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わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望-  作者: 虎竜王NV
序章:のこちゃん
2/21

02 のこちゃんの平日


「人の世は、(はかな)さとしがらみで出来ているが、悪い事ばかりじゃないね………」



その男、のこちゃんの伯父(おじ)に当たる 剣持(けんもち)昭三(しょうぞう) は、(ひと)(ごと)のようにつぶやいた。


初めて会った伯父(おじ)さんは見上げる様な長身(ちょうしん)で、長年(ながねん)陽に焼けたのであろう褐色(かっしょく)の肌に、広い肩と分厚(ぶあつ)い胸の上半身に加え、ガッシリ安定した下半身とで形作(かたちづく)られていた。


若い色のスーツをゆったりと身に着けているものの、そこには、(かく)しきれない肉体的な迫力(はくりょく)がある。


お父さんが生きていれば40代とあって、(とし)(はな)れたその兄にしては、中年(ちゅうねん)(いた)っていない壮年(そうねん)の様であり、何気ないその身のこなしに青年(せいねん)機敏(きびん)さも(あわ)せ持つという、そんな年齢(ねんれい)不詳(ふしょう)さも強さを感じさせるのだろう。


まぁ、のこちゃんから見れば、おっさんはおっさんなのだが。


それは、ぼんやりと(おぼ)えているお父さんの姿や、その周囲(しゅうい)の大人たちと(くら)べると異質(いしつ)(いか)つさである。


ただ、鉄骨を思わせる強面(こわもて)にも係わらず、自然な表情と(たたず)まいであり、特ににこやかにしている訳でもないのに何故かのこちゃんには怖さのない不思議(ふしぎ)な人物でもあった。


のこちゃんは、事情(じじょう)をよく飲み込めないまま祖父から話を聞いた次のお休みの日に、都内で伯父(おじ)さんと会う事にした。


お父さんのお葬式(そうしき)以来(いらい)、お父さん(がわ)親戚(しんせき)とは今日まで疎遠(そえん)であったのだが、だからこそ興味(きょうみ)がわいたのかも知れない。


のこちゃんと伯父(おじ)さんは、待ち合わせをしたターミナル駅近くの所謂(いわゆる)ファミレスのテーブルで、お(たが)いに少し緊張(きんちょう)しつつも向かい合っていた。



要駅(ようえき)最寄(もよ)りの店舗(てんぽ)とあって内部の間取(まど)りは十分に広く、まだお昼近くな事もあり家族連れのお客さんがそれなりに入っていても、席の余裕(よゆう)が見て取れる。


それにも係わらず、伯父(おじ)さんは窓が近くて明るい席を()け、やや奥まった禁煙席(きんえんせき)を選んだ。


流石(さすが)に初対面の大人と二人きりだと、いくら親族でも窮屈(きゅうくつ)な感じになってしまって、のこちゃんには(つら)い。


それには伯父(おじ)さんも自覚があるようで、席に座ると同時にごめんねとのこちゃんに(あやま)った。


「海外が長くてね、見通しの良い窓際(まどぎわ)は、何か落ち着かないんだよ……」


よく分からなかったが、そんなものかと、のこちゃんは思う。


それと同時に、窓の近くですらダメとなれば、オープンテラスのカフェとかだと()えられないのでは?と余計(よけい)な事を考えてしまい、目の前の(いか)つい伯父(おじ)さんがひーと逃げ出す姿を想像してつい笑いそうになる。


ドリンクバーで(もら)ってきたメロンソーダを飲んで、吹き出しそうに(ゆが)んだ口元をごまかすのこちゃんだった。


伯父(おじ)さんは、そんなしょうもない内部事情(ないぶじじょう)を知ってか知らずか、のこちゃんへ優しく話しかける。


「……10年くらいか…日本にいなくてね、弟の事を知ったのはつい最近なんだ」


「はあ……」


「君が大変だった時に、力を貸せなかったのがどうしても残念でね、その、お母さん(がわ)との約束は分かっているんだが」


「まぁ……」


「口出しとかじゃなくて、一度、会ってみたくて()ても立ってもいられなかったんだよ」


のこちゃんが見る限り、伯父(おじ)さんの言葉に(うそ)は無い様だった。


「……そうでしたか」


ただ、のこちゃんとしては、気遣(きづか)われている事が分かっても、初めて会った伯父(おじ)さんに何と(こた)えて良いか分からず、ぼんやりとした相づちをうつしか無いのだが。


