09 のこちゃんと異次元踏破傭兵団"魔刃殿"
のこちゃんがその目で見てきた限り、異次元踏破傭兵団"魔刃殿"の所在は、広大で荒涼とした不毛の大地に隔絶されていた。
はからずもチャムケアの大ジャンプの様に高く飛び上がって全方位を見渡したところ、彼方に霞んでいる山まで、ほぼ緑や水辺が無いというガチの荒野であったのだ。
妨げる物は何も無く、乾いた風の吹き抜けてゆく空だけが果てしなく広い、ただそれだけの荒れ地が延々と続いている。
魔刃殿の施設は、中心に聳えている巨大な半球のオブジェ?を核とした建物群によって町の規模くらいあるのだが、文字通り陸の孤島だった。
そんな場所への襲撃を考えると、少人数では辿り着くまで消耗が激しい上に、進入口が限られている事もあって侵入自体も難しい。
例え入りこめた所で、前もってよほどの下調べをしておかなければ、施設の何処をどうするべきなのか途方に暮れる未来しかないだろう。
逆に軍隊などで取り囲む場合は、周りに布陣するスペースが十分あるとは言え、八方が隠れる場所さえ無い丸見え状態なのである。
そもそも、大勢でやって来るまでが地理的にも生命維持的にも大変な上に、戦った後は、その来た道を再び帰らなくてはならないのだ。
戦いの素人であるのこちゃんでさえ、想像した時点でやらない方が良いと思える。
これほどの僻地であればこそ、いったん飛び出してはみたものの、のこちゃんも魔刃殿へ身を寄せるしかなかったのだ。
それにも係わらず、金属の甲冑で全身を固めた所謂プレートアーマーの戦士からなる大部隊が、魔刃殿を攻めるべく荒野に展開していた。
よほどの自信があると見えて、陽光の下、堂々と土煙を上げながらである。
数千の頭数であろう、軍団にも匹敵しそうな部隊を構成する戦士たちは、大凡が歩兵と何某かの生き物に騎乗する騎兵を中心としていた。
その襲撃者たちが軍隊なのかどうかは不明なのだが、ハッキリと指揮系統が機能していると見えて、その行動に規律性が窺える。
一方向からの厚い集中攻撃を想定した陣形なのか、全体的にそれほど広がらない様にしながら、今まさに配置を完成しつつあるらしい。
ひしめき合う鎧が、陽の光をキラキラと反射させて、荒野を無機質に躍動せしめている。
「よく、こんな所まで、あんな大人数でやってこれたよね…」
素直に、全員での移動はさぞや苦労しただろうなと、変な感心をしてしまうのこちゃんである。
これから襲撃される場所にいるという、現実感が乏しいのだろう。
『ふむ、ならばそれでも尚、攻めるに値する"うま味"が魔刃殿にあるのであろうよ。
飛び出した後、再びこちらへ赴く前に、独自の補給手段があると見て良いと、余が話した事を憶えているか?…のこ』
「ああ、魔刃殿の中には結構な人数がいるみたいだし、何か秘密があるって事かって、あ!」
そう言えば、のこちゃんは、最初に狼獣人の警備担当勢から包囲された時、食事を用意してくれるみたいな話を聞いた事と、魔刃殿へ来てからこちら何も飲み食いしていなかった事を思い出した。
「でも、あんまりお腹が減ってる気がしないんだよなぁ………」
不思議に思いながら、のこちゃんは、ティハラザンバーのお腹をさする。
『もしかすると、睡眠をとらずに活動可能な事と、同じ理由かも知れないな…のこ』
「え!?それって………」
「先ほどから一人で何をぶつぶつ言っておる、ティハラザンバーよ」
トレーナーとの話しに夢中になって、のこちゃんは、一緒に襲撃者の部隊を見ていた老矛から訝しまれてしまった。
現在、のこちゃんは、これから戦場にならんとする荒野を一望できる場所に立っていた。
魔刃殿の外側を仕切る建築物の境界部分には、平たい壁面のビルっぽい物や捻れた塔など、施設の内側に林立しているそれと似た物が隙間無く敷き詰められている。
さながら歪な城壁の様相を呈するそこには、大凡の城や砦の防護壁がそうである様に、警戒・警備・防衛を担うための側防塔が並びに点在する。
側防塔の部分には、もれなく外側を見渡せる広い屋上が用意されていて、高い位置から地上の状況がよく把握できるのだ。
