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わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望-  作者: 虎竜王NV
序章:のこちゃん
1/21

01 のこちゃんの日曜日

初投稿です。


チャムケアの朝は早い。



『チャムケア』とは、悪と戦う正義のヒーローをコンセプトに、どこにでもいそうな中学二年生くらいの少女を主人公に()えた人気の女児向けアニメシリーズだ。


フリフリでヒラヒラな衣裳(いしょう)のカワイイ超人に変身した少女が邪悪(じゃあく)な敵と主にフルコンタクトの格闘で戦うというギャップが受けて、近年の地上波テレビでは珍しく、シリーズ作品がかれこれ20年近くも日曜日の朝に放送され続けているご長寿(ちょうじゅ)番組である。


具体的(ぐたいてき)には、記念すべきシリーズ第1作目『チャムケア』のタイトルが"チャーミングとケア"からの造語(ぞうご)である通り、可愛(かわい)らしさとお手入れによる(いや)しを作品の柱としながらも、大地に、空に、海に、宇宙にと、大きな舞台を所せましと(おのれ)の肉体を駆使(くし)した主人公たちと怪物の繰り広げる壮絶(そうぜつ)バトルがシリーズの魅力(みりょく)なのだ。


登場人物たちの成長を(えが)くドラマ仕立てとも相俟(あいま)って、メイン視聴者(しちょうしゃ)の女児はもちろん、こども向け番組にもかかわらず大人のファンからも広い年齢層(ねんれいそう)支持(しじ)されていた。


放送開始時間の午前8時30分は、通学や通勤(つうきん)の日常から見れば朝早いどころか家にいる時点で大凡(おおよそ)遅刻になる残念な時間帯なのだが、日曜日という点が重要である。


特に予定のないお休みの日、率先(そっせん)して午前8時くらいに起床(きしょう)する人の割合がどれ程のものかを考えてみれば、その特殊(とくしゅ)な早朝感は理解できるだろう。


まだ、ゆっくり寝ていても良い。


そんな夢心地(ゆめごこち)状態(じょうたい)から(みずか)らの意志で抜け出し、テレビ番組の自動録画が当たり前の現代にリアルタイムでアニメを視聴(しちょう)する姿勢は、そこにとてつもない熱意が込められているという事に他ならない。



この春、そんなチャムケアシリーズの主人公たちと同じ、中学校二年生になった のこちゃん も毎週日曜日の早朝をものともしない猛者(もさ)の一人であった。


フルネームは 剣持(けんもち)(とら)() といい、かなり(いさ)ましそうな名前ながら、現代に生きる14歳のれっきとした中二女子である。


まぁ、運動が得意(とくい)とも言い切れないていどに活発(かっぱつ)であり、自分の好きなものに対して(まわ)りにそこそこ主張するくらいの明るめな性格なので、名前から想像される勇猛(ゆうもう)さとはなかなか程遠(ほどとお)いのだが。


のこちゃんは、身長155㎝くらいの体格も細からず太からずである。


その印象(いんしょう)は、同年代の少年少女の中に(まぎ)れればあっさり見失われてしまいそうな地味さ、ハッキリ言って凡庸(ぼんよう)である事を本人も自覚していた。


(まわ)りからは、剣持(けんもち)さん、親しい間柄(あいだがら)だと のこちゃん と呼ばれている。


色々と事情(じじょう)があって、将来(しょうらい)危惧(きぐ)した大人にすすめられても改名(かいめい)はしないと固く心に決めているのだが、のこちゃん呼びにも感謝しているなかなか複雑な心境(しんきょう)だった。


そもそも、本人がこれで良いと言っているのだから、放っておいてくれとのこちゃんは思う。


現在の所、これまで名前でいじめられた事は無いし、友だちともうまくやれている。


ただ、残念ながらと言うか自然な流れでと言うか、中学校二年生ともなれば友だちを(ふく)めたクラスメイトたちは、チャムケアシリーズの視聴(しちょう)からとっくに卒業してしまっている。


生暖(なまあたた)かい目で見てくれる友だちこそいても、リアルタイムでチャムケアの話題についてきてくれる真の()()()はおらず、ただ一人で(おのれ)の道を突き進むのみである。