「お、伯父(おじ)さんは、海外で10年も何をしてたんですか?」


我ながらうなずいてばかりなのも如何(いかが)なものかと、のこちゃんも当たり(さわ)りのない話題をひねり出してみる。


「そうだなぁ、ボスの言いなりで世界中を飛び回っていたら、あっと言う間だったねぇ」


うわやっぱりギャング的なそれなのか流石(さすが)兄弟だな!などと、若干(じゃっかん)失礼な感想を脊髄反射(せきずいはんしゃ)(いだ)いたのこちゃんであったのだが……


「日本で言う、警備員(ガードマン)みたいなものだね。色々な国へ行ったよ」


続けて、にこやかに語る伯父(おじ)さんの言葉で、大いに反省するのこちゃんであった。


見た目が(いか)つくても、たぶん良い人なのだろう。


それでねと、伯父(おじ)さんは、新しい職場(しょくば)が日本に決まったから、しばらく日本に腰を()えて仕事をする(むね)を続けて明るく語った。



「学校は楽しいかい?」


「え?あ、はい、友達もいますし…ので」


「そうか……」


伯父(おじ)さんは、少し考える様に間をおいてから、居住(いず)まいを正し、のこちゃんの目を見て再び話し始めた。


「弟がどういった世界にいて、それが原因で(おさな)い君を残して()ってしまった事は重々(じゅうじゅう)分かっているつもりだ」


「……はい」


「それでもだ。

君が君自身の意志で剣持(けんもち)の名前を、弟を()てないでいてくれて、私も(うれ)しい」


「そんなつもりは……お父さんの事、嫌いじゃないですし」


事実、お母さんが()くなって以来(いらい)、お父さんが毎日ご飯を作って、一緒(いっしょ)に小さな食卓(しょくたく)(かこ)んでいた(ころ)の感覚は、今でも楽しい思い出としてのこちゃんの中にあり続けている。


のこちゃんにとってのお父さんは、それが全部(ぜんぶ)なのだ。


(まわ)りの大人はともかく、素朴(そぼく)に、やくざ者だった云々(うんぬん)の話をのこちゃん自身が気にした事は無かった。


「勝手な物言(ものい)いとも分かっている。ただ、その気持ちに私も(あれ)の兄として何か(こた)えたいんだよ」


のこちゃんが鉄骨を思わせる強面(こわもて)(ひょう)した顔を少し悲しげに(ゆる)ませると、伯父(おじ)さんは、のこちゃんに対してぺこりと頭を下げた。


「本当に何か困った事があれば、必ず私に相談して欲しい。

伯父(おじ)として、何処(どこ)にいてもきっと駆けつけて君の力になってみせるよ、(とら)()!」


「あの、できれば、"のこ"と呼んでください」


「あっ、そうなんだ………そうか、すまないっ」


中二女子の複雑な心境(しんきょう)垣間見(かいまみ)伯父(おじ)さんであった。



――――――――――――――――



「そんで、その伯父(おじ)さんとは、どっか遊びに行ったりしたのか?」


「ううん。ファミレスで少し世間話してから帰ったよ。

新しい仕事関係で、挨拶(あいさつ)(まわ)りがあったみたいだし」


「へー、そうなんだ」


休日明けのお昼休み、学校の屋上で宿福(すくね)(くだん)の遊びに行く話しをするついでに、伯父(おじ)さんとの初顔合わせについて、突然で(おどろ)いた心情(しんじょう)(まじ)えつつ報告するのこちゃんである。


「飛び石になっちまったけど、のこのゴールデンウィークは、なかなか刺激的(しげきてき)なスタートになったな」


けらけらと笑いながら宿福(すくね)茶化(ちゃか)すと、正直な所ポッと現れた親戚(しんせき)であるし、伯父(おじ)さんとか言われても(いま)だにピンと来てもいないので、のこちゃんとしては、まあねぇと(かわ)いた笑いで流すしかないのだが。



