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わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望-  作者: 虎竜王NV
第一章:のこちゃん、怪人になる
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03 のこちゃん、いろいろとビックリする


『おい君、そろそろ目を()ませ、おい君、おいっ』


夢に出てきた凛々(りり)しいお姉さんの声に(うなが)されて、のこちゃんの意識は急速に浮上(ふじょう)する。


ゆっくり目を(ひら)くと、まだ夜が明けてすぐくらいの時間帯なのだろう、窓からの光が(とぼ)しいのか部屋の中は薄暗(うすぐら)い。


ぼんやりとしたまま、断片的(だんぺんてき)に思い出される情景(じょうけい)には、(ひど)い夢だったなと半笑いで流そうとするのこちゃんである。


『いや、残念ながら夢ではないよ?』


ハッキリと聞こえるお姉さんの声に、ありゃまだ目が()めていなかったか、こういうのを明晰夢(めいせきむ)って言うんだっけと続けて流そうした所で、のこちゃんは、自分が見知らぬ場所で横たわっている事に気がついた。


「………………え、何処(どこ)ここ?」


『ようやく意識が戻ったか』


「お、お姉さん?!何で……」


『それは後にして、()(おのれ)の置かれた状況(じょうきょう)確認(かくにん)した方が良い』


「ええぇぇ………………」


でもまぁ確かにそれもそうだよなぁと、のこちゃんは()()えずお姉さんの声について深く考えない事にして、仰向(あおむけ)けに寝ていた自分の体を身じろぎさせると、(てのひら)(ゆか)()れてみる。


(かた)い石で作られている、ひんやりとした(たい)らな(ゆか)だった。


後頭部(こうとうぶ)に、背中に、腰に、足に、それぞれの感触(かんしょく)にも齟齬(そご)は無い。


意識がしっかりすると、薄暗(うすぐら)かったはずの自分がいる場所について、まるで昼間になったかの(ごと)(まわ)りが見て取れる様になった。



横になったのこちゃんの頭と足から(かべ)までには、そんなにスペースが空いていない模様(もよう)だった。


左右に腕を()ばすと、やはりすぐ(かべ)についてしまう。


天井(てんじょう)に意識を向けると、内側に取っ手の無い、頑丈(がんじょう)そうな四角い金属製の(ふた)になっている。


それもかなり低い位置にあるため、なかなかの窮屈(きゅうくつ)さだ。


どうやらそこは、石作りの(ゆか)(かべ)(かこ)まれた、部屋と言うよりも牢屋(ろうや)(たぐい)らしい。


「う~ん、閉じこめられてるのかな、コレ………………あ、これも結界(けっかい)ってやつか?」


『いや、単純に何者かが君を閉じこめたんだろうよ』


誘拐(ゆうかい)!」


のこちゃんは、(あわ)てて身を起こした。


急に起き上がった所為(せい)なのか足がふらつくが、それでもなんとか中腰の姿勢(しせい)になると、のこちゃんは天井(てんじょう)へ手をかける。


知らずに立ち上がったら思い切り頭を打ちそうな低さだったものの、逆に言えば、十分に力を込めて持ち上げられる位置ではあった。


押した所でビクともしない重さを想像していたのだが、実際に力を込めてみると、思いがけずパカンと(かわ)いた音と共に(ふた)はくるくると(ちゅう)()う。


何かプルトップ缶詰(かんづめ)(ふた)を開けたみたいな音だなぁと変な感想を(おぼ)えながら、のこちゃんは、()ってきたその(ふた)軽々(かるがる)とキャッチした。


