06 のこちゃん、謎の武装組織に入る
突然持たされた二振りの刀をどうすれば良いの?問題については、あっさりと解決した。
軽くてあまりにも扱いやすいため、有耶無耶の内にじっさんと握手した際には、両方の柄を片手で持つ事ができた。
しかし、専用の鞘がある訳でもないらしく、この先ずっと抜き身のまま持ち歩かなければならないとなると両手もしくは片手が常にふさがる事になって、さすがに邪魔で面倒くさい。
のこちゃんがそんな事をぼやいていると、聖ザンバー=リナの声は、せっかくの神器に罰当たりなと苦言を挟みながらも、顕現するまでその刀がどこに収まっていたのかを説明し始めた。
『君のその身体、ティハラザンバーへ再構築するに当たって、使い切れない力がほんのわずかあったので、その受け皿に漂流結界の"澱"の術式を織り込んだのだ。
君が飛びこんできた時ほどの大きさではないのだが、余裕でその刀を二振り収められるくらいには、新たに特殊な結界を身体へ付属させる事ができた。』
便利な大きめの行李を常に携帯しているとでも意識してみよと聖ザンバー=リナの声は言うものの、"こおり"って何だろうと説明以前に引っ掛かるのこちゃんである。
素直にその事を質問してみると、旅をする時に必要な物を入れる大きな箱の類だと教えて貰えた。
何でも、白銀鎧の聖女としてあちこちに遠征しなければならず、その際、隊を組んで随行する共の者たちが頻繁に使っていたとの事だった。
のこちゃんは、押し入れの収納ケースか何か、そんな物だろうと当たりを付ける。
「いや、大きめって事は、押し入れそのものなのかも知れないな…」
自分の中に押し入れがあると思うと複雑な気分なのだが、言われた通りに意識してみると、なかなかの広さがあると分かった。
そこへ放り込む様なイメージをすれば、間髪入れず、二振りの刀が同時に手から消え失せる。
刀の大きさから測った印象としては、のこちゃんの通う剣道教室が開かれていた公民館の道場くらいあるかもしれない。
「うわ、あたしの部屋より広い押し入れじゃん…ん?」
消えた刀の存在を認識できた事で大凡の仕組みが分かったのだが、押し入れの中には、他にも何かがあると気が付いたのこちゃんである。
「何だろうコレ」
今度は、取り出す様なイメージをしてみると、"それ"がのこちゃんの手の中に顕れた。
それは、どこか見覚えのある小さな子供服であった。
『ああ、それは君が着ていた服だ』
一応、取っておいたのだと聖ザンバー=リナの声は、思い出したかの様にのこちゃんへ伝える。
確かに、警察へ協力する体でチャムケア・チャーミングストア東京店への遠征を画策した際、浮かれながらチョイスしたのこちゃんのお出かけ着に違いなかった。
去年の夏休みに、家族で出かけたファストファッションの大型店舗で、祖母が買ってくれた物だ。
体の大きなティハラザンバーの手で持っていたから、子供服の様に見えたのである。
ただし、爆発の衝撃と炎にさらされた跡があり、止めに大きな破片が激突したせいでかなり傷んでしまっているのだが。
あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
「おばあちゃん、おじいちゃん、きょう姉さん、心配してるだろうな………………」
もっとも、ティハラザンバーのこんな姿で帰ったら、全員ひっくり返るかと思い直して服をそっと押し入れの中へ戻す。
「いや、きょう姉さんだけは、多少喜ぶかな…ははっ」
のこちゃんは、行き場のない感情をごまかす様に、少し乾いた笑いをこぼした。
