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わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望-  作者: 虎竜王NV
序章:のこちゃん
3/21

03 のこちゃんの夢


長めの休み時間とあって、廊下(ろうか)は、生徒たちの往来(おうらい)()()がない。


廊下(ろうか)と階段を(つな)げる広めのスペースには、はめ殺しの大きな窓ガラスがぬくぬくとした陽光を取り込んでいて、上下に()びる階段の(おど)り場までを()らしている。


金属製の(さく)になっている手すりが窓ガラスをガードする構造(こうぞう)で、のこちゃんと宿福(すくね)は、明るい窓側を背にしながらそこへ()りかかって話しをしていた。


「私立スタープレーン学園の小学校?……いい学校(とこ)(かよ)ってんだな」


「そうそう、よく見たらブレザーと帽子がお(そろ)いの制服(せいふく)姿(すがた)だったから()いたんだけど、地元(ここ)から一人で初等部へ電車通学してるんだってさ」


私立スタープレーン学園は、小中高(しょうちゅうこう)一貫(いっかん)の名門校である。


昨日(さくじつ)知り合ったチャムケア同志(どうし)の小学生について、例の(ごと)く、宿福(すくね)に報告がてらおしゃべりしているのこちゃんなのだ。


最近の宿福(すくね)は、(ちが)うクラスであったり部活中心に動いていたりで、間が合わないとその日まったく話せない事もザラであった。


特に今日は、のこちゃんが直面(ちょくめん)した"奇跡的(きせきてき)同好(どうこう)()結集(けっしゅう)"について語りたかった事もあり、まだ午前中なのだが、教室の移動中にバッタリ会った宿福(すくね)の顔を見たとたんに話しが止まらなくなってしまったのだ。


宿福(すくね)()れたもので、早口に言いたい事をまくしたてるのこちゃんに付き合う(てい)ではいても、笑顔で(あい)づちをうっている。


予鈴(よれい)()るまでの(つか)()とは言え、長閑(のどか)な時間の流れの中で、楽しげな二人の影が廊下(ろうか)(ゆか)にならんでいた。



「それで、好きなチャムケアやタイトルを教え合ってて、スマホの電池がすぐ無くなっちゃうんだよねぇ」


「のこが楽しそうで何よりだよ」


宿福(すくね)苦笑(くしょう)しながら、しばらくは強引なチャムケアの勧誘(かんゆう)も無くなりそうだと内心で安堵(あんど)していると、通りかかった女子生徒に声をかけられた。


胸の学年バッヂから、のこちゃんたちよりも上級の3年生である事が分かる。


「あれ、大賀美(おおがみ)じゃん」


「うわ、鬼先輩(おにせんぱい)…」


「あ?()められたいのかな、こいつは~」


「いやその、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)、ちぇいすっ」


「おっ」


鬼の様な鈴木(すずき)先輩(せんぱい)なのだろうか?


そう(いぶか)しみながらも、のこちゃんが見る限りでは、確かに太眉(ふとまゆ)で目が大きく意志(いし)が強そうな印象である。


身長も、宿福(すくね)よりやや高い。


体育会系部活で特有(とくゆう)謎挨拶(なぞあいさつ)をしたのだから、恐らくは、宿福(すくね)が出入りしている(いず)れかの運動部の先輩(せんぱい)なのだろう。


引き()まった体型で手足も長く、顔立ちも(ととの)っていて、むしろついていきたくなる様な(たの)もしささえ感じる。


ただ、背中に届く長めストレートの髪は宿福(すくね)よりもハッキリ茶色めいていて、どこかやさぐれたイメージが否定(ひてい)できない。


もしかすると、そんな辺りが鬼の部分なのかも知れない。


そう()まえてみれば、何の部活か知らないものの、般若(はんにゃ)形相(ぎょうそう)で普段からオラオラと宿福(すくね)をしごいている様な気がしてきた。


ぼんやりと失礼な事を考えていたのこちゃんであったが、よく見ればその髪には(おぼ)えがあり、そこに気付いた瞬間、体験して間もない鮮烈(せんれつ)な記憶が目の前の先輩(せんぱい)の姿にバッチリと(かさ)なった。


「ああっ、ケアビース…」


「!」


顔色を変えた鈴木(すずき)先輩(せんぱい)に、のこちゃんは、素早く顔へ腕を巻き付けられ口をふさがれたまま、風に飛ばされたティッシュペーパーの様な(かろ)やかさで何処(いずこ)かへ連れ去られてしまった。


その一連の動作(どうさ)は、文字通り、電光石火(でんこうせっか)(ごと)し。


女子とは言え、(きた)えられた運動部の腕力(わんりょく)(あなど)れないものである。


あまりにも一瞬(いっしゅん)だったため、何事が起きたのか把握(はあく)しきれない宿福(すくね)だけが、呆然(ぼうぜんと)とその場に取り残され(たたず)んでいた。


「のこ………え、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)、あれ?」



校舎から出た所で、バタンと金属製の(とびら)が閉められる。


のこちゃんが解放(かいほう)されたのは、拉致(らち)された場所からさほど離れていない、非常階段の(おど)り場だった。


少し(かすみ)がかっていても空は青く、眠気を(さそ)う様な(あたた)かな春の晴れ間も相俟(あいま)って、外の風が気持ち良い。


「まさか、あん時のやつが大賀美(おおがみ)の友だちだったとは………」


「えへへへ」


()(あせ)まじりでひとりごちる様に(つぶや)いた鈴木(すずき)先輩(せんぱい)に対して、何か笑うしかないのこちゃんである。


「笑ってるし」


ムッとした鈴木(すずき)先輩(せんぱい)(にら)まれても、のこちゃんは怖くなかった。


何故(なぜ)なら、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)は、小さな女の子を守るために行動できる義侠心(ぎきょうしん)を持った尊敬(そんけい)できる人物なのだ。


