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第九十三話 予定が狂うのは毎度のことです。


 ライオネル達にメイベック叔父さんのことは任せ、私達は父様の屋敷に向かう。

 随分と久しぶりに来たような気もするのだが実際には一カ月半ほどだ。

 捕らえた男達は衛兵が引き取りに向かい、残る二人の幹部と女の子達が消えた娼館で指示待ちしていた十人の配下達も捕縛命令が既に下されていた。メイベック叔父さんを誑かしていた女詐欺師も無関係とは言い難いので一緒に。王都から衛兵と一緒にやって来た被害者の一人から確認が取れたので彼女は王都に護送されることが決定した。

 とりあえずは一件落着で、被害者達には奴等の家財一式を売り払った金額から被害額に応じて還元されることになっているが、湯水のように奴等が使っていた以上、返せるお金は殆どない。

 これ以上搾り取られなかっただけマシと思ってもらうより他ない。

 

「ハルト、罪人捕縛への協力、感謝する」

 久しぶりの父様の書斎、ロイは教育中のメイド達の様子を確認するために今はメイド長のリサのところに行っているので父様と二人きりだ。

 虐げられてたわけではないが、跡取りではなかった私と関わることも少なかった父様なので特に思うところはないが最近では特に私を子供として扱うことがなくなり、私に対するそれはまるで大人に対するものと変わらない。父様より年上の中身からすれば妥当な扱いなんだけど絵面としてはかなり奇妙だと思う。

「後のことはお任せしてもよろしいのでしょうか?」

 一応はじめに手を出したのは自分なので引き続きお前がやれと言われればそれも吝かではないが本来は領主直属の兵士、もしくは衛兵の仕事。

 父様は頷いて答える。

「ああ、これは私の仕事だからな。ただ、もし何か今回の件に関わっている貴族について情報があれば、またこちらに回してくれると助かる」

 それは言われるまでもなくそうするので否はない。

「承知しました」

「それから王都での魔獣討伐部隊、緑の騎士団支部設立についてだがリバーフォレストサラマンダーの件もあるので問題なく他領地の貴族の方々にも承認された。一週間後には寮完成までの間のサラマンダー警備人員が派遣されてくるのでよろしく頼む」

「そちらは既に準備できています。執事見習いの二人が頑張ってくれましたので」

「ロイがしっかり教育しているようだな」

 それはもう、しっかりと。

 これから自分がしていた仕事も任せることになってくるのでみっちりと扱いているようだ。もともと二人とも優秀なようなので飲み込みも早く、よく気も回るので助かっている。

「はい、あの二人には屋敷が完成次第、当面は屋敷の二階以下を、いずれは三階以下の管理を任せて行きたいので頑張ってもらいたいと思っています。そうすればロイの仕事の負担も減ってくるでしょうし」

 ロイは私の秘書も兼ねているし、屋敷を空けることも多い。

 とても全部に目が行き届くものではない。

 そこをあの二人が補ってくれればと思うのだ。

 私は多少埃が窓の桟などに積もっていたとしても見苦しいほどでなければ気にしないので少しは手を抜けばいいと言っているのだけれどロイは気になって仕方がないようだ。部屋はともかく窓の掃除など前世では私は余程汚くなった時か長期休暇の時くらいしかしなかったくらいなので別に完璧でなくても構わないのに。

「そうなると益々お前にベッタリになりそうだな、ロイは」

 そう言って、父様が小さく笑った。

「ベッタリ、ですか? 今でも殆ど私が起きている時は私の側に居てくれてますよ?」

 言い方に何か含みがありそうな気がしないでもないが、まあ間違いではない。

 最近ではロイが側にいない時間の方が少ないくらいだ。

 基本的に私より早く起きて遅く寝るロイは私が眠っている間に私の側から離れる必要があるような仕事は片付けてしまっているようだし。

「殆ど、か?」

 微妙な顔で父様が聞いてくる。

「ええ、私はまだ貴族のマナーや仕来りなどには詳しくありませんからロイがフォローしてくれているのでとても助かっています。イシュカもある程度は知っているので教えてくれることもありますし、みんな自分のことは基本的に自分で出来る人が多いですからロイが管理している部分も少ないので。時間がある時でも自室に篭ることも少ないですし、だいたいみんな四階のリビングに集まってることが多いので私が一人でいることは殆どありません。高価な骨董や美術品には興味がありませんので高価なものも少ないですから」