そうこうしている内に、行楽(こうらく)提案者(ていあんしゃ)である愛茅(まなち)が合流してきた。


2年生になって三人ともクラスが違ってしまったので、一寸(ちょっと)したおしゃべりがしたくても、こうして待ち合わせなければならないのは面倒(めんどう)な話である。


「やぁ、おまたせ」


「あっ、まなっちゃん!」


「言い出しっぺが(おせ)ぇじゃないかよ、まなち」


「いやぁ、悪い悪い、すくねちゃんご指名(しめい)のひなちゃんを引っ張ってきたんだよ」


そう言うと、愛茅(まなち)はすっと体を横にずらし、自分の背中に隠れる様な挙動(きょどう)をしていた 宇須(うす)陽菜(ひな)宿福(すくね)とのこちゃんに見せた。


不意に二人へ自身の姿をさらされた陽菜(ひな)は、一瞬固まる仕草を見せた後で愛茅(まなち)に背を押され、おっとっととバランスを(くず)し気味に前へ出た形となった。


「ああ、ひどいよ、まなちゃん」


「いやいや、何をそんなに警戒(けいかい)するのかとね」


(ひか)えめな性格を象徴(しょうちょう)する様に、小さな声で愛茅(まなち)非難(ひなん)する陽菜(ひな)である。


陽菜(ひな)は、(まゆ)が細く切れ長な目と、輪郭(りんかく)がすっきり(ととの)った顔の持ち主であり、なかなかの美形とのこちゃんは思う。


身長はのこちゃんより高めで全体的にやせ形でもあり、ともすればほっそり系美少女と認識(にんしき)されてもおかしくないものの、そのおとなしさの所為(せい)か学校内で(まった)く目立っていない。


サラサラとした(くせ)のない黒い髪は肩胛骨(けんこうこつ)程度(ていど)にまで()ばしていて、普段から頭の後にゴムやシュシュでまとめている。


たまに眼鏡姿(めがねすがた)披露(ひろう)するのだが、愛茅(まなち)の情報に()れば伊達(だて)らしい。


「け、剣持(けんもち)さん、大賀美(おおがみ)さん……コンニチワ」


「何か、(かた)いんだよなぁ、ひなちゃんは」


愛茅(まなち)苦笑(くしょう)していると、宿福(すくね)がニンマリとした悪い笑顔で身を乗り出す。


「おー、うす、こうやって顔つき合わせんの久しぶりだなっ」


「ひぃ、ヒサシブリナノカナ」


「本当、二年生になってから全然(ぜんぜん)会えなかったんじゃない?、陽菜(ひな)ちゃんっ」


「ソウダッタカシラ」


「最近、何かあたしらの事、()けてただろ~」


「サケテマセンヨ」


「まなっちゃん、陽菜(ひな)ちゃんの様子がおかしいよ」


「ありゃあ、確かにひなちゃん(こわ)れているなぁ」


「コワレテナイヨ」


(こわ)れているかどうかは()(かく)、屋上の片隅(かたすみ)に呼び出されて(かこ)まれているか弱い少女の図に相応(ふさわ)しく、どうやら変な緊張(きんちょう)をしているらしい陽菜(ひな)である。


「そう言えば、陽菜(ひな)ちゃん、まなっちゃんと一緒じゃないとあまり(しゃべ)らないから、話すの苦手なのかも」


「ソウカモ」


「へー、そうだったのか」


「ん?でもひなちゃん文系が得意(とくい)だから、よくクラスの友達から分からない所を質問されたりすると、流暢(りゅうちょう)に分かり(やす)解説(かいせつ)しているのだけどなぁ。

横で聞いていて感心するくらいだよ」


「ああ、まなちゃん、せっかく丸く(おさ)まりそうだったのに……」


一瞬、のこちゃんの提唱(ていしょう)した仮説(かせつ)を信じそうになった宿福(すくね)の顔が引きつる。


「うす、おまえ…」


「まぁ、宿福(すくね)ちゃんはヤンキーじゃないけど、男兄弟の中で育ったから中身が男の子みたいで、陽菜(ひな)ちゃんレベルのザ・女の子からするとキンチョーするのかもね!」


すわと宿福(すくね)が、眼光(がんこう)(するど)くのこちゃんに向き直る。


どうやら、のこちゃんは、宿福(すくね)地雷(じらい)を思い切り()()いたらしい。


「おー、うすの前に、まずシメなきゃならないヤツがここにいたか」


うっすら笑っている様で目が(まった)く笑っていない宿福(すくね)がジリジリと距離(きょり)()めれば、それに合わせてのこちゃんもジリジリ後へと下がる。


「あっ、今のはケアブレイキングドーンの宿敵(しゅくてき)、ドゥームチャムケアっぽかった!」


「だから、見てねぇっつってんだろ!しかも、それ悪役じゃねーかっ」


「知ってんじゃんっっ」


のこちゃんが宿福(すくね)に追いかけられて屋上を走り回っている様子を見ながら、愛茅(まなち)が再び苦笑(にがわら)いしていると、陽菜(ひな)がポツリと(つぶや)く。


