第八十九話 ステラート領は買い物天国?
宿に到着すると既にみんな宿に戻っていた。
叔父さんのお守りに疲れ果て、ソファに座り込んでいたマルビスとテスラが土埃まみれの私を見て慌てて駆け寄って来たのでどう話せばいいものかと迷っているとロイが二人に説明してくれた。
「なるほど。では無事に、とはいきませんでしたが辺境伯との顔合わせと納品は終わったわけですね?」
「なんとかね。そんなわけで明日も辺境伯に御挨拶をしなくちゃならなくなったんで今から服の調達に行こうかと。明日街を彷徨く服は持って来たけどまさか二日続けてお会いすることになるとは思ってなかったから」
立派な服を着て徒歩で朝市を彷徨くなど襲ってくれと言っているようなものだから持ってきているのは平民に紛れるための服。いかにも貴族的な服は持って来ていない。馬の受け渡しだけとはいえ辺境伯にその格好は失礼だろう。
「では今から向かいましょうか。残りの馬と本も前金を支払い確保して来ましたので明日は受け取りと積み込み、残金の支払いだけですし、全員揃っていますから問題もないでしょう」
今回の目的の一つでもある側近達の服の調達だ。
これから人の出入りも多くなるし、顔見せも増えてくるだろうからちゃんとした格好も必要になってくるだろうというマルビスの提案だ。つい先日の王妃様達の来訪にはどうしようもなかったので父様にお願いして屋敷に来る前に許可を得て貰ったけど毎回そういうわけにもいかない。ある程度屋敷が完成してくればまだ手が回っていないからという言い訳もできなくなる。私の持っている服も兄様達のおフルが多い。
「そうだね。あんまり遅くなって店が閉まっても困る」
明日にズレ込むと色々と見て回る予定もずれ込んでくる。
洋服は特にお直しもあるし、明日では間に合わない場合もある。
特にウチのメンツは背も高ければ脚も長い。全く羨ましい限りの体型である。
「夏は陽も長いですから大丈夫だと思いますけど、人数が人数ですからね。護衛は何名連れて行きますか?」
今回はみんなに買ってあげるってわけにもいかないしね。
そうすると今回連れて来なかった護衛メンバーと扱いに差が出てしまうし、依怙贔屓は避けるべきだ。
「イシュカとガイがいるけど二人の服も調達したいし、あんまり大勢で店に押しかけてもねえ。どうしよう?」
「ではライオネルとガジェットにはこのまま護衛を、他の者には銀貨五枚づつ渡してそれぞれ四刻ほど自由時間で好きに食事を取って来てもらいましょう」
そうマルビスは言うと残った護衛達に銀貨を配り始める。
四刻あれば銀貨五枚の軍資金で豪勢な食事をしない限りはちょっとしたお土産を買うくらいの釣りは出る。商店街を覗く余裕もあるからそんなに悪くはないはずだ。思いがけずに自由時間を手に入れた者達は喜び勇んで部屋を飛び出して行った。勿論、今日護衛についてもらう二人にも銀貨は五枚配られる。護衛の任務に付いてもらう代わりに夕食代はコチラ持ち、そのまま懐へ入れてもらう。
「それと辺境伯から紹介状を貰ったんだけど。御用達だから是非利用してくれって。マルビス、この店知ってる?」
私は貰った封書と店の名前と住所が書かれた紙をマルビスに差し出す。
「ええ、知っていますよ。この街では有名な店ですから。品揃えも良いですし、ここからも歩いて行けるほどには近いですよ」
流石御用達といったところか。
品揃えがいいというなら期待できそうだ。ウチの領地も賑わい始めているといえ品揃えはまだまだ。王都で買ったのは春用だったし、薄手なので使えないわけではないがちゃんとした夏服が欲しい。特に王都で買えなかったテスラとキール、ガイ、叔父さんは特にだ。まだ夏真っ盛りだし薄手の服は必需品。秋物があればついでに手に入れておいてもいい。叔父さんは一応貴族なので持っていないこともないらしいが何年前に買ったか覚えてないくらい古いものらしい。ウチの側近達は図らずもイケメン揃いだがマルビス以外は基本服装に無頓着。着飾れば間違いなく見違えるのはわかっているので本日も着せ替えが楽しみなのだ。
私が金を出すのだ、自分好みに着飾らせて何が悪いっ!
