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わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望-  作者: 虎竜王NV
第一章:のこちゃん、怪人になる
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05 のこちゃんの怪人テスト


「俺は、()()で猫系連中(れんちゅう)(あたま)をやってるんだが、白獅子(しろじし)…まぁ、じっさんと呼んでくれ」


少ししわがれた声でそう話しかけてきたのは、白い獅子(しし)の顔を持つ獣人(じゅうじん)の男、これからのこちゃんと決闘すべく向き合っている(いか)つい戦士だった。


(おおかみ)獣人(じゅうじん)タレンほどの巨漢(きょかん)ではないものの、それでものこちゃんよりも大きくガッシリとした体格で、間近で見れば見るほど屈強(くっきょう)を絵に描いた様な(たたず)まいである。


『こやつは、かなりの手練(てだ)れと見て取れるが、先ほどの場のあしらい方を思えば、ただ強いだけの者ではなさそうだ。

君、この際、胸を借りるつもりでその体を色々と(ため)してみてはどうだろう?

すでにコツは(つか)めたであろうから、実戦的であっても、さして一方的にはなるまいよ』


などと、お姉さんの声は気安く言ってくれるのだが、実際に事へ当たるのこちゃんにしてみれば何の参考にもならなかった。


「ええぇぇ………」


目の前に立っているだけで、先ほどとは比べものにならないほどの(あつ)を、ひしひしと相手から感じるのこちゃんである。


本当に戦いが始まれば、何を出来るでもなく棒立(ぼうだ)ちになる未来しか見えないのだ。


と言うか、そもそも決闘なんてしたくないのであるが。


法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)はヤレヤレといった仕草(しぐさ)眉間(みけん)に手をやり、タレンとのこちゃんの(まわ)りに集まっていた多種多様(たしゅたよう)獣人(じゅうじん)たちも、そのまま決闘の見物(ギャラリー)へと鞍替(くらが)えをして固唾(かたず)をのんで見守っている。


事の発端(ほったん)となった当のタレンも、その中に()ざっており、腕組みをしながらすっかり観戦(かんせん)モードである。


のこちゃんがそれとなく(まわ)りを見渡せば、否応(いやおう)なく、完全に状況(じょうきょう)(ととの)ってしまっていた。


陽の位置は、まだまだ高い。


この広場に来てから、それほど時間の経過(けいか)をしていないにも係わらず、のこちゃんには(みょう)に長く感じられた。



「よう虎の、お前は、何て名前なんだ?」


まだ()いてなかったよなと、じっさんと自称(じしょう)する白獅子(しろじし)御大将(おんたいしょう)は、自然体でのこちゃんへの話しを続ける。


当然の様に、戦いを前にした緊張感(きんちょうかん)は無い。


「え!?の…う~ん」


咄嗟(とっさ)に"のこ"と言いそうになり、のこちゃんは言葉を()まらせる。


"(とら)()"はもちろんなのだが、本名とそれに関連するものをここで言うべきではない気がした。


ただ、その理由は自分でもよく分からない。


『ふむ、かつての君の名が何であったにせよ、今の君とでは存在自体がかけ離れている。

恐らく、その名を明かした所で、()特定(とくてい)する術式などにも()()かりはしまいが………

気持ちの問題であるなら、ここは仮に、ティハラザンバーとでも言っておけば良いだろうよ』


「…ティハラザンバー!」


(あわ)てていた上に、お姉さんの声に説得され続けてきたのこちゃんは、脊髄反射(せきずいはんしゃ)でつい提案(ていあん)された名前をそのまま名乗ってしまった。


言ってしまってから、あれ?、その名前って怪人(かいじん)ムーブを加速してない?とか冷静に思ってみても後の祭りである。


(まわ)りの獣人(じゅうじん)たちは口々(くちぐち)に、あいつティハラザンバーっていうのか、ティハラザンバーだってよ、などと一斉(いっせい)にザワついており、タレンも憎々(にくにく)しげに憶えておくぜティハラザンバーとか(つぶや)いている。


