04 のこちゃんと森の武神様?
保存食を食べ終わり、のこちゃんが汲んできた水筒をあおって一息つくと、幼い少女シマユリは落ち着きを取り戻した。
取り戻したは良いのだが、眠気も同時に襲ってきた模様で、そのままコテンと寝てしまった。
岩と岩の間にできた場所でも、シマユリの小さな身体が横たわるには、十分なスペースがある。
水辺側からの視線を制限できるとは言え、天よりそそぐ陽光を遮るものは無く、文字通り空からは丸見えの場所である。
その分、ぽかぽかして、安心感があるのだろう。
湖を渡る風が、広がる水面をざっと波立てる。
明るい所で見ればやはり焦げ茶っぽいシマユリのざん切り髪も、ここまで届いた空気の揺らぎに応えて、そよそよとなびく。
確かに、寝台代わりの岩が厳つい事をのぞけば、お昼寝したくなる要素はそろっていた。
「ありゃりゃ、疲れちゃってたかぁ」
『ふむ、まだ詳しい事情は解らぬものの、あのような奥地へ独りで辿り着いたのならば無理もあるまい…のこ』
間もなく寝息を立て始めたシマユリを見守りつつ、のこちゃんは周りを警戒するために、ティハラザンバーの感覚を研ぎ澄ます。
シマユリの言っていた"白い人"とやらが、ずっと気に掛かっているからだ。
水を汲んでいる時も、よくあるシチュエーションとして湖から何か出てきそうだったので、周囲への注意を怠らなかったのこちゃんである。
ただ、浅瀬付近には、不振なものどころか小魚一匹すら見かけなかった。
毒を持つ生き物は、警戒色と言われる派手なカラーリングをその身に纏う例が多いため、見た目で他の生き物から敬遠され易い。
もしかすると、キラキラと目立つティハラザンバーにも、そんな効果があったのかも知れない。
しかし、目的を持って動く知性のある敵が相手となれば、かえって良い目標になるとのこちゃんは思う。
「やっぱり、追われてるんですかね?」
シマユリの寝顔を見ながら、のこちゃんは、呟く様に言った。
『年端もゆかぬ者が家族と別行動している時点で、それに近い状況なのだろうよ…のこ』
思いがけず、家族や友人たちと楽しく暮らす世界から引き離されてしまった己の立場に照らし合わせて、のこちゃんには、その辛さがよく分かった。
ましてや、幼いシマユリである。
いかにティハラザンバーの姿が目立つのだとしても、このまま放っておく事などできない。
「そうですよねぇ………」
のこちゃんは、"魔刃殿の本拠地にある装置とティハラザンバーとの相性が悪いらしい"という、己の生存戦略にとって緊急かつ最重要そうなトレーナーからの話を、まだしっかり聞けていないままであった。
大事な話だからこそ、話す事に夢中となれば、周りへの意識は散漫になる。
その結果、致命的な後れを取ってしまう可能性くらいは、容易に想像できた。
犠牲になるのはシマユリなのだ。
あんな深い森の中で不意に矢を射掛けられたらならば、ティハラザンバーの目を以て攻撃の予兆に気がつく様な術がない限り、それは現実のものとなっていただろう。
本当に敵だったのか、あの射手たちの思惑こそ確認できなかったものの、考慮しておくべきなのは間違いない。
今は、シマユリを武神様に引き合わせるのが先決だった。
けれど、そうなればそうなったで、余計に具体的な対策は欲しい所である。
「あの、見ただけじゃ分からない敵の場合なんですけど、襲われてからやっつける以外で事前に正体が分かる方法とかって、本当に何かありません?」
やはり、豪快聖女の危機対処術を参考にするのは、のこちゃんでは荷が勝ちすぎる。
できれば、教えてもらった攻撃の軌道を予測できる"揺らめきの流れ"の様な、分かり易くそれでいて特殊な目安などがあると正直ありがたいのだが。
『ふむ、強いて言うのなら、怪しいとにらんだ相手を油断せずに徹底的に疑い続ける事くらいだろうか…のこ』
一瞬、ああそれネットで炎上するヤツと思ったものの、何より聖女と呼ばれる人の姿勢としてそれはどうなの?と、真顔になってしまったのこちゃんである。
