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第九十話 呼び方などどうでもいいことなのです。


 検問所を抜けてものの数分も経たない内に馬車が停められた。

 すぐ近くというのは間違いではなかったようだ。

 ステラート領の検問所を抜ければそこはグラスフィート領地、即ち森や田園風景の広がる田舎道が多くなる。メイン通りを外れれば道も悪くなる。脇道を外れてほんの少しガタガタと馬車が大きく揺れて少々進んだあたりで馬の歩みが止まった。


「到着したようだな」

 辺境伯の言葉通り、すぐに馬車の扉が再び開けられる。

 深い森へと続く道の手前、少し開けた場所に降り立つと、そこには昨日見た四頭の獣馬と辺境伯のお抱えと思われる五人ほどの兵士の姿があった。みんな辺境伯に負けず劣らずの立派な体躯。

 彼らを労いつつ辺境伯がまずはイシュカを選んだ一頭に歩み寄って行く。

「イシュガルド。コイツは今日から其方の馬だ。まずは手綱と鞍を付けて名前を付けてやるが良い」

 毛艶も立ち姿も美しいその獣馬はイシュカに凄く似合っていると思う。

 近付き、その頭を撫で、鼻面にそっと触れ、渡された馬具を御礼を言って受け取ると馬具を取り付ける。そうしてその馬を褒めてやるようにイシュカはもう一度頭を撫でてやる。

「・・・アルテミス、彼女の名前はアルテミスにします」

 前世の神話に出てくる狩猟の女神様の名前だ。

 偶然とはいえ魔獣の血が入っている馬の名前が女神様の名前とは。

 綺麗な馬には似合いの名前と言えなくもないが。

「そうか。良かったな、良い名を付けて貰えて。早速だが乗って見せてくれ。ワシは自分が手塩にかけて育てた馬が良い騎手に恵まれ、その背に乗せているところを見るのが何よりの楽しみなのだよ」

 そう言って辺境伯はアルテミスと名付けられたその獣馬を撫でる。

 わかっているのかいないのか、アルテミスは嬉しそうにブルルルッと鼻を鳴らす。

「アルテミス、その背に私を乗せてくれるかい?」

 そう訪ねたイシュカに応えるが如く、数歩歩みを進めると乗れとばかりに真横に着いた。

 本当に賢いのは間違いなさそうだ。

「ありがとう、アルテミス」

 イシュカは嬉しそうに礼を言うとその背に乗り、手綱を握る。

 するとアルテミスはイシュカを乗せて走り出す。

「本当に綺麗な馬ですね。アルテミス、凄く嬉しそうに見えますね」

「ああ、まあな。獣馬というのは魔力量が多いほど乗り手も選ぶ上に扱いも難しい。だが一度自分の主人を決めれば忠実で、どんな戦場でも主人を捨てて逃げることはない」 

「心強い相棒、なんですね」

 私がそう言うと辺境伯は少しだけ目を見開いて頷いた。

「そうだ。その通りだ」

 でもそうなると三頭付いてきた私はどうなるのか?

 相棒が三頭? 

 少し違うような気がするのだが。

「私の場合、どうなるのでしょう? 明らかに私にはまだ扱いも難しいように思えるんですけど」

 乗って乗れないこともなさそうだが明らかに大きい。

「そう思って一応昨日取り急ぎ其方でも乗れるように三頭分の馬具を改造させてみたのだが、どうであろうな。大きさ的には翼が生えたヤツならなんとかなりそうだと思うのだが」

 流石馬の名産地と名高いステラート領。

 私はすっかり自分専用の馬を諦めていたのだがまさか職人に子供用に馬具を改造させるとは。

「一番扱いが難しそうだと言う一頭ですよね?」

「まあな。ものは試し、挑戦してみてはくれぬか? アヤツなら翼が背中に生えている分座るのにも支えになって乗りやすかろう」

 なるほど、言われてみれば。

 翼が背中に生えている分だけ背中に乗れる範囲も小さい。むしろ背中というより人間でいうところの肩に当たる部分しか乗れるところがない。そう考えると逆にあまり体格の良い人が乗るのは難しそうだ。支えになりそうだとはいえ綺麗な翼に寄りかかるのもどうかと思う。

「確かに。まずは名前、名前ですよね」

 三頭分の名前。どうしよう?

