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第百話 舞踏会とは戦場と同義語ですか?


 団長に案内された中庭ではフィアだけでなくミゲルと連隊長も待っていた。


 フィアは私のところにいたよりも更に元気になっていて初めて会った時の弱々しさはまるで見えない。

「フィア、誕生日おめでとう」

「ありがとう、ハルト。貴方にそう言ってもらえるのが一番嬉しいよ」

 私達のところにいた時より更に大人びたような気もする。

 凛とした佇まいと気品漂う姿はやはり王族、ガサツで気を抜けばすぐにボロの出そうな私とは違う。フィアと同じ歳になったとしても私に同じ立ち居振る舞いが出来るかどうかはかなり怪しい。

「ミゲルも久しぶりだね」

 それに比べてまだまだ発展途上のミゲルは見ていて安心する。

「ハルト、ハルト、聞いてくれ、私にも友達が出来たぞ。平民の友達が」

 おお、意外に早かった。もう少し時間がかかるかと思っていたのだが。

「凄いね、ミゲル。やったじゃない」

 得意げなミゲルの様子は微笑ましい限りだ。

「他にも級友で貴族の友達も出来たんだ。今度の休みにみんな一緒に遊びに連れて行っても良いだろう?」

 ということは、一人二人ではないということか。

「構いませんよ。何人ですか?」 

「六人だ、平民は二人いるぞ」

 思っていたよりも随分と多い。きっとミゲルなりに努力したのだろう。

 私は笑って頷いた。

「約束したからね。いいよ、準備しておく。但し子供だけだよ、ミゲル以外は寮の空室になると思うけど。父兄付きは遠慮してもらってね」

「何故だ?」

 前世でもよくありがちだった子供ミサイルというヤツだ。

 有名人やお近づきになりたい人、席取りなどにまずは先に子供を行かせて『すみません』と言いつつ割り込みをする父兄というのはありがちだ。これを避けるためにも極力親には御遠慮頂く。子供をそういう駆け引きに使われるのはゴメンだし、ミゲルのことを考えればそれは教育上あまりよろしくない。

 だがわざわざ喜んでいるミゲルにそれを告げる必要はない。

 私はにっこり笑って答える。

「まだ建設中のところが多いし、駐在している団員もいるからね。そんなにたくさんは泊まるところも用意できないからだよ。あれからまた人も増えたしね、空室に余裕はないんだ。保護者付きで万が一仕事の話を持ち出されてはミゲル達とも遊べる時間が少なくなるでしょう? それでもいい?」

「嫌だ。わかった、そう伝える。子供だけなら六人一緒でいいか?」

 随分と物分かりも良くなった。

 やはり子供というものは成長も早い。 

「いいよ。団長、ミゲルが来る時について来る護衛や従者は何人?」

「三人だ。道中は他に六人ほど付けるつもりだが向こうにもウチの団員がいるからな。その数で問題ないだろう。一応同行予定の者の家の調査は入れてある。明日、その名簿も渡す」

 流石、手回しが早い。

「滞在予定はどのくらい?」

「頼めるなら十日間だ。構わないか?」

「いいよ。今は仕事もそんなに詰まってないしね。ずうっとお相手するのは無理かもしれないけどできるだけ時間は空けるし、一緒に行けない時でも護衛は私のところからと、足りなければ団員を借りても良いんでしょ」