使い道に困るほど大量に積まれていく金貨、眠らせて置くくらいなら有効活用(?)すべきだろう。人間見た目ではないが第一印象がいいに越したことはない。
何よりも見ていて私が楽しい。
好みがあるなら聞くつもりは勿論ある。
無理強いする気はない。と、言いたいところだが若干一名だけは別。
今もさりげに逃亡を図ろうとしているのが一人。
私は気配を極力消そうとしているその人の腕を咄嗟に捕まえた。
「ガイ、今、逃げようとしたでしょ?」
ギクリと肩を揺らせたが、当然私は逃すつもりはない。
「約束、したよね?」
にっこりと笑って見せるが、当然目は笑っていない。
「いや、その、まあそうなんだが。やっぱ俺のガラじゃねえし・・・」
「したよね、約束。付き合ってくれるって」
ガイの妙に歯切れの悪い言葉、目も意味不明に泳いでるし。
別に嫌な上級貴族の前に出ろというわけではない。
ただ私が見たいだけだろうと言われてしまえばそれまでなのだが、
「私、今回はそれも楽しみにしていたんだから逃がさないよ、ガイ」
この機会を逃せばいつまでもボロボロの擦り切れた服を着ていそうだ。
私がガイの着せ替えを楽しみにしていたというのも勿論ある。
別にそれが悪いとは言わない、個人の自由。
ガイの出掛けて行く場所や出入りする所はあまり上等な格好で行くところでもないし、逆に怪しまれることになりかねないこともあるだろう。でも、もし何かあって人前にどうしても出なければならなくなった時、それでガイが軽く扱われるのは嫌だ。どうしても人はその人の外見で判断しがちだ。持っていてさえくれれば万が一の時に困らないし、着ていれば傷んでくるのは当たり前、大事にしろというつもりもない。
「別にずっと着てろなんて言わないよ。嫌なら着なくてもいい、箪笥の肥やしにしておいてもいいよ。王族や上級貴族の前に出ろなんて言うつもりもない。でもいざ欲しいとなってもこういうものはすぐに用意出来ない。管理が面倒だっていうなら私が預かってもいいよ」
ガッツリ抱きついて、というより大木に取り付く蝉が如くしがみついていると言った方が正しいであろう格好でいるとガイが観念する。
「わかったっ、わかったから、手ェ放せって」
「本当っ?」
「行くよ、行けばいいんだろっ」
ヤケクソ気味に叫ぶガイの顔は真っ赤だ。
体裁が悪いとでも思ったのだろう。
不機嫌そうに歪められた表情も顔が赤くては迫力もない。
「それじゃガイの気が変わらないうちに早速行こう。マルビス、案内してっ」
私はそれでもやっぱやめたとかいい出しそうなガイの手をガシッと掴む。
「そうやってガイと手を繋いで出かけるつもりですか?」
「マズイかな? ガイ、嫌? 嫌なら離すよ」
マルビスに聞かれてガイを見上げて尋ねる。
無理強いするのはセクハラだよね?
「好きにしろっ、別に嫌でもねえし」
と、ぶっきらぼうに言った。
そう、それなら良かった。
安心して前を向いた私の前にテスラが右手を差し出した。
「なに、この手?」
「ガイだけだと人攫いに間違えられそうですから」
確かにガイの出立ちからすると怪しく見えないこともないかもしれないけど。
「俺と手を繋ぐのは嫌ですか?」
「別に、嫌じゃないよ?」
そういえばガイとテスラとはあんまり手を繋ぐようなこともないなあ。
ロイやマルビスは買い物に出掛けて何かに夢中になるとついふらっと引き寄せられてはぐれそうになるので防止対策だと言うので人混みの中では手を繋ぐこともあるけど。結局中身がどうであれ、私の外見がお子様なのは変わりがないので人目を気にする必要もないので特にどうと言うこともない。最初はロイの顔を間近で見るだけでもドキドキだったというのに慣れというものは全くおそろしくもありがたいものだ。
私はテスラの手を取った。両手に花ならぬ、両手にイケメンである。
「そんなに睨むなよ、ロイ。あんたとマルビスはよく繋いでいるんだからたまには俺に譲ってくれてもいいだろ?」
テスラ、私と手を繋ぎたかったの?