 空高く駆けるように走る馬。

 バランスが良くて素早さに優れた馬。

 速力と耐久力に優れ、遠駆するのに最高な馬。

「ルナ、ノトス、ガイアにします」

 私は指差しながら一頭づつ名前を呼ぶ。

 空に在る月の女神、ルナ。

 豊かな秋を運ぶ南風の男神、ノトス。

 美しい姿を持つ大地を司る女神、ガイア。

 知らないとはいえ偶然神話に出て来る名前を付けたイシュカに倣って神様の名前を付けてみたけど気に入って貰えただろうか。こうして陽の光の下で見る獣馬達は本当に綺麗だ。姿形は確かに異質だけど、だからこそより神秘的で美しく見えるのかも知れない。

 それらの名前が自分のものだと理解したのか私の周りに寄ってくる。

 大きな馬三頭に囲まれた姿は側から見れば襲われているようにも見えそうだ。

 だが大きいとはいえ自分に懐いてくる動物というのは可愛いものだ。

 わたしは手を伸ばしてルナに触れる。

 馬具を渡されはしたがイシュカのように取り付けようにもこの身長では難しい。

 かろうじて鼻先には届くけどこれではハミや手綱は勿論だけど頭絡や鞍など取り付けられるはずもなく、辺境伯の兵士から嘲笑が聞こえてくる。

 不快ではあるけれど見知らぬ人に笑われたところでどうと言うこともない。しかしながらどうしたものかと思案しているとルナがその膝を曲げ、その身を草の上に伏せたのだ。まるで、それを付けてくれとばかりに。

 私が驚いて目を見開くとルナは私の持っていた手綱にフンフンと鼻面を寄せる。

「ルナ、私を乗せてくれるの?」

 そう尋ねると優しく頭を擦り付け、ブルルルッと鼻を鳴らす。

「そう、お前は賢こくて優しい子だね。ありがとう」

 寄せてきた頭にそっと体を寄せると嬉しそうに頭を寄せてくる。

 綺麗な毛並みが痛まないように気をつけて手綱を取り付け、小さな鞍を乗せる。かなり前方位置に取りつけることになるけど大丈夫だろうか。腹帯を付けようとすると少しだけ前脚を立て、協力してくれる。本当に頭がいい。辺境伯の話からすると鞍を取り付けられるのは初めてだろうに。他の馬がそれらを付けるところを見ていて覚えたのだろうか。

「ありがとう。助かったよ、ルナ。お前は可愛い子だね。私はハルスウェルト、ハルトだよ。これからよろしくね」

 伏せた格好のままのルナの鼻面を撫でてから、その背に跨り、鐙に足を乗せるとルナが立ち上がろうとしたので落とされないようにバランスを取りながら首に掴まっていた。

 なんとかルナのお陰で乗馬することが出来た。

 辺境伯が獣馬は他の馬とは違うとそう言えば言っていたっけ。

「凄いですね、獣馬って」

 私が手綱を握り、そう言いながら辺境伯の方を振り返ると、みんな口をあんぐりと開け、見事に固まっていた。そう、辺境伯の兵だけでなく検問所を抜けて追いついてきたウチの側近や護衛達もが呆気にとられているようだ。

 あれっ?

 反応がなんだかおかしい。イシュカの時と明らかに違う。

 まあいいや。どうせルナの賢さに驚いただけだろう。

「少しだけ走ってきますね。すぐに戻ってきます。ルナ、行こうか」

 するとルナは少しだけ翼をはためかせて、軽い足取りで駆け始めた。

 凄い、それに速い。そして足取りも軽い。

 まるで空を駆けるように走ると聞いたけど本当だ。

 風を切るスピードは凄いのに揺れが驚くほど少ない。

 ぐるりと目の届く範囲を走らせてから戻ってくると岩のように固まっていたみんなが騒然としていた。

「楽しかったよ、ルナ。また今度、乗せてくれる?」

 そう言って首筋を優しく撫でてからルナの背から飛び降りる。

 すると残りの二頭、ノトスとガイアが近づいて来てルナの真似をしてその膝を曲げ、伏せて待つ。

「そう、お前達も私を乗せてくれるの。でも順番だよ。私は一人しかいないからね。喧嘩はダメだよ。じゃあ次はガイアかな? レディファーストだよ、ノトス。お前も賢い子だね」