格好良(かっこうよ)く言えば孤高(ここう)求道者(ぐどうしゃ)でも逆に言うならボッチなので、趣味(しゅみ)に限ってとは言え、(はた)から見ればそれなりに(つら)そうな感じもする。


しかし、のこちゃんには、不安も(あせ)りも無かった。


何故(なぜ)なら"チャムケアは絶対にくじけない"だからなのだそうだが、これは、のこちゃんにしか通用しない理屈であると友だちからもツッコまれている。


要するに、その程度(ていど)逆境(ぎゃっきょう)ではビクともしないくらいに、チャムケアが好きなのだ。


そんな訳で、日曜日の朝、午前8時にセットした目覚まし時計の力を借りて布団から抜け出したのこちゃんは、今日も研鑽(けんさん)を重ねるべく一人テレビの前に鎮座(ちんざ)していた。



のこちゃんの部屋は、六畳敷(ろくじょうじ)きの和室である。


家具は、小さな本棚(ほんだな)文机(ふみづくえ)、現在見ている画角(がかく)20インチに満たない液晶テレビと録画機が(おさ)められたラックの横に、簡易型(かんいがた)クローゼットがあるくらいだ。


5月の連休を目前に(ひか)えている時期とあって、まだ朝方は肌寒(はだざむ)い。


家自体がかなり年季(ねんき)が入っている一戸建(いっこだ)てな上、家具が少ない分、のこちゃんの部屋はすきま風も通りやすかった。


一応、エアコンは付けてもらったのだが、暖房を入れると何故(なぜ)か気分が悪くなるので夏場に冷房しか使っていない。


仕方なく、自分の体温で(あたた)かくなっている布団(ふとん)の中から毛布を引っ張り出して、ひんやりとした(たたみ)の上を引きずりながら身体(からだ)に巻き付けてゆく。


一見(いっけん)寝床(ねどこ)への未練(みれん)たらたらなのだが、寝落ちの危険がある以上、布団(ふとん)に寝たままの体勢(たいせい)視聴(しちょう)する事はあり()ない。


肩へかかるくらいの短めなその黒い髪が寝癖(ねぐせ)になってあらぬ方向へ飛び出したりしていても、のこちゃんの意識はハッキリ覚醒(かくせい)しており、決して寝ぼけてなどはいない。


季節的に来週か再来週くらいにはもっと気温も上がるだろうと思いつつ鼻の辺りまでスッポリ毛布にくるまりながら、のこちゃんの目は、テレビ画面にしっかりと焦点(しょうてん)を合わせている。


例え毛布でぬくぬくしていようとも、チャムケア視聴(しちょう)に対するのこちゃんの心構(こころがま)えは、いつでも真摯(しんし)で本気なのだ。


そのテレビの中では、チャムケアシリーズを放送する直前のニュースワイド番組が、休日の長閑(のどか)雰囲気(ふんいき)とそぐわない事件や事故の話題を()り上げていた。


多くの車両を巻き込んだ交通事故をはじめ、大規模(だいきぼ)な鉄道のトラブルに火災や突然の建物倒壊(たてものとうかい)といったものから、人の殺傷(さっしょう)(から)事件性(じけんせい)が強いものなどで、(そう)じてどれも暗い話だ。


「最近、多いよねぇ……」


誰に言うでもなく、のこちゃんは、寝起きのかすれた声でポツリとつぶやいた。


現実を生きていると、理不尽(りふじん)な目にあう事もある。


その内容は、人それぞれであり様々(さまざま)だろう。


のこちゃんの場合、両親が(すで)にこの世にいなかった。


小学校へ上がる(ころ)(ひと)りとなってしまい、母方の実家へ引き取られたのこちゃんは無事(ぶじ)中学に上がれているとは言え、そういった現実の一端(いったん)を幼いながら()()たりにしてきた者でもある。


だからチャムケアシリーズの様なアニメ作品に傾倒(けいとう)して現実から逃避(とうひ)しているのかと言えば、そうではない。


時にフィクションやファンタジーといった創作物(そうさくぶつ)は、現実を生きる人の(かて)となり、前へと(あゆ)み出すための原動力(げんどうりょく)になってくれる。


