第九話 リゾート企画、始動です。
屋敷に戻るとランスとシーファは通常の警護に戻り、ロイとマルビス、私の三人はニ階の客室の一つに向かった。私の寝室のすぐ隣の部屋だ。
父様に新たに使用許可を貰ったその部屋は基本的にこの事業に関わる者のみ入室を許されている。
大事過ぎる気がしないでもないが本格的に始動するまでは対外秘扱いにすることになった。
我がグラスフィート家の美しい豊かな自然とその恵みを利用した大事業、アスレチック等のレジャー施設と私が提案したB級グルメ中心の食堂街、そして街工場や工房の出店が並ぶショッピングモールと新鮮野菜や魚、肉等をその場で焼いて味わう事の出来るバーベキュー施設やキャンプ場、コテージ等の揃う平民のための大型レジャーランド。
つまりはグラスフィート領地のリゾート開発だ。
ゆくゆくは美術館や劇場、ホテル等と広げて行きたいと思っている。
私は最初にマルビスを庭にある誕生日会でお披露目したブランコや簡易アスレチック広場に案内した。
どのように使うかわからないというので二通りの使い方を披露した。
まずは普通通りただ登って潜って降りるだけ。
次に身軽さを利用して丸太を飛び、バク転して次の丸太に飛び乗ったり、上から飛び降りるときに宙返りを入れたりするアクロバティックな魅せるための体操選手や大道芸のような使い方。
彼は興味津々でそれらを見入った後、自ら挑戦した。勿論、普通通りにだ。
でもこれが慣れないと意外に難しいものなのだ。
案の定、舐めてかかった最初は縄に足をひっかけて転びかけたり、丸太の上から落ちそうになったり。上手くいきそうで上手くいかない、もう少しと思うとムキになってしまうのだ。結局マルビスは夕食が出来上がったとロイが呼びにくるまでやっていて大汗をかいていた。
そして三人で囲む食卓の上には私の考案した前世の料理を応用した食事だ。
食べ歩きを想定して考案したのは所謂ホットドック、フライドポテト、フランクフルト、コロッケ、唐揚げ、オニオンフライ、彩りを考えてクレープには野菜サラダ、サンドイッチは二種、フルーツと生クリーム、それに手作りマヨネーズと卵。前世と似た食材を使って作られた見たことのない料理に驚いてマルビスは食べながら私に一つ一つ説明を求めた。
食器を下げた後、グラスフィート領地の地図を机に広げ、二人と身長が違うので椅子の上に立ってロイと二人で私が提案し、父様とロイ、ダルメシアが修正、補足したこの計画をマルビスに説明すると彼の目は爛々と輝き、食い入るように地図を眺めている。
候補地は全部で五つ、それをまずは見て回りたいのだと伝えると大きく頷いた。
そして誕生日会前にラルフ爺とアスレチックを作るときに短時間で組めないからと諦めたものと新たに書き足した走り書きとスポーツ感覚で出来るロッククライミング施設構想、巨大滑り台や巨大迷路等のイメージ図も用意した。
「これは実現すればとんでもないことになりますよ。
この世界の常識を変えます、いえ、変えてみせます」
興奮気味のマルビスが大声で叫んだ。
確かに一大プロジェクトすぎて私もずっと父様に言えなかったのだけれども。
もっとも私が最初に考えていたのは平民相手の保養地とか避暑地に毛が生えたようなもので、それに誕生日会でお披露目した遊具や料理が加わってここまで壮大になってしまったのだ。
そもそも単独で考えて計画できるようなものではない。
でも今回思い切って提案したことで父様やロイ、ダルメシアの手が入り想定していた以上の規模になってしまったわけなのだが説明の足りないところはロイが補足してくれるから非常に助かっている。
父様にロイを補佐につけてくれた事に感謝しなければ。