見た目は金属製でも、発泡(はっぽう)スチロールの様な軽くてヤワな板である。


考えてみれば、そりゃあ犯人だって自分でも動かし(づら)い物はあまり使いたくないよねと、まぁ納得(なっとく)がいく話だ。


恐らく、所詮(しょせん)は中2女子だから気がついた所でビビって動けないだろうと、のこちゃんをなめていたに(ちが)いない。


「ふっ、油断(ゆだん)したな、誘拐(ゆうかい)(はん)め」


チャムケアの気高(けだか)(たましい)()()ぐのこちゃんには、悪者の思い通りに()っかってやるつもりなど、これっぽっちも無いのだ。


『君も、相手をなめない様にな。

(さき)も言ったが、状況(じょうきょう)確認(かくにん)して、(つね)(まわ)りを警戒(けいかい)するのだ』


「そ、そうか………」


すかさず、お姉さんの声に(たしな)められて、のこちゃんは気を()()めた。


もうただの四角い(あな)と化した天井からそっと顔をのぞかせ、目を()らし、耳を()ませて、のこちゃんは慎重(しんちょう)に辺りの様子を(さぐ)った。


(あな)の外はどうやら屋外らしく、中と同様に石作りの(ゆか)が地面を(おお)い、そこを掘り下げる形でのこの部屋という(つく)りになっているらしい。


四方には柱が立っていて、東屋(あずまや)の様な簡易的(かんいてき)な屋根が設置されている。


まだ暗い時間帯になっていないのだが、幸いにして他人(ひと)の気配は無い。


のこちゃんは、音を立てない様に(ふた)をそっと穴の横へ置くと、(かべ)(ふち)からよじ(のぼ)って外に出た。


「………ふう」


立ち上がって(まわ)りを見渡すと、(ゆか)に同じ板が2つ3つ等間隔(とうかんかく)に並んでいる。


恐らく、その下は、のこちゃんが横たわっていた場所と同じ状態(じょうたい)なのだろう。


『ほう、結界(けっかい)というのも、あながち間違(まちが)いではなかったな』


「え?」


『金属製にせよ、施錠(せじょう)(たぐい)仕掛(しか)けられていないから(みょう)だとは思ったのだが、上から軽い封印(ふういん)施術(せじゅつ)されている』


あれ、重しでも乗っかっていたのかなと(ゆか)を見まわしたものの、のこちゃんにそれらしい物は見つけられなかった。


『………これは、(ほどこ)した術師(じゅつし)に気づかれたな』


「ちょっと、何を言ってるのか…」


『恐らく、君を閉じこめた何者かが、すぐにここへ来るという事だ』


「え!?は、早く()げないと!!」


例えチャムケアの(たましい)()()いでいても、のこちゃん自身は非力な(おのれ)の分をわきまえているので、平気で人をさらう様な犯人と直接(ちょくせつ)対峙(たいじ)など言語道断(ごんごどうだん)である。


力で(およ)ばない以上、こちらの利は、小柄(こがら)で地味な目立たないルックスと、それ(ゆえ)犯人に気付かれないまま()(おお)せる可能性に他ならない。


のこちゃんは、急いで屋根を(ささ)える柱の一本に身を()せると、(すみ)やかなる逃走(とうそう)算段(さんだん)へと態度を(あらた)めた。


わたし、帰ったら新しいチャムケアの録画を見るんだ的な思いも強く、(フラグ)は立ちっぱなしであるのだが。


『いや、そこまで(あわ)てなくても………もしかして、君は、現在の自分を(わか)っていないのか?』



「あんにょお~、お願いがあるんですけどぉ~」


のこちゃんがお姉さんの声に(いぶか)しがられていると、いつの間にかその場にいた、のこちゃんからしてもだいぶ小柄(こがら)なその者がおずおずと声をかけてきた。


カナハちゃんと同じくらいの背丈(せたけ)と見えて子供なのかと思ったものの、声質(こえしつ)的には成人女性のものである。


しゃべり方に(けん)が無く可愛い感じでもあったため、一瞬ハッとしただけで、のこちゃんに警戒心(けいかいしん)()こらなかった。


「何でしょう………………えっ?!」


しかし、のこちゃんが返事をしようとしてその者をよく見てみると、そこには人の姿でありながら表情を見て取れる生きた猫の顔を持った、明らかに人間と(こと)なる存在が立っていたのだ。


ザックリと言ってしまえば、猫系の獣人(じゅうじん)である。


「あにょですねぇ、わたし、ここにょ封印(ふういん)管理(かんり)(まか)されているんですけどぉ~、簡単に脱出(だっしゅつ)されちゃうと立場上(たちばじょう)(こま)るんですぅ。

にゃので、ここは、おとにゃしく……」


ただ、ファンタジーにそれほど(くわ)しくないという事もあり、のこちゃんには、獣人(じゅうじん)と云う観念(かんねん)(とぼ)しかった。


しかも、チャムケアと出会う過程(かてい)叔母(おば)のきょう姉さんには特撮ヒーロー作品を沢山(たくさん)(すす)めされており、脅威(きょうい)として(えが)かれる敵性キャラクターへの造詣(ぞうけい)が深い。


なので、自然と口から出た言葉は………………


「か、怪人(かいじん)だ!」


何か説明をしようとしていた猫系獣人(じゅうじん)の女性は、目を(みは)ると絶句(ぜっく)し、やがてわなわなとふるえ始めた。


『ふむ、いくら敵かも知れない相手とは言え、いきなり罵倒(ばとう)するのは不躾(ぶしつけ)ではないか?