その事を、他でもないチャムケアが教えてくれたのだ。


他人(ひと)はどうか知らないけれど、うつむきそうになるその小さな背中を何度も力強く押してもらえたし、これからもそうだろう。


だから、のこちゃんは、チャムケアが好きなのである。



――――――――――――――――



チャムケアを見終わった後は、『チャムケアシリーズ』以上に長い歴史を(ほこ)る特撮ヒーロー作品の『シュープリム戦団シリーズ』と『フルヘルムナイトシリーズ』が同じチャンネルで立て続けに放送されているのだが、そちらを録画機に(まか)せて本格的(ほんかくてき)起床(きしょう)をする。


実は、チャムケアに出会う前、同居(どうきょ)する叔母(おば)のすすめで特撮ヒーロー作品を()びる様に視聴(しちょう)してきたのこちゃんなので、(ひま)な時に録画を見るくらいなのだが、現在でも新作チェックを続けている。


特におすすめされた『時空刑事(じくうけいじ)シリーズ』は、かなり古い作品なものの、全身(ぜんしん)メッキで造形(ぞうけい)されたロボットの様なヒーローが(はげ)しいアクションを()り広げるアプローチで、その熱いドラマ性にドキドキしたから今でも好きなのだ。



日曜日の午後は、地域(ちいき)コミュニティー主催(しゅさい)の剣道教室へと通うのこちゃんである。


その前に、家のお手伝いをしたり、朝食をとるべくキッチンへと(おもむ)くのが習慣(しゅうかん)であった。


「おはよう、おばあちゃん」


「おはよう、のこちゃん」


キッチンでは、(すで)に祖母が朝食の準備をしており、電気ポットから勢いよく湯気が()き出していた。


雨戸が開けられたアルミサッシの窓からは、春のもんよりとした(あたた)かい陽射(ひざ)しが家の中を()らしている。


チャムケア視聴(しちょう)(はさ)んでいても、寝起きの目には(まぶ)しい午前中の光である。


キッチンと(つな)がった居間(いま)には大型の液晶テレビがあり、電源がオンになっていないその黒い画面も、陽の光で真っ白になっていた。


平日だと学校にいるこの時間帯はテレビをつけてもよく見えないのだろうなと、ぼんやりのこちゃんは思う。


視線をキッチンへ戻すと、自分が引き取られてきた頃より白髪(しらが)が目立つ様になった祖母が、花柄(はながら)の赤いエプロンを身につけ器用にフライパンを(あやつ)っている。


祖母はやせ形で、背の高さも今ののこちゃんとさほど変わらない。


のこちゃんが初めてこの家に来た時から、少し背筋(せすじ)も曲がってきただろうか。


「手伝うよ」


「ありがとう、じゃあ、お皿を出してくれる?」


「うん」


どこにでもありそうな家庭の、何でもない、朝の風景である。



母の実家である佐橋(さはし)の家は、のこちゃんにとっての祖父母と、母の妹に当たる叔母(おば)京華(きょうか) との三人住まいだった。


幼いのこちゃんが家族に(むか)え入れられてからというもの、(さび)しい思いをさせない様にと、三人には可愛(かわい)がられてきた。


特にのこちゃんが きょう姉さん と呼んで(なつ)いた京華(きょうか)は、ギリギリ二十代前半で祖父母に比べれば話しが通じやすいとあって、率先(そっせん)してのこちゃんの面倒(めんどう)を見てくれたのだ。


もちろん、(くだん)の特撮ヒーロー作品による英才教育も、のこちゃんが楽しく過ごせる様にというきょう姉さんなりの気遣(きづか)いであり、その一環(いっかん)なのである。


幸か不幸か、ヒーロー作品三昧(ざんまい)を嫌がって逃げ出さずに、嬉々(きき)としてそれに応えてしまったのこちゃんには元々素質(そしつ)(そな)わっていた訳なのだが、それが『チャムケアシリーズ』と出会う切っ掛けにもなった。


