなり会場では浮いた状態で辺りからある意味不審な視線を向けられていた。一際小柄な子供の私は周囲からほぼに見えなくなってしまっていることだろう。
「それで何かあったんですか?」
「あったといえばあったんだが、それがなんとも奇妙な感じなのだ。それでハルトやイシュカの意見を聞こうと思ってここに来たんだが、レイオット侯爵とステラート辺境伯もいるなら丁度良い」
尋ねた私に団長が首の後ろを摩りながら答えた。
返答に困った時に見られる団長の癖だ。
何か問題が起きたようだ。
「ここは目につきます。ベランダに出ましょう」
「そうだな」
視線を集めている状況に気がついてイシュカが提案すると団長は頷いて外へと続く扉を開けるとゾロゾロと集団で会場から見えないように厚手のカーテンを引き、イシュカが扉を閉める。
群衆の視線から隔離されたところで辺境伯が団長に尋ねる。
「それで奇妙とはなんなのだ? 賊がいなかったのか?」
「いや、いたらしい。というか、間違いなくいたんだが、自害したということだ」
やはりガイの耳に間違いはなかったようだ。
「自害、ですか?」
訝しげに首を傾げ、閣下が問いかける。
「ああ。近衛のヤツらが俺の視線に気が付いて、すぐに駆けつけたらしいんだが見つかったと知った途端、喉を掻っ切ってその身を焼いたらしい。逃げることを放棄してな」
「密偵というなら情報を持ち帰らねばならぬ。逃走を図ろうとするならばまだしも確かに解せぬ。暗殺というならば自害する覚悟があれば普通は失敗覚悟で突っ込んでくるものではないのか?」
納得できないのは辺境伯も同じだったようだ。
「だよなあ。俺もそう思うんだがソイツら最後笑ってたらしくてな」
「益々妙ではないか、目撃され、逃走を放棄して自害。しかもその身を焼いてだと?」
閣下も辺境伯も不思議で仕方がないようだ。
確かに密偵や暗殺の類なら見つけた三人の行動は不可解かもしれない。
けれどそのどちらでもなかったら?
「いいえ、おかしなことではありませんよ」
「そうですね、見つかった時点で既に目的が達成されているとすれば、ですが」
私の言葉に隣にいたイシュカが付け加えるように言った。
そう、もし、発見された時に奴らの仕事が終わっていたのだとしたら?
と、なればつまり、
「自害すれば事足りるところをその身を焼いたということは持ち物や衣類、肌や目の色から身元、出身を暴かれるのを防いだとも考えられます。即ち、既に我々が発見した時点で既に彼らの成すべき事が終了していたすればどうです? こちらに発見されず逃げ仰せたのが満点だとしても、発見されたのが彼らの目的達成後だったとしたら?」
「笑って死んで逝ったのも納得できるというわけか」
団長は一応は頷いて見せたもののまだ納得はできないようだ。
「一応屋根の上は他に人影も見当たらなかったし、周囲もまだ侵入者が潜んでいないのかもう一度捜索させている。設置型魔法陣を置かれている可能性も考えたが屋根の上では意味もなかろう? 魔法作動領域に踏み込まねば意味もない。仮に我々がそれに気付かず踏んだとしても多少の屋根が崩れて一人二人怪我するくらいだ。城には医者も聖魔法の使い手もいる。余程打ちどころが悪くない限りはたいした被害は出ない。死を覚悟して侵入して来た者がその程度で満足して笑って死ぬか?」
なるほど、団長が奇妙だという理由もわからなくはない。
他に人影もなく、屋根の上では設置型の魔法陣を置く利点もない。
目的がハッキリしないというのは気味が悪い。
だが判断するには材料も根拠も証拠もなさすぎる。
「人影以外、他に何かなかったんですか? 本来ならそこにあるべきではないものが他に」
「すぐに調査させる」
団長は近くにいた屋根の上にいる警備兵にソレを申し伝える。
人でも魔法でもない。
ここでは火薬の存在がまだない以上爆弾などの爆発物は考えられない。
「毒を仕込むのが目的というなら屋根に上る必要もありませんし、全員殺害するのならまだしも、これだけの人数の中、特定の者を狙うことは出来ません。そうなると屋根の上でなければならなかった理由、ですか」
イシュカが思考を巡らせながら呟いている。
それを見ていたガイが笑いを堪えてているのか口を押さえている。
わかってるよ、イシュカが益々私に似て来たとでも言いたいんでしょ?