老矛は、狼系獣人のクラスターを率いる立場に加えて、有望な新人を予め鍛えて戦力としての底上げをする試み、通称"育成組"の指導を受け持つ教育者でもある。
敵の襲撃を報せに集合した警備担当者たちへ指示を出した後、これも育成組の見学であると称する老矛によって、ティハラザンバーはここへ連れて来られたのだ。
もちろん、ジャガーの獣人ベニアや狼獣人のセイランたちも、一緒に連れられて来ていた。
屋上は、余裕でティハラザンバーが歩き回れるくらいのスペースがあるため、皆で登っても窮屈にならない。
ひょっとすると、のこちゃんが通っていた中学校の屋上よりも広いのではないだろうか。
「その、いきなりの事で、色々と驚いてしまって…つい」
老矛に不意を突かれた形ののこちゃんは、苦しいと分かりながらも、言い訳をひねり出した。
少なくとも、ティハラザンバーとして目覚めてから驚きの連続だったと言えるので、嘘では無い。
「…そうか」
それで納得したのか不明なものの、片眉を少し上げると、老矛は襲撃者たちに視線を戻す。
そもそもトレーナーの事は、他人にどう説明したら良いのか、自分でもよく分からない。
とは言え、これからもトレーナーとのやり取りは必須なのだから、説明しないならしないなりの対策を考える必要があると肝を冷やしたのこちゃんである。
「………………(気をつけよう)」
「やっぱり、戦いが始まりそうな空気って、そわそわするよね!」
ちょっとした挙動不審な空気になっていたティハラザンバーを気遣う様に、ベニアは、それを戦う気分が高揚していると解釈したらしく、分かる分かると相づちを打つ。
今後の事を思えば、ティハラザンバーが好戦的な性格とされるのは、また絡まれたりしそうなのであまり歓迎すべき状態ではない気がするものの、頑なな態度も反感を買い易くて同じくらいに拙い。
「え?、あぁ…そうかな、そうだね」
のこちゃんは、日本的な曖昧さと、小学校時代に培った遠ざけられつつも悪感情を集めない様に過ごすノウハウを駆使して、無難に応えた。
同級生のみならずその親たちにも対面する機会があったので、咄嗟にのらりくらりとした対処をする事には、それなりに慣れている。
何より、それで場が収まるなら仕方がないのだ。
『余も注意しよう…のこ』
真面目なトレーナーに、のこちゃんは、少し笑ってしまった。
驚いたと言えば、襲撃者の大部隊が展開する中に、全身を長い体毛に覆われた恐らくアフリカゾウより巨大な生き物が散見される事である。
空にはまた、別の全身を長い体毛に覆われた生き物が、そこそこ大きな翼で風を切りながらかなりの数で群を成している。
甲冑姿の戦士たちも中身が人間なのかハッキリとよく分からないものの、のこちゃんには、それらがどんな生き物なのかまったく判断がつかない。
「それより、何か、陸のでっかいのと、飛んでるでっかいのが………」
としか言い様がなかった。
『ふむ、あれらの怪物は、戦いの決定力として飼い慣らされているのであろうよ…のこ』
トレーナーは怪物について知っていた様で、特に陸の方は露払いとして敵の軍勢に突撃させたり、城塞の防壁を突破するために使役されると説明を続けた。
「怪物なんだ、アレ」
確かに、あんな巨体で突進して来られたら、並大抵の脅威ではないだろう。
飛んでいる怪物も併せ、長い体毛が金属の様に硬くて、なかなか頑丈なので勢いがつくと厄介なのだとトレーナーは話しを締めくくる。
気をつけて簡潔に話す様にしているらしい事が、のこちゃんには分かった。
「ふん、攻城の策まで用意して来ている様だな。
あれらで、空から運んだとみえる…ご苦労な事だ」
のこちゃんの呟きに反応したのか、老矛は、翼の怪物たちを一瞥すると歯牙にもかけない様子で独りごちる。
「飛んでるのは、こっち来そうでヤダな…」
よく考えると、青空天井で己の姿も外へ晒しているこの状況は、不安と言えば不安である。
