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生まれ変わったら天才少年? 〜いいえ、中身は普通のオバサンなんで過度な期待は困ります  作者: 藤村 紫貴
第一章

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第八十五話 そんなモンです。

 

 それぞれの使者に返事を持たせて帰らせた翌日、昼前にやってくるという閣下をお出迎えする準備をしていた。昼食ということなので夕食ほど豪勢にすることもないので眺めの良い湖側の庭を使ってガーデンパーティ風に軽食とサラダ、果物などのデザートをいくつかテーブルに並べてスープを二種類とバーベキューで肉や野菜を焼けば物珍しさもあって良いだろうという話になった。

 来客予定人数は閣下達を含めて全部で十人ほど。

 そんなに多くはないけれど足りなくなっては困るので少し多めに用意して、工房にハルウェルト商店行きの商品を少し回してもらうことにした。全部手作りしていては間に合わない。幸いにもドレッシングとタレは作り置きがまだ残っているから前日から肉は漬け込んで置いた。

 そして本日から執事見習いの二人、エルドとカラルがお仕事デビューだ。

 勿論閣下達のお相手はまだ早いのでこちらはロイにお任せでその護衛や従者達への料理や飲み物などのサーブが仕事。緊張した面持ちで同じ手足が同時に出ている様は見ていて初々しい。私にはおおよそ縁遠いモノだ。上の学校には上がれなかったとはいえ流石は学院上位卒業者、のみ込みも早く、一昨日から見ている限りではそんなに問題ないはずだ。二人ともキールより二つ上、私より六つ上の十二歳結構しっかりもしている。

「大丈夫だよ、力抜いて。閣下は見かけこそなかなか迫力があるけど団長ほどではないし、悪い人じゃないから。それに二人の相手はその従者や護衛の方々だから安心して?」

「はっ、はいっ」

 見事な二重奏で返事が返ってきた。

 ああ、ガチガチだな、これは。 

 どうしたものかと考えていると急に足もとに影ができて暑い日差しが遮られた。

 なんだろうと顔を上に向けると団長がヌッと私の背後から顔を出していた。

「なんの話をしている」

 私が会話の中で団長という言葉を出したのでどうやら気になったらしい。

 エルドとカラルはビクッと肩を揺らせつつ、男の子達の憧れとも言うべき団長を眼前にキラキラとした目で見上げている。そういえば、基本食事の時以外は最近団員達のいる使用人棟の方にいることも多いし、この二人が間近で見るのは初めてに近いのかも。

 私はほぼ真上を見上げたままの状態で会話する。

「団長と閣下の御面相の話だよ。迫力あるけど悪い人じゃないって」

 ヒョイッと私を腕に抱え上げる。

 身長差もあるので団長は立って話をする時とかよく私を片腕に座らせて話をする。

 隣に立つとほぼ真下を向かねばならなくなるので話しにくいようだ。

 筋肉ムキムキの硬い腕の座り心地はあまりよろしくないけれど高くなる視線は気分が良い。

「確かに初対面のヤツには怯えられることもあるが、そんなに俺は怖いか?」

 少しは気にしているらしく眉が僅かに寄せられている。

「怖いっていうより漂うオーラが只者じゃない感ハンパないからね」

「お前は初めて会った時から普通だっただろ」

 そりゃあ、そうでしょ。だって、

「ワイバーン見た後だったしね。襲いかかるぞって雰囲気はなかったから」

「あんなモンと比べるな、全く。失礼なヤツだ」

 心外だとばかりに唇をへの字に曲げる。

 筋肉マッチョがあまり得意でない私が団長とかダルメシアを怖いと思わないのはこういうところがあるからだろうなと思う。表情豊かで裏表が無さそうで、時々少年みたいな顔で笑う。

 私がクスクスと笑うと益々眉が寄り、眉間に皺が出来る。

 手を伸ばして眉間の皺に触れると団長が小さく笑う。

 迫力があるのは間違いない。

「でも真っ白の式典用の服着てたときはカッコ良かったよ。男の子達が憧れて騒ぐ気持ちが少しだけわかった。団長は男前だしね」

 キリッとしてて顔立ちだって悪くない。むしろカッコいいと言っても過言ではない。だがカッコいいと騒ぐにはその醸し出す雰囲気がそれを許さないのだろう。

「男前というのは、あまり言われたことはないな」

「団長は女性よりも男に好かれるタイプでしょ。慕われて頼られるっていうか、ある意味暑苦しい雰囲気。そういうとこ女の人、入って行きにくいと思うよ。団長の出してるオーラが強すぎて息苦しいんじゃないかな」

