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第八十七話 ジャジャ馬ならし? 馬は相性が大事です。


 お邪魔した馬場の中では馬がニ、三十頭ほどのんびりと歩いていたが見渡したところ、そんなに変わった馬は見当たらない。キョロキョロとしていると辺境伯に笑われてしまった。

「ハルスウェルトが探している獣馬は今は馬場には出ておらぬよ。魔物の血が混じっているせいか連れ出してやらぬ限りはこのような真昼の時間帯は眠っていることが多く、馬小屋からあまり出てこようとしないのだよ。勿論己が認めた相手にならば従い、陽のもとでも後を付いて出て来るがな」

 まるで忠犬みたいだ。

 そう思えば気性が荒いという獣馬も可愛いと言えなくもない。

 辺境伯は後ろを振り返りイシュカ達に向かって言った。

「獣馬を外に連れ出せればお主らにも売ってやっても良い。但し、くれぐれも無理矢理連れ出そうと引っ張るなよ。暴れて手がつけられなくなり、蹴り殺されても知らぬぞ。今の時間は馬房に繋いでおらぬからな。気に入られれば勝手にソイツらが懐き、一緒に外に出て来る」

 ふ〜ん、認めた相手には構ってちゃんになるわけか。 

「コッチだ。付いて来るがよい」

 そう行って辺境伯は大きな厩舎の脇を抜け、奥の塀の角にほど近い大木の茂る下に建てられた馬小屋に向かって歩いて行った。


 他の馬小屋よりも遥かに頑丈そうな造り。

 体格が良い獣馬を囲って置くためだろうか。少し薄暗いそこには太い柱が何本も立てられていた。最大で十頭飼育することができるようで、手前四つの馬房は空いていた。

 辺境伯が少し獣馬から距離を取ったところを歩いているということは近づきすぎるとマズイということだろうか。私達は獣馬を刺激し過ぎないように一頭一頭説明してくれる辺境伯の後を付いて行く。

 手前二頭は外見的には普通の馬に近い。

 奥にいくほど魔力量が高くプライドが高い。一番手前の獣馬は一際体格も良く頑丈。艶のある黒毛で美しく迫力もある。この中では唯一辺境伯を乗せてくれる馬だそうだ。二番目の茶毛の獣馬は大きさこそ黒毛のヤツには劣るが速力では一番、脚も長く、立ち姿は見惚れるほど美しいらしい。三番目の獣馬は黒毛で頭に小さな角らしきものが二本生えていてバランス的には一番良く、平均的に普通の馬の約三割増しほど能力が高いので騎馬としての戦闘力はかなり期待が出来るようだ。外観的にはどちらかと言えば普通より。四番目の獣馬からは外観的にも普通の馬とは違う目立った特徴が出てくる。鼻先に太い角と尾が二本ある。身体のバランスを取るのが上手いらしく前後左右の動きが他の馬とは段違いに素早いが気に入られたとしても乗りこなすにはそれなりに苦労しそうということだ。五番目の獣馬は黒毛、だけど前脚が二本、後脚が四本、合計六本あって速力と耐久力があるから遠駆けには特に力を発揮するだろうということだが、六本脚はかなり目立ちそうだ。そして一番特殊な外見なのは六番目、身体こそ普通の馬並だが背中に一対の翼が生え、額に一本の角がある。そして色は白、外見はまさしくペガサスかユニコーンといったところだ。翼があるだけあって跳躍力が並外れていて速力もこの中で一番、まさに空を駆けるが如く走るといったところか。だが一番この中でも気難しく、魔力量も多いようだ。魔獣化、魔物化すると同じ生物でも個体によってかなり違いが出るのはへネイギスの一件で理解しているが同じ獣馬でもこれだけ違うのか。

 しかし前二頭と三頭目は角も小さいから隠せば普通に乗れそうだが残り三頭が普通の町とか走ると大騒ぎになって問題が起きそうだ。個人的には六頭目が面白そうだけど、どう考えても目立ち過ぎる。