それならば、理不尽(りふじん)暴力(ぼうりょく)をふるう様な不埒者(ふらちもの)と生きる姿勢(しせい)真逆(まぎゃく)に違いないと、のこちゃんは確信(かくしん)する。


そして何より、チャムケア好きに悪い人はいない。


先輩(せんぱい)は、ケアビースティが好きなんですね!」


脱力(だつりょく)したのか、ため息混じりに階段の手すりに寄っかかり、決めつけんなよと再び(つぶや)いた鈴木(すずき)先輩(せんぱい)は、のこちゃんを(にら)むのをやめた。


「ただ、昔見たやつをたまたま(おぼ)えてただけだよ。

カッコ良かったからさ……」


「あの回は、一騎打(いっきう)ちの熱いバトルで、ケアビースティがすごかったですよね!

カナハちゃんともレイナーで(チャット)したんですけど…あ、先輩(せんぱい)が助けたあの女の子です」


「何で、お前たちレイナー登録してんだよ」


ちなみに、"レイナー"とは、スマホで絶大なシェアを(ほこ)るチャット用アプリである。


「おかげさまですっかり意気投合(いきとうごう)しちゃって、即日、チャムケア専用(せんよう)のグループ作っちゃいました。

いつでも、招待(しょうたい)しますよ。

カナハちゃんも、先輩(せんぱい)にお礼が言いたいみたいですし」


「おかげさまって言うなっ」


"カナハ"は、アプリ上で女の子が(みずか)ら設定したニックネームであり、実のところお(たが)いにまだ本名を知らないままだったりする。


勿論、のこちゃんの場合は、"のこ"と設定した。


「のこ?、ああ、大賀美(おおがみ)が言ってた、(めずら)しい名前の友だちってお前の事だったのか」


「え?……………」


一瞬、果たしてそうなのかな?と逡巡(しゅんじゅん)したのこちゃんなものの、宿福(すくね)(まわ)りでは、さすがに"(とら)()"を越える名前の持ち主に思い当たらない。


自分で"(めずら)しい名前"と開き直ってしまうのもどうなんだろうとは思いつつ。


「……まぁ、そうですかねぇ」


なので、変な間を作りながらも肯定(こうてい)したのこちゃんである。


そんな様子に、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)は、(みょう)に優しい表情でそっかと小さく(うなず)いた。


「まぁ、招待(しょうたい)はともかく、あの子にはもう気にすんなと言っといてよ」


「それじゃあ………」


「ん、それほど(くわ)しくないしな。悪いね」


チャムケア専用(せんよう)レイナーグループへのお(さそ)いをやんわりと(ことわ)られて、しかも学校内でチャムケアの話しが出来ると心から期待していたのこちゃんは、どちらも(かな)わなそうと分かり意気消沈(いきしょうちん)してしまった。


「しかたないですね」


「まぁ、大賀美(おおがみ)の友だちでもあった訳だし、これも何かの(えん)だよな。

もし、名前の事で(いや)な思いをしたらジブンに相談してよ。

もし相手がいるなら、カッチリ()めてやるからさ」


急に元気を無くしてしまったのこちゃんに何を思ったか、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)は、(はげ)ます様な明るい口調(くちょう)物騒(ぶっそう)な事を言い始めた。


「し、しめる?」


びっくりしたのこちゃんが目を白黒させていると、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)は悪い笑いの顔をしながら、まかせろと力強く(うなず)いて見せた。


「気にしている事、(さぐ)る様な言い方して悪かったな」


そう言うと、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)は、金属製の(とびら)を開いて、またねと手を()りながら一人で校舎の中へ(もど)って行った。


なるほど、基本的には良い人だけど、ああいう所が"鬼"なんだろうなぁとぼんやり考えながら見送ったのこちゃんである。



――――――――――――――――



「いやいや、(ちが)(ちが)うっ」


流石(さすが)に連れ去られた後の事が気になったのであろう、下校の時間になると帰り支度(じたく)をしているのこちゃんの(もと)には、宿福(すくね)愛茅(まなち)が合流してきた。