すでに取り返しは付かない。


「ティハラザンバーか…

やはりその風体(ふうてい)なら、魔の神獣(しんじゅう)とそれを()った白銀(しろがね)(よろい)聖女(せいじょ)伝説(でんせつ)は、意識するよな」


ちなみに、伝説(でんせつ)何某(なにがし)と言えば、チャムケアの基本コンセプトである。


チャムケアシリーズの各タイトルには、それぞれ独自の世界観がありチャムケアの設定すらも作品(ごと)(まった)(ちが)っているのだが、共通(きょうつう)して必ず"伝説(でんせつ)となっている先達(せんだつ)のチャムケア"が存在しているのだ。


第1話にて力を()た主人公が初めて変身した際には、伝説の存在が再び顕現(けんげん)したと敵が(おどろ)いたりするくだりも、シリーズとして一つのお約束になっていた。


なので、のこちゃんにとっては十分なパワーワードであり何それカッコイイと声を出さずに食いついていると、君は今まで()の話を聞いていたのか?とお姉さんの声が(あき)れる。


『こやつが言っているのは、()神獣(しんじゅう)(おお)ティハラの事だぞ………………

しかし、斯様(かよう)な伝説が残っているという事は、この地は()(えにし)があるのかも知れぬな』


「そ、そうなんだ………伝説(でんせつ)聖女(せいじょ)か」


どちらかと言えば、のこちゃんが置かれた状況(じょうきょう)は、(よみがえ)った聖女(せいじょ)伝説(でんせつ)奇跡譚(きせきたん)と言うより怪談(かいだん)(たぐい)である。


しかし、そこをさっ()いても、また新たなチャムケア体験を重ねてちょっと感動したのこちゃんであった。



「それじゃまぁ、ティハラザンバー、始めるぜ?」


じっさんは、そう言うなり腰の後で()いていたのであろう、分厚(ぶあつ)(はば)の広い豪快(ごうかい)な大剣を片手でするりと()いた。


軽々(かるがる)と片手で構えるには、のこちゃんにも一目で無理があると分かるほど、大きくて長すぎる剣であった。


その印象(いんしょう)は、岩をも(たた)()ろうかという重厚(じゅうこう)金属塊(きんぞくかい)であり、それでいて一枚の紙をすっと()ち切りそうな(やいば)禍々(まがまが)しい光を(はな)っている。


じっさんは、そんな自分の身長にも(とど)きそうな大剣の(きっ)(さき)を、指さし確認をする様な仕草でひょいとのこちゃんへと向ける。


「っ!」


のこちゃんは、思わず息をのんだ。


のこちゃんは剣道の経験者(けいけんしゃ)であるから、()れてくると自分の指先が竹刀(しない)先端(せんたん)延長(えんちょう)された感じになる事や、(きっ)(さき)()れない水平な(かま)えにどれだけの強さが秘められているのかなど、それなりに分かっている。


そして、じっさんが片手で(あつ)かって見せたそれは、サイズ次第(しだい)とは言え子供でも使える竹刀(しない)ではないのだ。


その事を頭で理解した瞬間、比喩(ひゆ)ではなく、のこちゃんの背筋(せすじ)正真正銘(しょうしんしょめい)怖気(おぞけ)(はし)った。


(おそ)れるのは構わないが、(こわ)がるなよ?、君。

感情に支配(しはい)されて一瞬の判断(はんだん)(おく)れれば、せっかくの体も動きを(にぶ)らせてしまう。

特に実力者を相手にする時、それは致命的(ちめいてき)となるだろうよ』


先ほどタレンとやらにやって見せた感覚(かんかく)を忘れるなと、伝説(でんせつ)聖女(せいじょ)だったらしいお姉さんの声が、のこちゃんを(たしな)める。


緊張(きんちょう)で足が(すく)みそうになっていたのは、事実だった。


確かに、しっかり気を入れて対応(たいおう)間違(まちが)わない様にしなければ、このティハラザンバーの身体能力をもってしてもまずいかも知れないと頭では(わか)っている。