「ああ、それは伝えておく」

 たまには思い切り遊ぶのも悪くない。

 アスレチック施設もだいぶ出来上がってきたし、子供の意見も欲しかったところだ。兄様達も遊びに来たいと言っていたし、丁度良い。

「ミゲルはズルイなあ、私も行きたかった」

 私達のやりとりを見ていたフィアがつまらなそうに呟く。

「仕方ないだろう? お前が閉じ篭っていた間の勉学の遅れや接待が詰まっている」

「わかっているよ」

 団長に言われてフィアはシュンとなったものの我儘は通さなかった。

 これも仕方のないことだ。王位継承者とそれを捨てた者ではその立場も責任も違ってくる。ミゲルほどの自由は許されない。

 私は気落ちしているフィアに声を掛ける。

「代わりにと言ってはなんだけど、フィアには誕生日プレゼントでウチのお抱え鍛治師、ウェルムの短剣を持って来たよ。陛下にお預けして置いたから後で陛下から貰って?」

「ウェルムのっ! 魔人化したへネイギスの腹を切ったっていうあの短剣っ⁉︎」

 伝えるとフィアが物凄い勢いで食いついて来た。

「よく知ってるね」

「叔父上から聞いたんだ。嬉しい、ありがとう、ハルト。大事にする」

 すごく嬉しそうだ。だけど、

「大事にしてくれるのは嬉しいけど、ちゃんと使ってね。道具は使ってこそ生きる物、折れたら言ってくれればウェルムに修理してもらうから」

 仕舞い込まれては道具は錆びて行くだけだ。

「いいなあ、兄上」

「ミゲルも剣の腕が上がったら、その次の誕生日の時にプレゼントしてあげるよ」

「本当かっ」

 はい、こちらも食い付いた。

 これでミゲルは剣の稽古にも多少なりとも身がはいることだろう。

「約束するよ。剣の扱いについて団長の合格がもらえたらね」

 一応刃物だし、切れ味は相当いいからやたらと振り回されても困る。

 そんなふうにフィア達と会話をしていると不意に少し離れた場所からこちらをジッと見ている女の子が目に入った。

 王宮のこの中庭まで入り込める幼い女児となれば、多分、あの子がこの国の第二王女、陛下が私に輿入れさせようとしていた子供だろう。

 私の視線に気がついたのかフィアが教えてくれる。

「妹のミーシャだよ。ハルトに会いたがっていたんだ。連れて来てもいい?」

 この場合、流石に駄目とは言えないだろう。

 私が二つ返事で了承するとフィアがその子をこちらに連れてくる。

 身長はほぼ同じ、私の方が若干高いくらい。

「貴方が兄様達が言っていたハルト?」

 上から目線のやや高圧的な物言いは甘やかされている証拠だろう。

 高飛車とまではいかないが、王女ということもあるので仕方なかろう。

 私は適当に愛想の良い笑顔を貼り付けて貴族らしく挨拶する。

「はい、お初目にお目にかかります、お姫様。ハルスウェルト・ラ・グラスフィートと申します」

 以後よろしくされたくないので、それはわざと端折った。

 値踏みするような視線で上から下まで眺めると王女殿下は口を開く。

「お父様やお母様、お兄様達まで騒ぐからどんなに凄いのかと思っていたけど案外たいしたことないわね」

「ミーシャッ」

 慌ててフィアが妹を止めようとしたが必要ない。だってそれは事実だ。

 私は動揺もせず、笑ってそれを肯定する。

「ええ、そうですよ。凄いのは私ではなく、私を支えてくれる者達ですから。貴方はよくお分かりになっていらっしゃるようですね」

 それくらいのことで狼狽えはしないし、散々馬鹿にされたこともある。 

「怒らないの?」

「どうして怒らなければ? 事実は事実でしょう?」

 あっさり笑顔のまま肯定した私に王女は俯いた。

「・・・嘘よ、本当はそんなこと思っていないわ。叔父様から話は聞いているもの」

「ミーシャ、顔が赤いぞ? 熱でもあるのか?」

「うるさいわね、ミゲル兄様っ、余計なことは言わないで頂戴」

 進歩しているとはいえ、女心を察することができるようになるのはミゲルにはまだ先のようだ。女の子がこんなふうに俯いて小声で話す時は決まりが悪い時が殆どだ。

「ミーシャは意地っ張りだなあ。ハルトが綺麗だから見惚れていたんだろう?」

「フィア兄様までっ、私は別にっ、ただ御礼を言いに来ただけよっ」

 どうやらフィアもその点についてはまだまだか?

 いや、これは可愛い妹を揶揄いたいだけだろう。目が笑ってるし。

「ブランコにスウェルト染め、ガラスのブローチに蒸しパン。全部ミーシャのお気に入りだよね?」

 ああ、それで。

 それを作った私に興味を持ったのか。

「そうですか。それは良かった。今日も陛下に新しい商品をお届けしておきましたのでよろしければまた後でご覧になって下さい」

 じゃあ今日持ってきた物もきっと気に入ってくれるだろう。

「フィア、その後、調子は?」

「凄く体調も気分も良いよ。ハルトの料理が時々恋しくなるくらいで」

 やはりね。

 これもあって用意して、父様達に運んで貰ったのだから。

「団長の御宅にお邪魔すれば懐かしい味があるよ。マヨネーズや照り焼きソースを御土産に置いて来たからね。ロイが料理長にレシピを幾つか教えといたから同じとはいかないまでも似た味には出会えると思うよ?」

