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わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望-  作者: 虎竜王NV
第一章:のこちゃん、怪人になる
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07 のこちゃん、眠れなくなる


のこちゃんが異次元(いじげん)踏破(とうは)傭兵団(ようへいだん)"魔刃殿(まじんでん)"から(あた)えられた個室は、広さはともかく、(かべ)(ゆか)も石造りっぽい素材がむき出しである。


その頑丈(がんじょう)そうで無骨(ぶこつ)な感じは、獣人(じゅうじん)の本能をして野生動物が身を(かく)すが(ごと)き気を休める感覚に沿()意匠(いしょう)なのか、使用する者の粗暴(そぼう)さから()えるための処置(しょち)なのかは分からない。


ただ、のこちゃんの様な庶民的(しょみんてき)(もの)の心に、安らぎを喚起(かんき)させる設計(せっけい)をされていない事は確かだろう。


思い返せば、黒豹(くろひょう)獣人(じゅうじん)のパニアに連れられて歩いたこの(とう)その物が、廊下(ろうか)から何から同様に頑丈(がんじょう)そうだったので単純に後者(こうしゃ)なのかも知れない。


のこちゃんは、部屋に(そな)()けられていた寝台(ベッド)に身体を横たわせると、上をぼうと見ていた。


やはり、天井(てんじょう)頑丈(がんじょう)そうだ。


地震が来たらここは大丈夫なんだろうか?などと、つい日本人らしい事を思う。



休む体勢(たいせい)となったのこちゃんに対する気遣(きづか)いなのか、(せい)ザンバー=リナの声は、何も話しかけてこない。


その(せい)ザンバー=リナは、(いず)れのこちゃんだけを残して、ティハラザンバーの中から消えてしまうのだと言っていた。


特に(ねむ)くなかった事も手伝って、のこちゃんはティハラザンバーとして生きていかなければならないこれからへ、どうしても思いを(めぐ)らせてしまう。


魔刃殿(まじんでん)所属(しょぞく)する以外の手段が無かった以上、のこちゃんの未来には、怪人(かいじん)傭兵(ようへい)として戦いが待っているはずである。


「ひとりで………………かぁ」


小さく(つぶ)きながら、ふと(まわ)りに視線を(めぐ)らすと、寝台(ベッド)近くの(かべ)に小さな(かがみ)がはめ込まれている事に気がついた。


ここへ来て、初めてティハラザンバーの姿を確認した金属製のフラットな鏡面(きょうめん)と同じ感じなのだが、全身を(うつ)せたサイズの物と違って手の平くらいしかない。


頭の(そば)にあるため、そこには、ティハラザンバーの顔が(うつ)っている。


「いや、こいつとか………」


のこちゃんは、ゆっくりと手を()ばして、(かがみ)肉球(にくきゅう)の付いた指でなぞる。


まじまじと見れば、らんと光りを(はな)つ二つの目に、牙が並んだ大きな口が特徴的(とくちょうてき)だ。


怪人(かいじん)云々(うんぬん)()きにしても、人間の感性からすれば、直感的(ちょっかんてき)(こわ)い顔である。


獣人(じゅうじん)さんことキットカッチェさんがビックリするくらいなのだから、恐らくここの獣人(じゅうじん)たちの中にあっても、なかなかの強面(こわもて)なのだろう。


のこちゃん自身も、自分の姿とは意識せず、不意に鏡を見たらギョッとする自信がある。


こうなると、(たと)奇跡(きせき)的に元の世界へ帰れたところで、佐橋(さはし)の家どころか、人類(じんるい)社会にのこちゃんの居場所(いばしょ)は無いと確信できた。


「………………チャムケア、見たいな」


いつもなら、就寝(しゅうしん)間際(まぎわ)までは、チャムケアシリーズの録画やディスクを見返す時間である。


視聴中(しちょうちゅう)はその日にあったいやな事もつらい事も(わす)れ、明日もがんばろうという元気を()てから、心地(ここち)よい入眠(にゅうみん)(むか)えるのが日課だった。


