01 のこちゃんの抵抗
剣持虎の子こと、のこちゃんは、ついこの前まで現代に生きる14歳のれっきとした中二女子であった。
地味ながらまじめに過ごしてきた自負もあるのだが、現在はどうなのかと言えば、アレな成り行きが過ぎて、伝説になっている魔の神獣と白銀鎧の聖女をミックスした感じのなかなかインパクトのある見た目になっていた。
もちろん、人を見た目で判断してはいけない。
例え"それ"が、のこちゃんの3倍くらい巨体で直立した虎に鎧をお仕着せている様な、言ってしまえば怪人にしか見えなくても、その魂までも怪人であるとは限らないからだ。
ちなみに、のこちゃんの本来の身長が155㎝くらいなので、単純な背の高さだけでも4m以上にはなっている。
加えて、虎と言えば虎なもののその顔は"動物の虎"そのままに非ず、かなり攻撃的な怪獣めいたフォルムであり、周りの猫系獣人の様子からも恐ろしい面構えという認識らしい。
要は、怪人顔である。
その名をティハラザンバーという。
怪人ぽい姿を更に強調してしまいそうな名前であろうとも、のこちゃんが勢いでそう名乗ってしまったので、それはもう致し方ない。
強靱な身体と運動能力で地を駆け宙を舞い、その身の丈に合った長大な二振りの豪刀を操り、挙げ句の果てには、巨大な怪物の群れを衝撃波の一撃で葬り去る。
あれは、怪人ですか?
はい、それは怪人です。
そんな英語教科書の最初の方に載っていそうな例文和訳に似た単純で強烈な印象をティハラザンバーがふりまいていようとも、その中身は、あくまでものこちゃんなのだ。
チャムケアの気高き魂を受け継いだと自称する、正義感あふれる心の持ち主であり、及ばずながらもまっすぐに生きようと心がける無力な市井の少女にすぎない。
『チャムケア』とは、悪と戦う正義のヒーローをコンセプトに、どこにでもいそうな中学二年生くらいの少女を主人公に据えた、人気の女児向けアニメシリーズだ。
フリフリでヒラヒラな衣裳のカワイイ超人に変身した少女が邪悪な敵と主にフルコンタクトの格闘で戦うというギャップが受けて、近年の地上波テレビでは珍しく、シリーズ作品がかれこれ20年近くも日曜日の朝に放送され続けているご長寿番組である。
具体的には、記念すべきシリーズ第1作目『チャムケア』のタイトルが"チャーミングとケア"からの造語である通り、可愛らしさとお手入れによる癒しを作品の柱としながらも、大地に、空に、海に、宇宙にと、大きな舞台を所せましと己の肉体を駆使した主人公たちと怪物の繰り広げる壮絶バトルがシリーズの魅力なのだ。
登場人物たちの成長を描くドラマ仕立てとも相俟って、メイン視聴者の女児はもちろん、こども向け番組にもかかわらず大人のファンからも広い年齢層で支持されていた。
かなり前に女児層から外れてしまったのこちゃんではあるものの、シリーズ作品を新旧織り交ぜて見ようと思えばいつまでも見ていられるし、語ろうと思えばいくらでも早口で語れるという重い方なファンである。
いや、あったと言うべきだろうか。
何故なら現在は、もう録り溜めた録画や手を尽くして揃えたディスクも関連書籍にさえも手の届かない場所に在り、公式のチャムケアグッズ専門店である"チャムケア・チャーミングストア"へ二度とアイテムを漁りに出かけられなくなってしまったのだから。
そもそも、この状況に至る切っ掛けがそのチャーミングストアへこっそり行こうとしたからなのだが、ファンである事を継続するにしても、比喩ではなく心の中で完結するしかないのだ。
それでも、のこちゃんは、チャムケアが好きな事を自ら捨てるつもりも無かった。
むしろ、これまで魂に刻んできた全てのチャムケア要素を生き抜く力へと変換して、あらゆる困難に打ち勝つつもりだ。
のこちゃんの中では、"どんなに辛い時でもチャムケアはいつも君と共にいる"的な周年記念PVの様なイメージが常に回っており、謂わばチャムケア・コネクションの体勢である。
そして、不幸中の幸いなのか、ティハラザンバーには、凶悪な見た目を気にしなければ"それ"を可能とするスペックがあった。