「一時期は十頭以上いたのだが、立て続けに獣馬に気に入られるヤツがワシの代で出て来てな。今までは獣馬を扱えるヤツは国の中でも平均六、七人程度。屈強な戦士が揃っているというのは王国的には素晴らしいのだが、そんなわけで今はこれだけしかおらん。数をもう少し増やしたいところだが、なかなか馬の魔獣は素早いヤツが多くて捕まらん。生きたまま捕えるようなことがあったら高値で買い取ってやるから是非連れて来てくれ。瀕死でなければ怪我をしているヤツでも、脚の一本二本欠けたヤツでも構わんぞ」

 危険な魔獣を捕まえるにはそれなりの危険を伴うことを考えれば腕に自信がない限りあまりやりたくないことではある。だが脚を落とせれば出来ないこともないのか。しかし、繁殖のためだけに種馬として生かされるというのは魔獣化した馬が気の毒という気がしないでもない。とはいえ、乗り手が現れるかどうかわからない馬をお金をかけて育てるというのは商売として考えると効率的にはかなり悪い。

「手間暇かけても乗れるかどうかわからない馬、なんですよね?」

「そうだ。我が家で産まれた男達の道楽みたいなものだ。馬に囲まれて育つ環境もあってステラート家では馬好きの男が多い。獣馬に気に入られ、乗りこなせる男になることが小さな頃からの夢と言ってもいい。だが我が兄弟の中でも獣馬を乗りこなせる男はワシだけだ。二人の弟はまだコイツらに認められていなくてな。まあ相性もあるのでもっと獣馬が産まれば弟を気に入ってくれるヤツも現れるかもしれん」

 一緒にいる時間が長ければというわけでもないわけか。

「なかなか難しいんですね」

「まあな。パワー系のヤツはパワー系の獣馬、テクニックや素早いスピードが売りのヤツには速力やバランスの良い獣馬に好かれる傾向がある。つまりコイツらは自分を上手く扱い、生かしてくれる男を本能的に選んでいるのだろうな。だから獣馬に選ばれないからといってソイツが弱いというわけではないのだが、そこが難しいところなのだよ」

 なるほど。人と獣馬のお見合いみたいなものか。

 おそらく辺境伯が獣馬を増やしたいというのもその辺りにあるのだろう。たくさん獣馬がいれば弟さんたちに合う獣馬もいるかもしれないということか。そういうことなら捕えられるチャンスがあれば挑戦して、上手くいったあかつきにはステラート領に連れて来てあげるとしよう。

 獣馬達は私達を敵とは思っていないのか、ただ無関心なだけなのか、それとも睡魔に勝てないだけなのかはわからないがスヤスヤと寝入っているものも多い。

 ライオネルが誘惑に勝てなくなったのか、辺境伯に尋ねる。

「触れてみてもよろしいのでしょうか?」

 色艶の良い、上等な騎馬は戦うことが仕事の者にはたまらない魅力だ。

 自分の戦闘力を場合によっては数倍にも引き上げてくれる。

 辺境伯は鷹揚に頷き、そして忠告する。

「構わぬよ。だが避けられたら無理には追うな。機嫌が悪ければ噛み付かれるぞ」

「はい、ありがとうございます」

 ライオネルがまるで惹き寄せられるように近づいて黒毛の一番手前の獣馬に触れる。辺境伯の話からすれば確かにパワー系の彼が好かれる確率が高いのはその獣馬だろう。

「他の者も気になるのなら側に寄ってみるが良い。コイツらは鼻と本能で自分の主を見分ける。触れられたからといって外まで付いて来るかどうかはわからぬぞ」

 イシュカやガジェットも自分に合うと思われる獣馬にそれぞれ近づいていく。

 イシュカなら二頭目、ガジェットなら三頭目といったところか。差し出された手を三頭ともフンフンと鼻を鳴らし、特に避けるでもなく触らせている。

「ほうっ、なかなかお主の護衛の者は見所があるようだな。避けられてるヤツがいない。昼寝を邪魔しようとすると逃げることが多いのだが」

 この人、確信犯か。

 だが無理に追わなければ噛み付くことがないのなら特に問題もないか。

「其方は興味はないのか?」

 辺境伯の横から動かない私を不思議に思ったのか尋ねられる。

「いえ、興味がないわけではないのですが、見たところどの馬も大きくて今の私には乗るのには厳しそうで。でも特に奥の三頭が走っているところは凄く見てみたいです。走る姿は伝説か神話のようでしょうね」

