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わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望-  作者: 虎竜王NV
第一章:のこちゃん、怪人になる
5/21

01 のこちゃんの最期

本編です。


容赦(ようしゃ)なく陽射(ひざ)しが()りつける、平日(へいじつ)、夏の昼下(ひるさ)がり。


都内の繁華街(はんかがい)()()う人々(ひとびと)の中には、生業(なりわい)のためにやむを()ず出歩く者たちに(まぎ)れて、遊びに出てきたと(おぼ)しき少年少女たちの姿も散見(さんけん)される。


すでに、学生たちは期末テストを乗り越えて、夏休みの時期に入っていた。


「あっ、もうみんな集まってるってよ!」


「何言われるか分かんねーから、急ごうぜっ」


メッセージ交換中(こうかんちゅう)のスマホを片手に、仲間と合流すべく二人の少年が大人たちの横をパタパタと()けて行く。


「ああ、夏休みかぁ………」


「自分も一昨年(おととし)までは、あっち(がわ)でした…やっぱり、いいなぁ」


夏の開放感(かいほうかん)と共にあるその楽しげなを様子をちらりと見やり、営業のサラリーマンたちが陽射(ひざ)しに目を(すが)めながら愚痴(ぐち)日常(にちじょう)には、それでも何処(どこ)(おだ)やかさがある。


「この帽子(ぼうし)、旅行用に買っちゃった。変じゃない?」


(みょう)に気合いが入ってんね。あんた、(だれ)(ねら)ってんの?」


「あー、かわいい、かわいい」


「何よ、その(ぼう)()みはっ」


二十歳(はたち)くらいの女性たちが、キャスター付きの旅行バッグをカラカラと引きずりながら、かしましく駅の方へと向かう。


そのまま何事も起こらねば、陽光(ようこう)と気温の(あつ)さに辟易(へきえき)としつつも、ありきたりないつもの風景が続くはずであった。



都心に近く大きな通りに面した要駅(ようえき)周辺(しゅうへん)は、交通の利便性(りべんせい)もあって、季節を()わず人の流れに()()がない。


タクシー乗り場からも少し(はな)れている歩道の外側(そとがわ)では、メーターが設置(せっち)された路上(ろじょう)パーキングに、多種(たしゅ)多様(たよう)の自動車が列を()している。


この(とお)りには、車道と歩道をしっかり(へだ)てるガードレールや街路樹(がいろじゅ)が無く、車体に反射(はんしゃ)した太陽の光が無防備(むぼうび)な歩行者を横から()らす。


最寄(もよ)りの横断歩道では、信号機が色を変え視覚障害(しかくしょうがい)の人たちに対するフォローの音を()らすと、双方の端々(はしばし)より歩行者たちが往来(おうらい)を始める。


いち早く目的地に到着(とうちゃく)して夏の陽射(ひざ)しから(のが)れたいからか、駅へ向かう者、駅から離れる者、交差(こうさ)する歩行者たちは一様(いちよう)足早(あしばや)である。