ジッとイシュカを見ている団長は面白そうに眺めている。
そうか、私はハタから見ているとこんな感じなのか。ウロウロと歩き出さないだけイシュカの方が周りに面倒かけなさそうだけど、なんか気分は複雑だ。イシュカは似て来たと言われるといつも喜んでいるけど、それって変わり者ってことなんだよね。
しかし、確かに屋根の上っていうところが引っかかる。
ここは城壁の中、外からこちらを狙うにしてもこの屋根の上から街は見えない。何かの信号で合図を送るにしても目標としては役に立たない。暗殺目的というならパーティの中に入り込む必要がある。だが、警護と護衛のためにここは式服に身を包んだ騎士がいつもよりも大勢彷徨いているし、団長達だけでなく閣下や辺境伯などの腕に覚えのある人達もいる。壁や屋根を隔て、距離を置けば気付きにくくてもガイのように耳聡い者もいる。あまりにも何かを仕掛けるには分が悪い。今日は隣国の姫君も来ているから事を起こして面目を潰すのが目的だというならそれもわからないでもないが、それにしても引き際が良すぎる。
屋根、屋根か。
屋根の上に登ってしまえば確かに見つかりにくいけど物見櫓に使われる塔なども城にはある。決して危険がないわけじゃないし、今日みたいな月の明るい夜空ならむしろ見つかる危険も高い。闇に潜むには適さない。
いや、そうじゃない。逆の考え方もある。
彼等は見つかりたかった。
見つけて欲しかったというなら話は別だ。
ならば誰に、何を見つけてほしかったのか。
屋根の上が良く見える場所。
空、上空からだ。だけどこの世界では飛行魔術の類や技術開発はされていない。
だとすれば、人以外のもの、例えば・・・
そう思い当たると私は一瞬、ゾッとした。
可能性、そう、あくまでも可能性の話だ、確定じゃない。
だけどその考えに思い当たってしまうと確認せずにはいられなかった。
「ねえ、イシュカ。この国には空を飛ぶ鳥類系の魔獣って結構いる?」
「いますよ。貴方が倒したワイバーンのような飛龍の他にもロック鳥、ハーピー、コカトリス、ヒポグリフなどの大物が稀に目撃されることもありますし、小物ならガーゴイル、ブラッディバット、ライアンイーグル等が代表的ですが」
意外に種類が多い。
確かに言われれば思い出す、ダルメシアのところで見た魔物魔獣図鑑。
深い陽の光も差さないような森では生息しているとも聞くし、山の多いウチの領地内ではイシュカが小物と呼ぶそれらは時々目撃され、家畜や農作物に被害が出ていることもある。だけど町のC級冒険者でも充分倒せる程度。
だが私の推測がもし当たっていたとしたら?