 盛り上がった筋肉質の太い腕にときめく女性は少なくないはずだ。

「そうか?」

「眉間に皺寄せて考え込んでいる時なんて怖い顔してるよ。あれじゃあ男だって声掛けるの躊躇うと思うよ」 

「ハルトは全く気にしてないだろう」

「私は知ってるもの。団長が器の大きい頼りがいのある人だって。だから怖いって思ったことはないかなあ。人間どうしても見た目で判断しちゃうし、団長の場合は第一印象で損してるだけでしょ」

 生存本能みたいなものだろう。

 絶対に勝てないと思わせられるだけの迫力は威圧に近い。

「そんなモンか?」

「そんなモンだよ。だって団員のみんなを見れば一目瞭然じゃない。どんなに怒られたって団長、団長って慕ってくるでしょ。団長の良さをわかってくれる女の人だっているでしょう?」

 強くて男前、頼りがいのある団長がモテないはずもない。

 女の人が山となって寄ってきそうだ。

 だが、この時代の女性達にはどうもウケがあまりよろしくないようで、

「・・・そんなヤツがいれば苦労しねえよ」

 と、ボソリと団長が呟いた。

 しまった、どうやら私は団長の痛いところをピンポイントで突いてしまったようだ。確か、団長ってイシュカより六つくらい上だったよね。てっきり結婚してるかと思っていたのだけれど、考えてみれば王都でも寮住まいだったっけ。家庭を持ってればこんなに長い間、ウチの領地に留まっているわけないか。奥さんや子供の話も出てきたことなかったし。それに王都にいることの多い連隊長と違って遠征や命懸けの仕事も多い。

 憧れはあっても確かに結婚するとなると女性にはややハードルが高いかも。

 ムスッとした団長に思わず私は尋ねてみる。

「団長、モテたいの?」

「モテたくない男は世の中そんなに多くねえだろ」

 そりゃそうか。

 女だってモテないよりはモテた方が嬉しい人が多いだろう。

「モテないわけないと思うんだけどなあ。私のとことかに向けてくれる笑顔をもっと女の人に見せてあげれば絶対女の人、寄ってくると思うよ。ギャップ萌えっていうか、失礼かもしれないけど可愛いとこあるなあって思う時あるし。そういうのって女の人好きそうだけど。自分だけに見せてくれる笑顔とかって特別な感じがするじゃない?」

 王都にいた時はスタンピードによる王都の危機といった状況もあったから始終難しい顔をしていたけど、この領地、特にこの屋敷に移動してきてから団長はよく笑う。フィアが復調してミゲルが王位継承権を破棄して肩の荷が一つ降りたということも原因かもしれないけど。可愛い甥っ子って言ってたもんね。

 私が笑ってそういうと団長は一瞬だけ面くらった顔をして穏やかな表情で自嘲気味に笑った。

「・・・お前に可愛いって言われたらお終いだな」

「わかってないね、団長。可愛くないよりも可愛い方がいいに決まってるじゃない。愛嬌ってのは大事だと思うよ、男でも、女でも」

 人に好かれるための重要な要素。 

「ああ、そうだな。俺もそう思うぞ」

「まあ愛嬌のない私がいうことじゃないよね。私って可愛げないし。私のこと可愛いって言ってくれるの、ロイとマルビスとイシュカだけだもん。嬉しいけどあれは欲目だからアテにならないけどね」

 誰も言ってくれないよりはマシだけど、こんな説教臭い、まるで子供らしくない子供、普通に考えて可愛くないよね。

 中身が中身だから仕方ないけど。

「そりゃあ気の毒だな、アイツらが」

 やっぱり団長もそう思うのか。

 でもアイツらも、じゃなくて、アイツらが?