ならば、答えはひとつ。
チャムケアは、絶対にくじけないのだ。
しかし、不本意ながら現状では、その見た目通りの活躍が認められてと言うか、怪人ムーブの積み重ねで心の底から避けたいと願う怪人生へむしろ引っ張られ気味なのこちゃんである。
ただ、例え本当にそうであったとしても、矜恃たる心の最終防衛線では、何があっても怪人生に堕ちるまいと決意していた。
どう違うのか、余人にはよく分からない線引きなものの、それだけがのこちゃんにできる現実への抵抗なのだろう。
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ティハラザンバーが、全力の衝撃波で翼の怪物たちを一掃してから数日が過ぎていた。
その翌日からすぐに始まると思われた異次元踏破傭兵団"魔刃殿"での活動は、襲撃者に対する事後調査やら何やらで延び延びになり、束の間のこちゃんを安堵させた。
タイミングが悪く、にわかに襲撃者を手引きした工作員という、ティハラザンバーにかけられていた嫌疑もスッパリと晴れたらしい。
それに関しては、勝手に連れてこられた経緯があるので、未だに納得のいかないのこちゃんなのだが、他に行き場の無い事もあって不承不承飲み込むしかなかった。
のこちゃんがティハラザンバーとして所属を余儀なくされている魔刃殿では、次期主力候補育成計画、通称"育成組"と呼ばれる有望な新人の技量を底上げするカリキュラムがお試しされていた。
じっさんこと猫系クラスターの頭である白獅子の御大将にその実力を買われて、のこちゃんは、いきなり育成組へ参加する事になってしまったのだ。
そう言えば、件の嫌疑の事を知ったじっさんがティハラザンバーの面倒を見ている自分の面子を潰されたと、激怒して何人か関係者の首が飛んだとの噂をのこちゃんは聞いた。
比喩ではなく本当に首が飛んでいる気がして、その事を考えると目がさえて、噂を聞いた日の夜にまた睡眠を取り損ねてしまった。
いかに姿が変わろうとも、根幹の小心者である部分は、ビクともしないらしい。
ただ、同時にのこちゃんは、それで良いとも思っている。
いかにも悪の組織的な殺伐とした環境に慣れてしまえば、恐らく、怪人生へ一直線に違いないからだ。
小心者であればこそ、強かに、注意深く行動しなければならない。
おとなしく半ば謹慎の体で猫系クラスターが使う棟の自室と食堂を往復し、衝撃波で放出してしまったティハラザンバーの力を回復させる日々を送っていたのこちゃんは、いよいよ育成組へ参加するようにとの報せを受け取った。
正式に同期の育成組参加者全員への顔見せ、その初日を迎え、観念して集合場所へ向かうしかないのこちゃんの足取りは重い。
やっと到着したそこは、高い天井と大きな壁だけの殺風景な、ここだとよく見かける訓練スペースだった。
しかし、先日"育成組"の指導を受け持つ老矛に呼び出された所と、また別の場所である。
こういった訓練スペースは、あちらこちらに用意されている模様だ。
同期の数は、既に知りあっているジャガーの獣人ベニアや狼獣人のセイランを含めても、十名ほどである。
それでもそこには、多種多様な獣人が既に集まっていて、皆が個性的な者たちばかりであった。
中でも、ふたり参加しているドラゴン系獣人は、鱗の色がそれぞれハッキリとしたピンクと青という印象的な組み合わせなので、桃と青とは王道だなぁなどと、のこちゃんの浮ついた注意力が注がれてしまう。
青い鱗の方のドラゴン獣人が興味深げに視線を投げ返してきた気がしたので、のこちゃんは慌てて目を逸らした。
ここに混ざって何をさせられるのか、不安ばかりが先に立つ。
「ええと、その………………ティハラザンバーです」
よろしくお願いしますと、のこちゃんは目の前にいる者たちへ、己の身体であるティハラザンバーの頭をぺこりと下げさせた。
そのちょっとした所作だけで、周りは表に出さない動揺の気配とでも言うのだろうか、場の雰囲気をざわつかせる。