お目付役も仰せ付かっているのではあろうけど別に困るものではない。
むしろ私が暴走して色々やらかしてしまう前に止めてくれるのならありがたいくらいだ。
多分私一人の説明では『したつもり』で足りないことだらけだっただろう。
今考えている構想をだいたい説明し終わると私は椅子から降りて座り直すとロイが淹れてくれたお茶に口をつけた。
フワリと香る優しい匂いにホッと息をつく。
「ハルト様、お伺いしてもよろしいですか?」
一通り資料に目を通すとマルビスは真面目な顔で問いかけてきた。
真剣な表情を見て飲みかけの紅茶をロイに預けると彼は続けた。
「どうしてこのようなものを貴族ではなく平民のために作ろうと思ったのですか?」
「だって貴族より平民のほうが数が多いでしょう?」
難しい顔で聞いてきたからどんな難問かと思えば実に簡単なこと。
「貴族十人に金貨一枚使ってもらうのも、平民百人に銀貨一枚使ってもらうのも同じ金貨十枚でしょう。
そして平民のほうが圧倒的に数が多い。
高級店を並べても売れなければ銅貨一枚にもならないどころか人件費の分だけ赤字になる。でも誰にでも手が出しやすい価格でたくさん消費してもらえばそれだけ利益も消費も上がる。同じお皿を扱う店が同じ場所に並べば当然品質の高い方にお客様は流れるから互いに競争し、切磋琢磨することで技術が向上し、工夫することで新しい商品だって生まれてくるかもしれない。
それにたくさん人がいる所に人は集まって来るでしょう?
人が集まってくれば仕事だって増える。
仕事が増えて生活に余裕ができれば少しくらいの無駄遣いができるようになる。
そうしてお金が回れば経済も地域も活性化する」
薄利多売、一般市民にとって商売の常識だ。
お金は天下のまわりもの、みんなが消費して使うことで潤う。
頑張った人には頑張った分だけ報われるような世の中であってほしいのだ。
綺麗事ばかりでは済まないことも知っている。
私がどんなに頑張ったところで全ての人に手が届く訳ではないし、見たこともない他人のためにそこまでするつもりはない。
私は聖人君子でも聖女でもない。だけど、
「私は一番幸せになりたい。
でも私が幸せになるついでに他の人にもお裾分けできたらお得でしょ。
どうせなら私一人じゃなくて沢山の人に笑ってほしい。
仕事と生活に追われてゆとりも余裕もない暮らしは楽しくない。でも手軽に遊べる場所ができれば明日のために今日を頑張ろうって思えるんじゃないかなあ」
他人の幸せのためには頑張れなくても自分や家族のためなら一生懸命になれる人はいるはずだ。
大事な人は笑っていてくれるほうがいい。
納得したのか最初の方こそ驚いていたけど私が言い終えると静かに微笑んだ。
「私は貴方に出会えた幸運を神に感謝いたしますよ。
ロイ、貴男もそう思いませんか?」
同意を求められたロイが笑顔で頷いた。
「ええ、私もそう思います」
「マルビスもロイも大袈裟だなあ」
これも自分の撒いたタネだし、仕方ない。
ここまで目立つつもりもなかったがこれも貴族の責務の一つ、政略結婚から逃げるためでもあるし。
代表に祭り上げられてしまったが提案するだけでほぼ丸投げにしても優秀な補佐と相談役はうまくやってくれる。
マルビス達がやる気になってくれるならなによりだ。
「この計画、私が必ず成功させてみせます」
こうして始まったグラスフィート領リゾート開発はスタートすることになった。
マルビスがすぐに人員や資材を手配したいというので候補地とその周辺の下見は三日後になった。
商業ギルドの近くの宿に長期滞在していたマルビスは翌日屋敷内の離れにある使用人棟の空き部屋に引っ越してきた。