『余の経験上、そうして特定した者が襲って来なかった試しは一度たりとも無かったのだから、この上なく確実な方法であろうよ…のこ』
かつての聖女様は、偏見や勝手な決めつけなどではなく、その鋭い才覚から巧妙に隠された敵意を無意識で感知していたらしい。
要は、分かっちゃうんだからしょうがないである。
のこちゃんは、それが余人が決してマネできない離れ業である事と同時に、どうやらこの件に関してトレーナーからの解決案が期待できそうにないと、すぐに得心がいった。
「あっ、はい………(だったら、できるだけ早く武神様を見つけるしかないのかなぁ)」
とは言え、ティハラザンバーの目が揺らめきの流れを捉えられるのならば、何れのこちゃん自身にも隠された見えないものの気配を分かる時が来るのかも知れない。
そうなってくれれば本当に助かるのにと思いつつ、先ずはシマユリが目をさますのを待って、知っている事を聞き出す所から始めるしかないのだろう。
幸い、睡眠欲の無いのこちゃんは、もらいお昼寝の危険も無いままティハラザンバーの感覚へ意識を集中させた。
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しばらく経っての事である。
寝台代わりの岩の上でシマユリが何度か小さく寝返りを打った頃、のこちゃんは"それ"に気がついた。
ティハラザンバーの感覚で何かを掴んだらしく、警戒心が胸でざわめくのを自覚する。
集中するために閉じていた目がカッと開き、ピンと立った髭が微妙にふるえ、耳がハタハタと動く。
感じたものを探ろうとして意識をそちらの方向へやると、のこちゃんにもティハラザンバーを通じて、ぼんやりと何かがこちらへ近づいてくる様子が分かった。
「ん?」
その数は一つ。
それほど速いスピードで移動してはいない。
湖の方向からかと思えば、弧を描いて大回りしているらしいため、岸に沿っての事なのだろう。
時々停止したりもしている模様で、緩慢な動きだ。
ちょっとしたレーダーみたいだなとティハラザンバーの感知能力に感心しつつも、のこちゃんは、その何者かに訝しむ。
「何だろう、コレ………」
『ふむ、向こうもこちらを探りつつ、正体を見極めようとしているといった所であろうよ…のこ』
トレーナーの解説にそうなんですねと納得したのこちゃんであるのだが、いや、それだとここの位置がバレている事じゃないですかと、一転、慌てふためいてしまった。
やはり、シマユリを追っていると思しき者に見つけられたのだろうか。
「シマユリちゃんをおこして、すぐここから離れましょう!」
『動揺する前に、相手の様子をよく観察するのだ。
せっかく向こうの動きが掴めていても、自ら混乱してしまっては、うまく事を運べなくなるだけだろうよ…のこ』
もしもそれが敵であったならば尚更であろう?と、トレーナーに窘められたのこちゃんである。
己の事だけならともかく、シマユリの安全こそが肝心なので、一瞬のこちゃんは迷った。
「………それもそうですね」
観察するって言われてもなぁと、無茶振りされた気分ではある。
しかし、のこちゃんは、まだ視界に入ってさえもいない相手へ、すぐに意識を戻す。
促されるままに"揺らめきの流れ"を捉えられる様になった、これまでの経緯があるからだ。
あれがなければ、ティハラザンバーで戦ってこられなかったのは明白で、矢を射掛けられた時シマユリを救う事もかなわなかったに違いない。
ティハラザンバーになってしまったこの現状を生き延びるためにも、トレーナーの話は聞いておくに越したことはないという、言ってみれば、のこちゃんの信頼の証なのだろう。
もっとも、天才肌故の豪快さだけは、聞いた所でへーと受け流すしかないのであるが。
先ほど森の中で見た狩人の類なら、人間とさして変わらない大きさだと思うので、ティハラザンバーで直接的な対処はできるだろう。
しかし、魔刃殿に攻めてきた翼の怪物の様な存在だと、のこちゃんの実力でシマユリの安全を守りながら戦うのは不安しかない。