 そう伝えると二人の王子は即座に視線を団長に向け、躙り寄る。

「わかった、わかった、落ち着いたら俺んとこに連れてってやる」

 そんなに食べたかったのか。

 私のところでは色々な食事を出していたけど圧倒的に和食系が多かったっていうのもあるのかも。ミゲルは特に食い意地張ってるしね。でも本当にフィアとミゲル、随分と仲良くなったな。王座を取り合う必要が無くなったというのも大きい理由なのだろうけど。

 微笑ましくその様子を見ていると隣にいた王女が面白くなさそうな声で言った。

「貴方は私に興味がないの?」

 つい忘れていた。

 静かだったというのもあるけれどあまり関わりたくなかったし。

 だがここで『はい、そうです』と答えるわけにもいかない。

「失礼しました。殿下達と久しぶりにお会いしたので、つい」

 悪気はなかったと伝えると睨み上げられる。

「・・・私に興味がないのかって聞いてるのよ」

 注目されるのも、貴族子息にチヤホヤされるのも慣れて、それが当たり前になっているのだろう。王女となればそれだけでも言い寄る者は山程、しかもお妃様達に似てすごく可愛らしい。

 でも残念、私は貴方に然程魅力は感じない。

 所詮子供は子供。可愛いとは思うがお近づきになりたいとは思わない。

 これが気を引きたいだけの『構ってちゃん』の行動ならそれも可愛い。

 だがあの陛下の子供だし。高飛車なところも私的にはアウトだ。

 それを正直にいうわけにもいかないので遠回しに他の理由を用意する。

「興味と言われましても。ミーシャ様と私は初対面ですし、お話する内容もそんなには・・・」

「みんな私のことを可愛い、綺麗だって言って褒めてくれるし、色々話かけてくれるわ」

 でしょうね、間違いなく。

「お可愛らしいとは思いますよ。ですが特に話題もありませんし。不調法者な田舎者で申し訳ございません」

「私は王女よ?」

「ええ、知っています。先程フィアに紹介して頂きましたから」

 私からすれば、『それがどうかしましたか?』である。

 権力に興味のない私からすればむしろ面倒事でしかない。

 自分の望む反応を得られない王女は私を睨み据える。

 それを見ていたフィアがクスクスと笑って言う。 

「ミーシャ、ハルトは地位や権力に興味がないんだから他の者と同じ対応を期待しても無駄だよ。爵位を取り上げるぞってミゲルが脅した時、ありがとうございますって言ったくらいなんだから」

「兄上っ」

「わかってるよ、もう二度とミゲルはそんなこと言わないよね」

 そういえば、そんなこともあったね。

 呆れた様子でミーシャ王女が口を開く。

「貴方、馬鹿なの?」

 正直だなあ。そういうところはまだスレていないのか。

「そうですね。貴族でいたいのであれば馬鹿な所業でしょう。ですが、私の仕事は身分などなくても充分できるものですから貴族の義務がなくなるならそれも悪くないかと思いましたので。私は私を支えてくれる者が側にいてくれるならそれで構いません。貴族でも、平民でも」

 身分などに興味は無い。むしろない方が気楽だ。

 そう私が言葉を返すとやや後ろに控えていたイシュカが微笑む。

「私はどちらでも構いませんよ。貴方の側に置いて頂けるなら充分です」

「ありがとう、イシュカ」

 そう御礼を言うとフィアとミゲルがうっすらと赤くなった。

「・・・なんか、雰囲気違うよね?」

「ああ、婚約したんだ。今、私には三人の婚約者がいる」

 フィアに問われて私がアッサリと告げると二人とも目を剥いて叫んだ。

「婚約っ」

「四日前に婚約届けを出した。結婚は私の成人を待ってからになるかと思うけど。今日は陛下にそれも報告に来たんだ」

 ってことで良かったんだよね?

 一応フィア達にも報告しておけば念押しにもなるだろう。

「だ、誰っ、私の知っている者か」

「ええ、ロイとマルビス、そしてここにいるイシュカだよ」

 すかさず探りを入れてきたミゲルに応じると私はイシュカに視線を向ける。

「イシュカには私のパートナーとして今日は出席してもらうつもり」

「男ばっかりだね。そういえばハルトは男女どちらでも良いと前に言ってたっけ。女性だと確かステラート辺境伯夫人のような方が好みだって」

 思い出したようにフィアが口にする。

「そうだね。男ならイシュカ達のような落ち着いた仕事の出来る人が好みだよ」

「申し込んだのはどちらからなのだっ」

 興味津々なミゲルにイシュカが答える。

「私からですよ、ミゲル殿下。張りあってつい私達三人同時に申し込んでしまったのですが、選べないとハルト様が仰ったので、ならば三人纏めて受けて頂けないかと申し上げました」