我がグラスフィート家の商業部門の相談役の席に仮ではあるが座ることとなり、とりあえず資金調達の一部にあてることができるだろうと先に貴族向けにブランコの商標登録を済ませることにした。ブランコなどありふれたものはいくらでもあるだろうと軽く考えて作ってしまったのだが似たものはあっても子供の遊び道具として背もたれ、肘掛けつきは見た事がないらしい。太い枝がないと利用出来ないのは不便だとマルビスが言うので前世の公園でよく見た鉄パイプを円錐に組み、渡した鉄棒に鉄の鎖を吊るしたタイプのものを提案した。するとそれをすぐに図面に起こして庭のブランコの一つを見本に抱えて商業ギルドに向かった。
私は出発までの間、制作するアスレチックのアイディアというか、必死に前世にあったものを思い出す努力をしながら走り書きをして、それをロイが綺麗に修正したり、手を加えたりしながら製図してくれた。
そして三日後の朝、予定通り四頭の馬を使って出発した。
馬車ではなく馬にしたのは道のない森や林も入る可能性を想定してのことだった。
私が乗るのはロイと一緒の馬、つまり相乗りだ。
他の三人の馬には5人分の旅支度の荷物が乗せられている。
ランスとシーファは護衛なので当然一人乗り、マルビスは馬に乗れるけど人を乗せられるほどの腕前ではない。私も一応乗馬は習っているので出来ないわけではないのだが身長の関係で一人だけ子馬になってしまう上に、手綱を握ったままキョロキョロ見渡すと落馬の危険があるだろうとロイの馬に乗せてもらうことになったのだが。
正直言ってすっっっごくドキドキしていた。
何故ならロイは前世の三十路の私のドストライク。
頭脳派美人系に弱かった私の好みど真ん中なのだ。
私は男なら細身で綺麗めのインテリ系、女ならグラマラスボディのお色気美人に昔から弱かった。
好みと好きになるかどうかは別問題ではあるが自分にないものに憧れて何が悪いっ!
一頭の馬に相乗りなんて前世でいうところのバイクのタンデムに近い密着状態。
落ち着いた黒銀の長い髪をいつも背中で一つに束ね、銀縁の眼鏡の底にはアメジストの瞳、くっきりとした二重は吊り気味だが微笑うと少しだけ下がり垂れ目気味になってすっきりとした頬は精悍で薄い唇の端は緩やかに上り、知的だが穏和な印象を与えている。しかも掛けている眼鏡が実は伊達で、外すと右目の下には普段眼鏡の縁で隠れている泣き黒子が姿を現し、色気を醸し出す。
細身に見えるのに背中にあたる腹筋は固くて鍛えられているのがわかるのだ。
今までも支えてもらったり、それこそお姫様抱っこしてもらったりしたけど大概私は気絶寸前か寝落ちした後、意識するどころではなかったし、基本的に父様の秘書的立場のロイとは兄様達とは違って跡取り候補から外れている三男の私はつい最近まで挨拶はしてもあまり接触や交流がなかった。
急速に近付く距離感に慣れなくて私は顔を耳まで紅くして俯いていた。
六歳児、しかも二十近く歳の離れた男の子供に意識されているとはさすがに欠片も思っていないだろう。
恋人いない歴通算四十年超えの私にこの距離はキツイ、今にも心臓が口から飛び出しそうだ。
真っ赤になって唇を噛み締めている私を心配してロイが顔を覗き込んできた。
しかもお忍び仕様、眼鏡なしのお色気バージョン。
カンベンしてよ〜!
「どうか致しましたか?」
近い、近い、近い〜っ!
無理無理無理、絶対無理だって!
「私だって馬に乗れる・・・」
だから、やっぱり別々で、そう言おうとしたのだが、
「私と一緒はお嫌ですか?」
そのへにょりと眉を下げた寂しそうな顔は反則だろう。
私は慌てて首を横に振った。
嫌ではない、嫌なわけでは決してないのだけれど恥ずかしいのだ。
「よかった、では出発しますよ」
私を誑しこむつもりかっ!