場合によっては、()らぬ(あらそ)いを(まね)く事になるぞ』


確かに、特撮ヒーロー作品の前提(ぜんてい)があろうと無かろうと、突然(とつぜん)初対面(しょたいめん)の者へ対しての怪人(かいじん)()ばわりは、普通に悪口である。


お姉さんの声に指摘(してき)されて、のこちゃんは、(おのれ)失態(しったい)自覚(じかく)した。


「ああ、ごめ……」


「あにょっ、あにょっ、ここにょ警備(けいび)担当(たんとう)(おおかみ)系にょ連中でぇ、融通(ゆうずう)()かなくて見つかると厄介(やっかい)でぇ、じっさんがあにゃたを(ひろ)ってきて(たにょ)まれたから、すぐ戻ったらごまかせるから、あたし、せっかく、それにゃのに面と向かって怪人(かいじん)とか、ひ、(ひど)くにゃいですかぁ………」


氏素性(うじすじょう)の知れないあにゃたの方がよっぽど(あや)しいじゃにゃいでぇすかぁと、涙声(なみだごえ)でまくしたてたかと思うと、そのまましくしく泣き始めてしまった。


「ごめんなさい………………」


あちゃあ~と思いつつも、のこちゃんにとっては相手が(なぞ)の存在であるが(ゆえ)にどう対処(たいしょ)して良いのか(わか)らず戸惑(とまど)っていると、にわかに(まわ)りが(さわ)がしくなってきた。


どうやら、監禁(かんきん)場所からのこちゃんが脱出(だっしゅつ)した事を、何某(なにがし)かのセキュリティー装置(そうち)感知(かんち)されてしまったのだろう。


(くだん)警備(けいび)担当(たんとう)の者たちが、()()(がたな)でここへ()けつけてくる模様である。


これはまずいと、のこちゃんがそちらへ気を取られている内に、いつの間にか猫系獣人(じゅうじん)はその場から姿を消していた。


「あれ?あの人?……は?」


()獣人(じゅうじん)なら、泣きながら、さっき君が出てきた所へ入っていったぞ。

先ほどの話しからして、その警備(けいび)の連中とやらに、姿を見られるのはまずいのだろうよ』


「あー、獣人(じゅうじん)って言うのか」


そう言えば、昭和のフルヘルムナイトシリーズには怪人(かいじん)獣人(じゅうじん)と呼んでいるタイトルがあったなぁなどと思い出しながら、のこちゃんが穴の部屋を確認してみると、しっかり(ふた)も閉まっていた。


『ふふ、内側から封印(ふういん)施術(せじゅつ)し直した様だ』


「やらかしちゃったなぁ………まぁ、それはそれとして、わたしも()げなきゃな」



喫緊(きっきん)事態(じたい)となれば四の五の考えている場合ではないと、どやどや(せま)ってくる気配の反対側へ、のこちゃんも走り出そうとした。


しかし、お姉さんの声がそれを制する。


『いや、この際、君は自分の事を理解した方が良いから、()えて、ここで(むか)()ってみるのだ』


「はははは」


『なに、自分たちのねぐらの中をわざわざ警備(けいび)担当(たんとう)する程度(ていど)ならば、恐らくは、若輩(じゃくはい)に経験をつませる配置(はいち)であろうよ。

軽くなでてやるくらいの気持ちで、十分、対処(たいしょ)可能(かのう)だろう』


「ははは…」


『ただし、少し()()きを見たいから、(ころ)さぬ様に気を付けてな』


「こっちが(ころ)されるわっ」


お姉さんの声が急に無理難題(むりなんだい)を要求してきた事を笑って流そうとしたものの、しれっと話を続けてくるので、()えきれずに思わずツッコミを入れてしまったのこちゃんである。


誘拐(ゆうかい)(はん)かと思ったら、獣人(じゅうじん)なんて出てくるし、訳の分からない相手なんですよ!

まぁ、誘拐(ゆうかい)(はん)でも勝ち目はないんですけど、どっちにしろただの中二女子に無茶振(むちゃぶ)りが()ぎます!