車道では、信号に止められている自動車の運転席(うんてんせき)から、ドライバーがその様子を(なが)めている。


太陽に熱せられたアスファルトからは、少し陽炎(かげろう)が立ち始める。


まだ初夏(しょか)とも言える今からこの調子だと今年の夏はどこまで気温が上がるのかといった、うんざりとした雰囲気(ふんいき)が街に(ただよ)う。


そんな中で、崩壊(ほうかい)は、不意(ふい)に突きつけられた。


「?」


()ずは衝撃(しょうげき)轟音(ごうおん)があり、続けて(ほのお)(かたまり)が四方へ()()けた。


多くの歩行者たちが()()うその間近(まぢか)で、路上(ろじょう)パーキングに駐車(ちゅうしゃ)されていた一台のセダンが、文字通り()ぜたのだ。


同時に、車体を構成(こうせい)していたであろう(すべ)ての部品が、本来ならばあり()ないばらけ方で爆発の(いきお)いとともに四方八方へと飛び()る。


歩行者たちは、悲鳴を上げる間もなく、その場で爆発に蹂躙(じゅうりん)されるしかなかった。


それは、一瞬(いっしゅん)にして人々(ひとびと)()らしの一角(いっかく)をなぎ(たお)し、確かにそこに存在(そんざい)していた平和を焼いた。


それは、何者かにより、何かしらの目的を(ねら)って仕掛(しか)けられた悪意(あくい)だった。


それは、日常(にちじょう)が、あっけなくへし折られてしまった瞬間(しゅんかん)であった。



被害者(ひがいしゃ)は、すでに物が言えなくなってしまった者を(ふく)め、老若男女(ろうにゃくなんにょ)かなりの数にわたってしまっていた。


爆発の中心からは(はな)れていても、突然の惨事(さんじ)にパニックへ(おちい)る人たちが少なくない。


我先(われさき)にと逃げまどい、(ころ)んでケガをする人も続出(ぞくしゅつ)した。


そんな渦中(かちゅう)でも、生存者(せいぞんしゃ)救助(きゅうじょ)(もと)めて、またパニックを沈静(ちんせい)させるべく、けたたましいサイレンと()けつけた警察官や救急隊員の大声が現場に(ひび)く。


空には、すでに残骸(ざんがい)と化している車の延焼(えんしょう)した(けむり)が、まだ色濃(いろこ)く残って見えた。



要救助者(ようきゅうじょしゃ)のうち比較的(ひかくてき)軽傷(けいしょう)の者が集められた臨時(りんじ)避難(ひなん)場所(ばしょ)では、動員(どういん)された看護師(かんごし)たちがその対応(たいおう)に追われていた。


中には無傷(むきず)の者もいたが、精神的なショックで茫然自失(ぼうぜんじしつ)な状態が大凡(おおよそ)である。


親とはぐれてしまった幼児や小学生くらいの子供たちも、念のために検査(けんさ)をした方が良い場合を(ふく)め、保護者と再会しやすい様にとこの場にまとめられている。


泣きやまない未就学児童(みしゅうがくじどう)や不安と涙をがまんして体を(ふる)わせる高学年と(おぼ)しき子、ぼうっと前を見つめて押し(だま)っている低学年の子などを気遣(きづか)いながら、暫定的(ざんていてき)名簿(めいぼ)作成(さくせい)している若い女性警察官の表情も(かた)い。


この起きてはならない状況(じょうきょう)に対する怒りを押し殺して、子供たちへは、笑顔に(つと)めているのだろう。


「あなた、お名前は言えるかな?」


できるだけ無理(むり)()いはしない様にしつつ、それでも子供たちの現状(げんじょう)を可能な限り好転(こうてん)させるべく、各々(おのおの)の確認をとってゆかねばならない。


「ふう…」


タブレット端末(たんまつ)に子供のデータを打ち込みながら、(まわ)りに聞こえない様な小さなため息をつく。


しかし、不安でいっぱいいっぱいになっているであろう子供たちの力になるべき自分がそんなヤワなメンタルでどうすると、若い女性警察官は、すぐに気持ちを強く立て直し(あらた)めて子供たちを見る。


時間が()った事に加え、自分を(ふく)めた大人たちの介在(かいざい)で落ち着きをみせる子供はいるものの、全体的に蔓延(まんえん)する不安感はそれほど(ぬぐ)えていない。


そんな子供たちの中にあって、その少女は、際立(きわだ)っていた。


「…あなた、えーと、日本語は話せるかな?」


「ええ、問題ありません」


恐らく、小学校低学年と(おぼ)しきその少女のしっかりとした受け答えに、予想外だったのか若い女性警察官は少したじろいだ。


年齢(とし)相応(そうおう)にふっくらとした小さな体つきは()(かく)、クセがあって肩までのびている赤味がかったブロンドの(かみ)に、()ける様な白い肌と強い意志を宿(やど)す大きな(あお)()には、この場にあってどうしても異彩(いさい)(はな)っているのだ。


両方の(ひざ)に大きめの絆創膏(ばんそうこう)()られていて手当がされている模様(もよう)だったが、本人にそれを気にしている様子はない。


「え、えーと、その制服(せいふく)は確か、私立スタープレーン学園だったかな?」


「はい。よくご(ぞん)じですね。夏服なのですが」


相変わらず、臆面(おくめん)のないハッキリとした物言(ものい)いが返ってくる。


「来年、(めい)が受けるらしくて色々と………ああいや、たまたま知っていてね」


「そうでしたか。もしかすると、姪御(めいご)さんは、(わたくし)の後輩になるかも知れませんね」


にっこりとしながらそんな大人びたやり取りをする少女から必要な事を聞き終えると、若い女性警察官は、あたふたと次の子供へ向かってしまった。


ここには、事件に居合(いあ)わせた以外の関係性もなくただ集められているだけなので、お(しゃべ)りをする子供などいない。


全員が、各々(おのおの)一人なのである。


ふたたび一人に(もど)った少女は、若い女性警察官に見せていたにこやかさから沈痛(ちんつう)面持(おもも)ちに表情を変えて、ポツリと(つぶや)いた。


「何故、あなたは、笑っていたの?」



その日、本格的(ほんかくてき)現場検証(げんばけんしょう)が始まると、爆発の痕跡(こんせき)が生々しい位置から少し離れた地点で、表面が()げてしまった中学校の生徒手帳が発見される。


