第九十九話 取引とは等価であるべきです。
翌日、朝からロイに身支度を手伝ってもらいながら登城の準備を整えると城から迎えがやって来た。
フィアへの贈り物とマルビスから手渡された王妃様方への献上品を積み込むとイシュカと一緒に城に向かう。当然ながらイシュカの私の扱いは婚約者に対するソレだ。
燦然と右手には三つの指輪が輝き、この日のために仕立てた白の礼服を纏うと閣下から贈られたエメラルドのブローチで中に着た深いフォレストグリーンのドレスシャツの胸元を留め、エメラルドの耳飾りは片耳だけ、イシュカと二人、一組のそれをお揃いでつけるという徹底ぶり。とはいえ、式典用の白い騎士服もカッコ良かったがイシュカの礼服姿は見惚れて呆けてしまったほどには素敵だった。胸には私が贈ったキールデザインのエメラルドの首飾り。
「このような格好は初めてなので、似合っているかどうか心配なのですが」
照れたように言うところがツボってしまい、思わず、
「すっごくカッコイイよ」
と、大声でそう言ってしまってハッとする。
これってまさしくイチャラブカップルのやり取りではっ⁉︎
カーッと顔に血が昇るのがわかったが嬉しそうにはにかんでありがとうございますというイシュカを見ると益々恥ずかしくなって来た。
その様子を見て団長が呆れたように溜め息を吐いた。
「昨日はこれでもお前達に望まぬ選択をさせてしまったと些か良心が咎めていたのだが、要らぬ気遣いだったようで安心したぞ」
「本当に嫌いな相手ならあんな選択肢選ばずバッくれて潜伏するよ」
別にずっと逃げてる必要はないんだから何年かほとぼりが冷めるまで隠れていても良かったんだ。リゾート計画もあるので実際には後のことを考えるとそれもできなかっただろうけど。
「ならば良かった。俺らはイシュカがいてくれたお陰で国にとっての貴重な人材に逃げられずに済んだわけか」
「私は子供はお断り。歳上が好きなの。大人っぽくて思慮深い、優しくて仕事ができる人が好みなんだから。私が成人したら同じ年くらいでも構わないけど」
この際遠回しではなくハッキリ言っておいた方がいいだろう。
次から次へとこんな話を持ち込まれても困る。
「なるほど。確かにお前の言動を見ていると同じ歳では不足かもしれんな」
団長が私を見てふむっと考え込む。
子供らしくなくてすみませんねっ!
なにせ中身は前世プラス今世でトータル四十歳超えですからっ!
とは言えないけど。
「なんの話をしているんだ? ハルト」
そんな話をしていたら背後から父様の声が聞こえて振り返る。
パーティ仕様ではないけれどお出掛け用の服に着替えた父様がそこにいた。
「あれっ、父様。私達の見送りでは、ないですよね?」
「用があると陛下に呼ばれてな、お前と一緒に城に行くことになった」
何、それ。
またなんか起きたんじゃないでしょうね?
そう思って団長を睨み見上げると団長は難しい顔で答えた。
「少しばかり問題が発生した。詳細は城に着いてから話す。フィアのところに連れて行く前にお前には伯爵と一緒に陛下に会ってもらう。伯爵は話が済み次第またここまで送り届ける。まずは馬車に乗れ、話はそれからだ」
・・・やっぱり。
この手の嫌な予感は外したことがない。
ここ最近は少しだけ平和だったのに、なんでこうなるのか。
団長と父様、そしてイシュカと私は馬車に乗り込むと団長は周囲に聞こえないように小声で話し始めた。
「実はな、夜明け前にガイが連絡に来たんだ」
王都に付いて来るのを嫌がっていたガイが来たということはそれなりのことが起きたと見て間違いない。
「何かあったんですか?」
「この間のお前達が違法な高利貸しを捕らえた一件があっただろ」
メイベック叔父さんの借金が発端になって発覚したアレか。
「一味は全て捕縛したはずですよね? 何人かの貴族が関わっていた疑いがあるので取り調べが行われていたのでは?」
「ああ。あのようなチンピラ風情だけであのような手の込んだことが出来る筈もないと疑っていたのでな。伯爵領での取り調べが行われた後、主犯となる五人が先日、王都に護送されたことは知っているか?」
「ええ、父様から一応は。下っ端十人は罪状が決まるまでウチの領地の牢にぶち込まれていると聞いていますが」