元になっている魔の神獣・大ティハラが、全身を黄金の毛に覆われつつ漆黒の縞模様が入るという派手な姿だったために、それをそのまま継承したティハラザンバーの一挙手一投足には、注意喚起の意味で耳目を集め易い傾向にあるらしい。
さながら、毒を持った生き物が、目立つ警戒色を身に纏っているのと似た様なものなのだろう。
更にその上から、白銀鎧の聖女より受け継いだ、かつて白銀の鎧兜だった装甲が身体へ部分的に被さる造形になっているのだ。
一応、ベニアのおばさんである黒豹獣人のパニアからもらった、革製でやや色落ちした濃紺の上着とズボンを身に着けてはいた。
しかし焼け石に水の如くと言うべきか、ティハラザンバーが何かしら身体を動かす度に、黄金の毛皮と白銀の装甲からキラキラと反射した光の粒が周囲へと広がってゆく。
もはや、存在の派手さだけでは、大ティハラを超えているのかも知れない。
ちなみに、白銀の装甲は完全に身体の一部と化していて脱着が不可能であり、のこちゃんのイメージする怪人像をより補完していた。
『どうした?あれほど派手に実力を示しておいて、今さら、もの怖じするでもないであろう…のこ』
萎縮した様なのこちゃんのあいさつに、トレーナーは、怪訝そうな声をかけてきた。
トレーナーは、魂のみの存在である。
生前は、魔の神獣・大ティハラを討ち取り封印したという、白銀鎧の聖女と伝説に名高い聖ザンバー=リナその人であった。
大ティハラが封印されていた漂流結界"澱"の中に肉体が滅んだ後も魂が在り続け、結界内にある己を含めた全ての力を使い、瀕死だったのこちゃんの命をティハラザンバーへ造りかえる事で救ったのだ。
その際、少し余った力を貯蔵させるタンクとして新たに特殊な結界を作りティハラザンバーの身体へ付属させたのだが、聖ザンバー=リナの魂は消えずにその中で在り続ける事となった。
以来、のこちゃんがティハラザンバーとしてこれから生き抜いてゆける様に、名も"トレーナー"と改めて戦う方法などをサポートしていた。
ただし、この魂が在り続ける現象は偶然の結果にすぎず、近い将来に消えてしまうだろうとトレーナー自身が予測している。
「…………こういうの苦手だった事、忘れてましたよ」
周りに届かない小さな声で、のこちゃんは、姿のないトレーナーへ囁いた。
チャムケアシリーズでは、転校生であったり新入生であったりと、主人公が新天地へ足を踏み入れる所から物語が始まるケースが散見される。
そのシチュエーションを想定して、不安や不本意といった精神的なあれやこれやを穏やかに乗り越えられる気がしていたのこちゃんなのだが、転校で思い出すのはやはり小学校での体験だった。
やくざ者であった父親が亡くなり、既に母親も亡くしていたため、のこちゃんは母方の実家である佐橋の家へ引き取られた。
その春に小学校へ上がったばかりだったのこちゃんは、夏を待たず転校する事になり、ガラリと生活環境が変わってしまった。
見知らぬ町、見知らぬ人々、見知らぬ子供たち。
それでも一からやり直すだけであれば何も問題は無かったのだが、転校して間もなく、のこちゃんの亡き父親がやくざ者だったと、どこからどういう訳で流れたのか噂になってしまったのだ。
悪目立ちではあったものの、何故かのこちゃん自身にも"粗暴でキレるとヤバイらしい"という設定が加わり、幸いながら手を出してくる者もいなかった。
のこちゃんは、クラスメイトたちに距離を取られながら、その奇異や好奇心の光をおびた目に晒され続ける事となり、新しい家族である祖父母ときょう姉さんに幼いながら心配をかけるまいと、無理矢理に何も気にしていないそぶりで小学生時代を過ごしたのである。
それ相応な負担と瑕疵が、のこちゃんの心へ強いられた。
現在でも、大きな影響が残っているのは当然だろう。
ちなみに、きょう姉さんとは、母の妹に当たる叔母の佐橋京華の事を、のこちゃんが親愛を込めてそう呼んでいる。
理由は分からないものの、暗澹たる様子だったのこちゃんを、とにかく元気づけようと可愛がってくれたのがきょう姉さんなのだ。
その一環で、きょう姉さんの趣味である特撮ヒーロー作品コレクション群を浴びる様に見せられたのだが、のこちゃんには素養があったらしく特に拒絶もしなかった結果、チャムケアシリーズとの運命的な邂逅を果たした。