近年ののこちゃんを(ささ)えていたのは、家族や友人たちに加えて、やはりチャムケアとの出会いだったに(ちが)いない。


しかし、命が助かる事と()()えとは言え、のこちゃんは、それまでの生活環境(せいかつかんきょう)一切(いっさい)(うしな)ってしまった。


生涯(しょうがい)で二度とチャムケアを視聴(しちょう)できなくなったのだ。


のこちゃんに残されたのは、もうティハラザンバーの身体だけである。


気が付けば、(かがみ)の中のティハラザンバーの目からポロリポロリと(しずく)がこぼれ落ちていた。


凶悪(きょうあく)面構(つらがま)えのティハラザンバーが泣いているのは、ギャップがあってちょっと面白かったらしい。


止まらない涙とともに、はははと、かすれた小さな笑い声がその口からもれる。


何度か小さな笑いをもらしたあと、のこちゃんは、しばらく(だま)って涙をながし続けていた。



『………………状況(じょうきょう)状況(じょうきょう)だ、泣くなとは言うまい。

それに、戦うための技術や心構(こころがま)えを伝える事と(あわ)せて、()がまだ()る内ならば、君のグチにつき合うくらいはつとめられよう』


のこちゃんの様子を見かねたのだろう。


沈黙(ちんもく)を破って、(せい)ザンバー=リナの声が(やさし)く話しかける。


のこちゃんは、その存在をすっかり失念(しつねん)していたのか、一瞬ハッとしてばつが悪そうに身じろいだ後、(さき)の言葉へ甘える様におずおずと()いた。


聖女(せいじょ)のお姉さん…消えるのは、(こわ)くないんですか?」


『ふむ、()(せい)は、すでに終わったものなのだ。

未練(みれん)は、(おお)ティハラを()った時に捨ててきた。

それに、今の()(よう)偶然(ぐうぜん)産物(さんぶつ)で、元の(たましい)からすれば残滓(ざんし)に過ぎない。

君は、これからの自分のために…本当に些少(さしょう)ですまないのだが、()の事を可能な限り利用すれば良い』


「でも、聖女(せいじょ)のお姉さんは、まだこうして話せるじゃないですか…」


『それと、可能ならばその聖女(せいじょ)()めて欲しい。

天空の女神(リナリーシア)様の天啓(てんけい)(みちび)かれ、その御心(みこころ)のままに神威(しんい)(しめ)す旅も(すで)に過去の話なのだからな』


色々(いろいろ)面倒(めんどう)(はぶ)けるので聖女(せいじょ)と呼ばれる事を放置(ほうち)していたが、本当は面映(おもは)ゆかったと、(せい)ザンバー=リナの声が生きて活動していた当時を()(かえ)って語る。


辛口(からくち)コメントが多い気がするものの、そんなまっすぐで謙虚(けんきょ)姿勢(しせい)こそが聖女(せいじょ)と呼ばれた理由なんだろうなと、のこちゃんは伝説の中で見たその勇姿(ゆうし)を思い出した。


そう言えば、キラキラネームで苦労していた鈴木(すずき)先輩(せんぱい)は、元気だろうか…


「あっ!」


『突然どうした?』


呼び名と聞いて、(せい)ザンバー=リナの声へ、自分がまだちゃんと名乗っていなかった事に思い(いた)ったのこちゃんである。


それに考えてみれば、ティハラザンバー(こんなかたち)とは言え、のこちゃん自身が変容(へんよう)承諾(しょうだく)した上で命を救われたのだ。


そのお(れい)もしっかり言えていなかったとなれば、それは、(おん)(あだ)で返すなと()きお父さんに教えられた、のこちゃんの矜恃(きょうじ)に反する事である。


何より、そんな中途半端(ちゅうとはんぱ)(おのれ)姿勢(しせい)を自覚してしまった以上は、自分が(ゆる)せない。


(あわ)てて目元(めもと)をぬぐい、のこちゃんは、ティハラザンバーを寝台(ベッド)の上に(すわ)りなおさせた。


「あ、(あらた)めてと言うか、今更(いまさら)なんですけど…命を救ってくれてありがとうございました。

こうして助けられているわたしの名前は、剣持(けんもち)(とら)()っていいます。

できれば"のこ"と呼んでください………」


と言っている途中(とちゅう)で、剣を持った虎の子供ってティハラザンバーそのまんまじゃんと(かさ)ねて思い(いた)ったため、のこちゃんは(かた)まってしまった。


()()きにしても、何というシンクロニシティだろうか。


『こちらの都合(つごう)もだいぶあったのだから、(れい)はいい………のこ、か。

分かった、君が人として生きていた(あかし)として、それを知る()だけはそう呼びかけよう。

とは言え、(おそ)らく(つか)()の事となるであろうが、(ゆる)せよ…のこ』


そんな(せい)ザンバー=リナの声で(われ)に返ったのこちゃんは、せっかくなら前向きかつ友好的な関係を(きず)きたいので、自分も呼びかけ方を考えたいと(もう)しでた。


