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わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望-  作者: 虎竜王NV
第二章:のこちゃんの怪人生、黎明編
16/21

01 のこちゃんの抵抗


剣持(けんもち)(とら)()こと、のこちゃんは、ついこの前まで現代に生きる14歳のれっきとした中二女子であった。


地味ながらまじめに過ごしてきた自負(じふ)もあるのだが、現在はどうなのかと言えば、アレな()()きが()ぎて、伝説になっている魔の神獣(しんじゅう)白銀(しろがね)(よろい)聖女(せいじょ)をミックスした感じのなかなかインパクトのある見た目になっていた。


もちろん、人を見た目で判断(はんだん)してはいけない。


例え"それ"が、のこちゃんの3倍くらい巨体(きょたい)で直立した虎に(よろい)をお仕着(しき)せている様な、言ってしまえば怪人(かいじん)にしか見えなくても、その(たましい)までも怪人(かいじん)であるとは限らないからだ。


ちなみに、のこちゃんの本来の身長が155㎝くらいなので、単純な背の高さだけでも4m以上にはなっている。


加えて、虎と言えば虎なもののその顔は"動物の虎"そのままに(あら)ず、かなり攻撃的な怪獣めいたフォルムであり、(まわ)りの猫系獣人(じゅうじん)の様子からも恐ろしい面構(つらがま)えという認識(にんしき)らしい。


要は、怪人(かいじん)顔である。


その名をティハラザンバーという。


怪人(かいじん)ぽい姿を(さら)に強調してしまいそうな名前であろうとも、のこちゃんが(いきお)いでそう名乗ってしまったので、それはもう(いた)し方ない。


強靱(きょうじん)な身体と運動能力で地を()(ちゅう)()い、その()(たけ)に合った長大(ちょうだい)二振(ふたふ)りの豪刀(ごうとう)(あやつ)り、()()()てには、巨大な怪物の()れを衝撃波(しょうげきは)一撃(いちげき)(ほうむ)()る。


あれは、怪人(かいじん)ですか?


はい、それは怪人(かいじん)です。


そんな英語教科書の最初の方に()っていそうな例文和訳(れいぶんわやく)に似た単純で強烈(きょうれつ)印象(いんしょう)をティハラザンバーがふりまいていようとも、その中身は、あくまでものこちゃんなのだ。


チャムケアの気高(けだか)(たましい)()()いだと自称(じしょう)する、正義感あふれる心の持ち主であり、(およ)ばずながらもまっすぐに生きようと心がける無力な市井(しせい)の少女にすぎない。



『チャムケア』とは、悪と戦う正義のヒーローをコンセプトに、どこにでもいそうな中学二年生くらいの少女を主人公に()えた、人気の女児向けアニメシリーズだ。


フリフリでヒラヒラな衣裳(いしょう)のカワイイ超人に変身した少女が邪悪(じゃあく)な敵と主にフルコンタクトの格闘で戦うというギャップが受けて、近年の地上波テレビでは珍しく、シリーズ作品がかれこれ20年近くも日曜日の朝に放送され続けているご長寿(ちょうじゅ)番組である。


具体的(ぐたいてき)には、記念すべきシリーズ第1作目『チャムケア』のタイトルが"チャーミングとケア"からの造語(ぞうご)である通り、可愛(かわい)らしさとお手入れによる(いや)しを作品の柱としながらも、大地に、空に、海に、宇宙にと、大きな舞台を所せましと(おのれ)の肉体を駆使(くし)した主人公たちと怪物の()り広げる壮絶(そうぜつ)バトルがシリーズの魅力(みりょく)なのだ。


登場人物たちの成長を(えが)くドラマ仕立てとも相俟(あいま)って、メイン視聴者(しちょうしゃ)の女児はもちろん、こども向け番組にもかかわらず大人のファンからも広い年齢層(ねんれいそう)支持(しじ)されていた。


かなり前に女児層から外れてしまったのこちゃんではあるものの、シリーズ作品を新旧(しんきゅう)()()ぜて見ようと思えばいつまでも見ていられるし、語ろうと思えばいくらでも早口で語れるという重い方(ヘビー)なファンである。


いや、あったと言うべきだろうか。


何故なら現在は、もう()()めた録画や手を(つく)くして(そろ)えたディスクも関連書籍(かんれんしょせき)にさえも手の届かない場所に()り、公式のチャムケアグッズ専門店である"チャムケア・チャーミングストア"へ二度とアイテムを(あさ)りに出かけられなくなってしまったのだから。


そもそも、この状況(じょうきょう)(いた)()()けがそのチャーミングストアへこっそり行こうとしたからなのだが、ファンである事を継続(けいぞく)するにしても、比喩(ひゆ)ではなく心の中で完結(かんけつ)するしかないのだ。