 最早あの階にいるみんなは第二の家族みたいだ。

 食事も用事があって出掛けている時以外は殆ど一緒に取っているし。むしろ家族よりも一緒にいる時間は長いような気がしないでもない。

 四階の共用部分は手入れが必要な調度品もないし、座卓もあるので広さ以外はまるで一般庶民の家のようだ。飾り気がないと言ってしまえばそれまでなのだが。

 この間王妃様がみえた時に入った四階部を思い出したのか父様が大きくため息を吐く。

「そうであったな。全く貴族らしくなく、飾り気のない場所だった。

 金がないわけではないだろうに」

 金があっても興味がなければ置いておく意味もない。

「私には美しいよりも使いやすい方が魅力的なので。

 四階部はプライベート空間ですから側近以外の者が入ってくることは殆どありませんので問題ないと思いますが? ああ、今は団長が入り浸っているというか、王子達が王都に戻った後もそのまま居座っていますけど」

「舞踏会ではお前の話題で持ちきりだったぞ。お前には借りがあるからと、レイオット侯爵とステラート辺境伯が私を気遣ってずっと私を側に置いて下さったので助かったが、躱すのも一苦労だった。

 王妃様方と両夫人の自慢話はお前関係のものばかりだったし、色々と問い合わせも多くなることだろう。紹介も頼まれたが私は息子のやっていることには関与していないので直接問い合わせてくれと言っておいたが、それで良かったのか?」

「はい、それで構いません」

 その方が向こうも無理を言いにくいだろう。

 私と直接繋がりのある貴族はまだ殆どないし、ツテも辿れない。

「それから第一王子が久しぶりに社交界に顔を出したのも話題になっていたぞ。

 元気な御姿で現れたので随分と驚いている者も多かった。病で床に伏せっていたのではなかったのかと。ウチの領地で療養していたらしいという話も出ていた。おそらく近衛辺りから話が回ったのであろうが」

 人の口に戸は立てられぬ、か。

 よくあることだ。

 これは秘密だと約束しても、それが守られることは少ない。

 この世界ならではの契約魔法でも交わせば別だろうが、それを他人に話して『お前だから特別に話したのだ、秘密だぞ』と口約束を交わす。これが繰り返されることによって秘密は秘密でなくなり、公然となる。所謂公然の秘密というものが出来上がるわけだ。


「ハルト、お前、これから大変だぞ?」

「今更でしょう。ここ数ヶ月の間で私が暇で欠伸が出るような状態であったことが一度でもありましたか?」

 私が尋ねると、父様は少し考えてから答える。

「ないな、確かに」

「でしょう? もう地味に生きることは諦めましたし、私の側近や仲間達は優秀なので多分なんとかなるでしょう。

 人材が足りなければまたスカウトします。

 幸い私の側近達は優秀過ぎるので、すぐに探して来てくれるでしょう。

 私の仕事はその人達を説得して口説き落とすこと、ですかね」

 嘆いたところで現状が変わるわけでもなし、厄介事に愛されている私に平穏な日々は縁遠い。一緒にいるみんなまで巻き込んでいることは心苦しいけれど、自分でもどうしようもない。

 私に出来ることがあるとすればそのくらいのことだ。

 何事にも対処できるように必要な人材を集めて備える。

 今のままでも充分ともいえなくもないが、あまりコキ使ってみんなが過労死しないとも限らない。各個人の負担を減らすためにも優秀な人材であれば余裕を持って雇い入れるつもりだ。

 ここの噂を聞きつけた平民の学院卒業生達が就職希望で結構やってきているみたいだし、現在財政が逼迫しているところも多いのでウチ以外は就職氷河期らしい。貴族、平民問わず、優秀な人材ならいつでもウェルカム、どんとこいだ。