じっさんの反応からして、ティハラザンバーの名前は、魔の神獣(しんじゅう)とそれを()った白銀(しろがね)(よろい)聖女(せいじょ)伝説(でんせつ)由来(ゆらい)らしい。


前半が(おお)ティハラのことならば、お姉さんの名前がザンバーなのだろうかと(たず)ねるのこちゃんに、かつての(せい)ザンバー=リナの声は肯定(こうてい)する。


(せい)ザンバー=リナかぁ………ティハラザンバーと(かぶ)るから、ザンバーさんだとわたしが混乱(こんらん)するだろうしなぁ」


聖女(せいじょ)でなければ何でも良いぞ…のこ』


チャムケアで言えば妖精に当たるポジションだからと、"ザザ"や"ザンザン"、"ンバー"など次々(つぎつぎ)に思い浮かぶ失礼(しつれい)この上ない発想を脳内で打ち消しつつ、のこちゃんは頭を(ひね)る。


「ちなみに、リナさんだと?」


『そこは、天空の女神(リナリーシア)様へお(つか)えする者の意味で、名前ではないのだ…のこ』


双剣(そうけん)鎧兜(よろいかぶと)をくれた神様ですよね?」


ティハラザンバーの身体には、その鎧兜(よろいかぶと)()()()ものが、装甲(そうこう)として部分的に(まと)われている。


双剣(そうけん)もティハラザンバーの身体に合わせて大きな(かたな)へと変貌(へんぼう)し、今は、のこちゃん専用(せんよう)の押し入れっぽい結界空間(けっかいくうかん)の中に(おさ)まっていた。


『ふむ。

天空の女神(リナリーシア)様は、(はる)か天空の高みから地上の生きとし生けるものの平穏(へいおん)を願い、(よこしま)なる存在から我々(われわれ)を守ってくださる慈愛(じあい)の女神なのだ。

かつての()は、それらの神器(じんぎ)(たまわ)り、尖兵(せんぺい)として地上の安寧(あんねい)(おびや)かすあらゆるモノと戦って()(ほろ)ぼしていた』


のこちゃんは天空の女神(リナリーシア)を、記念すべきシリーズ第1作目である『チャムケア!』に登場した、チャムケアの力を主人公へ(あた)える光勢(ひかりぜい)の女王みたいな存在(そんざい)かと想像する。


光勢(ひかりぜい)の女王と言えば、1作目だと頬杖(ほおづえ)をついた巨大な身体の女神であり、(さら)に巨大な玉座(ぎょくざ)(すわ)っている姿がCGで背景の様に(えが)かれていたのだが、初代チャムケアの2作目『チャムケア!Marvelous(マーベラス・)Howl(ハウル)』の最終決戦では、傷ついたチャムケアを支援(しえん)すべく敵ボスと真っ正面から取っ組み合ってくれた、シリーズでも特に(たの)もしい正義側ボスのイメージが強い。


「………それは、見守られていて心強(こころづよ)いですねぇ」


『ふむ!その通りだ、のこっ』


(せい)ザンバー=リナの声が、(ほこ)らし気に相づちを打つ。


本当は"リナさん"ではなく"リナちゃん"の線で良い感じかも!と思っていたのこちゃんなのだが、実際に言ったら不敬(ふけい)と怒られそうなので、こちらもそっと却下(きゃっか)した。