それが幼いのこちゃんにとってどれほどの救済であったのか、これもまた、余人には計り知れない事だろう。
のこちゃんの人生と言っても過言ではないチャムケアと出会わせてくれた大恩人&師匠こそが、きょう姉さんなのである。
あの大転換がなければ、中学校へ上がってからの楽しい日常は無かったかも知れないのだ。
「みんな、どうしてるだろう…………」
苦手意識に引っ張られ、いろいろと思い出したのこちゃんは、いま立たされている状況に意気消沈してしまった。
「ずいぶんと、しおらしい自己紹介だな、ティハラザンバーよ」
当然ながら、育成組の面々へ引き合わせる指導者として、ティハラザンバーの横には老矛が並んで立っていた。
老矛は、狼の獣人で、満月の様な瞳に艶のある薄い水色の毛並みが覆う顔に険もなく、一見して穏やかそうである。
背筋の伸びた自然な佇まいは、モノトーンの柔らかそうな生地を使った丈の長い詰襟の服をゆったり着こなす姿と併せ、武人と言うよりも舞を舞う者の様な雅やかさが窺えた。
しかし、育成組の指導者である以前に、狼系獣人のクラスター破壊牙々を率いる長老格であり、魔刃殿では屈指の実力者なのだ。
老矛もトレーナーと似た様な意見らしく、実力相応のアピールをしないティハラザンバーにはやる気がないと見て、しょうのないやつだとばかりにのこちゃんの自己紹介を引き継いだ。
「…皆も話には聞いていると思うが、ティハラザンバーは、その実力を以て正式に"育成組"へと迎え入れられる事となった。
ここに集められた者ならば心得ているであろう通り、これより更なる切磋琢磨にて励み合い、お互いの糧とせよ」
老矛の言葉を受けて、ティハラザンバーを見る育成組参加者全員の目が一斉にギラリと光る。
ここでは、小学校時代のクラスメイトの様に、距離を取ってくれる者もいないだろう。
むしろ、率先して絡まれそうな熱が、その視線群からは感じとれた。
『ふむ、こやつらの士気を上げるために、体の良い煽り材料にされているな…のこ』
「うう、嫌だなぁ」
それは、正真正銘のこちゃんの本心からもれて落ちた切実なる弱音、本弱音である。
そもそも、魔刃殿での活動に対して、のこちゃんには積極的にやる気が無い。
その意味でならば、老矛の見立ては、正しかった。
しかも、切磋琢磨とか、いかにも怪人生で言われそうなスローガンであり、のこちゃんとしてはもってのほかなのだ。
努力をするにしても、決してそちらの方向ではない。
そんなのこちゃんの本弱音を耳ざとく聞き拾った老矛が、前を向いたまま両目を細める。
「ティハラザンバーよ、ぼーっとしておると、いくら力を持っていようとも足下をすくわれるぞ?」
どうやら、ティハラザンバーが怠惰的に気を抜いていると思われたらしい。
まさか本気で嫌がっているとは、一撃で翼の怪物たちを屠った勇猛な姿を間近で見たからこそ、想像の範疇を超えているのだろう。
さすがの老矛であろうとも、やはり、中身の中二女子がしょんぼりしている様子まで見切るのは不可能である。
「あっ、ハイ………」
それでも、そのさり気ない教育的指導は、のこちゃんの意識を現実に向けさせた。
「白獅子のヤツといい、そういう所は、お前もしっかり猫系という事か」
そして、呆れた様な老矛の言葉に、どういう所が猫系なのか後でベニアに訊いてみようと思いつつ、のこちゃんは、気を取り直そうと少し反省する。
「しまったな…」
自分は心根が弱いと知っているからこそ、チャムケアに力を借りているし、強かに、注意深くと自ら戒めたはずなのだ。
いくらティハラザンバーの身体が強くても、心が負けていたら決して事態は好転しないだろうと、チャムケアでもしっかり学んできた。
だとすれば、ここで気落ちしているのは、迂闊でさえあったと言える。
『この状況にも、慣れてゆくしかないな…のこ』
「………そうですね………やるべきことは、ちゃんと、やっていかないと」
『余にはよく分からなかったのだが、ここの連中の前でもアレをやれば良いのではないか?