愛茅(まなち)は、自己申告(じこしんこく)で単純に野次馬(やじうま)であるとの事。


何やら急いでいた宿福(すくね)をたまたま見かけて、そのまま一緒(いっしょ)についてきたらしい。


加えて、二人の教室からはのこちゃんのいる教室が昇降口(しょうこうぐち)への動線上(どうせんじょう)にあるので、集まりやすいと言えば集まりやすいのである。


「え、性格的(せいかくてき)(きび)しい所があるから、鬼の先輩(せんぱい)じゃないの?」


のこちゃんが(たず)ねると、宿福(すくね)は手の平と首を同時(どうじ)()りながら、少しセンシティブな話なんだと言う。


「でも、すくねちゃん、思いっきり本人に鬼先輩(おにせんぱい)って言ってた気がするんだけど?」


「いや、あれはその…ごにょごにょ」


宿福(すくね)は、ばつの悪そうな顔で言葉を(にご)した。


現場(げんば)を見ていたので、うっかり口を(すべ)らせたんだろうなぁとは思うのこちゃんなのだが。


「ああ、鬼先輩(おにせんぱい)の話なら、わたしも聞いた事あるよ」


「知っているのか、まなっちゃん!」


「すくねちゃんは、直接(ちょくせつ)先輩(せんぱい)だから言いにくいんだろうね」


恐らくきょう姉さんからの受け売りと(おぼ)しき小ネタを(はさ)むのこちゃんを流して、愛茅(まなち)が話しちゃって良いのかね?と目配(めくば)せをすると、宿福(すくね)は、まぁしょうがねーなと(うなず)く。


ちなみに、流されてしまったのこちゃんは、小ネタを(はさ)んだ事実を無かった事としたらしく、すました顔をしていた。


「あの先輩(せんぱい)は、所謂(いわゆる)キラキラネームなんだよ」


「え、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)が?」


意外な方向の話だったので、のこちゃんが確認すると、そうだよと愛茅(まなち)肯定(こうてい)して続けた。


「"鬼天使"と書いて、キューティーと読ませるそうだね?すくねちゃん」


「まぁね」


話しをパスされた宿福(すくね)も、それを肯定(こうてい)する。


鈴木(すずき)先輩(せんぱい)(あらた)め、鈴木(すずき)鬼天使(キューティー)さん。


名前に(かん)して他人(ひと)の事は言えないのこちゃんでさえ、それは確かにキツイかもと(うな)る。


「小学校へ上がってからイジられ始めて、何度もお母さんに改名(かいめい)をお願いしたらしんだけど、その(たび)に良い名前なのにと泣かれちゃって話しにならないんだってさ。

大人になって、独立(どくりつ)してから自分で改名(かいめい)するって、今は(あきら)めてるみたいだよ」


「お父さんは?」


「いないってさ。

()くなったのか、離婚(りこん)なのかまでは、聞いてないけどな………」


そう言われてみれば、(とら)()についても、(みょう)()()ってくれた事をのこちゃんは思い出す。


「なるほど、それで"()めてやる"なのか」


のこちゃんがポツリと(つぶや)いた刺激的(しげきてき)文言(もんごん)に、宿福(すくね)愛茅(まなち)は、(おどろ)きつつもここからが本題とばかりに()()った。


「それで、のこが鈴木(すずき)先輩(せんぱい)と消えた後、何があったんだよ?」


「のこちゃん、()められちゃったのかい?」


二人が心配してくれている事が(うれ)しかったものの、ちょっと自分の名前について話しただけだよと、経緯(いきさつ)端折(はしょ)って説明したのこちゃんである。


先輩(せんぱい)の様子を見るにつけ、残念ながらチャムケアには(から)めて欲しくない印象だったので、(くだん)のケアビースティごと関連情報(かんれんじょうほう)()せる事にしたのだ。



宿福(すくね)ちゃんから、あたしの名前の事を聞いたって言ってたよ」


「あっ………悪い、(いや)だったか?」


「もう、そんなのはとっくの昔に通りすぎちまってらぁ、気にすんねぇ」


「何で、急にべらんめい調なんだい?」


そんなおどけた様子に、のこちゃんが気遣(きづか)いな性格である事を知る愛茅(まなち)は思わず吹き出した。


「まぁ、わたしの場合は、自分でこのままが良いって決めたからね。

本当に、他人(ひと)がどう思うかなんて、気にならないんだよね……でも、そうだよねぇ………」


悪気(わるぎ)無く親の付けた名前が、付けられた本人の現実を生き(づら)くしているという話を聞いてしまうと、自分のケースは(まれ)なのだと改めて思うのこちゃんである。


ついでに、そう言えばあっちでチャムケアが放送される時は"輝的美天使"と表記されるんだったな等と、余計(よけい)豆知識(トリビア)も思い出していたのであるが。


鈴木(すずき)先輩(せんぱい)は、わたしの個人的な事情(じじょう)まで知らなくて、それでも()ず味方するって言ってくれたんだね」


「のこ……」


(たと)えそれが同類相哀(どうるいあいあわ)れむの様な気持ちから()された(もう)()だったとしても、カナハちゃんの(けん)でも分かる通り、そこには鈴木(すずき)先輩(せんぱい)純粋(じゅんすい)善意(ぜんい)がある。


ならば、のこちゃんは、それに(こた)えなければならない。


何より、()める云々(うんぬん)については自分が変な申告(しんこく)さえしなければ大丈夫(だいじょうぶ)だろうし、(おこな)いの良い鈴木(すずき)先輩(せんぱい)に悪者ムーブをさせてはならないと思うのこちゃんであった。


もらった善意(ぜんい)をちゃんと相手にお返しする事は、のこちゃんが愛するチャムケアのシリーズ中にて幾度(いくど)となく推奨(すいしょう)されてきた、正義(せいぎ)基本(きほん)姿勢(しせい)とも言える。