(せい)ザンバー=リナの声は、のこちゃんが(ひと)りになってしまった時、ティハラザンバーとしてやっていける様にいろいろと教えてくれると言っていた。


だったら、"師匠(ししょう)"や"先生(せんせい)"はさすがに(かた)すぎるとしても、そちらの方向で考えるはアリなのかなと思うのこちゃんである。


「"監督(かんとく)"や"コーチ"だと部活みたいだから、"トレーナー"?………う~ん」


寝台(ベッド)の上にドカリと(すわ)り、腕組みをしたティハラザンバーが低くうなり声をあげている様子は、(はた)から見ればなかなかの剣呑(けんのん)さだろう。


本当の所は、のこちゃんが(おのれ)のネーミングセンスに懊悩(おうのう)しているだけなので、かなりの落差(らくさ)があるのだが。


『とれーなーとは、どういう意味なのだ?…のこ』


何か琴線(きんせん)()れたのか、(せい)ザンバー=リナの声が、不意にのこちゃんの(ひと)(ごと)へ質問を(はさ)む。


「あー、誰かを訓練(くんれん)とかして、そこそこ(きた)えてくれる人、ですかねぇ」


『ふむ、それならば悪くないと思うのだが…のこ』


「え、そうですか?」


(いず)れ消えると分かっているのなら、軽く役目で呼ばれた方が、気が楽であろうよ。

それは、お(たが)いにな…のこ』


「そ、そう…ですね」


(せい)ザンバー=リナの声(あらた)めトレーナーがそうしたいと言うのならば、のこちゃんに(いな)やは無い。


「よろしくお願いします、トレーナーさん」


『ふむ、(まか)せておけ…のこ』


ただ、のこちゃんが想定(そうてい)していたものより、少し(おも)たい感じになってしまっただけである。



その後は、のこちゃんとトレーナーがティハラザンバーの訓練計画(くんれんけいかく)などについてあれやこれや話し合っている内に、鎧戸(よろいど)隙間(すきま)から光が差しこむ時間になってしまった。


のこちゃんの自己紹介(じこしょうかい)以降(いこう)は、腕組みをしたティハラザンバーが寝台(ベッド)の上に微動(びどう)だにせず(すわ)り続けていたので、その姿を見た者がいたのなら()()()()()()()をしていると(とら)えたかも知れないが、実のところ少しも(ねむ)っていない。


「あれ?、全然(ぜんぜん)(ねむ)くならなかったから気が付きませんでしたけど、もう朝みたいですね」


『恐らく、(おお)ティハラの影響(えいきょう)なのであろうな。

(つた)え聞いた話では、一ヶ月以上も、(ちから)の限り(あば)れ続けていた事があったそうだ。

(ある)いは、その身に付属(ふぞく)させた結界(けっかい)(たくわ)えられている余剰(よじょう)(ちから)()きさせるまで、休息(きゅうそく)は無用なのかも知れぬがな…のこ』


「でも、それが()きたらトレーナーさんも消えるって言ってませんでした?」


『ふむ、いつかは消えるのだ。

その時が早まるだけなので、あまり気にしない様に…のこ』


「いや、ダメじゃないですか!」


見知らぬ世界で傭兵(ようへい)をやらされるにしても、戦いにおいての指導(しどう)はともかく、メンタル的に無条件で()()ってくれるトレーナーのフォローがあると無いとでは大違(おおちが)いだろう。


一息(ひといき)ついて冷静(れいせい)になった今、神獣(しんじゅう)(おお)ティハラ由来(ゆらい)のパワーを()めているとは言え、()れないティハラザンバーの身体ひとつで無計画に突き進み、この先無事(ぶじ)()ごせるとのこちゃんにはとても思えない。


今後ティハラザンバーとして生きていかざるを()ないのこちゃんにとっては、トレーナーに少しでも長く存在(そんざい)(つづ)けてもらう事が、必要(ひつよう)不可欠(ふかけつ)となってしまったのだ。


なるべく消耗(しょうもう)()けるべく、次からは、回復の機会(きかい)(のが)さない様に心がけることを(きも)(めい)じたのこちゃんである。


とは言え、(ねむ)くならないのは(わな)だよなぁと、心の中で愚痴(ぐち)ってしまうのは仕方がない。



夜が明けてしばらくすると、ジャガーの獣人(じゅうじん)ベニアが、約束した通りに部屋へ(たず)ねてきた。


今日から正式にティハラザンバーが魔刃殿(まじんでん)活動開始(かつどうかいし)するに当たって、何処(いずこ)かへ顔を出さなければならないらしく、そこへはベニアが案内してくれるという話である。


昨日(きのう)の毛並みがよく見て取れるトレーニング姿と(ちが)って、ベニアは、パニアに近い体へピッタリとした濃い朱色(しゅいろ)の服で上下を(そろ)えていた。


足下(あしもと)はストレートのブーツであり、これなら"ブーツ状になっているティハラザンバーの足"も不自然ではないだろうと、(ひそ)かに安堵(あんど)するのこちゃんである。


「おはようございます、ベニアさん」


「おはよー、えーと…トマトザンネン」


「誰がトマトで残念ですかっ」


「トマトってなに?」


「ベニアさんが言ったんでしょう!」


「あ、そうかー」


面白いねぇと、ベニアがけらけら笑う。


「ティハラザンバーですよ………(おぼ)えづらいなら、オマエとかアンタとかでも良いですから、テキトーに言い()えるのやめてくださいね」


正直な所、のこちゃんにしても、ティハラザンバーの名前へ思い入れは無い。


だからと言って、(さら)に別の名前で呼ばれていたら、訳が分からなくなって混乱(こんらん)する事は必至(ひっし)である。


実際、昨日(きのう)は、じっさんに呼ばれてもしばらく自分の事と気が付かなかった。


「あははは、ごめんごめん、ティハラザンバーだよね。

もう忘れないから安心して…でも、アタシにそんな丁寧(ていねい)な話し方しなくて良いよ?