いや、そんな気はない。全くないことくらいわかってる、わかってるけど。
出発前から泣きが入りそうになっていたことは誰にも言えなかった。
一番近くの候補地は屋敷から北に1時間ちょっとの小さな湖畔に位置する場所だった。
湖に沿って暫く馬を歩かせた後、少し開けた場所までくると馬から降りて歩いてみることにした。
もはや拷問に近い密着率に緊張しまくりだった私は到着時点ですでにヘロヘロ。
馬の首に捕まりぐったりしていると先に降りたロイが手を貸してくれて今度は前から胸に抱えるようにして降ろされて更に私はヒットポイントを削られた。
ここが候補に選ばれた理由はいくつかある。
ある程度道が整備されて町からも近く、景観も悪くない。
だが近くにある森は深く、たいした魔獣は住み着いていないがそれでも夜になると警備にそれなりの人手が割かれるだろう。
どちらにしても施設の周りをグルリと柵で囲う必要はあるから問題は建設の際の警備の手配か。
「どう思われますか?」
ロイに問いかけられて私は首を横に振った。
悪くはない、悪くはないけどコレといった特徴はない。
「マルビスはどう思う?」
やっぱりここは商人としての意見も聞いてみたい。
「他の候補地を見てみないとなんとも言えませんが、そうですね」
一度言葉を区切りマルビスは辺りをぐるりと見渡し、少し考えてから再び口を開いた。
「悪くはない、ですかね。町からも近く利便性もよい」
「だけどただ『それだけ』だよね」
無難ではあってもここでなければという魅力に欠けるのだ。
私の言葉にマルビスは大きく頷いた。
「やはりハルト様もそう思われますか?」
「ここしかないなら仕方がないっていう程度だと思う。けど、まあ微妙だよね」
良かった、同じ意見のようだ。だが理論的、採算的に考えるロイにはそう思えないらしい。
近くて便利ならそれに越したことはないだろうと言うところだろうか。
「私は良いと思うのですが理由をお聞きしても?」
「私達が作ろうとしているのは『日常』ではないからだよ」
意味がわからないといったふうに首を傾げ、難しい顔をするロイに私は続けた。
ここにある景色は私達にとって珍しいものではない、町に住む人達が生活の中でも見られるものだ。
薬草を摘むために草原を歩き、体を洗うために湖に行き、獣を狩るために森に入る。よく見る光景だ。
「商店街を作りたいだとか、町や村を作りたいというのなら悪くないけど私達が作ろうとしているものは全く別の物でしょ。ドキドキもワクワクもない」
「私達が提供しようとしているのは『非日常』ですからね。
日常を思い出させるものがあるのは構いませんが忘れさせてくれるものがない、そういうことですよ」
そうなのだ、作ろうとしているのはレジャーランド、リゾート施設。
遊びに来ているのに普通のものばかりでは面白くない。
財布の紐を緩ませるのは日常ではない、はしゃいで非日常を楽しめる場所。
『特別』なのだ。
「でもまあ、悪くはないですからね。演出次第でなんとかできないこともないでしょうし。一応スケッチだけでも残しておきます。
まだ他を見ていない、一番最初ですしね」
マルビスがランスを護衛に周囲のスケッチに出かけると私達は昼食の準備を始めた。
私は預けた荷物からラルフ爺に作ってもらった網と薄い金属板を蝶番で留めた組み立て式のバーベキューコンロを取り出し、組み立てて脚をつけるとちょうどシーファが右に小枝の束を抱え、左手にウサギを二匹ぶら下げて帰って来た。
持ってきた野菜を切っていたロイが手を止めて興味深そうに眺めると私に尋ねた。
「なんですか、これは?」
「簡易コンロだよ。シーファ、ここに拾ってきた枝を入れて」
「ここにですか?」
訳がわからないと言った様子だが言われた通りに抱えていた枝を入れてくれる。そこに魔法で火をつけると横長に作ったそれの右側の縁に水を入れた両手鍋の持ち手を掛け、左に網を置いた。