()わば、のこちゃんのチャムケア活動なのだ。


ちょっとだけお父さんにも()たような事を言われた気がするものの、チャムケアの前では大凡(おおよそ)些事(さじ)である。


そもそも、本質(ほんしつ)間違(まちが)ってさえいなければ、そこへ(いた)理由(りゆう)など好きなもので良いのだ。


とは言え、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)に自分がどうするべきなのか、具体的(ぐたいてき)(あん)は無い。


なので、直接(ちょくせつ)後輩(こうはい)である宿福(すくね)と、なかなかの読書好きで知恵者(ちえもの)愛茅(まなち)がせっかく目の前に集まっているとなれば、のこちゃんは素直(すなお)に二人へ相談してみた。


「いい先輩(せんぱい)だよ?

でも、あたしも分んねぇなぁ……そもそも、名前の事は知ってるけど、そばにいて気にした事無いしさ」


それだろうねと、愛茅(まなち)は、宿福(すくね)の言葉を受けて続ける。


本来(ほんらい)は、名前なんて近くにいる本人の前でそれほど影響力(えいきょうりょく)も無い(はず)なんだよ。

他人(たにん)大勢(おおぜい)の中から(だれ)か一人を特定(とくてい)するのなら()(かく)仲間(なかま)どうしで呼びかける場合だと、"ねえ"で()んでしまうからね。

だから、そんな事を気にしない人たちに(かこ)まれている状態(じょうたい)が、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)としては最良(ベスト)なんじゃないかな?」


のこちゃんは、ふむむと二人の言葉を(はしら)にして考える。


「それって、(たと)えば、あたしたちで先輩(せんぱい)(あそ)びに(さそ)えって事?

………だけど、レイナーのチャムケア専用(せんよう)のグループには、招待(しょうたい)(ことわ)られちゃったんだよねぇ」


「そりゃ、そうだろう」


「それは、仕方(しかた)ないね」


間髪入(かんはつい)れず宿福(すくね)愛茅(まなち)納得(なっとく)されてしまい、釈然(しゃくぜん)としないのこちゃんである。


「むう」


勿論(もちろん)、それでもケアビースティの話しは出来ないのだが。


「まぁ、提案(ていあん)したわたしとしては、今度の山の方へ遊びに行く話しでもかまわないと思うよ?」


相変わらずぶれないのこちゃんの姿勢(しせい)苦笑(にがわら)いさせられながら、手っ取り早い機会(チャンス)として、(くだん)の計画を使ってみれば良いと愛茅(まなち)は言う。


その修正案(しゅうせいあん)には、宿福(すくね)も"アリ"とすぐに(うなず)いた。


勿論(もちろん)、のこちゃんも、それはかまわないのであるが………


「勝手に鈴木(すずき)先輩(せんぱい)(さそ)ったら、陽菜(ひな)ちゃんは、(いや)がらないかなぁ。

人見知りな所あるし、しかも三年生が相手(あいて)だからね」


この場にいない陽菜(ひな)を抜きに、決めてしまって良い話ではない。


少し強引に参加を(うなが)された陽菜(ひな)ではあるものの、その後、筋金入(すじがねい)りのインドア派である自分が急に山の方へ行ったらまずい気がすると、毎朝早起きして散歩を始めたり、それなりに乗り気になっていたのだ。


「うすは、接点(せってん)無いだろうから、まぁ、そうなるかもな」


「いや、ひなちゃんは、のこちゃんがそうしたいと言うなら大丈夫だと思うよ。

理由が理由だからね」


「しっ………そ、そうなの?」


本当に何か知っていそうな愛茅(まなち)に、先程(さきほど)流されてしまった小ネタを(ふたた)び言いそうになって、何とか思いとどまるのこちゃんだった。


「だったら、休みの予定くらいは、()いてみても良いのか」


「のこ、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)には、あたしが話をつけてやろうか?」


宿福(すくね)(もう)()に、今度は、のこちゃんがいやいやと首を()る。


「ここで、わたしがやらなきゃ、乙女(おとめ)名折(なお)れだよ!」


「………………」


「………………」


言いたい事は何となく分かったものの、宿福(すくね)愛茅(まなち)は、恐らくチャムケアシリーズからの引用(いんよう)なんだろうなぁと(さっ)して、生暖(なまあたた)かいまなざしでのこちゃんを見守る。


見守られている当人(とうにん)は、ケアメルティの決めゼリフを絶妙(ぜつみょう)なポイントでとっさに言えたため、ご満悦(まんえつ)の顔をしていた。



ちなみにケアメルティとは、『スカウトチャムケア♯』に登場する、勝ち気な主人公チャムケアである。


ピンク主体で全身フリルの可愛いデザインなものの、より(はげ)しいフィジカルバトルが作品の特徴(とくちょう)であり、放送当時は"()いているアニメーターが、その作業量(さぎょうりょう)で死ぬのでは?と(うわさ)された"らしい。


それまで可愛さにばかり目を(うば)われていたのこちゃんは、本だったかどこかのサイトだったかでその解説(かいせつ)を読み、そんな作品の見方(みかた)もあるのか!と(おどろ)きを(おぼ)えたという印象深(いんしょうぶか)いチャムケアなのだ。