前にも言ったけど、猫系(うち)から育成組(いくせいぐみ)に行くのって、今はアタシとティハラザンバーだけなんだから、相棒(あいぼう)みたいなモノでしょ!」


楽しそうに話すベニアの調子に、のこちゃんの気分もつられて軽くなる。


「うん、分かったよ、ベニア」


「あと、パニアおばさんから、これを(あず)かってきたよ!」


ベニアは、(かか)えていた麻袋(あさぶくろ)の様な、頑丈(がんじょう)そうな(つつ)みをティハラザンバーへ手渡(てわた)した。


ここでは何もかもが頑丈(がんじょう)そうなのだろうかと、のこちゃんは、受け取った(つつ)みを見ながら素朴(そぼく)に思う。


「これは?」


「パニアおばさんが若い頃に使っていた、上着(うわぎ)とズボンだって。

かなりダブダブなサイズを着たい時期があって、その頃の物だからティハラザンバーにも入るんじゃないか?って言っていたよ!」


どうやら、若い女の子がずっと背中とおしりを丸出しなのは如何(いかが)なものかという、パニアの気遣(きづか)いらしかった。


「………ありがとう」


丸一日を()ごしてしまった後で、白銀鎧(しろがねよろい)(おお)われていても、他所(よそ)から見るとおしり丸出しだったのかと、なかなかの衝撃(しょうげき)を受けたのこちゃんである。


『人間の感覚では、分からぬ事もあろうな…のこ』


そして、何気(なにげ)なく入る、トレーナーのフォローが身にしみた。



その上着(うわぎ)とズボンは、黒に近い濃紺(のうこん)が時間の経過(けいか)で色落ちした感じで、何かの(かわ)を素材に上下セットで(あつら)えられた物の様だった。


ティハラザンバーの巨体が上着(うわぎ)(そで)を通せば、ゴワつきがあったものの大きすぎず小さすぎずで、(なん)なく着用(ちゃくよう)はできる。


ただ、袖口(そでぐち)はアームカバーがある(ひじ)までで通過(つうか)(さえぎ)られ、白銀鎧(しろがねよろい)本体の立体的な構造(こうぞう)()って前も閉められない。


ズボンの(すそ)も同様にブーツの形になっている(ひざ)部分でせき止められたものの、肝心(かんじん)なおしりは白銀鎧(しろがねよろい)ごとスッポリと入りベルトで固定できたので、上半身はともかく、当初(とうしょ)目的(もくてき)達成(たっせい)できたと言える。


「おお、このカラダにつんつるてんじゃないのは、スゴイかも…」


着終(きお)わった身体を(ひね)ったりしゃがんだりさせて具合(ぐあい)を見たところ、白銀鎧(しろがねよろい)邪魔(じゃま)にもならず、のこちゃんの感覚では特に問題もなさそうだ。


「どうかな、おかしくない?」


「カッコイイよ!

………でも、パニアおばさんにもこんな格好(かっこう)して意気(いき)がっていた時代があったのかと思うと、何か不思議(ふしぎ)だよ」


そんな事をしみじみと言うベニアに、意気(いき)がってる格好(かっこう)って何、不良っぽいってこと?と、のこちゃんは目を丸くした。


それは、亡くなったお父さんがやくざ者だった事で小学生の頃に良からぬ(うわさ)が立ち、クラスでお友だちができなかった経緯(けいい)から無意識(むいしき)警戒心(けいかいしん)喚起(かんき)させてしまう、ちょっとしたクセの様なものなのだろう。


確かに、のこちゃんの嗜好(しこう)からすれば、派手(はで)さや独自の着崩(きくず)しといった自己主張(じこしゅちょう)の強いファッションは、敬遠(けいえん)しがちだった。


とは言え、忌避(きひ)したり拒否反応(きょひはんのう)を起こすほどでもなかったのは、特撮ヒーロー作品の主人公"吉祥寺(きちじょうじ)(てつ)"の影響(えいきょう)を受けて、(かわ)ジャンに興味(きょうみ)を持つくらいだった事からも分かる。


