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わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望-  作者: 虎竜王NV
第一章:のこちゃん、怪人になる
8/21

04 のこちゃんの怪人デビュー


のこちゃんは、あれから何事もなく着地したその足で、猫や(おおかみ)獣人(じゅうじん)たちがいた場所へ投降(とうこう)する事にした。


空高くからこのよく分からない建物(ぐん)が存在する大地を見回した結果、全方位が彼方(かなた)(かす)んでいる山まで、ほぼ緑や水辺(みずべ)の無い荒涼(こうりょう)とした不毛(ふもう)状態(じょうたい)であると分かったからだ。


アテもなく彷徨(さまよ)った所で、これはすぐ身も心も()たなくなるだろうと秒でのこちゃんが(さと)った事を、お姉さんの声も肯定(こうてい)する。


『それなりの手勢(てぜい)(よう)する集団が拠点(きょてん)としているのなら、独自の補給手段(ほきゅうしゅだん)も、それなりのものがあると見て良いだろう。

いくら(つく)()えたその身体が強靱(きょうじん)でも、飲まず食わず休まずでは、早晩(そうばん)限界を(むか)えよう。

ならば、いっそ体に()れるまで、訓練を()ねてあそこに居座(いすわ)るのも悪手ではあるまいよ』


流石にお姉さんの声に言いくるめられている自覚は持ち始めたものの、いちいち説得力(せっとくりょく)があって、結局それもそうだなと思えてしまう。


「それにしたって、居座(いすわ)るって、わたし、そこまでふてぶてしくできる自信ないけどなぁ………どう(あつか)われるのかも、分からないんだし………」


『まぁ、敵意さえ(あら)わにしなければ、どうにかなるだろう』


そもそも敵意は無いんですがと愚痴(ぐち)(こぼ)しながら、(はな)れていてもよく見える半球(はんきゅう)の大きな建物を目標にして、のこちゃんはとぼとぼと歩き始める。


現在の所、強靱(きょうじん)になったらしい身体に、何も不調は感じていない。


そう言えば、あの高さから着地した時には、ちょっとした地響(じひび)きが起きて(おどろ)いた。


これといったケガも負わず、我ながら随分(ずいぶん)と遠くまでジャンプできたものだねと(あき)れつつも、チャムケア的な体験を思い出してはつい(うれ)しくなってしまう。


『そら、牙を()いているぞ、気を付けろ』


「え?」


のこちゃんとしては、ニヤニヤと思い出し笑いをしていただけなのだが。


『ふむ、体に()れろとは、そういった事も(ふく)めての話だ』


「言われてみれば、まだ新しい顔を見てなかったな………………牙があるのか………………」


きっと、あそこへ戻れば、(かがみ)の様な自分の姿を(うつ)す物はあるだろう。


しかし、見たい様な見たくない様な、中二女子の複雑な心境(しんきょう)は、姿が変わってしまっても絶賛(ぜっさん)継続中(けいぞくちゅう)なのこちゃんであった。



――――――――――――――――



半球(はんきゅう)が近くなると、(まわ)りにある他の建物も見え始め、ちょっとした城下町(じょうかまち)の様な形になる。


しかし、石と金属らしい建材(けんざい)を混ぜる様な(つく)りに加え、所々(ところどころ)平たい壁面(へきめん)のビルの様であったり(ねじ)れた(とう)の様であったりと、どう見ても異様(いよう)建築物(けんちくぶつ)数々(かずかず)であり、とても町という感じはしない。


(まわ)りに往来(おうらい)している住民の姿がある訳でもなく、荒涼(こうりょう)とした大地に突然現れるそれは、廃墟(はいきょ)の町を()した大がかりなオブジェと言われた方がしっくりとくる。


外側の境界(きょうかい)に当たる部分には、それらの建物が隙間(すきま)無く並んでおり、初見(しょけん)ののこちゃんにも防護壁(ぼうごへき)を兼ねていると推測(すいそく)できた。