その中に"剣持(けんもち)(とら)()"という女子生徒の身分証(みぶんしょう)があったものの、その被害者(ひがいしゃ)であろう本人の名前は、生存(せいぞん)の確認されたリストに入っていなかった。


現在は、重症(じゅうしょう)で意識が(もど)らない者と、残念ながら帰らぬ人になってしまった者たちの身元(みもと)確認が急がれていた。



――――――――――――――――



時間は、少し(さかのぼ)る。



夏休みに入ってからというもの、剣持(けんもち)(とら)()こと、のこちゃんは少し(ひま)であった。


ちなみに、かなり(いさ)ましそうな名前ながら、のこちゃんは現代に生きる14歳のれっきとした中二女子である。


(まわ)りからは、剣持(けんもち)さん、親しい間柄(あいだがら)だと のこちゃん と呼ばれている。


身長が155㎝くらいで体格も細からず太からずなその印象(いんしょう)は、肩へかかるくらいの短めなその黒い髪と(あわ)せて、同年代の少年少女の中に(まぎ)れればあっさり見失われてしまいそうな地味さとなっていた。


とは言え、基本的に真面目(まじめ)な性格であり、友だちにも(かこ)まれて学校生活は楽しくやれている。


ただ最近、そんな仲の良い友だちらが部活やら習い事やら法事(ほうじ)やらとそれぞれ皆しばらく何かしらの予定を(かか)えていて都合(つごう)が悪いらしく、家のお手伝いでお使いへ行くなど以外では結果として単独(たんどく)行動が多くなっていた。


まぁ、わざわざ暑いさ中に()()すよりは、空調(くうちょう)()いた部屋で大好きなチャムケアを見ていれば良いはずなのであるが。


『チャムケア』とは、悪と戦う正義のヒーローをコンセプトに、どこにでもいそうな中学二年生くらいの少女を主人公に()えた、人気の女児向けアニメシリーズだ。


フリフリでヒラヒラな衣裳(いしょう)のカワイイ超人に変身した少女が邪悪(じゃあく)な敵と主にフルコンタクトの格闘で戦うというギャップが受けて、近年の地上波テレビでは珍しく、シリーズ作品がかれこれ20年近くも日曜日の朝に放送され続けているご長寿(ちょうじゅ)番組である。


具体的(ぐたいてき)には、記念すべきシリーズ第1作目『チャムケア』のタイトルが"チャーミングとケア"からの造語(ぞうご)である通り、可愛(かわい)らしさとお手入れによる(いや)しを作品の柱としながらも、大地に、空に、海に、宇宙にと、大きな舞台を所せましと(おのれ)の肉体を駆使(くし)した主人公たちと怪物の繰り広げる壮絶(そうぜつ)バトルがシリーズの魅力(みりょく)なのだ。


登場人物たちの成長を(えが)くドラマ仕立てとも相俟(あいま)って、メイン視聴者(しちょうしゃ)の女児はもちろん、こども向け番組にもかかわらず大人のファンからも広い年齢層(ねんれいそう)支持(しじ)されていた。


かなり前に女児層から外れてしまったのこちゃんではあるものの熱心なファンを絶賛(ぜっさん)継続中(けいぞくちゅう)であり、シリーズ作品を新旧(しんきゅう)()()ぜて見ようと思えばいつまでも見ていられるし、語ろうと思えばいくらでも早口で語れるというなかなかの重い方(ヘビー)である。


であるのだが…


それでも、夏場の生き物たちを一斉(いっせい)に活気づける陽気さに14歳という若さが当てられてしまうのか、特に陽のある内は外へ出かけて何かをしなければならない様な気がしてそわそわするのだ。