のこちゃんは、近づいてくる相手の気配を追いながら、そんな事を考え始めた。
気のせいかも知れないものの、その相手から伝わって来る存在感が、狩人のそれより大きな印象なのである。
「もしかしてトレーナーさんなら、気配だけでこれが人間か怪物かなんて、分かったりは………」
『ふむ、現役当時ならばいざ知らず、しかも初めての地とあっては経験が生かせぬ故に、まるで分からぬな…のこ』
それもそうかと、のこちゃんは思う。
剣持虎の子であった自分もティハラザンバーとして一から始めているのだから、それは、かつて歴戦の聖女であったトレーナーであっても同じなのだ。
しかも、放りこまれた現場は未知の世界である。
先達からの情報で知識を得て判断材料とするのも大事だが、狭い視野を切り開いて世界を広げるために、行動して経験する事もなおざりにできない状況と言えた。
『シュテルン★フンケルトチャムケア』の主人公ケアシュテルンならば、てらスゴ~っ★とか口癖を言いながら、興味津々な前のめりの姿勢で臨む所だろう。
となればである。
「周りにはこの気配しかいないみたいだから、いっそシマユリちゃんをここに隠して、こっちから見に行こうと思うんですけど…どうですかね?」
のこちゃんは、打って出る事にした。
どうせ観察するのであれば、直接その姿を視認してから、この後どうするのかの判断をつければ良いはずなのだ。
『先ず、相手を識る事からか…なるほど、余に異存はないぞ…のこ』
トレーナーが反対しなかったので、シマユリをここへ残して行くリスクも少ないのだろうと、のこちゃんの考えに拍車がかかる。
眠っているシマユリをおこさない様に、小さな声で待っててねと囁いた後、ティハラザンバーの身体は音も立てずに岩の上へと跳躍した。
かなりの瞬発力で一気に飛び出したにも係わらず、不思議と風切り音さえ立たなかった。
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のこちゃんが行動を開始すると、相手の気配は、逆に動きが止まった。
目的は、こちらが一方的に、接近して来る相手を視認する事である。
なので、さすがに正面から一直線で向かう訳にもいかず、身を隠そうと湖を囲む木々の間へ紛れ込んだのだが。
「………バレてる感じですかね?」
『ふむ、あの様子ではな…のこ』
結局、視認そのものは簡単にできた。
気配の相手は、湖畔に沿って開けた土地を堂々と移動していたため、だいぶ遠くからでもその存在が見てとれたのだ。
のこちゃんがイメージで捉えた怪物そのままの大きな体で、二本足で歩き、直立した胴体から上に頭が、左右から太い両腕が突き出ている。
それは、所謂"人型"であり、文字通りの巨人だった。
身長4メートルくらいはあるであろうティハラザンバーでさえも、近くへ行けば仰ぎ見るに違いない、聳え立つその背丈である。
青黒い岩の鎧で全身を覆い、腰には鞘に収められた剣を佩くという、厳つい武者の様な風体となっていた。
とは言え、その鎧を形作るついでに剣も岩から削りだした感じなので、単なる装飾の意匠なのかも知れない。
頭部には、中央に岩を左右へ割って空けた所があり、のっぺりとした黄土色の顔がのぞいている。
目と口に当たる3箇所には、細く小さく横長に穿った様な穴があけられていて、いかにも顔といった印象だった。
3つの何かが逆三角形にそろっていると人の顔に見えるシミュラクラ現象などではなく、意図的な造形なのだろう。
のこちゃんが社会科の資料集で見た埴輪の写真、"挂甲の武人"だったかが近いかも知れない。
その無機質な顔が、ティハラザンバーの潜む、林立した巨木の影へ向けられていた。
「こっちを見てますもんね」
『あれは、戦闘巨人の一種であろうかな?…のこ』
そう言えば、この作戦へ参加する前にベニアが読み上げた仕事の依頼の中で、戦闘巨人の排除作戦みたいな内容があった事を、のこちゃんは思い出した。
戦闘巨人について周りへたずねた所、人工的に造られた無機物の怪物で、剛力無双と自らの破損を厭わない操り人形といった旨をザックリ説明された。