 自分が先だとばかり鼻息荒く、睨み合う二頭を宥めつつガイアにも手綱と鞍を付ける。

「ごめんロイ、ルナを預かっていてくれる?」

「あっ、はい。かしこまりました」

 ルナの手綱を渡してロイにお願いする。

「ロイは私の大事な人だから優しくしてね、ルナ」

 わかったとばかりに小さくルナが嗎いて脚を踏み鳴らす。

 それからガイアとノトスにも乗って短い距離を走り、戻ってくる。

 それぞれ特徴的だけど草原を走るならルナ、遠乗りするならガイア。でも森の中を走るなら断然ノトス。馬上でバランスを取るのは大変だけど木々が生い繁る森の中でも器用にその間を右に、左にとすり抜けて疾走する様はまるでジェットコースターみたいなアトラクションにでも乗っているかのようだ。

 だが乗れないと思っていたルナ達に乗れたということは辺境伯が馬具を改造してくれたということも勿論あるだろうがルナ達が私に合わせてくれた可能性もある。


「其方は本当になんというか、その、色々と規格外だな」

 三頭の馬に囲まれて立っていると辺境伯に言葉を選ぶように言われた。

「何かおかしなことでも?」

 ヤケに奥歯に物が挟まったような言い方だ。

 首を傾げて尋ねる。

「何かというか、突っ込みどころがあり過ぎで、おかしなことだらけだ」

 何がおかしいというのか、乗ってみせろと言ったのは辺境伯ではないか。

「私は普通に馬に乗って戻って来ただけですよ?」

「馬ではなく獣馬だ。ワシは初めて見たぞ? 獣馬が背中に人を乗せるために自ら伏せて待つなど」

「ただルナ達が賢いだけなのでは?」

 魔力量が多いほど気難しくプライドも高いらしいし。

 私がそう言うと辺境伯は大きなため息を吐いた。

「まあ良い。深く考えても頭がおかしくなりそうだ。そういうことにしておこう。コヤツらが人を乗せて走るところなど一生見られないと思っていたのだが、今日、それを見せて貰えたことだし。コイツらも納得するだろう」

 そう言って辺境伯は彼の後ろにいた兵士達を振り返った。

 私がルナに手綱をどうやってつけようかと悩んでいたときにヒソヒソとこちらを見て何かを話しながら嘲笑していた人達だ。彼らはキマリが悪そうに視線をそらせている。

「コイツらとはそちらに見える騎士の方々ですか?」

「ああ。ウチの中でも十本の指に入る猛者達だ。其方にソヤツらが従ったと聞いて疑い、付いて来よったのだ。コイツらはウチの獣馬達に何度もフラれておるのでな。納得出来ぬというならその目で確かめれば良いと申したのだ」

 なるほど、そういうわけか。

 それならばあの態度も納得というものだ。

 言い方が悪いけど、要するに僻み、だよね、それ。

「獣馬は相性があると言ってましたよね?」

「普通はな。だが其方はタイプの違う、しかも魔力量が多い獣馬四頭を従えた。それは相性の良い悪いの問題ではなかろう?」

 う〜ん、また過大評価されているような気がするのだが。

「たまたまなのでは?」

「偶然で済む数ではなかろう」

 この辺は言い返したところで押し問答になるだけだからまあいいや。

 獣馬の受け取りも終わったことだし、そろそろお暇せねば。

 っと、その前にお聞きしなければならないことがあったっけ。

「あの、一つ確認しておきたいのですが」

「なんだ?」

「もしルナ達が私以外の者を嫌がらずに乗せてくれるなら共有、あるいは譲っても構わないんですか?」

 多分、だけどガイならノトスかガイアあたりに気に入られそうな気がするんだよね、多分。

 ダジャレではなく、ウマが合いそうな気がする。

「構わんぞ。その三頭はもう其方の馬だからな。それに主人と一緒か、主人の匂いが色濃く残ってでもいれば別だろうが他のヤツを乗せるということはまだ気に入っているから従っているだけで主人と認めていないという場合もある。コヤツらを乗りこなせそうな者が他にもいるのか?」

「はい、一人だけ心当たりが。イシュカにも負けず劣らずの実力者なのですがどうにも恥ずかしがり屋であまり人前に出たがらないのです」

 私がそう言うとマルビスやテスラ、イシュカ達がブッと吹き出し、笑い出した。

 あれっ? 何かまた言い方おかしかったかな?