罪人の取り調べは私の仕事ではないからお願いしたのだが関わったのだからと連絡だけは受けていた。
脱走されたというのなら別だが大罪人の末路など私の知ったことではない。
それでソイツらがどうしたというのか。
私はたいした興味もなく話を聞いていたのだが、
「昨夜、グラスフィート領でその聴取を保管していた詰所で書類を焼くボヤ騒ぎと使われていた娼館で火事が起こった。そしてその件で捕らえていた全員が殺害されたんだ。王都にいた奴も含め、詐欺で捕まっていた女も一緒にな」
それを聞いて私は思わず馬車の中で腰を浮かせた。
「ウチの牢屋にいた下っ端も全てですか?」
「そうだ。ガイは俺にお前達に報告してくれと伝えるとすぐにまた出て行った。獣馬では目立つから馬を貸せとも言われたが」
フットワークが軽いというか、判断と行動が早いというか、流石だ。
でなければ諜報活動などできないだろうけど。
「そこでパーティでは一応お前の連れとしてもう一人護衛を捩じ込むことにした。伯爵達には近衛から招待客に紛れ込ませて護衛を付ける。目印は後で教える。また何かガイから連絡が入ったらすぐにこちらに知らせるようにとウチの団員を俺のところに待機させてある。詳しい話は陛下のところについてからだ」
つまり私はまた面倒事を引き当てたわけだ。
普通はこんなにしょっちゅう陛下に拝謁できるものでもないよね。
ありがたくもない状況に私はまたかと深いため息を吐いた。
「さて、早速だがバリウスからおおよその話は聞いたか?」
連れて行かれたのは初めて招かれた部屋より狭い、以前団長と一緒に来た時に入れてもらった執務室より若干広い程度の部屋。一段高い場所にいる陛下の隣には宰相とその周りのは五人の護衛がいた。
私達がその部屋に通されると扉は閉められ、挨拶もそこそこに陛下は話を切り出した。
「はい、ですが詳細まではまだ伺っておりません。こちらに着いてからお話しいただけると」
団長のことだから相当話を端折っているだろうし。
「そうか、ではまずは王都で起こったことから報告させよう」
そう陛下が仰ると宰相が歩み出て話し始めた。
事の起こりは詰問所の火事。監獄送りの決まった囚人達の牢屋から少し離れているとはいえ同じ敷地内にあるそこから火の手が上がり、今日のパーティの警護人員に人手を多く割かれていたために昨日は手薄になっていたらしい。とはいえ、キッチリと脱獄、脱走されないための周辺警備、見回りはしっかりいつも通りに敷かれていた。削られていたのはそれ以外の兵、詰所職員や面会希望者対応の職員など。だがいつもより人目が少なくなっていたのは間違いない。そこで起きた火事で警備人員は消火作業に周り、その隙を狙って入り込まれたということだ。火事だ、急げと騒ぎ立てる中、牢にまで煙が充満、囚人達も自分達は見捨てられ、焼け死ぬのではないかとパニック状態になり、碌な目撃者も出さずにまんまとその六人は殺害され、その犯人は逃亡した。
よくある使い古された手とはいえ、実に効果的。
離れた場所の火事ならば牢にまで煙が入り込むこともない。警備兵が牢に駆けつけた時は既に立ち込めていたはずの煙も消えて匂いと焚き火の後だけが残っていた。
普段なら夜勤の職員が駐在しているのですぐに消火され、こんな大騒ぎにもならなかったのだろう。だが王子のパーティで人手が駆り出されているこの時期を狙い、王都とウチで同時にコトを起こすコトで両方を警戒される前に始末したわけだ。どちらか一方だけ先に片付けてからとなればもう一方の警護が厳しくなる。
そして団長がガイから受けたという報告は、グラスフィート領でも起こった聴取を保管していた詰所で書類を焼くボヤ騒ぎと使われていた娼館で火事。そして牢屋にいた関係者の死亡。父様と私が揃って王都に出立して留守になっているこの時期が狙われたわけだ。あちらはサキアス叔父さんが母様達と一緒に指揮を取ってくれているらしい。
そして狙われたのは父様のところだけではない。ウチの方もだ。
関係者、つまり娼館勤めしていたお姉様達だ。
幸い、ウチは不届者や泥棒避けの幾つかの単純な仕掛けをしているのですぐに警備兵が気がつき、大事にはならなかったそうで、ガイはすぐにその状況にピンと来て、警備兵と団員達に協力を仰ぎ、お姉様方を私の屋敷に移動させ、警備人員を増やし、自分はガイアに飛び乗り、王都まで報告に走って来たそうだ。そしてその後も情報収集に向かったらしい。