トレーナーはその知見から思い当たるものがあった模様で了解していたのだが、のこちゃんの場合、ちょっとした巨大ロボくらいの理解に落ち着いている。
中二女子に巨大ロボへの理解はハードルが高そうなものの、日曜日の朝と言えばチャムケアシリーズと同じ放送枠である特撮ヒーロー作品のシュープリム戦団シリーズとフルヘルムナイトシリーズにも造詣が深いとあり、さしたる問題はない。
何より、当のチャムケアシリーズには、『TUGって!チャムケア』のケアマハールというアンドロイドのチャムケアも存在している上に、『スワイプチャムケア!』の主人公ケアパピーも敵の魔法アイテムで巨大ロボにされてしまったエピソードがあるくらいなのだ。
人が乗り込むタイプであろうと、自立しているタイプであろうと、イメージはバッチリである。
「多分、そんな感じですね!」
のこちゃんは、確信をもってトレーナーの言葉に相づちを打った。
相手が造られた存在らしいと分かったからだろうか。
その佇まいは確かに機械的で、周りに人工物が溢れている現代人感覚だと、あまり脅威性を感じない。
いや、闊歩する謎の無機物系巨大物体が自分をガン見してきたら、脅威以外の何者でもないはずなのだが。
ただ、ジッとこちらを窺っている様子は、獰猛に襲ってきた翼の怪物と違い、静かすぎて拍子抜けしてしまうのも事実である。
何れにせよ、この先、シマユリと行動を共にするつもりなので、事を荒立てて敵を増やしたくはない。
パスできるものはパスしたい、それが、のこちゃんの本音であった。
『どうするのだ、一旦引くか?…のこ』
すでに、気配の本体を視認するという、当初の目的は達成されている。
トレーナーの提案はもっともな反面、これからも埴輪の巨人が理由が分からないままに追いかけて来るのであれば、どうにかして撒いておきたい所でもあった。
「そうですねぇ………」
次の行動で迷ったのこちゃんが無意識にティハラザンバーの身体を強ばらせると、埴輪の巨人は、片足をズイとすり足で前へ動かし体の方向を変える。
顔だけに留まらず、ティハラザンバーへと正面から全身を向き直らせた形だ。
厳つい姿から推し量れる体重に加え、力が下半身へ供給されたのだろう、ズシンと足下の地面が揺れた。
どう見ても、臨戦態勢を取っている。
「え?!急にどうしたんだろ…」
突然の異変としか言えない状況に不意を突かれたのこちゃんは、むしろつられて動いてはいけない気がして、更に身体を強ばらせた。
すると、埴輪の巨人もそれに合わせる様に、腰に下げていた剣を抜く。
彫刻された飾りの剣かと思っていたので、抜剣そのものにも驚いたのだが、この明かな敵対行動に、のこちゃんは動揺した。
様子を窺っていただけで、こちらからは何も仕掛けていない。
それなのに、どんどん状況が悪くなってしまう様なのだ。
もしかすると、ティハラザンバーとは別の何かがあるのかも知れない。
こうなれば事の推移を見極める必要があり、原因がハッキリするまで、無闇矢鱈に動く訳にはいかないだろう。
のこちゃんは、うっかりティハラザンバーを誤動作させまいとして、全身に必死な力を込めた。
『ふむ、この身体には、力ませる事で、かつての大ティハラが敵を威嚇していた様な圧力を発する構造があるらしいな…のこ』
「へ?」
遂に、剣をかまえた埴輪の巨人が、鬼気迫る雰囲気でジリジリと前進を開始ししてた。
『大ティハラは、圧力を操って萎縮させるなり、敵への牽制をしていたと記憶している。
そんなものを不躾に当てられれば、何者であろうと、警戒されるのは当然であろうよ…のこ』
ここへ来て、新しいティハラザンバーの怪人能力的なものが発覚した。
ただでさえ凶悪な姿にも係わらず、更に攻撃的な雰囲気を出して、威圧する力とでも言うのだろうか。
のこちゃんは、泣きっ面に蜂という諺を思い出していた。
どうやら異変の切っ掛けは、ティハラザンバーが仕掛けたものだったらしい。