すると二人の口から小さな歓声が上がった。
「成程、なかなか考えられてますね。これは便利だ」
シーファが感心したようにグルリとバーベキューコンロの周囲を回った。
どこで売っているのかと尋ねてきたので答えようとしたところ、ちょうどスケッチに出かけていたマルビスとランスが帰って来てこれを見た途端、物凄い形相でマルビスが駆け寄って来た。
「なんなんですかっ、これはっ?」
「組み立て式の野外用簡易コンロだそうですよ、ハルト様作、ですよね?」
「作ったのはラルフ爺だよ、一昨日頼んで置いたら昨日出来たっていったから持って来たんだ」
野外で食事になると言ってたから今回のプランの一つ、採れたて新鮮野菜や魚を美味しく食べてもらうということもあるからついでに外で試してみたいとお願いしていたはずだ。
何をそんなに驚いているのか。
普段どうやって旅の途中で食事を作っているのか聞いたら焚き火の近くに串を差して焼いたり、木の枝で鍋をかけるところを作ったりするのが一般的だと聞いたのでそれでは手軽とは言えないだろうと思って作ってもらったのだ。
ただ基本的に前世の私はインドア派だったので実際にこういうものを使ったことは殆どなかったのでちゃんと使えるのか試したかったのだ。お手製のタレの試作も二種類準備してきたし万全だ。
私はロイに切ってもらった野菜や持ってきたソーセージを網の上に乗せながら答えた。
「考えたのはハルト様ですよね?」
「考えたって、ただ金属製の箱に脚つけて網作っただけだよ?」
五枚の金属板に蝶番をつけて組み立てて、ついでに箱を地面に直置きしなくていいようにしただけだ。
長細くしたのは寒い時に片方で鍋を火かけながなら隣で焼き物が出来れば便利かなと思いついて、そのついでに簡単に鍋を固定できないものかと横着に考えた結果がコレなのだ。使用後の灰の片付けもこれなら側面一枚外せば傾けるだけで済むから楽だろうと思ったのだが。
「こういうものを折り畳んで脚をつけるという発想自体が凄いんですよ。
多分、貴方はわかっていらっしゃらないんでしょうけど」
その場でしゃがみ込んでコンロの周りを検分するかのように回っているマルビスやシーファ達を眺めながらロイが手際よくウサギを捌き始めた。
「出発前に言っておいたと思うんだけど」
「そうですね、確かに。出先で試してみたいと」
並べた食材が焦げないようにトングでひっくり返しながら横の鍋でスープの野菜を手際よく煮込んでいく。
魔獣という存在を除けば野菜や動物は基本的に前世とあまり変わらないのでアレンジしやすくて非常に助かっている。色や大きさが多少違ったりして全く同じとはいかないが探すと似たものが多いのだ。
異世界であっても人間が似たような外見の進化を遂げているのだからあまり変わらないのだろう。実際に並べて比べられるわけでもなければ学者のように探究心に燃え、研究しようとするほどの情熱があるわけでもないのだから腹に入れば大差なしと勝手に結論づけて簡単に考えて納得するようにしている。
「私はこのように旅先で食べたことがないからという意味だと思っていたのですが」
どうも私の言葉が足りなくて理解に齟齬があったらしい、手慣れた様子に驚いているようだ。厨房に私が出入りしていたのは知っていたはずなのだが、
「できないことより出来ることが多いほうが選択肢が広がるでしょ」
「貴方は広げすぎです」
まあ、そこは否定しない。自分ではそこまで広げているつもりはないのだが興味を持つと取り敢えず試したくなるこの性格は今更矯正できない。
もっともそのせいで当初の予定は大幅に変更されつつあるけれど。
「完璧すぎると私の補佐などいらないように思えてなりません」
そんなこと、考えていたんだ。でもね、それは違う。
「私なんて穴だらけだよ。