まさしく運命だったに違いないと、お皿を(なら)べながら、のこちゃんは(うなず)いてみる。


ちなみに、のこちゃんの部屋にある液晶テレビと録画機は、きょう姉さんのお下がりである。


それまで何を視聴するにしてもきょう姉さんの部屋で一緒にだったのだが、チャムケアと"運命の出会い"をした際に自分専用の物が欲しいと相談したところ、新調(しんちょう)する予定だったからと言ってのこちゃんにラックごとくれたのだ。


あの時は、本当に(うれ)しかった。


おかげで、のこちゃんが初めて第1話からリアルタイム視聴(しちょう)したシリーズ第12作目『Joy!フロイラインチャムケア』以降(いこう)は、充実した録画ライフを実現できている。


「……これが天国か」


何度でも(おのれ)の意のままにチャムケアが視聴(しちょう)できるとあって、素朴(そぼく)に、そして心の底から感嘆(かんたん)の言葉がこぼれる。


(いま)だに、自室へ録画の環境(かんきょう)導入(どうにゅう)された当時を思い出すと、顔がにやけてしまうのこちゃんであった。


もちろん、大切な録画データのバックアップは面倒(めんどう)がらずにしっかり取れという、きょう姉さんの(きび)しい教えもしっかりと実行し続けている。



キッチンと居間には、まだ祖父ときょう姉さんの姿は無い。


祖父はお休みの日だと寝坊しがちであるのだが、きょう姉さんの場合、現在も自室のテレビの前にいると確信(かくしん)するのこちゃんである。


のこちゃんにとってのチャムケアが、きょう姉さんにとっての特撮ヒーローなのだ。


とは言え、じきに祖父ときょう姉さんもキッチンに来るだろう。


食事を済ませたら、のこちゃんは出かける準備もしなくてはならない。


その事を二人とも知っているからだ。


「のこちゃん、先に食べる?」


「待つよ」


「そう?」


キッチンにあるダイニングテーブルへ4人分の食器を(なら)べ終えたのこちゃんは、いつも自分が座っている椅子(いす)を引くと、今日放送されたチャムケアの事を思い返しながら席に着く。


そう言えば、番組内で告知されていた春恒例(はるこうれい)の劇場版公開に友だちを(さそ)えたなら楽しそうなのだが、のってくれそうな相手は誰だろう。


ちゃんと朝早く起きる日曜日には、そんな事を考えられるくらいの余裕(よゆう)があるのだ。



――――――――――――――――



剣道教室は、公営の体育館ではなく、公民館にある広い一室を板張(いたば)りの道場に(あつら)えた場所で行われる。


道場は、建物の1階で窓も大きく、開閉可能(かいへいかのう)なので換気(かんき)も十分、それなりに天井(てんじょう)も高いため圧迫感(あっぱくかん)も無い。


道場といっても、普段はダンス教室やら演劇(えんげき)稽古(けいこ)やらで使われていて、用途(ようと)様々(さまざま)だ。


集合時間より少し早いとあり、教室に参加するメンバーものこちゃんを(ふく)めて、まだそんなには集まっていなかった。


「今日のチャムケア見た?」


「見てねぇっつってんだろ」


のこちゃんがしれっと始めた話題にハイハイソウデスネといった面持(おもも)ちでいなすのは、同級生で友だちの 大賀美(おおがみ)宿福(すくね) だ。


残念ながら、チャムケア視聴(しちょう)からは卒業ずみである。


毎週、剣道教室に来る(たび)に繰り返されるたわいないボケとツッコミの様なものなのだが、のこちゃんは割と本気で宿福(すくね)がいつかチャムケアに戻って来るかもと希望を持っている。



宿福(すくね)は、のこちゃんが中学に入ってからの友だちで、強気な上に思った事がすぐ口から出てきてしまう豪速球(ごうそっきゅう)系女子である。


それは歯に(きぬ)着せぬ裏表の少ないまっすぐな性格とも言え、(とき)に大人から反抗的(はんこうてき)なレッテルを()られやすいものの、友だちとして付き合いやすい正直さでもあった。