――――――――――――――――



翌日、本格的(ほんかくてき)に連休が始まる直前とあり、さりとて鈴木(すずき)先輩(せんぱい)の部活が終わるまで待つのもなんなので、のこちゃんは午前中の休み時間に3年生のフロアを(たず)ねた。


ただ、よく考えてみたら遊ぶ予定の日が連休に入ってすぐとあって、こんな急にお(さそ)いをしたら鈴木(すずき)先輩(せんぱい)迷惑(めいわく)にならないだろうかと(おも)(いた)ったのこちゃんである。


その辺り、宿福(すくね)にはタブンダイジョブナンジャネ?とか軽く言われてしまったのだが、実際にお話しする(だん)となって少し不安が(ぬぐ)えない。


これまでの鈴木(すずき)先輩(せんぱい)のイメージ的には、予定さえ合えばフットワーク軽く、一緒(いっしょ)に遊んでくれそうな気もするのだが………



(あらかじ)()いてあった3年生の教室をのこちゃんが(おそ)(おそ)(のぞ)くと、たまたま、そしてバッチリ鈴木(すずき)先輩(せんぱい)と目が合ってしまい、早速(さっそく)(だれ)()めるのか?と意気(いき)揚々(ようよう)出迎(でむか)えてくれた。


「ち、(ちが)いますからっ」


(あわ)てて、のこちゃんは、突然(とつぜん)ここを(たず)ねてきた事のあらましを説明する。


「………ああ、うん、その日なら良いよ」


予想(よそう)(はん)して、健全(けんぜん)なお(さそ)いだったからか一瞬(いっしゅん)(きょ)を突かれた様な顔をしたものの、すぐに快諾(かいだく)してくれた鈴木(すずき)先輩(せんぱい)である。


「急なんで、ちょっと迷惑(めいわく)かな?とも思ったんですけど、良かったです!」


本当にイメージ通りだったので、のこちゃんも(うれ)しくなって、つい思っていた事を言ってしまう。


()める方のヤツも遠慮(えんりょ)なく言えよ?」


「あ、いや、それは………」


そういえば、先に言っておかないといけない事があったと、のこちゃんは思い出した。


「あっ、あの、わたしと宿福(すくね)ちゃんの(ほか)に、友だちがもう二人(ふたり)一緒(いっしょ)に行くんですけど…」


「ん?そういうのジブンは気んなんないからさ、大賀美(おおがみ)とそっちにも話ついてんだろ?」


「はい。

それで、宿福(すくね)ちゃんはもちろんなんですけど………みんな"チャムケアの話はしません"から、安心してください!」


「お?、おう」


昨夜(ゆうべ)、のこちゃんが鈴木(すずき)先輩(せんぱい)(さそ)うに当たり、お話しする内容をあれやこれや模索(もさく)していた時である。


先ほどの"急に(さそ)ったら迷惑(めいわく)かも知れない可能性"と同時に、もしかしてケアビースティとキューティーは、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)的に語感(ごかん)()ているのかも知れない!と考え(いた)ったのだ。


ならば、カッコ良い思い出と言いつつ忌避(きひ)する理由も()()ちる上、のこちゃんが想像する以上にチャムケアについては慎重(しんちょう)(あつか)わねばならず、むしろ話題になる可能性を(さき)排除(はいじょ)する事で鈴木(すずき)先輩(せんぱい)が楽しく参加しやすくなるのではないか?


のこちゃん自身にとってみれば(かえ)(がえ)すも残念な決断(けつだん)なのだが、のこちゃんのお(さそ)いに快諾(かいだく)してくれた鈴木(すずき)先輩(せんぱい)への誠意(せいい)として、それは必要(ひつよう)宣言(せんげん)でもあったのだ。


「あー、剣持(けんもち)だったっけ………何で、そんな(つら)そうにしてんだよ」


真剣(しんけん)な顔をして何を言い出すのかと思えばコレだったので、若干(じゃっかん)(あき)れ気味な鈴木(すずき)先輩(せんぱい)である。


「お()(づか)い、ありがとうございます……でも、わたしは大丈夫(だいじょうぶ)ですから!」


そう、(たと)え友人たちと楽しくチャムケアの話が出来(でき)ずとも、のこちゃんの(たましい)は、(つね)にチャムケアと共にあるのだ。


何も(おそ)れる事はない。


それはそれとして、後でカナハちゃんにレイナーでメッセージを送ろうとか思いながら、心の均衡(きんこう)(はか)るのこちゃんであった。



休み時間も終わりつつあり、あらためて宿福(すくね)の方からも(くわ)しい説明がある(むね)だけ伝えて去ろうとしたのこちゃんを、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)は呼び止めた。


「なぁ、剣持(けんもち)さ」


「え…あ、はい?」


「何か、そっちこそ変な気つかってるみたいだけど、あれだ……ジブンがチャムケアの事をにごしたのは、中三にもなってどうかなって思っただけなんで、剣持(けんもち)が好きな事を()げるのは(ちが)うって言うかさ」