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白獅子の御大将こと じっさん に連れられて、のこちゃんは、ようやく魔刃殿の建物内へ通された。
ちなみに、中心に聳えている半球とは別の、建物群の中で比較的大きなものの内の一つである。
そこは、じっさんがトップにいるらしい、猫系獣人たちの暮らす区域との事だった。
やっぱり、あの半球はラスボスがいるお城みたいなものに違いないと、第一印象に確信を得たのこちゃんである。
心の中でしばらくお世話になりますと言いながら半球に向かって頭を下げていると、それに気が付いたじっさんが訝しむ。
「うん?どうかしたのかティハラザンバー」
「いや、ここのラス…一番偉い人があそこにいそうなので、何となく挨拶を」
「ああ、ありゃあ、そういうんじゃねえよ………まぁ、何れ分かるさ」
「はあ」
どうやら、魔刃殿の大首領がいる所とかではなかったらしい。
そう言えば、イタチやオコジョの類と思しき法衣の獣人も、半球に対しては景観の良さを言っていた気がするから、もしかするとここを象徴するモニュメントの類なのかも知れない。
そう思いながらのこちゃんが辺りを目で探すと、法衣の獣人は、いつの間にか姿を消してしまっていた。
恐らくは、のこちゃんとじっさんが合流したので、目的を遂げたのだろう。
のこちゃんが正式に魔刃殿へ迎え入れられて最初にやった事は、己の状態確認であった。
すなわち、鏡で現在の自分の顔を見る事である。
取り敢えず、寝起きする場所は準備があるから後ほど別に案内させるとじっさんに言われ、訓練場か道場と思しき広い部屋へ案内された所で、姿見の様な大きい鏡を見つけたのだ。
それは、壁の一部が金属製のフラットな鏡面になっていたもので、もしかすると別の用途があるのかも知れないが。
じっさんがどこかへ行ってしまった後、周りに誰もいない事を確かめて、のこちゃんは己の姿をまじまじと眺めた。
「本当に牙は………ある、けど、これはそういう次元じゃ、ああ、喋ると口が動く、ああ…」
結論から言えば、そこには、のこちゃんが伝説の中で目撃した大ティハラの顔が、サイズダウンしてそのままあったのだ。
虎と言えば虎なものの動物の虎そのままではない、どこか怪獣めいた造りで、かなり攻撃的なフォルムなのが大ティハラの顔である。
目の色は澄んだ金色でくりくりと動き、口のパクパクに加えて舌もべろんと出せるしで、のこちゃんが意図した通りの表情がそこへ乗る。
例えるなら、人の表情や動作をリアルタイムスキャンして、CGキャラクターをまるで自分の様に動かすグラフィック技術が鏡の中で起こっている感覚だろうか。
肉球の付いた手でその顔をさわりながら、毛はモフモフ髭ピンピン、牙がチクチクするし耳もちゃんと聞こえるなど、納得いくまで検証してゆくのこちゃんであった。
いや、基本的に納得はしないのだから、諦めがつくまでと言った方が正しいのだろう。
そんな中、意識して耳を澄ませると、大ティハラの"けも耳"がひょこひょこ動くので、ちょっと楽しかったのは発見だった。
ティハラザンバー全体の構成としては先ず、人型へコンパクトに再構築された、大ティハラの素体がある。
そこへ、首の下辺りからワンピースのハイレグ水着状に、両肘から手首を覆う手甲状、そして両足には膝まで届くブーツ状と、それぞれ白銀鎧が変態したらしい装甲を纏っている。
のこちゃんの予想通り、白銀鎧に覆われたおしりには、しっぽが見あたらない。
頭部には、白銀兜の余韻と思しき部品が、意匠的に誂えられていた。
確かに、目を眇めると迫力が増す事も手伝って、これはもう虎系の怪人にしか見えない姿である。
見えない?