「わかるかっ?」

 私の言葉に辺境伯が食いついてきた。

「ええ、普通の馬とは外観も明らかに違い凛々しいですし、カッコイイだろうなって」

「そうなのだよ。特に一番奥のヤツが駆ける姿は素晴らしいぞ。天翔けるが如くの走りは惚れ惚れする」

 声を大きくして拳を握り締め、語る姿はまさしくマニア。

 そう語りながら獣馬との距離を詰め、奥の馬房に辺境伯は歩く。

 私はその後を追いながら間近で獣馬を見た。

 道楽という言葉に嘘偽りはないのだろう。

「だが獣馬は魔力量が多いヤツほど乗り手を選ぶ。おそらく奥の三頭は生涯背に人を乗せないのではないかとワシは思っておる。三頭目のヤツはマリンジェイド連隊長かアイゼンハウント団長辺りならいつかは認められるかもしれんとも思っていたのだが難しいかもしれんな」

「どうしてですか?」

「人という者はある程度の年齢を回ると体力的にも精神的にも落ちてくる。その分経験値などは上がってくるから戦闘では充分カバーできるだろうが、コイツらが判断するのはそこではないからだ。あの二人は今が絶頂期。その二人が今、コイツらに乗れんということはこの先乗りこなせる可能性も低く、難しいということだ」

「今以上の成長がない限りは厳しいと?」

「そうだ。だがあの二人はこの国の中でも最強。己が持つ力というのは窮地に立たされたり、張り合い、磨かれることで上昇する。今は戦乱の世ではないからな。そのようなことはそうそうあるまい」

 平和であることが残念というわけではないのだろうが、複雑な面持ちだ。

「でも手塩にかけた獣馬が誰かの手に渡るというのは寂しくないのですか?」

「ワシが育てているのはあくまでも騎馬だ。乗り手がいない馬は騎馬とは呼ばん。ワシは観賞用で育てているわけではない。だからコイツらを乗りこなせる者がいるのなら、ソイツの手に渡してやることがワシの生産育成者としてのプライドなのだよ」

 道楽と言いつつもそのプライドは譲れないってことか。

 なかなか頑固な人のようだが悪い人ではなさそうだ。

 身分を弁える限りは特に横暴を振るうこともない。

 まさしく武人らしく武骨ということのようだ。

 夫人がこの人を影から支えているのはこの人のこういうところが好きなのかもしれないなあと思った。嫌いな人間のフォローをする人は少ない。でも夫人は辺境伯を上手く立てつつ、夫の足りないところをカバーしようと手を尽くしている。つまりは辺境伯が夫人にべた惚れなのは疑いようもないが、夫人も間違いなく辺境伯が好きなのだろう。

「・・・もし、今度馬の魔獣に出会うようなことがあったら出来る限り努力して捕えてみますよ」

「頼むぞ。今、ちょうど繁殖時期なのだよ。イビルス島のスタンピードの一件で弱ってはいたが生きたまま捕えられた馬型の魔獣を何頭か回してもらったのでな。上手くいけば来年には数頭くらいは産まれてくるかもしれん。また仔馬が産まれる時期になったら見にくるが良い。其方に似合う仔馬もおるかもしれぬからな」

「ええ、是非。弟さん達にも合う馬が産まれるといいですね」

 私がそう付け加えると辺境伯は少しだけ目を見開いて口角を少しだけ上げて笑った。

「ああ、そう願っておる」

 私も自分の馬は欲しいとは思うけど、特に獣馬である必要もない。

 でも自分にしか乗れない馬というのは確かに浪漫がある。後半三頭は町乗りには向かないだろうけど草原とか思い切り走るぶんには問題ないし、乗りこなせたらカッコいいだろうなあ。どのみち今のこの背では無理があるけれど。