そして何より、こんなよく分からない場所で、しかも不本意(ふほんい)な決闘などで、まかり間違(まちが)っても(たお)されてしまう訳にはいかないのだ。


だから、のこちゃんは、(こわ)がる気持ちを何とか押さえ、じっさんから自分へと発せられる()らめきの流れを(とら)える事ができた。


しかし、そこまでである。


外を歩いていた時に、そよ風が不意にひゅるりと()()ぎる様なと言えば良いだろうか。


そんな拍子(ひょうし)で、のこちゃんが()らめきの流れを()けるべく体の向きを変えようとした瞬間に、衝撃(しょうげき)到達(とうたつ)していた。


胸の辺りの白銀(しろがね)(よろい)に金属と金属がぶつかる(はげ)しい音が()(ひび)くと、のこちゃんの体は、(いきお)いよく後方へはじき飛ばされた。


「くあっ」


のこちゃんの口から、苦しげな息が()き出される。


じっさんの()()した攻撃は、今朝(けさ)の高い空から着地した時の比ではない、途方(とほう)もなく強い衝撃(しょうげき)だった。


それでも、その着地する際の感覚(かんかく)を思い出したのこちゃんは、飛ばされた空中で刹那(せつな)姿勢(しせい)(ひね)ると足から落ち、かろうじて(ころ)げずに()ます事ができた。


(おそ)らく、猫的な身体になった恩恵(おんけい)もあったのかも知れない。


(いず)れにせよ、ふらつきながらも、のこちゃんはじっさんの攻撃に()えた形で再び大地に立っていた。


「おお、()(しん)(はず)して()(なが)すたぁ、やるなティハラザンバー!」


じっさんは、正面に()ばしていた大剣を下ろすと、(うれ)しそうな声でのこちゃんを賞賛(しょうさん)した。


(まわ)りの獣人(じゅうじん)たちからも、感嘆(かんたん)のどよめきが上がる。


やはり、それ(ほど)(すさ)まじい一撃だったらしい。


どうやら攻撃そのものは白銀(しろがね)(よろい)(はじ)いたらしいものの、のこちゃんの胸にはしっかりダメージが通っており、まだ(しび)れが強く残っていた。


「び、ビックリしたっ」


ただ、いきなりの事だったので、(しび)れ以上に、心臓のドキドキが大変な状態(じょうたい)になっている。


猫だったらしっぽが(ふく)らんで立っているかもと、のこちゃんはさり気なく自分のおしりに手をやったのだが、白銀(しろがね)(よろい)の感触があるだけだった。


ティハラザンバーに、しっぽは付いていないらしい。


『ふむ、単なる片手の()(わざ)であったな』


「単なるって」


伝説(でんせつ)聖女(せいじょ)という割にお姉さんの声はけっこう辛口(からくち)だよなぁ…などとのこちゃんが思っていると、じっさんが大剣を(かま)え直す。


「けどよティハラザンバー、今ので終わらせる訳にはいかねぇな。

こりゃあケジメだ………次のは、ちょっとキツいぜ?」


そう言いながら、両手持ちの大上段へ大剣を(かか)げると、じっさんの雰囲気(ふんいき)がやおら激変(げきへん)した。


その(あさ)い黄色の双眸(そうぼう)から、ティハラザンバーを射貫(いぬ)く様な光が放たれる。


それまでの圧迫感(あっぱくかん)がそよ風ならば、現在のそれは暴風(ぼうふう)だろう。


のこちゃんは、(あわ)てつつも再び()らめきの流れを(つか)もうと目を見開(みひら)いて、(さら)瞠目(どうもく)してしまった。


「なにこれ………」


『ほう、まさしく裂帛(れっぱく)気迫(きはく)というやつだ。

これは、早々(そうそう)に決めに来る気だぞ?』


何やら楽しげなお姉さんの声は、のこちゃんに届いていない。


それもそのはず。


のこちゃんが(とら)えたのは、一目(ひとめ)で数え切れないほどにひしめいている、言うなれば放射(ほうしゃ)される数多(あまた)()らめきの流れであった。


一つ一つハッキリとした虚実(きょじつ)などの()()きの無い"必殺(ひっさつ)意志(いし)"であり、のこちゃんへ向かって、その全てが収束(しゅうそく)している。


死角(しかく)(かわ)余地(よち)も何も無い、あまりの打つ手の無さに愕然(がくぜん)とするしかない、それは確かに決定的であった。


「覚悟を決めろよ、ティハラザンバー!」


何か、法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)制止(せいし)する様な事を(さけ)んでいたものの、この場に耳を貸す者はいない。