やっぱり、こんなの気にしないのは無理なんで、お姉さんとわたしがどうなっているのか教えてください!」


『ふむ、しかし、そんな(ひま)は無いのではないか?』


気がつくと、今度は(おおかみ)顔の獣人(じゅうじん)たちが、のこちゃんをぐるりと()(かこ)む様に(せま)りつつあった。


口からうなり声を上げ、簡素(かんそ)(よろい)を身に(まと)ったその手には、それぞれ短い(やり)の様な武器を持っている。


気づかれない内にどこかの物陰(ものかげ)(すべ)()んでやり過ごそうとしたのだが、のこちゃんの逃亡(とうぼう)計画は、どう見ても無理な状況(じょうきょう)へと推移(すいい)していた。


()んだぁ………………」


お姉さんの声に抗議(こうぎ)していないで、とっとと行動すれば良かったと後悔(こうかい)しても、それは(あと)(まつ)りである。


のこちゃんがもたついている内に、(おおかみ)系獣人(じゅうじん)たちの包囲(ほうい)は完成し、360度から短い(やり)を構えられてしまった。


後は、一斉(いっせい)に飛びかかられて、終わりだろう。


「くっ………………」


ぐるるるとうなり声が、全方位(ぜんほうい)からのこちゃんを包み込む。


「うぅ………………」


ぐるるるとうなり声が、全方位(ぜんほうい)からのこちゃんを包み込む。


「………………」


ぐるるると………


「………あれ?全然(ぜんぜん)(おそ)ってこないね」


のこちゃんを()(かこ)んでから、(おおかみ)系獣人(じゅうじん)たちは一定の距離を置いて、誰も近づこうとしなかった。


ただただ、その立ち位置から威嚇(いかく)するのみである。


『つかぬ事を()くが、()獣人(じゅうじん)たちを見て、何か気がつかないか?』


「え?………(なに)ってもなぁ………」


ただ、そう言われてみれば、先ほどの猫系獣人(じゅうじん)とまではいかないにせよ、小柄(こがら)な気がしたのこちゃんである。


「思ったより、体格(たいかく)が小さいとか?」


『ふむ、ならば手近(てぢか)な相手に、少し近づいてみろ』


「だから、無茶(むちゃ)言わないでください、()されちゃうでしょう!」


『心配せずとも、そもそも警備(けいび)というのは、()ず相手を(たお)す事を目的としていないのだ。

侵入者(しんにゅうしゃ)を取り押さえてから、どこから(しのび)び込んだのか、何が目的だったのかを詮議(せんぎ)しなければならないからな。

(あれ)も、君がこじ開けた(ふた)と同様に、殺傷能力(さっしょうのうりょく)が低い見せかけだけの(ぼう)にすぎんよ』


何なら近づいて取り上げてみれば分かると、お姉さんの声は、淡々(たんたん)と説明する。


「でも、多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)って状況(じょうきょう)じゃないですか…」


『では、何故(なぜ)、あ(やつ)らが遠巻(とおま)きにしたまま動かないのだと思う?

君が気づいた通り、小さな体格(たいかく)に比例してあまり強くないからこそ、自分たちのねぐらの中を警備(けいび)する役目に、しかも大勢(おおぜい)()かされているのだろう。

一対一で見れば、決して無勢(ぶぜい)とはならんだろう』


「…だったら、ただ真ん中にいるより、一人を(ねら)えば突破口(とっぱこう)に出来るかも知れないって事か」


(わか)っているじゃないか。

このまま()して()てば、むざむざあちらに時間を(あた)えて、何か別の手段を用意さるかも知れないという事でもある。

ならば、やってみる価値はあると思うのだが?』


冷静なお姉さんの"可能(かのう)な限り素早(すばや)く近づいてしまえば何とかなりそう"という話しに説得力(せっとくりょく)(おぼ)えたのこちゃんは、この状況(じょうきょう)打開(だかい)すべくやる気になった。