「入り口は何処(どこ)だろう………」


(かべ)の様に並んだ建物に沿()って、のこちゃんは、足下(そっか)にジャリジャリする()れ地の感触(かんしょく)(おぼ)えながら歩いた。


そう言えばと、あの強力なジャンプを実現させ、その後で着地の衝撃(しょうげき)()えた自分の足を改めて観察してみる。


腰から太腿(ふともも)にかけては、全体の体毛と同様に、黄金(おうごん)()漆黒(しっこく)縞模様(しまもよう)から成っている。


(さわ)ると我ながらモフモフしているとあって、この辺りは、まだ虎の感じと納得(なっとく)が行く。


ただ、(ひざ)とふくらはぎから足先までは白銀(しろがね)の金属製ブーツの様な形になっているのだが、これがどうも()げる気がしない。


と言うか、()()()()()()として造り直された、そんな気がしてならないのだ。


すでに陽は高く、目が覚めてからかなり時間が経過(けいか)したので、流石に自分の事を色々と気にする様になったのこちゃんである。


「あの、お姉さん………………この(よろい)っぽい所って、外せないのかな?」


『ふむ、その白銀(しろがね)(よろい)は、かつて()が聖ザンバー=リナとして天空の女神(リナリーシア)様の天啓(てんけい)(したが)い、戦いへ(おもむ)く際に身に着けていた物だ。

天空の女神(リナリーシア)様より下賜(かし)された唯一無二(ゆいいつむに)の聖なる神器(じんぎ)であり、()(たましい)と同化し、神獣(しんじゅう)(おお)ティハラを()封印(ふういん)するまでは、あらゆる悪意からこの身を守り抜いてくれた。

流石にその巨体を全て(おお)うには(いた)らなかったが、それは君へとしっかり()()がれた、もう立派な君の身体の一部なのだ………むしろ、外れたらまずいだろう』


白銀(しろがね)(よろい)についての有用性(ゆうようせい)滔々(とうとう)と語ったお姉さんの声は、"君の身体の一部なのだ"という部分しか、のこちゃんへ届かなかった。


「うぅ、やっぱりかぁ………」


結果が似た様なものであっても、薄々(うすうす)自分で気がつく事と他人(ひと)から現実を突きつけられる事は、天と地ほどの差がある。


足の他には、首の下辺りからから同じく白銀(しろがね)の金属製ハイレグ水着の様な形成(けいせい)(よろい)本体があり、(ひじ)から手首にかけての腕にも籠手(こて)の様なカバーが付いているのだ。


これで、"素の身体です"となれば、猫の人を怪人(かいじん)呼ばわりしている場合ではない。


それは、巨大なブーメランになって、そのままのこちゃんへと(もど)ってくる。


選択(せんたく)余地(よち)がなかったとは言え、せめて(よろい)脱着式(だっちゃくしき)にして欲しかったなぁと、思わず涙目(なみだめ)になるのこちゃんであった。



そんな心のダメージをかみしめながら歩いていると、外環(がいかん)を造っていた建物の並びが途切(とぎ)れ、この建物(ぐん)の出入り口と(おぼ)しき場所へと辿(たど)り着いた。