「ほうっ、イシュガルドに負けぬとな? それは本当か?」

 興味津々でイシュカに辺境伯が尋ねると、イシュカは必死に笑いを堪えながら頷いた。

「そうですね、恥ずかしがり屋かどうかは判断しかねますが体術や走力では私も敵いません。剣術、馬術でなら私の方が勝るでしょうが、総合的には同等と言って差し支えない男ですよ」

「機会があれば連れて来るが良い」

「それはかなり難しいかと。天邪鬼で気配を消すのが上手い男なので。逃げ足だけならハルト様を含め、周りにいる者の中で間違いなく一番ですから」

 今頃ガイが帰り道の途中でクシャミでもしてるかな。

 強い男と聞いて辺境伯はかなり興味を持ったようだがイシュカの言葉に肩を落とす。

「それは残念だ」

 ガイの性格からすると確かに難しいよね。

 基本的に面白そうなことが何かあれば頼まなくても自分から首を突っ込んでくるタイプだけど。魔獣討伐部隊のメンバーとはそこそこ話もするみたいだけど近衛は連隊長以外苦手というか、好きじゃないみたいだし。殺気とか気配とかを感じるのが団長並みに鋭いから本気で逃げに入られると私でも捕まえるのは厳しいし。

 苦笑いしている私に辺境伯が兵士に仔馬を一頭連れて来させた。

 この場所にいるどの馬よりも小さい身体付きのそれは、まさしく私が当初手に入れる予定だった大きさだった。馬体の大きな馬ばかり見ていたせいか一際小さく見える。

 かっ、可愛い・・・。

 柔らかそうな茶色の毛並みも、つぶらな黒い瞳も、すごく。

 おそらく目がハート状態であったであろう私に辺境伯が苦笑する。

「コイツも是非連れて行ってやってくれ」

 そう言って既に手綱も鞍も付けられた状態のその仔の手綱を私に握らせた。

「昨日言っていた去年生まれたばかりの仔馬だ」

「申し出は有り難いのですが流石に頂きすぎではないかと思うのですが」

 嬉しいけど一頭は買い入れたとはいえ三頭の貴重な獣馬を実質タダでもぎ取ってしまった身としてはかなり気が引ける。大量の服の支払いもしてくれているわけだし。

 御遠慮しようかと渡された手綱をお返ししようとしたのだが絶対に受け取らんとばかりに辺境伯は両手を後ろに回してしまう。

「ソイツらは町乗りには向かん。それにソイツらはワシが選んだのではなく、ソヤツらがお前を選んだのだ。ワシが選んで贈ってやると言った言葉にはそぐわない。ワシはワシの言った言葉を違えるわけにはいかぬ」

 一度やると言ったものを取り止めるのは上級貴族としてのプライドも許さないということか。

「ではありがたく頂戴致します。御礼に奥様宛に新作のブローチか染め物が出来上がったらお贈りします」

「ああ、それで良い」

 鷹揚に頷いて夫人の肩を抱く。


「またいつでも遊びにくるが良いぞ。待っておるからな」

 そう言った辺境伯に頷いた私は、ルナに乗って二頭の獣馬、ガイアとノトスを引き連れ、見送って下さるお二人に向かって手を振り、別れを告げた。

 どうやら適当にやり過ごすつもりだった上級貴族、辺境伯との繋がりも出来てしまったようだ。

 私の行動はどうしてこう、裏目裏目と出るのだろう。

 少し先の道端の木の上で昼寝をしながら待っていてくれたガイと合流し、私は自分の屋敷に戻って行った。

 


 夕方、イシュカのアルテミスを含めた四頭の獣馬を連れ帰った事実は当然のことながら団長を含めた団員の間でも驚愕された。


「もう大概お前のやることで驚かなくなったつもりであったのだがな」

 馬房に入った四頭のルナ達獣馬を前に団長が呆れた顔で私を見た。

「うん、まあ、今回は返す言葉もないよ」

 やたらと目立つルナに乗り、ガイアとノトスを引き連れ帰ってきた私の姿はまだ夕闇に沈む前の我が敷地内では当然大騒ぎになった。

 見た目からして普通とは違うしね。それも仕方なしだ。

 ルナ達を目撃して周囲から上がる悲鳴に慌てて駆けつけてきた団員とウチの警備兵がすっ飛んで来たのは言うまでもなく。ただ背中に私が乗っているのを見てかなり混乱したようだ。だがルナ達を見たことのある団長がやって来たところで危険がないことを説明され、最近出来上がったばかりの馬場にそのまま入って行った。