もちろん、帰りたい一心の冷静じゃないのこちゃんがお姉さんの口車(くちぐるま)に乗せられた形なのだが、冷静じゃないので気付く(ゆえ)もないのである。



のこちゃんは、前方に位置する適当(てきとう)な相手へ(せま)ろうと、瞬発力(しゅんぱつりょく)を意識しながら身構(みがま)える。


それを察知(さっち)したのか分からないものの、包囲(ほうい)する(おおかみ)系獣人(じゅうじん)の中の一人が、(あわ)ててのこちゃんへ呼びかけてきた。


「お、おとなしく(ばく)につけば、こちらも手荒(てあら)なまねをしないと約束する。

食事も用意しよう。話も聞こう。

どうだ、これだけの数を相手にするのはそちらも面倒(めんどう)だろうし、悪い条件ではないはずだっ」


あれ、確かに悪くない話しだなと、のこちゃんは、その(もう)()にも一考(いっこう)価値(かち)(おぼ)える。


『ふむ、見え()いた交渉(こうしょう)は、戦力としての決定力が(とぼ)しい時の常套(じょうとう)手段(しゅだん)であろうからな。

圧倒的(あっとうてき)優勢(ゆうせい)でありながら、(みずか)馬脚(ばきゃく)を現したとなれば、行けるぞ、君。

恐らく、あの呼びかけをした者がこ奴らの(あたま)であろうから、(ねら)い目としは(もう)(ぶん)ないだろうよ』


すかさず(あお)るお姉さんの声に、それもそうかと(せま)る目標を変更(へんこう)すると、のこちゃんは再び全身に力を()めた。


「おい、話を聞け!おいっ」


『ほう…』


のこちゃんとしては、この場を(しの)げれば何でも良いのだが、訳の分からない大勢(おおぜい)の手へ落ちないに越した事も無いのである。


あの短い(やり)はもちろん、(おおかみ)顔なので()まれたりするのも怖いとは言え、脱出(だっしゅつ)の可能性の方がかなり魅力的(みりょくてき)だった。


だから、全力で()()ろうと結論するのは、無理からぬ事でもあった。


「とにかく、ダッシュしてみるよ」


のこちゃんが、()めた力を解放(かいほう)するイメージで、地を()る。


()(おどろ)いたのは、プールの中を歩いた時にまとわりつく、まるで水の様な空気の抵抗(ていこう)だった。


そして、(またた)く間に、目標と決めた(おおかみ)系獣人(じゅうじん)へと視界(しかい)(せま)って行く。


(おおかみ)顔の表情は分からないのだが、咄嗟(とっさ)に動けずに、固まっている様子が見て取れる。


のこちゃんは、"この(いきお)いでぶつかると(まず)いかも"と直感で()みとどまろうとしたが、一度ついてしまった(いきお)いを制動(せいどう)できずに(あわ)てた。


『上へ逃がせ』


お姉さんの声が聞こえた瞬間、反射的(はんしゃてき)に再び強く地を()ったのこちゃんである。


その視界(しかい)は、ぐんと中空へと羽ばたくが(ごと)く、上昇(じょうしょう)する。


「これって………」


のこちゃんの身体(からだ)は、(おのれ)脚力(きゃくりょく)のみで、天高く舞い上がっていた。


そう、チャムケアシリーズの第1話ではお約束になっている描写(びょうしゃ)であり、力を()た主人公が自分のジャンプ力に(おどろ)くというアレである。


「これって!」


ただ、のこちゃんの眼下には、つまり、今まで自分がいたであろう場所には、よく分からない建物(ぐん)が存在していた。


ドーム球場を彷彿(ほうふつ)とさせる半球(はんきゅう)の形をした大きな建物を中心に広がるそれは、ネットを含めた現代の日本で(まった)く見た事のない、異様(いよう)建築物(けんちくぶつ)数々(かずかず)である。


本来ならば、ビルや家屋(かおく)指標(しひょう)として"わたし、こんなに高く飛び上がれた!"を表現すべき所なので、のこちゃんは少し残念だった。



いやいや、そこじゃないだろうとすぐに思い直し、この建物にしても獣人(じゅうじん)たちの存在にしても、もしかするとここは地球上じゃないのかも知れないと考え(いた)ったのこちゃんの目に(かす)かな光が差す。


その光源(こうげん)に視線をやれば、彼方(かなた)に見える山の稜線(りょうせん)には、(かがや)輪郭(りんかく)が浮かび上がっていた。


『………黎明(れいめい)だな』


(いま)だ空高くあるのこちゃんを、見知らぬ大地に(のぼ)る太陽が煌々(こうこう)と照らし始める。


「あれ?あんなに明るかったのに、今まで夜だったんだ」


『ふむ、姿だけではなく、夜目(よめ)()特性(とくせい)()()いだ様だな……ならば、この()(もと)(おのれ)状態(じょうたい)をしかと確認しておけ』


また、お姉さんの声が何か言っているよと、(なか)(あき)れているのこちゃんの(まわ)りには、新しい(きら)めきが生まれていた。


「何だこれ………………」


それは、太陽の光を反射して(かがや)きを放つ、自分自身の体であった。


全身には黄金(おうごん)をベースに、漆黒(しっこく)縞模様(しまもよう)から成る体毛が(おお)い、胴体に白銀(しろがね)の体にピッタリとした(よろい)の様な物を(まと)っていた。


(りょう)(うで)と足にも、白銀(しろがね)(よろい)のパーツであろうか、グローブとブーツの様な物をそれぞれ着けている。


素手であるはずの(てのひら)には、やはり体毛と………


肉球(にくきゅう)ですと――――――――?!」


のこちゃんの絶叫(ぜっきょう)が、夜明けの大空にこだました。



続きます。

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