これといった門構(もんがま)えがある訳ではない。


ただ、建物と建物の間に出来た小路(こみち)を通って、建物(ぐん)の内側へ出入りできるだけの様子だ。


薄暗(うすぐら)さも相俟(あいま)って、どこか、繁華街(はんかがい)のビルとビルとが作り出す裏通りを彷彿(ほうふつ)とさせられる。


「外側をだいぶ歩いたと思うんだけど、こんなのが点在(てんざい)してるだけじゃ、交通に不便じゃないのかなぁ?」


のこちゃんが、一人ギリギリ通れる(はば)小路(こみち)を歩きながら、実際の利便性(りべんせい)に対して疑問を(つぶや)く。


(まわ)りの荒れぐあいを考えると、日常の生活に()いて、頻々(ひんぴん)に外出する用事があるとも思えないからな。

通路自体は、必要(ひつよう)最低限(さいていげん)で構わないのであろう………

で、あるならばだ、闖入者(ちんにゅうしゃ)への監視(かんし)には、うってつけの造りでもあるのだろうよ』


お姉さんの声がそう()めくくったタイミングに合わせるかの様に、それまでこの一本道の何処(どこ)(かく)れていたのか、のこちゃんの行く手を(ふさ)ぐ者が現れた。


とは言え、ただそこに自然体で(たたず)んでいるだけで、侵入(しんにゅう)に対して立ち(ふさ)がっている様子はない。


単純(たんじゅん)に、(せま)くて、すれ(ちが)えないのである。


身の(たけ)は、小柄(こがら)な猫や狼たちより、のこちゃんのそれに近かった。


獣人(じゅうじん)で言えばイタチやオコジョの類だろうか、目が大きく、丸みを帯びた灰色の顔には(けん)が無い。


白くて(すそ)が長い、時代劇に登場する"(くらい)の高いお坊さん"の法衣(ほうい)の様な物を身に着けている。


「こんにちは旅のお方、こちらへのお(はこ)びは、如何(いかが)なご用向(ようむ)きでしょう?」


なかなか(しぶ)い男性の声で急に丁寧(ていねい)挨拶(あいさつ)をされて、こちらも何か言わなくてはと、のこちゃんはあたふたしてしまった。


「あ、こ、こんにちは………えっと、来たと言うか、(もど)ったと言うか、わたしも本当のところは、どうして良いのか(こま)っていまして、その…」


『君よ、(あわ)てず、ゆっくりと考えをまとめながら話せば良い』


法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)は、はてと頭を(かし)げると、何か思い当たる事があったのか胸の辺りでぴたんと両手を合わせて鳴らす。


「ああ、今朝の(さわ)ぎは、貴方(あなた)でしたか」


どうやら、事の()()きは、知られているらしい。


「はぁ、まぁ、そうかも知れません…」


のこちゃんが語尾(ごび)の小さくなる(たよ)りない返事をすると、法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)は、外には何もなかったでしょうと苦笑した。


()(ほど)()(ほど)、今朝は混乱(こんらん)していたものの、こちらへご自身の意志で(もど)られたという認識(にんしき)間違(まちが)いありませんね?」


「は、はい」


賢明(けんめい)なご判断をされたと思います。

その判断力を(もっ)て、本来ならば、このままこちらへお(むか)え入れる事に(やぶさ)かではないのですが………

貴方(あなた)をここへお連れした者が、どうしても自身の目で貴方(あなた)のお力を見たいと、ずっと()(かま)えおります」


「えっ」


誘拐犯(ゆうかいはん)ではなかったにせよ、のこちゃんをお持ち帰りした者は、確かに存在していたらしい。


素知(そし)らぬ顔でお(むか)えしましても、(いず)れむこうから(つか)まえに来ると思いますので、後々(のちのち)面倒(めんどう)の無い様に()ずはご案内を(いた)します」


どうぞこちらへと、のこちゃんを(うなが)しながら、法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)(きびす)を返した。


「うう、はい」


『ふむ、これは…』


意識のない自分をさらった相手が()(かま)えているという、理由が理由である。


何か(いや)な予感で尻込(しりご)みしつつも、仕方なくのこちゃんが獣人(じゅうじん)の後へ続こうとすると、注意を喚起(かんき)する様にお姉さんの声は話し始める。


『目の前の姿(コレ)は、恐らく術的な幻影(げんえい)(たぐい)だな………(まわ)りの様子から、何か、君も感じないか?』


突然、何か感じないかと言われましてもと思いながら、のこちゃんは少し視線を上げて、意識を自分の周囲(しゅうい)へと拡大(かくだい)してみた。


それに(したが)い、のこちゃんの視野(しや)が広がって行く。


(せま)くて薄暗(うすぐら)小路(こみち)に、前を歩く法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)(うし)姿(すがた)があり、それなりの高さの建物に(はさ)まれた上の隙間(すきま)からは、申し訳程度(ていど)の空が(のぞ)いている。


