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閑話 キール・セイランの野望


 俺は貴族が大嫌いだ。


 たいした仕事もしてないくせに俺達から税金と称して取り上げた金で碌な仕事もせずに裕福な暮らしをしている。

 俺達が稼いだ金を国のためにと取り上げておいて俺達が困った時には救うどころか見て見ぬふり、小汚い格好で彷徨けばゴミでも見るような目を向けてくる。

 絵を描くことが好きだった俺に週末になると土産だと言って安い紙を束で買って来てくれていた父ちゃんが落盤事故で死に、代わりに働きに出るようになった母ちゃんは階段から落ちて骨を折ると、日々の暮らしにも困るようになった。


 一日一食の食事さえ満足にありつけない生活。

 俺の年では働ける場所も限られてるし、冒険者ギルドで登録して仕事をしようにも子供にできる仕事は少ない。ドブ攫いやゴミ拾い、そんなもので稼げるお金はしれているし、毎日あるというわけでもない。俺は空いた時間で好きな絵を木片や石に描いてナイフで削り、女の子が好きそうなアクセサリーを作って売ってみることにした。

 高値で売れなくてもいい。

 最低毎日パンが一つ買える程度のお金になれば、そう思って道端の隅で売り始めた。

 だが世の中そんな甘いものじゃなかった。

 露天ともいえないようなそこで商品ともいえないような物を並べて売っても買ってくれる人なんて殆どいない。七日間座って売れたのはたったの二つ。だけど同じように絵を並べて売っているヤツらを見ていても、売れる数は似たり寄ったり。ろくに絵を描くことも習ったことのない俺の作った物が二つも売れたのはむしろ上等なのかもしれない。でもこれでは母ちゃんを養うことは出来ない。それを考えると何か俺でも出来る仕事を見習いからでも始めた方がいいんじゃないかと考えた。頼み込めば職人見習いなら入り込めるところもあるだろう。たいした給料は出ないだろうが、それでも日々のパン一つくらいなら買うことが出来るだろうと。そんなことを考え始めた頃だった。


 俺がハルト様に出会ったのは。


 明らかに育ちが良さそうな子供をぐるりと数人の大人が取り囲み、歩いているのが見えた。

 ソイツらは並べられている絵を眺めながら会話を交わしては首を横に振る。

 最初は家に飾る絵でも探しに来たのかと思っていた。

 楽しそうに歩く姿を見てイラッとした。

 同じ子供なのになんでこんなに差があるんだ。

 確かにあっちの方が幾分か年は下だろうけど、恵まれているであろうその姿に嫉妬して俺は顔を背けた。

 見たくなんかない、余計惨めになるだけだ。

 だが、ソイツらは俺の前で足を止め、よりによって蹲み込んだ。

 

「どう思う? マルビス」

「他よりは、可能性があるかと」

 小声でボソボソと相談しているのを見て俺はムッとして睨みあげた。

「買う気がないなら営業妨害です、すみませんが移動していただけませんか」

 総勢八人。そんな人数が前に陣取っていては他の客が寄りつけない。

 そりゃあアンタらがいなくてもそんなに売れてるわけじゃないけど、通った客に素通りされるかもしれないじゃないか。

 だけどソイツらは全く気にすることなく、俺にこう切り出した。

「一つ、お願いがあるのだけれど、聞いてもらえるかな? 勿論、手間賃は払うし、それが気に入ればここにあるもの全て買い上げてもいい」

 その言葉に俺は反応する。

 気に入れば全部買い上げるって言ったよな、今。

 手間賃も払うって、確かに。

 鞄から男が取り出した紙を真ん中にいた子供が受け取り、俺の前に差し出した。

 コイツがひょっとして一番この中でエライやつなのか?

「今から私の言うものを出来るだけ単純に、だけどそれだとわかる特徴を活かしてこの紙に書いて欲しい。お願いできるかな?」

「描いたものが気に入らなくても手間賃はもらえるんだよな?」

「勿論。先払いしよう、マルビス」

 そう子供が言うと、マルビスと呼ばれた男が懐から三枚の銀貨を取り出した。

 これがもらえるなら三日、いや節約すれば五日はまともな食事にありつける。

「どうぞ、お受け取り下さい。私共が気に入れば更にこちらを」

 そう言ってチラリと見せつけられたのは金貨の端。

 それがあれば半月は食えるっ。


「早く言えっ、何を描けばいい」

 俺は一気にやる気を出して子供が手に持っていた紙をひったくるようにむしり取った。

「薔薇、蔦、猫、ウサギ、そして私の顔。ああ、最初に言っておきますが私の顔はお世辞で美しく描く必要はありません。不細工に描いて頂いても大丈夫、怒ることはありません。私達の判断基準はいかに簡単、単純でありながら特徴を捉え、明らかにそれとわかるかどうかです。早い話、それが私とわかるなら線一本でも構わないわけです。ご理解頂けましたか?」