外見だけなら今の私は可愛いといえなくもないからペットか愛玩動物みたいなものか。
「まあいいでしょう。今日の私は大変機嫌がいいので」
「ふ〜ん、あっそう。別に聞きたくもないけど、どうせ些細なことだろ」
「いいんです、些細なことにも幸せは潜んでいるものなんですから」
ロイとテスラの会話を聞きながら、先導するマルビスの後を付いて行く。
私は御機嫌な気分で洋品店に向かった。
到着したそこは確かに王都で見た店とも然程変わらない規模の店だった。
店内こそ、少し古ぼけた感じはあるけれどなかなか大きな街というのもあって取り扱い商品も多い。こういうところに来たことのないであろうキールは見事に固まっていた。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で?」
男がゾロゾロと十人で連れ立っての来店はかなり特殊といえば特殊なので店員の不信感も露わだ。
無理もない。服装、格好は勿論だが醸し出す雰囲気もマチマチ、共通点も少ない。愛想もロイとマルビス以外はそんなにある方でもない。ライオネルはぐるりと店内を見渡し、他に客がいないことを確認する店の出入り口脇に警備のために立ち、ガジェットはそのまま二階に上がるとそこにも客がいないことを確認すると階段の登り口の側に立つ。私の側にはガイもイシュカもいるので主要出入り口の警護を務めてくれるようだ。
私達の中でも特に人当たりと愛想のいいマルビスが店員に向かって一歩、歩み出る。
「はい、実は本日我が主が辺境伯邸を訪問した際にここをご紹介して頂きまして。こちら、預かりました紹介状です」
マルビスが差し出した封書を受け取ると店員は拝見させて頂きますと一言前置き、それに目を通す。すると失礼致しますと言って店の奥に駆け込んで行った。すぐに奥から数名の男女が慌てて飛び出してくる。
「大変お待たせ致しました。私、店主のネイサルと申します。当店にお越し頂き、誠にありがとうございます。紳士服は二階になりますのでどうぞこちらに」
そう言って二階へと続く階段へと誘導され、店員がゾロゾロと後をついてくる。
確かに一階は見渡す限り華やかな婦人服が多いようだ。
色鮮やかな方が人目を引きやすいという理由もあるだろう。
中途半端な時間でもあるせいか店内に私達以外の客は見当たらない。
店の全ての店員が出て来たのではないかと思われるような人数がやって来たのには驚いたけれど。
「どのような物をお探しでしょうか。当店の者がお手伝いさせて頂きますのでどうぞお申し付け下さい」
店主が一歩歩み出て頭を下げるとそこにいた店員が一斉に頭を下げる。
紹介状、恐るべしである。
「好きに見せて頂いても?」
そう言ったマルビスに店主は笑顔で頷いた。
「勿論で御座います」
それでは遠慮なく、だ。
私は紳士服に飛び付くとカーキ色のロングコートがまず目に入った。
ガイは基本黒一色だからこんなのを上に羽織ってもサマになるに違いない。
「ねえ、ガイ、こんなのはどうかな? 絶対似合うしカッコイイと思うんだけど」
私はそれを手に取ると引きずりそうな長さのコートをガイの前に両手を目一杯伸ばして見せる。
「まだ夏だろ、これは秋冬物じゃねえのか?」
「秋冬物も買うんだよ。その時にまたガイが来てくれるならその時でもいいけど」
そう言うと嫌そうに顔を顰めた。
やはり来るのは嫌なようだ。
「基本的に暗めの色にしてくれ、仕事上あんまり目立ちたくねえし」
やっぱりそうなるのか。まあそうだよね。
「やっぱシンプルイズベストかなあ。ガイの雰囲気からするとゴテゴテ飾り立てるよりその方が映えるよね」
「普段着をお探しですか?」
「メインはね。でも最低一つは人前にでても恥ずかしくないのが欲しいんだ。ガイは服装に無頓着なんでなかなか連れて来れないから彼に似合いそうなのがあれば季節問わず持って来てもらえる?」