ワガハイはティハラザンバー!…であったか、せっかく練習していたのであろう?…のこ』
「二度とやるか!」
そんな事よりもと、のこちゃんは、これまでトレーナーと相談してきたティハラザンバーの身体と能力をちゃんと自分のものとして扱える様にする訓練について、どこから手を付けるべきかを考え始めた。
「………やっぱり、せっかくある双剣が使えないとヤバイですよね」
『その意気や良し、なれど焦らずに、先ほども言ったが慣れる事から始めるのだ。
手始めに双剣は、特殊結界へしまっておかず、常に両手で持っているのが良いだろうよ…のこ』
「それだと、単にヤバイやつじゃないですか!」
見た目が既に凶悪と言えるティハラザンバーが、普段より双剣を両手にブラブラさせていたら、鬼に金棒どころのレベルではなくなる。
怪人生への道程は容易く、その入り口も常に身近であり、のこちゃんがいつでも転げ落ちて来ても良い様に大きく開かれているのだ。
なかなか油断がならない。
トレーナーとの会話は、余人からするとブツブツ独り言を呟いている様にしか見えなった。
しかし、ティハラザンバーの目が炯々とした光をおびてきた事で、老矛はフッと満足そうに小さな息を吐く。
「やはり、お前に足りていないのは、単純に場数を踏む事だろう。
先ず、現場へ出る事を最優先すべきか…ベニアカーラ・ベニアよっ」
老矛から名指しされ、毛並みに赤味がかかっているジャガー獣人のベニアが、同期の者たちの中より一歩前に進み出た。
「話は通しておく。
なるべく戦闘見こみの依頼案件を中心に実習を設定するから、同じクラスターのよしみで、しばらくはティハラザンバーにつき合ってやるが良い」
指導者の命に、黙礼するベニアの目は、少しにやけている様に見えた。
「……ん?何か今、不穏な事を言われた様な」
残念ながら、トレーナーと話していたのこちゃんは、老矛の話をよく聞いていなかった。
『ふむ、思った通りこやつは、相手を見極めての教導に長けている様だな。
訓練は、かなり過酷になりそうだぞ?…のこ』
「え?………………」
確かに、迂闊な、のこちゃんである。
――――――――――――――――
魔刃殿が本拠地としているここは、青黒い巨大な半球を中心に建物群が取り巻いて、ちょっとした城下町の様に構成されている。
ただ、その建物というのが石と金属らしい建材を混ぜた様な造りに加え、所々平たい壁面のビルの様であったり捻れた塔の様であったりと、どう見ても異様な建築物の数々であり、実際に住み始めたのこちゃんからしても町という感じがしない。
外側の境界に当たる部分には、それらの建物が隙間無く敷き詰められていて、城や砦の防護壁さながら歪に守りを固めていた。
そんな場所が、見渡す限り荒涼とした大地に忽然と、文字通り陸の孤島として存在しているのだ。
魔刃殿の名に異次元踏破傭兵団と冠されている通り、ここに所属する者たちの主な活動内容は、雇われ戦士の傭兵家業である。
前半の異次元踏破については、のこちゃんにもよく分からない。
超強力とか効果抜群といった、商品のキャッチコピーみたいなものと予想はするものの、さほど気にもしていないのだが。
のこちゃんが老矛の指示によってベニアと共に訪れたのは、魔刃殿として請け負った仕事の依頼を一括管理して、種族としての適性や得意な戦い方の力量を測った上で受託希望者へ差配する、言ってみれば斡旋事務所の様な場所だった。
「こんな他から隔絶された場所で、仕事の依頼って、どうやって受け付けるんだろう?」
