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第八十四話 平穏な日々への道程はまだ遠いのでしょうか?


 支部建設についてもイシュカの案をもとに、サラマンダーの保護は私の提案をもとに推し進められることに決まった。

 細かい契約や賃貸料金については父様とマルビスが提示した妥当な金額で決定され、三年毎に価格は見直し、話し合いで決めることになった。物価や地価の変動というものもあるので固定しないことに決めたそうだ。それに騎士団支部も状況によっては駐在人員なども変わって来る可能性もある。

 ともあれ、これで一気にいくつかの大きな問題は片付いた。

 フィアは妙薬が必要ないくらいに元気になったし、ミゲルも学院に戻っても問題ない程度まで学力が追いついた。サラマンダーの成体はまだ見つかっていないが行動の痕跡から判断するに子育てのため餌を運んでいるのではないかということでこのまま様子観察が決まり、とりあえずサラマンダー保護のため、大至急でローレルズ側の森への入口を封鎖する門と見張り小屋の建設に取り掛かることになる。もともとほとんど通行がなかった上に今は私の私有地、封鎖することは特に問題もない。騎士団支部の設立も決まり、今建設中の寮二棟とこの屋敷が完成次第、支部の建設も始まる。第一寮に滞在中の近衛は王都に引き上げ、団員達は滞在場所を支部完成までこの屋敷内の使用人寮に住まいを移すことになった。当面、ここからの大きな人員の動く遠征はせず、近隣の領地の小さな要請と調査だけこなしながらサラマンダーの生息地の見回りと密猟者の警戒が仕事となり、今いる十八名に加えて事務や雑務を行う人間を含め、後二十名ほどが派遣されてくる予定だ。ちなみに近隣の領からの対応のため、ローレルズ側の封鎖と団員の移動が済むまでは団長がここに残ることとなった。昨日支部設立にあたっての契約が終わってから団長は連隊長とイシュカと三人でガイの意見を聞きながら夜遅くまで配属人員の検討をしていたようだ。

 第二寮の二棟ももうすぐ完成予定だし、そうなれば新たに雇い入れる人員も増やすことが出来る。屋敷の完成も先が見えてきた。メイド見習い達はここの片付けが済み次第まだ暫く父様の屋敷でみっちりしごかれることになるが、執事見習いの二人は教育がほぼ終わっていたのでこのまま残り、使用人寮が空くまで暫く男子寮に住んでここに通い、ロイの下に正式につくことになった。後は習うより慣れろというところか。

 

 そして今日、フィア達の滞在も終わり、王都に帰ることになる。

 二人の荷物が次々と馬車に運び込まれていく中、王子二人が名残惜しそうな顔で未完成の私の屋敷を見上げていた。たった一カ月、父様の屋敷にいた期間を合わせても二カ月という短いとも長いとも取れる時間。

