03 のこちゃん、抱える
もうろうとしていた意識がハッキリした場合、人は先ず、自らが置かれた状況を確認するものだろう。
それが自宅や自室での事であり、身体にもこれといった支障がなかったならば、いったん安堵する所である。
その意味では、気がついたら巨木が群生を誇るあまり陽も地面へほとんど届いていない薄暗い見知らぬ森林に独りでいましたなど、もってのほかに違いない。
見渡す限り、そもそも巨体のティハラザンバーからしても、勢いよく伸びに伸びた数え切れない巨木がひしめきあっているのだ。
それぞれの枝からは、葉が鬱蒼と生い茂り、空を遮っている。
そのため、上の方でこそ光が葉の間からキラキラとこぼれているものの、地表では、陽光の恩恵をほとんど受けられない。
湿気を帯びた地面から厳つい根っこが顔を出し、縦横にはしって、歪な舗装の様になっていた。
申し訳ていどに背の低い雑草が生える他には、石くれが散見されるくらいだ。
こんな環境ならそれなりにありそうな動物や鳥の気配どころか、虫の一匹も飛んでいない。
まさしく、地の底といった趣である。
どうしたらこんな場所にポツンといる羽目になったのか、これまでとこれから全ての方向へ不安しかない己を端的に現している様だと、のこちゃんは頭がはたらく様になってから先ずガッカリした。
状況がここまで突き抜けていると、逆に何だコレというおかしさがこみ上げて、はははと乾いた笑いを小さくもらしてしまう。
そう言えば、ティハラザンバーに異変が起こった時、トレーナーはこうなってしまった原因を分かっている様子だったので、後で説明を訊かなくてはならないだろう。
ただ、のこちゃんの目の前では、悲嘆に暮れるよりも優先すべきと思しき事態が発生している。
それこそ、こんな地の底の様な場所にあって、年端もいかない人間の子供が独りで助けを求めてきたのだ。
さすがに、頼られた年長者としては、気を取り直さざるを得ない所だろう。
辺りを見ても、文字通り林立する太い樹の幹と木陰をこれでもかと折り重ねて作り出された薄暗さが広がるばかりで、子供の保護者や仲間の姿は無かった。
のこちゃんが視覚に意識を集中すれば、薄暗かろうと遠くにある幹の樹皮まで見分けられるので、人影がないのは確実である。
子供の様子からは、かなり行き詰まっての行動と見受けられた。
年齢は、5~6歳だろうか。
汚れているのか、浅黒い顔には、焦げ茶とも取れる黒っぽい髪が短めのざん切りでのっかっている。
じっとティハラザンバーを見つめる、茶色い瞳の大きな目が特徴的だった。
のこちゃんは、その子供をうっかり潰さない様に注意しながら姿勢を低く動かし、顔を寄せて話を聞く事にした。
やはり、ちゃんと子供とお話しする場合、お互いの目の高さを合わせるのは基本だろう。
もちろん、怖がらせない様に笑顔も忘れない。
「こんにちわっ」
「ひいぃ………」
しかし、子供はその場で腰を抜かしてしまった。
『ここで牙をむいてどうするのだ…のこ』
トレーナーに窘められ、のこちゃんは相手が人だったので、つい自分も元の中二女子である剣持虎の子のつもりになっていた事を自覚する。
「ああっ………」
そう言えば、トレーナーには姿が無いとあって、人間を相手に話すのも久しぶりなのだと変な感慨を抱く。
などと、悠長に構えている場合ではない。
すっかり青ざめ、引きつった顔でその子供は、ティハラザンバーを凝視するばかりである。
真に恐怖して尚、周りにも助けを求められない状況に置かれたならば、弱者は悲鳴を上げるでもなく竦んで固まるしかないのだ。
のこちゃんは、慌ててティハラザンバーの顔を子供から離す。
「ごめんねっ、おどろかすつもりは無かったんだよ!」
まだまだ、ティハラザンバーの凶悪なルックスに、自覚が足りないのこちゃんである。
仕方なく、低い姿勢のままで這いずりながら少し距離を取り、ティハラザンバーの視線を子供のそれへ合わせて待ってみる事にした。
気持ち、背の高い雑草の叢があったので、そこへ身体を隠す様に沈め、ひょこっと頭だけ出す。
あごが地面についてしまうが、もうしょうがない。