「だめだ、()けられないよ…」


思わずのこちゃんが弱気を(つぶや)くと、不意にじっさんから()()れていた暴風(ぼうふう)の圧が()いだ。


明らかに、(まわ)りの空気が変わる。


『ふむ、ならば、すでに牙は持っているのだ…』


お姉さんの声と重なる様に、じっさんは、自然な(なり)でただ一歩を前へと()()む。


それは、一筋(ひとすじ)疾風(はやて)であった。



――――――――――――――――



魔に(くみ)する神獣(しんじゅう)(おお)ティハラは、全身を黄金の毛に(おお)われ、漆黒(しっこく)縞模様(しまもよう)印象的(いんしょうてき)な巨大な虎を彷彿(ほうふつ)とさせられる姿だった。


(すさ)まじい力で(あば)れ回り、その一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)に大地が激震(げきしん)し、咆吼(ほうこう)大気(たいき)渦巻(うずま)かせる嵐となって、豊かな自然とその地に()らす人々(ひとびと)を丸ごとなぎ倒した。


(きゅう)する人々(ひとびと)の願いを聞き届けた天空の女神(リナリーシア)天啓(てんけい)(みちび)かれ、(おお)ティハラを()つべく戦いを(いど)んだ者こそは、白銀(しろがね)(よろい)聖女(せいじょ)と名高い(せい)ザンバー=リナである。


長く(つや)やかな黒髪と大きな黒い(ひとみ)(ととの)った顔立ちに張りのある小麦色の(はだ)白銀(しろがね)(よろい)(かぶと)によく()えると世に(うた)われたが、真なる(うるわ)しさは、その高潔(こうけつ)で実直な(たましい)にあったと伝えられている。



その地の統治者(とうちしゃ)(よう)する軍勢(ぐんぜい)から協力(きょうりょく)()(せい)ザンバー=リナは、地形を利用した(わな)(めぐ)らせるなど(おお)ティハラを(あらかじ)め用意しておいた決戦の場へと誘導(ゆうどう)し、(つい)誰憚(だれはばか)ることなく全力で戦える状況(じょうきょう)を成立させた。


対峙(たいじ)する(おお)ティハラと(せい)ザンバー=リナの両者(りょうしゃ)は、お(たが)いを(ほろ)ぼすべき宿敵(しゅくてき)として(みと)め合い、どちらもこの場から引きあげる様子もない。


後は、戦いの火蓋(ひぶた)を切るだけの段に(いた)り、見つめ合ったままどれ(ほど)の時間が()ったのだろうか。


(せい)ザンバー=リナは、おもむろに(おお)ティハラへ呼びかけた。


「美しき(あら)ぶる神獣(しんじゅう)よ、そなたは、あまりにも悪行をなしすぎた。

よって、天空の女神(リナリーシア)様の御名(みな)()いて、()はそなたを調伏(ちょうぶく)する!」


(よろい)と同様の白銀(しろがね)(かぶと)から長い黒髪をなびかせ、堂々(どうどう)とした聖女(せいじょ)討伐(とうばつ)宣言(せんげん)である。


それに対して、(おお)ティハラは、やってみせろと言わんばかりの低いうなり声で(こた)えた。



伝説(でんせつ)になるだけあって、黄金の毛並みを持つ巨獣(きょじゅう)白銀(しろがね)(よろい)(まと)った聖女(せいじょ)が陽の光にキラキラと反射して、幻想的(げんそうてき)光景(こうけい)だなぁとのこちゃんは感心する。


それにしても、聖女(せいじょ)の話す声がのこちゃんに話しかける辛口(からくち)なお姉さんの声と同じだったので、ひとことで聖女(せいじょ)と言っても結局は人によるのか的な事を思った辺りで(われ)に返った。


「…って、あれ?決闘してるのって、わたしじゃなかったっけ??」


確かに、のこちゃんへ向かってじっさんが何だかもの(すご)い攻撃を仕掛(しか)けて来そうだった事は、どうしようもなく怖かったのでハッキリと(おぼ)えている。


しかし今、何故(なぜ)かのこちゃんは、(いにしえ)の伝説を()()たりにしているらしかった。


そう言えば、漂流結界(ひょうりゅうけっかい)の"(おり)"だったろうか、あそこで出会(であ)って以来ずっと話しかけてきたお姉さんの声が聞こえない。


どうなっちゃってるんだろうコレとしばらく考えて、現状(げんじょう)(わか)らないもんをいくら考えた所で(わか)る訳ないよねと結論したのこちゃんは、せっかくの"伝説(でんせつ)何某(なにがし)"を堪能(たんのう)する機会なんだから楽しもうと割り切る事にした。