それでも、のこちゃんは、チャムケアが好きな事を(みずか)()てるつもりも無かった。


むしろ、これまで(たましい)(きざ)んできた(すべ)てのチャムケア要素(ようそ)を生き()(ちから)へと変換(へんかん)して、あらゆる困難(こんなん)()()つつもりだ。


のこちゃんの中では、"どんなに(つら)い時でもチャムケアはいつも君と(とも)にいる"的な周年記念(しゅうねんきねん)PVの様なイメージが(つね)(まわ)っており、()わばチャムケア・コネクションの体勢(たいせい)である。


そして、不幸中(ふこうちゅう)(さいわ)いなのか、ティハラザンバーには、凶悪(きょうあく)な見た目を気にしなければ"それ"を可能とするスペックがあった。


ならば、答えはひとつ。


チャムケアは、絶対にくじけないのだ。



しかし、不本意ながら現状(げんじょう)では、その見た目通りの活躍(かつやく)(みと)められてと言うか、怪人(かいじん)ムーブの()(かさ)ねで心の底から(さけ)けたいと願う(かい)人生(じんせい)へむしろ()()られ気味なのこちゃんである。


ただ、(たと)え本当にそうであったとしても、矜恃(きょうじ)たる心の最終防衛線(さいしゅうぼうえいせん)では、何があっても怪人(かいじん)(ライフ)()ちるまいと決意していた。


どう(ちが)うのか、余人(よじん)にはよく分からない線引(せんび)きなものの、それだけがのこちゃんにできる現実への抵抗なのだろう。



――――――――――――――――



ティハラザンバーが、全力(ぜんりょく)衝撃波(しょうげきは)(つばさ)の怪物たちを一掃(いっそう)してから数日が()ぎていた。


その翌日からすぐに始まると思われた異次元(いじげん)踏破(とうは)傭兵団(ようへいだん)"魔刃殿(まじんでん)"での活動は、襲撃者(しゅうげきしゃ)に対する事後調査(じごちょうさ)やら何やらで()()びになり、(つか)()のこちゃんを安堵(あんど)させた。


タイミングが悪く、にわかに襲撃者(しゅうげきしゃ)を手引きした工作員という、ティハラザンバーにかけられていた嫌疑(けんぎ)もスッパリと晴れたらしい。


それに関しては、勝手に連れてこられた経緯(けいい)があるので、(いま)だに納得(なっとく)のいかないのこちゃんなのだが、他に行き場の無い事もあって不承不承(ふしょうぶしょう)飲み込むしかなかった。



のこちゃんがティハラザンバーとして所属(しょぞく)余儀(よぎ)なくされている魔刃殿(まじんでん)では、次期(じき)主力候補(しゅりょくこうほ)育成(いくせい)計画(けいかく)通称(つうしょう)"育成組(いくせいぐみ)"と呼ばれる有望(ゆうぼう)な新人の技量(ぎりょう)を底上げするカリキュラムがお(ため)しされていた。


じっさんこと猫系クラスターの(あたま)である白獅子(しろじし)御大将(おんたいしょう)にその実力(じつりょく)を買われて、のこちゃんは、いきなり育成組(いくせいぐみ)へ参加する事になってしまったのだ。


そう言えば、(くだん)嫌疑(けんぎ)の事を知ったじっさんがティハラザンバーの面倒(めんどう)を見ている自分の面子(めんつ)(つぶ)されたと、激怒(げきど)して何人か関係者の首が飛んだとの(うわさ)をのこちゃんは聞いた。


比喩(ひゆ)ではなく本当に首が飛んでいる気がして、その事を考えると目がさえて、(うわさ)を聞いた日の夜にまた睡眠(すいみん)()(そこ)ねてしまった。


いかに姿が変わろうとも、根幹(こんかん)小心者(しょうしんもの)である部分は、ビクともしないらしい。


ただ、同時にのこちゃんは、それで良いとも思っている。


いかにも悪の組織的な殺伐(さつばつ)とした環境(かんきょう)()れてしまえば、恐らく、怪人(かいじん)(ライフ)へ一直線に(ちが)いないからだ。


小心者(しょうしんもの)であればこそ、(したた)かに、注意深く行動しなければならない。


おとなしく(なか)謹慎(きんしん)(てい)で猫系クラスターが使う(とう)の自室と食堂(しょくどう)往復(おうふく)し、衝撃波(しょうげきは)放出(ほうしゅつ)してしまったティハラザンバーの(ちから)を回復させる日々(ひび)を送っていたのこちゃんは、いよいよ育成組(いくせいぐみ)へ参加するようにとの(しら)せを受け取った。



正式に同期(どうき)育成組(いくせいぐみ)参加者全員への顔見せ、その初日(しょにち)(むか)え、観念(かんねん)して集合場所へ向かうしかないのこちゃんの足取りは(おも)い。