「団長。この近隣で生存が確認されていても当面の危険性が低いために討伐が見送られている、高ランクの子育てをする種の魔鳥はいる?」
私の問いに団長は自分の頭の中にある資料を思い起こす。
「北の国境付近、断崖絶壁に巣を作っている危険度Aランク、コカトリスだ。
だが、アイツらは縄張り意識が強く、自分のテリトリーから殆ど出ようとしない。通常五、六匹程度で生活しているが性格的にもどちらかと言えば大人しい方だ。ただ、住処を荒らされることを極端に嫌い、侵入した敵に対しては徹底交戦するが・・・」
そこまで説明すると私の言わんとすることに気づいたようで団長を含め、そこにいた全ての人間が大広間の上の屋根に視線を向けた。そこに丁度屋根を散策していたらしい近衛の一人が何かを手に持って屈んでいて、一斉に向けられた猛者達の視線にビクついた。
「団長、こんな物が屋根の上に。何か関係があるものでしょうか?」
オドオドと差し出された物を広間から溢れる光に当てて確認すると片側が白く、もう一方はクリームがかった色の斑尾模様をした固く、薄い破片。
それを見るや否やガイがヒョイッと軽くジャンプすると張り出した屋根の縁を掴み、懸垂して乗り上げ北の方角を睨み据える。
「マズイ、北の方角の空に三体、何かがコッチに向かって来てるっ」
無口設定を忘れてガイが溢した言葉に団長もベランダの手摺りの柵に足を掛け、急いで上に乗り上げる。北の方角はこの位置からでは確認出来ない。だが団長とガイ以外の騎士達が何事かとその方向を見ていても首を傾げていることからすると、まだ二人にしか見えないほど遠いところということなのだろう。
いったいこの二人、視力いくつあるんだろうという細かいツッコミはこの際横に置いといて。
所謂非常事態宣言であることは間違いなさそうだ。
「コカトリスだっ、陛下に至急報告を。すぐに避難誘導をっ、いや、外に出るのは危険だ。近衛は警備、警護人員来賓の安全を最優先で確保、合図とともに全力で防衛結界を張れっ、俺はなんとかアレを引き付け他所へ誘導する。避難誘導はそれからだ。魔獣討伐部隊を急いで集結させろっ」
団長の言葉に閣下と辺境伯が扉をすぐに大きく開け放ち、脇目も振らず陛下の元に報告のため走り出し、屋根の上にいた騎士達はすぐに自分の仕事に向かって駆け出した。
避難か、私は避難すべきかな。
正直に言えば魔獣討伐部隊もいることだし、御遠慮願いたい。
だがチラリと横を見るとイシュカがどうすべきか判断に迷っているようだ。
イシュカの今の仕事は私の護衛。だけど、緑の騎士団副団長だ。
この状況で優先すべきはどちらなのか。
私を放っておくわけにはいかない、でも離れるわけにもいかない。
だからといって見過ごすことも出来ないってとこだろうなあ。
迫って来ているソレを何とかしなきゃ、どちらにしても危険なわけだ。
私が名前を呼んで手を伸ばしてジャンプするとガイがその手を掴んで屋根の上に引き上げてくれる。イシュカも私の後を追い、屋根の上に上がる。すると団長は腰に差していた予備の剣の一本をイシュカに向かって放り投げる。それを見ていたガイは団長に短剣を持っているなら寄越せと強請り、懐からそれを取り出し、渡す。
つまり手伝えってことだよね。貴重な頼りになる戦力だもの、当然か。
そうなると私から『逃げ』と『避難』の選択肢は消える。
二人を危険地帯に残して安全なところにいるわけにはいかない。
北の方角を見ると私の目にはまだ何も見えない。
そんなに早く飛べる魔鳥でもないということか。
ということはまだ若干の猶予はあるわけだ。
ならば少しくらいの考える時間はある。
「イシュカ、コカトリスの性質、特性、習性、知っていることを教えて」
まずは情報収集だ。
私は隣にいたイシュカの服の裾を引っ張った。