特に昼日中となれば、ティハラザンバーの黄金の毛並みは目立つ気がしてならないので、怪物の目につくのではないかとついキョロキョロ空を見てしまう。
いくら身体がティハラザンバーでも、基本の中身は、小市民的な中二女子であるのこちゃんなのだ。
「見て見てティハラザンバー、魔刃殿の戦力も出てるよ!」
ベニアに促されて視線を地上へ動かしたのこちゃんは、展開する襲撃者側の部隊とは比較にならないほどの小さな集団が、その正面に真っ向から対峙している姿を確認する。
瞬間、先ほど集まっていた警備担当の狼獣人たちを連想したのこちゃんであったが、よく見れば角があったり体格が厳つかったりと、魔刃殿には他にもまだまだ色々な種族がいる事が分かった。
よく思い出してみれば、引き続き施設内部の警備をしっかりするようにと、老矛は指示を出していた気がする。
外へは、出ていないだろう。
「尖角兵団か…確かに、丁度戻る頃合いであったな」
「ああ、尖角兵団っていうのは、ドラゴン系のクラスターでね、魔刃殿でも特にマッチョな連中なんだよ!」
何やら老矛が呟く横で、ティハラザンバーの頭の上から"?マーク"が出ていたのを察したのか、ベニアが補足してくれた。
ただ、強いのは良いのだけど、まったく冗談が通じないツマラナイ奴ばかりなんだと、悪評で偏っている気はしたのだが。
「………それにしても、少なくない?」
「あれだけではない、周りをよく見てみろ」
セイランもいくつか視線を巡らせて、のこちゃんを促す。
明るく見晴らしの良い荒野である事も手伝ってか、ティハラザンバーの目を凝らせば、大凡の存在はのこちゃんにも認識できた。
「本当だ」
確かに、言われてみれば尖角兵団の他にも、魔刃殿の戦士と思しき数名が襲撃者の部隊を囲む様に散開していた。
だからと言って数が少ないのは変わらず、当然と言うべきか、襲撃者側もそれらに対して反応していない。
粛々と部隊配置を整える様子からは、正面の尖角兵団を含め、大勢の圧倒的な攻撃で一気に飲み込んでしまうつもりなのだろう。
その意味でも、怪物の存在が有効なのかも知れないと、のこちゃんは腑に落ちた。
「………あれ?、あの白っぽいのは、じっさんかな」
のこちゃんは、散らばっている戦士の中に、ティハラザンバーやベニアが所属する猫系クラスターの頭をやっているらしい者の姿を発見した。
『ふむ、昨日見せられた力の道筋と違わぬな…のこ』
トレーナーが肯定し、すぐ前へ出たがるのは白獅子の悪い癖よなどと、老矛もぼやいているのでやはり本人なのだろう。
そう言えば、黒豹獣人のパニアからも立場に対する自覚が足りない的な説教されていたなと、のこちゃんは思い出した。
パニアは、ベニアのおばさんであり、じっさんの代わりに猫系を取り仕切っている女幹部である。
ティハラザンバーのおしりを気にして、服をくれた良い人なのだ。
ちなみに、パニアが猫系を取り仕切っていると言っていたのは、じっさん本人なのでそれも本当なのだろう。
それは、それとしてである。
「あれ………パニアさんに、また怒られるんじゃないかな?」
素朴に思った事をのこちゃんが呟くと、ベニアは、ただただ乾いた笑いをこぼしていた。
どうやら、怒られるらしい。
『そら、あやつから仕掛けるようだぞ…のこ』
トレーナーがそう言うやいなや、じっさんの放っていた揺らめきの流れは一気にふくれあがり、奔流となって前方へと向かう。
「あっ、昨日わたしがされたのと同じ感じだ…って、え?!」
確かに、間近で見せられたモノとじっさんから感じるモノは同じなのだが、どう見ても様子がおかしかった。
上から見ていて分かるのは、じっさんの揺らめきの流れが勢いをつけた後、膨張と異様な伸び方を示した事だ。
あたかも山奥の渓流がやがて大河へと変遷する様に、大きく長く、そしてそれは、殆どの陸の怪物へと一直線に至っている。
最初から、陸の怪物をその直線上に捉えるための位置取りをしていたに違いない。
相変わらず襲撃者の部隊には何も動きがなかったものの、のこちゃんが体験したあの空気が変わる怖さを察知したのだろう、怪物たちが一斉にそわそわと落ち着つかなくなった。