 随分微妙な言い回しだ。

「私に振り回されてるから? 愛想尽かされないように気をつけなきゃいけないとは思うんだけど、なかなか染みついた性格って治せないよね」

 すると団長がなんともいえない顔で私を見る。

「その歳でそれを言うなよ。まだお前はガキだろうが」

「あははは、確かにそうだね」

 そうだね、そうだった。今世の私の人生はまだ始まったばかりだ。

「でもね、私が変わらないでいる限り、ロイやマルビス、テスラやガイ達が側にいてくれるっていうなら私はこのままでいいよ。今のままでも充分すぎるくらい幸せだもの。この幸せを捨ててまで欲しいと思うものは今のところないし、これ以上の幸せを望むのは贅沢だよね」

 ドタバタで騒がしくて忙しい毎日だけど楽しいのだ。

 押し寄せるトラブルでさえ楽しんでいるようなところがある心強い仲間達。

「俺はお前の方がよっぽど器が大きいように思えるぞ?」

「単に図太いだけだよ。ついズケズケ言っちゃうとこあるし、無神経なヤツだと思われないように気をつけないと」

 こういうのは紙一重だしね。

 ものは言いよう。短所は長所でもあり、長所も短所になり得る。

 軽口を叩く私に団長が微笑した。

「いや、お前はそのままでいいと思うぞ」

 そうかな? 団長までそんなこと言う?

 確かに一緒にいることの多いロイもマルビスもテスラもイシュカも、このままの私でいいのだと言ってくれるけど。

「多分、お前のその性格に救われているヤツも多いだろうからな」

 それは疑問だよ、団長。でも、

「そんなモンかな?」

「ああ、そんなモンだ」

 難しく考えても仕方がない。

 どう頑張ったところで私は私以外の誰にもなれない。

 折角男に生まれ変わったのだし、女らしくする必要はないのだから更に男らしく、カッコよくを目指すだけ。団長みたいにこの国の男の子達が憧れるような男をこの際目指してみようか。

 だいぶ道程は遠そうだけど。

 

「レイオット侯爵の馬車が来たみたいだぞ」

 ふいに団長が何かに気づいたように視線を町の方角に向けると、そう言った。

 その言葉にロイをはじめとするみんなが慌てて動き出す。

「随分耳がいいね。私には何も聞こえないよ」

「職業柄だな。気配や物音に敏感なのは」

 そういうのはあるかもね。

「その割にはイビキかいて寝ている時は揺すっても起きないよね。ガイがそういう時は殺気を出せば飛び起きるぞって言ってたけど斬りかかられそうでもあるよね」

「両方間違っちゃいねえな。だが出来ればそういう起こし方は勘弁して欲しいが」

 やっぱりそうなのか。

 良かった、試しにやってみなくて。

「イシュカに任せると蹴り落とすよね」

「俺が寮でよく寝汚く寝てたからな。最近は俺を起こすのがアイツの仕事でも無くなったからそういう目には合っていないな。ここんとこはメシのいい匂いがしてくるんで大概自分の腹の音で目が覚める」

「それもどうかと思うけど。結局使用人棟じゃなくてこっちに居すわっちゃってるし」

「邪魔か?」

 う〜ん、どうだろう。

 この巨体は邪魔といえば邪魔だけど居て困るわけでもないし、何よりイシュカの肩から力が抜けている。普段から専属護衛を任されているからという責任からか私の側からあまり離れようとしないし、何か用がある時は必ずガイに頼んでから出掛けるし。団長が居てくれるから安心して最近ではランス達に手が空いてる時は稽古つけてくれてるし、そういう意味からすればありがたいといえなくもない。

「別にいいよ。一人分増えたところで大差ないし。そのうち借りは纏めて返してくれるんでしょ?」

「ツケを溜め込み過ぎて少々恐ろしい気がしないでもないが」

 そういえばそうだね。

 貸し付けてはいるけれど、あまり返してもらった記憶はない。

「お前、何か欲しいモンがないのか? 借りの分だけ何か買ってやってもいいぞ?」

「愛人囲ってるオジサンみたいなこと言わないでよ」

 ぐっと団長がやり込められたような顔をして呻いた。

 あっ、マズった。傷を抉ったかな。

「でも、そうだな、今度考えとくよ」

 すぐには欲しいものも浮かばないし、お金で買えるようなものは他人にお願いするでもなく手に入れられるだけの金貨もある。


「侯爵閣下、お見えになりましたっ」


 今日の門番のナバルの声が聞こえて一斉にみんなが玄関方向に走り出した。私も急いで向かおうと地面に降ろしてもらおうとしたのだが、私を抱えたまま団長が走り出したので結局舌を噛まないように口を噤んでしっかり団長の首にしがみつくことになってしまった。