「はい。然程知能は高くありません。ですが視覚、嗅覚に優れ、狙った敵は逃しません。注意すべきは2本の足の鋭い爪、嘴での攻撃、そして何よりも気をつけるべきはその吐息です。猛毒、麻痺、石化の呪いを持ち、浴びれば動けなくなります」
「有効攻撃は?」
「背後からの打撃、及び翼の切り落としです。もしくは有効属性である火炎系高火力の上級魔法。中級程度の攻撃では硬い鱗に守られて与えられるダメージは低いです」
つまり火属性を持っている団長はまだいいが、それのないイシュカとガイには分が悪い。狙うは近接戦闘での背後からの翼の切り落としか。
「団長は相手にしたことある?」
「一度だけ、な。五匹を相手にかなりの被害が出た。石化も崩されなければ時間は掛かるが聖魔法や聖水で戻せない事もない。だが嘴や爪で一撃でも浴びれば終わりだ」
石化されたら近くにいる人が石像抱えて全速力で逃げなければアウトということだ。だがそんな暇があるとは考え難いことからすれば吐息を浴びればお終いということに他ならない。
「結界は有効?」
「防げないこともないが、俺の魔力量でも長くは持たん。何かいい手はあるか?」
私はう〜んと唸って考える。
ここでは私お得意の罠を張って待ち構える手も使えない。
地面もなければ隠れる場所もない。
時間を掛けられるなら有効そうな罠が無いこともないけれど。
「準備出来る暇があればね。ないこともないけど、屋根の上じゃ仕掛けも出来ないし」
「だよなあ。だがアイツ相手に大人数で挑むのは犠牲者が増えるだけで悪手だ」
確かにそうだ。
ブレスを浴びて石化した人間を避けて庇いながら戦うのは厳しいし、石像が増えれば動ける場所もどんどん狭くなる。時間を掛ければ戻せるものを非常時だから仕方ないと割り切って石化した仲間を動くのに邪魔だと崩せる人は殆どいないだろう。
「火属性上級魔法を団長は使える?」
「上級発火系攻撃魔法なら二発、最上級爆発系攻撃魔法は一発だが火炎系でない分効果が薄いことを考えると上級発火系攻撃魔法が妥当だろう。だがそうなると確実に当てられたとしても一体残る。おまけにこれを打てば俺は魔力はほぼ底をつく。一番効果的なのは最上級火炎系攻撃魔法だが俺には使えん。それに天井が崩れては招待客に被害が出る」
ようするに団長だけの魔力じゃ足りないし、魔法だけでは三体は仕留めきれないということだ。だが背後に回るにしても前でコカトリスの注意を引きつけないと厳しいわけだ。でもそうなるとブレス攻撃の餌食。
火炎系の上級魔法攻撃か。
使えないこともないけれど問題もある。
「仮にそれらを使用出来る者が他にいたとして、団長なら下への、招待客への被害は防げる?」
「二発程度なら屋根部分を覆うように結界を張ることに全魔力を使えばなんとかなるが」
団長の魔力量は私の約三分の二、それでそのくらいのことができるのか。
つまり私なら三発程度までいけるということか。
しかし、使えば私の魔力量がある程度バレてしまうわけなのだが。
今更か。
父様ももう隠している意味もないと言っていたし。
北の空には私でも視認できる程度の豆粒程度の大きさの姿が見えてきたし、時間もない。招待客への被害を防ぐためにも、もう少し結界強化をしたいところだけど天井が崩れる程度なら近衛が下で防御結界を張ってくれるらしいし、人的被害を出さないだけマシと思って頂こう。
そんなことを考えていると下から声が聞こえて来た。
「おい、バリウス、俺を忘れてないか?」
「アインツッ!」
ああ、そうか。連隊長もいたんだっけ。
「私は火属性は持っていないが、魔力量はお前よりも多いぞ」
「私達も手伝おう。剣は持っていないが魔力結界くらいなら問題ない」
閣下と辺境伯まで。
それは心強い。