 

「では、そろそろあちらで其方に相応しい馬を選んでやるとしよう。獣馬ではないがあちらの厩舎にもいい馬が揃っておるぞ。去年産まれたばかりのヤツなんか良いかもしれんな」

 獣馬に夢中の三人がその言葉にこちらを振り返る。

「長く一緒にいれば付いてくるというものでもない。気に入れば一目見ただけで付き従ってくる。アイゼンハウント団長は馬房の前をただ歩いただけで三頭の獣馬がついてきた。そのうちの二頭を買い上げて行ったが一頭は魔獣との戦闘で死なせてしまったと、以前ワシのところに謝りにきた。人と国を守るために自分の選んだ主人と共に戦って死んだのならソイツにとっても本望であっただろう。別にワシに謝る必要などないのだが。もう一頭は一番手前のソイツだ。ソイツは六頭の中でも比較的魔力量が少ないこともあって他の者でも気にいれば乗せてくれる。とはいえ、ワシやレイオット侯爵ほどの力は必要だ。今が駄目でも何年かすればコイツに認められるかもしれぬ。己が腕はワシらにも負けぬという自信がついたらまたくるが良い」

 伸び盛り、成長期途中ならば伸び代も残っている。

 チャンスは一度ではないようだ。

 辺境伯は六頭の獣馬にくるりと背を向け、出口に向かって歩き出す。

「さて、どいつに何頭付いて来るか、それとも一頭も付いて来ぬか」

「楽しそうですね」

 辺境伯の声が心なしか声が楽しそうに弾んでいる。

 そう尋ねると彼は横に並ぶ私を見下ろし嬉しそうに笑う。

「ああ、若く有望な者が育つというのは未来も明るいということだ。まだ子供の其方にはわからなぬかもしれんが張り合う相手が出来る楽しみもあるのだよ」

 この人は無類の馬好きであると同時に戦闘狂でもあるようだ。

 もし誰かの後に獣馬がついてきたら闘いを挑んできそうな気がする。

 命の取り合いでなければ互いが了承すれば特に止めるつもりはないけど。

「アイツらが厩舎を出るまで振り返るなよ。中にはへそ曲がりの馬もおるのでな。目が合うと知らぬ顔で馬房に戻るヤツもいる」

 イシュカ達がその言葉にゴクリと唾を飲み込んだ。

 辺境伯のやや後ろを私はロイと一緒について行き、その後ろをイシュカ達が追って来る。果たして自分は主足り得るのか、運命の瞬間といったところだろう。みんな背後の気配を無言で伺っている。

 すると背後で獣馬が動く気配と物音が聞こえた。

「おっ、何頭か立ち上がったようだぞ。さて、どいつがどいつに好かれたのか」

 馬の歩く蹄の音、複数聞こえるのは間違いない。

 前の二頭は比較的人に懐く可能性があるようだからイシュカとライオネルか、それとも一番前の獣馬なら辺境伯についてきたとも考えられる。

「真っ直ぐに後五十歩ほど歩いてから振り返れ。立ち上がっても厩舎から出て来なければ主として認めているわけではない。面白がって反応を伺い、様子を見ているだけのヤツもいるのだ。アイツらは選り好みも激しいからな」

 気難しいというよりも、それは気位の高い高嶺の花のお嬢様みたいだ。思わせぶりな態度を取っておいて実は残念でしたということもあるようだ。

 みんなが緊張しているらしいことは気配で伝わってくる。


「ヨシ、止まれ。ゆっくり、ゆっくりだぞ。振り返ってみろ」

 

 果たして・・・

 辺境伯は振り向いた瞬間に驚愕に目を見開いた。

 獣馬はそこに全部、出揃っていたのだ。


 

 いったいどうしたことか。

 明らかにおかしいだろう。

 隣にいた辺境伯に至ってはあんぐりと口を開けたまま固まっている。

 ロイとイシュカは溜め息を吐いて視線をこちらに向ける。

 何故そこで私を見る?