本当にそうだろうかと往生際悪く、のこちゃんは試しに昭和の特撮ヒーロー作品で登場しそうな怪人をイメージして………
「ワガハイはティハラザンバー!、マジンデンにサカラウ者はミナゴロシなのだっ、ザンバーァ!!」
などと身振り手振りを交えてそれっぽくやってみたら、あまりにも様になっていたので膝から崩れ落ちた。
その姿勢のまま、これは堪らんなどと更に昭和の怪人が使いがちなセリフを呟いて、自ら傷口に塩を塗るのこちゃんである。
ちなみにそれらは、特撮ヒーロー好きなきょう姉さんのお薦めライブラリーや、動画サイトの公式配信などで憶えたものだ。
「うう、チャムケアに浄化してもらったら、元の姿に戻れるのかなぁ」
モソモソとそんな事を言って現実逃避しているのこちゃんに、ひとの名前で妙な遊びをするのはあまり感心せぬなと、聖ザンバー=リナの声が窘める。
『そんな事よりも、案内役の者が来た様だぞ?』
のこちゃんが部屋の出入り口の方へ視線をやると、そこには、最初にここで出会った猫の獣人が涙目で腰を抜かしていた。
「あっあにょ、逆らわないので、みなごろさにゃいで下さいぃ………………」
その惨状にギョッとするも、すぐ我に返って、原因は先ほど自分が演じた昭和怪人と思い至る。
「ああっ、ごめんなさい!驚かせるつもりはなかったんですっっ」
慌てて助け起こそうと駆け寄るのこちゃんの姿を見て、猫の獣人は、ひいぃと小さく呻いてそのまま気を失ってしまった。
顔が厳ついティハラザンバーの巨体が急接近して来る様は、さぞや迫力があったに違いない。
「あっ、あれ?どうしました、猫獣人さん!猫獣人さ~ん!?」
猫の獣人を両手に抱きかかえて、オロオロするしかないのこちゃんであった。
――――――――――――――――
あまりに帰りが遅いので様子を見に来たじっさんに、気絶した猫の獣人を正座で膝枕している姿を見られたのこちゃんは、何やってんだかと呆れられたものの、ハッと我に返るとうっかり驚かせてしまった状況を話して助けを求めた。
「お前なぁ、名前もそうなんだが、他者からどう見えてるとか…もっとこう、自分の事をしっかり把握しとけよな。
田舎にいた頃は気にしなくて良かったのかも知れないがな、集団で生きるってのはそういうもんなんだからよ」
『ふむ、まったくだな』
「ご、ごめんなさい」
田舎って言われてもなぁ…と思ったのこちゃんなものの、失敗したのは事実である。
じっさんと聖ザンバー=リナの声から外と内の二重奏で軽く説教されつつ、のこちゃんは、じっさんに案内されて救護室と思しき施設の寝台へ、猫の獣人をできるだけ丁寧に運んだ。
「キットカッチェは…こいつの名前な、方術の使い手としてはなかなかのもんなんだが、ビックリすると気を失うクセがあってな。
まぁ、見た感じもいつも通りだから、大丈夫だと思うぜ?」
じっさんにそう言われて、事なきを得たと分かり一気に緊張がほどけたのだろう。
のこちゃんは、寝台の前の床にへにゃっと座り込んでしまった。
「良かった………………」
己のアホな振る舞いで猫の獣人さんに何かあったとしたら、さすがに自分が許せなくなっていた所である。
キットカッチェさんって名前なのかぁ…などとぼんやり考えながら、のこちゃんは、寝台の上でいつの間にか寝息をすーすーと立てているその姿を見ていた。
「あらら、そんな所にでかい図体で居座られると邪魔だから、どいてくれると助かるわねぇ」
座り込むのこちゃんへそんな声をかけてきたのは、獣人で言えば、黒豹系の長身な女性であった。
目はティハラザンバーに近い濃い金色なのだが、のこちゃんの性格的なキョトンさと違い、どこか鋭さがある。
黒い体毛とは反対に、体へピッタリとした白い服のパンツ姿で、全身のスマートさを併せて清潔な印象だった。
その後にはじっさんもいて、のこちゃんに、この黒豹獣人の女性を紹介する。
「こいつはパンタニア・パニア、救護施設や猫系連中の生活区を全体的に取り仕切ってるやつだ。
こえぇから、絶対に怒らすなよ?
