02 のこちゃん、投入される
遂に、のこちゃんの恐れていた戦場への出向が決まり、ティハラザンバーとしての傭兵活動が始まろうとしていた。
恐らく、この頑丈で高性能なティハラザンバーならば、大凡の状況下で申し分のない戦力たり得るのだろう。
しかし、何度確かめようと、中身はのこちゃんなのだ。
硬度でダイヤモンドを凌駕する外殻としてイメージできるティハラザンバーに比べれば、現代に生きる凡庸な中二女子に過ぎないそのメンタル強度などは、お箸でつままれた絹ごし冷ややっこくらいである。
いくら元伝説の白銀鎧の聖女がサポートしてくれたとしても、いざ厳しい場面に遭遇してしまえば、主にのこちゃん部分だけ鎧袖一触されてしまうに違いない。
育成組の指導者である老矛に命じられた課題は、それが、現実の脅威として眼前に突きつけられた形であった。
もちろん、のこちゃんとしても、悪の組織に加担する事無く、無難に色々とやり過ごしたいのは山々である。
それでも、翼の怪物に対峙した時と同様に、しっかりとお膳立てをされてしまっては、魔刃殿へ身を寄せるしかない以上、その提示された道を歩んで見せて己の立場を固めるしかないのだ。
少なくとも、のこちゃんがこの身体に慣れていない現状では、それが唯一の自衛策とも言える。
特別扱いしてもらえないのであれば、これからも何かある都度、己の脆弱性を考慮して行き先は自身で見極めねばならない。
ただ、そんな条件に対して、猛禽系獣人の男性から提示されたものは、どれも厳しそうである。
それでも、とりあえず依頼案件の中からのこちゃんが選択したのは、せめて誰かを救う要素があるという事が決め手となり…
【孤立籠城中の寡兵集団救出とその敵対勢壊滅作戦】
…であった。
「うう、でもいやだなぁ」
『ふむ、悪くない選択であろうよ。
行動に指針があるのは、何をするにせよ漠然と事に当たるよりも、己を見失わぬために思った以上に必要不可欠なのだ…のこ』
トレーナーは評価してくれたものの、苦肉の策である事に変わりがない。
ジャガーの獣人ベニアは、実習に出る事が楽しいらしく、嬉々として手続きを進めている。
その様子をながめながら、暗澹たる思いで、のこちゃんは無意識にティハラザンバーのお腹辺りへ手を当ててしまう。
ちなみに、ティハラザンバーに胃があるのかどうかは、空腹を感じないためよく分からない。
「そう言えば、お腹も、痛くならないからなぁ………」
「何か言った?
この受付のオッサンが、合流場所まで連れて行ってくれるらしいよ!」
手続きを終えたベニアが、顔をこちらへ向ける。
「ワシの名は、ワシオウだ。
猫系ってヤツは、気まぐれで不躾なのしかいないのか、まったく」
「あっ、すいませんっ」
初対面であろう、ベニアからいきなりオッサン呼ばわりされて不機嫌になった猛禽獣人のワシオウに、のこちゃんは思わず謝ってしまった。
やはり、日本人ムーブは無意識なだけに、如何ともし難いらしい。
ワシオウは、受付カウンターから出てくると、ティハラザンバーたちを促した。
「…まぁ良い、この案件を受託した連中の所には連れて行ってやるさ。
ワシの仕事だからな」
そうかと、のこちゃんは思う。
これは、あくまでも育成組カリキュラムの一環であり、正式に仕事を受託した者たちについて行くおまけ参加なのだ。
いざとなれば、直接戦闘に参加しないで済む方法があるかも知れない。
とは言え、それには、致命的な難点があるのだが。
「ティハラザンバーって、金ピカで目立つんだよなぁ………」
きっと、手を抜こうとしたりサボろうとすると、誰かしらに見咎められ易い仕様なのである。
『そればかりは、もうどうにもならないな…のこ』
ですよねぇと、のこちゃんは、案内のワシオウに追従してとぼとぼ歩き始めた。
その横にはベニアが続き、後からドラゴン獣人のアインとガラがついてくる。
のこちゃんたちに合流してきたアインとガラは、自己紹介と併せて、当面の間行動を共にする旨を告げてきた。