「じっさんは、陸の怪物をひとまとめでぜんぶ狙ってるんだ!…でも、どうやって?」
のこちゃんの言葉に隣で驚きの声を上げたベニアは、集中してじっさんの挙動を注目している。
『どうやっても何も、余も恐らく昨日の太刀筋と同じ様なものだと思うぞ…のこ』
同じ感じがするのであろう?と改めて問われても、それは間違いないにせよ、状況が違いすぎて戸惑うばかりである。
「あっ、じっさんが構えたよ、ティハラザンバー…」
ベニアに声をかけられるまでもなく、既視感のある両手持ちの大上段へ大剣を掲げたじっさんの姿を、一刀のための踏み込みまでは、のこちゃんもハッキリと捉えていた。
しかし、ティハラザンバーの眼をもってしても、あっけなく見失った。
その刹那、一筋の疾風が、襲撃者部隊を通り抜ける。
一拍の間の後で、すべての陸の怪物とその直線上に存在していた甲冑の戦士が、その身体を真っ二つにされて地へ崩れ落ちた。
それ以外は、攻撃の余波で周りを吹き飛ばす訳でもなく、他の甲冑の戦士たちに何事も起こらないまま静かなものである。
空気の変化に気が付かなかった甲冑の戦士たちは、自分が斬られた事に、若しくは隣の僚友が一瞬にして絶命した事にも気がつかなかっただろう。
ただ、その直後、両断された怪物と戦士たちの死体から血液がまき散らされる段になり、ようやく自分たちは攻撃されたのだという事に理解がおよぶ。
我に返った襲撃者たちの動揺がどんどんとエスカレートしてゆくさ中、のこちゃんが気がついた時には、元々立っていた場所から襲撃者部隊の反対側へとじっさんもすでに移動を終えていた。
文字通り、一瞬にして、一直線に斬り進んだらしい。
『ふむ、やはり昨日のものと同じ太刀筋であったな…のこ』
それ見た事かと言わんばかりのトレーナーの陽気な口調に、つまり、あそこで双剣が出てこなければティハラザンバーも真っ二つだったに違いないと、今更ながら、のこちゃんは背筋を凍らせる。
「………………………………」
「………………………………」
じっさんの凄まじい剣技にのこちゃんとベニアがあっけにとられて言葉を失っている中、老矛は、セイランに話しかけた。
「見たかセイラン?
白獅子のヤツは、いまだにムラッ気も多い戦いたがりの粗忽者ではあるが、殊接近戦に至っては一つの到達点であろう。
今日見た事は、必ずお前の良き教材になるはずだ」
「はい、老師。
白獅子の御大将、恐ろしいお方です………」
そう言いつつも、セイランは、チラリとティハラザンバーの方を見た。
思わぬ戦いの幕開けに襲撃者たちの部隊が浮き足だった機を逃さず、正面の尖角兵団と他の魔刃殿の戦士たちは、一斉に敵へと襲いかかった。
じっさんの剣とは打って変わり、どの攻撃も力任せで派手な威力の大技を使って、端から襲撃者たちを蹴散らしている。
のこちゃんがようやく心の平静を取り戻した頃には、どうやら指揮系統も乱れていて襲撃者部隊が数の優勢を無かった事に、ともすれば劣勢にも見えるほどだった。
それでも、何とか状況を立て直しつつ持ちこたえているのは、このまま壊走しても荒野でのたれ死ぬしかないと分かっているからだろう。
「高みの見物か?老矛」
眼下の戦闘に気を取られていた所、背後から急に声がしたので驚いたのこちゃんが振り向けば、そこには、ティハラザンバーよりも二回りほど大きな身体の者が立っていた。
それは、偉丈夫を絵に描いた様な分厚い逆三角の上半身とドッシリとした下半身に、鈍色の鱗を全身に鎧う武者の様である。
尖った顔には、真紅の瞳が炯々としており、言葉を発する度に開閉する顎からミッシリと並んだ鋭い牙がのぞく。
頭部からは、のこちゃんがいつか写真で見た水牛の様な豪快で立派な角が、上に横にと八本くらい聳える。
その身に纏う丈が長い陣羽織の下からは、やはり鈍色の鱗を鎧った太いしっぽが飛び出していて、強く主張している。
それは、まさしく直立したドラゴンであった。
「後学のための見学だ、ベルクよ」