間もなく、(おお)ティハラと(せい)ザンバー=リナの攻撃が交差(こうさ)をし始める。


(おお)ティハラが前足を大きく振りかぶって地を()()えると、大きな震動(しんどう)に続けて土埃(つちぼこり)石礫(せきれき)をまき散らしながら、衝撃(しょうげき)が地面を走り(せい)ザンバー=リナを(おびや)かす。


(せい)ザンバー=リナは、背負(しょ)っていた二振(ふたふ)りの長い彎刀(わんとう)()(はな)ち、一方でその衝撃(しょうげき)をどうやったのか()って()て、もう一方を()()き、その()()てる威力(いりょく)だけを(おお)ティハラへと投げつけた。


距離が開いていても、大地を(えぐ)り空気を()()く様な打撃(だげき)斬撃(ざんげき)応酬(おうしゅう)され、元から荒野だった決戦の地は、(さら)無惨(むざん)状態(じょうたい)へと荒れてゆく。


しかし、これらは牽制(けんせい)し合っている小手調(こてしら)べに()ぎず、接近して直接(ちょくせつ)攻撃をする段になれば、恐らく両者(りょうしゃ)共にただでは()まないであろう事がうかがえた。



「おお、『ハードチャレンジ!チャムケア』や『バシバシ!チャムケア』のプロローグもこんな激闘シーンから始まるし、なかなかそれっぽいシチュエーションですなぁ」


伝説(でんせつ)とは、寓話(ぐうわ)であり、ロマンであり、言ってしまえば現実へ(じか)干渉(かんしょう)するものではない。


つまり、目の前で起こっているかの様に見えるこれら全ての現象へ、のこちゃんは()れる事ができなかった。


(ぎゃく)もまた(しか)りで、人の身ならば(おそ)(おのの)くしかない天変地異(てんぺんちい)とも言うべき状況(じょうきょう)の中、完全に安全なポジションで娯楽享受(エンタメ)モードなのこちゃんは超リラックス状態(じょうたい)であり、思わず間の抜けた感想がこぼれたのだ。


決して、自分とじっさんの決闘の見物(ギャラリー)になっていた獣人(じゅうじん)たちの事は言えないのこちゃんである。


不意に、(せい)ザンバー=リナの様子がクローズアップされた。


「ふむ、やはり、このままでは(らち)があかないな………いや、体力的にこちらが不利か」


ならばと、(せい)ザンバー=リナは、(おお)ティハラが連続して(はな)衝撃(しょうげき)の合間を()い、土埃(つちぼこり)石礫(せきれき)の嵐に(まぎ)れて()けだした。


一方では、(おお)ティハラも(せい)ザンバー=リナの動きを察知(さっち)して、大まかな衝撃波(しょうげきは)から一点を(ねら)い撃つ様に収斂(しゅうれん)した衝撃波(しょうげきは)へと攻撃を切り替える。


それを同時にいくつも出現させ、つるべ打ちで()られる収斂(しゅうれん)された衝撃波(しょうげきは)()れが、必殺の斬撃(ざんげき)を狙う(せい)ザンバー=リナを串刺(くしざ)しにせんと、(いしゆみ)(ごと)くその進む先々(さきざき)穿(うが)たれてゆく。


器用(きよう)なマネを…しかし!」


眉間(みけん)にしわを寄せつつも飛来する衝撃波(しょうげきは)(いしゆみ)次々(つぎつぎ)(かわ)し、()けきれないものは、また彎刀(わんとう)()って()てて()()ける(せい)ザンバー=リナに、(おお)ティハラがいらだちのうなり声を上げる。


「怒ってる巨獣(きょじゅう)の顔、(こわ)っ」


ちなみにのこちゃんは、最初に気が付いた位置から少しも動かず、そんな両者(りょうしゃ)の様子を(つまび)らかに観察する事ができた。



その後も、(せい)ザンバー=リナと(おお)ティハラの激闘は、(たが)いに必殺の間合いを()てもなお拮抗(きっこう)して続いていた。


それぞれが満身創痍(まんしんそうい)になりつつ、(おのれ)全身全霊(ぜんしんぜんれい)()して相手を(たお)す心づもりであるため、絶対に後へは退()けないのだ。


最初は、全方位のスクリーンへと(うつ)し出された映像作品(えいぞうさくひん)でも鑑賞(かんしょう)している気分なのこちゃんであったのだが、あまりの苛烈(かれつ)な戦いを見せつけられ、次第(しだい)に真剣なまなざしで食い入る様に向き合っていた。