「…………………」


剣持(けんもち)が話したいなら、話せば良いじゃないかな。

ジブンがあんまり分かんないのは本当なんだけど、それとこれは関係無いからさ」


そう言いながら少し苦笑(にがわら)いの鈴木(すずき)先輩(せんぱい)に、のこちゃんは思わず満面(まんめん)()みで(こた)えた。


「分かりました!じゃあこれからは、色々と解説(かいせつ)しながらチャムケアの事、お話ししますね!!」


あれ?面倒(めんどう)くさいスイッチ入れちゃったかな的な表情の鈴木(すずき)先輩(せんぱい)にぺこりと一礼(いちれい)すると、のこちゃんは、それまでと一転(いってん)したウキウキとした足取(あしど)りで自分の教室へ(もど)った。


鈴木(すずき)先輩(せんぱい)が、些細(ささい)な事を気にしない度量(どりょう)(ひろ)さである事や、宿福(すくね)と仲の良い事は大きいのだろう。


しかし、のこちゃん自身とは、昨日(きのう)今日(きょう)間柄(あいだがら)なのだ。


それがここまでスムーズに良い方向へ事が(はこ)ぶとは、カナハちゃんとも知りあう()()けになった(くだん)(めぐ)り合わせといい、ひょっとすると本当にご(えん)があるのかも知れないとのこちゃんは思う。


それにしても、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)が良い人なのは、十分(じゅうぶん)(わか)っていた。


ただ、やはり……やはりそうなのだ。


チャムケア好きは当然(とうぜん)としても、チャムケアが(えん)で知りあう人にも悪い人はいない。


それだけ、チャムケアは素晴らしいコンテンツであり、長年にわたって愛され続けている理由もよく分かるというもの。


こうなれば、宿福(すくね)(そそのか)す計画に加え、鈴木(すずき)先輩(せんぱい)にもさり気なく本腰(ほんごし)を入れてチャムケアを布教(ふきょう)するしかないではないか。


これは、断念(だんねん)していた学校内でチャムケアを(かた)る日々が、そう遠くない未来に実現する流れがこの身に来ているのだ。


まだカナハちゃんと二人きりのチャムケア専用(せんよう)のグループもきっと(にぎ)やかになるぞと、(あら)たな皮算用(かわざんよう)を立てながら、のこちゃんのテンションは最高潮(さいこうちょう)であった。



その日の夜、のこちゃんのそんな調子に乗った展望(てんぼう)をレイナーで知らされたカナハちゃんは、諸手(もろて)()げて支持(しじ)したという。


確かに、ツッコミ担当(たんとう)のメンバーが、このレイナーグループには必要(ひつよう)なのかも知れない。



――――――――――――――――



(つい)に、(みな)で遊びへ出かける前の(ばん)である。



当然ながら、必要な物はすでに(そろ)えて、きょう姉さんからもらったデイパックにまとめてあった。


ダークグレイがちょっと地味な印象なものの、きょう姉さんが学生時代に使っていたおしゃれ系のデザインで、作りはしっかりしている。


本格的な山歩きをするつもりはないとは言え、実質(じっしつ)ハイキングな感じなのでリュックっぽい物を貸して欲しいと相談した所、もう使わないからと押し入れから出してきてそのままくれたのだ。


ちなみに、きょう姉さんの(げん)()れば、黄色やオレンジといった柑橘(かんきつ)系の色だと春に虫がたかるからやめた方が良いらしい。


お弁当は早起きして自分で作ろうとしたのこちゃんであるのだが、当日の予定を家族に話した所、他の子たちも一緒(いっしょ)につまめる物を持って行きなさいという理由で、急遽(きゅうきょ)祖母が用意してくれる事となった。


確かに、その方がお弁当のクオリティーは保証付(ほしょうつ)きになるとは言え、いささか強引に説得(せっとく)された様な気もする。


首を(かし)げつつも、これで準備(じゅんび)万端(ばんたん)(ととの)ったとあり、のこちゃんは祖父母ときょう姉さんにおやすみなさいを言ってさっさと布団(ふとん)(もぐ)ってしまった。


もちろん、早起きの予定は変更(へんこう)せずに、祖母をお手伝いするつもりなのだ。


しかし、いつもであれば就寝(しゅうしん)前に録画してある番組のチェックやら、チャムケアの見返しを楽しむ時間である。


特にチャムケアは、どのシリーズタイトルにも視聴(しちょう)する(たび)に新しい発見があるので、決して見飽(みあ)きる事がない。


朝寝坊しない事を鉄の(おきて)として、(みず)ら設定した入眠(にゅうみん)時間までは、テレビの前に座っているのが夜のルーティンとなっていた。


「でも、今夜は、しかたないよね」


未練(みれん)が無い訳ではないものの、より楽しみな明日に(そな)えて、のこちゃんは電気を消してキッパリと目を()じる。


間もなく、録画機の時計表示だけが主張(しゅちょう)する暗い部屋に、小さな寝息(ねいき)が聞こえてきた。


どうやら、のこちゃんが少しだけ危惧(きぐ)していた"遠足などの前の夜に興奮(こうふん)して目が()えてしまう現象(げんしょう)"は起こらず、すんなりと(ねむ)りに落ちれたのだろう。