「かしこまりました。他にはどちら様の物が御入用で?」
「欲しいのは全員分だけど、今回は特にこの四人」
ガイ、テスラ、イシュカ、キールを指し示した。
「特にこの彼のは数も欲しいからドンドン持って来て? お直しはどのくらい掛かりそう?」
「物と数にもよりますが決めて頂ければすぐに取り掛からせます」
店主がそう言うと後ろにいたお針子らしい女の子達が頷いた。
「こちらにお見えになるのはいつまでですか?」
「明日の午前中。午後の早いうちには検問所を抜けたいから」
出来れば夕方には戻りたい。団長がいるし、ゲイルも留守を見ていてくれるから心配はないだろうけどあんまり長く屋敷を空けとくのもなんだし。
「かしこまりました。なるべく間に合わせるように致しますが、間に合わない物はお屋敷までお届けに上がりますのでご安心ください」
いや、そう安請け合いするとまずいと思うよ?
だって、
「ウチ、グラスフィート領なんですけど」
「存じ上げております。貴方様は名の知れた有名な御方で御座いますので」
へっ? なんで?
ウチの領地内では諦めたけど、他領でそこまで言われる覚えは特にない。
私が首を傾げるとマルビスが苦笑する。
「そろそろ諦めて下さいと何度も言っているでしょう? 自覚がないのは貴方だけですよ、ハルト様。屋敷勤めなどで殆ど外に出る機会のない者や一般庶民でしたら知らなくても無理はないでしょうが、特に商人の間では貴方を知らぬ者は商才のないボンクラか、噂の届くのが遅い僻地に住まう者くらいでしょう」
「はい、その通り御座います」
特にってなんで?
王侯貴族ならまだしも一般市民、商人にまで名前が知れ渡るようなことをしでかした覚えはないのだが。
「私、またなんか変なことやったっけ?」
何か事が起これば別だが私は基本的に自分のナワバリからあまり外には出ていない。周辺地域の居心地の悪さもあるがこの二カ月ほどはフィア達もいたし、王都にも約一カ月滞在していた。誕生日前は殆ど父様の屋敷から出なかったことを考えればそんなに有名人になるとも思えないのだが。
するとマルビスは呆れたように続けた。
「貴方の持っている商業登録がいくつあると思っているのですか? 姿を見たことがなくても野心のある商人ならこの国で貴方の名前を知らぬ者はいませんよ」
そうか、そうだった。
商業登録商品は使用料や利用料さえ払えば取り扱いできる物も多い。
商人ならば日々更新される商業登録に週に一度は目を通しに来る者も少なくないとテスラは言っていたっけ。それらを支払い、すぐに生産、販売する者もいれば、登録期間が短い物なら期限が切れるのを準備を万端整えて待っている者もいると言う。私の登録している物は半分くらい食品関係なので、物にもよるが登録期限が短い幾つかのそれらは待機期間を含めた一年後には一斉に地方でも売り出しが始まる物もあるだろうと。
「当店をご利用頂き、光栄で御座います。ハルスウェルト・ラ・グラスフィート様。ようこそお越し下さいました。お会いすることができて嬉しゅう御座います。当店は只今より貸切に致しましたのでどうぞ、心ゆくまでごゆっくりご覧になって下さいませ」
と、そう言ってにっこりと店主は微笑んだ。
貴族、鍛治師、商人。
私のことを知らない者はいないという職業(?)の人達。
私はいったいどこまで見せ物パンダになっていくのだろう。
マルビスに限らず父様や団長、連隊長達他、様々な人にそう言われてきた。
諦めろと。
確かにこれはもう観念するしかなさそうだ。
別に悪い噂であるわけでもなし、もうそれも仕方なしだ。
基本的に能天気でお気楽で、深く考えない私は考えることを放棄した。
やってしまったものはどうしようもない。