老矛からは、ちゃんと許可を取りつけてあるらしい。
のこちゃんへ積極的に話しかけてきたのは、アインである。
アインは、青と白銀のツートーンの鱗が特徴的で、ティハラザンバーより少し背が高い。
間近で見てみると、若い女性であってもドラゴン獣人らしく、ガッシリとした身体の作りが窺える。
遠目で見た時には、シャープな体つきと相俟って、そんな感じもしなかったのだが。
頭部の両側より後方へ二本ずつ青い角が伸びていて、それがアインの存在感をより大きく印象づけている。
ティハラザンバーの持つ感覚なのか、こちらを見つめるその濃い水色の瞳には、知的な光があると同時に見る者を射貫く様な強い攻撃性もおびている気がした。
のこちゃんとしては、警戒してしまうのも無理からぬ話で、もしかするとよそよそしい態度でアインに接してしまったかも知れない。
ただ、それはそれとして、アインの長い直毛の青みがかった黒髪が、『OK!チャムケア4!』に登場したシリーズで最初の青いチャムケアであるケアセオリツのイメージに合っているとくれば、知性を売りにしているのに大概の事を腕力で解決する勢いまかせのキャラだったから、アインにもそんな二面性があるのかも?と、いつもの調子で考えていた。
もちろん、ほんの少ししか話していないので、まだ、本当の所は分からない。
ガラの方は、反対にほぼ口を開かないとあって、そもそもこちらへ係わる気があるのかどうかさえも分からなかった。
頭部の左右に大きな角が一本ずつ立ち、ショッキングピンクの鱗は、部分的に薄い桃色へグラデーションしている。
どこかの王侯貴族の様に、金色の長いクセっ毛を華美に纏めた派手さと、堂々とした佇まい。
それがドラゴン獣人らしさなのか、アインと同じく若い女性との事なのだが、自尊心が高いので自分から話さないのかなと予想はできた。
それでも嫌な感じがしないのは、ガラの持つ色の取り合わせが『バシバシ!チャムケア』の主人公チャムケアである、ケアソウルのそれに近いからだろう。
ケアソウルと言えば、通っている中学校の生徒会長であり、学業の優秀さやスポーツの万能さに加えて、気が優しくて懐も深いため人望も厚いという、完璧超人などとファンから評されるほどの女傑である。
それでいて、どこか抜けていたり歌が下手だったりと、憎めない描かれ方をされた人気キャラなのだ。
のこちゃんは、決めゼリフである「このケアソウルが、あなたの根性バシバシ高めてあげる!」を心の中でガラに言わせてみたりして、勝手に好感度を上げているに過ぎない。
自分を客観的に見られるならば、かなり失礼な事をしていると分かる上に、ガラ本人には何も関係性がない事に気がつくはずである。
しかし、最初に育成組の集まりで見た"王道の桃と青"という感想のインパクトが勝ってしまい、いざ本人たちが目の前に来たとなると余計に妄想が捗ってしまうのも、のこちゃんでは仕方がない。
そう言えばケアセオリツも生徒会長だったなと、思わぬ合致の妙に、のこちゃんはひとりで合点がいっていた。
とは言え、ドラゴン獣人のクラスター、尖角兵団を率いる巨大な直立ドラゴンことベルクを思いだして、アインとガラも本質的に猛者だろうという確信はある。
ベニアと同様、ティハラザンバーの課題に便乗して、少しでも実習に出たいのかも知れない。
「…アインとガラって、お揃いの服を着るくらい仲が良いのかな?」
「あれは、尖角兵団の兵団服だよ。
入団した時期で色が違うから、白は、一番新しい団員って事だねー…」
のこちゃんが小声で訊けば、後のふたりを気にしている様子でありつつも、ベニアは説明してくれた。
ワシオウの案内に従って歩いている間、元よりティハラザンバーと同行する予定だったベニアは、急なふたりの参加に思う所があるらしくそれまで寡黙であった。
のこちゃんたちが連れてこられたのは、同じ斡旋事務所の建物の中で、件の作戦を受託した者たちが集められている待機部屋だった。