「また遊びにきても良いのだろう?」

 そう言ったミゲルに私は微笑んだ。

 もう彼は王子であっても王位継承者ではない。以前よりも気軽に遊びに来られる身の上だ。

「ええ、待っていますよ。但し、約束は守って頂きますからね」

「平民の友達を一緒に連れて来る、だったな」

 多分今のミゲルならその課題を達成することは難しくないはずだ。

「はい。それからいずれここで働くつもりなら学院での勉強も頑張らないと就職は認めませんからね」

「わかっているっ、上位成績での卒業であろうっ」

「一緒に働くことが出来る日を待っていますよ、ミゲル」

 握手を交わすとミゲルは馬車に乗り込んで窓から身を乗り出してこちらを見ている。

「フィアもお元気で」

「世話になりました。是非王都にみえる時は前もって連絡下さい。必ず予定を空けておきますから」

 いつも徹底していた庶民スタイルの服から王子様に相応しい白の礼服に着替えたフィアは間違いなくその漂う気品から次期国王に相応しい雰囲気を醸し出している。

「ええ。フィアなら今よりももっと住みやすい国に変えてくれると期待しています。頑張ってくださいね」

「はい、貴方に誇りと思って頂けるような国王になってみせます」

 きっとフィアが国王に就く頃にはこの国はもっと良い国になっているはずだ。

 あの腹黒陛下のもとで勉強しながら立派な国王になってくれることだろう。

 フィアは私の手を取ると尋ねてきた。

「ここにきた時、初めて交わした約束、覚えていますか?」

 それは私がフィアから聞いた決意と誓い。

「覚えていますよ」

「違えることはないと誓いますが、万が一の時にはお願いします」

 愚かな王に成り下がった時にはその首を取りに行く、そういう約束だ。

 その決意に私は心動かされ、手を差し伸べ、協力を決めたのだから。

 でも目的のためなら迷わず年下の、自分よりも身分の低い私に頭を下げることのできるフィアなら間違いはないと信じている。私は取られた手をしっかりと握り返して微笑んだ。

「私は心配してませんけどね。約束しますよ」

「またお会いしましょう、私の初めての親友殿」

「ええ、その日を楽しみに待っています」

 きっと今よりもっと成長したフィアを見ることが出来る。

 これは期待でなく確信だ。

 そしてフィアはテスラからサンプルとして捕らえていた三匹のサラマンダーの入った小ぶりの蓋付きの桶を受け取ると乗り込んでミゲルと同じようにこちらを見ている。

 扉を閉めて騎士達が乗った騎馬が隊列を組み始める。

 後は王妃様達の支度が整うのを待つだけだ。

 従者達が忙しなく動き始めたのでもうすぐ彼女達も階段を降りて来ることだろう。

 連隊長が出迎えるために玄関で並び立つ私達のところまでやって来た。

「色々と世話になった。ここにいない者達にも礼を言って置いてくれ」

 それは主にガイのことかな?

 結局王妃様滞在中、ガイは一度も四階から降りてこなかったし。

「連隊長も道中お気をつけてお帰り下さい。暫くはお会いすることもないでしょうけどお元気で」

 こんなドタバタ、もうこりごりだ。

 そう挨拶すると連隊長は微笑んで応えた。

「いや、私はまたすぐに再会しそうな気がするぞ。多分な」

 何故みんなそんなに確信めいた言葉を口にするのか。 

 これ以上騒ぎに巻き込まれるのは勘弁だ。

 私が顔を思わず顰めると軽く笑い声を上げる。

「そのように露骨に嫌な顔をされると些か良心が咎めるのだが、どちらにしろ、もう貴方は陛下から逃げられないと思うぞ? ある意味、貴方は間違いなくこの国最強だからね」

「御冗談を」

 とても笑えない話だ。

「だってそうでしょう? その戦闘力と頭脳、才能もさることながら、バリウスと私を顎で使えるのは陛下と貴方だけ。その陛下も貴方には一目置き、なんとか自分の手元に引き込もうと必死だ。そして今回のことで二人の王子も味方につけ、多くの貴族達は貴方の報復が怖くて手出し出来ない。しかも今やこの領地は周辺地域の中でも武闘派と評判も高く、貴族も恐れるこの土地は賊も寄りつこうとしない。

 その上、たった半年足らずで貴方達はこの国の経済を王都と二分するような勢いで自領を発展させ、ここを一大商業大都市へと変えようとしている。

 この領地の土地価格高騰の勢いを知っているか? 

 そこのマルビスはそれを見越して早々に売り出されていた土地を値上がり前に大量に買い上げ、それを目敏い地方商人に貸し付けることでここの運営資金を調達した。もう一年もすればこの領地の人口はもとの三倍近くに一気に膨れ上がることだろう。人口増加を見込んで食料調達難にならぬよう、伯爵は農地の転売を禁止している。穀倉地帯としての地位を確保しつつ自領の未開の土地開発も進めて農民の呼び込みも行っているようだ。

 人が増えれば当然だが農産物消費量も上がる。各領地の農民の移動も始まっていて周辺領主は必死に対策を取って人流を食い止めようとしているが、ある程度の流出は免れない。以前から平民にとってここの領主の治政は評判が良かったからね。最近では珍しい食物なんかも入ってきているだろう?」

 連隊長の言葉から色々な事実が発覚した。

 不思議に思っていてマルビスの資金源もわかった。

 まさか父様までそれに乗っかっているとまでは予想外。

 だが、思い当たることも幾つもある。

 この場所の急激な人口増加。

 人が増えれば食料の消費も上がって大変なはずなのだが作物の供給が足りなくなったことはない。それに以前では見られなかった桃やトウモロコシといった野菜や果物。朝市などの賑わいも以前より増しているし、町も活気に溢れていて、日中に通りを歩く人の数も増えて来た。以前は点在していた空き店舗も今は殆ど見当たらない。