老矛は、振り返りもせず、ツマラン事をわざわざ訊くなとばかりに背後の直立ドラゴンへ言い放つ。
「なるほど、育成組の一環であるか…」
そのまま、老矛と直立ドラゴンは何やら低い声で話し始めたが、ティハラザンバーの耳にもよく聞き取れなかった。
「あれが、尖角兵団の頭だよっ」
ティハラザンバーの顔に自分の顔を寄せてきたベニアが、また、小声で補足してくれる。
確かに、現物を目の当たりにすれば、事前のマッチョ評にも頷けたのこちゃんである。
「顔、怖いね…」
「………そうだね」
のこちゃんも小声で応じたのだが、今のベニアの間は何だったのだろうと、ちょっと引っ掛かった。
ともあれ、老矛と話しに来たのであれば関わりを持たないに越した事はないと、のこちゃんは、再び地上の戦闘へ意識を向ける。
『ふむ、こやつにも何れ挑んでみるのも良いと思うぞ…のこ』
トレーナーがまたしてもご無体な事を言い出したので、のこちゃんは、乾いた笑いで聞き流す。
ちなみに"ご無体な"とは、きょう姉さんと一緒に見ていた時代劇で、悪者の偉い人が立場の弱い人へ理不尽な要求を突きつける際によく言われていたものである。
使い方は合っているはずと、のこちゃんは、余計な事を考えて後の直立ドラゴンからできるだけ気をそらす。
あんな身体を真っ二つにされかねない危ない事は、じっさんだけでもう十分なので、自ら望むなどもってのほかなのだ。
「其方が、ティハラザンバーであるな?」
それは、ティハラザンバーにしっぽがあれば、ビックリのあまり膨らんで立っていた所であろう、その2だった。
さすがに無視する訳にもいかないので、はあ…と思わず出てしまった間の抜けた声と共に、のこちゃんは、直立ドラゴンの方へ渋々向き直った。
やはり顔が怖い。
ベニアが言う"魔刃殿の一番のマッチョたち"を率いる幹部だけの事はあるのだろう。
大きな姿で、ティハラザンバーの身体をもってしても見上げる形のそれは、間近だからなのか威圧感がとんでもない。
そんなのにまた突然因縁をつけられて攻撃されたらヤダなと、のこちゃんは、どうしても悲しい気持ちになってしまう。
言うまでもなく、そうなれば命がけなのだ。
「ティハラザンバーよ、このベルクは、白獅子のヤツや我と同様に、いま戦っている尖角兵団を預かる者だ。
そうそう無意味に下の者へ手を出したりせぬから、お前もそんな顔をするな………まったく、白獅子のヤツは、下を育てる事に本当に向いておらぬな」
老矛は、ヤレヤレといった口調で、直立ドラゴンことベルクをのこちゃんに紹介する。
「あ、はい………………」
「身共は、ベルクという。
遠征帰り故、白獅子が手ずから拾ってきたと噂に聞いた、其方の顔を見に来ただけである。
取って喰ったりせぬから、安心するが良い」
ベルクはそう言うと、ぐわっと身をかがめ、値踏みする様にティハラザンバーを頭からつま先にまで視線を這わせ、思う所があるらしくフムフムと何やら頷いている。
言われてみれば、老矛もそうであった様に理知的なスタンスで話しが通じそうではあるものの、目をそらしたら気が変わって攻撃されない保証もない。
のこちゃんは、何かあればすぐ逃げられる様にベルクから注意をそらない事を努めつつも、より間近に見るベルクのドラゴン顔に戦慄していた。
ティハラザンバーの頭部に比較すると、三倍以上の大きさがあるのだ。
気を抜けば折れそうなこの精神状態では、『TUGって!チャムケア』の主人公ケアフリューゲルの様に心の中で自分を鼓舞し続けなければ、のこちゃんの胆力が追いつかない。
ちなみに『TUGって!チャムケア』はシリーズ15作目の周年記念タイトルであり、ファンの間で結末に賛否両論あるものの、いつも誰かを応援するために小さな体とすぐに折れてしまいそうな心を自らの強い意志で鼓舞して戦い続けた主人公、ケアフリューゲルが根強い人気を誇っている。
これまでも気弱になった時には、ケアフリューゲルの応援するフレーズを心の中で繰り返して、何とか持ち直してきたのこちゃんなのだ。