「コイツらはアインツと俺もそっぽ向かれたヤツらだぞ?」

 ジロリと視線を流されて私は誤魔化すように乾いた笑い声を上げる。

「あははははははっ」

「あはは、じゃない。全く、笑い事じゃないぞ。どうするつもりだ?」

 どうもこうも連れて来てしまったからには面倒見るしかない。見た目が普通でないルナ達が危険でないと理解してもらうには不本意ながら自分の今の立場を利用するのが一番早い。

「とりあえず、ウチの紋章入りの障泥(あおり)か下鞍でも装着するか、旗でもはためかせて認知されるまで顔見せで乗ることにするよ。みんな従順で聡明ないい子達だし、魔獣の醸し出す禍々しさはないから慣れれば問題ないんじゃないかなあと」

 魔獣というのは常に魔素を纏っていたり、魔素を吸収しているようなヤツ多いし。

「まあ無難だな。それに上に乗っているのが武勇名高い、顔の知られたお前ならそう問題も起きまい」

 鼻で息を吐いた団長の言葉に引っかかりはするが、

「最近もう諦めたよ。その誤解を解いて回るのは」

「確かに若干ズレてはいるな」

「若干どころじゃないよっ」

 殆ど部外者の前で闘ったことなんてないのに。

 勘違いされた噂はとどまることを知らず、知れ渡った。

 既に否定したところで『そんな、御謙遜を』というヤツだ。

「だがお前の行動力と決断の早さには毎回感心させられる。普通はもっと迷うものだと思うぞ」

「良いことならともかく悪いことや面倒な事は放置しても碌なことにならないよ。思いついたら即行動、後は状況を見ながら随時変更、調整、強化ってとこかな」

「お前の場合はフォローできるだけの知恵も回るし人材も揃っているからな」

 まさしく勘違いされている原因はそこなのだ。

 たいして動いてもいないにも関わらず、自分に足りないものを持っている人材を集めた結果がこれなのだ。

「有り難いことだよ。ロイやマルビス、ガイ達みんなのフォローがなければ私の能力なんてゴミみたいなもんだよ」

「ゴミではなくお前だけでも充分価値はあると思うが。まあそれは間違いないな」

 所詮、私が色々考えてみたところで実行してくれる人達がいなければ私の評価は今の半分以下に違いない。 

「みんなのお陰で功績が上がっているのに私の名前だけ売れちゃって評価が上がるのはおかしいと思うよ、実際」

「だが、お前が中心にいるからこそ本来手を取り合うような機会のない連中や人材がここには揃っている。それを思えばお前の功績というのもあながち間違いではない。それにお前が目立つことでお前を敵に回したくない連中は殊更マルビス達にも手を出しにくくなり、彼らの身の安全も図れる。お前は身内に直接害を及ぼすような敵は徹底的に叩いて潰して回っているからな。それは悪いことではないだろう?」

 まあ私が目立つことでみんなの安全が守れるなら確かに。

 理不尽妬み嫉み、怒りの矛先が自分に向けられる方が対処もしやすい。

 別に不特定多数の敵に囲まれようと間違いなく自分の味方であると断言出来る人達が周りにいる限り別にどうということもない。助けてくれる人も、頼れる人もいなかった前世(むかし)の私の子供の頃に比べれば今は天国と言っても差し支えないくらいに恵まれているし。

「で、次はどう動くつもりだ?」

「次って、ああそうか。叔父さんの一件だね」

 悪徳高利貸しの成敗があったっけ。

 叔父さんの借金だけを片付けるだけなら実際半日もかからない。

 だけどそいつらを駆逐するにはそれなりに手間も掛かる。

 証文だけなら間違いなく存在しているわけだから父様も領主として手が出せない。

 ただガイに証文を奪ってきてもらったところで債務者達がヤツらに金を借りて取り立てられているのは彼らの職場で目撃されているわけだから罪としても立証し難い。経緯がどうであれ、彼らがヤツらに借金していたのは事実なのだ。