自分の譲れないことが守れるのならこの際細かいことは気にしない。
『なんとかなるさ』が行動の基本である。
悪いことでない限りは私は諦めも早い。
足掻いたところで変えられないのなら後は現状を楽しむだけなのだ。
私は気分を切り替えてガイを着せ替え、着飾らせるべくハンガーに手を掛けた。
大丈夫、軍資金はたっぷり積んできたのだから。
とりあえず、ガイに似合う服は嫌だ、嫌いだと言われない限りは片っ端から『買い』にして、サイズ補正や縫い上げを片っ端からしてもらい、その他のメンバーはマルビスとロイが手分けして選び、着替えさせ、ガイは自分用の服が山と積み上がったところで『もういいだろ』と一階まで逃げ出し、ライオネルの隣に座り込んだ。
一応護衛は続けてくれるつもりらしい。
肩幅はあるけれど意外と腰が細めの見事な逆三角形の体型のガイは何を着てもカッコ良かった。褒め称えるとムスッとした顔立ちで『そうかよっ』って面倒くさそうに答えていたが、うっすらと照れたように頬を染めていては迫力もない。原色も似合いそうで着せて見たかったのだが拒否されてしまった。明るい色は嫌がったけれどそれでも全季節分、トータルで三十セットほど買い込んだところで逃げられはしたが、マルビスがこっそりとガイのサイズを控えておいてもらうように頼んでいたのは知っている。それさえわかればある程度こちらで用意できるということだろう。その後やっと自分の分を選びにかかると既に選び終わった面々が私のところにこれはどうだ、あれもどうだと各々自分の選んだ服を持ってやって来た。折角選んでくれたのだしと私もみんなが持って来てくれたのは全て袖を通してみた。
チェックするのは勿論この二人、センスではピカイチのマルビスと無難にオシャレなロイの二人。明日着る服を含めて結局私も二十セットほど積み上がった。
いったいお値段はいかほどになるのか。
王都よりも若干お安めとはいえ積み上がった量は倍以上。
多分、金貨三百枚ほどかなと思って会計を待っていると店主がやって来た。
「全部でお幾らになりましたか?」
そう私が尋ねると店主はにこやかに言った。
「お代は結構で御座います」
はあっ?
いくらなんでもそれはおかしいでしょうっ!?
結構な大金だよ? お直しのサービスとか、割引とか、営業時間の融通というレベルじゃないよねっ!?
「辺境伯からは支払いは全て自分のところに回すようにとことづかっておりますのでお代を頂いては当方がお叱りを受けてしまいます」
思い当たったのはあの紹介状だと言って渡された手紙だ。
私は恐る恐る尋ねる。
「結構なお値段ですよね?」
「自分を楽しませてもらった礼とプライドを守って頂いた代金だと言うことで御座います」
それにしては随分高くついたのではないのかと思うのだが。
もともと爆買いするつもりでここにきたので大量に買い込んだのだ。
お代が辺境伯持ちだというのならもう少し遠慮したのに。
「それから、もし貴方様が御遠慮なされるようでしたらこう申し伝えるようにと伺っています。『目上の者が払うと言っているのだから恥をかかせるものではない。素直にありがとう御座いますと言って受け取れば良いのだ』、と」
それは私がイシュカに対して言った言葉と一緒だ。
それを言われてしまっては受け取るしかない。
「では、ありがたく受け取っておきます。明日お会いしたら御礼を言います」
金額を見て言ったこと、後悔しないといいけれど。
大量の服を誰の分かと仕分けはしてあるけど見事に八人分の八つの山が出来ている。
「お急ぎなのは貴方様の一着だけでよろしかったですね。では明日、出発前にお寄り下さい。仕上がった物だけでも先にお渡し致します。残りは後日、私がお届けに上がりますのでお任せ下さい」