「いったいこれはどういうことだっ!?」

「誰について来たんでしょうね。偶然か気まぐれですか?」

 私は首を傾げ、辺境伯を尋ねる。

「いや、一頭だけか、夕暮れ前ならまだしも、この時間帯でそれはそれは考え難い。この内の誰かについて来たのは間違い無かろう。奥の三頭はあの双璧を持ってしてもピクリとも動かなかったヤツだぞ?」

「ならば何かの危険を察知したとか、何か興味あるものでも見つけたのでは?」

 動物などは人間の気付かない音が聴こえることもあるというし、天変地異の前触れなどをいち早く察知したり、危険を感じ取ったりすることもあるという。昔、古い厩舎が倒壊した時に中にいた馬がその直前に急に嗎を上げたり暴れたりしたという話も聞いたことがある。

「わからん。わからんが、一人づつ歩いてみればわかる。端から順番に出入り口に向かって歩いて行ってみろ」

 そう言ってイシュカ達を辺境伯は指差した。

 まずは一人目、ガジェット。二番目にライオネル。

 獣馬は動かない。

 そして三人目、イシュカが歩くとその後ろを一頭、二番目にいたイシュカが触れていた獣馬が後をカツカツと蹄を鳴らして付いて行く。イシュカが止まればその獣馬も止まり、歩けば後ろを付いて行く。立ち姿が美しい、茶色の毛並みをした獣馬。

 辺境伯はそれを見てほうっと息を吐く。

「ソイツはどうやら其方が気に入ったようだな。名前はなんという?」

「はい、イシュガルド・ラ・メイナスと申します」

 問われてイシュカが名を名乗る。

「なるほど、名前だけは聞いたことがある。緑の騎士団副団長の座に若くして就いたとヤツがいると。そういえば一人グラスフィート家に出向しているヤツがいると聞いておったが、お前か」

 納得がいったとばかりに顎を撫でながら辺境伯が頷く。

「はい。現在、ハルト様の護衛をしつつ、勉強させて頂いています」

「魔獣討伐部隊は近衛と違って出払っていることも多いから名前は知っていても顔を知らないヤツは多い。アイゼンハウント団長とは逆のタイプだと聞いていたからな、ソイツが気に入ったということはそういうことか」

 そりゃあ緑の騎士団副団長様だもんね、無理もない。

「どうする? お前がその獣馬を欲しいというなら売ってやるぞ?」

「是非にっ」

 間髪入れずにイシュカが申し出る。

「良かろう。ではお前の給料一年分だ。分割でも構わんぞ」

「いえ、今手持ちはありませんが帰ればお支払い出来る金貨はあります」

 じゃあ後で私が建て替えておこう。

 幸い爆買いするつもりで金貨はたっぷり積んできているし。

 でも辺境伯の値段の決め方が随分と大雑把だ。

 貴重というならもっと高額でも良さそうな気もするのだが。

「給料一年分とは、面白い値段の決め方ですね」

「獣馬はステラート家の道楽であるとともに国の財産でもあるのだよ。言っただろう? 魔獣化した馬を回してもらったと。軍備増強や領地防衛のためにと、ある程度の援助は国からされている。多少アシが出ることも多いのだが、代わりに獣馬の騎手としての優先権はステラート家にある。例えばもし一頭の馬に二人の男が認められたとすれば、その内一方がステラート家の血筋ならその者が優先されるのだよ。気に入ってさえもらえればステラート家の人間は金を払う必要もないしな」

 国が支援する道楽ということか。

 確かに相性が問題というなら一頭に複数認められれば奪い合いも起きるだろうがステラート家の財産として抱え込むなら文句も言えない。産まれてすぐに獣馬が目にするのはステラート家の人間なわけだし、側にいるのもそうだ。腕が上がれば認められるというなら尚更近くにいる利点はある、か。


「それはそうとして、問題の残り五頭は誰に付いて来たのだ?」

 言われてハッと思い出す。

 そうだ、そうだった。

 だが普通に考えてイシュカに一頭しか付いて行かなかったのなら心当たりはない。ガイとどちらが強いかはわからないがウチのツートップの一人はイシュカなのだ。ロイは戦闘職ではないから外すとして消去法でいくなら、

「辺境伯にではないのですか?」

 だが、私の言葉に彼は首を横に振る。 

「いや、一番手前にいた黒毛なら確かにワシかもしれんが。残りの四頭はワシに付いて来たことは今まで一度もない」

 そうなるといったい誰に?