要は、よく見かける高い天井と大きな壁だけの殺風景な訓練スペースなのだが、こういった用途にも使用される多目的な空間だったらしい。
「ああ、この建物にもやっぱりこの部屋あるんだ………」
壁には、件の金属製でフラットな鏡面部分があった。
場所によって、あれがあったり無かったりするのも、何かしら意味があるのかも知れない。
「思っていたより大人数だよ、ティハラザンバー!」
ここに集まっているのは、既に現場に出て戦っている者たちばかりである。
その雰囲気に飲まれまいとしているのだろうか、一転して高揚したベニアの言葉を受け、のこちゃんは、なるべくティハラザンバーの視覚へ注力しない様に軽く部屋の中を見渡す。
作戦に参加する者たちは、個人個人で受託していると見えて、育成組よりも多種多様な獣人が数多く集結している。
大きな象の様な者もいれば、巨体の水牛らしい者にトナカイっぽい者、猿系に兎系や体が小さめのねずみ系やイタチ系、もうお馴染みの狼系や猫系の姿も見えた。
「すごいねぇ………」
総勢、ざっと百人くらいはいるだろうか。
それぞれ、武装や防具の有無に、体格の大小と格好もまちまちで、一切の統一感がない面々である。
ティハラザンバーより二回りほど小さなワシオウは、素の人間の男性で言えば、巨漢の類にあたる大きさだろうとトレーナーが教えてくれた。
それより大きなティハラザンバーになってしまった自分って…と一瞬思ったのこちゃんではあるものの、更に大きな連中が魔刃殿にはうようよいるので、それ以上考えるのをやめた。
どちらにせよ、トレーナーの提案にすがって、命を助けてもらった時に人間はやめてしまったのだ。
家族や友だちは当然としても、チャムケアに出会って更に楽しくなったこの人生を、どんな形にせよ諦められなかった。
今後、どうなるのかは、まるで見当がつかないものの………
それより、この雑然とした大所帯ならばティハラザンバーが金ピカでもフェードアウト可能では?
そう、のこちゃんが淡い希望を見出した次の瞬間、どよめきと共に参加者全員が部屋の入り口に現れたティハラザンバーを刮目していた。
所々から、おいあいつは…とか、あれが噂の…とか、何でこんな所に…とか、聞いていた以上に金ピカだな…などの囁きが待機部屋を満たしてゆく。
絵に描いた様な、"悪目立ち"の効果てきめんである。
「………だめだこりゃ」
『こうなれば、腹をくくるしかない様だな…のこ』
トレーナーの言う通り、開き直る以外の道は、のこちゃんに残されていないのだろう。
「あっ、受付のオッサンが中で呼んでるよ、行こう!」
愕然とした体で、諦観の海原に精神をひととき漂わせていたのこちゃんは、ベニアに促されて部屋の中へ足を踏み入れた。
見れば、ワシオウが手招きしている様だ。
そちらを目指して進むティハラザンバーとベニアに続き、アインとガラも待機部屋へ入った。
すると、再び参加者たちのどよめきが広がる。
この尖角兵団の新人たちは、皆に知られた存在だったらしい。
概ね珍しいもの見たさのどよめきだったティハラザンバーのそれと違い、アインとガラに対しては、ちょっとした畏怖の様な感情が混ざっていた。
「………………」
「………………」
しかし、ふたりは、そんな周りの反応を意に介さない様子である。
前を向いたままで、ティハラザンバーとベニアの少し後を、泰然自若と歩いている。
育成組には新人しかいないとしても、そんな実力者なら何故わざわざぽっと出の自分と行動を共にするのだろうと、のこちゃんは訝しむ。
のこちゃんとしては、たった今サボりづらいと実証されてしまったティハラザンバーが、よりサボれなくするために監視の目が増えた様な気分だった。
ワシオウの横には、この作戦受託者グループを取り仕切っているリーダーと思しき、大柄な男性の獣人が立っていた。
とは言え、ワシオウより上背があるものの、ティハラザンバーには及んでいない。