 相変わらず人手は足りていないし、この隙に将来有望な者は迷わず雇い入れている。

 マルビスの話からすると圧倒的に平民が多いようだが問題ない。

 私達のターゲットとしている客層はあくまで平民なのだから。

 最近ではキールの噂を聞いて芸術家のタマゴ達も仕事をもらおうとやって来ているみたいだ。その辺りは色々と提案しているが基本的にマルビス達にお任せだ。専属デザイナー志望か、小遣い稼ぎして一流の芸術家を目指したいのかによっても変わる。今のところ本格的な芸術家は必要としていないし、私にはそういったセンスはないので好きか嫌いかでしか判断出来ない。芸術品よりも漫画的イラストの方が私には魅力的だし、正直よくわからない。風景画や人物画ならまだしも抽象画など持ってこられた日にはお終いだ。

 かの有名なピカソの絵を見た時もその価値を理解出来なかった私では豚に真珠、猫に小判である。私としてはアスレチック施設開設時に平民向けに安価で人物模写を描いて商売してくれる似顔絵描きも是非募集したい。貴族が屋敷に飾る高価な肖像画は無理でも家族写真のような、そんなものがあってもいいのではと思っている。狭いスペースをタマゴ達に各々用意して後ろに自分の描いた絵を販売しても良し、似顔絵を描いて儲けようというならそのサンプルを飾るも良し、それが誰かの目に止まって自分の描きたい絵を描いて食べていけるようになるのならそれも良し。芸術家達のために安価な宿を用意してそこで暮らしてもらい、自分で自分の道を切り開いて貰おうというものだ。

 ウチのデザイナーは現在キールだけだし、何人かデザイン出来る人が集められれば作家ごとのシリーズを作るのも面白い。

 人の好みは様々だ。

 キールのデザインはマルビスや私の好みにピッタリハマったが他の人が見て良いと思うものもあるだろう。


「ハルト、お前、国でも起こす気か?」

 色々と考えを膨らませていると父様から突然そんなふうに聞かれた。

「なんですか、いきなり。そんな気あるわけないでしょう、面倒臭い」

 自分のいる領地ですら跡を継ぐのは嫌だと言って憚らない私がそんなもの作ろうと思うわけもないだろう。今のこの状況でさえ大変なのにこれ以上忙しくするようなものに手を出す気は一切ない。

「面倒臭いって、お前、もう既にかなり面倒臭い事態になっていると思うぞ?」

「だからこそです。これ以上面倒なことを背負い込む気はないと言っているのですよ。別にリゾート施設運営も相応しい者がいればいつでも譲る気でいますし」

 なんなら今すぐでも良いのだけど。

「それはマルビス達が許さないだろう。いや、お前が降りるというならむしろ一緒について行きそうな気もするが」

 う〜ん、確かにそれは有り得そうな気もする。

「私は下っ端の方が気が楽なんですけどね、私が(トップ)でいた方が良い限りは責任者でいますよ。発起人ですし」

 これは嘘偽りのない本音だ。

 商業登録使用料のお陰で贅沢しなければもう一生暮らせそうだし、今のこの歳で隠居生活はどうかとも思うが、あとは細々と冒険者生活しながら気侭に世界旅行というのも面白そうだ。とりあえずは学院だけは卒業しておいた方が無難ではあるだろうから少なくとも六年ほど先にはなるだろうけど。

 そんな私の本心を知ってか知らずか、父様が釘を刺すように言った。

「お前の下にいる者の殆どはお前が頭にいるからこそ、そこにいる者だ。

 お前がいなくなれば一気に崩れるぞ」

 私がいるからこそ?