パニア、こいつはティハラザンバー、後の事は頼んだぜ」
「ええ…それはそうと、白獅子の御大将って事をもっとしっかりご自覚してくれたら、そうそう怒ったりはしませんよ?」
黒豹系獣人のパニアにジトーとした目で見られながらそんな返しをされると、じっさんは気まずくなったのか、とにかくよろしくと言いながらどこかへ行ってしまった。
法衣の獣人にも似た様な事を言われていたので、何となくではあるが、じっさんのここでの扱いが見えてきたのこちゃんである。
じっさんの出ていった扉に軽くため息をはいたパニアは、意識を切り替える様にのこちゃんへ向き直った。
「じっさんがさっき言っていた通り、キットカッチェは、ここに寝かしておけば良いわ。
さあさあ、立って立って、貴方が住む部屋を案内するからね」
「あっ、すみませんっっ」
のこちゃんが慌てて立ち上がると、そんななりをしてずいぶんと素直なのねとパニアは苦笑した。
「ごめんなさいね…聞いていた素行とイメージが違うから…あら?、貴方女の子なのね」
「え?、あっはい………………一応」
『ふむ、君の体が素なのだから、その辺りは迷わずとも良い』
「名前は、本当にティハラザンバーで良いの?」
「あー………はい、まぁ、そんな感じです」
『名前に"そんな感じ"も何もないであろうよ』
細かいツッコミを入れてくる聖ザンバー=リナの声を無視して、のこちゃんは、改めて目の前にいるパニアを見る。
長身とは思ったものの、ティハラザンバーの顔のやや下にまで黒豹の頭が来ているのだ。
今まで見てきた獣人たちを鑑みて、女性である事を考慮すると、かなり突出した立派な体格の持ち主と分かる。
床に座った位置から見た時の印象よりも、均整の取れた身体のラインが長身さと相俟って、なかなかの魅力を発揮していた。
それに加え、白獅子の御大将という、ここでも上の方に位置しているらしい大物にも一目置かれている存在なのだ。
これには、のこちゃんも結論せざるを得ない。
「女幹部ですね!」
なので、思わず口に出してしまう。
やはり、悪の組織と来れば、美しくナイスバディなお姉様系の女幹部が付きものだろう。
それは、主人公勢と対立する事で輝く、裏の花形とも言える。
どちらかと言えば徒花なのだが、物語に華を添えるジャンル物としてのお約束であり、チャムケアシリーズでもそれは例外ではない。
またしても訪れた新たなチャムケア体験に、のこちゃんのテンションは上がった。
「女幹部ですね!」
『何故、くり返すのだ?』
「何で、くり返したの?」
聖ザンバー=リナの声とパニアが、のこちゃんへほぼ同時にツッコミを入れた。
のこちゃんとしては、だいじな事だったからに他ならないのだが。
「しかし、女幹部なんて言われたのは、初めてね」
ティハラザンバーに用意された部屋へ案内する道すがら、黒い毛並みをキラキラさせながらからからと笑うパニアは、異次元踏破傭兵団"魔刃殿"での身の置き方をザックリと教えてくれた。
「魔刃殿は、軍隊みたいなトップダウンの命令系統がある訳じゃないのよ。
特に猫系のクラスターは、協調性が無い事で言えば粒ぞろいだから………まぁ、暴れたりしなければ、何か言われるまで自由にしていて良いわ。
何れ、仕事を取る時になったら自分が何をすべきかは分かるし、そのつど戦力として尽力すれば追い出される事も無いはずよ」
「………はあ」
『なれば、当初の予定通り、その身体に慣れる訓練が捗るであろうよ』
さすがに、傭兵の意味は、のこちゃんも分かっている。
聖ザンバー=リナの声がのんきな事を言ってくるものの、魔刃殿に所属している以上は、近い将来、怪人ティハラザンバーとして望まない戦いへかり出される事を意味しているのだ。
怪人かどうかはともかく、それに思い至れば、チャムケア体験は楽しかったものの覚悟が定まっている訳でもないとあり、ただただ気が重くなるのこちゃんである。
「ああ、でも貴方、育成組に入れられたのよねぇ」
だったら部屋へ行く前に云々とぶつぶつ言いながら、パニアは、何処かに寄り道するとのこちゃんへ告げて案内する方向を変えた。
元より、唯々諾々とついていくしかない現状なので、どんな道筋になろうとものこちゃんに否やはない。
やがて、扉の無い部屋の入り口へと辿り着いた。
そこは、最初にのこちゃんが通された場所と同じくらいのやはり訓練所か道場として使われているであろう広さで、高い天井と大きな壁だけの殺風景な部屋だった。