 鍛えられたその首は太く、私が掴まったくらいではびくともしなかったけれど。



 流石に侯爵閣下をお迎えするのに抱き抱えられたままというわけにはいかないので下ろしてもらうとちょうど馬車が未完成のままの玄関に到着した。

 ようこそお越し下さいましたと挨拶しようとしたのだが、扉を開けられた途端飛び出してきたレインに飛びつかれ、後ろにひっくり返り返りそうになったところをイシュカが支えて止めてくれた。

「ハルトッ、会いたかったっ」

 相変わらずの抱きつき癖はいったい誰に似たのだろう。

 閣下でないことは間違いないとは思うけど。

 し損ねた挨拶は代わりにロイがしてくれて、閣下はレインを笑って見ている。

 抱きしめられているというよりガッツリ抱きつかれている状態でなんとか顔を出して息を吸う。暫くぶりに会ったが益々閣下の遺伝子が色濃くなって一回り大きくなっているような気がする。私も成長期であるはずなのにこの体格差はどうしたことか。

「すまないね、ハルト。息子が止める間もなく飛び出してしまって」

「お久しぶりです、閣下。笑ってないで御子息を剥がして頂けると有り難いのですが」

 ぎゅうぎゅうに両腕で拘束されて私はギブアップ寸前だ。 

「迷惑かね?」

「迷惑ではなく息苦しいです。閣下に似て体格が良いようで万力のように締め上げられては流石に」

 子供のやることに目くじらを立ててもとは思いつつ、こっちも子供の体格、窒息死しそうだ。たまらずイシュカに助けを求めようとすると閣下がレインの肩をポンッと軽く叩いた。

「レイン、そんなに力いっぱい抱きしめたらハルトの骨が折れてしまうだろう? 好きな子は優しく抱きしめるものだ。加減しなさい」

 その宥め方に些か不安を覚えたがとりあえず解放されてゼイゼイと息を荒くつくとイシュカが心配そうに背中に手を添えて覗き込んできたので思わずその鍛えられた腹筋に手をついた。

 さ、酸素っ・・・。

 イシュカに柔らかく抱きしめられたまま呼吸を整えていると後ろからレインのシュンとした力ない声が聞こえてきた。

「ごめんなさい。ハルト、嫌いになった?」

 一言イシュカに礼を言ってから振り返ると明らかにしょげた顔のレインがそこにいた。

「嫌いにはならないけど、レインは友達だからね」

 このあたりはハッキリさせておかなければ。

 後々の誤解を招きかねない。

 一瞬喜んだ後に続く私の言葉にガックリと肩を落とす。

 悪いけどまだまだ発展途上なレインは私の恋愛対象からは大きく外れている。

 ゴメンね、後十年くらいは最低育ってもらわねば無理っ!

 それでもしっかり私の腕にめげずにしがみついてくるあたりはなかなか根性がある。将来有望かもしれない。

 とはいえ当面レインには悪いがこのまま友達で通させてもらおう。レインも思春期になってたくさんの女の子に出会うようになれば私のような男の子に恋したことなど黒歴史の一ページを飾るものでしかなくなるかもしれないし。

 しかし前回の様子見の状態とは違って明らかに閣下がレインを煽っているような気がするのは私の考えすぎだろうか。どうしてこうも上級の王侯貴族達は一癖も二癖もあるのか。大ダヌキと古ギツネの巣窟ではないか。

「相変わらず派手にやっているようだな。噂がウチまで届いてくるよ」

 ニヤニヤと遠回しな嫌味に聞こえなくもない言葉に無難な言葉を選んで返しておく。

「面目ありません」

「別に悪い噂ではないのだから恐縮することもなかろう」

 いっそ悪い噂でも立てれば私を選んでやってきているとしか思えない面倒事の数も減るだろうかという考えが頭を過ったが既に魔王のごとく恐れられている身としては別の厄介事を招き寄せかねないなと思い直す。