そして、この伝説(でんせつ)を目撃する事態(じたい)について、(みずか)らが置かれた立場にふと思い当たった。


「そうか、これ、先代チャムケアとの遭遇(そうぐう)展開だ………」


前述(ぜんじゅつ)の通り、チャムケアには、必ず伝説(でんせつ)となっている先達(せんだつ)のチャムケアが存在している。


シリーズタイトルによっては、その姿すらデザインが用意されていない場合もあるのだが、敵との度重(たびかさ)なる戦いに(かべ)(むか)えてしまい、主人公たちへパワーアップを(うなが)()()けとして、その伝説(でんせつ)のチャムケアと邂逅(かいこう)する演出があるのだ。


もちろん、(いず)れの世の中もチャムケア準拠(じゅんきょ)で出来ていない上に、のこちゃんはチャムケアでもないので単なる思いこみに()ぎない。


しかし、なまじチャムケア体験が続いてしまったせいで、もしもこの事態(じたい)に意味があるのだとすれば"それ"以外には考えられなかった。


「いやでも、こういうのは、余程(よほど)のピンチにならないと起こらないんじゃ………」


よく考えたら、じっさんとの決闘で自分がなかなかの窮地(きゅうち)(おちい)っていた事を思い出して、更に確信(かくしん)()てしまったのこちゃんである。


それならば(かなら)ずここで解決の糸口(いとぐち)が見つかるに(ちが)いないと視聴(しちょう)する姿勢(しせい)(あらた)めた所、ちょうど(おお)ティハラの背面(はいめん)を取った(せい)ザンバー=リナが、二振(ふたふ)りの彎刀(わんとう)をその背に深々(ふかぶか)と突き立てる場面であった。


(おお)ティハラの断末魔(だんまつま)が、この戦いで荒れ果てた大地に(ひび)(わた)る。


()かったな神獣(しんじゅう)よ…

この(つるぎ)は、天空の女神(リナリーシア)様より下賜(かし)されたる聖なる神器(じんぎ)……

一度こうして()いつけられたなら、そなた(ほど)の者でもどうにもならぬぞ………」


そう、息をつきながら言う、(せい)ザンバー=リナにもすでに力は残っていないのだろう。


苦しそうに、白銀(しろがね)(よろい)の肩を上下(じょうげ)させている。


「あっ」


のこちゃんには、その光景に見覚(みおぼ)えがあった。


漂流結界(ひょうりゅうけっかい)の"(おり)"にあった大きな(ぞう)こそは、(せい)ザンバー=リナによって(ふう)じられた、(おお)ティハラそのものだったのだ。


(せい)ザンバー=リナは、(おお)ティハラの背の上で彎刀(わんとう)を突き立てた姿勢(しせい)のまま回復を(はか)り、息を(ととの)えると意識を集中させ何か文言(もんごん)(とな)え始めた。


「ここに天空の女神(リナリーシア)様の御力(みちから)をお借りして、結界(けっかい)(すべ)()すは"(おり)"、()永劫(えいごう)たる………………」


文言(もんごん)途中(とちゅう)、あっという顔をして、(せい)ザンバー=リナの口が止まる。


のこちゃんが、頭の上に見えない(クエスチョンマーク)を出しながら事の成り行きを見守っていると、(せい)ザンバー=リナが深くため息をついた。


「ふむ、()とした事が………ここでこのまま結界(けっかい)を張っては、()方術(ほうじゅつ)に取り込まれてしまうではないか。

しかし、いま(つるぎ)(はな)す訳にはいかぬし…はて?」


しばらく両手でその柄を(つか)んでいる彎刀(わんとう)を見つめていたかと思えば、(せい)ザンバー=リナは、苦笑しながら再び文言(もんごん)(とな)え始める。


この(わず)かな時間で、その身を(ささ)げる覚悟を決めたのだ。


()()ない様でいて、(きび)しくも高潔(こうけつ)なその決断力(けつだんりょく)に、のこちゃんからも言葉は出なかった。


()永劫(えいごう)たる御力(みちから)行使(こうし)御赦(おゆる)しを(たまわ)りたく、此処(ここ)にして此処(ここ)(あら)ず、彼処(あそこ)其処(そこ)に、そして此処(ここ)流転(るてん)する聖域(せいいき)顕現(けんげん)()を願い(たてまつ)る…(たてまつ)る…」