ずんぐりとした体型で、大きな頭に手足が太く短めなのも特徴的である。
「ん?…」
あれって熊獣人だろうかと、少し興味がそそられて、のこちゃんはついしげしげと眺めてしまった。
獣人だらけのこの期に及んで何を今さらという感じなのだが、熊が世界に通じる愛されキャラクターのモチーフとあって、少し別腹の気持ちなのだろう。
のこちゃんにも、チャムケアに出会う以前の幼女時代に多少の嗜みはあったのだ。
その格好は、オーバーオールの様な胸まで隠すズボンをはいて、前の空いた鎧の胸当てをチョッキにしている。
黒に近い茶色い毛並みの胸部には、アクセントの三日月模様が笑っているのだから、キャラ然としたいかにもな姿だ。
言葉が通じるとなれば、なおさらそれっぽくなってしまう。
もちろん、強いて言えば『ふしぎまじっくチャムケア!』に熊キャラはいるけど、どちらかと言えばテディーベアだしなぁと一瞬の検討を経てからなのだが。
『そら、また目が威嚇しているぞ…のこ』
熊獣人が少し後ずさりした様に見えたものの、のこちゃんはすかさず、こんにちはよろしくお願いしますとご挨拶をした。
結局は、最初に相手へ与える心象が肝心なのだ。
特に色眼鏡で見られている場合は、真摯に相手へ向き合う事で避けられるトラブルも少なくない。
その辺りは、小学校時代に肌で学んできたのこちゃんである。
加えて、これから向かう先でもサボりがばれた時には、多少のプラス効果があるはずとも踏んでもいた。
「あ、ああ…よろしく、ティハラザンバーだな?…」
熊獣人は、なかなか渋い声だった。
「ワシはここまでだ。
後は、こいつの指示に従え」
それだけ言うと、ワシオウは部屋を出て行く。
気を取り直したのであろう、熊獣人は、ワシオウに渡されたと思しき書類にざっと目を通した後で、ティハラザンバーに顔を向けた。
「オレは、この即席部隊の責任者でプレセントというんだが…やはり、聞いていた感じとだいぶ違うな」
「ははは…」
もはや、どんな素行が噂されているのか、努めて気にしない様にしているのこちゃんである。
気の抜けた笑いで流しておくしかない。
プレセントは、育成組から参加する他のメンバーへと視線を移してゆく。
「ベニアカーラ・ベニア」
ベニアは、受付でワシオウに接した時と同様、素っ気なく名乗った。
「アインブラウです」
「…ガラですわ」
アインとガラの名乗りも、素っ気なさではベニアと同じくらいである。
もしかすると、あれくらいのテンションが普通なのかも知れない。
のこちゃんは、あまり魔刃殿で浮かないためにも自分もそうするべきだろうかと思った所で、ひとつの引っ掛かりを覚えた。
「(ですわ…って言ったな!?)」
のこちゃんがガラに想定していたのは、その桃色中心の色合いからケアソウルであった。
しかし、ケアソウルは、完璧超人な設定でも周りに隔たりを作らない様な、年齢相応の砕けた口調なのだ。
「(ガラは、お嬢様系だったのか…)」
そうなると、話は変わってくる。
『バシバシ!チャムケア』でお嬢様チャムケアと言えば、ケアソウルの幼馴染みでもあるケアラジアルだ。
しかし、ケアラジアルは黄色系であり、桃色が主体であるガラのイメージと違ってしまう。
「(でも、桃のお嬢様系って、いないよねぇ…)」
強いて言うならば、『Joy!フロイラインチャムケア』のケアエカルラートが、紅系のですわ調でお姫様だから近いと言えば近い。
当初、ケアエカルラートは敵に洗脳され、宿敵クレプスキュールとして主人公であるケアアンティアの前に立ち塞がった。
しかし、ケアアンティアたちチャムケアの活躍で洗脳から解放され、自身もチャムケアになったという所謂"光落ち"の人気キャラだ。
初見の時は、それまで敵にさんざん利用されてしまった無念さを背負って戦うケアエカルラートの姿勢に、凄味すら感じたものである。
などと、のこちゃんが他人からすれば超どうでも良い思考を巡らせていた所で、トレーナーに呼びかけられ我に返った。
『良いのか?