やっと到着(とうちゃく)したそこは、高い天井(てんじょう)と大きな(かべ)だけの殺風景(さっぷうけい)な、()()だとよく見かける訓練(くんれん)スペースだった。


しかし、先日(せんじつ)"育成組(いくせいぐみ)"の指導(しどう)を受け持つ老矛(ろうぼう)に呼び出された所と、また別の場所である。


こういった訓練(くんれん)スペースは、あちらこちらに用意されている模様だ。


同期(どうき)(かず)は、(すで)に知りあっているジャガーの獣人(じゅうじん)ベニアや(おおかみ)獣人(じゅうじん)のセイランを(ふく)めても、十名ほどである。


それでもそこには、多種多様(たしゅたよう)獣人(じゅうじん)(すで)に集まっていて、(みな)が個性的な者たちばかりであった。


中でも、ふたり参加しているドラゴン系獣人(じゅうじん)は、(うろこ)の色がそれぞれハッキリとしたピンクと青という印象的な組み合わせなので、(もも)と青とは王道(おうどう)だなぁなどと、のこちゃんの(うわ)ついた注意力(ちゅういりょく)(そそ)がれてしまう。


青い(うろこ)の方のドラゴン獣人(じゅうじん)興味深(きょうみぶか)げに視線を投げ返してきた気がしたので、のこちゃんは(あわ)てて目を(そら)らした。


ここに()ざって何をさせられるのか、不安ばかりが先に立つ。



「ええと、その………………ティハラザンバーです」


よろしくお願いしますと、のこちゃんは目の前にいる者たちへ、(おのれ)の身体であるティハラザンバーの頭をぺこりと下げさせた。


そのちょっとした所作(しょさ)だけで、(まわ)りは表に出さない動揺(どうよう)気配(けはい)とでも言うのだろうか、場の雰囲気(ふんいき)をざわつかせる。


元になっている魔の神獣(しんじゅう)(おお)ティハラが、全身を黄金の毛に(おお)われつつ漆黒(しっこく)縞模様(しまもよう)が入るという派手(はで)な姿だったために、それをそのまま継承(けいしょう)したティハラザンバーの一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)には、注意喚起(ちゅういかんき)の意味で耳目(じもく)を集め(やす)傾向(けいこう)にあるらしい。


さながら、毒を持った生き物が、目立つ警戒色(けいかいしょく)を身に(まと)っているのと()た様なものなのだろう。


(さら)にその上から、白銀(しろがね)(よろい)聖女(せいじょ)より()()いだ、かつて白銀(しろがね)(よろい)(かぶと)だった装甲(そうこう)が身体へ部分的に(かぶ)さる造形(ぞうけい)になっているのだ。


一応(いちおう)、ベニアのおばさんである黒豹(くろひょう)獣人(じゅうじん)のパニアからもらった、革製(かわせい)でやや色落ちした濃紺(のうこん)上着(うわぎ)とズボンを身に着けてはいた。


しかし()(いし)(みず)(ごと)くと言うべきか、ティハラザンバーが何かしら身体を動かす(たび)に、黄金の毛皮と白銀(しろがね)装甲(そうこう)からキラキラと反射(はんしゃ)した光の(つぶ)周囲(しゅうい)へと広がってゆく。


もはや、存在の派手(はで)さだけでは、(おお)ティハラを超えているのかも知れない。


ちなみに、白銀(しろがね)装甲(そうこう)は完全に身体の一部と化していて脱着(だっちゃく)が不可能であり、のこちゃんのイメージする怪人(かいじん)(ぞう)をより補完(ほかん)していた。



『どうした?あれほど派手(はで)実力(じつりょく)(しめ)しておいて、今さら、もの()じするでもないであろう…のこ』


萎縮(いしゅく)した様なのこちゃんのあいさつに、トレーナーは、怪訝(けげん)そうな声をかけてきた。


トレーナーは、(たましい)のみの存在である。


生前は、魔の神獣(しんじゅう)(おお)ティハラを()ち取り封印(ふういん)したという、白銀(しろがね)(よろい)聖女(せいじょ)と伝説に名高い(せい)ザンバー=リナその人であった。


(おお)ティハラが封印(ふういん)されていた漂流結界(ひょうりゅうけっかい)"(おり)"の中に肉体が(ほろ)んだ後も(たましい)()り続け、結界(けっかい)内にある(おのれ)(ふく)めた(すべ)ての(ちから)を使い、瀕死(ひんし)だったのこちゃんの命をティハラザンバーへ(つく)りかえる事で救ったのだ。


その際、少し(あま)った(ちから)貯蔵(ちょぞう)させるタンクとして新たに特殊(とくしゅ)結界(けっかい)を作りティハラザンバーの身体へ付属(ふぞく)させたのだが、(せい)ザンバー=リナの(たましい)は消えずにその中で()り続ける事となった。