背の高さはのこちゃんよりも大きく、本人の運動好きも手伝って、のこちゃんが知る限り特に運動部関係の友だちが多い模様(もよう)だ。


整った顔立ちと生来のやや茶髪(ちゃぱつ)が印象的でヤンキー系に誤解(ごかい)されがちなのだが、上の兄弟がいて、幼い頃はヒーロー作品からチャムケアまで一通り見ていたからなのか、悪い事や筋の通らない事を嫌う。


これが所謂(いわゆる)情操教育(じょうそうきょういく)賜物(たまもの)ってやつだろうか?と、のこちゃんは、常々(つねづね)この絶妙(ぜつみょう)なバランスで成り立つ宿福(すくね)の性格に感心しきりだった。


同じ剣道教室に通っていると言っても、さほど運動が得意でもないのこちゃんと宿福(すくね)の気が合うのは、やはりチャムケアやヒーロー作品で熟成(じゅくせい)された熱い(たましい)を持つ者どうしだからなのかも知れない・・・


と、主にのこちゃんが思っている。



「あたしが見てたのは"バシバシ!チャムケア"くらいの(ころ)だな。その後は全然わかんねーよ…

ああ、いや、"スマッシュチャムケア"だったかを別のチャンネルで、同じ頃に見たかな?」


「『スマッシュチャムケア!』良いよね。丁度(ちょうど)シリーズでもキャラの絵柄(えがら)が変わって、歴代チャムケアが総登場(そうとうじょう)する劇場版長編の『プロフュージョンフラワーズ』もこの年から・・・」


「あー、うるさいうるさい」


宿福(すくね)がチャムケアに戻って来るという希望を持っていると言うより、突破口(とっぱこう)を見つけては、前向きに(そそのか)そうとするのこちゃんである。


そうなってくれれば劇場版チャムケアシリーズにも(さそ)いやすいし、恐らく身近な理解者(りかいしゃ)としては、理想的(りそうてき)な存在に違いない。


チャムケアは絶対にくじけないのだ。


「そう言えば、のこは、京華(きょうか)さんと一緒(いっしょ)に来なかったのか?」


友だちの厄介(やっかい)暴走(ぼうそう)(さえぎ)る様に、宿福(すくね)は強引に話題を変えた。


「きょう姉さんは、さっき仕事先から電話がかかってきて、そっちに行ったよ。何か用事を()ませてから、こっちにも来るってさ」


「あー、(おく)れてんのか」


きょう姉さんは、学生時代に取った杵柄(きねづか)でこの剣道教室を手伝っていた。


聞いた話では、大学の部活で参加した、一般も(ふく)める公式の大会にて武道館決勝まで行ったらしい。


のこちゃんを剣道教室へ(さそ)ったのもきょう姉さんである。


きょう姉さんは、のこちゃんにとって剣道教室のコーチでもあるのだが、()しである「時空刑事(じくうけいじ)シリーズ」の必殺技が剣主体な事を考えると、どういう腹づもりで剣道に取り組んでいたのか何となく(さっ)しがついてしまう。


事実、きょう姉さんとかかり稽古(げいこ)を始める前、時空刑事(じくうけいじ)が必殺技を()り出す際に剣を発光させるシャイニングソードのそぶりをのこちゃんがやってみせると、ノリノリのキレッキレな別の()りで返してくるのだ。


確かに、全身を防具で包む剣道の競技スタイルは、変身した気持ちになるのかも知れない。


稽古(けいこ)中に(きょう)が乗ってなのか、のこちゃんを相手にヒーローショーまがいな殺陣(たて)披露(ひろう)して教室を脱線(だっせん)させてしまい、先生に怒られた事も一度ならずあった。