しかも、のこちゃん自らが、そんな怪人ムーブを何度もかましてしまったのだ。
またしても、怪人生への罠が、のこちゃんを取り込もうと触手を伸ばして絡め取りにきたと言える。
もはや、それは振り払えぬ宿命なのかも知れない。
「そういう事は、もっと早く言ってくださいよぉ!」
のこちゃんは、慌てて全身の力を抜いた。
ティハラザンバーが、ふにゃりと手近な巨木へ寄りかかる。
『もしやと検証を重ねて、たった今、分かったのだ…のこ』
「………………………………っ」
そこは、一からティハラザンバーをやり始めた、のこちゃんとトレーナーである。
事に当たっている者がそろって手探りな場合、いざ現場で動き始めてみれば、問題点は相応に浮かび上がってくるもの。
本当なら、のこちゃんがもう少しお姉さんになってから体験するかも知れなかったオープニングスタッフあるあるとは言え、現時点では一つ一つ問題を解決して前へ進むしかない。
トレーナーも、自分と同様に未知の状況で物事へ対応してゆかねばならず、戸惑っているのかも知れないと気がついた事をのこちゃんは思い出した。
しかも、それらは全てのこちゃんのためであり、知らずにとは言え実際やらかしたのも自分なのである。
要するに、のこちゃんは、返す言葉もなかった。
「うぅ、そうでしたかぁ」
巨木の幹にふにゃふにゃと寄りかかったまま、ティハラザンバーの目が潤んでいた。
何をやっても裏目に出る様な、ダメな感じが満ちてゆく。
しかし、こんな時にでも、切り替えていこう、ドンマーイと、脳内では歴代のチャムケアたちが励ましてくれている。
だからこそ、のこちゃんは何度でも立ち上がり、前を向いて顔を上げられる。
何度でも言おう、チャムケアは絶対に挫けないのだ。
それはそれとして、一応のこちゃんがティハラザンバーを脱力させたからだろう、埴輪の巨人は動きを止めていた。
だが、その臨戦態勢は維持されたままである。
いつでも、まだ見ぬ敵へ斬りかからんと、かまえた剣に力が漲っている様子だった。
『それで、どうするのだ…のこ』
改めてトレーナーに問われ、のこちゃんは、気を取り直して考えを巡らせる。
埴輪の巨人は、のこちゃんがそうであった様に、ティハラザンバーの動向を最初から感知していたらしい。
そして、この場から動いていない所を見ると、どうも積極的にシマユリを狙っている訳ではなさそうである。
それでも、ティハラザンバーがどこへどう動こうと追跡して来そうな気がするため、ここで戻るのは、シマユリをかえって危険な目にあわせてしまうかも知れない。
のこちゃんは、もう打って出て来たのだからと、この場で事態を収拾させる決心をした。
「えっと、前へ出ますっ」
『分かった…のこ』
先ず、隠れたままでは、現状をどうにもできないだろう。
だからと言って、こちらから挑発した形になってしまった以上、埴輪の巨人の前へいきなり飛び出したりすれば戦闘開始まったなしである。
繰り返しになるものの、パスできるものはパスしたい、それが本音なのだ。
のこちゃんは、可能ならばここからでも友好的に、最低でもつけ狙われないていどに凪の関係性へ持っていきたかった。
もう二度と会う事もないでしょうがこれで失礼しますと、お互いが穏やかに、別の方向へ歩き出す結末がベストである。
そのためには、埴輪の巨人に怒りを鎮めてもらい、その臨戦態勢を解かねばならない。
そこで思い出したのは、怖がるシマユリを落ち着かせた実績のある、"たまたまそこにいた動物さん"作戦であった。
彼我の体格差を考えてみても、何だ 猫 (特大)だったかで済む可能性は、少なくないのではないだろうか。
そう考えたのこちゃんは、ティハラザンバーの姿勢を低くさせ、巨木の根もとに群生する背の高い藪を利用して、その中からひょっこり顔だけ埴輪の巨人に見せた。
もちろん、あざとく首を傾げる仕草も忘れてはいない。
その刹那、横なぎの斬撃がティハラザンバーの顔へめがけて駆ける。
埴輪の巨人が、力任せに剣を振り抜いたのだ。
