序
ここのところ、何かがおかしい。
何が、と問われてしまえば困ってしまうのだが、確かに『何か』が変わったのだ。
これが数日の間、毎日のように感じている漠然とした気持ちであり、心に小さなトゲが刺さったかのように、チリチリと神経を引っ掻き回す。
普段と変わりがないはずの、それこそ何時もと同じ毎日を過ごしているだけだというのに、それでもその『何か』はゆるりと身体を縛り付けていた。
その原因を正確にいってしまえば、特定の日付は確定している。だが、けれどもそれを言葉にするのはとても難しい事なのだ。
すっぽりと抜け落ちた記憶。それは、最も大切な部分だけが靄のかかったようにあやふやな形として残っており、誰かがそれを植え付けたという印象が強い。
そう感じられて仕方がないのに、思い出さなければいけないと思うのに、それでも手を伸ばして掬い取っても、掌の隙間からサラサラとそれはこぼれ落ちていくだけ。
酷くもどかしくて、焦りすらもが生まれてしまう。けれども、どれだけ記憶を呼び戻そうとも、それすら叶わずにいる。
あの日……。
幼なじみで、隣人という腐れ縁で結ばれた最高の相棒―と、少女が勝手に思っている人物―である、日野崇と一緒に帰路についていた時の記憶。
それが、どうしようもないほど曖昧になっている。
その事を尋ねても、崇は一緒に帰っただけだろうがと一蹴するだけ。だが、何故かその中に隠し事の気配を感じ取り、少女はブスリとした顔で崇を見上げるだけのだが、何時もの事とだとばかりに崇は相手にしようともしない。
人間の記憶は、常に曖昧な部分がある。そう言い聞かせようとするのだが、それでも腑に落ちない部分に心が傾いてしまう。
何故だろう。
その疑問を自分自身にぶつけてみるが、明確な答えなど出る事はない。
それは少女、瀬尾野めぐみの中に封じたれている記憶が、僅かずつではあるが綻びが生まれ、封じたはずの記憶を呼び起こそうとしている始まりだった。