「わかった」

 つまり、いかに簡単にわかりやすく描けるかのテストか。

 俺はペンを走らせ、その子供が言った素材を次々に描き始める。

 書き上がったそれを見せるとマルビスと呼ばれた男は難しい顔をした。

「悪くはないですね。ですがもう一つ何か足りないというか」

「でもセンスはある」

 だが一番偉いと思われる子供の反応は悪くない。 

「ダメか?」

 大金金貨一枚がかかっている、この際泣き落としだって構うものか。

 するとその子供は少し考え、もう一度俺に頼んできた。

「すみませんが同じ題材で今度は女の子が喜びそうな可愛い感じでアレンジできますか?」

 可愛い感じってどういうふうなものだ?

「わからない」

 俺が顔を顰めると二人がその意図を説明し始めた。

 要するにわかりやすくした上で直線で書くのではなく、極力丸みを帯びたフォルムで描くか、もしくは高価な絵皿の縁にあるみたいなヤツってことか。

 俺がそれに応えて書き直すと俺の絵を見て周囲にいた奴らが似てる、似てると言って笑い出した。

 なるほど、こういう絵を所望か。ならば俺の得意分野だ。俺は金貨一枚のために必死になって指定された物を書くとコイツらは一緒に仕事をしないかと誘って来た。話を聞いていると、どうもその真ん中にいた子供、ハルトとかいうヤツの助手を探していたらしい。それには絵を描くことも含まれていて、コイツが苦手とする絵を描くことのできるヤツを探していたということだった。


 別に俺は絵描きになりたかったわけじゃない。

 俺は母ちゃんを養えればそれでいい。

 絵は趣味で充分だ。

 詳しい話をしたいと言うので聞いても良かったのだが今日は母ちゃんにパンの一つも食べさせてやれなかった。銀貨三枚に加えて金貨が一枚手に入るなら母ちゃんに薬も買ってやれる。事情を話して出直してもらえないかと頼もうとしたらソイツは俺についてくると言い出した。育ちがいいだろうに小汚い俺の家を見ても顔色一つ変えず、気にする様子もない。俺が母ちゃんのところへ案内すると全員入りきらないからと二人だけを連れて丁寧に挨拶をするとここに来た事情を簡単に説明して母ちゃんの様子を手で触れて確認する。

「ちょっとばかり事情がありますので、これから私のする事は上手くいったとしても決して他言無用にお願い致しますね」

 と、そう言い置き、俺の聞いたことのない呪文を唱え始めた。

 ハルトは神経を集中させているのか、じっと自分の手を見つめている。

 事の成り行きを見守っているとハルトの掌から淡い白い光が出て来た。


 コイツッ、聖属性持ちだ。


 隠しておきたい理由がなんとなくわかった。

 聖属性持ちは貴重だ。見つかると神殿に入れられる可能性がある。

 俺が喋るかもしれないとは考えなかったんだろうか?

 ハルトは額にじっとりと汗が浮かべ、暫くそれを続けた。 

「どうですか? 動かせそうですか?」

 そう尋ね、ロイというヤツが確認のためと、母ちゃんに触れ、ゆっくりと脚を曲げたり伸ばしたりしてみると少し考えてから口を開き、小声で言った。

「栄養失調か、長い間体を動かしていなかったためだと思います。命に関わる様な状態は脱したかと思われますが」

「治るのか?」

 俺は思わず聞き返した。

「保証する事は出来ませんがハルト様が怪我自体は治して下さったようですので、あとは本人の気力と努力次第、そして栄養のある食事が必要かと思います」

「怪我は治ったのか?」

 大きく声を上げた俺に唇の前で人差し指を立て、声をひそめるように指示され、俺は自分の口を両手で防ぐ。

「まだどこか痛いところはありますか?」

「いえ、ありません」

 さっきまで少し動かすだけで、あんなに痛がっていたのに。

 ハルトはホッと息を吐くと懐から持っていた瓶を取り出し、母ちゃんに飲ませた。うっすらと母ちゃんの身体が光り、ほんの少しだけ青白かった頬にうっすら赤みがさした。俺はそれを見てハルトが母ちゃんに飲ませたのが高級品で俺達が簡単に手を出せないポーションであることに気がついた。