「………………(ヤサカヤサカともだち!ヤサカヤサカ自分!ヤサカヤサカともだち…)」
ほどなくして、満足したのかベルクは姿勢を戻す。
しかし、のこちゃんは少しホッとしたものの、油断大敵とまだ警戒を緩めたりせず、じっとベルクの挙動を注意して見ていた。
ベルクはその様子に、目を細める。
「なるほど、それでティハラザンバーであろうかな…確かに力は感じるな、面白い。
老矛よ、身共は構わぬ、其許の采配に委ねよう」
ベルクはくふくふと楽しげに息を綻ばせながら老矛にそんな事を言ったかと思えば、ひょいと縁側から庭へ出る様な気安さで、3~40メートルくらいありそうな側防塔の屋上から戦闘中の地上へ飛び降りてしまった。
「えっ?!」
厳つい見かけによらず、足音も立てない身軽さの素早い行動であったため、意表を突かれたのこちゃんである。
しばらくして、地上からは低い地響きが聞こえた。
「うわ、飛べたわけでもないのか………ビックリさせられっぱなしだったよ」
「ねー、マッチョでしょ?無駄に頑丈だから、やる事が何でも大雑把なんだよ」
『ふむ、ティハラザンバーは、もっと高い所まで自力で飛び上がった後、難なく着地していたではないか。
ここは、あれよりずいぶんと低い位置だぞ…のこ』
ベニアと一緒に下をのぞき込んでさすが幹部怪人いやドラゴンと呆れていた所、トレーナーから軽くつっこまれてしまい、のこちゃんは、そう言えばそうだったと複雑な気持ちになった。
当然、改めてティハラザンバーの脚力をここで試すつもりは、毛頭ない。
「さて、ティハラザンバーよ、先ほどセイランとの手合わせで見せたアレは、今ここでも使えるか?」
不意に話しかけてきた老矛の言葉に、のこちゃんは、へ?と再び間の抜けた声を出してしまった。
アレとは、やはり衝撃波の事であろう。
「あぁ…はい、出そうと思えば出せるとは思うんですけど………」
あの時、ケアアンティアのバトルスタイルをイメージして身体を動かす事に集中していたから、まさか衝撃波をこの手で発現させる事になるとは思わなかった。
しかし、トレーナーが言っていた"戦いに有利となる能力ならばあるに越した事はない"の理屈も分からざるを得ないので、のこちゃんは、今後の練習次第なのだが何とかする必要性も感じていた。
ただ、今すぐここでとなると、正直言って自信は半々である。
ただ、感触からすれば、何かしらチャムケアの技をイメージする事で形にできる気はするのだが。
「そうか」
ポツリとそう言うと、老矛は、手刀の形にした手を空へ向けて伸ばす。
その先には、地上の戦闘の流れ如何によって攻撃にも参加しそうな様子を見せる、翼の怪物が群を成していた。
その数は、20を下らないだろう。
「月輪想拳、皆も見ておくが良い」
ティハラザンバーとベニアが注目し、セイランが姿勢を正す中で、伸ばされた老矛の手刀の先が輝き始める。
輝く手刀が軽く円を描けば、光の輪は老矛からするりと離れ、手近な翼の怪物へと向かって疾った。
そして、かわす間もなく二頭の怪物が光の輪に焼き貫かれ、バラバラにされた身体の部位を地上へとまき散らす。
淡々とした殺戮を残して光の輪は消えたのだが、怪物の群れに、さし迫る脅威を識らしめる結果となった。
翼の怪物たちの敵意が、側防塔の屋上にいるティハラザンバーたちへと集中する。
群全体が一斉に滑空を始め、勢いと狙いをつけて、こちらへ殺到する気配を濃厚にしていた。
「ティハラザンバーよ、お前もアレで、あの怪物どもを攻撃して見せよ」
「そんな、ご無体な………」
思わず口に出してしまった、のこちゃんである。
「タイミングが悪かったのだ」
「え?」
「襲撃者はそれなりに現れるのだが、この様なそこそこの規模で部隊編成を準備した、本格的な侵攻の形は滅多にないからな…」
老矛は、ティハラザンバーを正面から見据えて、お前が敵の内通者であると魔刃殿内部で嫌疑がかけられているとハッキリ伝えた。
一瞬、何を言われたのか理解できずにキョトンとしてから一拍置いて、ティハラザンバーの目は丸くなり、口があんぐりと開かれる。