以来、のこちゃんがティハラザンバーとしてこれから生き()いてゆける様に、名も"トレーナー"と(あらた)めて戦う方法などをサポートしていた。


ただし、この(たましい)()り続ける現象(げんしょう)偶然(ぐうぜん)結果(けっか)にすぎず、近い将来(しょうらい)に消えてしまうだろうとトレーナー自身が予測(よそく)している。


「…………こういうの苦手だった事、(わす)れてましたよ」


(まわ)りに(とど)かない小さな声で、のこちゃんは、姿のないトレーナーへ(ささや)いた。


チャムケアシリーズでは、転校生であったり新入生であったりと、主人公が新天地(しんてんち)へ足を()()れる所から物語が始まるケースが散見(さんけん)される。


そのシチュエーションを想定(そうてい)して、不安や不本意といった精神的なあれやこれやを(おだ)やかに乗り越えられる気がしていたのこちゃんなのだが、転校で思い出すのはやはり小学校での体験だった。


やくざ者であった父親が()くなり、(すで)に母親も()くしていたため、のこちゃんは母方の実家である佐橋(さはし)の家へ引き取られた。


その春に小学校へ上がったばかりだったのこちゃんは、夏を待たず転校する事になり、ガラリと生活環境(せいかつかんきょう)が変わってしまった。


見知らぬ町、見知らぬ人々(ひとびと)、見知らぬ子供たち。


それでも一からやり直すだけであれば何も問題は無かったのだが、転校して間もなく、のこちゃんの()き父親がやくざ者だったと、どこからどういう訳で流れたのか(うわさ)になってしまったのだ。


悪目立(わるめだ)ちではあったものの、何故かのこちゃん自身にも"粗暴(そぼう)でキレるとヤバイらしい"という設定(せってい)()わり、(さいわ)いながら手を出してくる者もいなかった。


のこちゃんは、クラスメイトたちに距離(きょり)を取られながら、その奇異(きい)好奇心(こうきしん)の光をおびた目に(さら)され続ける事となり、新しい家族である祖父母ときょう姉さんに(おさな)いながら心配をかけるまいと、無理矢理(むりやり)に何も気にしていないそぶりで小学生時代を()ごしたのである。


それ相応(そうおう)負担(ふたん)瑕疵(かし)が、のこちゃんの心へ()いられた。


現在でも、大きな影響(えいきょう)が残っているのは当然だろう。


ちなみに、きょう姉さんとは、母の妹に当たる叔母(おば)佐橋(さはし)京華(きょうか)の事を、のこちゃんが親愛を込めてそう呼んでいる。


理由は分からないものの、暗澹(あんたん)たる様子だったのこちゃんを、とにかく元気づけようと可愛がってくれたのがきょう姉さんなのだ。


その一環(いっかん)で、きょう姉さんの趣味である特撮ヒーロー作品コレクション(ぐん)()びる様に見せられたのだが、のこちゃんには素養(そよう)があったらしく特に拒絶(きょぜつ)もしなかった結果、チャムケアシリーズとの運命的な邂逅(かいこう)()たした。


それが(おさな)いのこちゃんにとってどれほどの救済(きゅうさい)であったのか、これもまた、余人(よじん)には(はか)()れない事だろう。


のこちゃんの人生と言っても過言ではないチャムケアと出会わせてくれた大恩人&師匠(スピリチュアルメンター)こそが、きょう姉さんなのである。


あの大転換(だいてんかん)がなければ、中学校へ上がってからの楽しい日常(にちじょう)は無かったかも知れないのだ。


「みんな、どうしてるだろう…………」


苦手意識(にがていしき)()()られ、いろいろと思い出したのこちゃんは、いま立たされている状況(じょうきょう)意気消沈(いきしょうちん)してしまった。



「ずいぶんと、しおらしい自己紹介(じこしょうかい)だな、ティハラザンバーよ」


当然ながら、育成組(いくせいぐみ)面々(めんめん)へ引き合わせる指導者(しどうしゃ)として、ティハラザンバーの横には老矛(ろうぼう)が並んで立っていた。


老矛(ろうぼう)は、(おおかみ)獣人(じゅうじん)で、満月の様な(ひとみ)(つや)のある(うす)い水色の毛並みが(おお)う顔に(けん)もなく、一見(いっけん)して(おだ)やかそうである。


背筋の()びた自然な(たたず)まいは、モノトーンの(やわ)らかそうな生地(きじ)を使った(たけ)の長い詰襟(つめえり)の服をゆったり着こなす姿と(あわ)せ、武人(ぶじん)と言うよりも(まい)()う者の様な(みやび)やかさが(うかが)えた。