その日に予定した課題を()ませると、特に家のお手伝いが無い場合は、取り敢えず公立の図書館へ足を向けたりアテも無いまま散歩的な事をしている。


そんな折り、今日はどうするかなぁとのこちゃんが考えあぐねていると、部屋の外から祖母の声がかかった。


「のこちゃん、ちょっと良い?」


「何、おばあちゃん」


ドアを開けてみると、一つの封筒を持った祖母が複雑な面持(おもも)ちで立っている。


「のこちゃん()てに、なんだけど………」


「?」


受け取ってよく見てみれば、公的な(たぐい)(おぼ)しきその封筒は、以前のこちゃんが住んでいた管轄(かんかつ)の警察から届いた物である。


戸惑(とまど)いつつ祖母と二人で中身を確かめてみると、要は、のこちゃんに対する協力(きょうりょく)要請(ようせい)であった。



その夜、祖父に相談すると、どうやら電話でも事前に警察から連絡が入っていたと判明(はんめい)した。


どうやら祖父は祖父で、のこちゃんへどう伝えるか、そもそも伝えるかどうかを悩んでいたらしい。


両親を亡くしたのこちゃんがお母さんの実家である佐橋(さはし)の家に引き取られたのは、7年ほど前、小学校1年生の(ころ)である。


お母さんとはもっと早く事故で死別(しべつ)しており、その後、お父さんとのこちゃんの二人暮(ふたりぐ)らしを続けていたものの、お父さんも亡くなってしまったのだ。


そのお父さんが、生前(せいぜん)古い任侠道(にんきょうどう)の一家にお世話になっていた、平たく言えばやくざ者であった。


「ああ、お父さん関係か」


「都内の警察署まで、のこちゃん一人で直接(ちょくせつ)来て欲しいなんて話だったからねぇ。

協力(きょうりょく)要請(ようせい)なんて言いながら、まるで出頭(しゅっとう)命令(めいれい)じゃないか。

最近は都内のあちらこちらで物騒(ぷっそう)だし、正直、断っちゃっても良いかとさえ思ってねぇ……」


「別に、お父さんの事は嫌ってないからかまわないんだけど、誰かの顔を見るだけらしいし?」


のこちゃんは、幼い頃から、特徴(とくちょう)さえ(つか)めれば一度見た人の顔を何となく忘れない特技があった。


協力(きょうりょく)要請(ようせい)の内容は、近頃(ちかごろ)逮捕(たいほ)された男がかつてお父さんと共に同じ組へ所属(しょぞく)していたやくざ者らしく、その顔をのこちゃんに確認して欲しいというものである。


(すで)に、組長を始め、当時その組に所属(しょぞく)していた構成員(こうせいいん)(ほとん)どが亡くなっているらしい。


もちろん、のこちゃんがそのやくざ者の顔を憶えている保証(ほしょう)は無いものの、念のために白羽(しらは)()が立てられたとの説明だった。


「確かに、最近の都内は危ない感じよねぇ………」


「そうだろぅ?

せめて、京華(きょうか)(おく)(むか)えさせられるなら()(かく)、なぁ………」


佐橋京華(さはしきょうか)は、のこちゃんのお母さんにとって妹に当たる叔母(おば)さんであり、のこちゃんを可愛がってくれる上にチャムケアとの出会いを(うなが)してくれた大恩人(だいおんじん)なのだ。


のこちゃんは、親愛を込めて、きょう姉さんと()んでいる。


「まぁ、きょう姉さんも出張中だしねぇ、でも何とかなるよ」


治安(ちあん)の心配に加え、自分たちの体力的に都心への()()いが(むずか)しい事もあり、のこちゃん一人で行かせるには反対な模様(もよう)の祖父母である。


ただ、のこちゃんには思う所があるらしく、すでに一人で行く気になっていた。


「パッと行って、パッと帰ってくるからねっ」



当日、警察署に着いてからのこちゃんがお願いされた事は、逮捕(たいほ)された男をマジックミラーになっている別室の窓から見て、知っているかどうかを確認するだけの簡単なものである。


マジックミラー越しに見えたのは、短髪でやくざ者と聞かされていたのに覇気(はき)がない、40代くらいの小太りな男だった。


終始ぼんやりと目の前の何も無い空間を見つめるばかりで少し気になったものの、鼻の形に特徴(とくちょう)があり、まだ(おさな)(ころ)お父さんと一緒(いっしょ)にいた事をのこちゃんはよく憶えていた。


しかし、名前は知らないし、のこちゃんと直接親しくしていた訳でもないというただそれだけの相手である。


のこちゃんに付いていた女性警察官にそれを伝えると、女性警察官は手にしたタブレット端末(たんまつ)へ何かしらを打ち込んでから、刑事らしきスーツ姿の中年男性と一言二言交わした後で、受付のあるフロアまでのこちゃんを送ってくれた。