この御三方に張って貰えるなら建物への被害も軽微ですみそうだ。
「二人とも、また手伝ってくれる?」
私は両横に立つ二人に向かって尋ねる。
「勿論です」
「何を今更、俺が面白そうなことから逃げるわけねえだろ」
当たり前のように返される言葉はたまらなく嬉しい。
正直に言えば怖い。
魔獣の前に立つのは何度味わっても慣れるものではない。
震えそうになる脚でしっかりと踏ん張った。
大丈夫、隣にはイシュカも、ガイもいてくれる。
今回は団長も連隊長も、閣下達もいる。
この下には父様達やフィア達もいる、ついでに陛下もいる。
私の守るべき人達がいる。
「イシュカの使える一番強力な氷結魔法は何?」
「最上級氷結魔法です。但し、一発で魔力はほぼ空です。魔力不足で威力も完全ではありません」
「ガイの使える一番強力な風魔法は?」
「最上級竜巻系攻撃魔法だ。俺も一発が限界だ。同じく威力は保証できない」
上等っ、必要なピースは揃ってる。
二人がいてくれて良かった。
私が震える拳を握りしめると、両横にいた二人がその大きな手で私の手を包み込んでくれた。
「団長は三匹のコカトリスをなるべく狭い範囲に引き付けられますか?」
「引きつけるだけならなんとか。だが長時間は持たないぞ?」
「構いません。引きつけるだけで結構です。魔法の効果範囲を狭めたいだけなので。引きつけたらすぐに全速力で退避して下への被害を抑えるために結界維持に全力を注いで下さい。後は私達が仕留めます」
私は団長に速力強化の魔法をかける。
敵ももう姿形がはっきりと捕らえられるほど近い。
「二人とも詠唱を開始して。イシュカは団長が退避したらすぐにコカトリスに向けてそれを放って。完全でなくてもいい、お願いしたいのは足留めだから。ガイはそのまま待機で。私が放った火属性魔法を風で威力を増加して。ある程度以上の威力があれば問題ない。その後は私達も全速力で退避。
一発勝負だよ、二人とも覚悟はいい?」
既に詠唱を始めた二人が大きく頷いた。
私も二人に続き、詠唱に入る。
「来るぞっ」
団長がそう叫ぶとコカトリスに向かって走り出す。
空を舞う敵のブレスを器用に避けながら応戦し、背後に回り込み、隙を伺う。分散してこちらに向かってこようとする個体の注意を引き、襲い来る三体の攻撃を全て自分に向けさせた瞬間、団長がイシュカの名前を叫び、強化された脚力で全速力で走り去る。目の前から忽然と消えた団長から三体のコカトリスの注意は同時にこちらに向く。
その刹那、イシュカの魔法がソレに向かって放たれる。
「最上級氷結魔法っ」
ピキンッと音を立てたかと思うとコカトリスの体が足元からビキビキと音を立てて凍り始める。だが、イシュカの言った通り、効果は完全ではないらしく氷で覆われた表面がパキンッと音を立ててヒビが入る。
問題ない、イシュカは足留めの役目をしっかり果たしてくれたのだ。
次は私の番、その固い鱗で覆われたという体を焼き尽くすための炎を放つ。
「最上級火炎系攻撃魔法っ、ガイッ」
私の放った炎がコカトリスの体に纏わりつき、燃え上がるそこに、更に火力を加えてもらう。
「最上級竜巻系攻撃魔法っ」
風で勢いを増した炎は火柱となって夜空を紅く照らす。
イシュカはそれを見届けると即座に私を抱え、ガイと共に走り出し、コカトリスを焼く煉獄の炎から遠ざかる。
これで倒せる筈だ、魔鳥であっても生物であることには変わりはない。急激に凍らされたコカトリスの細胞は膜が破壊され、保水力が低下、そこに高火力の炎で炙れば体内の水分は一気に蒸発する。そこに風を纏わせれば更にその勢いは増し、逃げることを許さない。
これでいける筈、きっと大丈夫。
私はイシュカに抱えられたまま離れた場所からその様子を見守る。
長い、長い時間に感じる。
でも実際にはそんなに長い時間ではないに違いない。