しかし、育成組(いくせいぐみ)指導者(しどうしゃ)である以前に、(おおかみ)獣人(じゅうじん)のクラスター破壊牙々(はかいがが)(ひき)いる長老格(ちょうろうかく)であり、魔刃殿(まじんでん)では屈指(くっし)実力者(じつりょくしゃ)なのだ。


老矛(ろうぼう)もトレーナーと()た様な意見らしく、実力相応(じつりょくそうおう)のアピールをしないティハラザンバーにはやる気がないと見て、しょうのないやつだとばかりにのこちゃんの自己紹介(じこしょうかい)()()いだ。


「…(みな)も話には聞いていると思うが、ティハラザンバーは、その実力(じつりょく)(もっ)て正式に"育成組(いくせいぐみ)"へと(むか)え入れられる事となった。

ここに集められた者ならば心得(こころえ)ているであろう通り、これより(さら)なる切磋琢磨(せっさたくま)にて(はげ)み合い、お(たが)いの(かて)とせよ」


老矛(ろうぼう)の言葉を受けて、ティハラザンバーを見る育成組(いくせいぐみ)参加者全員の目が一斉(いっせい)にギラリと光る。


ここでは、小学校時代のクラスメイトの様に、距離(きょり)を取ってくれる者もいないだろう。


むしろ、率先(そっせん)して(から)まれそうな熱が、その視線(しせん)(ぐん)からは感じとれた。


『ふむ、こやつらの士気(しき)を上げるために、(てい)の良い(あお)り材料にされているな…のこ』


「うう、(いや)だなぁ」


それは、正真正銘(しょうしんしょうめい)のこちゃんの本心(ほんしん)からもれて落ちた切実(せつじつ)なる弱音(よわね)本弱音(ほんよわね)である。


そもそも、魔刃殿(まじんでん)での活動に対して、のこちゃんには積極的(せっきょくてき)にやる気が無い。


その意味でならば、老矛(ろうぼう)の見立ては、正しかった。


しかも、切磋琢磨(せっさたくま)とか、いかにも怪人(かいじん)(ライフ)で言われそうなスローガンであり、のこちゃんとしてはもってのほかなのだ。


努力(どりょく)をするにしても、決してそちらの方向ではない。


そんなのこちゃんの本弱音(ほんよわね)を耳ざとく聞き(ひろ)った老矛(ろうぼう)が、前を向いたまま両目を(ほそ)める。


「ティハラザンバーよ、ぼーっとしておると、いくら(ちから)を持っていようとも足下(あしもと)をすくわれるぞ?」


どうやら、ティハラザンバーが怠惰的(たいだてき)に気を()いていると思われたらしい。


まさか本気で(いや)がっているとは、一撃で(つばさ)の怪物たちを(ほふ)った勇猛(ゆうもう)な姿を間近(まぢか)で見たからこそ、想像の範疇(はんちゅう)を超えているのだろう。


さすがの老矛(ろうぼう)であろうとも、やはり、中身の中二女子がしょんぼりしている様子まで見切(みき)るのは不可能である。


「あっ、ハイ………」


それでも、そのさり気ない教育的指導(きょういくてきしどう)は、のこちゃんの意識(いしき)を現実に向けさせた。


白獅子(しろじし)のヤツといい、そういう所は、お前もしっかり猫系という事か」


そして、(あき)れた様な老矛(ろうぼう)の言葉に、どういう所が猫系なのか後でベニアに()いてみようと思いつつ、のこちゃんは、気を取り直そうと少し反省(はんせい)する。


「しまったな…」


自分は心根(こころね)が弱いと知っているからこそ、チャムケアに(ちから)を借りているし、(したた)かに、注意深くと(みず)(いまし)めたはずなのだ。


いくらティハラザンバーの身体が強くても、心が負けていたら決して事態(じたい)好転(こうてん)しないだろうと、チャムケアでもしっかり(まな)んできた。


だとすれば、ここで気落ちしているのは、迂闊(うかつ)でさえあったと言える。


『この状況(じょうきょう)にも、()れてゆくしかないな…のこ』


「………そうですね………やるべきことは、ちゃんと、やっていかないと」


()にはよく分からなかったのだが、ここの連中の前でもアレをやれば良いのではないか?