そう言えば、ここの壁には、金属製のフラットな鏡面部分が無い模様だ。
「あのこは、この時間だとトレーニングしていると思うのだけど…ああ、やっぱりいたわね」
のこちゃんが部屋の中全体へ意識を向けると、何者かが発したであろう揺らめきの流れを自然に捉える事が出来た。
じっさんとの決闘を経て、より分り易くなった気がする。
そこには、独りで訓練らしき動作をくり返す獣人がいた。
「ベニア、ちょっと良い?」
パニアに声をかけられ、こちらに気が付いたその者は、動作を中止して駆け寄ってくる。
毛並みに若干赤味がかかっているのだが、獣人で言えばジャガー系だろう。
「何?パニアおばさん…」
次の瞬間、パニアから発せられた数え切れないほどにひしめく数多の揺らめきの流れが、ベニアと呼ばれたジャガーの獣人へ殺到する。
それは、決闘でじっさんがのこちゃんへ見せたものに迫る勢いであった。
それが、見えていたのか分からないものの、ひゃあっと短い悲鳴をこぼして、ジャガーの獣人はその場に尻餅をついていた。
「ダメでしょベニア?、ここでは、ただのパニアとベニアだと何度も言っているのに」
『ふむ、無防備な所へ、あれだけ濃密なものを一気にぶつけられては、例えあれが見えなくても気圧されるだろうよ』
「さすが、女幹部………」
パニアが"おばさん"という言葉に過剰な反応をした気がしたものの、思った事を話す前に一旦よく考えようと気を付けているので、のこちゃんがそれを口にする事はなかった。
一拍置いてから、助け起こしたジャガーの獣人を、パニアがのこちゃんへ紹介する。
「あんな呼ばれ方をしちゃったから言うけど、この娘は、私の姪でベニアカーラ・ベニア。
貴方と同じで、猫系から今期の育成組に参加しているの。
分からない事は、このベニアから聞いてちょうだいね」
「ベニアって呼んでね!」
「よ、よろしくっ」
「噂で聞いたよ?本気のじっさんと渡り合って、ケガもしてないんでしょ!?
猫系からは、育成組に独りで入ってるから、ちょっと心細かったんだよね。
明日から一緒だと思うから、こっちこそよろしくだよ!!」
パニアに似た金色の瞳を輝かせて明るく喋るジャガーの獣人ベニアは、やはりパニアと同じくらいの背丈であり、ティハラザンバーに迫る体格の持ち主である。
赤味のかかった毛並みに斑紋の黒が映えるコントラストで、のこちゃんは、暗い所だと黄金の毛並みが赤っぽく見えるティハラザンバーに何処か通じている印象を受けた。
環境の変化が著しいのこちゃんとしては、ベニアの屈託のない話しやすそうな感じも、これから自分にとってありがたい存在となる予感がした。
そう言えば度々耳にする育成組とは何であるのか、ベニアにティハラザンバーを紹介しているパニアを待って、のこちゃんは訊いてみた。
「育成組は、次期主力候補育成計画の参加者の事だけど、有望な新人を魔刃殿で鍛えて、予め戦力としての底上げをする試みよ」
せっかくの人材をいきなり実戦へ投入してあっけなく死んじゃったら勿体ないでしょ?と、パニアは獰猛に笑う。
「!」
その凄味のあるパニアの表情に、"こと戦いに於いては強くなければ死あるのみ"という掟を言外にて釘を刺されたのだと、のこちゃんは思った。
やはり、悪の組織と来れば、これぐらいの非情さも当たり前に違いない。
のこちゃんは、不本意であろうとも覚悟を決めろと、現実を突きつけられた気持ちだった。
『ふむ、君がニヤニヤしている時も、あんな感じだな』
「………………」
もしかすると、狼の獣人タレンに絡まれた切っ掛けは、これだったのかも知れない。
のこちゃんは、ティハラザンバーの身体を含めた、この環境に早く慣れる必要性を感じた。
「あと、何か、ごめんなさい」
「え、急にどうしたの?」
"他人の事は言えない"とはこの事かと、内心で反省しきりなのこちゃんなのだが、思い当たる理由もなく謝られて困惑するパニアである。
ベニアは、よく分かんないけど面白いと言って、けらけら笑っていた。
――――――――――――――――
パニアに案内された部屋は、ティハラザンバーの巨体をのこちゃん本来の体格として見ると、六畳間くらいの感覚である。
なので、実際は、ちょっとした旅館の宴会場くらいの間取りがありそうだった。
むき出しの石造りっぽい壁には、鎧戸が閉じられていて外が見えないものの、しっかりとした窓もある。