「暫くぶりだな、レイオット侯。この間は第二王子の暴走で世話になった」

「あれくらいならお安い御用だ。こちらのグラスフィート領というか、ハルトには世話になっているからな、構わないよ」

「侯のところもか?」

 私の頭の上では長身でガタイのいい団長と閣下の会話がなされている。

 名高武人同士、しかも同じく侯爵家、気も合うのだろう。

「俺もハルトには頭が上がらなくてな。もうコイツの領地には足を向けて寝れん」

 嘘を吐くなっ、時々リビングでひっくり返って寝てるだろう。

 私に思いっきり足を向けて。

「それで、ここにアイゼンハウント団長がここにいる理由はお聞きしても良いのかな?」

 閣下に問いかけられて思わず口を噤む。

 どこまで話していいのかわからなくて困っていると団長が助け船を出してくれる。

「その辺りのことはまた陛下から報告がある。先に俺の口から言うわけにもいかんのでな、勘弁してくれ」

「ということは、それなりに重大なことということかな?」

「まあそんなところだ。焦らずとも今度の王都での舞踏会で発表がある」

「では楽しみにしておくとしよう」

 陛下の名前を出されては閣下も退くしかなかったらしく追求が止まったので閣下の隣、やや後ろ気味に立ってソワソワしている女性に目を向ける。王妃様達はお綺麗でも聡明で凛としたところがどこかあったがこちらの女性はどちらかといえば物静かそうな可愛らしさが残る方だ。淡い若葉色のドレスがよく似合う清楚な感じ。いかにもこの時代の男の人が好きそうなタイプだ。


「それで閣下、お隣にお見えになる美しい御婦人は閣下の奥方様でいらっしゃいますか? よろしければご紹介して頂きたいのですが」

「ああ、悪かったね。妻のヘレーネだ。宜しく頼む」

 そう言って閣下は奥方様の方を向くと紹介してくれた。

 彼女は貴族らしく、綺麗にお辞儀をするとにこりと微笑む。

「お初目にお預かりまして嬉しゅうございます、ハルスウェルト様。お噂は予々、主人や息子からお聞きしております。貴方様には息子が大変世話になりまして是非とも直接御礼を申し上げたく、この度は主人に同道して参りました」

「堅苦しい挨拶はいりませんよ。どうぞ、ハルトとお呼び下さい」

 身分が下の子供相手でもしっかりと見下すでもなく対応してくれるのは素晴らしい。私もガイほどではないが命令されるのはあまり好きではない。

「折角皆様にはお見えになって頂いたのですが生憎屋敷の方はこの通り、まだ完成しておりませんので中庭になる予定の景色の良いところに簡単なお食事と飲み物と軽食などを用意しております。屋敷を管理する使用人の雇い入れも済んでいませんので給仕の者もまだ只今教育中の新米、すみませんが多少無作法なところは御容赦頂きたく、お願い致します」

「了承した。我々もこのような状態であることを知った上で無理を言って来訪しているのでな。文句など言わぬよ」

 ヨシ、言質は取った。これでエルドとカラルのことも一安心。

 私は工事が終わっていない屋敷の周囲を比較的歩きやすい道を選びながら案内をするために先頭を歩く。ゆっくりと湖方向に進むと木の立ち並ぶ木陰の多い場所まで来ると立ち止まる。

「奥方様に於かれましては私共が売り出し中の商品も一緒に用意させて頂いておりますので、よろしければご覧になりますか?」

 そう問いかけて、前方の大きな布を草の上に敷いて幾つかの木箱を積み上げた場所に視線を送るとパッと閣下の奥様の顔が歓喜に満ちる。

「嬉しいわ。見せて頂けるの?」

「はい、勿論で御座います。マルビス」

 後ろに付いて来ていたマルビスが私の呼ぶ声にサッと姿を現す。

 胸には誇らしげに王家御用達のブローチが燦然と輝いている。

「御案内して差し上げて」

「かしこまりました。どうぞこちらに」

 いそいそと足取りも軽く、嬉しそうにメイドと二人の護衛を連れて向かう彼女の後ろ姿に閣下が苦笑する。

「其方は本当に抜け目がないな」

「御忙しい閣下が完成前の屋敷に来る理由が他にありますか? 生憎、王妃様方が大量に買い占めていかれましたので多くは残っていませんがその辺は御容赦下さい」

「すまないね。妻にどうしてもとせがまれてしまって」

 どうやら閣下は奥方様に弱いらしい。惚れた弱みなのか、尻に敷かれているのかは定かではないがここは突っ込まずにおいた方が無難だろう。男のプライドと見栄がある。

「構いませんよ。こちらも色々とありますのでどうしても時間が空けられない時はお断りさせて頂くこともあるでしょうが、幸い、ここ数日ほどは予定も空いていましたので」

「忙しいのは相変わらずか」

「私はのんびりとしたいのですがね」

 そこそこの生活でなるべく目立たずと思っていたはずなのだが今や目立ちまくりで注目の的。既にそんな生活は諦めたがゆっくり平和に過ごしたいという願望を捨てたわけではない。