 考え込んでいると斜め上方、辺境伯からの視線を感じて顔を上げた。

「そういえば、ハルスウェルト。其方はアイゼンハウント団長の持っているワイバーン討伐記録を塗り替えたのだったな」

 またそれかっ!

 運良く一匹倒した程度のことが何故ここまで引きずられるのか。

 辺境伯は出入口の方を指さして私に命令した。

「歩いてみよ」

 いやいやいや、それはないでしょうよっ!?

「私のはず無いですよ。私の剣の腕は三流ですし、体格的にも無理ですから」

 どうみても鞍を付けても足が届かないのでは?

 私は必死に手の平を顔の前で振った。

「関係ない。コイツらはそんなものでは判断しない。自分を扱うに相応しい者ならな。獣馬は長生きだ。魔獣の血が色濃く出ているソイツらなら更に長命、其方が大きくなるまでのたかが四、五年程度、問題ではない。いいから歩いてみよ」

 否定したものの命令されてしまっては仕方がない。

 獣馬達が付いてこなければ一目瞭然、辺境伯も納得するだろう。

 私は小さく一つため息を吐いてトボトボと門に向かって歩き出した。

 数歩前に向かって足を踏み出したが後ろから蹄の足音は聞こえない。

 ほらっ、やっぱり私じゃない。

 さっさと門まで歩いて引き返してくればそれで終わりだと更に歩みを進めた瞬間、後ろから耳を疑う音が聞こえてきた。


 蹄の音。

 それも複数。

 いや、気のせい気のせい、聞き間違いに決まってる。

 私は浮かび上がった嫌な予感を否定して更に足早に歩く。

 ・・・・・。

 付いて来てる、多分、間違いない。

 恐る恐る背後を確認するとすぐ近くに四頭の、しかも魔力量が多いという獣馬がいた。

 嘘でしょうっ、誰か嘘だと言ってっ!


 呆然と四頭の獣馬の囲まれ、立ち竦んでいるとそこにみんなが集まってきた。 

「やはり其方だったか」

 なんで納得するのっ、もっと他の原因追及しましょうよっ!

「しかし解せぬ」

「私に付いて来たことがですか? そうですよね、私もそう思いま・・・」

「そうではない。魔力量の多いその四頭が付いて来たというのも驚いたのだが、逆に言えばその四頭を従えることが出来るのに他の二頭が其方に付いて行かなかったのが不思議なのだよ」

 言いかけた私の言葉は見事に遮られ、無視された。

「魔力量が少ないというなら自分では付いて行く力が無いと悟ったのでは?」

「なるほど、そういう考え方もあるか」

 ライオネルの言った説に納得顔で辺境伯はイシュカに問いかける。

「イシュガルド、ハルスウェルトは剣の腕は三流だと言っておるが本当か?」

「そこまで酷くはありません。Cランクプラスのスケルトンやアンデッド程度なら剣技だけで数体相手にも遅れを取ることもありませんし。ハルト様の真骨頂は先読みと魔術戦闘ですから」

 辺境伯の目が興味深そうに細められる。

「先読みと魔術戦闘だと? 高位魔術でも使うのか?」 

「いいえ、ハルト様が戦闘でお使いになるのは殆ど初級魔術です。相手の行動を分析してその一手先を読むことで相手の戦闘能力を封じたり、撹乱して自分のペースに持ち込むのです」

 そうそう、私は辺境伯の嫌いなタイプの戦闘スタイル。

 だから過大評価はやめて、この四頭、引き上げて下さいよ。

 私は普通の馬でいい、さっき去年産まれた仔馬がいると言ってたじゃないですか、それで充分なんですってば。

「まあこの歳で高位魔術が使えないのは仕方ないか」

「違いますよ。使えないのではなく、使わないのです」

 私のことを馬鹿にされたとでも思ったのかイシュカが反論する。

 余計なこと言わなくてもいいよっ!