「なんにせよ貴方をトップとするこの大事業計画は国内どころか他国の耳にも届いている。

 貴方の行おうとしている事業に最早失敗は有り得ない。多少躓きがあったとしてもそれを凌駕する勢いはもう止められないでしょう」

 派手どころではない話の展開に私は最早呆然だ。

 そこに団長が二人の王妃様をエスコートしながら降りて来た。

 慌ててお見送りのために姿勢を正す。

 私の前で立ち止まり、優雅な仕草で御辞儀するとマリアンヌ様が口を開いた。

「色々と世話をかけたわね。いずれこの御礼はさせて頂くわ」

「もう充分、頂いています」

 それってまた厄介事と一緒にやって来そうな気がしないでもないので私としては全力でお断りしたいところだが、

「いいえ、必ずさせて頂くわ。期待していて頂戴」

 と、そう、ライナレース様に宣言されてしまった。

 前途多難な気がしてならない。

 そして斜め後ろに控えていた従者が差し出したそれを受け取るとマルビスの前に立つ。

「それから、マルビス、また新しい商品が出来たら是非私達に一番最初に贈って頂戴。貴方が来れない時は直接出なくても構わないから。これを貴方に渡しておくわ」

 マリアンヌ様がマルビスに向かって差し出したのは商人の夢と憧れの一つである、王家御用達の証、王家の紋章入りのブローチと手紙や商品などを封蝋するためのシーリングスタンプだ。

「光栄で御座います」

 差し出されたそれに目を見開いた後、恭しく受け取り、マルビスは深く頭を下げた。

 マルビスのお父様でさえ手にすることができなかったそれは彼の夢の一つだった。この土地でマルビスはお父様を超えるのだと誓っていた。その目標に一歩近づいたということか。

 そして、馬車に乗り込む前に、改めて私に向き直った。

「ハルト、改めて二人の息子のことも含めて御礼を言わせて頂戴。そして母としてお願いするわ。どうか険しい道を歩くことになるあの子の親友でいてあげて。できれば、ずっと」

 そう、仰られたマリアンヌ様の瞳は王妃としてのものではなく、大事な息子を心配する母親のものだ。

「心得ております」

 頷くと私はロイに持ってもらっていたそれを彼女に差し出した。

「よろしければこれを。長旅のお供に」

 今朝早起きして作ったそれは大きな手提げ籠いっぱいのカボチャと法蓮草、人参の蒸しパンだ。

「お二人の王子と私が知り合うキッカケとなった品です。陛下によろしくお伝え下さい」

「ありがとう、何より嬉しいお土産よ。しっかり伝えるわ。またお会いしましょう、ハルト。フィアの誕生日パーティには招待状を送るから是非出席して頂戴。城に客室を用意して待っているわ」

「王妃様方が待ってみえるのは私ではなく、私達が作る商品でしょう?」

「それは否定しないわ」

 正直な人だ。でも嫌いではない。

 二人が乗り込んだ馬車の扉を団長と連隊長が両側から閉める。

「またね、ハルト」

「また必ずくるからな」

 窓から手を振って遠ざかって行く二人の姿が見えなくなるまで見送ってから、私は一息吐くとくるりと踵を返す。

 騒がしい毎日もこれで一段落だ。

 今度こそ、リゾート計画に専念できる。はずだ、多分。

 まずは後片付けからだ。

 少しだけ控えめだった建設工事の音も再び大きくなっていた。


 

 結局、万が一の来客に備えて三階の王妃様達が過ごした部屋は当面そのままにすることになった。

 私の書斎もまだ書棚に入れる本も揃っていないし、隠し通したユニシス文字で書かれた魔法書もそこに並べるには来客に見られないためにも鍵付きの書棚を用意する必要もある。ゲイルの話によると本を取り扱っている商人の何人かに声を掛けておいたので、その内ここに行商に来るかもしれないというので楽しみに待つことにしよう。

 父様もリサとマイティ達と一緒にメイド見習い達を連れ、夕方には屋敷に戻って行った。メイド見習いの彼女達がここに戻って来るのはおよそ一ヶ月後、ここの屋敷が完成した頃だ。


「ハルト様、早速なんですがまずは先程届いたこちらの二通の手紙のお返事をどうするか決めて頂きたいのですが。使者が本日は町の宿に泊まり、明日の朝返事を伺いに来ると」

 ロイが用意してくれた夕食を食べ終えて、本来のここの住人である側近のメンバープラス団長だ。久しぶりにポップコーンをツマミに大人メンバーがとっておきのお酒(勿論私とキールはロイが用意してくれたアイスティーだが)を開けて飲んでいる途中、マルビスがそれを差し出してきた。