 確かにロイもマルビスも、私の側にずっといてくれると言った。

 テスラもガイも、私が変わらないでいる限りここにいると言った。

 イシュカだって私がいなければ今すぐに王都に、魔獣討伐部隊に戻る。

 キールとサキアス叔父さんはわからないけど、私がいなくなることであの場所の中心となる人達がバラバラになるというのなら、

「ならば私は私を必要としてくれる人がいる限り最善を尽くすだけです。

 周囲からどう思われようと気にしませんが私は自分を慕ってくれる人の誇れるような主でいたい。今はまだ、全然足りていませんけど」

 私は私の大事な人を守りたいと願い、今の立場を受け入れ、力をつけた。

「お前が足りてないというのなら、殆どの者は全く駄目ということになるぞ」

「そうですか? でもみんながフォローしてくれるからこそですよ? 

 私一人の功績ではありませんし」

 なのに何故か私ばかり評価されている。

 称賛されるべきは私ではない。

 私の思いつきや行動を支え、実行してくれる人達だ。

「多数の者がお前について行きたいと思うのは、お前のそういうところだろうな」

 父様の呟きに私は首を傾げる。

 何故ゆえ?

 だって私はみんなの実績を取り上げているようなものでしょう?

 申し訳ないとすら思うくらいだ。

「お前は賜った功績を自分の手柄だと吹聴したりしないだろう?」

「? 当然でしょう、他人の手柄を横取りするほどツラの皮は厚くありませんよ」

 それは恥知らずのすることだ。

 すると父様は苦笑して続けた。

「当然、か。普通男、特に貴族階級の男なら尚更そういうものを誇るものだよ。男という生き物は承認欲求や自己顕示欲が強いものだがお前にはそういったものがない。無欲、というのとはまた違うような気がするのだが」


 その点についてなら確かに私は少し変わっているかもしれない。

 私にもあるのだ、承認欲求と自己顕示欲は。

 ただそれが限定されているだけ。

 私は私の大事な人達が認めて、必要としてくれるならそれで良い。

 私の側にいたいと思ってもらえたならそれで構わない。

 今でも充分過ぎるくらい幸せなのだ。

 本来の目標であった、相思相愛の恋人をゲットするという夢がまだ叶えられていないにも関わらず、このままでいいと思うくらいには。 

 だけど・・・


 私の周りはイイ男が多過ぎる。

 外見も、中身も。

 周りが放っておくはずもない。

 いつかみんなに大事な人、恋人が出来てあの場所からいなくなったら私はいったいどうするのだろう。

 大事な女性が出来て、結婚して、それでも私のところで働いてくれるだろうけど、私は彼らの一番でなくなる日がいつか来るだろう。

 

 私はその時、笑っておめでとうと言ってあげられるだろうか。

 ・・・違う。

 言ってあげなきゃいけないんだ。

 申し訳ないと思いつつも、できればそんな日が一日でも遅くなればいいと思っている自分が、


 この日、とても情けなく、カッコ悪いと思った。


 

 父様への報告を終え、高利貸しの関係者全てが確保され、私達が自分の屋敷に戻ったのは辺りが夕闇に閉ざされる少し前だった。

 被害者達には事の顛末と現在の状況を簡単に説明し、騙し盗られた金品が帰ってくる可能性が殆どないことも告げて謝罪したが御礼を言われただけで特に責められることもなかった。

 一般的にこういう場合にはそれらが返ってくることは稀だそうだ。

 これから借金取りに追い回されなくなっただけでもありがたいと感謝された。ゲイルに後から聞いたのだが、中には職場まで押しかけられてかなり肩身の狭い思いをしていた人も多かったようで、戻るのも躊躇われる人もいるらしい。こちらからの提案は渡りに船という者もいたという。

 娼館で働いていたお姉様達も二人を除き、ここで働いてくれるそうだ。

 全四十七家族百五十七名中、勧誘に成功したのは七十三名。

 およそ半分になるのだがまだ働くような年齢ではない子供と高齢な方を除けば三分のニ。暫くは通いで、後々は家族ごと引っ越しも考える家族もいれば、借家なのですぐにでも引っ越してきたいという家族もいる。そろそろ独り立ちを考えているので独身寮に入って仕事がしたいという人もいる。娼館勤めしていたお姉様達は娼婦のイメージが定着していないここでやり直すのだと張り切ってくれている。ここには男の人も多いから、美人のお姉様方ならきっとすぐに恋人だってできるだろう。

