閑話 レイバステイン・ラ・レイオットの初恋
「母上、早くいい男になるにはどうすればいいかな?」
父親に連れられ、グラスフィート家の三男の誕生日会から帰ってきた翌日の朝、レイバステインことレインは母親のもとを訪れると挨拶もそこそこにこう尋ねてきた。
何か大きな心境の変化があったのかいつも俯いてオドオドと小さな声で喋っていたレイオット家の次男坊は真っ直ぐと顔を上げて真剣な面持ちで目をキラキラと輝かせ、母親を見上げていた。
「どうしたの? 急に」
「僕、結婚したいんだ、どうしても」
どうもあの会場にいた誰かに息子は一目惚れしたものの振られたようだ。
それでその子に振り向いて欲しくて一念発起した、と、こういうことなのだろう。
「お断りされたのでしょう?」
しつこい殿方はいい男ではないと思うのだけれどと言いかけたが魔力量が生まれつき多く、力の制御が上手くできなくていつも膝を抱えて怯えていた息子の今までになくやる気に満ちている姿に水を差すのも気が引けてそれ以上強くも言えなかった。
「でも友達になってくれたんだ」
それはていのいいお断り文句なのでは? と思ったのだが黙っていた。
「まだ恋人も婚約者もいないって言ってたんだ。自分から好きになれる人を探したいからって。だから僕、ハルトが他の誰かを好きになる前に僕が一番いい男にならなきゃいけないんだっ」
その子の名前はハルトと言うらしい。
興奮したのか息子は頬を紅潮させ、語りだす。
「すごいんだよ、ハルト。僕が力、暴走しそうになった時も僕が自分で抑えられるって教えてくれて、ワイバーンだって一人で倒しちゃうし、凄く強くて、キレイで、優しくて、カッコイイんだよっ!
だから僕、絶対諦めないって言ったんだ。
絶対格好良くなってハルトにもう一度結婚申し込むんだっ」
ワイバーンという言葉に母親は表情を止めた。
昨日、帰ってきた夫に聞いたのは驚愕の出来事だったのだ。
パーティの最中、来襲したワイバーンにたった一人で立ち向かい、倒した子供がいたと。
それは昨日の誕生日会の主役、グラスフィート家の三男だったのだと。
嘘でしょうと疑う自分に事実だと告げ、開催の挨拶からファーストダンスに辺境伯婦人を誘い、その後の挨拶回りでも大人顔負けの知識と社交に会場中の大人達が舌を巻き、驚いていたのだと。ただでさえその場の話題を攫っていたのに突然現れたワイバーンに対してすぐさま駆けつけ、並み居る大人達や警備兵達の駆けつける間もなく討伐してみせたのだと。
倒した当人は力尽きて倒れ、そのまま屋敷の中に運び込まれたがその戦闘力と社交術、頭の切れ、まさしく文武両道、容姿端麗、文句のつけようのない三男坊はその場にいた貴族達が是非我が家の婿に、養子に、いっそ息子の伴侶でも構わないと言い出していた。牽制しあって結局グラスフィート家に直接交渉した者はいなかったが数日もすれば縁談が山のように積まれることだろうと。
つまり、息子が恋したのはそのグラスフィート家の三男、ハルスウェルト、男の子だ。
その子が引っ込み思案で親の自分達でさえ手を焼いていた魔力の暴走の止め方を教え、自信を与え、やる気まで起こさせたということなのか。
つまり外見だけではなく、性格もいいということだ。
それは間違いなく息子にとっては救世主、ヒーロー、そして初恋なのだろう。
「・・・恋敵が多そうね、それは頑張らないといけないわね」
最早、止める言葉を口には出来なかった。
「僕が絶対恋人になる、ね、母上、どうすればいいと思う? 僕、頑張るんだっ」
瞳を輝かせて宣言する息子に、一つ下のレインの妹の婿にどうだろうかと言っていた夫にどう伝えるべきかと悩みつつも曖昧に微笑んだ。
結局、折角本人がヤル気になっているのだからまだ小さな子供のこと、すぐに忘れるだろうとたかをくくり、放っておかれたレイバステインはいつまで経っても諦めるどころか忘れることもなく、必死に剣に、勉強その他諸々を頑張って、メキメキと力を付け、暇を見つけるとハルスウェルト会いたさにグラスフィート家に特攻をかけ、押し掛けるようになる。
親の思惑は見事に外れ、レインの熱はさめることはなかった。