何より、現在に(いた)ってはティハラザンバーの身体なので、すでに前提(ぜんてい)(ちが)う。


瞠目(どうもく)したのも一瞬(いっしゅん)で、不良と言えば、シリーズ4作目に当たる『OK!チャムケア4!』の主人公たちのモチーフが、所謂(いわゆる)ヤンキー物の人気マンガ『鎌倉爆走組(かまくらばくそうぐみ)』だったんだよなぁと思い出し、すぐにのこちゃんは目を細めた。


そして、おしりが(かく)れたんだから、まぁ良いかと流してしまった。


チャムケアさえ連想できれば、のこちゃんとしては、あらゆる事象(じしょう)許容範囲(きょようはんい)なのかも知れない。



――――――――――――――――



「それで、どこへ顔を出しに行くの?」


のこちゃんは、道すがら、案内してくれているベニアに(たず)ねた。


「あー、うん………今回の育成組(いくせいぐみ)面倒(めんどう)を見てるのが破壊牙々(はかいがが)(あたま)でねー、じっさんと同じで、魔刃殿(まじんでん)(はじ)めの頃からいる長老格(ちょうろうかく)の一人なんだけど…何かと言えば、じっさんと()める(じじい)なんだよ。

それでねー………」


「はかいがが?」


破壊牙々(はかいがが)(おおかみ)系のクラスターだよ。

それで(あたま)がそんなのだから、猫系(うち)とは()()いが悪くてねー…

ティハラザンバーの事も、本当に育成組(いくせいぐみ)相応(ふさわ)しい者かどうか直々(じきじき)に試すって言い出したんだよ。

でも、それ、じっさんが()したってのが一番の理由だと思うんだよねー………」


これまで屈託(くったく)なくきっぱりとした口調(くちょう)だったベニアが、言い(づら)そうに、歯切れも悪く説明をする。


(よう)は、昨日(きのう)じっさんに仕掛(しか)けられた様な事が、また別の者からくり返されるらしいという話であった。


軍団どうしの派閥(はばつ)(あらそ)いがあるとやはり悪の組織っぽいよなと(みょう)な感心をしつつも、また痛い思いをしなければならないとあって、のこちゃんの足取りは(おも)くなる。


『ふむ、間断(かんだん)なく強者(つわもの)(あい)まみえる機会(きかい)()るとは、なかなか幸先(さいさき)が良いな…のこ』


時間は限られているのだから、これも貴重(きちょう)経験(けいけん)になろうと、ウキウキとしたトレーナーの声が聞こえても気持ちはまったく上がらない。



のこちゃんが案内されたのは、別棟(べつむね)の建物で、やはり高い天井(てんじょう)と大きな(かべ)だけの殺風景(さっぷうけい)な広い部屋だった。


恐らく、魔刃殿(まじんでん)施設(しせつ)には、こういった訓練(くんれん)に使えそうなスペースがあちらこちらにあるのだろう。


そして、ここの(かべ)には、金属製のフラットな鏡面(きょうめん)部分があった。


最初に通された部屋で見た物と同じくらいの大きさである。


のこちゃんは、早速(さっそく)上着(うわぎ)とズボンを着用(ちゃくよう)したティハラザンバーの姿を(うつ)す。


確かに、アームカバーとブーツの箇所(かしょ)では(そで)(すそ)がぐしゃりとしているものの、どちらかと言えば怪人(かいじん)よりも獣人(じゅうじん)かな?という印象になっていた。


「おお、服の効果(こうか)って、バカにできないんだなぁ」


『ふむ、高貴(こうき)な者であろうと(まず)しき者であろうと、人としての尊厳(そんげん)を守る一線が、そこには(ひと)しくあるのだな…のこ』


おしり丸出しの件は、トレーナーも気にしていたらしい。



「ほら、ティハラザンバー、アイツだよっ」


ベニアが(うなが)した部屋の中央に立っていたのは、(おおかみ)(おぼ)しき獣人(じゅうじん)の男である。


ティハラザンバーに近い長身だが、じっさんや同じ(おおかみ)獣人(じゅうじん)のタレンと比べると、だいぶ()せて小さく見える。


ただ、背筋の()びた自然な(たたず)まいであり、(つや)のある(うす)い水色の毛並みが顔を(おお)っているため、パッと見た限りではその年齢(ねんれい)がよくわからない。