プレセントとやらが、先ほどから何か話しかけてきている様だが…のこ』
あろう事か、作戦について説明しようとしていたプレセントを、ティハラザンバーは面と向かってガン無視していたらしい。
「はあっ、ああっすいませんっ、ちょっと考え事をしていました!」
慌てたのこちゃんは、相変わらずの無意識日本人ムーブでティハラザンバーをぺこぺこさせて、プレセントに謝った。
「ああ…いや、本当にイメージとは違うんだな。
何と言うか、新人らしいと言えば、そうなのかも知れんが………」
むしろ、困惑気味のプレセントである。
そんなティハラザンバーには、ベニアこそもう慣れはじめているものの、アインとガラも心なしか目を丸くしている。
「この作戦を受託した参加者たち全員に配っているんだが、行動中は、必ずこれを身に着けていてくれ」
そう言って、プレセントは、細い鎖で留められたペンダントらしき物を育成組の四人にそれぞれ渡してきた。
ペンダント部分は、鈍色の薄い小判型で、中央に青いランプが点灯している。
「これは?」
のこちゃんがプレセントに訊くと、何やらチョッキ鎧の内側からB5ノートくらいの装置を取り出し、作戦へ参加している者をこちらに識らせるアイテムなのだと回答を得た。
その装置が対応して、リーダー側に自分の位置と生存を認識されていれば、ランプが青く光るらしい。
「兵隊さんの認識票ってやつかな?」
確か、戦死した個人が誰であるのか解る様に、身に付けると聞いた事がある。
でも、これだと生きて何処にいるかどうかしか分からないなと、のこちゃんは呟く。
『ふむ、戦死はもちろんだが、これには、逃亡に対処する意味もあるのだろうな…のこ』
のこちゃんにしか聞こえないトレーナーの言葉なのだが、それに呼応する様にプレセントが続ける。
「それを紛失してしまうと魔刃殿へ帰還できなくなるので、十分気をつけてくれ」
よく分からないものの、それは大変と、のこちゃんはすぐに認識票を押し入れの中へにしまった。
しかし、その途端に、プレセントの装置から警報が鳴らされた。
「あれ?」
プレセントが慌てて装置を確認する。
『ふむ、ランプが赤くなっているな。
特殊結界の中だと、あちら側への認識が遮断されるのではないか?…のこ』
「あ、そうなんだ!?」
のこちゃんも慌てて認識票を手元へ戻してみれば、すぐに警報は止まった。
ティハラザンバーの目の前で、プレセントが首を傾げている。
「故障はしていないらしいが、変だな………」
一応チェックしてみるかと言いながらプレセントが立ち去るまで、のこちゃんは、認識票の鎖をこれ見よがしにチャラチャラさせてアリバイ作りをしていた。
「うーん、だったら落とさない様にしないとね………………ああ、首は、ちょっと無理だなぁ」
ティハラザンバーの首周りには、明らかに鎖の長さが足りていない。
「アタシらのサイズだと、腕か懐くらいしか入れる所ないよねー」
ベニアも、首にかけるのは諦めたらしい。
見れば、アインとガラは、白い兵団服の内ポケットに認識票をしまった様だった。
ベニアのおばさんであるパニアからもらった革の服だと上下ともポケットが無いし、どうしたものかとのこちゃんが身体をあちこちまさぐっている横で、ベニアは服の上から装着している胸当ての内側に収納場所を見出した様だ。
ティハラザンバーの白銀鎧部分は、歴とした身体の一部であり、装着している訳ではない。
つまり、装甲と身体の間に隙間は存在しないのだが、アームカバーの肘に少しだけ覆いが出っ張っている。
のこちゃんは、その内側の腕へアイテムの鎖を巻くと、上着の袖口を被せた。
少し捲れば、青いランプがチラリと見えるので、これで問題はなさそうだ。
「…こんなもんかな」
これなら、うっかり何かに引っ掛ける事も無いだろう。
「おーベニアじゃん、魔刃殿に入ったの知ってたけど、初めて見た気がするわ~」
そんな事をしていると、猫系の女性がのこちゃんの隣にいたベニアに声をかけてきた。
パニアとベニアよりも少し小柄なものの、純白の体毛に薄い青の豹柄が浮かぶ、綺麗な豹の獣人らしい。
らしいと言うのも、一瞬、のこちゃんが白熊の獣人かと思ったくらいに白かったからである。