店主自らとなると意図的な物を感じないでもなかったがマルビスかゲイル辺りに対応して貰えば特に問題もなかろう。一応留守のこともあるかもしれないのでどのくらいになるか判るなら明日教えて欲しいと申し伝えて店を出る。
「またの御来店をお待ちしております」
と、総出でお見送りされ、私達は店を後にした。
その後はいつものごとくマルビスオススメの食堂で一室を貸切宴会もどきの大騒ぎ。
ロイとイシュカ以外はお酒もしっかり呑んでいた。
ライオネルとガジェットにも一応酔い過ぎず、護衛の仕事に支障が出ない範囲なら構わないよと許可を出すと、十杯程度で二人は止めた。支障が出ない範囲が十杯ってどうなんだろうと思いつつ、外に出る時に二人を見上げたが、顔色はまるで変わっていないし、足取りもしっかりしていた。どうして私の周りはザルの網目もないような呑兵衛ばかりなのだろう。ガイは宿に到着するなり飲み足りないと夜の街に出掛けて行ったけど。
相当お疲れ気味のガイは明日の朝市には付いてくるつもりもないようだ。人手が足りない時は護衛もしてくれるけど、もともとガイの仕事は護衛ではないし、別に好きにして構わないけど。ロイとマルビスは酔っ払いのテスラと叔父さんにそれぞれ手を貸しつつ私はイシュカと一緒に宿の階段を上がっていった。
翌日は他領に来た時のいつもの恒例のごとく朝市に出掛けた。
辺境伯が言っていたように活気があるその露店にはウチではあまり見ないような野菜や果物、雑貨もあった。ウチはまだ夏真っ盛りだが北に位置するこの領地の更に向こうの国は既に寒いところもあるようで、秋の味覚も出回っている。林檎にレモンなどの柑橘系、柚子、オレンジ、柿まである。勿論これらは『買い』である。ただ柿は私にとってあまりいい思い出がないのでかなり控えめにした。前世、実家の裏庭に柿の木が三本ほど生えていて毎日食卓に上がっていたので食べ過ぎて御遠慮願いたく就職して一人暮らしをしてからも実家から送られてくる山のようなそれにウンザリしたのを覚えている。柚子や柿などの果物や味噌や醤油が調味料として手にすることが出来たことを考えれば日本のような食文化があるところもあるのだろう。他の文化まで同じかどうかわからないが私がもっと成長して、一人でも旅ができるような年になったら他の国も是非回ってみたい。幸い護衛という名の荷物持ち要員が今回は六人もいるので遠慮なくそれらを買い込み、一人馬車を取りに行かせ、戻ってくるまで近くの空き地に荷物番を置いておき、見張らせておく。今回は人数も人数なので大きな馬車に乗って来たのは正解だった。遠慮なしに私が買い込むので積めなくなったらどうすんだと言ったテスラにマルビスが馬車用の馬を買ったのだから新品か中古の荷馬車を買えばいいと宣い、結局私の爆買いは止められることなく続いた。ヤギ肉や羊肉などもあったし、それらの乳で作られているチーズもあった。目についたそれらも当然『買い』である。後で買っておけば良かったと思うより、買ってしまえが今の私だ。どうせウチは大喰らいも揃っているし、問題なかろう。心配ならば魔法を使って冷凍保存しておけば良い。
そして食料品の通りを抜けると今度は雑貨が多く立ち並ぶエリアへと変わっていく。
一般的な生活用品はスルーしつつ、インテリア系は王都やレイオット領では見なかったような異国の匂いが香る品々は私の目を引いた。民族柄の織物や絨毯、ランプやキャンドル、ショールやスカーフ、香水瓶や小物入れにアクセサリー。異国情緒溢れるそれらに興奮気味だ。
ウチの国では落ち着いた品のあるデザインや色遣いが多いけれど原色が多様されたカラフルで目を引くそれらは実に私好みだ。絨毯は何枚も買い込めるものではないので選びに選んで自分の部屋にも使えそうなものを一巻き、後は数個のインテリア雑貨とショールや織物などの布製品は遠慮なく。マルビスが私の横で値段交渉をしてくれるので安心だ。はぐれた場合の集合場所は私が積み上げた買い物置き場。キールの横にはテスラと護衛を一人つけてあるので商売の参考になりそうな物は遠慮なく買ってもらえるようにと軍資金も渡してある。