ただ、これなら可愛いまでいかなくとも、敵意なく"たまたまそこにいた動物さん"な感じへ印象を落とし込めるのではないか?という打算もある。
時折、ちょっと小首を傾げて、あざとい仕草の演出をつけてみたりする。
チャムケア好き独特の感性で、黄金色は、あざとイエローに通ずの精神なのだろう。
もちろん、余人には通じない文脈である。
とは言え、そのていどでティハラザンバーの威圧感が緩和される訳でもないので、そういう所が自覚の足りなさをよく示していた。
『ふむ、獲物を狙って、地に伏している様にも見えるぞ…のこ』
「うぐ………………………………」
それでも、しばらくすると子供が落ち着きを見せ始めたので、のこちゃんは恐る恐る会話を試みた。
「………君は、迷子になったのかい?」
子供は、伏し目がちに、ティハラザンバーを見つめながら小さく首を振る。
「そうかぁ………迷子じゃないなら、この森に住んでるのかな?」
再び小さく首を振る子供に、まぁ、そう言ってるわたしも迷子みたいなものだけどねぇと詮無い事を思いつつも、のこちゃんは根気よく話しかけた。
「じゃあ、他所からここまで、独りで来たのかな?」
ここで、やっと子供はこくりと頷く。
「そ、そうなんだねぇ」
一瞬、あれ、この森ってそんなに深くないのかな?と、困惑してしまうのこちゃんである。
何故なら、小さな子供の足では、それほど活動範囲が広くないと容易に想像できるからだ。
子供の格好は、素朴な野良着の上にすり切れた毛布の様な物を外套にしているだけで、よく見れば荷物も持っていない。
恐らくは、普段の生活からその姿であり、着の身着のままというやつなのだろう。
しかし、ティハラザンバーの感覚に拠れば、この見知らぬ森林の規模は、なかなかの大きさだった。
現に、のこちゃんが視覚をいくら集中してみた所で、どの方位にも巨木の群生にはその果てが見通せない。
それにも係わらず、子供の生活圏は、ここではないと言う。
ならば、そんな簡素な姿で、小さな子供が独りで旅をしてきたのだろうか。
いったい、どうやって?
子供の様子からも嘘を吐いているとも思えないので、のこちゃんの困惑は、強まるばかりである。
「むう~っ………」
のこちゃんは、あごを地面にのせた姿勢のまま、頭を抱えた。
見た目が厳ついティハラザンバーのそんな様子が面白かったのか、子供は、くすくすと笑い始めた。
「む?」
見れば、その瞳にも光が戻っている。
どうやら、先ほどうっかり怖がらせてしまった失敗を、多少は拭えたのかも知れない。
せっかく受けたらしいので、頭を抱えたポーズをしたまま、のこちゃんは話しを続けた。
「あー、それで君の名前は、何ていうのかな?」
そのティハラザンバーの様子がまた面白かったのか、子供の笑いがヒートアップしてしまった。
のこちゃんが地の底と評した暗い森に、子供の明るい笑い声が転がる。
会話が続けられないものの、萎縮してしまっているよりは良いかと、のこちゃんも一緒に小さく笑う。
それから、しばらく笑った後で子供は、自分の事をシマユリと名のった。
――――――――――――――――
シマユリは、少しだけ自分の事を話してくれた。
「え、女の子なの?じゃあ、シマユリちゃんだねっ」
「あい」
こことは違う森に囲まれた山間の小さな村で、両親と暮らしているらしい。
話を聞いていた途中でトレーナーが"シマか…"などと呟いていたものの、特に言葉を挟んでくる事も無かった。
もちろん、その間もティハラザンバーは、叢の中に突っ伏した低い姿勢で、頭を抱えるポーズのままである。
シマユリも腰を抜かした場所で、足を投げ出す形のまま自然に座っている。
和んだ空気になったと見たのこちゃんは、話しを本筋へ戻した。
「シマユリちゃんは………どうして、どうやって、この森に来たのかな?」
移動手段が分かれば、両親なのかどうかは不明なものの、保護者なり仲間なりの取っ掛かりが見えるかも知れない。
やはり、こんな軽装なのだから、独りでここまで辿り着いたにせよ、何らかの補助はあっただろうとのこちゃんは思う。