(とな)えが進むにつれて、周囲(しゅうい)の風景が陽炎(かげろう)の様に()らいぎ始め、(せい)ザンバー=リナと(おお)ティハラを(つつ)み込んでゆく。


やがて………………



『ふむ、ならば、すでに牙は持っているのだ。

()けられないのであれば、受けるか()って()ててしまえば良いだろうよ』


のこちゃんの視界(しかい)が、(まぶ)しい光に(あふ)れる。



――――――――――――――――



じっさんの()()剣尖(けんせん)(ひらめ)きは、大剣と思えない(いきお)いと正確さで、のこちゃんの正中線(せいちゅうせん)(とら)えた。


まさしく、疾風(はやて)(ごと)剣筋(けんすじ)である。


これはやっちまったなと、当のじっさんも確信するほどの、明らかに必殺の一撃であったのだが。



それは、出し抜けにのこちゃんの両手へと顕現(けんげん)した。


つまり、牙である。


「は、え?!」


のこちゃんが思わず(たて)の様に交差させた刹那(せつな)、それは、事も無げにじっさんの大剣を(いきお)いごと(はば)んでみせる。


再び、両者(りょうしゃ)の間で、金属と金属がぶつかる(はげ)しい音が()(ひび)いた。


ただし、今回はじき飛ばされたのは、じっさんの方である。


「うぉっと、何だそりゃあ!?」


それは、二振(ふたふ)りの(つるぎ)だった。


しかし、伝説(でんせつ)の中でのこちゃんが目撃した、(せい)ザンバー=リナの彎刀(わんとう)とは(ちが)う。


野太刀(のだち)とでも言うのだろうか、ティハラザンバーの体格からすればちょうど良い得物(えもの)と見えて、その実は、長大(ちょうだい)打刀(うちがたな)を更に長く広く厚くした様な、白銀(しろがね)(かがや)(いか)つい(つく)りの(かたな)である。