もしそう見えているならみんなが、ロイ達が私を助けてくれるからだ」
その穴を父様やロイ、みんなが塞いでくれるから私は凄く助かっているんだよ。
「手間かけて、心配させてゴメンね。でもそれでも父様もロイやみんなも私を見捨てないでいてくれるから私はそれがすごく嬉しい」
感謝してるんだよ。
いつもありがとうと、そうつけ加えるとロイは目を細めて微笑んだ。
「貴方は本当に何も気にしないのですね、年齢も、性別も、貧富も、身分の差でさえも」
しみじみとまるで独り言のように溢された言葉に私は何を当たり前の事をとばかりに断言する。
「だって同じ人間でしょ?」
価値に差などない。
そりゃあ見知らぬ誰かの命と自分の親しい人の命、天秤にかけられたら迷わず自分の大事な人を選ぶけど、それは私にとっての順番、優先順位でしかない。
他の人からみたら変わり得ることなのだ。自分と他人の『大事』はイコールじゃない。
「私は貴方ほどその言葉を本気で言っていらっしゃるのだと信じられる方を他に知りません」
随分好意的に解釈されているようだ。
ここは否定しておいたほうがいいだろう。
「訂正しておくけどそれが等しく自分に関係のない『他人』なら、だよ」
同じ人間でも犯罪者や自分勝手で横暴な奴、権力を笠にきてるような奴も大嫌いだ。
義務を果たさず権利ばっかり主張してる奴も嫌い。
どんなに綺麗で可愛くても我儘で他人を平気で踏みつけるような人も。
「私の中の優先順位と世間一般の価値は同じじゃない。
事実、私にも嫌いな人も苦手な人も沢山いる。見える範囲、自分の手が及ぶ限りは見知らぬ他人、それが平民だろうと助けもする、見殺しにはしない。でも家族や大事な人達が困らないなら私にとっては所詮関係のない他人事。できる手は尽くすけど手に負えない事まで手出しする気概はないよ。
だから私は正義の味方や勇者にはなれないね。
私がなりたいのは私の好きな人や大事な人にとっての『イイ男』であって『いい人』じゃあない」
自分の大事な人達を守れないなら悪い人で構わない。
私は私の味方でいてくれる人のほうが大事だ。
敵に容赦はしない。私の大事な人達を傷つけるなら許すつもりはないのだ。
ましてや自分の知らないところで見知らぬ誰かが死んだとしても同情はするがただそれだけだ。悔やみはしない。
ロイはびっくりしたように目を丸くした後、小さく笑った。
「私は貴方には随分と甘い所があると思っていたのですが認識を改めたほうが良さそうですね」
意味は正しく理解されたようだ。
「わかってくれて嬉しいよ、ロイ」
焼けた野菜やソーセージを取り分けながら私は呟いた。
用意したタレ、ガーリック風味のオニオンソース系のものとデミグラスソース系の二種類はどちらもみんなに好評だったけれど私としては素材が手に入るなら和風の照焼ソース風味とポン酢、大根おろし風は押さえておきたいところだ。厨房に醤油や味噌系のものはなかったので今回は諦めたのだが他にも試作してみたいので珍しい調味料があれば手配して欲しいとマルビスにお願いしたところ、彼は2つ返事で引き受けてくれた。
この世界で生まれて以降、いかにも和食らしいものには御無沙汰なので味噌や醤油が手に入れば是非作りたいと思っている。
小さくてもいいので私専用のキッチンも欲しいなあ。
ワイバーンのお金もまだ殆ど使ってないし、父様にお願いしてみようかな。
焼きたてのバーベキューに舌鼓を打ちながら私はそんなことを考えていた。
早めに候補地も絞っておきたいし、やることは山積みだ。
今日は北ルートで回れるもう一か所を下見して屋敷に戻る日帰りコース。
一日空けて明後日から残り三ケ所一泊外泊ルート。
できればうちの領地の特産品や工房も見て回りたい。
目玉になるようなものは無理でも特徴あるお客様を呼べる商品があれば最高なんだけどなあ。