ワガハイはティハラザンバー!…であったか、せっかく練習していたのであろう?…のこ』


「二度とやるか!」


そんな事よりもと、のこちゃんは、これまでトレーナーと相談してきたティハラザンバーの身体と能力をちゃんと自分のものとして(あつか)える様にする訓練について、どこから手を付けるべきかを考え始めた。


「………やっぱり、せっかくある双剣(そうけん)が使えないとヤバイですよね」


『その意気(いき)や良し、なれど(あせ)らずに、先ほども言ったが()れる事から始めるのだ。

手始(てはじ)めに双剣(そうけん)は、特殊(とくしゅ)結界(けっかい)へしまっておかず、(つね)に両手で持っているのが良いだろうよ…のこ』


「それだと、単にヤバイやつじゃないですか!」


見た目が(すで)凶悪(きょうあく)と言えるティハラザンバーが、普段より双剣(そうけん)を両手にブラブラさせていたら、(おに)金棒(かなぼう)どころのレベルではなくなる。


怪人(かいじん)(ライフ)への道程(みちのり)容易(たやす)く、その入り口も(つね)身近(みぢか)であり、のこちゃんがいつでも(ころ)げ落ちて来ても良い様に大きく開かれているのだ。


なかなか油断(ゆだん)がならない。



トレーナーとの会話は、余人(よじん)からするとブツブツ(ひと)(ごと)(つぶや)いている様にしか見えなった。


しかし、ティハラザンバーの目が炯々(けいけい)とした光をおびてきた事で、老矛(ろうぼう)はフッと満足そうに小さな息を()く。


「やはり、お前に足りていないのは、単純に場数を()む事だろう。

()ず、現場(げんば)へ出る事を最優先(さいゆうせん)すべきか…ベニアカーラ・ベニアよっ」


老矛(ろうぼう)から名指(なざ)しされ、毛並みに赤味がかかっているジャガー獣人(じゅうじん)のベニアが、同期(どうき)の者たちの中より一歩前に進み出た。


「話は通しておく。

なるべく戦闘()こみの依頼(いらい)案件(あんけん)を中心に実習(じっしゅう)設定(せってい)するから、同じクラスターのよしみで、しばらくはティハラザンバーにつき合ってやるが良い」


指導者(しどうしゃ)(めい)に、黙礼(もくれい)するベニアの目は、少しにやけている様に見えた。


「……ん?何か今、不穏(ふおん)な事を言われた様な」


残念ながら、トレーナーと話していたのこちゃんは、老矛(ろうぼう)の話をよく聞いていなかった。


『ふむ、思った通りこやつは、相手を見極(みきわ)めての教導(きょうどう)()けている様だな。

訓練は、かなり過酷(かこく)になりそうだぞ?…のこ』


「え?………………」


確かに、迂闊(うかつ)な、のこちゃんである。



――――――――――――――――



魔刃殿(まじんでん)本拠地(ほんきょち)としている()()は、青黒い巨大な半球(はんきゅう)を中心に建物(ぐん)が取り巻いて、ちょっとした城下町(じょうかまち)の様に構成されている。


ただ、その建物というのが石と金属らしい建材(けんざい)を混ぜた様な(つく)りに加え、所々(ところどころ)平たい壁面(へきめん)のビルの様であったり(ねじ)れた(とう)の様であったりと、どう見ても異様(いよう)建築物(けんちくぶつ)数々(かずかず)であり、実際に住み始めたのこちゃんからしても町という感じがしない。


外側の境界(きょうかい)に当たる部分には、それらの建物が隙間(すきま)無く()()められていて、(しろ)(とりで)防護壁(ぼうごへき)さながら(いびつ)に守りを(かた)めていた。


そんな場所が、見渡(みわた)(かぎ)荒涼(こうりょう)とした大地に忽然(こつぜん)と、文字通り(おか)孤島(ことう)として存在しているのだ。



魔刃殿(まじんでん)の名に異次元(いじげん)踏破(とうは)傭兵団(ようへいだん)(かん)されている通り、ここに所属(しょぞく)する者たちの主な活動内容は、(やと)われ戦士の傭兵(ようへい)家業(かぎょう)である。


前半の異次元(いじげん)踏破(とうは)については、のこちゃんにもよく分からない。


超強力(ちょうきょうりょく)とか効果抜群(こうかばつぐん)といった、商品のキャッチコピーみたいなものと予想はするものの、さほど気にもしていないのだが。


のこちゃんが老矛(ろうぼう)指示(しじ)によってベニアと共に(おとず)れたのは、魔刃殿(まじんでん)として()()った仕事の依頼(いらい)一括(いっかつ)管理(かんり)して、種族としての適性(てきせい)得意(とくい)な戦い方の力量(りきりょう)(はか)った上で受託(じゅたく)希望者へ差配(さはい)する、言ってみれば斡旋(あっせん)事務所(じむしょ)の様な場所だった。