その暴威に、藪は丸ごと吹き飛び、巨木の一部もえぐれてしまった。
命中したならば、大ダメージ必至のツッコミだったと言えるだろう。
ただ、ビックリしたのこちゃんは、すんでの所でティハラザンバーを飛び上がらせ、巨木の幹に取り付いて難を逃れていた。
「あ、あれぇ?!?」
『何をしているのだ?…のこ』
確かに、トレーナーの疑問は、ごもっともである。
まだまだ、ティハラザンバーの凶悪な姿に自覚が足りない、のこちゃんであった。
それでも、そんな些細な状況判断ミスを反省している暇はない。
割と巨木の高い位置に取り付いたつもりだったのだが、まだまだ埴輪の巨人の攻撃圏内からは逃れられておらず、続けて剛腕から繰り出される剣がティハラザンバーへ迫っていたからだ。
間近で見れば、巨体に相応しいその大きな剣の剣身は、しっかり金属製らしく青みがかった光沢を放っている。
「わっ」
全身の筋肉を瞬時にハネさせ、ティハラザンバーは、別の巨木へと飛び移った。
その刹那、背後から再び幹がえぐられたと思しき、強く鈍い音が響く。
危機感から、飛び移った先の幹を蹴って、もっと高い位置へとティハラザンバーに更なる上昇の跳躍をさせる。
いくら林立しているからといっても、巨木と巨木の間は、それなりに開いていた。
そのため、埴輪の巨人が剣を振り回す事にさほど支障はなく、いかに逃げ回ろうと果敢に狙ってくるのだ。
巨木から別の巨木へとジグザグに跳躍して避け続けても、剣には剛力が込められているとあって、その切っ先がかすっただけで全身を持って行かれそうな勢いである。
振られた剣が宙を斬る風鳴りだけで、さながら暴風の域だった。
ティハラザンバーの動体視力と俊敏性がなければ、Gよろしく、早々にスパーンとやられていたかも知れない。
時間にすれば瞬く間だったにも係わらず、そんな激しい攻防の中で剣の軌道を必死に見極めながら、のこちゃんは、ようやく埴輪の巨人の攻撃圏内より脱っする事ができた。
それでも、まだギリギリの位置である。
なりふり構わなかったからとはいえ、頭を下にして巨木の幹にへばりついている姿が本当にGぽいなと、ティハラザンバーの口からは小さく乾いた笑いがこぼれた。
剣が届かなくなった埴輪の巨人は、それでも隙を見逃すまいと、こちらの様子をジッと窺っている。
「あ、危なかった………」
安心するのはまだ早いものの、一息つけた事で、少し冷静に埴輪の巨人を観察できたのこちゃんである。
そこで、また一つ異変に気がついた。
「って、何で?!」
あろう事か、ティハラザンバーが戦わざるを得ない際には、いつも頼りにしていた"揺らめきの流れ"が埴輪の巨人から見えなかったのだ。
そう言えば、あれだけ散々攻撃されたのに、まったく視界には捉えられていなかった。
いや、よく思い返してみれば、のこちゃんのボケに対するツッコミの様だった最初の一撃から無かったのである。
我ながらよく無事に済んだものだと、のこちゃんは、変な感心をした。
もちろん、すわ大問題発生とばかりにトレーナーへ事情を説明する。
『ふむ、戦闘巨人といった心を持たない造られた類のモノからは、力の道筋を見出す事は叶わぬだろうよ…のこ』
「まじですか…」
『あれは、手足を使った攻撃であろうと武器であろうと方術であろうと、行使する者がどうしたいかという意志の顕れなのだから、決められた動きを命じられたまま行うだけの存在に発せられる訳がない…のこ』
だからこそ、戦いに巧みな者になれば単純な手数に加えて虚偽の意志を紛れ込ませられるという厄介さもあるので、その都度、臨機応変に対するしかないのだとトレーナーは締めくくった。
こうなると、先ほど勢いで躱し切ったあの大きな剣から、今後も逃れ続けられる自信は無い。
現在、のこちゃんの埴輪の巨人に対する率直な感想は、"係わったらヤバい"である。
「引けば良かった………」
もう、脅威を感じないとか思っていた頃が懐かしい、清々しいほどの後の祭りであった。
とは言え、係わってしまったからには、何らかの決着が必要だろう。