そんなきょう姉さんであるから、教室に通う他の子供達には何のマネか通じていないながら、ヒーローっぽくてカッコイイと好評(こうひょう)を受けている。


宿福(すくね)も、流石(さすが)、のこの叔母(おば)さんだなと言って笑う(あた)り、きょう姉さんを気に入っているらしかった。


「あ、更衣室(こういしつ)開くみたいだよ宿福(すくね)ちゃん」


「おう」



剣道教室の先生が更衣室(こういしつ)(かぎ)を管理しているので、先生が到着(とうちゃく)するまでは、中のロッカーが使えないのだ。


ロッカーは二人で一つずつ使えるきまりになっており、当然のこちゃんと宿福(すくね)が一緒である。


着替えた服と貴重品(きちょうひん)なども入れて、教室が行われている最中(さいちゅう)は、それぞれのロッカーにも(かぎ)をかけてしまう。


チャムケアシリーズ2作目『チャムケア!マーベラス・ハウル』は、1作目の純粋な続編であり、新たに加わったパートナーと二人でチャムケアに変身する設定となった。


二人が(そろ)わないと変身出来ないとあって1作目とまた違うピンチの演出が作品の(はば)を広げ、放送当時は前作のままで良かったというファンの声が少し聞こえたらしいものの、大凡(おおよそ)好評で劇場版も2つ作られた(ほど)の人気ぶりである。


のこちゃんがロッカーの使い方がそれに似ていると言えば、宿福(すくね)もこいつはしょうもないなと遠い目をしつつ、ハイハイソウデスネといつも通り受け流して着替えを進める。


「そう言えば、のこは基礎化粧(きそけしょう)とかどうしてんだ?」


「えー、お化粧(けしょう)なんて、まだ何もしてないよ」


「ばーか、基礎化粧(きそけしょう)はメイクとかと違うんだよ」


「あっ、チャムケアでもメイクをテーマにした作品が…」


「うるさいうるさい」


繰り返されるたわいないボケとツッコミの様なものは、そんなひとときこそが、のこちゃんと宿福(すくね)にとって大好きな日曜日午後の過ごし方なのだろう。


二人の顔は笑っていた。



――――――――――――――――



結局、仕事先のゴタゴタが終わらずにきょう姉さんが剣道教室へ来られなかったので、のこちゃんをはじめとする参加者たちは先生の指導(しどう)で時間通りに稽古(けいこ)を終わらせた。


中にはもの足りない顔をした子供たちがいたものの、これが本来の剣道教室である。


とは言え、のこちゃんもきょう姉さんがいた方が楽しいので、気持ちは分かる。



やはり、きょう姉さんのお下がりであるのこちゃんのMyPhone(マイフォン)には、きょう姉さんの断末魔(だんまつま)がショートメッセージで送られてきていた。


「きょう姉さん、良い人だったのに………」


「いや、京華(きょうか)さん、生きてんだろっ」


「のこちゃん、すくねちゃん、剣道終わったみたいだね?」


のこちゃんと宿福(すくね)MyPhone(マイフォン)の画面を見ながら公民館の前で(かわ)いた笑いをこぼしていると、道なりに歩きながら二人へ手を()って声をかけてきた者がいた。


声の方へ視線を向ければ、そこには、宿福(すくね)と同じく同級生で友だちの 諏訪(すわ)愛茅(まなち) が近づいて来るところだった。


背はのこちゃんと同じくらいか少し高めで、ふんわりとした毛質の黒髪をテキトーに、それでも耳が隠れてしまう程度(ていど)にボリュームを残して短く切りそろえている。


ややキノコっぽい印象ではあるのだが、寝癖(ねぐせ)にさえ気を付ければ、面倒(めんどう)が無いから楽で良いらしい。


この年代の少女らしく全体的に少しふっくらしているものの、目も大きく、愛嬌(あいきょう)のある顔立ちである。


いつも何かしら本を読んでいる様などちらかと言えばのこちゃん(がわ)の目立たない系女子なのだが、今日は全体的に水色が晴れやかで、どこかお洒落(しゃれ)格好(かっこう)をしていた。