 さっきまで身体を起こすのも苦労していたのに自分の力でベッドの上に座ることができた母ちゃんは何度も何度も涙を流してお礼を言った。

 貧乏人でろくな対価も払えない俺達に聖魔法をかけ、ポーションまで気前よく差し出した。

「そう、それなら良かった」

 こんな旨い話があってたまるもんか、いったい俺に何を要求するつもりなのかと身構えるとハルト達はあっさりとウチから出て行こうとした。


 なんで?

 だって、俺に恩を着せて言う事を聞かせるつもりだったんじゃ・・・

「では私はこれで。キール、私のところで働く気になったら私の泊まっているホテルまで・・・」

「行くっ、俺、お前のところに行くよ」

 違う、コイツはそんなつもりなんかないんだ。

 ただ俺が困っていたから、自分に出来ることがあればと思っただけなんだ。

 確かに俺から行くと言う言葉を引き出したかったのもあるかもしれない。

 だけど押し付けるつもりも、恩に着せるつもりもない。

 あくまでも俺の意志を尊重しているんだ。

 それを理解した時、俺は思わずソイツが欲しがっていた言葉を口にしていた。

「母ちゃんも一緒に連れてっていいんだよなっ?」

「勿論、キールが私の望む仕事をしてくれる限り。私は厳しいので何度でも気にいるまで書き直させるかもしれないし、空いている時間には他の仕事も頼むかもしれませんが」

「でも、俺があんたが気にいるまで何度でも書き直す限りは雇ってくれるんだよな?」

「はい。もしそれで才能がなければ他の仕事に移って頂く可能性もありますが働く気があって、ちゃんと仕事をしてくれる限りは雇いますよ?」

 俺の質問にしっかりと全部答え、見込み違いだとわかったとしても他の仕事を用意してくれると、俺に働く意志さえあれば見捨てずに雇ってくれると正直に言う言葉を聞いて俺は決めた。

「やる。俺は仕事がもらえるなら、絵でも、絵じゃなくてもいい」

 

 その後、二人一緒に話をした方が母親も安心するだろうと、俺の仕事の契約内容とその準備について説明された。自分までお世話になってしまうには申し訳ないという母ちゃんに俺に支払われる給料から差し引かれる食費と寮費についてまで説明してくれた。寮は同じ部屋なら二重にはかからないし、食費は二人分差し引かせてもらうので問題ないと。最初は二人の生活費で貯金までは回せないかもしれないが勤続年数が長くなれば給金も上がるし、頑張って認められれば成果報酬が上乗せになる。勿論手を抜けば減給もありえるけど真面目に働く限りは最低賃金は保証されるし、母ちゃんも元気になって働く気があれば仕事を用意できるとも付け加えられた。

 こんなうまい話があっていいものだろうかと俺達は聞いていた。


「では一度出発前に様子を見にきますが、五日後の朝、迎えを寄越します。お母様と二人、引っ越しの準備を整えておいて下さい」

 マルビスは懐から財布を取り出すと三枚金貨を取り出し、その内の一枚を俺に手渡し、続いてニ枚を母ちゃんに手渡した。

「これは約束の今日の報酬と、そしてこちらは支度金です。到着次第、当面の生活費として更に二枚お支払い致します。向かうのはグラスフィート領、領主邸内になります。ハルト様の部下のための寮の建設も始まっていますので完成すれば邸内から引っ越していただくことになるとは思いますがとりあえずそちらに出入りしても問題ない程度の身なりでお願いします」

 俺達二人の表情は固まった。


「・・・まさか」

「ハルスウェルト・ラ・グラスフィートと申します。以後よろしくお願い致します」

 散々失礼であろう物言いと態度をまるで気にした様子もなくその子供、ハルスウェルト様は優雅にお辞儀をして自己紹介をした。


 身支度と言われても何をどの程度用意すればいいのかなんてわからない。

 困ってオロオロとしているとハルト様は二人の護衛に身支度を整えるための準備を手伝いに寄越して下さるように手配して下さった。

 引っ越しと言われてもたいして持っていくものなどないので家を開け渡すための掃除をしてその日を待つことにした。

 約束通りにやって来た二人、ランスとシーファという護衛の二人は俺と同じ平民だった。伯爵邸に入る準備のために様々なところを馬車に乗って回る間に二人はハルト様について色々な事を教えてくれた。俺よりも年下の六歳という歳でありながら男の憧れである魔獣討伐部隊緑の騎士団団長の持つワイバーン討伐記録を塗り替え、しかもその後も凄い事を成し遂げ、王都に来たのはその功績を評価され、王様に拝謁するためだったという。