しかし、その他にこれといって特筆(とくひつ)するべきものは無いかなと結論(けつろん)を出しかけた時、空から陽炎(かげろう)の様な細い()らめきの連続がある事に気がついた。


ハッキリとした線ではないものの、何か(かす)かな流れが出来ている。


その()らめきを辿(たど)り、視線を空から下へ(もど)せば、足を止めてこちらを()(かえ)法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)と目が合った。


「ご慧眼(けいがん)です」


法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)は、それだけ言うと、再び前を向いて歩き出す。


「?」


『ふむ、君が(とら)えたのは、今ここに幻影(げんえい)()しているあやつの、方術(ほうじゅつ)の力の道筋(みちすじ)であろう。

その感覚を(おぼ)えておけば、似た様な状況下(じょうきょうか)で、攻撃や(わな)といった悪意からその身を守る事に役立つはずだ』


お姉さんの声に解説(かいせつ)されて、おおそうなのかと素朴(そぼく)にのこちゃんが感心しながら歩いていると、間もなく小路(こみち)は広場へと(つな)がった。



――――――――――――――――



そこは、サッカーグラウンドくらいのちょっとした面積(めんせき)があり、建物の(かげ)から解放された空と、石材(せきざい)()()められた凹凸(おうとつ)のない地面が広がっていた。


視界(しかい)が開けた事で、建物(ぐん)の中心に(そび)えている半球(はんきゅう)も、間近(まじか)にあって大迫力(だいはくりょく)である。


昼の光に照らされて、青黒い御影石(みかげいし)なのか重金属(じゅうきんぞく)なのかよく分からない材質感の巨大な半球(はんきゅう)の表面に、びっしりと(きざ)まれている幾何学模様(きかがくもよう)もよく見てとれた。


「………………ラスボスいるやつだな、これ」


それが、改めて半球(はんきゅう)(なが)めた、のこちゃんの感想である。


何なら、脳内では、チャムケアシリーズに登場する歴代(れきだい)敵組織のBGMからどれが似合うかの選定も始まっている。


個人的には、シリーズ5作目に当たる『OK!チャムケア4フォーファラウェイ!』に登場した敵の本拠地(ほんきょち)、"暗黒の大図書館"のテーマだななどと軽い現実逃避(げんじつとうひ)(こころ)みていた。


「なかなかの景観(けいかん)なのですが、今は先を急ぎましょう」


一見、半球(はんきゅう)の巨大さに圧倒(あっとう)されている様にぼけっと突っ立っていたのこちゃんを、法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)は申し訳なさそうに再び(うなが)す。


まさか、女児向けアニメのBGMを脳内で()らしていたとは、誰にも想像できないので仕方ないのだが。


「あっ、はい」


自分のマイペースさに苦笑(にがわら)いしながら、のこちゃんは、案内に(したが)って歩き出そうとした。



『君、そのまま止まっていろ』


不意に、お姉さんの声から制動(せいどう)をかけられる。


のこちゃんが戸惑(とまど)いながらも出しかけた足を(もど)すと、間髪入(かんはつい)れず、のこちゃんの前にあった地面の敷石(しきいし)(くだ)()った。


「!?」


ビックリして声が出なかったものの、何が起きたのか(まわ)りの様子を(うかが)うと、前にいる法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)が横を向いて目を細めている事に気が付いた。


その視線の先を追ってみれば、そこには、のこちゃんよりもかなり体の大きな獣人(じゅうじん)が長い(ひも)をしならせて()り回している。


ただの円運動ではない。


右へ左へと、まるで(ひも)自体が生き物の様に不規則(ふきそく)な動きをしつつも、高速で回転させているのだ。


よく見ると、大勢で警備(けいび)をしていた(おおかみ)獣人(じゅうじん)たちに似た容姿(ようし)であり、どうやら同じ種族(しゅぞく)という事らしい。


ただ大きさが(ばい)以上あるので、体格差(たいかくさ)に関しては、人間と同じ様に個性によるのかも知れない。


格好(かっこう)は、(よろい)(たぐい)を身に着けておらず、岩の様な筋肉質の両肩から太いサスペンダーらしきベルトでダボついたズボンを()っているだけだ。


はだけた上半身から灰色の体毛を逆立てており、その巨体を更に大きく見せている。


ぐるるるとうなり声を上げながら()り回している(ひも)は、見る間に(いきお)いを増して行き、大きなプロペラの様な(すさ)まじい風切(かざき)(おん)(ひび)かせていた。