それを聞いて団長はすぐに団員を私の屋敷まで警備としてニ十名ほど追加派遣してくれたそうだ。
「お前には散々世話になっているからな。それに彼女達は大事な証人でもある。今は近衛は回せないし、俺の団員も詰めているところで不手際があってはウチの評判にも関わる。お前らが帰るまではしっかり守れと伝えてあるから代わりにお前らが戻ったら何か美味いモンでも食わせてやってくれ。俺ばかりお前のメシを食ってズルイと散々言われたからな」
そう言えば団長のとこの食堂の御飯は不味いと有名なんだっけ。
以前よりは改善されてきているらしいけど。
「それくらいならお安い御用です。帰ったら腕によりをかけて料理を振る舞うことにします」
ではマルビスに言って地下に買いだめ、保存してあるお酒も出してもらおう。
ウチは男所帯で飲兵衛も多いので地下に大量のお酒をストックしている。
「それで、何か情報はあるのですか?」
「いや、今のところ目ぼしいものはない。証拠隠滅を狙ってのことだろうがパーティ前後の間でもお前らが狙われる可能性が出て来た。だが一番話題の中心である人物の欠席はいらぬ不安を招く。そこで二人には護衛を招待客に紛れ込ませ、付けることにした」
尋ねると団長がそう教えてくれた。
要するに敵の尻尾がまだ掴めないから周囲に気をつけろということか。
団長はゴソゴソと胸元を漁ると一枚の布切れを取り出した。
それはウチの商品、スウェルト染めの布の切れ端だ。
「これだ。これと一緒の物をポケットチーフとして挿して持たせる。会場ではお前達に近づいた時、さりげなく見せるように申し伝える。担当警備の者が買収されても困るので寸前までは誰にするかは決めない。二人ともそのつもりで頼む」
確かにそれはまだ市場に殆ど出回っていない。目印には最適だ。
「承知致しました。では私は今日のパーティが終わり次第、護衛と馬で一足先に領地に戻ることに致します」
父様が頷いてそう答えると陛下がそれを止める。
「いや、悪いがもう一日滞在してくれ。バリウスが警護人員を派遣したと言うならそこまで急ぐ必要もなかろう。こちらからもその狙われたという女性達に聞きたいこともある。王子のパーティ翌日ではまだ人手も入り用だ。すぐに近衛や衛兵を同行させるのは難しい。予定通りの出発で頼む。ただ、伯爵には悪いが狙われる可能性があるので王都観光などの外出は控えてくれ」
「御意に」
あ〜あ、兄様も姉様も楽しみにしていたのに。
それも仕方がない。チャンスは今回だけじゃないし、諦めてもらうしかないか。
あれっ? でも私には外出禁止とは言われなかったよね?
まあ私は捕らえはしたけど取り調べには関わっていないし、表に名前は出していない。
人手は欲しかったけど手柄が欲しかったわけじゃない。
サキアス叔父さんの実家にいらぬチョッカイをかけたアイツらの自業自得。
「では伯爵はもう一度バリウスの屋敷まで送り届るよう手配してくれ」
話は終わったとばかりに陛下は隣にいた護衛騎士に指示を出す。
用がないなら私もさっさと退室してフィアのところに行こうと父様の後に付いて行こうとしたところで陛下に呼び止められた。
「待て、ハルスウェルト、其方にはまだ話がある」
一瞬、ゲッと口から声が出そうになった。
この国の最高権力者、一番偉い人なのだとわかってる。わかってはいるが私はこの人が苦手だ。感情を読ませない変化に乏しい表情も、ジッとこちらを観察し、見透かそうとする視線も。国王というのはこういうもので対面する相手に簡単に本心を悟られるようでは駄目なのだろうけど、私は苦手だ。ガイがよく腹黒と言っているけれどこうして相対していても何を考えているのかさっぱりわからない。いつもこっちの思惑通りに事が運んでいるように見せていつの間にか陛下の掌の上。
いつか王位を継いだらフィアもこんなふうになるのだろうか。
少なくとも私には無理だ。
いったい何を言うつもりなのかと身構える。
呼び止められた理由の察しはつくけれど。
父様の後についてと言わず、一目散に駆け出すべきだったか?