ここまで色々と覚悟(かくご)して来た割には、あっけなく解放(かいほう)されてしまったのだ。


「………ちょっと肩透(かたす)かしだったな」


これなら、わざわざ足を運ぶまでもなく、動画や写真でも良かったんじゃなかろうかと思うのこちゃんである。


とは言え、午後一(ごごいち)で始まった面通(めんとお)しと言うのだったか一方的な面会だったのでまだ陽も高く、のこちゃんが都内に来た真の目的を果たすにはなかなか都合(つごう)が良い。


そう、この話が持ちかけられた時、のこちゃんはかねてからの懸案(けんあん)事項(じこう)であったチャムケア・チャーミングストア東京店への遠征(えんせい)画策(かくさく)したのだ。


何しろ、警察からの要請(ようせい)となれば、おじいちゃんはああ言っていたものの、断るのも難しいのではないか?


ならば、帰りの電車をうっかり乗り間違(まちが)えて東京駅に行っちゃう事もあるだろうし、ついでにご無沙汰(ぶさた)のチャーミングストアをたまたま(のぞ)いたりするのは可能なはずであると。


もちろん、身分証(みぶんしょう)として持って行かねばならない生徒手帳を気にするあまり(わす)れた事にした、きょう姉さんのお下がりであるのこちゃんのMyPhone(マイフォン)はしっかり家に置いてきた。


調べようと思ってもスマホが無いんだからしょうがないよねと、この完璧(かんぺき)状況(じょうきょう)設定(せってい)には、自分の生徒手帳を手に取りながらついニヤニヤしてしまうのこちゃんである。


じゃあ駅員さんに聞けよとツッコミを入れてくれる友だちは、その時、残念ながらのこちゃんの近くにいなかった。



――――――――――――――――



のこちゃんがその少女に気がついたのは、計画を順調(じゅんちょう)に進められそうとあって、意気(いき)揚々(ようよう)最寄(もよ)りの駅へ向かう最中(さなか)であった。


小学校低学年くらいだろうか。


小さな体つきはそれとしても、夏の陽射(ひざ)しに肩までのびたブロンドのクセっ毛と白い肌が(かがや)き、大きな(あお)()の放つ光が少女に大きな存在感を与えている。


言ってしまえば、王道ファンタジー物語のイメージイラストに好んで描かれそうな、文字通りの美少女である。


都心の要駅(ようえき)に近い大通りに面したその歩道は、全体的にコンクリとアスファルトで固められた都会の景色であり、路上パーキングの都合(つごう)なのか街路樹(がいろじゅ)も植えられておらず灰色な印象が強い。


しかし、その少女の立っている場所だけは、色鮮(いろあざ)やかな異空間(いくうかん)様相(ようそう)(てい)していた。


ビルとビルの間に出来たスペースの入り口付近(ふきん)で歩行者の邪魔(じゃま)にならない様にしているのだが、少女の前を往来(おうらい)する通行人たちも、老若男女(ろうにゃくなんにょ)を問わずその非日常性につい目を(みは)ってしまうのは無理からぬ事である。


ただ、(おのれ)の地味さを自覚しているのこちゃんは、自分と(まった)対照的(たいしょうてき)でしかも突き抜けたその容姿(ようし)に感心しながらも、少女の着ている制服の方に気を取られていた。


「あれ、多分カナハちゃんと同じだよねぇ………」


カナハちゃんは、小中高(しょうちゅうこう)一貫(いっかん)の名門校、私立スタープレーン学園に通うチャムケア好きの同志である。


小学校低学年の女の子なのだがひょんな事で知りあい、今では、チャット用アプリ"レイナー"でチャムケア専用のグループを作って、毎日の様にチャムケアについて熱く語り合う仲になっていた。


夏休みに入る前の衣替(ころもが)えで、カナハちゃんには、初等部の夏服姿を披露(ひろう)してもらっていたのだ。


現在、カナハちゃんも家族で海外へ旅行中で、(ひま)つぶしの相手をしてもらうのは(むずか)しい状態(じょうたい)である。


「はぁ~、お嬢様(じょうさま)系が多いとは聞いていたけど、やっぱりすごいんだね」


お子様にしてこの美貌(びぼう)もさることながら、のこちゃんが(よこしま)な計画を(ふく)めつつもあれやこれやと覚悟しながら電車を乗り()いで都心まで来た事に対して、彼女は何事もなく一人でこの場に立っている。