はからずも、自分で決めた時間に寝る習慣(しゅうかん)有効(ゆうこう)だったのかも知れない。


そして、のこちゃんは夢を見ていた。



のこちゃんがチャムケアを意識(いしき)し始めたのは、日曜日の朝にテレビを見る習慣(しゅうかん)がついた、小学校1年生の(ころ)である。


都内の小学校へ上がってすぐにこちらへ転校した事もあり、佐橋(さはし)の家へ引き取られてしばらくは、(まわ)りにお友だちどころか顔見知りも(だれ)一人としていなかった。


朝こそ地域(ちいき)主導(しゅどう)の集団登校にくっついて行く形だったものの、お父さんの(うわさ)からなのか教室でのこちゃんに話しかけるクラスメイトはおらず、一人でとぼとぼと下校する毎日が続いた。


1年生は、三々(さんさん)五々(ごご)ではありながらも、まだ地域(ちいき)ごとにまとまって下校している時期(じき)である。


後から聞いた話によれば、小学校から家までの距離(きょり)がそれ(ほど)遠くなかった事と、近所にクラスメイトがいなかった事も(かさ)なっての状況(じょうきょう)ではあったらしい。


そんな日々(ひび)の中では、何か楽しみを見出(みいだ)すとなると、きょう姉さんの(みょう)充実(じゅうじつ)している特撮ヒーロー作品ライブラリーを(かた)(ぱし)から視聴(しちょう)するくらいしかなかったとも言える。


もちろん、きょう姉さんに(すす)められるままにという、(ただ)()きはつくものの。


「この(てつ)さんのお父さんも時空刑事(じくうけいじ)でね、敵につかまっちゃってるんだよ」


「おとうさんが!」


ただでさえジャンルに対する素養(そよう)があり、何でも()に受けがちなのが幼年期ならば、やはりそれら作品群(さくひんぐん)影響(えいきょう)はのこちゃんにも大きかったのだろう。


きょう姉さん一押(いちお)しである時空刑事(じくうけいじ)シリーズの主人公"吉祥寺(きちじょうじ)(てつ)"が(かわ)ジャンを着用していたキャラだったので、衣料品(いりょうひん)を求めるため家族でお買い物に出かけた際、ピンクやフリルの付いた可愛らしい服よりも(かわ)ジャンへ興味(きょうみ)を持ったのこちゃんに祖母が目を丸くした事もある。


のこちゃんは、かなり率先(そっせん)して特撮ヒーロー作品に関心(かんしん)を向ける様になり、シュープリム戦団シリーズとフルヘルムナイトシリーズの本放送をチェックする(だん)(いた)って、ついに同じ放送枠(ほうそうわく)であるチャムケアに出会ったのだ。


あの、仲間を()て共に困難(こんなん)な目標に立ち向かい、熱い信念(しんねん)(かて)として(おのれ)(こぶし)で悪い状態(じょうたい)(くつがえ)して行く、(かがや)く少女たちの物語である。


「おお…おお…おおお……」


チャムケアの劇中に(えが)かれるその作風は、のこちゃんから、決して順調(じゅんちょう)とは言い(がた)現実(げんじつ)一時(ひととき)(わす)れさせてくれた。


正確には、一時(ひととき)どころか、全身(ぜんしん)全霊(ぜんれい)でのめり込んだ訳なのだが。



その(ころ)放送していたのは、『ラックネスサージチャムケア!』である。


チャムケアシリーズ十周年(じゅっしゅうねん)記念(きねん)作品とあって、毎回OP冒頭(ぼうとう)歴代(れきだい)チャムケアたちが、()わる()わる番組の長寿(ちょうじゅ)(いわ)挨拶(あいさつ)をする企画(きかく)になっていた。


そう言えば、過去(かこ)(さく)興味(きょうみ)を持つ()()けになったのもこれだよなぁと、夢の中でのこちゃんは(なつ)かしく思い出す。


きょう姉さんの解説(かいせつ)によると、主人公が変身するケアマブリーは、(むかし)同じ会社が製作(せいさく)して大ヒットしたロボットアニメの必殺技を取り込んでいるとの事で、作品に歴史(れきし)ありと感心(かんしん)しきりなのこちゃんだった。


「まぶりーとまほぅぅぅく!」


「あっはっは、似てるよ、のこちゃん」


それからは、放送中の作品を録画(ろくが)する自分だけの環境(かんきょう)や、過去(かこ)(さく)視聴(しちょう)する方法などをきょう姉さんに相談したりと、大好きになったチャムケアを追いかける日々(ひび)の始まりである。


もちろん、のこちゃんの立場としては学校のお勉強もがんばらないといけないものの、"それはそれ、これはこれ"なので、子供心に気合(きあ)いで何とかしてやろうという活力(かつりょく)が生まれる結果に(いた)った。