せっかくの日曜日なので、お出かけしていたのだろうか。


「あ、まなっちゃん」


「よぉ、まなち」


学校では、宿福(すくね)愛茅(まなち)がのこちゃんにとって一番の友だちなので、一緒(いっしょ)にいる事が多い。


「いやぁ、大型書店めぐりで都内へ足を()ばそうと思ったら電車がだめでね、しかたなく駅前の本屋をのぞいて帰って来ちゃったよ」


「ああ、朝のニュース番組で見たよ。

電車一本で都心へ出れても、その電車がだめだと、あたしたちじゃどしょうもないよねぇ」


中学生の身では、家族に車を出してもらうか、電車より割高なバスを乗り()えて行くしかない。


そう言えば、のこちゃんが小さい頃に住んでいた都内のアパートからは都庁の建物も近くに見えていた記憶があるので、電車が止まっていても何とかなっただろうか。


「まなち一人で行ったのか?」


「ああ、ひなちゃんも一緒(いっしょ)だったけど、ここに寄り道するって言ったら、用事があったみたいで帰っちゃったんだよ」


「うすか。何かあいつに、()けられてる気がすんな」


「そんな事無いよ。ひなちゃん、良い()だよ?」


ひなちゃんとは 宇須(うす)陽菜(ひな) といい、やはりのこちゃんの同級生で友だちである。


確か、愛茅(まなち)陽菜(ひな)は読書仲間で、時々一緒(いっしょ)に本屋さんを回っていると以前のこちゃんは聞いた事があった。


「それでどうしたの、まなっちゃんは、あたしたちに用事?」


「うん、本当にこのまま帰るんじゃ物足りなくてね…二人とも(ひま)なら、どこか寄って行かないかい?」


のこちゃんと宿福(すくね)は、愛茅(まなち)(さそ)いに顔を見合わせて、じゃあそうしようかと公民館を後にした。



そば屋のチェーン店である海畑(うみはた)そばにしようという宿福(すくね)の主張は即刻(そっこく)のこちゃんと愛茅(まなち)から却下(きゃっか)され、同じチェーン店でも無難(ぶなん)なハンバーガーショップの店内席へと三人は腰を()えた。


「天ぷらうどんな感じだったのになぁ……」


「まぁほら、食べ終わって即退店(そくたいてん)だと、ろくにおしゃべりできないだろ?」


白身魚のフライを(はさ)んだバーカーにかぶりつきながら愚痴(ぐち)宿福(すくね)愛茅(まなち)(なだ)める横で、のこちゃんはチョコ味のシェイクをすすりつつ、春の劇場版に二人を(さそ)ったら付き合ってくれるだろうか?と考えていた。


勿論、チャムケアの話である。


「そう言えば、二人は連休の予定って何か考えているのかい?」


おおそれだよ!と目を(かがや)かせたのこちゃんに気が付いた愛茅(まなち)は、苦笑(にがわら)いしながらチャムケア映画は考えておくよと前置きして、別の計画を提案(ていあん)した。


「都内の方は最近変な事件や事故が多いし、たまには山の方へでも遠出(とおで)しないかい?」


「ん?ああ、天気が良けりゃあ、別にいいよ」


「なぜわかった」


「ほら、わたしたち二年生になってクラスが別れちゃっただろ?」


「そっか。のことは剣道教室があっからまだ良いけど、まなちは、たしかになぁ」


「そうそう、チャンスがあるならイベントの一つも欲しい所じゃないか」


若干リアクションのおかしいのこちゃんに(ふたた)苦笑(くしょう)しつつも、愛茅(まなち)は、話を進める。


宿福(すくね)が言う通り、確かにのこちゃんと愛茅(まなち)は、二年生になってから休み時間に会うくらいの小さな接点(せってん)しかなくなっていた。


「そうだ。せっかくだし、うすも引っぱって来いよ、まなち」


「それはかまわないが、すくねちゃん、何か悪い顔してるよ?」


中学へ上がり、たまたま同じクラスになって、どういう訳か馬が合った宿福(すくね)愛茅(まなち)一緒(いっしょ)にいるのは自然で楽しかった。


そんな愛茅(まなち)一緒(いっしょ)にいたいと言うのなら、まぁ、春の劇場版は後でも良いかなと思うのこちゃんである。


特に現在(いま)は、都内方面の電車が止まったりするのも不安であるし、少し時期をずらして、きょう姉さんに相談をして車を出してもらうのもアリなのかも知れない。


それにしても、山の方へ遠出となると、やはりハイキングだろうか。


のこちゃんも、ひとまずチャムケアについては(わき)に置いて、愛茅(まなち)宿福(すくね)の会話に加わる事にした。


こうしたものは、あれやこれやおしゃべりしながら、予定を考える時間が一番楽しいのだ。



――――――――――――――――



名残(なごり)()しい日曜日の終わりには、自室の文机(ふみづくえ)(よく)月曜日の時間割を確認(かくにん)して教科書やノートに資料集等を(そろ)え、きっちりと準備するのがのこちゃんの(つね)である。