モノトーンの(やわ)らかそうな生地(きじ)を使い、(たけ)を長く(あつ)えた詰襟(つめえり)の服をゆったり着こなすその姿は、武人(ぶじん)と言うよりも(まい)()う者の様な(みやび)やかさが(うかが)えた。


(おおかみ)獣人(じゅうじん)のクラスターである破壊牙々(はかいがが)(ひき)いるというその男は、満月の様な色の(ひとみ)で、静かにティハラザンバーを見据(みす)える。


『ほう…これは…』


トレーナーが、言葉(こしば)(すく)なに、感嘆(かんたん)(つぶや)きをもらした。


そんな雰囲気(ふんいき)(かも)されては、やはり相当な実力者なのだろうなぁと、のこちゃんも観念(かんねん)するしかない。


「よく来たな、ティハラザンバー…であったか?」


それは、(しわが)れつつも、輪郭(りんかく)のハッキリとしたよく通る声だった。


「あ、はい、よろしくお願いします」


のこちゃんは、剣道教室の先生へする様に、思わず(れい)をした。


「うむ、礼儀(れいぎ)を知るのは、上出来と言えるか………耳にした素行(そこう)多少(たしょう)()(ちが)いがある様だが、まあ良い。

(われ)は、(おおかみ)系の者たちの面倒(めんどう)を見ている、老矛(ろうぼう)という。

口さがない者は狼牙棒(ろうげぼう)などと言うらしいが、それを(だま)らせるくらいの(ちから)はあるつもりだ」


「はぁ…」


初対面(しょたいめん)の時のパニアと似た様な事を言われたので、どんな(うわさ)()()っているのか、想像すると不安になってくる。


それはともかく、なるべく痛い思いを()けたいのこちゃんは、不意の攻撃に(そな)え、また意識を自分の周囲(しゅうい)へと拡大(かくだい)して視野(しや)を広げる。


しかし、じっさんレベルの相手に対した場合、これもやらないよりはマシくらいな事でしかないと思うと、少し涙目(なみだめ)となってしまうのだが。


「フフッ、そんな顔をするな。

(われ)が今期の育成組(いくせいぐみ)(あず)かっているのでな、ここへ呼んだのは、お前の素養(そよう)見極(みきわ)めるためで、この手でやたら痛めつけるつもりは無いのだ。

白獅子(しろじし)のヤツと一緒(いっしょ)にするでない」


そう言うと、老矛(ろうぼう)は、ティハラザンバーとベニアが入ってきた所とは別の出入り口に向けて手招(てまね)きをする。


そこからは、また別の(おおかみ)獣人(じゅうじん)が姿を見せた。


(われ)の弟子でな、あの者がお前の相手をする」


それは、ベニアと同じくらいの背丈であろうか、訓練用と(おぼ)しき軽装(けいそう)の服で身を固めた、光沢のある灰色の毛並みが印象的な女性だった。


しっぽも同様にピカピカモフモフで、のこちゃんは、ちょっとさわってみたくなる衝動(しょうどう)を必死にこらえた。


あいつかーと、ベニアが(つぶや)いている所を見ると、知り合いらしい。


老矛(ろうぼう)の横へ辿(たど)()いたその(おおかみ)獣人(じゅうじん)の女性は、のこちゃんへ向かって、胸の前に両手を合掌(がっしょう)させる。


「セイランだ………(うわさ)は聞いている。

強い者は歓迎(かんげい)するっ」


琥珀色(こはくいろ)(ひとみ)をまっすぐに、簡潔(かんけつ)にものを言う姿勢(しせい)は、いかにも質実剛健(しつじつごうけん)そうである。


「ティハラザンバーです…」


のこちゃんは、(れい)をするにも頭を下げるより合掌(がっしょう)の方が良さそうなので、セイランのそれに(なら)う。


その様子を見て、老矛(ろうぼう)(うなず)いた。


「相手の事も、よく観察(かんさつ)する…か。

確かに、白獅子(しろじし)のヤツが()すだけの事はあるかも知れぬな…」


さて、と老矛(ろうぼう)は、のこちゃんへ話しを続ける。


「お前は、白銀(しろがね)(よろい)聖女(せいじょ)伝説(でんせつ)傾倒(けいとう)して、双剣(そうけん)得物(えもの)とするそうだな?」


正直な所、竹刀(しない)しか使った事ないけど、(よろい)とかと一緒(いっしょ)に何か(ひき)()いでましたとは言えずに、ええまぁと曖昧(あいまい)な返事をしておく。