「それでいきなり三人の婚約者か」

 納得したのかミゲルがイシュカを見上げる。

「物好きが多いよね。わざわざ私を選ぶ必要もないと思うんだけど」

「貴方は本当に自己評価が低いですね。貴方のお側に置いて頂けるなら私はそこの席に何人座っていようと気にしません。独り占め出来るような御方だとは思っていませんから」

「三人揃って同じこと言うんだもの」

「貴方の才能と財力があれば百人の側室だって持てるでしょう?」

 マルビスも同じこと言ってたね、そういえば。

「そんなにいらないよ、三人だって多いと思うくらいなのに」

「年頃になれば他に女性をお迎えしても良いですよ? 貴方の子供なら皆可愛がるでしょう」

 しかし複数の嫁ならぬ婿を抱える私のところに嫁に来ようという物好きがいるかどうか定かではないが、確かに。

「なんか想像つくかも。ロイ辺りは極甘になりそうだよね」

「でしょうね、私も人のことを言えないでしょうが」

 イシュカも可愛がる気満々なんだ?

「う〜ん、でも今のところそんなに必要性を感じないかな。三人いるのだって充分贅沢だもの」

 今のところ特に欲しいとも思わない、百人の側室なんて面倒そうだ。

 既にハーレム状態、いや、逆ハーレム状態なのか?

 彼氏いない歴通算四十年超えだった私の、最早想像の域を超えている。

 大丈夫なのだろうか?

 まあ婿を貰う(貰われる?)のはまだ当分先なのだし慌てることもない。

 実際不安しかないのだがマルビスにいいように丸め込まれた気がしないでもない。以前冗談でそう考えたこともあったけど、まさかそれが本当になろうとは。


「なんか、惚気を聞かされている気分だよ」

「だろう? ずっとこんな調子だ。見ているこっちが恥ずかしくなる」


 フィアと団長が呆れた様子でため息を吐いていたけど、この際それもどうでもいいことだ。

 昨日はこれ以上の羞恥ものの状態で街中練り歩きましたから。

 向けられる視線の実に生温かかったこと。

 今更である。



 陽もだいぶ傾き始めた頃、父様達と落ち合うために用意されたエントランス付近の控室でイシュカと二人で待っていた。フィア達のところに案内してくれた後、暫くして団長の姿は見えなくなった。今日は警備も大変だし、ゆっくりもしていられなかったのだろう。団長も出席するだろうし、フィア達とも二刻ほど前に支度があるからというのでまた会場で会おうと一旦別れ、ここに来た。二つ隣の部屋は御者達の待つ部屋だ。父様達はそこを通り過ぎ、この部屋で合流することになっている。私達の部屋の前には父様の顔を知っている以前王都から戻る時に護衛をしてくれた団員達が警備のために立ってくれている。今日は会場内はパーティに招かれている者以外の騎士達はみんな式典用の白い団服だ。デザインは近衛も討伐部隊も変わらないのだがマントの色が所属の部隊を示している。

 そういえば私の連れとしてもう一人護衛を捩じ込むと言っていたけれどいったい誰が来るのだろう。会場で付く人とは別に父様達と一緒に来ると言ってたから、多分私の知っている人なのだろうけど。多分団員の誰かかな。緑の騎士団には貴族出身が多いし、結構関わりもあるから連れとしての理由付けもしやすいだろう。ウチの護衛達は三男以降が多いから貴族出身であっても今は殆ど平民扱いなので連れて来た六人は候補から外れてしまうだろう。私が知らない人が来る確率は低いだろうし。

 そんな事を考えながら待っていると扉がノックする音が聞こえた。


「御連れ様が見えました。入って頂いても宜しいでしょうか?」


 来たっ! 

 どうぞと返事を返すと扉が開く。

 誰だろうと思って思わず身を乗り出すと肩の辺りまである髪を横で結え、僅かに前髪を額に垂らし、残りの髪はキッチリと上に上げられ、眼鏡の奥の切れ上がった涼しげな目元、輝く金色にも似た琥珀色の瞳、漆黒のタキシードにダークグレーのドレスシャツ、瞳と同じ輝く琥珀色のブローチ。綺麗な、と言うより端正と言うべきその人は間違いなく私のよく知る人物だった。


「ガイッ、なんでここにっ⁉︎」

 イメージも雰囲気もまるで違うけど、扉を閉め、歩み寄って来た人物は間違いなくガイ。よく見れば掛けている眼鏡はロイのものだ。いつもの野生味のある印象が払拭され、上級の貴族にも見えそうな上品な出立ちだ。