 ハルト様の周りにいる大人達は貴族平民関係なく平等に扱い、心をくだくハルト様に心酔しているらしい。弱き者のために命も張って闘う気迫と心意気、部下を守るためには自分の危険も顧みない姿に日々周囲の者を魅了し、男前過ぎる性格に領内でも慕われているという。

 ただ本人にはその自覚は全くない。緑の騎士団にも滞在されていて、そこでもいつもと変わらぬ振る舞いに騎士団でもその魅力を発揮していたんだそうだ。一緒にいた護衛の内三人はなんと陛下から護衛として付けられている団員、しかも一人は副団長だと聞いた。その特別待遇からみても国にどれほどの重要人物として扱われているのかがわかる。

 俺よりも四つも歳下なのに、すごい、凄過ぎる。

 最早憧れとか尊敬とかいうレベルじゃない。

 

 それが誇張でも嘘偽りでもないと証明されたのはハルト様の泊まっている宿の近くに移動した後だ。

 ハルト様に頼まれて待ち合わせをしていると言って現れたのは緑の騎士団、アイゼンハウント団長。こんな近くで見られることなんて滅多にない存在に俺がジッと見ていると俺の視線に気がついた団長がニカッと笑った。


「お前、ハルトのところで働くことになったんだって?」

 俺が小さく頷くと団長は俺の頭を大きな手でワシワシと掴んで撫でてくれた。

「アイツの側は面白いぞ。退屈とは無縁だから大変ではあろうけどな」

「面白いのに、大変なんですか?」

 なんかよくわからない言葉の取り合わせに俺は首を傾げた。

「ああ、アイツ、ハルトは基本的にお人好しだ。本人に自覚はないがな。困っている人を見ると放っておけない。巻き込まれたんだから仕方がないと言って助けるんだ。首を突っ込むつもりはないと言いつつ、見捨てられない。まあ、甘いだけのヤツでもないのはわかっているが、アイツの部下になるならトラブルも笑って楽しめるような度量は必要だぞ?」

 それは大変そうだなあと思っていると団長の顔が急に真面目になった。

「だが、間違いはない。安心して付いて行けばいい。自分の部下は自らの体を張ってでも助けようとするヤツだ。それがたとえ、平民であったとしてもな」

 普通貴族は平民を犠牲にするのが当然と思っているものじゃないのか?

 偉そうに威張り散らして、ヘマでもしようものなら平気で足蹴にする。

「貴族、なんですよね? ハルト様は」

「ああ。だがアイツには貴族も平民も関係ない。アイツが一番最初に助けたのは平民の大人の男だぞ。ロイはアイツが庇って飛び出さなかったら死んでいたと言っていた。一緒にいただろう? 黒銀髪の紫色の瞳をした背の高い男だ」

 言われて思い浮かんだのは母ちゃんの脚の診断をしていた男の顔。

 助けたって、あんな大きな大人の男の人をか?

 普通逆じゃないのか?

「ウチの団内にもハルトのファンは多いからな。お前、きっと妬まれるぞ?」

 そう言ってアイゼンハウント団長は楽しそうに大きな声で笑った。

 魔獣討伐部隊内にファンって、いったい何をやったのだろう、ハルト様は。

 俺はとんでもない人に雇われることになったのだというのはわかった。



 片付けなければならない用事があるからと、先にグラスフィート領に移動した後も俺達の扱いが変わることはなかった。

 ハルト様が到着する前でもちゃんと三食食事は提供され、貸し与えられる寮もきっと狭くて汚いのだろうと思っていたのと反して綺麗で、二人分のベッドを入れてもまだ小さな二人分の椅子とテーブルが入るくらいの広さがあった。食事を運んで来てくれるメイドさん達にもハルト様は好かれていた。みんな自分のことのようにハルト様の自慢をするのだ。ここグラスフィート家で三男として生まれ育ち、殆ど父親から構われることもなく放っておかれ、育ったそうだ。別に虐待されていたとかいうわけではなく、貴族の家ではよくあることらしい。