プレセントの時といい、まだ熊キャラが好きなのかも知れないと、のこちゃんは人知れず新しい自分を発見していた。
白い豹の獣人は、草色の丈の長い外套から飛び出した顔に、豹柄よりも濃い二つの青い瞳が爛々としていてる。
この場にいるという事は、こんなに綺麗な姿でも、傭兵家業の戦士なのだ。
「イルねえ、ひさしぶりー…って言うか、住んでる棟で他の猫系、ほとんど見かけないのどーなってんの?!」
ふたりは知り合いだった模様で、イルねえと呼ばれた白い豹獣人も、ベニアのグチにそれな~と笑っている。
確かに、言われてみればベニアとパニアと食堂で働いている者くらいしか棟の中では見かけないなと、のこちゃんも頷く。
襲撃者との戦いに参加していたじっさんはともかく、キットカッチェも、ここへ来た日以来見ていない。
あれから、ちゃんと元気になったのだろうか。
「ああ、ティハラザンバー、こちらイルねえ…イルヴィシアさん。
パニアおばさんの後輩なんだよー!」
ベニアは、白い豹獣人を、のこちゃんへ紹介した。
のこちゃんは、ティハラザンバーをしっかりイルヴィシアに正対させて、初めましてと頭を下げる。
「あんたがティハラザンバーだね~…噂も耳にしてるけど、パニア姐さんから話は聞いてっから、何かあったらうちに言いなよ~。
さっきベニアが言ってた通り、あんまいないけどな~」
などと言いながら、イルヴィシアはケラケラと笑い、でかいねあんた~とティハラザンバーを肉球の手でぺしぺし叩く。
「ははは…」
完全におばちゃんだなと思っても口には出さない、世渡り巧者なのこちゃんだった。
「まぁ、いきなり修羅場のど真ん中へ参加させるって話じゃないんだから、肩の力抜いとけな~」
たまたま手の届くトコにいたらうちがメンド~見てやっからさ~と、イルヴィシアは、安請け合いの様な、そもそも手の届く所にいなさそうなテキトーな感じで軽口を続けていた。
そこには、のこちゃんとベニアを安心させようという気持ちが何となく見える。
ただ、その間、同じ育成組であるアインとガラに対して一瞥もくれなかった事に、のこちゃんは少し気になったのだが。
『プレセントとやらが何か動き始めた様だぞ…のこ』
トレーナーに促され、のこちゃんは、熊獣人の姿を探す。
プレセントは、ここの金属製でフラットな鏡面部分の近くで、周りの者と話しをしていた。
「あ、そろそろ移動の準備が始まるみたいだね~」
イルヴィシアもそんな気配を察してか、現地で会えたらラッキ~だね~と言い残して、自分が担当するグループの所へ戻って行った。
「よく聞く"猫系らしい"って、ああいう自由さなのか…」
「イルねえは、いつもあんな感じだねー…」
間もなく、プレセントがこの場にいる者たちに傾聴を要求する声を上げる。
「これより全員、逐次現場へ移動し、速やかに配置へ付いてもらう!
状況開始のタイミングは、グループ分けの際に任命したリーダー役へ伝えてあるので、それに従ってくれ!」
作戦の参加者一同も、了解の声で応える。
「配ったアイテムは、命ある限り絶対に無くすなよ!
現場への移動もそうだが、状況終了後に回収ができなくなるからな!」
そんなプレセントの念押しに、何を当たり前の事を言っているのだという、軽い失笑が参加者たちからこぼれた。
『今のは、こちらへ向けてであろうな…のこ』
「ああ、そうか」
プレセントは、育成組の新人であるこの四人に、責任者として釘を刺したのだ。
「…ん、どういう事?」
認識票を無くすと帰ってこれなくなる様な話は聞いていたものの、身分証くらいに思っていたのこちゃんには、そこまで大事なのかなと疑問が浮かぶ。
ベニアの顔を見ても、のこちゃんが何を疑問に思ったのか分からない様子で、キョトンとした表情をしていた。
「それは、見ていれば分かりますよ」
それまで寡黙だったアインが急に話しかけてきたと思えば、プレセントがいる方へ、ティハラザンバーの注意を促す。
そちらへ視線をやれば、プレセントは、先ほどの装置を取り出して何やら操作している。
そうしている内に、金属製の鏡面部分が発光を始めた。
「あっ」
のこちゃんが思わず声をもらせば、間髪を入れずに鏡面の発光は強さを増してゆき、待機部屋の中を煌々と照らす。
その光に呑まれる様に、グループで分けられた作戦の参加者たちが、次々と集団で姿を消していった。