「こんな他から隔絶(かくぜつ)された場所で、仕事の依頼(いらい)って、どうやって受け付けるんだろう?」


それが、のこちゃんの率直(そっちょく)な感想である。


トレーナーは、それなりの集団が拠点(きょてん)としているのなら、独自の補給手段(ほきゅうしゅだん)があると見て良いと言っていた。


確かに、ティハラザンバーもそれなりの量を飲み食いして、(ちから)の回復には貢献(こうけん)してもらっている。


やはり、同じ様な独自の通信手段(つうしんしゅだん)があるのかも知れないと、のこちゃんは()()えず納得(なっとく)しておくしかない。


所在地(しょざいち)中央(ちゅうおう)()りで、間近(まじか)(そび)え立つ半球(はんきゅう)からも、その御影石(みかげいし)なのか重金属(じゅうきんぞく)なのかよく分からない材質感の表面にびっしりと(きざ)まれている幾何学模様(きかがくもよう)がよりハッキリと見て取れる。


何度見ても悪の本拠地(ほんきょち)(ぜん)としていて、じっさんによればあの中にラスボスなんていないらしいのだが、のこちゃんは(いま)だに懐疑的(かいぎてき)だ。


建物(たてもの)は、事務所(じむしょ)の様なと言っても猫系クラスターや(おおかみ)系クラスターが住む(とう)より大きく立派であり、いかにも中枢(ちゅうすう)一端(いったん)(にな)う部門といった感じが強い。


建物(それ)相応(そうおう)に、出入り口は大きな門の様で、ティハラザンバーの背丈(せたけ)余裕(よゆう)で受け入れられた。


恐らくは、ティハラザンバーも見上げた偉丈夫(いじょうぶ)尖角兵団(せんかくへいだん)の頭であるベルクの巨体でさえ問題の無い高さがあるのだろう。


中へ入ると、一階は受付(うけつけ)窓口(まどぐち)らしき大きなカウンターが設置(せっち)されていて、のこちゃんが小学生の時、住所変更などの手続きに祖父と(おとづ)れた市役所を彷彿(ほうふつ)とさせられる。


「………えっと、ドコへ行けば良いんだっけ?」


そう言えば、市役所の場合だとタブレット端末(たんまつ)(かか)えた職員の人がフロアに立っていて、案内をしてくれたり順番のカードをくれたりした様な記憶がある。


のこちゃんは、()た様な役職(やくしょく)の者がいないか、ティハラザンバーの優れた視覚(しかく)駆使(くし)し辺りを探してみた。


『あまり、初めて来た場所での威嚇(いかく)行動(こうどう)は、自分にとって良い結果に(つな)がらないと思うぞ…のこ』


どうやら、のこちゃんがニヤニヤすればティハラザンバーが牙をむく感じになるのと同じ様に、視覚(しかく)を集中させると目が()わるらしい。


「そんなキョロキョロしなくても、育成組(アタシたち)専用(せんよう)受付(うけつけ)があるって聞いてるよ」


ベニアは、(まわ)りを一度軽く見回すと、苦笑いでそれらしき窓口(まどぐち)へティハラザンバーを(うなが)した。


「わたし、怖い顔してた?」


のこちゃんがそっとベニアへ(たず)ねれば、(かわ)いた笑いのみが帰ってきた。


また一つ、注意しなければならない事が増えてしまったのこちゃんである。



育成組(いくせいぐみ)実習(じっしゅう)関連を受け持つカウンターは一般(いっぱん)の受付と少し(はな)れた(はじ)の方にあって、いかにも現場からの叩き上げと(おぼ)しき頭部が白い猛禽(もうきん)系の獣人(じゅうじん)の男性が、ドッシリと()(かま)えていた。


ティハラザンバーより二回りほど小さな体は、それでもぶ(あつ)くて貫禄(かんろく)がある。


中年(ちゅうねん)にまだ遠そうで、壮年(そうねん)(こな)れた雰囲気(ふんいき)が見て取れるものの、(うす)翠色(すいしょく)(ひとみ)(するど)く光を(はな)っており、現役感が強い。


ただ、背にある(つばさ)は左側が失われているらしく、事務職(じむしょく)なのもその辺りが理由なのかも知れない。


「来たか、老矛(ろうぼう)様から連絡は受けているよ」


「あっ、よろしくお願いします、ティハラザンバーです」


「…ベニアカーラ・ベニア」


受付カウンターに到着(とうちゃく)したティハラザンバーたちが挨拶(あいさつ)をすると、その猛禽(もうきん)獣人(じゅうじん)は、数枚の書類を台の上に広げて提示(ていじ)した。


「一応、指示(しじ)に近いものを見繕(みつくろ)っておいたが、お前たちは正式に仕事を受託(じゅたく)した者たちへついて行く形になるから、そいつらとの相性(あいしょう)(ふく)めて好きなものを選んでくれ」