 取り調べすればホコリの出るヤツらでも、まずはしょっ引く理由がいる。

 父様に連絡は付けてあるし、調査書も回してある。

 新たな被害者を作らないために衛兵の見張りも付けてもらっている。

「ゲイル達が被害者に連絡取って確認は終わっているみたいだぞ?」

 手配を頼んでからたった五日しか経っていないのに。

「相変わらずマルビス達商業班は仕事が早いなあ。全く感心するよ」

「商人達は人がいる限り手段を選ばなければどんな場所でも入り込めるからな」

 彼らの強みはまさしくそこなのだ。

「どんな人間も食料がなきゃ生きていけないからね。それを取り扱う彼らは心強い味方だよ。まずは新たな犠牲者を出さないのが最優先。頭と資金源を潰さないとああいう手合いは何度でも蛆虫みたいにわいて出てくるし、ゴキブリ並みにしぶとく生き残るからね。後は逃げ道塞いで捕まえれば終わり。今回は頭の悪い連中ばかりみたいだから楽で助かるよ」

「頭が悪いって、衛兵達の目を逃れて何年も甘い汁を啜ってきたような悪知恵が働くようなヤツらだぞ?」

「簡単に尻尾を掴ませる時点でダメでしょ」

 数日程度の調査で暴かれる程度では底も知れている。

「簡単ではなくて、お前んとこの人材が優秀過ぎるだけだろ」

「それは否定しないよ」

 私には勿体ないくらい腕利きで優秀だ。

 これだけの人材が揃っていて何も出来ないなら私は能無しもいいところだ。

「秘密というのは共有する人間が増えるほどバレる確率も増える。知らなければ問い詰められても吐くこともできない。その都度必要な最低人員のみで統括した方が変更も容易で小回りも聞くし、必要な人間に必要な情報だけ伝えることで変な誤解や伝達の齟齬も少なくて済む。最終的には関わった人達全員に報告はするけど、ウチは団結力あるし」

「団結力というよりお前の指揮、統率力だろ」

 何馬鹿なことを言っている?

「そんなもの私にあるわけないでしょ」

「いやいやいや、流石にお前、それは自己評価が低すぎだろ」

 自己評価が低い?

 違う、私は自分の持っている力を正当に評価しているだけだ。

「私が頼りないからみんなが力を貸してくれてるに過ぎないよ。私はただ、あれやって、これやってってお願いしているだけだもの」

 むしろ出来ないことが多いからこそみんなを頼ってる。

「私は自分に足りないものが何かよく知っている。出来ないことは出来ないと見栄を張らずに認めて、それが出来る人にお願いする。その代わり、自分に出来ることなら全力を尽くす。仕事を頼んだ人の手間と時間と努力が無駄にならないようにね」

 私がやっていることに難しいことは一つもない。 

「男は見栄っ張りが多いからね。素直にそれを認められなくて失敗する。私には張る見栄がないから意地を張る必要もない。それだけだよ。意地やプライドを持つのは悪いことじゃないけど、時と場合を考えないとね」

 私にだってそれはある。

 だけど意地を張っていいところと悪いところがある。

 頼り切りはマズイとは思うけど。

「私もいつまでもお荷物でいるわけにはいかない。いつまでもみんなに助けてもらってばかりじゃ情けないし、頑張らないとね」

 結局私のしていることはお願いしているだけのことが多い。

 つまり私は私の言ったことを実行してくれる人がいない限り不可能なのだ。

 今回の件で私がしたことってなんだろう?

 ただ作戦立案してそれを出来る人に割り振った以外何もやっていない。

「お荷物って、お前。それ、なんか違ってないか?」

 私の言葉に団長が納得のいかない様子で眉を寄せる。

「そうかな? じゃあなんだろ? まあ呼び方なんてどうでもいいよ。私のやるべきことは変わらないんだから。なんにせよ私も行動を起こすための、成功させるための歯車の一つ。私は私の役目を果たすだけだよ」

 情報が集まったなら一度整理しておく必要もあるだろう。

 状況を把握しておかないと不都合が出た時や失敗した時、対処が遅れる。

 不測の事態に直面した時、『失敗しました、すみません』で済ませられる事態でもないし。

 大筋の計画は立ててあるけど場合によっては多少の修正も必要だろう。


「・・・そういうとこが、お前の魅力なのかもな」

 

 ボソリと漏らした団長の言葉は思考の海に沈んだ私の耳に届くことはなかった。




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