「ここの完成披露パーティには是非呼んでくれ。優先的に予定を空ける」

「まだ先ですよ。屋敷も庭もこの通り未完成ですし、家具や調度品も揃っていませんので」

 できればなるべく引っ張って、リゾート施設開園時近くまで持って行けたら一番無駄もなくて良いのだけれど、私の場合は予定は常に狂うものと最近では認識しているのでどうなるかはわからない。

 それよりも目下の私の問題は私の腕をひっしと掴んで離さないレインの存在だ。

 この土地は水辺が近いこともあって父様の屋敷よりは幾分かマシなのだがそれでも、

「レイン、暑くないの? こんなにべったり張り付いて」

「暑いよ」

 だよねえ。私も正直言って暑い。できれば離れて欲しいのだが。

「でもハルトの側がいい」

 ああそうですかとしかいえない。

「庭にお菓子も用意してあるよ?」

「ハルトの方がいい」

 食べ物で釣ってみたがどうにも無駄なようだ。

 少し前までは出されたスイーツに齧り付いていたはずなのだが。

 どうしたものかと頭を捻っていると閣下が苦笑する。

「一昨日、こちらからの帰りにウチに王族の方々が宿泊されたのだが、そこで二人の王子から其方の話を山ほど聞かされてね。恋敵(ライバル)かもしれない相手の登場に戦々恐々としているようだ。

 病弱だったはずの第一王子が元気溌剌として在らせられたのには私も驚かされたがね。いったいどんな魔法を使ったのかね」 

 なるほどレインが離れようとしないわけは納得したが、フィア達の件についてはどう弁明したものか。他の領地はともかく、レイオット領の検問を抜けているのだからフィア達の出入りは閣下に隠せるはずもなく。

「ここは水も空気も良いですし、野菜や果物も新鮮で美味しいですからね。王子の食も進んだのでしょう。よくお食べになられましたから力もついて元気になられたのだと思いますよ」

 とりあえず一番最初の言い訳で通してみる。

「本当にそれだけかね」

 まあそりゃあ疑うよね。

 医者も回復を諦めかけてた第一王子が顔の色艶もよく、シャッキとして現れれば。

 だがここは強引に押し通させてもらおう。

「それだけですよ。お疑いなら団長にお尋ねになられればよろしいですよ?」

 特に魔法も薬も使っていないのだから嘘ではない。

 要は野菜嫌いの王子にたらふく野菜の栄養を取らせただけ。

「まあ、間違いではないな。確かに」

 納得していない様子だったが団長の肯定に閣下も追求の手を緩めてくれた。

「それからこちらは土産だ。芸がなくて申し訳ないが、其方のところには珍しい物がたくさん集まっているからな。酒も飲める歳ではないから下手な物を持って行くよりもこちらの方が良いと妻に言われてな」

 そう言って差し出された小さな包みは見当がつくのだがガッツリ腕を掴まれていては受け取ることもできず、代わりにロイが一礼してからそれを受け取り、私にそれを開けて見せてくれた。

 そこには案の定、燦然と輝くエメラルド、今度はブローチだ。

「この間頂いた物だけでも充分ですよ?」

 いかにも高価そうな大粒のブローチ。

「いや、無理を言って急がせたのはこちらだ。それにこの間渡したのはその前の礼だ。今回は妻の欲しがっていた物を用意して貰った礼になる。良いから取っておけ。それで私の気が済むのだ」

「では遠慮なく」

 マルビスには後で一言伝えて奥方様の選んだ商品はプレゼントにしよう。

 なんかエメラルド尽くしで閣下の領地の名産品の広告塔にでもされた気分だ。

 嬉しそうに商品をあれこれと手に取って見ている奥方様を見つめる閣下の優しい瞳に、まあ良いかとありがたく受け取っておくことにした。


 惚れた弱味。

 愛しい人が喜ばせようと手を尽くしているというのならその指摘は無粋というものだ。

 私も側近のみんなには甘くなりがちなので閣下のことを言えた義理ではない。

 大事な人には笑っていて欲しい。

 それは嘘偽りのない本当の気持ちだから。

 


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