「ええええええっ?!?、いや、あたしは勝手に連れてこられて、でも、他に行ける所もないから、だから、それなりに覚悟もしてるのに、ええええええっ!?!」
もちろん根も葉もない濡れ衣であるのだが、のこちゃんはそれを主張するあまり、動揺しすぎでかえって怪しい感じになってしまっていた。
『先ずは落ち着いて、こやつの話を聞くのだ…のこ』
「ああ、解っておる。
お前の馬鹿正直な戦い方を見れば、そんな腹芸のできる玉ではないとな…だが、実際にお前を見ておらぬ者どもは、そうもいかぬのだ」
新参者が未知の存在故に避けられぬ負荷があると、老矛は相変わらずヤレヤレとした口調で、ある意味ティハラザンバーの狂態にも惑わされず言い聞かせた。
トレーナーの窘めを併せて、この老矛の淡々とした姿勢により、こちゃんの気の動転にも多少のブレーキがかかる。
確かに、老矛は、教育者としての才覚が長けているのかも知れない。
それにしても、信じてもらえて嬉しい様な、貶されてムッとしている様な、どちらともつかない複雑な面持ちで、のこちゃんはうーんと呻る。
『ふむ、なればこやつは、ティハラザンバー自身の手で敵勢を攻撃して見せ、己の立場を衆目に知らしめよと言っている訳だな…のこ』
「ぐう………………」
追い詰められて文字通りぐうの音をこぼしているティハラザンバーから空へ視線を移し、老矛は話しを続けた。
「どうれ、怪物どもがそろそろ良い塩梅で集まって来る頃合いだな。
何も、完全に墜として見せなくとも良い。
先ほど見せたアレを、群れた怪物の真ん中辺りへ派手に放てば、一応の体裁は整うだろう」
そうなれば白獅子のヤツも我も先ほどのベルクもお前の後ろ盾になってやれると、老矛は、再度ティハラザンバーに強く攻撃を促す。
さすがにここまでお膳立てをされてしまえば、やらない選択肢は無い状況だとのこちゃんにも分かる。
のこちゃんは、不安でいっぱいになりながら、翼の怪物たちを見据えた。
あれから一気に怪物たちが殺到してこないのは、老矛の放った光の輪を警戒しているのだろう。
『怪物は、使役されれば使う者の思惑通りに人へ害を成すが、野に放たれれば無差別に人へ害を成す類のものだ。
遠慮せずに、あらぬ疑いを晴らせ…のこ』
トレーナーも、のこちゃんの気持ちを軽くするために、気を遣っている様だ。
こうなったら、恐らく怪物をビックリさせれば逃げたり落ちたりしてくれるかも知れないし、ダメならダメだったで何とかしてもらえるだろうとのこちゃんは腹をくくった。
「………出せれば良いんだけど…こんな状況は初めてだから、本当に知りませんよ?」
経験そのものがないと念を押したつもりののこちゃんなのだが、当の老矛は、分かった分かったと頷くのみである。
「外しても牽制になるから、その代わりに、全力で放て」
実の所、ティハラザンバーが田舎から出てきたばかりで、大がかりな戦いに経験がないので戸惑っているくらいにしか、老矛は思っていない。
本当に分かっているのかなぁとぼやくティハラザンバーの背に、今度は、ベニアとセイランが手を添えた。
「こっちもドキドキしてきたよ!」
「期待している」
「………善処します」
文字通り、二人に背中を押されたこのシチュエーションは、なかなかチャムケアっぽいぞと少しだけテンションが上がるのこちゃんだった。
やはり、イメージしやすいのは必殺技である。
しかも、威力が凄そうな勢いと派手さを重視するとなれば、初代チャムケアを思い出さざるを得ない。
黒を基調としたケアナイトと白を基調としたケアライトの二人による記念すべきシリーズ最初の合体攻撃であり、二作目『チャムケア!MarvelousHowl』のそれは、放送二年目のパワーアップ版もである。
すでに、のこちゃんの脳内では、ファンからも親愛を込めて断罪の鐘やら処刑のファンファーレなどと呼ばれる必殺技のBGMが鳴り響いていた。
「あの…」
「何だ?」
「イメージを固めたいだけで、これから言う事には特に意味がないので、あまり気にしないでください」