それに、ティハラザンバーの様なバチバチバーッと光って気がついたらここにいましたなどと、そんな不調法な理由がそうそう転がっているはずもない。
少なくとも、トレーナーに問い質してみるまでは、訳が分からないままである。
「…ぶしんさま」
「?」
「おれ、おっかあからきいた、もりのぶしんさまを、さがしにきた」
期待に満ちる瞳でティハラザンバーを見やるシマユリに、のこちゃんは、そこに勘違いがある事に気がついた。
恐らく、シマユリは何らかの理由から、この大森林にいるとされている何者かを頼ってきたのだろう。
その相手をティハラザンバーと思いこんだに違いない。
当然ながら、ここへは、のこちゃんも来たばかりで該当するはずもないのだが。
「そうなんだね………………」
のこちゃんは、当初それがシマユリの親戚か何かと思ったものの、だったらティハラザンバーと間違えるはずもないと、すぐにその考えを却下した。
自分が頼るべき者の事を、シマユリ自身もよく知らないのだろう。
「ぶしんさま、なんだろ?」
藁にもすがる様な面持ちで、シマユリは訊いてきた。
のこちゃんとしても、そんな希望に添いたい気持ちは山々である。
「………あのね、シマユリちゃん、わたしもこの森は今日が初めてなんだよ」
「え…」
しかし、のこちゃんは、誤魔化さずシマユリに本当の事を告げた。
例え相手が小さな子供でも、間違った空っぽの期待を、そのままにしておく方が不誠実だと思うからだ。
ただそうは言っても、その何某かを目指して幼いシマユリがここまで旅して来たのだとすれば、さすがに無碍にも出来ない。
「だから、一緒に探してみようか」
トラブルでたまたま居合わせただけにせよ、それも何かのご縁に違いないであろうし、何よりチャムケアの魂を自主的に受け継いだ者としては、ここでシマユリちゃんの力になれなければ乙女の名折れだよ!と言う所だろう。
ちなみに、乙女云々の出典は『スカウトチャムケア♯』の主人公、ケアメルティの決めゼリフからである。
「………それじゃダメかな?」
期待はずれな事を言われ、少なからずショックを受けたシマユリは、落胆を隠さなかった。
それでも、のこちゃんの申し出はアリだった模様で、こくりと頷く。
「良かったぁ、あたしの事は、の………ティハラザンバーって長いか、好きに呼んでね!」
何言ってんだコイツ的な表情をしつつも、シマユリは、あいと小さく返事をした。
「(それにしても、ぶしんさま?…武神様かな?)」
言われてみれば、シマユリが最初に話しかけてきた時にそんな事を言っていたなと思い返していたのこちゃんは、ふと目に映った"それ"が何なのか一瞬理解できなかった。
トレーナーが力の道筋と称し、のこちゃんは揺らめきの流れと捉えた、攻撃する者が対象に向けて発する意志の軌道。
それが、シマユリの小さな身体へ向けて、彼方より線を結んでいる。
『のこ!』
トレーナーの注意喚起がのこちゃんの中で響いた時には、ティハラザンバーの身体も弾ける勢いで地を蹴っていた。
何が起きたのか分からぬままポカンとした表情のシマユリと揺らめきの流れの間を絶つ様に、白銀の装甲に覆われたティハラザンバーの太い腕が差し込まれる。
その刹那、薄暗い森林に三つの金属音が大きくこだました。
阻むものさえ無ければ、一息で三射という必殺の矢飛びが、正確に的中したのだろう。
手練れの射手による攻撃と思われた。
間に合ってホッとしたのも束の間、周りから幾つかの揺らめきの流れに捉えられている幼いシマユリの姿に、のこちゃんは瞠目する。
囲まれているなら、考えている暇はない。
「ごめんね!」
飛び出した勢いまかせに、のこちゃんは、ティハラザンバーの身体を宙で捻って体勢を整えると、シマユリを掻っ攫った。
シマユリの身体を小脇に抱えたまま、巨木を頼りに、真上へと音もなく跳躍する。
ただし、枝がぶつかったりするとシマユリが危険なので、かなり力を抜いたジャンプである。
間髪入れず、地上スレスレに複数の飛来物がシマユリのいた辺りで交差した気配を、ティハラザンバーの感覚が察知した。
「あっぶな…」
のこちゃんが肝を冷やしている間も、シマユリはポカンとした表情のまま、小荷物扱いに甘んじている。