いや、流石にそれはマズイだろう。
仕方がないのでもとの位置に戻るとイシュカと一緒に次の言葉を待つ。
「其方、王女達との縁談が嫌でそこのイシュガルドと他二名の平民と婚約したそうだな?」
やはり、言いたいことはそれか。
選択権を与えられてのこととはいえ、思い切り陛下の用意した選択肢以外を選んでしまったわけなので多少の嫌味は覚悟していたけれど。
「それについては文句は言わぬ。もともと其方とも縁談は押し付けぬ約束をしていたからな。ただ婚約届は受理させたが他国の使者の手前もある。日付けは彼らの到着前でなくては問題にならんとも限らぬので本日より四日前にしてあるのでその辺りはよろしく頼む。
しかし其方はそんなに国政に関わるのは嫌か?」
多分私の性格を読んだ上であの三つの選択肢を用意したのだろう。
自分の娘を選ばせるために。
ところが私が選んだのはそれ以外の四つ目の選択肢。
だが『はい、嫌です』と、ここで素直に言って良いものなのか。
私がなんと答えて良いものかと冷や汗を流していると団長が小さくククッと笑う。
「陛下、先程ハルトに聞いたところによると子供は守備範囲外だそうですよ。落ち着いた仕事のできるヤツがコイツのタイプらしいです」
いやまあその通りなのだけれど、ハッキリ言って良いものなのか。
だが陛下は団長の言葉に納得したらしい。
「確かに其方の大人顔負けの言動では同じ年頃では物足りぬかもしれん。その話を聞けばそこにいるイシュガルドとあの平民二人は間違いなく其方の好みというわけか。以前、色気のある才媛が好きだと聞いていたはずだが」
陛下も団長と同じような事を言ってるなあ。
「それは女性ならばです。私は性別に拘りはありませんので」
好みと好きは違うだろうが、どうあっても選ばなければならないというなら好みでないよりは好みの方が良いに決まっている。見たこともない三人の幼い王女より間違いなくイシュカ達の方が良い。成人まで長い間待たせることにはなるだろうけど、まさか一人で充分だと思っていたのに三人も、しかも嫁ではなく自分よりも年上の婿を貰う(?)予定になるとは想像も出来なかったけれど。
「成程な、ではそれも仕方あるまい。其方を義理の息子に持てなかったのは非常に残念なところではあるが」
私はホッとしてますよ、陛下が義父にならなくて。
「あの、陛下、失礼ながら私を呼び止めたのはそれを聞きたかったからですか?」
「いや、我が娘を袖にした理由に興味があっただけだ。本題はこれからだ」
あっ、そうですか。そりゃそうですよね。
自分の娘というのは大概において親からすれば一番可愛いものだ。
しかも王女というとっておきのプレミア付き。仮に性格に難があったとしても普通の貴族ならまず断らない。親に命令されて嫁取りが決まるところだろうし。多分リゾート開発の件がなかったら間違いなく私の希望を聞かず縁談は纏っていたに違いない。
陛下はひと呼吸置くと話を続けた。
「今回の件でバリウスがガイという者に報告を受けた時に何故賊の侵入に気が付いたのかと聞いた時、其方の仕掛けに引っ掛かって派手な音が鳴ったからだと言っていたのだが、どういうことだ?」
つまりウチの防犯体制に興味があったということか。
別にたいしたことをしているわけではないが、私は陛下の横にいる護衛達をチラリと見た。
「あの、防犯上、あまり多くの者に聞かれるのはちょっと」
どこでどう漏れるかわからない。知られて対策されるのも困るのだ。
ああいうものは定期的に変える必要もあるだろう。
賊を捕まえ損ねたら次回対策をして挑まれてはかなわない。今回取り逃したというならまた何か新しいものを仕掛けておくべきか。
私がそう言うと陛下は周りにいた護衛達を外に追い出し、さあ話せとばかりにこちらを見た。
部屋に残っているのは陛下と宰相、団長とイシュカと私だけ。
確かにこのメンツならバレても問題ないわけなのだが。
仕方ない、知りたいというなら話すしかないか。
私は一呼吸おいて口を開いた。
「派手に鳴ったというなら多分賊がワイヤーに体のどこかを引っ掛けたか、もしくは女子寮の庭に敷いてある砂利を踏んだせいではないかと」
説明を端折り過ぎたのか陛下が眉間に皺を寄せる。