 すぐにでも働きたいと即入寮希望を申し出た人もいた。

 ウチは初任給こそそれなりだが一生懸命働いて貰えば成果給というものが付くし、職人なら腕を磨いて売れる物を作れる者なら個人の工房も持てるようにバックアップ体制を敷いている。しかも売り出すための人材も豊富。腕に自信があるなら尚更、他と比べても待遇は悪くないはずだ。

 本人に頑張る意志と才能があれば、ではあるけれど。

 その辺の判断は商業班に任せている。彼らが売り込みに回る以上、彼らが売りたいと思う物でなければならないからだ。

 とはいえ、とりあえずひと段落ついたので今日は遅いから明日の午前中、即日入寮希望者以外は町に送り届けることになった。


 

 次の日、避難させた人達を送り届けるとようやく一段落した。

 これで後は一週間後に移動してくる予定の団員達の受け入れ以外の予定はない。

 最近の朝の日課に体力作りのランニングの他に馬場でルナ達を見に行くことも加わった。

 ローレルズ領側からの森への侵入経路の封鎖のための砦の建設も始まったし、サラマンダー達の警護のためのツリーハウス建設と木々を渡り歩くための吊り橋設置も取り掛かり始めている。これらが完了次第ウチの二階より下の建設がようやく進む。どんどん他の建築に割り込まれて遅れているのだが後はそう急ぐものもない。団員達の寮建設もその後になるし、こちらの建設が終わった後には今度は中庭側に来客用の貴賓館と宿屋、家族寮の建設が待っている。


「そういえば、各領地から大工職人集めて雇い入れちゃってるわけだけど、他の領地で職人が足りなくて困ってるってことはないよね?」

 ここ数ヶ月職人達の独占状態、そんなことになっていたら周辺領地の反感買いまくりそうなのだが、そこのところはどうなのだろう? 次から次へと建設しまくりで職人達は自分の領地へも帰れない状態だ。無理に引き止めるつもりはないので多少工期が遅れたとしても最悪来年春までになんとかなれば構わない。無茶無謀ともいうべき開発スピードはまさに脅威。ここまで大掛かりにするつもりはなかったのだがウチの商業部門が有能過ぎて加速度的に進んでいる。最早工業地帯というより工業団地だ。この辺一帯の人口数は既に把握できていない。寮が四棟と職人合わせてザッと八百以上いるはずだ。

 心配になって尋ねるとゲイルが答えてくれる。

「その辺は大丈夫ですよ。スタンピードとへネイギスの件で王都周辺の罰則を受けた貴族達の財政は逼迫しているところが多いと言ったでしょう? 建設や土木工事に回せる資金があるところは多くありません。全ての職人がここに来ているわけでもないので、ここにいる大工職人達は地元に戻ったところで仕事がない者が多いのですよ。それらが回復するまでは仕事があるならここで仕事をさせてくれと言っている者も多いです。この隙に開発を進められるところは一気に進めてしまいましょう。一番時間のかかる箱物建設の大工職人の手が空いているというのはありがたいことです」

 成程、納得である。

 建築と人材関係については今はゲイルが一番詳しい。

 総括しているのはマルビスだけど各部門ごとに担当が決まっていて商人希望だった子供達の中で計算が得意な者がいたらしく、今は経理担当としてゲイルが色々と仕込んでいるようだ。他にも自分の興味を持ったところに配置され、修行中ということだがハード過ぎる仕事に逃げ出さなきゃいいけど。

 だが、ゲイル達に言わせるとこれくらいで悲鳴を上げるような者には見込みがないから他に移った方がいいという。

 商売人は稼げる時に稼ぐのが基本。

 暇を喜ぶ者に商人たる資格は無いと断言された。

 いや、でもそれはブラック企業というヤツでは?