聞いた話では、カナハちゃんの家から学園に通う方が、この都心へ出るよりもよっぽど近いらしい。


恐らく、親御(おやご)さんなりお付きの人が近くにいると思うものの、交通手段からしてのこちゃんが知る小学校低学年の世界とは丸で別物なのだろう。


そんな事を考えながら歩いていると、その少女がこちらをじっと見ている気がして、のこちゃんは首を(かし)げた。


「気のせいかな?」


少女が立っているのは、のこちゃんの進む先である。


そのため、のこちゃんが少女に接近(せっきん)する形になり、距離(きょり)(ちぢ)まるにつれて"見られている"疑惑(ぎわく)は"ガン見されている"確信(かくしん)へと変わっていった。


「………もしかして、カナハちゃん関係かな?」


その少女を一目(ひとめ)見た時から、カナハちゃんと似た様な背格好(せかっこう)であり同じ制服姿だったので、同級生なのかも知れないと当たりは付けていた。


とは言え、特にカナハちゃんからその少女について聞いた事も無いので、戸惑(とまど)いながら前へ進むしかないのこちゃんである。



ふと、少女に近づく事でその背後(はいご)にあるスペース、それまでビルの影で死角(しかく)となって見えなかった部分がのこちゃんの視界(しかい)に飛び込んできた。


そこは、大人の男性が二人並べるくらいの(はば)階段(かいだん)で少し()りる(くぼ)んだ段差(だんさ)があり、奥まった所で小さな鳥居(とりい)(かま)える神社になっていた。


鳥居(とりい)の向こうには、玉砂利(たまじゃり)()()められ、(もう)(わけ)ていどに木が植えられてる土地の中央(ちゅうおう)に小さな(やしろ)(たたず)んでいる。


もしかすると(ほこら)なのかも知れないが、のこちゃんには判断がつかない。


そんな事よりも、都心の近代的なビル(ぐん)の中に突然(とつぜん)(あらわ)れた、小ぶりの神社の存在がのこちゃんには不思議(ふしぎ)だった。


以前、都市へ開発される前からその土地で(まつ)られていた神社や(ほこら)を、何らかの理由でそのまま残すケースは都心でも(めず)しくないときょう姉さんから聞いた事がある。


この新しいものと(いにしえ)のものの取り合わせは、実際に()()たりにしてみると、なかなか面白い。


目の前でこちらをガン見している少女が放つ非日常性と相俟(あいま)って、何やら神秘的(しんぴてき)なシチュエーションでさえあった。


そんな変な感心をしつつも、少女とは、お(たが)いに手の(とど)く位置まで来てしまったのこちゃんである。


もうこうなったら少女へ話しかけるしかないと、のこちゃんは、決意してもう一歩前へ()み出した。


「ねえ?あなたは………」



その時である。



それが轟音(ごうおん)振動(しんどう)だったのか爆発の熱波(ねっぱ)だったのか分からないものの、自分の背後から生じたそのただならぬ気配(けはい)に対して、のこちゃんが反応できたのは偶然(ぐうぜん)以外の何者でもなかった。


一歩前へ()み出した(いきお)いのまま、咄嗟(とっさ)にその少女を神社のスペースへと突き落としたのだ。


そして、爆炎(ばくえん)と共に何か大きな(かたまり)がのこちゃんの背中へ(おそ)いかかったのは、その直後である。


()(すべ)もなく、衝撃(しょうげき)にその身をはじき飛ばされたのこちゃんの視界(しかい)には、吃驚(びっくり)して目を丸くした少女の無事な姿があった。


わたしのチャムケア活動。


そんな感覚があったのかどうかも分からないが、意識が(うす)れるのこちゃんの中では、"良かった"という安堵(あんど)が確かに存在していた。



二度目のひときわ大きな爆発で、少女はその場にうずくまるしかなかった。


それから、どれ程の時間が()ったのであろう。


(あた)りは、まだ騒然(そうぜん)としたままである。


()けつけた警察官に発見され声をかけられた少女が(おそ)(おそ)る顔を上げてみると、()げた大きな自動車のドアらしき物によって破損(はそん)してしまった、鳥居(とりい)の様子が(うかが)えただけであった。


しかし、そこに、のこちゃんの姿は見あたらない。


無惨(むざん)な結末を見たくなくて顔を上げられなかった少女は、少し胸をなで下ろした(のち)(まわ)りを見回すと途方(とほう)()れた。


彼女は、どこへ消えたのだろう。


続きます。

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