おっかなびっくり書類をのぞき込んだのこちゃんは、しかしそこに使われている文字が(まった)く読めずに、何が書いてあるか分からなかった。


「トレーナーさん、読めます?」


仕方なく、小さな声で助けを求めたのだが………


『ふむ、この文字は()の時代では見た事がないな、すまない…のこ』


あえなく希望は()たれてしまった。


「………………悪いけど、ベニアが読んでくれる?」


このまま(なぞ)の文字列を(なが)めていても(らち)があかないので、のこちゃんは、()ずかしながら書類をベニアの方へ回す。


就学(しゅうがく)してそれなりの時間を過ごしてきた自尊心(じそんしん)が少しヒリヒリとしたものの、見た事も聞いた事もない文字文化が相手とあっては、もう仕方ない。


「あー、読み書きダメなのか、じゃあ、そういうのは(まか)せてよ!」


これから相棒(あいぼう)をやっていくんだからねと、何やらベニアは、張り切ってティハラザンバーの依頼(いらい)()()う。


「なるべく、わたしも読める様に勉強するから………………」


のこちゃんがすまなそうに言えば、一瞬キョトンとしてから、ベニアは再び苦笑いになった。


「こういうのは分業(ぶんぎょう)って事でも良いんだけど、ティハラザンバーのそういう素直な所も、良いよねー」


『ふむ、それに加えて、(みずか)らの意志で前を向こうと努力する姿勢(しせい)は、()常々(つねづね)良いと思っているぞ…のこ』


何故か突然ふたりから()められて顔が熱くなってしまったのこちゃんは、()(かく)しに早く書類を読み上げてくれるよう、(あわ)ててベニアを(うなが)した。


「えーとね………」


ベニアが読み上げたのは、大凡(おおよそ)こういったものである。


重武装(じゅうぶそう)野盗(やとう)組織(そしき)包囲(ほうい)掃討(そうとう)殲滅(せんめつ)作戦】


聖騎士(せいきし)軍団(ぐんだん)聖方術(せいほうじゅつ)謹製(きんせい)戦闘巨人(ゴーレム)排除(はいじょ)作戦】


孤立(こりつ)籠城(ろうじょう)中の寡兵(かへい)集団救出(きゅうしゅつ)とその敵対勢(てきたいぜい)壊滅(かいめつ)作戦】


越境(えっきょう)侵攻(しんこう)軍団(ぐんだん)への奇襲(きしゅう)陽動(ようどう)作戦】


「………規模(きぼ)の大きい集団戦が多い感じだよねー」


「………………………………………………」


『ふむ、ただ()めるだけでは達成(たっせい)(がた)い、一ひねりが必要そうな案件(あんけん)(そろ)えたものだな…のこ』


「………………………っと、この前、パニアさんの言っていた育成組(いくせいぐみ)主旨(しゅし)って、変わったのかな?」


初心者(しょしんしゃ)なら、初心者(しょしんしゃ)らしくお使いとか警備(けいび)とか、低いハードル設定があって(しか)るべきとのこちゃんは心の底から思う。



掃討(そうとう)殲滅(せんめつ)(たぐい)は、後片付(あとかたづ)けに過ぎないので、経験(けいけん)が目的ならばあまりお(すす)めできませんね」


不意に後から声をかけられおどろいて振り返ると、そこには、のこちゃんが(もも)と青の組み合わせが王道(おうどう)などと(うわ)ついた関心を寄せてしまった、ドラゴン獣人(じゅうじん)のふたりが立っていた。


その時も感じた様に、青い(うろこ)の方が興味深(きょうみぶか)げな気配なので、恐らく、話しかけたのもこちらなのだろう。


ベニアが目を丸くしているのが、のこちゃんの視界(しかい)に見切れている。


「えっと、あなたたちは、どうしてここに…」


そう言いかけたのこちゃんに、こちらの自己紹介(じこしょうかい)がまだでしたのでと、青い(うろこ)のドラゴン獣人(じゅうじん)は、まっすぐな視線をティハラザンバーへと(はな)つ。


「私はアインスブラウ、アインとでも()んでください。

こちらは、尖角兵団(せんかくへいだん)同期(どうき)のガラと(もう)します」


ガラと紹介(しょうかい)されたピンクの(うろこ)のドラゴン獣人(じゅうじん)が、どうもと少し(うなず)く。


アインは、ガラのために間を開けてから、話しを続けた。


「…育成組(いくせいぐみ)での活動にはなるべくご一緒(いっしょ)させていただく事になると思いますので、今後ともよろしくお願いしますね、ティハラザンバーさん」


アインらの突然の接触(せっしょく)に対して(いぶか)しげなベニアの(となり)で、丁寧(ていねい)なご挨拶(あいさつ)にいやはやこちらこそよろしくお願いしますと、恐縮(きょうしゅく)してぺこぺこ頭を下げる日本文化ムーブ丸出しなのこちゃんである。


「ん?なるべくご一緒(いっしょ)??」


アインが少し口を開いて、牙の列をのぞかせる。


どうやら笑ったらしい事は、のこちゃんにも理解できた。


続きます。

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