このまま、巨木の高い位置を伝って逃げたとしても、追跡されるのは目に見えている。
それでは、シマユリとの合流も難しい。
この状況を打破するために残された手段は、だいぶ限られている。
のこちゃんは、今度こそアプローチを間違えない様にと、頭をフル回転させた。
「………あっあっ…あのーお!、ちょっと良いーですかー?!」
ティハラザンバーを巨木の幹にへばりつかせたまま、のこちゃんは、眼下の埴輪の巨人へ呼びかけた。
そもそも、こちらには敵意が無い上に、意図していない挑発行為が原因での戦闘など不幸な事故である。
そんな行き違いを正すのであれば、先ずは、やらかしたこちらから謝ってみるしかない。
身体を力ませない様に注意しながら、のこちゃんは、気合いを入れて呼びかけ続けた。
「ちょーっとー、良いーですかー!?!」
埴輪の巨人は、相変わらずこちらの様子を窺ったままの姿勢で、微動だにしていない。
「わーたーしーはー、たーたーかーうーつーもーりーがー、あーりーまーせーんーっ」
のこちゃんの呼びかけも、聞こえているのか不明だ。
こんな事をしても、もし埴輪の巨人が予め一定の動きをインプットされているだけな単純構造のロボ系だったとしたら、全く意味はないかも知れない。
「…もしかして、言葉が通じないのかな?」
不安が、のこちゃんの弱気の頭をもたげさせる。
『ふむ、神器である白銀兜には、意思の疎通を補完する御力が備わっているのだ。
生前の余が、天空の女神様の天啓に導かれ、その御心のままに地上の安寧を脅かすあらゆるモノと戦い討ち滅ぼす旅をしていた事は話したであろう?…のこ』
「え?あ、はい、聞きました」
『その行く先々で、現地の者に細かな話を聞かねばならぬし、協力を仰がなければなぬ事が常となれば、一々その土地の言葉を習得している余裕はない。
事態が切迫している場合も、少なくなかったのでな…のこ』
読み書きは兎も角、言葉を持つ相手ならば人であろうと"ああいったもの"であろうと何とかしてしまう御力なのだと、トレーナーは誇らしげに語った。
言われてみれば、トレーナーはもちろん、魔刃殿の面々と言葉で不自由した事がない。
のこちゃんは、少しだけなものの、ティハラザンバーの能力に希望を抱いた。
「分かりました。
自分を信じて、続けてみますっ」
『失敗を恐れず思いついた事は、幾らでも試すが良い。
その助けとして、余は存在しているのだ…のこ』
自分とトレーナーそして天空の女神の神器を信じて、のこちゃんは、再び埴輪の巨人へ向き合った。
こちらに戦う意志のない事を訴えかけ、この場を何としても収める覚悟を決めたのだ。
のこちゃんは、魂から呼びかけるつもりで、渾身の声を発した。
「ゴオオオオォォォォアアアアァァァァァァァァァ!!!!」
ティハラザンバーの叫びが空気を震わせ、巨木の大森林に響き渡り、湖の水面を激しく揺らす。
まさしく、伝説にその名を馳せし魔に与する神獣・大ティハラが吠える声、その再現と言えた。
ひろがる鳴動の余韻が、世界を支配する。
『ふむ、咆吼してどうするのだ?…のこ』
そりゃそうですよねと、巨木の幹からずり落ちそうになるのを身体が力まない様に必死にこらえつつ、のこちゃんは、文字通り開いた口がふさがらないでいた。
もちろん、ティハラザンバーの目も潤んでいる。
このタイミングで、更なる怪人能力的なものが発現するとなると、やはり怪人生へ誘う宿命が良い仕事をしているのだろう。
のこちゃんがやっぱり何も信じない方が良いかもと思い始めた所、埴輪の巨人に変化が起こった。
その手に持った大きな剣をスーッと持ち上げ、頭上のティハラザンバーへ切っ先を向けると、ピタリと止めた。
何事かと、固唾をのんで身構えてから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
「オマエハ、コドモヲ、サライ、アヤメタ…ケッシテ、ユルセル、モノデハナイ………」
埴輪の巨人がハッキリと喋ったのである。
続きます。