「この場では使わず、立ち合いは、徒手(としゅ)のみとせよ」


ん?と、のこちゃんは()()かった。


確かに、これといった能力やすごい経験のないこの身一つとなれば、(たよ)りない事この上ないから徒手空拳(としゅくうけん)ではあるのだろうけれど………


『ふむ、こやつは、素手(すで)で戦って見せよと言っているのだ…のこ』


「ああ、素手(すで)か!」


「体の動きだけでも素養(そよう)は知れよう。

セイランもそのつもりで相手をする様に…なるべく、(ちから)を引き出してやりなさい」


「はい、老師(ろうし)


セイランが老矛(ろうぼう)(うなず)く。


「あー、でもわたし格闘技(かくとうぎ)は、やった事無いんですよねぇ、トレーナーさん」


小さな声でのこちゃんが(うった)えると、これも経験だと、トレーナーは応じる。


『これまで通り相手の意識の流れを見る事それ自体は変わらぬのだから、(みずか)らの身体をどう動かすのか、できる限りイメージを(つか)むのだ。

()れてきたら、こちらからも手を出して、相手の何処(どこ)へどう攻撃するのかを咄嗟(とっさ)に組み立てられる様に(こころ)みる。

さすれば、今後の剣を使う戦いに()いても、必ず有用(ゆうよう)となろう…のこ』


具体的(ぐたいてき)な取り組み方を聞いて、相変わらず説得されてしまうなぁと、変な感心をするのこちゃんである。



「では、双方(そうほう)(かま)えよ…」


適当(てきとう)な距離にセイランとのこちゃんを対峙(たいじ)させると、老矛(ろうぼう)は、立ち合いを開始(かいし)させる。


「はじめっ」


緊張(きんちょう)しつつも、すぐ意識を自分の周囲(しゅうい)へと拡大(かくだい)して視野(しや)を広げるのこちゃんに対し、()ずは(おおかみ)獣人(じゅうじん)俊敏性(しゅんびんせい)を生かした飛び込みで、セイランが距離(きょり)(ちぢ)めた。


続けて、左右(さゆう)(こぶし)とバネの様に()ね上がる()りが、一息(ひといき)にのこちゃんを(おそ)う。


「わっわっわっ…」


のこちゃんは、セイランの(はな)()らめきの流れを見れていても、その機動力(きどうりょく)瞬発力(しゅんぱつりょく)翻弄(ほんろう)され、ギリギリ()けるのが精一杯(せいいっぱい)だった。


セイランの身体は、コマの様に身体を回転させて間断(かんだん)なく攻撃を()()すその間、一切(いっさい)ぶれる事がない。


それは、ふわりと(ちゅう)()った際も同様である。


その美しい身のこなしから、()らめきの流ればかりに注意していたのこちゃんの視界(しかい)を、一瞬(いっしゅん)何かで(うば)う事を成功させた。


セイランの意識に関係せず躍動(やくどう)する、獣人(じゅうじん)のしっぽである。


間髪(かんはつ)(いれ)れず、鋼鉄(こうてつ)をも(くだ)くが(ごと)きセイラン必殺の後蹴(うしろげ)りが、ティハラザンバーに到達(とうたつ)した。


大きな打突(だとつ)衝撃(しょうげき)派手(はで)にはね飛ばされるティハラザンバーの身体は、空中でバランスを取り(つくろ)って、何とか足からの着地を果たす。


同時に、セイランも音もなく着地し、感心した様にほうと息を()いた。


「ひーっ」


ちなみに、これは、のこちゃんの悲鳴である。


力強い()らめきの流れに対し、のこちゃんは、かろうじて腕を交差(こうさ)させて攻撃を(ふせ)いだのだ。


ティハラザンバーの胴体へセイランの()りは届かなかったものの、両腕に残る(しび)れが、アームガードを通してダメージが入っている事を証明していた。


つまりその悲鳴は、こんなのしのぎ続けられるか!という、のこちゃんの心情が吐露(とろ)されたものだろう。


その(またた)く間で交わされた両者の攻防(こうぼう)に、老矛(ろうぼう)は満足そうに(うなず)き、ベニアも目を(みは)る。


「さあ、二人とも、(つづ)けなさい」


老矛(ろうぼう)が、立ち合いの続行(ぞっこう)(うなが)した。


のこちゃんの絶望は、言うまでもない。


続きます。

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