どう説明したものかと迷っていると団長がイシュカに視線を向ける。
私に説明させるよりもイシュカに聞いた方が早いと踏んだのだろう。
まあその通りだけど。
「ハルト様は女子寮の塀近くの内側に妙な男が夜這いをかけ、女性が乱暴されるのを防ぐよう、不届者の侵入を知らせるための仕掛けとして木札を沢山吊るしたワイヤーを不規則に張ってあります。それらは一定の重量が加えられることによって切れ、大きな音が鳴るようになっているのです。庭にも小石や砂利を敷き詰めて音が出るように工夫されています」
「小石や砂利だと?」
陛下の問いにイシュカが頷く。
「河原を歩くと石が転がったり、擦れたりして音が鳴りますよね。ハルト様はアレを利用しているのです、陛下」
水捌けも良いし、小石や砂利は土魔法を受け付けない。土を競り上げて足場を作って逃げる事ができないとなれば追い詰めるのも容易い。
イシュカの説明で理解した陛下は頷いた。
「ハルスウェルト、相変わらず其方の発想は面白いな。整備して歩き易くではなく、侵入者に気付き、逃がさぬためにわざと歩き難く、不便にしてあるということか」
別に特に変わったことをしているわけじゃないんだけど。
防犯砂利なんて物も前世では販売されていたくらいだ。
「簡単に申し上げるならその通りです。夜は屋敷周辺は静かですので音も響きます。警備員は巡回させていますから気づくのが早ければ駆けつけるのも早くなると思いまして。足音が大きければそれだけ賊を追いかけるにも居場所も突き止めやすいですから。ウチは商品開発、販売上での機密も多いので」
実際最初の頃は何度か忍び込まれたことはある。
全部捕らえて父様のところに突き出しているけれど。
それも最近ではめっきり減っている。
「それから昨日、バリウスから聞いたイシュガルドの今後の扱いと其方の講義の開講についてだが、其方の提案通り話は通そう。以前こちらから頼んでいたが無理だと当初断られた事案だったことだし、こちらとしても願ってもない。
そこでイシュガルドの扱いについてだが、其方の学院入学までは当初のままとする。そして学院在籍時の四年間も緑の騎士団に在籍、其方が学院にいる間は王都で騎士団の講師と警護を兼任してもらい、卒業後はグラスフィート領での軍事顧問、及び講師の任に就いてもらうよう要請する。軍属にするか、団を辞めて軍事顧問として雇われるかはイシュガルドの好きにすれば良い。
つまり、今後最低六年間の所属は緑の騎士団ではあるが最優先は其方の警護とその補佐。警備の上で知り得た其方に関する情報についてはこちらに報告義務はない。これでどうだ?」
要するに六年間はイシュカは出向扱い、国から給料も出るわけだ。
しかもお目付けではなく、秘密にしておきたい情報も隠しておけるということになる。
「随分こちらに都合のいい条件のような気がしますが」
「こちらとしても人材が育つまでは其方らにいなくなられては困る。そして今までとは違う考え方の戦略や兵法、その他の知識が豊富な者とそれらを指導できる人間を手放すのは惜しい。
騎士団寮完成後より、見込みのある新人や学ぶ気がある者は其方のところにこれから三ヶ月間、研修生として送る。そこで二人には最低月に八日、半日程度の講習と研修を頼む。勿論、イシュガルド一人でも講義に事足りるようになったらそれでも良い。問題を起こしたヤツは叩き出して貰って構わぬし、今回のように其方が遠方に行くことも、仕事が詰まって手が回らぬこともあろうから予定を組むのは其方に任せる。前倒しでも後に回しても構わん。
その中から見込みがあり、学ぶ気がある者は引き続きある程度まで指導を頼む。その対価として討伐、遠征などの騎士団の仕事や訓練がない場合には其奴らは警備や警護、調査、雑用でも其方の好きに使え。イシュガルドが其方の行動から学んでいることも多いようだし、息子もその言動に考えさせられ、教えられることが多いと言っていた。其方の下に付くことは無駄にはなるまい。
但し、其奴らを引き抜かれては困るぞ?」
なんかまた過大評価されている気がしないでもないが、折角のこちらにも有り難い条件だ。ここは黙って受け入れておこう。