私の買い物に初めて付き合わされた護衛のみんなはかなりお疲れモードのようなので、この後の早めの昼食は好きなだけ好きな物を食べてもらって元気を回復してもらうとしよう。その後には叔父さんが買い込んだという大量の本の回収と積み込み、そして馬達の引き取りも待っている。
そうして朝市を満喫した後は宿までの道のりを大回りしつつ途中で早めの昼食を済ませ、幾つかの名所を経由して馬の引き取りと荷馬車を買い付け昨日大量に買い込んだ服を引き取りつつ、宿で着替えを済ませてチェックアウトをした後に全部で四軒の本屋を回る。昨日叔父さんとキール、マルビスが買い上げた本は実に合計千二十冊。叔父さんは専門書から一般教養、雑学に至るまで、キールには子供が文字を勉強するための絵本を選んでもらったのだ。マルビスには定番から最近流行りの物語などを中心に。そうして真昼を少し過ぎた辺りに三台の馬車を十の騎馬で取り囲み、更に二頭の馬を引きながら検問所に到着するとそこには辺境伯の家の紋章が入った馬車が止まっていた。
しまった、お待たせし過ぎてしまっただろうか。
慌てて座っていた御者台から降りると紋章入りの馬車から辺境伯が降りて来た。
「お待たせしてすみません、遅れましたっ」
駆け寄った私に怒るでもなく、ポンと頭の上に大きな手を乗せるとくしゃくしゃと撫でられた。セットするまでもなく綺麗に真っ直ぐなストレートな私の髪はその程度で乱れないので気にしない。女の子なら怒るかもしれないけれど。
昨日とは違う気さくな雰囲気は認められた証だろうか。
「いや、待ってなどおらぬよ。少しばかり用意に手間取ったのでな。ワシらも先程到着したばかりだ」
世話だけなら普通の馬とはそう変わらないと言っていたけれど大丈夫だったのだろうか。
だがまずは先に昨日の洋品店での支払いの件の御礼が先か。
私は深く頭を下げる。
「昨日は大変ありがとうございました。洋品店からの請求書を見て吃驚なさいませんでしたでしょうか?」
結局総額はわからないままだが大金であることは間違いない。
「あの程度、大した金額ではない。ワシのプライドはそんなに安くはないのでな。それよりも随分と大量に色々と買い込んだものだな。ウチに来た時は馬車一台だと聞いていたのだが」
「お聞きしていた通り、珍しいものがたくさんありましたので調子に乗ってつい、買い込み過ぎてしまいました」
「ウチの領地で金を落としていってくれるのは悪いことではない」
それもそうか。回りまわって辺境伯の税収ともなるのだし。
「ハルスウェルト、イシュガルド、馬は検問所の向こう側の少し離れた場所に用意してある。アレらは少しばかり目立つのでな。今検問所の手続きが済み次第案内しよう」
私達が会話している間に手続きを始めていたらしく既に数人は検問所を抜けているようだ。ガイの姿が見当たらないとこを見ると一番でサッサと抜けて少し先のあたりで待っているのだろう。昨日ガイが選んだらしい黒毛の馬が見当たらない。ガイも昨日辺境伯のところにいたら、一頭くらい獣馬が付いて来たかもしれないんだけどなあ。
とりあえず案内をして下さるというので再度御礼を述べる。
「ありがとうございます」
「そこまで一緒の馬車に乗るが良い。此奴が心配ならばイシュガルドとそこの執事も一緒で構わんぞ。妻が是非礼を申したいと言っておるのでな」
それを聞いていたマルビスがロイに変わって御者台に上がる。
「はい、喜んで」
「御一緒に失礼致します」
辺境伯の後を私とロイとイシュカが付いて行く。