「だけど、緊張(きんちょう)するのは本当なのよね」


「そうなのかい?」


愛茅(まなち)が続きを(うなが)すと、陽菜(ひな)は、少し間を置いてから話し始めた。


「………わたしと剣持(けんもち)さん、小学校が同じなの知っているでしょ?」


「ん、前に聞いたね」


剣持(けんもち)さんが転校してきてしばらくすると、()くなったお父さん(がら)みで(うわさ)が広がってね……」


「ああ」


「今考えると本当にばからしいのだけれど、本人も危ないヤツだって、誰も積極的(せっきょくてき)剣持(けんもち)さんへ近づこうとしなかった」


「実は、ただのチャムケア好きなのにね」


愛茅(まなち)の軽い冗談(じょうだん)にふふふと少し笑った後、陽菜(ひな)は目を()(まゆ)をひそめた。


「当時のわたしは、その(うわさ)に乗ってしまったのよ」


「………」


(なさ)けないやら()ずかしいやらで、こういうのも黒歴史(くろれきし)っていうのかしらね……

剣持(けんもち)さんの前に立つと、どうしてもあの(ころ)の自分を思い出してしまう」


だから彼女が苦手と言うよりも私自身の問題ねと陽菜(ひな)が話を()めくくると、愛茅(まなち)も小さく(いき)()き出した。


「ひなちゃんは大人だね」


陽菜(ひな)が本当に苦手とするならば無理をさせられない上に、のこちゃんと宿福(すくね)とも仲が良い愛茅(まなち)にとっては、あまり軽い話でもなくなる。


それもどうやら杞憂(きゆう)に終わったので、ホッとしたのだ。


「まぁ、のこちゃんには、気を(つか)わせちゃった様だけどね」


「やっぱりそうなのかな?」


「そりゃあ、すくねちゃんの気にしている事なんて、熟知(じゅくち)してるだろうしさ」


「ふむむ」


ああそうだと愛茅(まなち)が思い出した様に陽菜(ひな)提案(ていあん)する。


「そういえば、春のチャムケア映画に行きたがっていたから、付き合ってあげたらどうかな」


「チャムケアかぁ………私も"ローリンゲット!チャムケア"辺りで見なくなっちゃったから」


「かなり、最近のタイトルな気がするのだけど?」


「主人公が鳥社(とりやしろ)(ひな)っていってね、同じ名前だから一寸(ちょっと)気になって?」


「いや、知らないよ」


愛茅(まなち)がのこちゃんと宿福(すくね)の方へ視線を戻すと、まだおいかけっこは続いていた。



(ちな)みに、ケアブレイキングドーンとドゥームチャムケアとは、宿福(すくね)視聴(しちょう)していたという『スマッシュチャムケア!』の翌年に放送された『ハードチャレンジ!チャムケア』に登場するキャラクターだ。


なので、のこちゃんは、見ていないと言いつつ宿福(すくね)も多少気にしていたなと()んでいる。


「やはり、宿福(すくね)ちゃんのチャムケア復帰の(みゃく)は、あり得ない話ではない?!」


(せま)り来る宿福(すくね)魔手(ましゅ)をかわしながら、そんな事を考えていたのこちゃんである。


つかまったら、髪をぐしゃぐしゃにされるに違いない。



――――――――――――――――



のこちゃんの通う中学校は地元の公立で、家からも遠からず近からずな場所にある。


急な傾斜(けいしゃ)などの無い土地であり、通学には、舗装(ほそう)された平板(へいばん)な道を行くだけで、これといった困難(こんなん)さも無い。


生徒たちの着用する制服(せいふく)は男女とも濃紺(のうこん)のブレザースタイルで、いかにもな公立の凡庸(ぼんよう)な中学生像を体現(たいげん)して見せていた。


凡庸(ぼんよう)さで言えば、元より(おのれ)のそれを自覚しているのこちゃんが埋没(まいぼつ)するには、もってこいの環境(かんきょう)なのかも知れない。


もちろん、率先(そっせん)して、埋没(まいぼつ)するつもりはない。


ただ、のこちゃんとしては、埋没(まいぼつ)していようといまいと、それなりの成績をキープして家族を安心させつつ、チャムケアを堪能(たんのう)して楽しく生活さえ出来ればそれで良いのだ。



朝は、少し早めに起床(きしょう)して体力作りのランニングをこなした後、学校へ行く前に祖母の手伝いで朝食の支度(したく)に参加するのがのこちゃんの日課である。


とは言え、日曜日の朝と同様に食器を並べたり使用した食器を洗ったりするのがお手伝いの中心で、料理そのものには祖父母やきょう姉さんから祖母に(まか)せてはどうかと一度ならず言われてから参加をしていない。


お手伝いを始めた当初(とうしょ)は料理もたくさん手伝っていたし、祖母も色々と手ほどきをしてくれたはずなので、ふと疑問(ぎもん)に思ってたまに自分で作った物を食してみるのだが特にマズい訳でもない。