大きな奇声を上げていたコカトリスの悲鳴が途絶え、その体が屋根に張られた結界の上にドサリと音を立てて落ちる。辺りはシンと鎮まり返り、炎も消えた。真っ黒に焦げつき、ぴくりとも動かないソレに団長がポツリと声を溢す。
「・・・やったか?」
「多分、ですけど」
一番最前線に立った団長の体には幾つもの爪による切り傷が刻まれていた。
「私が確認してこよう」
今回後方支援に徹していた連隊長が警戒しながらソレに近づくと、動きを止めた三体のコカトリスの首を斬り落とし、ソレを抱え上げた。
「・・・討伐完了だ。お見事です。バリウス、ハルト、イシュカ、ガイ」
その言葉にホッと詰めていた息を吐く。
何事も絶対というものはない。最後の最後まで心配だった。
その場にへたり込んだ私に協力を申し出てくれた御二方が近づいて来た。
「ありがとうございました。レイオット侯爵、ステラート辺境伯」
私は力の抜けた脚で立ち上がり御礼を言おうとして失敗し、前のめりに倒れそうになったのをイシュカに支えられて顔から屋根に突っ込みそうになるのを逃れた。それを見ていた御二人は小さく笑う。
「使えないのではなく、使わない、か。イシュガルド、其方の言った言葉は真であったな。その歳でまさか最上級火炎系攻撃魔法を使いこなすとは。全く、末恐ろしい。
なるほど、四頭の獣馬を手懐けるだけのも道理。
それと、ガイ、其方であろう? 獣馬を手懐けたというもう一人の男は」
辺境伯の言葉にビキンとガイが固まる。
そう言えば、私、すっかり忘れてガイって呼んでたような。
あからさまにマズイという感情が顔に出ていたのか辺境伯は声を立てて笑った。
「わかっておる。『リュート』、コレは陛下とワシらだけの秘密だ。騒がれたくないのであろう? 其方は前回ワシの前に一度も姿を現さなかったからな。何故かというのは問わずに置く。それなりの理由があろうからな」
ただお固いのが苦手な貴族嫌いの面倒臭がりなだけです、とは言えない。
それにガイの仕事上、あまり目立つのも宜しくないのも確か。今回ガイが絶対自分だとわからないようにしてくれとロイ達に言ったのもそれもあってのことだろう。
それでも、ガイは私を心配して来てくれた。
あれほど嫌がっていた城まで。
「マリンジェイド連隊長、早く騒ぎになっている下にソレを持って行って知らせてやれ。もう心配はないとな」
閣下がコカトリスの首を手に下げ持っている連隊長にそう言うと二つ返事で広間の中に入って行く。
団長からの収拾がかかり駆けつけて来た団員達が丸焦げのコカトリスの死骸を見て、討伐が既に終了したことを知るとそれらの片付けに取り掛かり始めた。
「陛下が皆さんをお呼びです」
屋根の上にすっかりへたり込んでいた私を囲むようにしていた私達に連隊長の声が掛かると途端にガイは肩をビクリと竦ませて逃げの体勢に入った。
「無理無理無理っ、絶対嫌だからなっ、俺はっ」
「わかっている。お前は負傷者のフリして団員に広間の外へ連れ出させる。それでいいか?」
「ああ、それでいい、頼む」
団長が呆れたように言うと片付け作業をしていた団員の一人を呼びつけ、簡単に事情を説明する。
「では負傷者らしく肩に掴まって広間の後ろから退場しろ。後は取り繕っておく」
よく見れば私達の上着は煤だらけのボロボロだ。
間近で相対したわけではないのに風で舞って来た火の粉か煤で汚れた、飛んで来た何かの破片で切れたのだろう。折角新しく仕立てた、おろしたての服だったのに。
ガイは上着を脱いで頭からそれを被り、私達は簡単に服についた埃を払う。
魔法で簡単に洗浄でもすべきかとも思ったがこれもパフォーマンスというものだ。
どうせこの汚れ具合いでは、白いこの服からは完全に汚れは落ちないだろう。