 跡取りとなる長男が優遇され、次男はそのスペアか補佐、三男はそれとは関係ないので成人したら家を出るのが普通。余程裕福でもない限りほぼ無一文か幾らかの端金で追い出されることも珍しくないそうだ。

 このグラスフィート領領主は人格者で民の評判も良いが田舎で農業が主な産業のあまり裕福でない、所謂貧乏貴族だった。

 そう、過去形、だったのだ。

 ハルト様が活躍することで町が活気付き、領地の経営にもゆとりが出来てきたらしい。

 自らの腕と才覚で自分の未来をハルト様は切り開いているのだ。

 

 だが凄いと思った俺のハルト様に対する評価がまだまだ甘いのだという事を俺はこの後、嫌というほど思い知らされることになった。


 凄いではない凄まじいだ。

 自領に帰って来てからもハルト様の活躍、躍進は止まらない。

 大勢の大人達を従えて、次から次へと新しい物を作り出す。

 褒美として王様から賜った屋敷の建設が始まるとそれは益々加速した。

 王都から一緒にやって来たという大勢の商人達も最早心酔の域だ。

 武勇もさることながら頭も良くて、綺麗で、驕ったところがまるでない。

 みんな大変だからと自らキッチンに立ち、料理してそれを俺達に振る舞ってくれるのだ。すごく美味しい、見たことのない料理が次々と出てくる。しかもオヤツ付き、甘い物なんて俺達には滅多に食べられない贅沢品だ。その上、母ちゃんの分まで用意してくれる。

 みんなが、周りの人達がハルト様に夢中になるのがよくわかる。

 こんな貴族の人もいるのかと、俺は貴族なんてみな同じだと決めつけていた自分が恥ずかしくなった。次から次へと起こる事件や難問をテキパキと片付け、団長や連隊長も顎で使う姿を見ていたら思わず笑ってしまった。

 ハルト様って、実はこの国最強なんじゃないだろうか。

 双璧と呼ばれる二人と対等に話をして自分の仕事を手伝わせる。

 働かざる者食うべからず。

 ハルト様がよく言う言葉だ。

 自分の仕事を一生懸命やっている限り、ハルト様は誰も見捨てない。

 そう、へネイギスとか言う貴族に囚われていたという子供達も。


 聞いてはいた。

 ハルト様が俺と母ちゃんをここに送り出した後の王都での話は。

 一緒に護衛として付いて来たという団員の人達から。

 ハルト様の部下の一人、マルビスの家族全員を殺し、王国の近衛隊でさえ手を焼いていた悪逆非道の貴族の悪事を突き止め、退治にまで協力したという話の中で出て来た、ソイツに捕えられていたという子供達の話を。

 その話を聞いた時、以前の俺はまだ幸せな方だったのだと知った。

 親兄弟を目の前で殺され、虐げられた上で他国に売られそうになっていたり、散々玩具にされた上で飼っていた魔獣の餌にされた子供達もいたそうだ。ハルト様達に助けられた子供達には親どころか戻る場所もない。いったいその子供達はどうなるのだろうと思っていたら、ハルト様は働く気があるなら仕事と寮を用意して引き取ると言い出したのだ。


 だって、子供だよ?