機会のある(たび)、のこちゃんの方から料理を手伝うと(もう)()ても、眉毛を八の字にした祖母に問題ないとやんわり(ことわ)られるのも引っかかる。


実に不可解(ふかかい)なものの、家事に関して祖母が手練(てだ)れである事は間違(まちが)いないので、もう深く考えるのを止めてしまっていた。


毎日、美味(おい)しい食事にありつけるのだから、確かにのこちゃんには何も問題ない。


そう言えば、生まれてこの方、食事をまずいと感じた事もないので、(われ)ながら大したごはん運ではないか?とのこちゃんは思う。


この先も、是非(ぜひ)そうあって欲しいものだ。



食卓(しょくたく)の準備が整うと、のこちゃんは祖父母と共に自分の席へと着く。


きょう姉さんは、早番(はやばん)の人が急に来られなくなったとかで、(すで)出勤(しゅっきん)してしまった。


職場(しょくば)から(たよ)られているのだなと、のこちゃんは、趣味(しゅみ)邁進(まいしん)しつつ仕事でも活躍(かつやく)するきょう姉さんに尊敬(そんけい)(ねん)(きん)()ない。


それはともかく、祖母の作る料理は何でも好きなものの、何気ない朝食のベーコンエッグが特にお気に入りである。


世間(せけん)では、カリカリに焼いたベーコンを至上(しじょう)とする風潮(ふうちょう)が強いと聞く。


しかし、祖母の焼くベーコンはジューシーで焼き肉の様な仕上がりにも係わらず、油のしつこさも無いのだ。


()げ目のない黄身がトロリとした素朴(そぼく)な目玉焼きに合わせると、これこそが奇跡(きせき)のマリアージュであるとのこちゃんは確信(かくしん)している。


あれマリアージュってどういう意味だっけ?などと思いつつも、のこちゃんが好きな事を知っている祖母が毎朝作ってくれるベーコンエッグを、今朝も(うれ)しそうに(ほお)ばるのであった。


「本当に、美味(おい)しそうに食べるよなぁ」


祖父が、のこちゃんの様子を微笑(ほほえ)ましく見ながら(つぶや)く。


「ええ、そこまで(よろこ)んでもらえると、作り甲斐(がい)もあるわ」


そう続ける祖母も、(うれ)しそうな顔をしている。


のこちゃんは、もぐもぐと咀嚼(そしゃく)しながら、祖父母の言に満面の笑顔で返すのみである。


美味(おい)しいものを美味(おい)しくいただく事こそが、最大の讃辞(さんじ)心得(こころえ)ているのだ。


「のこちゃんが(うち)に来てから、もう7年…か。

中学二年生とは、早いものだねぇ」


祖父の言葉に、祖母も(うなず)いている。


つられて、のこちゃんも口をもぐもぐさせながら当時の事を思い出す。



のこちゃんが佐橋(さはし)(いえ)に引き取られて、こちらの小学校に転校したのは一年生の梅雨(つゆ)の時期であった。


あの(ころ)は、しとしととそぼ()る雨の中を、毎日一人でえっちらおっちら下校していた印象が強い。


どこで知られたのか、転校してしばらくは亡くなったお父さんのやくざ者の(うわさ)に同級生から距離(きょり)を置かれてしまい、お友だちができなかったのである。


(もっと)も、おとうさんに悪い思い出の無いのこちゃん自身が、特に(かく)そうともしていなかったのだが。


そもそも、家族の職種(しょくしゅ)やその仕事内容に(くわ)しい子供が、のこちゃんの(まわ)りにはあまりいなかった事もあるだろう。


どこそこで働いているらしい(など)漠然(ばくぜん)とした認識(にんしき)(とど)まり、その先は特別気にならないという、のこちゃんもそんな子供たちの一人だったに過ぎないのだ。