「ほうっ、面白そうだ。ハルスウェルト、一戦お相手願おうか」

「無理ですっ、無理ですからっ、私ではとても辺境伯のお相手は務まりませんっ」

 ほら、戦闘狂の辺境伯の興味をひいちゃったじゃないっ!

 私は即行ご辞退願い出た。

「あの四頭を従えたのだ、そんなはずはあるまい」

「勘弁して下さいっ、それに辺境伯とお会いするということでお気に入りを着て来たのですからっ」

「そんなもん、ワシが後でいくらでも買ってやろう」

 そんなもの買ってくださらなくてもいいですからっ!

 じりじりと近づいてくる辺境伯の対応に困り果て、後退ると側にいたロイがスッと辺境伯と私の間に入ってきて、辺境伯に向かって深く頭を下げたまま口を開いた。

「誠に申し訳ないのですが、些か問題もございまして」

「なんだ?」

 不服そうに顔を顰めた辺境伯に更に付け加える。

「ハルト様の戦い方は少しばかり特殊でして、周知されると大騒ぎになりかねないのです。出来れば御容赦願いたく申し上げたいのですが」

「ではワシが口を噤めば問題ないのだな?」

 そういう問題ではないのだが、ロイの言葉にも辺境伯は引く気はないようだ。

「良かろう。今回のことはワシの名と騎士の誇りに誓って他言しない。信用できぬというなら契約魔法の証書でも用意するぞ」

 どうしてこう脳筋気味の方達は人の話を聞こうとしないのか。

「其方がワシに勝てたら奥にいた三頭は其方に譲ってやろう。馬を選んで贈ってやるとも言ったことだし、三番目のヤツはまだ他のヤツを乗せる可能性もあるだろうが、どのみちこのままここに置いておいてもソイツら三頭が他の者をその背に乗せるとは思えん」

「私は普通の馬で構いませんよっ、むしろ普通の馬でお願いしますっ」

 今乗れない馬を貰ってどうするっ、私が欲しいのは今乗れる馬だ。

 しかし私の意見を全く聞く気のない辺境伯の次に言った言葉に私は凍りついた。

「代わりに其方が負けたら、そうだな。其方の隣にいるその男を譲ってもらおう。随分と良く気の利く、忠義心の厚い男のようだからな」

「ロイを賭けることなどできませんっ、私の大切な者ですっ」

 即座に間髪入れずに断る。

「お前が勝てば問題ない。心配せんでもワシは仕事の出来るヤツは大事に扱ってやる」

「ロイは物ではありませんっ、ロイを賭けてまで守りたい秘密など一つもありませんっ」

 冗談ではないっ、ロイを渡すくらいなら晒し者になった方がマシだっ!

 するとシメたとばかりに辺境伯がニヤリと笑った。

 しまった、引っ掛けられた。


「では構わぬだろう? 心配せずとも命の取り合いまでする気はない。安心せい、ワシは四頭の獣馬を従えさせた其方の実力が知りたいだけだ。納得出来たならそれで終わりで良い」


 これはダメだ、断れない。

 私にとっては獣馬より、目の前の辺境伯の方が問題だ。

 脳筋の戦闘狂の興味を引いてしまった以上、逃げられるはずもなく。

 私はガックリと肩を落として彼の後を付いて行った。 


 もういい加減諦めましたけどね、この展開。

 所詮私は平穏な生活というものから逃げられたトラブルメーカーですから。


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馬は可愛いし賢いのに、「ちょっとオマエら何考えてるかわからないんですけどー!?」って叫びそうな事態になったことがありますよ(馬たちが驚くので、叫んだのは心の中です) 美術の課題で乗馬クラブに行き、乗…
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