 カッコイイ、すっごくカッコイイのは間違いないけど。

「なんでって、護衛に決まってんだろ」

 ムッとしたようなガイの物言い。

 参加をみんなに確認した時、あんなに嫌がっていた。

「だって、ガイは城はゴメンだって・・・」

 信じられなくて思わず確認するとガイは不機嫌そうに顔を歪める。

「ああ、ゴメンだね。実際、来る気なんてなかったよ、御主人様の身に危険が及ばない限りはな」

 ってことはつまり、 

「私の、ために?」

 王都までは妥協しても城に来るのだけは断固として拒否してたのに。

「他に何があるっつうんだよっ、ったく、ウチの御主人様はどうしてこう厄介事を引き当てるんだ? 世話が焼けるったらないぜ。それよりもムカつくのはマルビスのヤロウだ。全部見越して服まで用意していやがって、いつの間にこんなモン作らせててたんだ? またピッタリなところがハメられたみたいで頭にきやがる」

 私は感激したのだが、すぐにガイがいつもの調子でボヤキ始め、変わらぬガイの様子に思わず笑みが漏れる。ここに入って来た瞬間はあまりに雰囲気が違いすぎて戸惑ってしまったけど、やっぱりどんな時でもガイはガイだ。

「そういえば、ステラート領の洋品店でガイのサイズ、こっそり測らせてたみたいだよ。まさかタキシードまで用意しているとは思わなかったけど」

「あん時かよっ、クソッ」

 マルビスの先を見越して用意しておく辺りは流石としか言いようがない。そういえば一流の商人というものは言われてから用意するのではなく、先んじて入り用な物を用意しておくものだと言ってたっけ。

 実に癪に障るとばかりにイラついて親指の爪を噛むガイ。

 ガイにとって凄く不本意なんだろう。だけど、

「ごめんね。でもありがとう。本当は少しだけ心細かったんだ。イシュカがいてくれるから大丈夫だって思ってたんだけど、今までこういう時はいつも二人一緒にいてくれたから」

 何かに立ち向かう時はイシュカと二人で側に居てくれた。

 だからすごく安心出来た。

 不安ではなく、寂しいっていうのが正しいかな。

 私が嬉しそうに見ているとボソリとガイが呟いた。

「・・・他に何か言うことあんだろうがよ」

 えっ、他? 

 謝罪も御礼の言葉は言ったし、他に何か言い忘れてたこと?

 じっとガイを見つめていて、プイっと横を向かれ、気がついた。

 そうだ、いい忘れてた。

「その服、似合ってる。最高に素敵だよ」

 私が微笑んでそう言葉にするとニヤリとガイが笑う。

「イシュカよりもか?」

 イシュカ?

 そんな事を聞かれても困る。

「どっちも同じくらい素敵だよ。だって二人は私の英雄(ヒーロー)だもの」

 私が心細い時にいつも側に居てくれる。

 危険な中にも一緒に飛び込んでくれる、心強い最強の仲間。

 そういうとガイは嬉しそうに言う。

「英雄か。『グラスフィート領の英雄』にそう呼ばれるのは悪い気はしねえな」

「ですね」

 イシュカも頷いて楽しそうに笑う。

 危ないところでも楽しんでついて来てくれる二人は私の心強い味方なのだ。

「会場内ではリュートと呼べ。喋るとボロが出るから俺のことは無口な男で通せ。ウチの親父達が来ていないのは名簿で確認済みだが俺のことを知っている奴がいると面倒だ。雰囲気は変えて来たから大丈夫だとは思うが俺の本名はバラすなよ」

 身元がバレるのは後々の事を考えると下策。

 私は大きく頷いた。似てる程度なら他人の空似で通せる。もともとガイはこういうところからは逃げたがる性格だ。まさか変装(?)してパーティに潜り込んでいるとは思わないだろう。