どんな出自(しゅつじ)肩書(かたが)きがあろうとも、子供の見ている世界では、親は親である。


「ごはんをいっぱい食べて、大きくなったわよねぇ・・・」


しかし、そんなにこやかに見守り続けてくれる祖父母には心配をかけそうなので、当時から子供心にも決してぼっちを(さと)られまいと思っていたのこちゃんだった。


良い(めぐ)()わせもあり現在では、宿福(すくね)愛茅(まなち)陽菜(ひな)といった友だちも増えて、そんな気負(きお)いも無くなった。


これ以上は、毎日美味(おい)しいごはんも食べられているとなれば、チャムケア以外の何を求めるというのだろう。



「のこちゃんは、名前を変えるつもりは、今の所無いのよね」


何気なく祖母が言う。


もちろん、のこちゃんの意志は()らいでいないので、小さく(うなず)くに(とど)めた。


「でも、もし変えたくなったら、すぐに言ってね?」


もう一度のこちゃんが小さく(うなず)くと、祖母は微笑(ほほえ)みながら別の話題に()()える。


そして、その朝、二度と改名(かいめい)について()れられる事は無かった。



――――――――――――――――



春に三日(みっか)の晴れ無しとは言うものの、()ける様な晴天(せいてん)(めぐ)まれた気持ちの良い朝である。


しかし、その(あたた)かな春の陽射(ひざ)しに包まれながらも、とぼとぼと登校するのこちゃんの足取りには元気がなかった。


今朝(けさ)の様な何気ないやり取りをして、祖父母は、恐らくきょう姉さんも(ふく)め、やはり自分の名前について思う所があるのだろうなと(さっ)してしまうのだ。


これからも、()(ちち)(はは)との(つな)がりを象徴(しょうちょう)する名前であるから、改名(かいめい)しないという意志は()らがないだろう。


ただ、それを(おのれ)のワガママと(とら)えてみれば、自分の事を良くしてくれている家族に悪い事をしているのではないか?


お世話になっている人への(おん)(あだ)で返すなと教えられた、お父さんの言いつけに(そむ)いているのではないか?


そんな、恐れに近い疑問(ぎもん)が浮かんでしまい、もやもやと気分が上がらないのこちゃんなのだ。


だから何となく、まっ()ぐ学校へ向かう気にもなれず、のこちゃんは普段の通学路から(はず)れて少し遠回りな道を進んでしまっていた。


いつも遅刻しないようにと時間に余裕(よゆう)をもって登校しているので、多少の遠回りくらいは問題ない。


少し歩きたい、そんな日もある。



そこは地元の主要(しゅよう)駅へと続く広めの道で、車道と歩道が頑丈(がんじょう)そうなガードレールに()ってカッチリと()み分けされている、所謂(いわゆる)バス通りだ。


スーパーや総合病院もその通りにあるので、おつかい(など)では、のこちゃんもよく来る(あた)りだった。


ただ、生活する上ではお馴染(なじ)みではあっても、学区から(はず)れ気味な事もあり、のこちゃんの通う中学校からするとあまり関係がない方向である。


歩道には、洒落(しゃれ)意匠(いしょう)のブロックが()()められ、街灯(がいとう)の柱と共に等間隔(とうかんかく)で木が植えられている。


盛夏(せいか)にあっては、()(しげ)った葉が強い陽射(ひざ)しを(さえぎ)って木陰(こかげ)を作り出す様にと、安心感を主眼(しゅがん)設計(せっけい)されたものだろう。


昼間は地元の子供たちが楽しそうにかけまわる姿を散見(さんけん)できる場所なのだが、朝ともなれば、通勤(つうきん)通学の人たちや自動車(くるま)往来(おうらい)もそこそこ多いため、それなりの喧噪(けんそう)となる。


そろそろ適当(てきとう)(かど)()がって本来の通学路へ復帰(ふっき)しないとなぁと、ぼんやり考えながらのこちゃんが歩いていると、不意に(あら)げた女性の声が耳へ入ってきた。


のこちゃんが声のする方向へ視線を向ければ、歩道が交差(こうさ)して少し広くなっているスペースで、自分と(とし)の変わらない制服姿の女子(じょし)が何やらスーツ姿(すがた)の男性ともめている模様(もよう)である。


男性は、30代くらいのサラリーマンであろうか、手にしたスマホの時計をチラ見しながら忌々(いまいま)しげだ。


よく見てみれば、その女子(じょし)はのこちゃんと同じ制服(せいふく)を着ており、(うしろ)にランドセルを背負(しょ)った小学校低学年くらいの小さな女の子を男性からかばう様に立っている。


小さな女の子はひたすらオロオロしており、どういう事情(じじょう)か分からないものの、このまま放って通り()ぎるのも(ちが)う気がするのこちゃんであった。


と言うよりも、行動指針(こうどうししん)をチャムケアに影響(えいきょう)されたのこちゃんの(たましい)が、なるべくなら正義を(おこな)えと自身へ欲求(よっきゅう)しているのかも知れない。