丁度ティハラザンバーを支えられそうな太い枝を見つけたので、樹の幹にシマユリを抱えていない空いた手をついて上昇の勢いを殺しつつ、良い感じにぶら下がる。
念のため、射手の動向にも注意をしていたのだが、こちらへ追撃の行射は無い模様だった。
『ふむ、囲みは浅い様だな…のこ』
果たして、シマユリをそれと分かって狙ったのか、先ほどの笑い声を何かの獲物と勘違いしたのか………
「微妙ですよね」
一応確認をしたところ、矢が当たった白銀の装甲には、傷一つ付いていなかった。
攻撃にそれほど威力が無かったと判断して余裕を取り戻したのこちゃんなのだが、直接シマユリが狙われているのならば、頑丈なティハラザンバーとは比べるまでもない。
のこちゃんは、慎重に視覚へ意識を集中して、上から射手たちの姿を探した。
元より害意のある相手なら、いかんともし難い。
とは言え、もしも地元民の狩人なら"ぶしんさま"について何か知っているかも知れないので、今のは不幸な事故と水に流し、いっそ素直に話を訊いてみようかとも思うのだ。
「(それも、シマユリちゃんの反応次第だけど………)」
幾つかのの人影が、しゃがんだり寝そべったりしながら樹の幹に身を隠して、周りの様子を窺っている。
どうやら、上にいるティハラザンバーとシマユリには、気がついていないらしい。
「うん?」
その風体から何れも人間の大人たちだろうと見当をつけた所で、のこちゃんは、シマユリが意外と騒いだりしない事に気がついた。
まだ呆然としたままなのかと見てみれば、抱えるティハラザンバーの腕にしっかりとしがみつき、息を殺して下の様子を窺っている。
意外と、己の置かれた状況を把握している様に、のこちゃんには見えた。
そんな視線に気がついたのか、シマユリはやおらティハラザンバーの顔を見上げると、小さな声で訊いた。
「………あの、しろいひとたちが、きたの?」
「しろいひとたち、白い人?」
のこちゃんが聞きかえせば、シマユリもこくりと頷く。
白い服でも着ているのかと思い、のこちゃんは、改めて人影たちの風体を確認するものの、地味な色合いの格好をしている者たちばかりである。
フードの様なものを被っているので顔や髪の感じが分からないものの、森林で活動するためと思しきその服装は、やはり地元の狩人なのかも知れない。
「白っぽい姿の人は、いないみたいだよ」
「………………」
「何か、他に特徴とかあるのかな?」
「わからない」
「う~ん、分からないかぁ………」
のこちゃんが、そりゃあ急に特徴とか言われても、戸惑っちゃうよねと思っていた所へシマユリは言葉を続けた。
「しろいひとたちは、みただけじゃ、わからないの」
戸惑ったのは、むしろのこちゃんの方だった。
分かった事と言えば、どうやらシマユリには、警戒すべき相手がいるらしいという背景である。
何れにせよシマユリが不安がっているのなら、敢えて危険を冒す事もないと、のこちゃんは下にいる人間たちと接触する選択肢を捨てて、その場から離れる事にした。
「どこか落ち着ける場所を見つけて、ちゃんと話を聞かないとなぁ」
『ふむ、それが賢明と思うぞ。
余の時代にも、その身を人の姿に擬態するなり、紛れ込んで来る面倒な敵が少なからず存在していたものだ…のこ』
「へー、どうやって見分けたんです?」
『擬態するのは目的あっての事…となれば、襲ってきた所を斬ってしまえば正体を現すから、それには及ばぬものだよ…のこ』
大ティハラの封印を即決した事といい、この聖女は、豪快な人生だなと思わざるを得ないのこちゃんである。
――――――――――――――――
ティハラザンバーの身体は猫系とあってか、片腕でシマユリを抱えたままでも、難なく巨木の枝から枝へと飛び移る事ができた。
その図体に似合わない速やかなる移動とあって、のこちゃんは、自分の事にも係わらず変な感心をしてしまう。
もしかすると、ティハラザンバーの身体が動き方を分かっていると言った方が正しいのかも知れない。
のこちゃん本来の身体であったなら、体力づくりで毎朝走っていたとは言え、うんていですら怪しい。
「大丈夫?怖くない、シマユリちゃん?」