「本当、いつもと違うね。今日のガイは凄くカッコイイと思うけど、やっぱ私はいつものガイの方が好きかな」

「へえ、そりゃあ結構物好きだな」

 そうかな? 私は別に外見でガイを選んだわけじゃない。 

「ガイは思ってることそのまま飾らず口に出してくれるし、私のことを私のまま見てくれているでしょう? 等身大のままの私でいられる。だから安心するんだ、ガイの側は」

「そんなこと言ってると隣の婚約者殿がヤキモチ妬くぞ?」

 揶揄うように言われて横を見るとイシュカはすました顔で言う。

「大丈夫です。私は今朝山程褒めて頂きましたから」

「ああそうかよっ」

 真顔でそう切り返されてガイがムッとして言い返す。

「んじゃホレッ、手ェ出せ」

 そう言って右手を差し出され、私は思わず御手(おて)状態で左手をガイの掌に乗せる。

 するとポケットから何かを取り出すと私の指に嵌める。

 昨日マルビスが買った琥珀の指輪だ。

「これで俺が側に居ても怪しまれずに済むだろ? 婚約前の四番目の恋人って設定で頼むぜ?」

 そういうと私のエメラルドの耳飾りを取ると自分の耳に付ける。

 護衛ではなく恋人設定なのか。

 その方が確かに怪しまれないかもしれないけど、となると私は六歳にして三人の婚約者の他にも恋人を持つ、随分と気の多い男ということになる。同性婚も重婚も許されているとはいえこの調子では私は成人するまでにいったい何人の婚約者や恋人を持つハメになるのか。嫌いじゃない、むしろ好意を抱いている相手とはいえ、恋とも呼べないままなのにいったいどうなるのかある意味先行きは不安だ。

「でもガイがここに来たってことはそれなりに危険なんだ?」

 嫌だと言っていたガイがここに来るということは普通でないと見るべきか。

 私が尋ねるとガイは不本意そうに口を開く。

「正直わからねえ」

 わからないとは?

 私が首を傾げるとガイは先を続けた。

「わからねえからタチが悪いんだ。調べても尻尾を掴ませるどころか影も掴ませねえ。今回は時間もなかったから仕方がないっていやあそれまでだが、王都と伯爵のとこは証拠隠滅に成功しているからな。ヤツらが仕掛けて失敗しているのは俺らのとこだけだ。今回もコトを起こしてくるかどうかはわからねえ。むしろ仕掛けてくりゃあ尻尾も掴めるかもしれねえが、相当に用心深いヤツだ。気をつけろ」

 なるほど。高利貸しを相手取った時も結局正体は掴めなかった相手。

 それも王都とウチの領地に同時に仕掛けてまんまと証拠隠滅に成功したヤツだ。

「わかった」

 今までの中でもとりわけ注意すべき相手ということか。

「父様達は?」

「扉のすぐ外だ。伯爵んとこのチビスケ共と夫人には俺がガイだってバレてねえから。団長の遠縁ってことになってる。そこんとこよろしく頼むぜ」

 家族で知ってるのは父様だけか。

 でもなんでだろう。黒髪も琥珀色の瞳も隠していないし、幻惑魔法をかけているわけでもないのにどうしてみんなガイに気づかなかったのか不思議だ。

「なんでかな? 私はすぐわかったけど」

「私も貴方が言われるまで気が付きませんでしたよ、印象が違いすぎて。どこかで見たことあるなあとは思いましたけど」

「絶対知ってるヤツに俺だとバレないようにしてくれって言ったらロイとマルビスのヤツが面白がって二人して手ェ加えやがったんだよ。一瞬で見破ったのは御主人様だけだぞ」

「? 私にガイがわからないわけがないでしょう」

 何を言っている。

 ガイはガイだ。

 私はガイがどんな格好していたって見破る自信がある。

 そう言うとガイは一瞬面食らったように目を見開くと嬉しそうに笑った。 

 でも、

「とびきりのハンサム二人を独り占めしてたら会場のお嬢様方に睨まれそうだね」

 私は並んだ二人の間に立つとその腕に手を掛ける。

 主役のフィアには悪いけど会場の御婦人方の話題は頂きかな。


「・・・やっぱりわかってねえよな」

「何が?」

 ボソリと呟くように言ったガイに私はそう尋ねる。 

「いや、睨まれるのは御主人様だけじゃねえってことだ。なあ、イシュカ」

「ええ、そうです。それは私達もですよ」


 どういう意味だ?

 まあいいや、私には心強い味方が沢山いる。

 怖くなんてない。

 私の大事な人達の生活を脅かす輩を許してなんかやるものか。

 私達は扉を開け、パーティという名の戦場に向かった。


 


とうとう百話目です。

ここまでお付き合いただいて下さっている方々に感謝致します。

書き始めた当初は恋愛ものの予定だったはずが随分ズレてしまったような気が・・・

ですが楽しく書いています。


沢山のいいね、評価、ブックマークありがとうございます。

是非これからもお付き合い頂けると嬉しいです。

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