宿福(すくね)に子供向け作品による情操教育(じょうそうきょういく)成果(せいか)を見て感心していたのこちゃんもまた、チャムケアにしっかり教育されていた訳である。


子供向け作品、(あなど)(がた)し。



「スマホ見ながら歩いてたんだから、あんたの方が悪いに決まってるだろっ」


「君たちにはまだ分からないかも知れないが、こちらも遊びでスマホをチェックしていた訳じゃない」


「あの……あの、わたしが悪いんです………」


のこちゃんが何気なくを(よそお)ってそろりそろりと近づくと、三人の物言(ものい)いがハッキリと聞こえてきた。


どうやら、スーツの男性と小さな女の子がもめ事の中心らしい。


つまり、男性へ食ってかかっている(いさ)ましい同中(おなちゅう)女子は、この女の子の援軍(えんぐん)を買って出たらしいと、おおまかな状況(じょうきょう)見出(みいだ)すのこちゃんである。


なるほど、所謂(いわゆる)"ながらスマホ"で女の子に気がつかなかった男性がうっかりぶつかってしまったのなら、()められるべきは男性の方だろう。


のこちゃんの正義感が()()うべきポイントは、ハッキリと把握(はあく)できた。


とは言え、(べん)が立つ頭脳派(ずのうは)でも(うで)(ぷし)の強さを(たよ)って勝ち気にふるまえる(わけ)でもないのこちゃんに、直接的(ちょくせつてき)加勢(かせい)は無理がある。


"(ちから)なき正義は無力(むりょく)(なり)"とは、よく言ったものだ。


のこちゃんがどうしたものかとその行動を(にぶ)らせていると、オロオロしていた所為(せい)か、足下(あしもと)をふらつかせて(ころ)びそうになる小さな女の子の姿(すがた)が目に飛び込んできた。


「あ…」


「あぶないっ」


吃驚(びっくり)してとっさに手をのばし、のこちゃんは、女の子を(ささ)える事に何とか間に合えた。


些細(ささい)と言えば些細(ささい)な事なのかも知れない。


しかし、例え無力(むりょく)な自分ではあっても出来る事があったのなら、無関心(むかんしん)のまま通り過ぎなくて良かったと胸をなで下ろすのこちゃんである。


「だいじょうぶ?」


のこちゃんはそう呼びかけると、ポカンとしている女の子の体勢(たいせい)を、よっこいしょと(もと)(もど)してやる。


女の子は、特に顔色も悪くない様なので、単純に足をもつれさせただけなのだろう。


「あ、ありがとうございます………」


(われ)に返った女の子が、顔を真っ赤にしつつも、満面(まんめん)の笑みでお礼を言う。


どういたしましてとのこちゃんが笑い返すと、気が(ゆる)んだのか、女の子は笑い顔から少し(なみだ)目になってしまった。


あららと思いながら、このくらいの子だと集団登校するはずだよねと気がついたのこちゃんは、その辺りで登校仲間が遠巻(とおま)きにしているのではないかと(まわ)りを見渡すと、ほっとした表情でこちらを見ていた同中(おなちゅう)女子と目があった。


大人にも気後(きおく)れしないその勝ち気な印象が、のこちゃんの中で少しばかり(やわ)らぐ。


同中(おなちゅう)女子はのこちゃんにニヤリと笑いかけると、再び男性に向き合って、口論(こうろん)再開(さいかい)させた。


「スマホの画面に気を取られて、こんな小さな子にぶつかっておいて、(だい)大人(おとな)(あやま)りもしない。

仕事か何か知らないけど、それはあんたが自分で決めて、自分の意志で進んだ現在(いま)状況(じょうきょう)だろ。

それでいっぱいいっぱいになった所で、それはその選択(せんたく)をしたあんた自身の問題だっ」


堂々(どうどう)と男性に言い放つ同中(おなちゅう)女子に、のこちゃんは自分に出来ない事と感心しつつも、ん?と何か()(かか)かるものを(おぼ)えていた。


「中には自分勝手な選択(せんたく)傲慢(ごうまん)選択(せんたく)もあったかも知れないけど、(ほとん)どはその時の最善(さいぜん)選択(せんたく)してきたんだろ。

って事は、現在のあんたは、あんた自身の最善(さいぜん)で出来ているはず。

その最善(さいぜん)の姿が、自分のふがいなさを棚上(たなあ)げにして小さな子に()び一つ入れられない、そんな情けないもんであんた自身は良いのかよっ」


「なっ………」


ちなみに、いま(うめ)いたのは、のこちゃんである。


(とう)の男性は、まくしたてている同中(おなちゅう)女子を(だま)って凝視(ぎょうし)していた。


「自分勝手な選択(せんたく)傲慢(ごうまん)選択(せんたく)(ふく)めて、あんたが自分で選んだ、あんた自身なんだよ。

だったら最後までしっかり責任(せきにん)を取れよな!」


間違(まちが)いない。


多少アレンジされているとは言え、『スワイプチャムケア!』にあったセリフだとのこちゃんは確信した。


「ケアビースティ…」


あれは、物語の終盤(しゅうばん)敵幹部(てきかんぶ)一騎打(いっきう)ちになった時、選択(せんたく)(こだわ)りを持つケアビースティが、敵幹部(てきかんぶ)からお前は選択(せんたく)間違(まちが)えたなと()さぶりをかけられた際、負けずに言い放った熱いセリフである。