それが、のこちゃんの率直な感想である。
トレーナーは、それなりの集団が拠点としているのなら、独自の補給手段があると見て良いと言っていた。
確かに、ティハラザンバーもそれなりの量を飲み食いして、力の回復には貢献してもらっている。
やはり、同じ様な独自の通信手段があるのかも知れないと、のこちゃんは取り敢えず納得しておくしかない。
所在地は中央寄りで、間近に聳え立つ半球からも、その御影石なのか重金属なのかよく分からない材質感の表面にびっしりと刻まれている幾何学模様がよりハッキリと見て取れる。
何度見ても悪の本拠地然としていて、じっさんによればあの中にラスボスなんていないらしいのだが、のこちゃんは未だに懐疑的だ。
建物は、事務所の様なと言っても猫系クラスターや狼系クラスターが住む棟より大きく立派であり、いかにも中枢の一端を担う部門といった感じが強い。
建物相応に、出入り口は大きな門の様で、ティハラザンバーの背丈を余裕で受け入れられた。
恐らくは、ティハラザンバーも見上げた偉丈夫、尖角兵団の頭であるベルクの巨体でさえ問題の無い高さがあるのだろう。
中へ入ると、一階は受付窓口らしき大きなカウンターが設置されていて、のこちゃんが小学生の時、住所変更などの手続きに祖父と訪れた市役所を彷彿とさせられる。
「………えっと、ドコへ行けば良いんだっけ?」
そう言えば、市役所の場合だとタブレット端末を抱えた職員の人がフロアに立っていて、案内をしてくれたり順番のカードをくれたりした様な記憶がある。
のこちゃんは、似た様な役職の者がいないか、ティハラザンバーの優れた視覚を駆使し辺りを探してみた。
『あまり、初めて来た場所での威嚇行動は、自分にとって良い結果に繋がらないと思うぞ…のこ』
どうやら、のこちゃんがニヤニヤすればティハラザンバーが牙をむく感じになるのと同じ様に、視覚を集中させると目が据わるらしい。
「そんなキョロキョロしなくても、育成組専用の受付があるって聞いてるよ」
ベニアは、周りを一度軽く見回すと、苦笑いでそれらしき窓口へティハラザンバーを促した。
「わたし、怖い顔してた?」
のこちゃんがそっとベニアへ尋ねれば、乾いた笑いのみが帰ってきた。
また一つ、注意しなければならない事が増えてしまったのこちゃんである。
育成組の実習関連を受け持つカウンターは一般の受付と少し離れた端の方にあって、いかにも現場からの叩き上げと思しき頭部が白い猛禽系の獣人の男性が、ドッシリと待ち構えていた。
ティハラザンバーより二回りほど小さな体は、それでもぶ厚くて貫禄がある。
中年にまだ遠そうで、壮年の熟れた雰囲気が見て取れるものの、薄い翠色の瞳は鋭く光を放っており、現役感が強い。
ただ、背にある翼は左側が失われているらしく、事務職なのもその辺りが理由なのかも知れない。
「来たか、老矛様から連絡は受けているよ」
「あっ、よろしくお願いします、ティハラザンバーです」
「…ベニアカーラ・ベニア」
受付カウンターに到着したティハラザンバーたちが挨拶をすると、その猛禽獣人は、数枚の書類を台の上に広げて提示した。
「一応、指示に近いものを見繕っておいたが、お前たちは正式に仕事を受託した者たちへついて行く形になるから、そいつらとの相性も含めて好きなものを選んでくれ」
おっかなびっくり書類をのぞき込んだのこちゃんは、しかしそこに使われている文字が全く読めずに、何が書いてあるか分からなかった。
「トレーナーさん、読めます?」