そんな見た目に反して、(かろ)やかで手に馴染(なじ)感触(かんしょく)に、のこちゃんは戸惑(とまど)った。


「何これ、竹刀(しない)より(かる)い…じゃなくて、こんなの、いつの間に持ってたんだろう、あたし」


『ふむ、その双剣(そうけん)は、白銀(しろがね)(よろい)と同様に天空の女神(リナリーシア)様より下賜(かし)された聖なる神器(じんぎ)なのだ。

()(たましい)と同化していた以上、そのまま君に()()がれて当然であろうよ』


すかさず、お姉さんの声(あらた)め、(せい)ザンバー=リナのどや声が自慢(じまん)げな解説を入れてくる。


「いや、こんなの持ってなかったと思うんだけど…って、もしかしてこれも体の一部って事なんじゃ」


(よろい)もそうなのだが、双剣(そうけん)と君の(たましい)は、かつての()(おな)じく同化して(つな)がっている。

もはや君とは一心同体(いっしんどうたい)であり、君の心が折れなければ決して折れる事もなく、君自身が成長すれば更に力を増してゆく。

それを体の一部と言うのであれば、確かにそうであろうな』


(おのれ)怪人(かいじん)ムーブが次々(つぎつぎ)確固(かっこ)たるものへなってゆく。


そんな恐ろしい結論を思いついてしまい、(ちが)う意味で戦慄(せんりつ)するのこちゃんである。


「"確かに"とか言わないで欲しかったよねぇ…」


そんな流れで、二振(ふたふ)りの(かたな)を握ったまま腕をだらんと下げて脱力しているのこちゃんに、体勢(たいせい)を立て直したじっさんが話しかけてきた。


何処(どこ)(かく)し持っていたのか知らねえが、白銀(しろがね)(よろい)聖女(せいじょ)伝説(でんせつ)と来れば、やっぱり双剣(そうけん)だよなぁ」


「え?…ア、ハイ」


「アレをよく(しの)いだな、ティハラザンバー」


「ガンバリマシタ」


何かもう、本当にがんばる気力も()えてしまったので、のこちゃんの返事はテキトーになっていた。



じっさんは、しばらく考える仕草(しぐさ)を見せたかと思えば、()いた時と同様に大剣を(なん)なく腰へ(おさ)めると(まわ)りを見回した。


「こんなもんで良いだろ……さっきも言ったが、コイツは俺が一方的に拾ってきたからな、だいぶ混乱してたんだと思うんだ。

後は、こっちで責任持って色々と言い聞かせとくって事で、どうだタレン?」


じっさんの視線の先で、巨漢(きょかん)(おおかみ)獣人(じゅうじん)(うなず)く。


「よし、じゃあこれで本当に終わりだ。

お前らも、とっとと自分の持ち場へ(もど)れよ」


(まわ)りで決闘の見物(ギャラリー)になっていた獣人(じゅうじん)たちは、じっさんから(うなが)されると、三々(さんさん)五々(ごご)に散っていった。


そんな中、法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)だけは、眉間(みけん)に手をやったままじっさんへ近づいて来る。


「………一時(いちじ)はどうなる事かと思いましたよ、白獅子(しろじし)御大将(おんたいしょう)

何事もなかったから良い様なものの、初撃(しょげき)はともかく、何ですか二つ目のアレは。

実に大人げない」


「だから、御大将(おんたいしょう)はやめてくれと…お前、わざと言ってるだろう」


「ご自覚(じかく)が足らないからですよ」


そんな事を言い合っている二人の獣人(じゅうじん)をぼんやり(なが)めながら、のこちゃんは疲れた頭で、この()()(かたな)どうしたら良いんだろうとか別の事を考えていた。


「なぁ、ティハラザンバーを今期の育成組(いくせいぐみ)にねじ込めないか?」


「そうですね………実力的には、問題ないかと思いますが」


「よし、じゃあそうしてやってくれ。

伝説(でんせつ)(あこが)れて調子に乗ってるだけならアレなんだが、こいつには見込みがあるからな」


「なるほど、(うけたまわ)りました」



「てな訳だ、ティハラザンバー」


「………………」


「よう、ティハラザンバー…」


「………………」


「ぼやっとしてるんじゃねえぞ、ティハラザンバー!」


突然じっさんに肩を(つか)まれて、のこちゃんはビクッとしてしまった。


「へ?!あ、わたしの事か、何ですか!?」


「お前なぁ………自分で考えた名前なんだから、もっと…まぁ、良いか」


むっとしながら、それは(ちが)うと(あき)れるじっさんに抗議(こうぎ)したいのこちゃんだが、話がややっこしくなるのでぐっとこらえた。


「何か思う所があるんだろうが、お前自身が()()(もど)る事を選んだのは事実だ。

そして、それは受け入れられた………理解しているな?ティハラザンバー」


「…はい、そうですね」


他にどうしようもないのでと、のこちゃんは心の中で付け加える。


「なら良い。

じゃあ改めて、異次元(いじげん)踏破(とうは)傭兵団(ようへいだん)"魔刃殿(まじんでん)"へようこそ。

ティハラザンバー、戦力としてのお前に期待する………よろしく(たの)むな」


そう言うと、じっさんはのこちゃんと握手(あくしゅ)した。


『ふむ、この握手(あくしゅ)には契約(けいやく)方術(ほうじゅつ)が込められているな。

恐らく、次にまた脱走(だっそう)したら、反逆(はんぎゃく)と見なされて懲罰(ちょうばつ)されるのではないか、君?』


興味(きょうみ)(ぶか)げに、(せい)ザンバー=リナの声が話しかけてくるものの、のこちゃんには(とど)いていなかった。


その前にじっさんから(はな)たれた、いかにもな組織名(そしきめい)を聞いて目眩(めまい)を起こしていたからだ。


「また、怪人(かいじん)ムーブが………………」


ここに、異次元(いじげん)踏破(とうは)傭兵団(ようへいだん)"魔刃殿(まじんでん)"の怪人(かいじん)、ティハラザンバーが誕生(たんじょう)した。


続きます。

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