時折のこちゃんが声をかけるも、なかなかどうしてシマユリは、その都度ティハラザンバーの腕の中であいと元気に返事をする。
肝が据わっているのか、こういった行動に慣れているのか気になるものの、怖がっていないなら良しとしておこうと、のこちゃんは移動に集中した。
次に飛び移る枝の選択や、シマユリがいるのだから危険がない様に周りへの注意など、意外と瞬時に判断する事が多い。
平成フルヘルムナイトシリーズではお馴染みの、"瞬瞬必生"というやつであろうか。
そう言えば、チャムケアシリーズと同じ放送枠のシュープリム戦団シリーズとフルヘルムナイトシリーズの録画もだいぶ溜めたままだったなと、余計な事を思い出していきなり気を散らすのこちゃんだった。
しばらくすると巨木の列が開けて、少し大きな湖だろうか、風に波打つ水辺へと辿り着いた。
彼岸を見やれば、やはりこれまでと変わらず林立する巨木群に囲まれている。
この大森林を抜けられた訳ではないという事だろう。
すぐに巨木の枝から飛び降りず、のこちゃんは、やはり慎重を期して周りの様子を窺った。
「多分、さっきのと同じ様な人たちは、この辺にもいますよねぇ………」
いか様な活動をしているにせよ、生き物であれば、水場は重要な生活拠点に違いない。
シマユリの言う白い人はさて置き、不用意にその生活圏へ立ち入ってまた攻撃されてしまったら、移動してきた意味がなくなる。
『ふむ、ならば岸に沿って、人が使い辛い場所を見繕うしかないだろうよ…のこ』
まあそれしかないよねと、のこちゃんは、ティハラザンバーの視力を駆使して、休憩に向いていそうな場所を岸辺に求めた。
要は、人間には難しくともともティハラザンバーなら難なく行けて、シマユリが安心して休めれば良いのだ。
間もなく、断崖絶壁とはいかないまでもゴツゴツした岩場の岸を見つけると、すぐにそちらへ向けての跳躍を再開する。
「外は、意外とまだ陽が高いんだな…」
湖に面した側は、巨木が開けているので、森林の内部と違って移動中でもそこそこ風景が見られた。
水面に陽光が反射して、キラキラと踊る様に散ってゆく。
シマユリは、ティハラザンバーの腕の中から、そんな流れる景色を眩しそうに楽しんでいる様だった。
のこちゃんが選んだその場所は、水辺に大きめの岩が並んでいて、周りからの視線をそれなりに制限できると思われた。
何しろ、陽光が反射するのは水面に限らず、ティハラザンバーの金ピカ仕様とてなかなか煌びやかに主張してしまう。
そんなピカピカに好奇心をくすぐられて、寄ってくる者がいないとは限らないのだ。
シマユリと落ち着いた場所で話すのもちろんなのだが、そういった無用の接触も現在は避けたい所である。
隠せるのなら、それに越した事はない。
岩と岩の間に休めそうなポイントを見つけたのこちゃんは、ティハラザンバーの腕からシマユリを下ろす。
「おつかれさま、シマユリちゃん、痛い所とか無い?」
「あい」
そんな返事こそするものの、シマユリは小さな岩の上にちょこんと座り込んでしまった。
のこちゃんがあれれ?と思った矢先に、クゥと小さくお腹の鳴る音が聞こえた。
「ああっ、おなか空いちゃったのかぁ」
眉毛を八の字にしているシマユリを見て、ティハラザンバーになってから忘れていた、人体の燃費の悪さを思い出したのこちゃんである。
子供であればあるほど、それが顕著だったという事も、それほど古い記憶ではない。
「食べ物、ある事はあるんだけど、シマユリちゃんの口に合うかなぁ………」
のこちゃんは、空腹の無いティハラザンバーでも非常用エネルギー源として、念のため押し入れに食料を備えている。
ただし、肉や魚といった料理や発酵食品の類だと、押し入れの中にある他の物へ匂いが移るという衝撃の事実をトレーナーから知らされて、練った穀物類を固めて焼いた様な、素朴な物しかなかった。
何やらすえた香しい双剣とかを想像すると、のこちゃんと言えども、年頃の女の子メンタル的にはさすがに看過できないのだ。
とは言え、所詮は押し入れなのだから、そんなものかという諦めもある。