老矛の方へティハラザンバーの首だけを向けて、のこちゃんは、少し恥ずかしそうに告げた。
「方術の詠唱の様なものか?構わん、続けよ」
のこちゃんは頷くと改めて翼の怪物たちへ向き直り、ティハラザンバーの右手を開き思い切り前へ突き出して「ナイトゲイザー!」、同様に左手を天へと突き出し「ライトゲイザー!」と叫んだ。
これは言うまでもなく、初代チャムケアの二人による必殺技の前段階に当たる仕草であり、もう後に退けないという、のこちゃんが覚悟を宣言したものである。
大勢の友だちを前にして、自信のないカラオケを歌う時に、いきなり絶叫してしまうアレと似た様なものだろう。
かくして、のこちゃんの明確なイメージに、身体は再び応えた。
その両手には、軽く周りの空気を巻き込む様なうねりがまとわりつき始め、衝撃波の予兆が顕れる。
これは行けそうだぞと踏んだのこちゃんは、呪文の様に必殺技の口上を情感込めて、更にイメージを固めてゆく。
「チャムケアの気高き魂が!悪辣な性根を粉砕する!」
のこちゃんが調子に乗ってきたせいか、ティハラザンバーの全身からも発せられた衝撃波の予兆が両腕へと集中して行き、収束を見せ始めた。
両腕の周りの空気が渦を巻き、それは、次第に唸りを響かせながら速度を増す。
刻々と変化を見せるティハラザンバーの様子を、周りの三人も固唾をのんで見守っている。
「チャムケア・グレイ・ストリーム!…」
ここにきてのこちゃんは、どうせなら翼の怪物たち全体に影響させたいなぁと思い始めた。
老矛は外しても牽制になると言っていたものの、影響が無かった怪物から襲われてしまう可能性に気が付いたからだ。
しかし、攻撃が分散してしまったら、それはせっかく固めた必殺技のイメージと異なってしまう。
どうしたものかと悩みながら、のこちゃんは、ティハラザンバーの腕を伸ばしたまま両手の平を前でガッチリと組み合わせ様とする。
その手の組み合わせがこの必殺技のミソなのだが、高速回転する空気の収束が原因なのか、強い抵抗が生じてなかなか組み合わせられなかった。
「?!?!?!?!」
ここで止めたら、さすがに恥ずかしすぎる。
目に見えて、のこちゃんは焦り始めた。
そんなティハラザンバーの動きを察知してなのか、或いは最大の脅威と見定めてなのか、怪物の群れが遂に攻撃の態勢へ入る。
「…早くせよ」
「っくっ」
老矛にせっつかれて、慌てたのこちゃんは、力任せに両手の平をガッチリと組み合わせた。
ぎゅう…と組み合う手、これなのだ。
刹那、両腕に収束していた高速回転する空気が一つの巨大な渦となりのこちゃんの視界を覆い尽くすと、衝撃波を放つ準備が整った事を知らせる。
おっと、その前にこれを忘れてはいけないと、のこちゃんは、組んでいた両手を一旦解いて、同時に引いた両腕へ力を込め、力こぶを作る形にしてから再び前へ向かって突き出し手を開いた。
「マーベラスー!!」
一度整った巨大な渦は、のこちゃんが訳の分からない動きをしても律儀にその場にとどまっており、改めて撃ち出す意志を受けるやいなや爆発的な反応を示した。
大きく膨らんだと思えば、しかし分散せずに、前方へのベクトルを維持したまま極太に収束された衝撃波として一気に解放されたのだ。
トレーナーや老矛から言われた通りに、のこちゃんは全力で撃ち出すイメージを紡ぎ、ティハラザンバーから衝撃波を放った結果である。
巨大な渦から変化した衝撃波は、疾風怒濤の勢いで、翼の怪物たちの群れをまっすぐに撃ち抜いた。
周囲の空気を巻き込んで大きく穿つそれは、さながら戦場の空が引き裂かれた様な、圧倒的な光景だった。
やがて、衝撃の奔流が収まれば、巨大な渦に塞がれていたのこちゃんの視界も晴れてゆく。
轟々と、衝撃波の通りすぎた空間は文字通り一掃され、怪物の群れは肉片ひとつ残さずに消滅してしまっていた。
「………………………………あれ?」
そこには、両手を前へ突き出す形で衆目に晒されている、ポカンとしたティハラザンバーの姿があった。
続きます。