 すぐに戦力になる大人とは違う。

 普通は家から通い、見習いから始めるものだ。

 なのに人手がなければ育てればいいと、百人を超える子供達の寝床と食事と仕事を本当に用意したのだ。

 やることなすことスケールが違い過ぎる。

 しかも療養にやって来た王子のオマケで付いて来た傲慢な第二王子に媚びもせず、毅然とした態度で言い返す。

 最早ハルト様は俺の中で団長よりもスゴイ、俺の英雄だった。

 強くて、優しくて、綺麗で、カッコ良くて。

 それなのに団長が言ってたようにこの人には自覚がまるでない。

 むしろ自分はたいしたことないと思っているフシがある。

 みんながいなきゃ自分は何も出来ないと、口癖のように言う。

 決して自慢したりしない。

 違う、自慢はする。

 但し、自分ではなく、自分の部下を。

 私にはこんなに凄い部下がいるのだと自慢するのだ。


 だからみんな張り切るのだ。

 ハルト様に誉められたくて、自慢されたくて、一生懸命だ。

 俺も例に漏れずそうだった。

 ハルト様に誉められたい。

 役に立って、凄いでしょ、いいでしょって自慢されたい。

 ハルト様の側近と呼ばれる人達は特にそれがわかりやすい。

 普段は仏頂面していてもハルト様に名前を呼ばれ、誉められたり、頼りにされると一際嬉しそうに笑って付いていくのだ。

 俺も十五になっても側にいたら側近に入れてくれると言った。

 エメラルドの宝石が欲しいわけではない。

 ハルト様の側近の証のそれを俺はなんとしても手に入れたい。

 俺は絶対側近入りしてやるんだと心に決めている。

 もっともハルト様の側近入りを狙っているのは俺だけじゃない。

 ハルト様の近くにいるヤツほぼ全員といっても過言じゃない。

 激しい競争率を俺は勝ち抜かねばならない。

 絶対勝ちとってみせる。

 そして『キールは凄いんだよ』って言ってもらいたい。


 

 だけど、そんなハルト様も俺と同じ人間なんだと知ったのは第二王子をやり込めて黙らせ、戻って来た時だ。

 ハルト様が痛快なまでに第二王子を論破して戻ってくると、ロイは仕事していた手を止めてハルト様に声を掛けた。


「お疲れ様です。でも、貴方はなんでも背負い込みすぎですよ」

「貴方が私達を尊重し、守ろうとしてくれるのはすごく嬉しいです。ですが以前にも言ったはずです。私達も貴方の後ろに庇われているだけの弱い存在ではないと」

「どうか俺達にも頼って、甘えて下さい。俺達は誰よりも貴方の味方なのですから」

 

 ロイ、マルビス、テスラに次々にそう声をかけられると、ハルト様はロイに縋りついて泣き出してしまった。

 ハルト様は確かに強い。

 だけどこの人の本当に凄いところは強くあろうとしているところなのだと、

 この日、俺は気がついた。

 どんなに凄くたってこの人は俺より年下なのだ。

 泣きたい時だってある。

 逃げ出したいと思ったことだってきっとたくさんあっただろう。

 だけどこの人は逃げなかった。

 俺はそれに気付けなかった、ロイ達のように。


 翌日から俺はハルト様を観察するようになった。

 よく見ていればきっと俺にもわかるようになる。

 俺は側近の中でも一番ハルト様と歳が近い。

 きっと俺にしか出来ないことがあるはずだ。

 そうして見ているとハルト様は案外寂しがり屋の甘えたがりなんじゃないかと思った。

 だけどそれはカッコ悪いと思っている。

 だからみんな側近達はそれに気づかないフリをして手を差し伸べる。

 手を繋いで、抱き上げて、貴方が大事なんですよと行動で伝えているのだ。

 そうするとハルト様は嬉しそうに照れた様子で笑う。

 三男で放っておかれて育ったというのも原因の一つなのかもしれない。

 スキンシップに慣れていなくて時折真っ赤になるところは本当に可愛い。

 みんながハルト様をつい抱き上げたくなる気持ちがよくわかった。

 強くて、カッコ良くて、なのに可愛いなんて、それはもうズル過ぎだろう?

 でもやっぱりハルト様には自覚がなくて。

 みんなハルト様にメロメロのデロデロになっていくのだ。

 だけどそれすらもハルト様はわかってなくて、無自覚に周りを魅了する。

 みんなハルト様に夢中になる。それは勿論俺も例外じゃない。

 

 だから俺はサキアス様が新たに側近入りする時、対外的にも側にいる俺に側近の証がないのは不自然だと言い出したマルビスの言葉に飛びついた。俺がハルト様のお側を離れる時には返却するという条件付きで。

 俺は絶対返すつもりはない。

 ずっとお側にいると決めたのだ。

 仮ではなく、相応しいと近いうちに必ず周りに言わせてみせる。 

 絶対、俺は近い将来にいつか、


「私のキールは凄いんだよ」


 と、そう自慢してもらえるようになってみせると誓ったのだ。

 討伐部隊のファンに妬まれて睨まれる?

 上等だっ!

 それくらいでへこたれるもんかっ!


 ガイと同じように見せつけてやるくらいの気持ちでいると俺は決めたのだ。

 


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― 新着の感想 ―
前話で「魔王ハルト様の側近が門番って(苦笑) 門番とか護衛なら四天王……八部衆……十二神将……いや、12使徒のほうかな? 第1席マルビス・第2席ロイは確定だけど、第3席以降は凄まじい争いに……(震え声…
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