もう、()れない場所に来てしまった程度(ていど)の事では、気持ちを(しず)めてなどいられないのだ。


「この、けあまぶりーは、もーれつなんだかやー!」


(われ)ながら単純(たんじゅん)だよねぇと(あき)れつつも、悪い気のしないのこちゃんは(ねむ)りを(さら)(ふか)め、意識(いしき)手放(てばな)していった。



目覚ましが()って、のこちゃんの意識(いしき)瞬時(しゅんじ)覚醒(かくせい)する。


まだ午前5時であっても、冬から春へ季節が変わった事を主張(しゅちょう)する様に、雨戸の隙間(すきま)からは少し朝陽(あさひ)がこぼれていた。


布団(ふとん)(いきお)いよくめくり上がり、のこちゃんは、すかさずガバリと身を起こす。


普段から寝起きは良い方なのだが、遊びに行く日の朝となると、比較(ひかく)にならない(ほど)スイッチの入りが迅速(じんそく)になるのだ。


頭もハッキリしている。


「よしっ」


のこちゃんは思い切り立ち上がると、すぐに着替え始めた。


もう、肌寒(はだざむ)さは気にならない。



――――――――――――――――



待ち合わせの場所へ向かう途中(とちゅう)で、のこちゃんは、お出かけすると(おぼ)しきおしゃれした姿のカナハちゃんと会った。


鈴木(すずき)先輩(せんぱい)とカナハちゃんに初めて出会った、あの歩道である。


制服(せいふく)姿(すがた)可愛(かわい)かったが、明るいすみれ色と白のコーディネイトがいかにもお嬢様(じょうさま)っぽくて、のこちゃんの目から見てもカナハちゃんは(かがや)いていた。


しかも、それがチャムケアを愛好(あいこう)する同志(どうし)となれば、例え小学生であろうとのこちゃんにとってはなかなか心強い存在だ。


天気が良いので、ご両親と遊びに行くのだと言う。


カナハちゃんのご両親もにこやかに、のこちゃんへ会釈(えしゃく)する。


「お嬢様(じょうさま)は、自家用車とかで行動するのかと思ってたよ」


「確かに、うちの学校にはお嬢様(じょうさま)系が多いですけど、わたしは違いますよ~」


電車通学ですしとカナハちゃんは笑う。


「お散歩がてら、都内の方へお買い物に………チャーミングストアにも寄るつもりです」


「マジか!」


カナハちゃんが小さな声で付け足す行動予定に、のこちゃんは瞠目(どうもく)する。


チャーミングストアとは、正式には"チャムケア・チャーミングストア"と言い、(いく)つか店舗(てんぽ)展開(てんかい)されている公式のチャムケアグッズ専門店である。


「まさか、新展開(しんてんかい)のコスメ(ねら)いか、カナハちゃん………」


カナハちゃんはニヤリと笑うと、夜にメッセージと戦利品(せんりひん)の画像を送りますと(ささや)いて、ご両親と共に駅へ向かってしまった。


してやられた。


まだメイクそのものに手を出す気がないとは言え、劇中のアイテムとなれば、話は変わってくる。


のこちゃんとて、チャーミングストアには、きょう姉さんに連れられて何度か行った事があった。


しかし、(くだん)の事件や事故が都内(とない)各所(かくしょ)(みょう)に起きている状況(じょうきょう)もあって言いだし(づら)く、最近はとんとご無沙汰(ぶさた)だったのだ。


横浜だと(さら)に遠くなるし、関西は論外(ろんがい)で、期間限定の出張(しゅっちょう)店舗(てんぽ)も夏休みならこちらへも来そうな気がするものの、やはり現在だと(むずか)しい。


当然ながら、まごまごしている間にも商品は変わって行く。


シリーズ作品が新しく始まった時期ともなれば尚更(なおさら)で、チャーミングストアでしか手に入らないラインナップもあり、のこちゃんも気が気ではなかったのだ。


「……カナハちゃん、(あなど)(がた)しっ」


むうと(うな)りながらも、朝のニュースでは取り立てて事件が(ほう)じられていなかった事を思い出しつつ、無事(ぶじ)で帰れよとカナハちゃん一家の背中に(いの)るのこちゃんであった。



(みな)との待ち合わせは、駅近くの公園である。


まだ(ほか)に誰も来ていないので、のこちゃんはデイパックを(かか)えて、(そな)()けの木製(もくせい)(なが)ベンチに座る。


手伝った祖母のお弁当は、予想(よそう)(どお)出色(しゅっしょく)出来(でき)なので、お昼が楽しみだ。


祖母とのこちゃんが楽しげにあれやこれやと(さわ)ぎながらお弁当を作っていると、寝ていられなかったのか祖父も早く起きてきて、朝食は一緒(いっしょ)にとった。


きょう姉さんは、大がかりな店舗(てんぽ)模様替(もよえが)えがあるとかで、早くから出勤(しゅっきん)してしまった。


陽射(ひざ)しが(やわ)らかく風も(おだ)やかで、今日晴れて本当に良かったと、のこちゃんは思う。


そう言えば、昨夜(ゆうべ)は、チャムケアを見始めた(ころ)の夢を見た様な気がしていた。


「こうなっちゃったんだから、しょうがないよねぇ………」


青空を見上げながら、ふと、将来(しょうらい)は何かしらチャムケアシリーズに係わる仕事が出来たら良いなと思う。


「絵の腕前(うでまえ)は、微妙(びみょう)なんだけどねぇ………」


鈴木(すずき)先輩(せんぱい)の所へ部活を(しぼ)ることにした宿福(すくね)ちゃんが(いそが)しくて、不参加になってしまった春の映画には、ひなちゃんとまなっちゃんが一緒(いっしょ)に行ってくれるらしい。


例え過去に(つら)い何かがあったとしても、これから起こるであろう楽しい事に、あえてそれを紐付(ひもづ)ける理由は無い。


のこちゃんは、いま幸せなのである。


つづきます。

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