ちらっとこちらに手をふるイルヴィシアが見えたのだが、周りの者たちと一緒に、その姿はすぐ光と共に霧散する。
移動と言っていたのは、この特殊な手段であり、恐らくあのアイテムが関係しているのだろう。
納得はしたものの、消えるのがちょっと怖いのこちゃんである。
『これは、まずいかも知れないぞ…のこ』
トレーナーが何か言ったのと同時に、プレセントがこちらへ向けて叫ぶ。
「育成組の四人は、オレたちと一緒だ!」
二つの呼びかけに注意が分散してしまった次の瞬間、のこちゃんは、光が目の前の空間を大きく歪める様子を目撃した。
歪んだ光の空間は、ティハラザンバーを包み込む様に覆い被さる。
「ふぁーっ?!」
のこちゃんは、更に、間抜けな声をもらしてしまった。
気がつけば、足下には、魔刃殿の中心に聳える件の青黒い巨大な半球があった。
半球の表面にびっしりと刻まれている幾何学模様が宙に青白い光を浮き上がらせ、特定パターンの明滅をくり返している。
ティハラザンバーとして上空から本拠地全体を望んだ以来の位置取りなのだが、その時と違い、自身で滞空している感覚はない。
強いて言うならば、じっさんと決闘させられた時に見た、大ティハラを討った白銀鎧の聖女伝説のVR映像的なあれである。
「ど、どうなったの?」
ふと見れば、周りにはベニアにアインとガラの育成組メンバーもいて、少し離れた位置にも、プレセントと数人の作戦参加者が見えた。
「ここから、本格的に跳びますよ」
アインの言葉に、トレーナーが反応した。
『これは、やはり渡りの術式か!?
ならば、ティハラザンバーには………』
「え?」
パチリとティハラザンバーの体毛に電光が走る。
のこちゃんがそれに気がついた時は、体毛を走る電光が恐ろしい速度でその数を増やし、既に全身へと拡がっていた。
「何これ…」
一瞬、放電球の様に周囲へ電光をばらまいてから、ティハラザンバーの黄金の体毛そのものが発光を始めた。
その光量は、鏡面のそれと同様、瞬く間に強くなってゆく。
「どうしたのティハラザンバー?!」
近くで異変を見ていたベニアが驚きの声を上げる。
「あっ、こんな、えっ…」
何が起きているのかなど、のこちゃんの方こそ分からない。
そして、どうする事もできない。
やがて、黄金色の光が、のこちゃんの視界いっぱいに広がっていった。
――――――――――――――――
のこちゃんが気がついた時、ティハラザンバーは、巨木に囲まれた森林地帯の地面にちょこんと座っていた。
膝を抱えない体育座りとでも言おうか。
両腕は、だらりと地面に放り出している。
お尻の下は、地表に出た根っこの部分がこんがらがって、ぼこぼこしていた。
ティハラザンバーから見ても巨木が林立している光景なのだから、ここは、かなりのスケールで成された深い森林に違いない。
あれから、ヤカンが沸騰する様な湯気と共に体毛の光が収まってゆく途中経過を見た記憶があるので、気絶はしていないはずである。
だからといって、のこちゃんの気が動転していない訳がなかった。
「あぁ………………」
取り敢えずは、呆然としているしかやる事がないので、そのまま空を見上げたりしていた。
木々の隙間から、明るい光がもれている。
まだ、陽は高いらしい。
『大丈夫か?…のこ』
「…はあ、それなりにですが」
トレーナーの呼びかけには、呆然の範囲内であるものの、応えるのこちゃんだった。
しかし、トラブルの衝撃から、未だ立ち直れていないのは明白である。
そんな折り、こんな場所にも係わらず、ティハラザンバーに話しかける者がいた。
「…なあ、なあ…」
その声は、足下から聞こえる。
「…なあ、なあ…」
のこちゃんが声のするの方へ視線をやると、そこには、人間の子供らしい小さな者だった。
「…なあ、あんた、ぶしんさまだろ?」
身の丈は、ティハラザンバーの膝まであるかどうかくらいである。
「こんなとこにいんだから、ぶしんさまなんだろ?」
身に着けているのは、素朴な野良着と、その上から外套にしている、ぼろか何かだろう。
「たすけとくれよ、ぶしんさま!」
その、切実さをおびた小さな者の声に、のこちゃんの意識は、みるみるうちに明瞭さを取り戻していった。
続きます。