 ここでそれを見せたということは重要な案件ではないのだろうとそれを受け取って目を通すと、隣の領地であるレイオット領からの御機嫌伺いの訪問受諾依頼とステラート領からの御屋敷への招待状だ。どちらも優先的に予定を空けるからなるべく早い日付でと書かれている。

「優先度はどっちかな?」

 身分から判断するなら侯爵家、順番でいうなら辺境伯だ。

「閣下の方が先の方が良いでしょう。訪問して下さるというならこちらも出向く手間が省けますし、その日の夕方にはお帰りになる予定のようですから」

 ロイから返事が返ってくる。

 確かにその間に辺境伯領にお伺いする準備も整えられる。

「でもレインと一緒に奥様を一緒に連れて来るってことは・・・」

「はい。おそらく間違いないと思います。十中八九目的はスウェルト染めとガラス細工のブローチでしょう」

 私の言葉にマルビスが頷いた。

 そういえば近い内に王都でパーティがあるとか言ってたっけ。

 多分それに招待されていて、それを身に付けて出席したいということか。

「でも王妃様達が買い占めて行ったよね?」

「全部ではありませんよ。似たものは外して用意させて頂きましたし、ブローチもキールのものと工房の出来の良いものを選んでお見せしましたから王妃様達がお持ちになった物よりは劣りますが、丁度良いのではないかと」

 つまり、王妃様以上の物を身に付けて出席するのはマズイだろうということか。

「明後日でどうかな? で、その翌日に辺境伯のところ。そうすれば御婦人方のパーティでの装いにも華を添えられるでしょ。ちょっとばかり強行軍ではあるけど。王城でのパーティで身に着けて頂けるなら宣伝にもなるでしょ」

「そうですね。良いと思います」

 来年のショッピングモール開店前に貴族や金持ち相手に稼いでおいて、ガラス細工は廉価版を平民向けに安価で販売する。貴族の御婦人方の間でデザインなどの流行がピークを過ぎたところでモールの店頭に適当な相応の価格で並べる。スウェルト染めも当面平民向けには鮮やかな色彩のものは安い布を使って小物の範囲で、大きなものは安価な染料の黒や紺、茶色を利用して販売価格を抑えるか、見習いの作った物をそれなりの値段で販売すれば無駄もない。絹と安い布では発色も違うので鮮やかさも違うし、問題ないといえば問題ないが色鮮やかな色彩は染料が高額なので店頭に並べると大判の布は値段もお手頃から外れてしまうのだ。見本として飾ってお取り寄せ、受注受け付けますくらいが妥当だろう。

 新しい商品というものはなんでも出始めが一番高い。出回ってしまえば値段も価値も下がってくる。それを見極めつつ、平民にも手を取りやすい価格で順次発売していく。薄利多売の基本方針は変えるつもりはない。

 そのためにもまずはリゾート開発の軍資金を得るためにも貴族の御婦人達に買付て頂くとしよう。手始めに侯爵と辺境伯の奥方様達に宣伝してもらう。

「ロイ、後で返事の手紙、書いて置いてくれる」

「かしこまりました」

 馬の買付も数名を残してほぼ警備兵達の分は済んでいるし、後はここにいるみんなの分と馬車を引く馬でいいのがいれば何頭か欲しいところだ。泊まりでいくならついでに辺境伯領内店や市場も覗いてみたいし、名物や郷土料理があれば食べてみたい。

「それでは明日は例のサキアスの実家の件を先に片付けましょうか」

 そうだ、それもあった。

 マルビスの言葉に王妃様達の御訪問で抜け落ちていた件を思い出した。

「本当に良いのか?」

「ええ。きっちりカタをつけてしまいましょう。サキアスには最初の提示価格の倍まで頑張って頂きましたし、自分が商人としてもまだまだ未熟者だと知る良い機会にもなりました。報酬の三割はお支払いしますよ」