昨日会った執事と御者が馬車の扉を開けてくれたので辺境伯に続き、乗り込んで行く。そこには昨日と変わらず綺麗な夫人が座っていた。胸には昨日買い上げてもらった花の形をしたビーズのブローチが飾られていた。
「ご機嫌よう、昨日に引き続きお会いできて嬉しいわ。ハルスウェルト様」
「昨日とはまた違った装いもお美しく、夏の陽射しも翳るほどお綺麗で思わず見惚れてしまいます」
夏らしい見事な青いサマードレスはとてもお似合いだった。
こんな色の服もお召しになるのか。
「相変わらずお上手だこと。でも嬉しいわ。ありがとう」
「辺境伯が奥様を自慢なされるのも当然のことかと」
手続きが済んで書類が渡されるとそのまま馬車が走り出す。
辺境伯が一緒なのもあって手続き処理が早い。
夫人はにこやかに話の先を続ける。
「頂いた手土産も昨日お茶の時間に主人と早速頂いたわ。レイオット侯爵夫人が自慢なされていた通り、とても美味しくて私、つい食べ過ぎてしまいましたわ。こちらのブローチもとても気に入ったの。宝石とはまた違っていて立体的な大ぶりの花の形がとても素敵。また新作ができたら拝見したいわ。ねえ、あなた。また買って頂けるかしら?」
「ああ、構わぬよ。好きなだけ買うが良い」
「まあ嬉しいこと」
綺麗で色っぽくておねだり上手。
意地っ張りな私にはとても出来ない芸当だ。
「この人ね、昨日から貴方の話ばかりなのよ。四頭の獣馬に気に入られたんですって?」
「はあ、どうにもそのようで」
結局、興味は有り有りだったが特に欲しいと思わなかった獣馬を引き取ることになったのは幸か不幸か判断できかねる。でもまあ珍しくていい馬なのは間違いないというのなら置いておいて困るものでもなかろう。厩舎で見た一頭目が複数の人を乗せられるというのなら私の他にも気に入って背中に乗せてくれる人もいるかもしれないし。
私専用の普通の仔馬は結局手に入れ損ね、私は当分馬車か相乗り決定だ。
夫人は間の抜けた私の返事を特に気にする様子もない。
「凄いわ。私、益々自慢出来てよ。そんな貴方のファーストダンスの相手を務めたこと」
羨まれ、妬まれるのが誇りで自慢か。
私には理解し難い世界だが、
「光栄です」
綺麗な御婦人に自慢して頂けるのは気分も悪くない。
「それに主人の遊び相手にもなって頂いたのですって? この人、昨日からその話ばかりなの。アイツは見所があるって。余程貴方のことを気に入ったのね。是非また遊びにいらして? この人があんなに楽しそうにしているのを私、久しぶりに見たわ」
「ミレーヌ、余計なことは言わなくても良い」
「だって最近はいつも『最近の若い奴は骨がなくてつまらん』て、眉間に皺を寄せて言っていたじゃない」
そうなのか。
なるほど、強者故の悩みというところか。
辺境伯、張り合ってこそ磨かれるって言ってたもんね。
だけど見ていて羨ましいと思うのはこの二人の仲の良さだ。
「御主人をとても愛していらっしゃるのですね」
私が唐突にそう言うと夫人は驚いたように表情を止めた。
「違うのですか? 貴方様がとても嬉しそうに、楽しそうに辺境伯の話をなさるので余程仲がよろしいのだろうと思って。それとも私は何か失礼なことをお聞きしてしまったのでしょうか?」
「いいえ、大丈夫よ、違わないわ。私、この人のことが大好きだもの」
夫人はそう言って花のように微笑んで肯定し、辺境伯は照れたように赤くなって咳払いをすると窓際に顔を背けた。
「私もいつか辺境伯と貴方のように私だけを愛して下さる方にお会いしたいです」
何年後になるのかわからないけど、いつか出会えるといい。
私の近くには男女問わずたくさんの人達が集まってきているから、案外、もう近くにいるのかもしれないけど。
「絶対に会えるわ。だって、貴方はとても素敵な男性だもの」
そう断言してくれた夫人に私は一言、
「ありがとうございます」
と、御礼を言った。