『ふむ、丈夫(じょうぶ)(ひも)の先に(おもり)を付けて、変幻自在(へんげんじざい)殴打(おうだ)する武器にしているのか………芸としては、興味深(きょうみぶか)いがな』


それって流星錘(りゅうせいすい)ってやつかなと、のこちゃんは、以前きょう姉さんが見ていた武侠(ぶきょう)映画だかカンフー映画に、その使い手が登場していた事を思い出す。



「………タレン殿、この様なマネは、あまり感心しませんね」


「こいつぁ、売られたケンカだ!案内役(あんないやく)の影は口を出すんじゃねぇ!!」


法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)からタレンと呼ばれた(おおかみ)獣人(じゅうじん)は、そう啖呵(たんか)を切ると、のこちゃんを(にら)みつけながら()り回す(ひも)(いきお)いを上げた。


すると、風切(かざき)(おん)甲高(かんだか)く変化し、先端(せんたん)にある(おもり)軌道(きどう)には炎が走り始める。


さながら、(ちゅう)縦横無尽(じゅうおうむじん)にうねる、炎の(へび)と言ったところか。


「うわ、すごいな」


『ふむ、君は、アレにケンカを売ったのか?』


他人事(ひとごと)の様な感想を(つぶや)くのこちゃんへ、お姉さんの声が素朴(そぼく)(たず)ねた。


「えっ、う~ん………もしかして、ここを飛び出した時の事なんですかねぇ」


咄嗟(とつさ)衝突(しょうとつ)()けたので、警備(けいび)をしていた(おおかみ)獣人(じゅうじん)たちには被害が(およ)んでいないはずと、困惑(こんわく)するのこちゃんである。


(さわ)ぎを聞きつけて、のこちゃんたちと(おおかみ)獣人(じゅうじん)タレンの(まわ)りには、多種多様(たしゅたよう)獣人(じゅうじん)たちが集まり始めていた。


広場を見渡(みわた)してみれば、三々五々(さんさんごご)に散らばってはいるものの、(よろい)を身に着けた兵士らしき者たちがそこそこおり、他の獣人(じゅうじん)を合わせてかなりの大人数が元からいた模様だ。


「はて、どうしたものでしょうか………」


タレンから影と呼ばれた法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)は、のこちゃんとタレンを交互(こうご)に見やり、このまま立ち去る事が(むずか)しくなったと(こま)っている。