 身を乗り出した叔父さんにマルビスがそう答える。

 最初提示された金額の倍の価格、金貨五百枚の三割だから金貨百五十枚か。

 借金返済しても充分足りる。

 叔父さんは少し考えて首を横に振って言った。

「いや、弟の借金を無くしてもらえればそれでいい。半分はハルトの手柄でもあるからな」

「もらっておけばいいじゃない、別に持っていて困るものでもないし。研究にはお金も掛かるって言ってたでしょ」

 何を遠慮することがあるのか、私の手柄というが私がいくまで粘って価格を釣り上げていたのは叔父さんの手柄。あの時既に商談成立していたら金貨千枚は手に入らなかった。

「確かにそれはそうだが。では二割で頼む。流石に三割は気がひける」

「わかりました」

 まあ叔父さんが納得してそれがいいというのなら構わないが。

「そこの悪徳高利貸しの調査も上がって来ていますよ、御覧になりますか?」

 マルビスが何枚かの紙の束を手に持って見せたので私は手を伸ばして受け取る。

 団長も気になるのかこちらを見てマルビスに問いかける。

「俺も見せてもらっていいか?」

「どうぞ。見られて困るようなものではありませんので」

 マルビスの差し出した調査書に書かれていたのは典型的といえば典型的な手口の数々。

 その店の従業員はオーナー、というか親玉を含めて全部で五人。構えている店にやって来た客には書類の偽造で多額の利子を請求し、手下に高価な服を着せて歩かせ、ワザとぶつかっての慰謝料請求。つまり当たり屋だ。払えなければ自らの店に案内して借金を背負わせ、更に利息を毟り取る。特に美人の娘を持つ親兄弟を狙い、払えなければ自らの経営する娼館で働かせ、そこから更にその稼ぎを巻き上げる。しかも自分達の欲望を満たすためにも女の子達を利用して酒池肉林の毎日というわけだ。一旦目をつけられたらもうお終い、逃れられない。家族一同路頭に迷うまでそれは続く。


「こりゃあ酷いな」

「ええ、なかなかエゲツないことをやっていますよ。どうしますか?」

 団長の呟きにマルビスが頷いて私に尋ねて来た。

「確かに酷いんだけど取り締まるのは私の仕事じゃないんだけど」

「では放っておきますか?」

 こういうのは放っておいても犠牲者が増えるだけだし、領地が繁栄すればもっとそういう連中が増殖してくるだろう。そうなると将来的に考えて治安が悪くなるってことは住みにくくなるってことだし、私達の主な客層である町人達から金品を巻き上げられてはウチに落として貰えるお金も減るだろう。

 どうせ既に派手に目立っているのだ。

 そういう連中にここで商売するのはリスクがあると思わせられればウチの領地にもあまり寄りつこうとしなくなるかもしれない。ここは少し前面に立っていつもより派手めに行こう。

「側近の叔父さんの弟、親戚が世話になったというならそれはナシかな。痛い目にあってもらおうか」

 私の言葉にマルビス達の目がニヤリと笑った。

 それ、悪人顔だよ、どう見ても。

 まあいいけどね。

 だけど一つ疑問がある。

「ねえマルビス、お金の貸し付けする時って普通書類って二枚用意するものじゃないの?」

「普通はそうですよ。借りる側と貸し付ける側、二通同じ物を用意して互いに保管する物です」

 だよね。普通に考えて貸している側が持っている一枚だけなら偽造も書き換えもし放題。それを知らなくて騙される人もいるかもしれないけどお互いの覚え書きとして互いに証文や契約書は持っているのが普通だ。その場限りの契約や低価格の買付などならまだしも借金というならそれが一般的。

「じゃあ当然借りた側も持っているんだよね」

 照らし合わせれば証文の文面が違うことは一目瞭然だ。

「それがソイツらの上手いところなんだよ。借りたヤツらが証文を証拠として店まで持って来るだろ? そうするとそれを見せて見ろと取り上げて、その場で破り捨て、燃やしちまうんだよ。そうすると残るのは偽造された高額貸し付けの証文だけ。借りたヤツらは偽造された証文通り返すしかなくなるってことだ」

 ガイの口から語られたソイツらの手口に開いた口が塞がらない。

 乱暴で強引だが実に効果的な手段だ。

「そういう契約って契約魔法の書類を使わないの?」

「契約魔法の書類はそれなりに高額だ。平民の間ではまだそんなに普及していない。まして取り上げて燃やしてしまうつもりの書類にそんな金をかけるのはもったいねえだろ?」

 ある意味合理的と言えなくもない。

 余分な金はかけないに越したことはないといったところか。

「じゃあさ、そのソイツらの保管している書類が無くなったらどうなるの?」

 この世界にコピー機などという便利なものはない。

「成程な、確かにそうすりゃあソイツらに借りてた証拠も残っていないってわけだ。借主も貸主も証文がないんじゃ取り立てようがねえ」

 私はガイの言葉に頷いた。

 仮に何かに書き控えていたとしてもサインや証文が無ければ証拠能力も低いから相手に請求できない。仮に領主である父様に申し立てたところで無駄だし、衛兵達の調査が入ればお終いだ。他人の家に侵入して物を奪ってくるというのは些か気になりはするが違法に偽造された証文だ、罪悪感を抱くほどでもない。