当然、宿題も忘れない。


正直に言えば学校の勉強は得意(とくい)ではないものの、引き取って可愛(かわい)がってくれる家族の顔に(どろ)()る訳にいかないので、佐橋の家へ来てからというものできるだけがんばっているのだ。


お世話になっている人への(おん)(あだ)で返すなと、物心ついた(ころ)からお父さんに唯一(ゆいいつ)(きび)しく教えられた事を、(かたく)なに守っている。


のこちゃんにとってそれは、剣持(けんもち)(とら)()の名前と同じ様に、数少ない()き両親との(つな)がりでもあった。


まだ小さな(ころ)、両親と共に過ごした都内の(せま)い部屋を、のこちゃんはぼんやりと憶えている。


しかし、今思うとアパートの一室なのだろうが断片的(だんぺんてき)で、住んでいたその正確な場所はもう分からない。


都庁の建物がそれなりに近く見えた記憶から、恐らく副都心の、新宿(しんじゅく)何処(どこ)かなのだろう。


現在(いま)ののこちゃんは、新しい家族にも良くされ、友だちにも恵まれて幸せだと思う。


ただ、その断片的(だんぺんてき)な記憶にもまた、現在(いま)(おと)らない多幸感(たこうかん)が満ちているのである。



トントン


のこちゃんが準備を終え、就寝(しゅうしん)するべくパジャマに着替えようとした時、部屋のドアからノックが聞こえた。


「いま良いかな?、のこちゃん」


祖父である。


着替えたらおやすみなさいの挨拶(あいさつ)を居間へしに行くのがのこちゃんの(つね)なので、祖父の方から部屋へ(おとず)れるのは、少し意外だった。


祖父は、祖母より十歳(じゅっさい)くらい年上(としうえ)と聞いている。


頭髪(とうはつ)眉毛(まゆげ)(すで)にまっ白なものの、背筋がしっかり()びた姿勢(しせい)の良さで、普段から快活(かいかつ)に笑う明るい人だ。


「何?おじいちゃん」


なんだろうとドアを開けると、(まゆ)を八の字にして、何やら(こま)った顔の祖父が立っていた。


のこちゃんの"なんだろう?"は、(さら)に大きくなる。


祖父はどう話を切り出そうかと迷ったらしく、(しばら)くあーとかえーとか(うな)った後で意を決した様に話し始めた。


「実はね、のこちゃんのお父さん側のご親族(しんぞく)から、連絡(れんらく)が来てね・・・」


「え?……」


祖父の話が意外な方向からだったので、のこちゃんはどう反応して良いか分からず、つい固まってしまった。


「のこちゃんと、二人だけで面会したいそうなんだよ」


「……お父さんの?」


「お兄さん、つまり伯父(おじ)さんだね」


亡くなったのこちゃんのお父さんは、古い任侠道(にんきょうどう)の一家にお世話になっていた、平たく言えばやくざ者であった。


幼いのこちゃんを残して()ったのも、そのやくざな関係で事件に巻き込まれたからと聞かされている。


しかし、それはのこちゃんが小学校へ上がる前の事、昔の話だ。


のこちゃんが佐橋(さはし)の家に引き取られた時も、父方の干渉(かんしょう)が無かったのは、理由が理由だけに母方へ全面的に(たく)す形になっていたからである。


伯父(おじ)さん……」


「それが、向こうさんが言うにはね……」


何故(なぜ)今頃(いまごろ)になって自分と会いたいのだろうか、そうぼんやり考えてしまって続く祖父の言葉が頭に入ってこないのこちゃんであった。


つづきます。

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