まぁ、()われのない因縁(いんねん)をつけられている、のこちゃん自身が一番困(こま)っているのであるが。


「よぉっ虎ヤロウが、この俺に向かって(きば)()きやがって、覚悟はできてんだろうな!」


タレンの双眸(そうぼう)に、炎の色が反射(はんしゃ)してちらつく。


一方的な言いがかりに加え、百歩譲(ひゃっぽゆず)って虎の要素は仕方ないにしても、こんな女子を(つか)まえてヤロウ呼ばわりに納得がいかないのこちゃんである。


「な…」


(さっ)するに、君は、また人間感覚で笑ったのか?』


しかし、何か言い返そうとしたのこちゃんへ冷や水をかけるお姉さんの声には、少し(あき)れた様な(ひび)きが(ふく)まれていた。


「ああっ!」


人間感覚を(そし)られる筋合いは無いものの、言われてみれば、自嘲(じちょう)する感じで苦笑(くしょう)した事を思い出す。


その(いきお)いで、つい大きな声を出してしまったのこちゃんのそれに対して、タレンは、戦いの肯定(こうてい)と受け取った。


「いい度胸(どきょう)だっ」


タレンもまた、獰猛(どうもう)(きば)()き、笑ったのであろうか。


うねりから一転、炎の(へび)は、のこちゃんに向けて(はし)る。


炎が(ひらめ)くと、何かしらが(ほほ)(かす)めた衝撃(しょうげき)があり、空を切り()く様な甲高(かんだか)い音が()()った。


「?!」


気が付けば、炎の(へび)は、再びタレンの(まわ)りでうねっていた。


のこちゃんには、一連の動きが、(まった)く分からなかった。


(まわ)りで見物していた獣人(じゅうじん)たちからも、そちらこちらで感嘆(かんたん)の声が()れる。


「へっ、今のくらいで反応できねぇのかよ」


タレンがのこちゃんを(あざけ)りながら、炎の(へび)の速度を更に上げて行く。



あ、これヤバイやつかも…とか、今更(いまさら)な事を思っているのこちゃんに、お姉さんの声が語りかける。


『ふむ、先ほどの感覚を(おぼ)えているか?』


「え?何処(どこ)ほどですかね」


『あちらの影とやらが方術(ほうじゅつ)に使っている力の道筋(みちすじ)を、君が(とら)えた時の事だよ』


のこちゃんは、法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)をチラリと見やった。


『あの要領(ようりょう)で、タレンとやらの芸も同様に(つか)めよう』


「それって、どういう…」


『良いから、同じ様に(まわ)りを感じてみよ』


あの魔法みたいなのとは(ちが)う気がするものの、どうせお姉さんには説得されるんだろうからと、意識を自分の周囲(しゅうい)へと拡大(かくだい)して視野(しや)を広げてみる。


ほら、やっぱり、特にこれといったモノは感じな………


「あれ?、()らめきの細いやつがあるな」


『そら、()()沿()って、何か飛んで来るのではないか?』


のこちゃんは、自分の左肩辺りへと続く()らめきの流れから外れる様に、体を動かしてみた。


それと同時に、炎の(へび)らしき(ひらめ)きが横を通り過ぎて行く。


「何んだ?!」


タレンが()頓狂(とんきょ)な声を上げる。


「おお…」


『そういう事だ』


確かに、炎の(へび)は、のこちゃん自身によって(かわ)されたのだ。



――――――――――――――――



タレンからまぐれだとか手元(てもと)(くる)ったなどの(ひと)(ごと)と共に()り出される炎の(へび)は、その後、のこちゃんを()らえる事が(つい)に出来なかった。


それはそうだろう。


ここに来ると(あらかじ)(しめ)されている攻撃へわざわざ当たりに行く理由が、のこちゃんには無い。


中にはフェイントと(おぼ)しき()らめきの流れもあったのだが、うっすらと心許(こころもと)なく、本命の流れと明らかに(ちが)うので容易(ようい)判別(はんべつ)もできた。


そうなってしまえば、もはや、アミューズメント施設にある大型(おおがた)筐体(きょうたい)のダンスゲーと変わらない。


ひたすら、疲れない様にを心がけて、着実に()けるステップを()み続けるのみである。


『ただし、注意しなければならないのは、達人(たつじん)(いき)にある者の場合、虚実(きょじつ)の流れさえも自在(じざい)(あや)れるという事だろう。

君が(とら)えたその()らめきの流れは、相手から(はな)たれる意志そのものと言って良い………つまり、方術(ほうじゅつ)であろうと、直接の攻撃であろうと、そこに差異(さい)はない。