「ガイ、奪って来れる?」

「楽勝っ」

 そういう物ってそれなりに厳重に保管されていそうなものではないかと思うのだが、あっさりと楽勝といってのけるガイにある種の不安を覚えたが、まあそこは気づかぬふりということで。

「それで娼館に囲われている女の子は全部で何人いるの?」

 証文を破棄できても捕まっている女の子達を助け出さないと資金源も断てない。そういうヤツらを潰すならまずは当面の運転資金と逃走資金の調達を防ぐのが先か。

「約三十人ってとこですね」

「それならウチで雇い入れちゃおうか。希望者がいればだけど。ついでにその親兄弟もいれば一緒に。問題は寮が足りるかどうかってことだけなんだけど」

 どうせまだ人手が足りてないし、特に手先の器用な女の子や、これからのことを考えれば美人が多いというなら受付嬢や案内人としても活躍してもらえるはず。

「もうすぐ寮も完成しますし、問題ないでしょう。もし足りなければ当面家族で一緒の部屋で過ごしてもらうか、地元であることを考えれば通いで働いてもらうのも有りでしょう。借金がなくなればそのまま家に戻ることが出来る者もいるでしょうから、まずは一旦匿ってソイツらを潰すのが先でしょう」

「潰すっていっても貯め込んだ金貨を吐き出させないと軍資金持たせたままじゃ同じことの繰り返しだよね」

「貯め込んでるって言ってもしれてるぜ? 毎晩のように高い酒を飲んでは賭場で散財しているみたいだしな。馴染みの酒場じゃいつもツケで呑んでるみたいだし、店の賃貸料もいつも月初にまとめて払いにくるって言ってたからな」

「つまり回収日の翌日ってこと?」

「だろうな」

 宵越しの金は持たないってことか、金ヅルがいるから心配していないということなのか。なんにせよ、今回の相手はあまり頭がよろしくなさそうだ。

「それじゃあ今度の月末二日前くらいに行動起こそうか。普通のところって給料日は月末なんだよね? それまでに女の子達やその家族、借金を抱えている他の人達と連絡取れそう?」

「まだ十日ほどありますからね、問題ありません」

 そうなると後は領地内でのことだから父様の管理する衛兵達とも連携を取る必要もあるかな。勝手に動くと父様の迷惑になる可能性もある。

「一応父様にも連絡しておいて。出来れば衛兵にソイツらに新しいカモを作らせないように見張って貰えるかお願いしてみて。それから悪いけど叔父さんは弟に後十日ほどで全額返済の目処が立つから待ってほしいって手紙を出してくれる? 私達が行くことは内緒で。その時一緒に片つけるからそれまで支払いをなんとか理由つけて伸ばしてもらっておいてって」

「承知だ」

 頭が悪いとはいえ悪知恵が働くのは間違いなさそうなので、ある程度の下準備と誘導、警戒は必要だが、

「まずは目先の事から順番に片付けていこう。明後日の閣下の御来訪と、翌日の辺境伯領訪問が先。手土産その他の準備から取り掛かろうか」


 これらが済めば今のところは入っている予定もない。

 私が直接関わりがあるのはこの二つの領地だけ。

 父様宛に届く私への紹介願いは全て断ってもらっている。

 お断り理由は販売と生産体制が整っていないらしいから直接私に問い合わせてくれと言う文面で。それは嘘でもないし、実際王妃様達の買い占めにより欠品に近い状況だ。父様になら頼めても私には縁がなくて頼み辛い貴族も大勢いるはずだ。


 当然だが上から目線で命令口調のお歴々の言うことを聞くつもりは全くない。

 社交界での立場が悪くなる?

 それこそ望むところ、困るものではない。

 出世にも興味はないし、彼らは私達のメインとする客層ではないのだから。



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「楽勝っ」と言いつつ、ガイは『アレ(ご褒美プリン)』を楽しみにしてるんだろうな~(苦笑) 以前、友人からプレゼントでもらったビン入りプリン『大仏プリン(大)』の見た目のインパクトの凄さに、「小さい壺…
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