大きく頷いて私は応える。
「私にはイシュカがいれば充分です。他にも頼りになる護衛は大勢おりますので」
「では明日の夜、バリウスにその契約書を持って行かせる」
こっちの気が変わらぬ内にってところかな。
「後は我が第一王子の病状回復に尽力してもらったことに対する褒美についてなのだが」
「それは必要ありません。私は友人の手助けをしただけですから」
ここ半年ほど褒美、褒美といったいどれだけのものをもらったことか。
充分過ぎるというものだ。
だがそう簡単にはいかないようで。
「それがそうも行かぬ。既に回復要因の一つとして、其方のところでの療養が評判になっているのでな」
「私は医者ではありませんのでそういった噂は困るのですが」
たまたま前世で友達の子供と同じ症状だったから気付いただけで、医療に詳しいわけではない。この先伏せっている貴族の子息御令嬢を押し付けられても対処など出来ない。
「その点については同行した主治医からも話は聞いているので訂正した情報を流させているから問題もそう起きないであろう。もし無茶を押し付けて来る者があればまずは私に話を回せと申せば良い。主治医から説明させる。
だが其方が関わっていると知られた以上何も褒美を出さぬというのは王室の権威にも関わってくるのでな。なんぞ欲しい物はないのか?」
権威って、面倒なものなんだなあ。だが、
「すぐには思いつきません」
「返答が遅い場合にはまたこちらで適当に送りつけるぞ」
いや、それも困る。
どうしよう、何が良いだろう。
高価過ぎず、あっても困らないもの。
困らないものと考えて思い当たったのはお酒だ。
ウチは大酒飲みも多いし、戻ったら警護してくれている団員達に御馳走すると約束した。余ったとしても困るものでもない。地下の倉庫に入れておけばいい。
「ではお酒を。常日頃私に力を貸してくれている者達を労うためのお酒をお願いしてもよろしいでしょうか」
欲しい物は自分で買えるだけの金貨もある。
趣味に合わない物を贈られても置き場に困るし、あまり高い物を強請るのも問題があるけどお酒なら陛下が褒美に相応しい金額で適当と思われる量を用意してくれるだろう。
「自分のものではなく、部下のためのもの、か」
「いけませんでしたか?」
ダメなら他の物を考えなければと思ったところで陛下が了承してくれた。
「いや、良かろう。用意出来次第、其方の元に届けるよう、手配してやろう」
「ありがとうございます」
良かった、これ以上お金をかけ過ぎられるのも周囲の反感買いそうだから腹に消える物なら噂や話が流出したとしても暫く経てばみんな忘れてくれるだろう。
そろそろ話は終わりでいいのかな?
ではお暇を、と思ったところですぐ後ろにいたイシュカが声をかけてくれた。
そうだ、お渡しするのを忘れるところだった。
イシュカは数歩前に歩み出ると包みを陛下と私の間くらいの場所に置くと元の位置に戻る。
「それからこちらを王妃様方に。ウチの商品の新作です。マルビスから預かって来ました。それと私共お抱えの鍛治師の打った短剣を第一王子に誕生日プレゼントとして持参しましたので団長にお預けしております。流石に刃物は直接お渡しするのはどうかと思いましたので後でお渡しして頂けますか?」
そう言うと団長が脇に抱えていたそれを陛下に渡す。
箱の中身を確認すると陛下は大きく頷いた。
「確かに受け取った。これからフィアのところに行くのだろう? 後で私のところに取りに来るよう伝えてやれ」
「はい、ありがとうございます」
これでやっと終わりか。
小さく息を吐いて退室しようとすると背後から陛下に呼び止められた。
「ハルスウェルト」
まだ何かあるのかと振り返ると陛下が先程よりもやや小さな声で呟くように言った。
「あの子に健康を取り戻させてくれたこと、感謝している。そしてミゲルを正しい道に戻してくれたことにもな。父として礼を言わせてもらう」
為政者として簡単に感謝の言葉を口にすることはできないのだろう。
だが、それでも陛下は私に礼を言った。
「先程も申し上げた通り、私は友達に手を貸しただけですよ、陛下。では失礼致します」
さあ面倒な謁見も終わった。
早くフィアに顔を見せに行こう。