なれば、(じつ)と見せて(きょ)(きょ)と見せて(じつ)、この基本的な攻めの(すべ)も意志の段階で()()まれ()るという訳だ』


もう、お姉さんの声が何を言っているのか分からない状態(じょうたい)にすっかり()れてしまったのこちゃんは、()()えず乗り切れた感じに安堵(あんど)していた。


肩で息をするタレンは、すでに(ひも)を地面に()らして、回転させるのを止めてしまっている。


ただ、ひたすらのこちゃんを(にら)むばかりであったのだが、()き出す息の合間にポツリと言葉をこぼす。


「………………何で、反撃してこねぇ」


このまま有耶無耶(うやむや)の内に事が(おさ)まる展開を期待していて、不意を突かれたのこちゃんは、(あわ)てて返事をした。


「え、あいや、ご、誤解(ごかい)があったって言うか、そもそもケンカする気は無いって言うか、その…」


『ふむ、その咄嗟(とっさ)に考えないで話すクセも直すべきだろうな』


すかさず、お姉さんの声に酷評(こくひょう)されるのこちゃんである。


「俺とは、まともにやり合う価値(かち)がねぇって事か?」


タレンが落胆(らくたん)した様に続けると、(まわ)りの獣人(じゅうじん)たちからも不満の声と、不穏(ふおん)な空気が(ただよ)い始めた。


「ですから誤解(ごかい)が…」


「この決闘には合意があったろうがよ………誤解(ごかい)もクソもねぇんだよ………ここまで力を見せつけておいて、(まった)く手を出さねぇなんてよ………

この上ねぇ侮辱(ぶじょく)しやがって、ふざけんじゃねぇぞてめぇ、ぜってぇ(ゆる)さねぇからな………」


ゼエゼエと苦しい息と共に(しぼ)り出されるタレンの言葉に、他の獣人(じゅうじん)たちも同調(どうちょう)する。


どうやら、獣人(じゅうじん)の感覚としては、タレンの言う事が正しいらしい。


「そんな事、言われても…」


ただでさえ自分より体の大きな獣人(じゅうじん)(すご)まれて、のこちゃんは本当にどうして良いのか分からず、呆然(ぼうぜん)として立ち()くす。


「お二方(ふたかた)、ここまでにしておきましょう」


その空気を変えるためなのだろう、法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)は、のこちゃんとタレンの間にゆっくりと歩みでた。


案内役(あんないやく)の影が口を出すんじゃねぇ………」


しかし、タレンはそちらへ一瞥(いちべつ)もくれずに前と同じ事を()(かえ)しただけで、場の雰囲気(ふんいき)も悪いままで動く様子がない。


「元はと言えば、一方的にタレン殿が手を出したのですから…」


「だったら、こうしょうぜ?」


それでも、法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)が何とかこの場を(おさ)めるべく説得(せっとく)(こころ)み始めた所、のこちゃんたちを取り(かこ)獣人(じゅうじん)たちの外側から、のんきな声で話しかける者がいた。


それは、タレンほどではないものの、やはりのこちゃんよりも体格が上の獣人(じゅうじん)である。


その存在に気が付いた(まわ)りの獣人(じゅうじん)たちは、一斉(いっせい)に左右へと分かれて、その者のために道を作る。


ゆっくりと近づくその者に向き直った法衣(ほうい)獣人(じゅうじん)は、一礼をした後に、少し()れた口調で話しかけた。


「ああ、やはりいらしてしまいましたか、白獅子(しろじし)御大将(おんたいしょう)


御大将(おんたいしょう)はやめてくれ…いつも、じっさんで良いと言ってるだろ?

そこの虎は、俺が拾ってきたヤツだから、何か粗相(そそう)があれば俺の責任って事になるからな。

この俺が、改めてその虎と決闘して、()()流儀(りゅうぎ)を教えるのが筋だと思うんだが、どうだよタレン」


その者は、歴戦の疵痕(きずあと)(きざ)まれた白い獅子(しし)の顔を持つ獣人(じゅうじん)の戦士であり、のこちゃんをこの地へと連れてきた張本人(ちょうほんにん)であった。


獣人(じゅうじん)たちにとって一目(いちもく)二目(にもく)も置かれた存在であるらしく、タレンはもちろん、(まわ)りからも()(とな)える者はいない。


「あ、あんたがそうしてくれんなら、そいつを(ゆる)すつもりはねぇが、この場は引いてやるよ………」


「じゃあそれで…って訳だから、お前も良いな、虎の?」


状況(じょうきょう)急転(きゅうてん)はそれとして、本名である"(とら)()"を言い当てられそうになり、一瞬ドキッとしたのこちゃんであった。


続きます。

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