仕方なく、小さな声で助けを求めたのだが………
『ふむ、この文字は余の時代では見た事がないな、すまない…のこ』
あえなく希望は絶たれてしまった。
「………………悪いけど、ベニアが読んでくれる?」
このまま謎の文字列を眺めていても埒があかないので、のこちゃんは、恥ずかしながら書類をベニアの方へ回す。
就学してそれなりの時間を過ごしてきた自尊心が少しヒリヒリとしたものの、見た事も聞いた事もない文字文化が相手とあっては、もう仕方ない。
「あー、読み書きダメなのか、じゃあ、そういうのは任せてよ!」
これから相棒をやっていくんだからねと、何やらベニアは、張り切ってティハラザンバーの依頼を請け負う。
「なるべく、わたしも読める様に勉強するから………………」
のこちゃんがすまなそうに言えば、一瞬キョトンとしてから、ベニアは再び苦笑いになった。
「こういうのは分業って事でも良いんだけど、ティハラザンバーのそういう素直な所も、良いよねー」
『ふむ、それに加えて、自らの意志で前を向こうと努力する姿勢は、余も常々良いと思っているぞ…のこ』
何故か突然ふたりから褒められて顔が熱くなってしまったのこちゃんは、照れ隠しに早く書類を読み上げてくれるよう、慌ててベニアを促した。
「えーとね………」
ベニアが読み上げたのは、大凡こういったものである。
【重武装野盗組織の包囲掃討殲滅作戦】
【聖騎士軍団と聖方術謹製戦闘巨人の排除作戦】
【孤立籠城中の寡兵集団救出とその敵対勢壊滅作戦】
【越境侵攻軍団への奇襲陽動作戦】
「………規模の大きい集団戦が多い感じだよねー」
「………………………………………………」
『ふむ、ただ攻めるだけでは達成し難い、一ひねりが必要そうな案件を揃えたものだな…のこ』
「………………………っと、この前、パニアさんの言っていた育成組の主旨って、変わったのかな?」
初心者なら、初心者らしくお使いとか警備とか、低いハードル設定があって然るべきとのこちゃんは心の底から思う。
「掃討殲滅の類は、後片付けに過ぎないので、経験が目的ならばあまりお薦めできませんね」
不意に後から声をかけられおどろいて振り返ると、そこには、のこちゃんが桃と青の組み合わせが王道などと浮ついた関心を寄せてしまった、ドラゴン獣人のふたりが立っていた。
その時も感じた様に、青い鱗の方が興味深げな気配なので、恐らく、話しかけたのもこちらなのだろう。
ベニアが目を丸くしているのが、のこちゃんの視界に見切れている。
「えっと、あなたたちは、どうしてここに…」
そう言いかけたのこちゃんに、こちらの自己紹介がまだでしたのでと、青い鱗のドラゴン獣人は、まっすぐな視線をティハラザンバーへと放つ。
「私はアインスブラウ、アインとでも呼んでください。
こちらは、尖角兵団で同期のガラと申します」
ガラと紹介されたピンクの鱗のドラゴン獣人が、どうもと少し頷く。
アインは、ガラのために間を開けてから、話しを続けた。
「…育成組での活動にはなるべくご一緒させていただく事になると思いますので、今後ともよろしくお願いしますね、ティハラザンバーさん」
アインらの突然の接触に対して訝しげなベニアの隣で、丁寧なご挨拶にいやはやこちらこそよろしくお願いしますと、恐縮してぺこぺこ頭を下げる日本文化ムーブ丸出しなのこちゃんである。
「ん?なるべくご一緒??」
アインが少し口を開いて、牙の列をのぞかせる。
どうやら笑ったらしい事は、のこちゃんにも理解できた。
続きます。