もしも、非常用エネルギー源が必要となったその時、もしゃもしゃと咀嚼している余裕があるかどうかは分からない。
そのため、すぐパクつける様に小分けにした、しかもかなり厳重に包装された保存食の体になっている物を量で賄う作戦だ。
恐らくサイズ的にも、小さなシマユリに提供そのものは可能だろう。
のこちゃんは、試しに一粒分の包みを手に出してみた。
「食べられなかったら、無理しなくて良いからね?」
包みをティハラザンバーの爪で一撫ですれば、パカリと中身が顔を見せる。
ただし、ティハラザンバーにとっての一粒大でも、シマユリには違う。
それを受け取ったシマユリは、両手で持ち上げるほどの大きなパンの様なものを見た事がなかったのか、目を丸くしてから一口かぶりつくとそのまま無言で食べ始めた。
どうやら大丈夫だった模様なので、のこちゃんもホッとする。
「あ、そうだ、腰に下げているのって水筒なのかな?」
抱えて移動している時、シマユリのおしり辺りで何か筒状の物がぶら下がっている事に気づいたのだ。
シマユリは、食べながらこくりこくりと頷く。
「水が飲みたいなら汲んでくるけど、どうする?」
是非もなく、お願いされたのこちゃんは、シマユリの水筒を預かって岸辺へと降りた。
陽光に照らされて、水面とティハラザンバーが併せてキラキラしているのだが、この際はもう仕方ない。
「とっとと、終わらせよう…」
『移動中の心配りといい、意外と世話焼きなのだな…のこ』
水際にしゃがみ込んだティハラザンバーが摘んだ小さな水筒を壊さない様に注意して取り扱っていると、トレーナーが感心した声で話しかけてきた。
のこちゃんは、シマユリの事で後回しにしていたこの現状について、今の内に少し尋ねておこうと思った。
一緒に出発した魔刃殿の者たちからは、こちらがどう認識されているのかも気になる。
脱走したつもりがなくても、いきなりじっさん辺りから追われる身になれば、現在のティハラザンバーの不慣れさ具合では、早晩に詰んでしまうだろう。
同じ逃げ出すにせよ、もっと修行を積んでから!と、のこちゃんとトレーナーの方針は決まっていた。
「そう言えば、こうなった原因をトレーナーさん、分かってたんですよね?」
『ふむ、まずは件の認識票を確かめてみるのだ…のこ』
のこちゃんは、熊獣人のプレセントから渡された、細い鎖で留められているペンダントらしきアイテムの事を思い出した。
「あっ、すっかり忘れてましたよ!」
確か、腕を覆う白銀装甲の肘の部分が出っ張っているので、その隠れた腕に鎖を巻いたのだった。
「あれ、どっちの腕だったかな?」
上着の袖口を被せたはずなので、左右とも少し捲って見ると、左の肘ガードの陰から青いランプがチラリと見えた。
「良かった、ちゃんとありました」
『ランプが青ならば、プレセントとやらからは、こちらも捉えられているのだろうよ…のこ』
トレーナーは、皆と隔絶した場所に来ていない証拠なので、恐らく突発的な事故とみなされているだろうと予想を語った。
それならば、しれっと被害者ムーブのまま、回収してもらえるかも知れない。
「それで、原因は何だったんですか?」
『ふむ、発動してみて分かったのだが、魔刃殿の本拠地にある黒っぽい巨大な半球体だ。
あの装置が、人や物を別の場所へ瞬時に送迎させるのは、この身をもって分かったであろう?…のこ』
言われてみれば、あの飛ばされる感じはそういう事だったのか。
そう納得しかけたのこちゃんなのだが、それだけだと、ティハラザンバーがバチバチバーッとなった理由にはならない。
『しかし、"アレ"はそれだけの代物ではない。
そして、ティハラザンバーとの相性が悪かったという事だろうよ…のこ』
「え、相性ですか?」
一度は、あの巨大半球に、魔刃殿のラスボスがいると思ったのこちゃんである。
例えそういった物ではなかったとしても、魔刃殿を象徴する意味では、文字通り組織の中心に位置している存在に違いないだろう。
そんなものと相性が悪いと言われても、全ての方向にあった不安感が具体的な茨の道になって、生き延びるハードルが上がるだけでは?と、のこちゃんはまた暗澹たる気分になった。
続きます。