 商売というものには確かに波がある。

 忙しい時には寝る間もないが暇な時は閑古鳥が鳴くほど暇になる。

 そこそこに稼げれば満足だというのなら、ただの売り子でいればいい。

 欲のない商売人は大成しない。

 強運でも持っていれば別だろうが、そんなものを持っている者は何万人、何千万人に一人。そんなものに期待している者は一流にはなれないというのが彼の自論らしい。

 前世であるならそんなもの時代遅れだとでもいわれそうだ。

 だが働いた分だけの給料は支払っているし、用事がある時まで働かせてはいない、時間外労働の手当も休日出勤の手当もしっかりつけているからそれで文句があるなら定時でそこそこの給料の他の部署に移れということだ。

 新米達は必死にくらいついているようだ。

 頑張れ、としか言えないけれど、夢があるなら是非頑張ってほしい。

「他にも近隣の冒険者、商業両ギルドに道路整備要員募集の張り紙を出してありますから閑散期で仕事のない者や金が入り用で仕事が休日の者などは日雇いで働きに来ている者もいますよ」

 ゲイルの補佐をしているジュリアスが付け加えてくれた。

 仕事が増えれば人も増えるし、物の流通も経済も活性化する。

 ウチの領地はいまだかつてない好景気だ。

 ハルウェルト商店には相変わらず長蛇の列が出来ているし、人気商品の蒸しパンもバリエーションを増やして今は三種類、この先二週間ごとに変えていくつもりだ。評判の良いものは定番化することも考えているが今は様子見。サキアス叔父さんも実家の心配事がなくなり、マルビス達に急かされて冷蔵庫の開発に取り掛かるそうだ。

 高利貸しの一件が一段落したので、少しだけ、ほんの少しだけゆとりができた。

 その数日後、夕食の席で私は保留になっていた話を切り出した。


「マルビスに時間があるのって、朝、それとも夜の方がいい?」

 この中で一番忙しいのは間違いなくマルビスだろう。

 他は都合をつけようと思えば時間をズラせる者が多い。

 突然話を振った私にマルビスがデザートのかき氷を食べていた手を止めた。

「なんですか? 突然。そうですね、どちらかといえば朝の方が都合はつけやすいですが」

 やっぱりか。

 夜は商談が長引くこともあるだろうしね。 

「前に時間が取れるようになったら魔力操作の仕方教えるって約束してたけど、忙し過ぎて話が流れてたからどうかなって思って」

 気にはなっていたのだ。

 ただ色々と立て込み過ぎてそれどころではなくなってしまっただけで。 

 マルビスは驚いたように目を見開いた。

「・・・覚えていて下さったんですか?」

「そりゃあ覚えてるよ。約束したもの。ランスやシーファ達にも教えるって約束してたし、もう必要ないなら別にそれでも構わないんだけど」

 一応確認しておこうと思ったのだ。

「いえ、是非教えて下さい」

 それは構わないんだけど、一つだけ問題が・・・

「私、多分教えるの下手だけど? それでもいい?」

「ええ、勿論。貴方の説明の仕方は慣れましたからある程度は理解出来ると思いますよ。ロイも一緒なら困ることもないでしょう。是非魔力操作が上手くなって、私はあの柔らかいアイスクリームを自分で作れるようになりたいですっ」

 マルビスが握り拳で力説する。


 重要なのはそこかっ!

 思わずツッコミを入れそうになった。

 まあマルビスらしいといえばマルビスらしいが。

「ランス達が一緒となるとやはり朝がいいですかね。朝の彼らの出勤前が妥当でしょう。他にも教わりたいという者もいるでしょうし、三日後、王都からの討伐部隊の警備人員の受け入れが終わった翌日あたりからでいかがですか?」

 一度決めればドンドン話を進めてまとめていくのがマルビスだ。

 私も思い立ったら即行動なところがあるけどマルビスには負ける。

「マルビスがそれでいいならそれで構わないよ」

 私が教えられることはそんなにないと思うけど、役に立つなら喜んでだ。


「ではそれでお願いします。ランス達にも声を掛けておきますね」


 せいぜい集まるのは多くても二十人程度だろう。

 みんな既に魔法を使っているのだし、改めて説明下手な私の話を聞きたいと思う物好きの数などたかが知れていると、私はこの時、思っていた。


 

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