「スワイプチャムケア…」


思わずケアビースティの名を(つぶや)いてしまったのこちゃんと同時に、あろう事か、女の子の口からも同様の(つぶや)きが()れた。


おたがいの(つぶや)きに気がついたのこちゃんと女の子は、ハッとして顔を見合わせる。


小さな女の子ならば、チャムケアシリーズくらいフツーに見るだろうと思うのは早計(そうけい)である。


長いシリーズ物にありがちなのだが、(はた)からではタイトルが(ちが)えどどれも似通(にかよ)っていて大差(たいさ)の無い様に見えて、その(じつ)、それぞれテーマから作品世界まで(まった)くの別物であり、例えファンであっても(すべ)てを把握(はあく)し切れていないケースも(めずら)しくない。


ましてや『スワイプチャムケア!』は、のこちゃんがリアルタイム視聴(しちょう)し始めた『Joy!フロイラインチャムケア』の数年前に放送されたタイトルであり、この女の子が自然にテレビで"たまたま見る"にしてもそれなりのハードルがある。


だが、この女の子は、同中(おなちゅう)女子の(げん)に対して、一発で引用元の作品を特定(とくてい)して見せたのだ。


(したが)って、女の子にチャムケアに対する確固(かっこ)とした探求心(たんきゅうしん)があると、のこちゃんは刹那(せつな)に理解できた。


「……チャムケア、好きなんだね」


「え……あ、はい」


女の子が、再び顔を真っ赤にして、少しはにかみながら(うなず)く。


まさしく、同志発見(どうしはっけん)瞬間(しゅんかん)であった。



「まさか、リアルJC(じょしちゅうがくせい)から、その言葉を聞かせられるとは思わなかったな」


それまで同中(おなちゅう)女子に()められていたスーツの男性は、苛立(いらだ)った様子をひっこめて、真摯(しんし)な態度で話し始めた。


(きみ)の言う通りだ。()しケアのセリフで叱咤(しった)されて、自分の間違(まちが)いに気付かされた」


「はっ?」


戸惑(とまど)同中(おなちゅう)女子をよそに、男性は続ける。


「"もしかしたら本当に間違(まちが)った選択(せんたく)をしたかも知れないけど、それも(ふく)めてあたしの本心、あたしの選択(せんたく)、本当のあたしなんだ!"

良いセリフだよね」


何とスーツの男性は、(くだん)の回でケアビースティが敵幹部(てきかんぶ)へ放ったセリフを、かの名言を(そら)んじて見せた。


こんな所にもチャムケア好きが、しかも大人の男性がいるとは、立て続けの"同好(どうこう)()"との邂逅(かいこう)驚愕(きょうがく)したのこちゃんである。


(ぞく)に言う"(おお)きなお友だち"ってやつだろうかとのこちゃんがあれやこれや思いを(めぐ)らせていると、男性は、同中(おなちゅう)女子の背後(はいご)に位置する女の子の方へ向かって深々(ふかぶか)と頭を下げた。


「こちらの不注意で、(きみ)(あぶ)ない目に合わせてしまった。本当にすまないっ」


「あっ、いえっ、わたしも(まわ)りをよく見ていなくて、ごめんなさいっ!」


そうだ、チャムケア好きに悪い人はいないのだと、のこちゃんは(あらた)めて確信(かくしん)する。


一方(いっぽう)(うしろ)()わされていたのこちゃんと女の子のやり取りをぼんやり聞いて、よもや速攻(そっこう)のネタ(もと)バレで顔を赤くしていた同中(おなちゅう)女子は、思いがけない男性からの追い打ちで流石(さすが)にいたたまれなくなってしまった。


ワカレバイインダヨッと小声(こごえ)で言い捨てると、そそくさとその場から足早(あしばや)退散(たいさん)していった。


(あわ)れ、義侠心(ぎきょうしん)からせっかく小さな女の子をかばったのに、かなり残念な結末である。


彼女がそんな状況(じょうきょう)とはつゆ知らず、知らない(かお)だったものの、同中(おなちゅう)ならばいつか学校内でチャムケアを語れるかも知れないと、(うれ)しい期待(きたい)でいっぱいになるのこちゃんだった。


つづきます。

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