それでも部屋が暗くないのは、天井の照明装置が、それなりの明るさを提供しているからだ。
家具は、ティハラザンバーが横になれそうな寝台と、日常で十分使えそうな卓子に椅子まで誂えてあった。
「もっと、大勢で雑魚寝する、大部屋みたいな所だと思っていました」
それは、のこちゃんの想像より、かなり上の待遇だった。
「言ったでしょ?、有望な新人に期待してるって…」
それに素直な女の子なんだから多少はねっと、冗談めいた言い方をしながら、パニアは部屋から出て行った。
もう、今日は休んで良いという事らしい。
明日は、何処かへ顔を出しに行かなければならないとの話で、ベニアが迎えに来る約束になっている。
のこちゃんは、ドカリと寝台に腰掛けると、大きなため息を一つついた。
「酷い一日だったよ」
意識を取り戻してからは、自分の容姿が激変していた事を含めて、色々とありすぎた。
『ふむ、いきなりその身体だったからな。
慣れるまでは、致し方あるまいよ』
聖ザンバー=リナの声は、ねぎらう様に言う。
「あたし、これからどうなるんだろう………って、怪人生がマストだった、ううっ」
もちろん、怪人生なるものは、のこちゃんにも想像がついている訳ではない。
とは言え、14年の間のこちゃんなりに人として暮らし培われてきたすべての常識が、この先、何ら指標にならない事は明かである。
ただ、現在いる場所に縁があるらしい、聖ザンバー=リナの声がいろいろと助言してくれるだけマシではあるのだが。
『それについては、君にひとつ、言っておかねばならない事がある』
頭を抱えるのこちゃんに、聖ザンバー=リナの声が口調を改めて話しかける。
「何ですぅ?、またダメ出しですかぁ………」
見知らぬ土地とは言え、個室という少し気を抜ける場を得たからなのか、のこちゃんのろれつが怪しい。
もっとも、いくらティハラザンバーの身体能力が高くても、のこちゃんの精神的な負荷は計り知れず、いつ折れてしまってもおかしくない状況である。
むしろ、よくここまで保っているとも言えた。
だが………
「いやっ、やっぱり気を緩めている場合じゃないですね!
チャムケアは絶対に挫けないんですから、これからどうするべきなのか、聞きましょう聖女のお姉さんっ」
ぐだりそうだったのも束の間、チャムケアによる情操教育の賜物で、のこちゃんは自力で立ち直った。
疾風に勁草を知るではないが、その人の持つ芯の部分を窺えるのは、まさしくこういう時なのだろう。
やはり、子供向け作品の影響、侮り難しという事である。
『ふふっ、強いな君は………その強さを信じて、やはりハッキリと言おう。
それほど遠くない未来、現在こうして君へ語りかけている余は、消滅するであろう』
「………ふぇ?」
のこちゃんは、聖ザンバー=リナの声が予想を超えた事を言い出したので、理解が追いつけず間の抜けた応答をしてしまった。
そんな様子を知ってか知らずか、聖ザンバー=リナは話を続けた。
『ふむ、そもそも君をティハラザンバーへ再構築する際に、大ティハラと余のすべては、純粋な力へ一度変換されて失われたはずであった。
推察するに、余すことなくその力をその身体へ紐付けようと"澱"の術式を織り込んだため、余の魂が些少ながら現存してしまったのだろう』
ちなみに、まだのこちゃんの理解は追いついていない。
『原因は恐らく、天空の女神様の神器と思われる………
白銀鎧と兜、そして双剣は、余の魂と同化していたとは言え、元より余の力の及ぶものではないのだからな』
それ以上は余にも分からぬと、聖ザンバー=リナの声が、珍しく弱々しい口調になる。
「………でも、だったら、もう消えたりはしないんじゃないですか?」
その弱々しい口調に、のこちゃんのチャムケア魂が刺激されたのか、解らないなりに聖ザンバー=リナを励ます様な相づちを打つ。
『くり返す様だが、残された力があまりに些少なのでな、自ずと限界は知れよう。
それに、必要な時がくれば、結界で受け皿としたその力は、本体であるティハラザンバーへすべて注がれる』
「それじゃあ…」
『ふむ、なれば消えるその時までは、余が知りうる限りの事を君へ伝えよう』
「聖女のお姉さん…」
『その後、そのティハラザンバーの身体で、君が一人で生きて行ける様に』
聖ザンバー=リナの声は、決意を示す様に、これまでの力強い口調へと戻った。
「………………」
しかし、のこちゃんは、もう次の言葉が出てこなかった。
続きます。




