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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王の騎士は愛を誓う

作者: 夏風

短編2作目です。今回は魔王と勇者のお話です。

 人と魔が存在する世界で人族と魔族は、長い間、争ってきた。

 そして、今、その争いに終止符が打たれようとしている。


 魔族の王『リリス』は、人族の中でも突出した力を持つ精鋭四人を前に苦戦を強いられていた。

 鎌による攻撃は騎士の盾に、魔法は神官の結界で防がれる。

 術師の奇跡で足止めされ、その間にこちらが与えたダメージを聖女によって回復されてしまう。

 あの防御力を一撃で貫き通す火力は魔王であるリリスにもない。

 まさにジリ貧、個々の戦力を見れば、彼女が大きく上回っているが、連携を含めた数の不利には勝てない。


 ついに体勢を崩されたリリスに一斉に奇跡が撃ち込まれる。

 あまりのダメージに彼女は立つことができない。

 勝利を確信した四人は彼女を嘲笑する。


「魔族如きが私たちに適うはずがありません」

「まったく、身の程を弁えてほしいわ。埃まみれになったじゃない」

「ホントよね。本当にこんなのにフェルが負けたの?」

「あいつが俺たちを転移させた後に帰って来なかったんだから、そうなんだろ」

「じゃあ、どうやってフェルを倒したのか聞いてみる?」

「おっ、いいねぇ。魔王とは言っても、顔も体もいいもん持ってる。楽しめそうだぜ」

「ひっ!」


 言葉の意味を察したリリスから短い悲鳴が漏れる。

 そんな彼女を見た騎士の男が愉悦に顔を歪め、舌なめずりしながら剣を片手に近づいてくる。


「来ないで! ――っ」


 リリスは持てる力を振り絞って鎌を騎士に向かって振るが、いとも容易く剣で防がれ、その弾みで鎌を手放してしまった。

 騎士がリリスの前に立つ。


「体に傷をつけたくねぇから大人しくしてろ」


 騎士の剣が頭上から振り下ろされる。

 しかし、その剣はリリスに届くことは無かった。代わりに甲高い金属音が鳴り響く。

 騎士たち四人が何かを見て狼狽する。

 不意にリリスの耳元に声が降ってきた。ずっと聞きたかった彼の声。


「遅くなりました。我が君」


 リリスの影から抜け出てきた男はそれだけ言うと、四人から彼女を守る様に立ち塞がる。

 黒い鎧を身に纏っていようと、その背中をリリスが見間違えるはずがなかった。


「っ! ……ルキ」


 リリスが眦に涙を溜め、複雑な表情で彼の名を呼ぶ。

 突然現れた黒騎士は以前にリリスと戦い、命を落とした勇者『ルシフェル』だった。



 ―――時は遡り、十年前――



 リリスは七人兄弟姉妹の末っ子として生まれた。

 母は彼女を産んですぐに亡くなってしまったが、家族思いの父や兄姉、家臣たちに可愛がられ、たくさんの愛情を受けて育つ。


 だからだろうか、兄姉たちが人族との戦いに備えて戦うための技術を磨いている中、彼女は人族との融和の道を模索するため、人に混じって暮らしを見てみたいと言い出したのだ。

 当然、周囲は反対したが、父である魔王はこれを了承し、リリスを送り出した。


 リリス自身も最初は不安だったが、一緒に来てくれたお供の魔族とともに、人族の社会に溶け込み、その様子をつぶさに観察していた。

 そこから魔族を敵対視する明確たる根拠はなく、ただ『魔族は敵』というような漠然とした意識に基づいていることが分かってきた。

 実際、魔族の自分が紛れていても全く気付かれることはない。それほどまでに外見は酷似しており、明確な違いと言えば、魔法が使えることと、魔族領で生まれたことぐらいだ。

 そもそも、両種族が何故いがみ合う様になったのかは、今となっては確たるものが残っていない。人族が魔族の魔法を妬んだとも、魔族が人族に魔法で戦争を仕掛けたとも言われている。


「先は長いわね……」


 人の社会に紛れてから何も進展が得られないまま、一年が過ぎようとしていた頃、リリスは孤児院で運命的な出会いを果たす。

 将来、勇者となって自分を殺すルシフェルだ。


 出会った当時の彼は孤児院育ちということもあり、満足な食事もできず体付きは貧相で、性格も暗く、一人でいることの方が多い。

 そんな彼を見かけたリリスは思わず声をかけていた。


「私と一緒に少しお話しない?」


 彼女は自分でもどうしてそんな行動に出たのかわからなかった。

 父や兄姉はいたが、母のいない寂しさを彼と共有したかったのか。ただ、単に彼の境遇を憐れんだだけなのか。


 初めは口数の少なかったルシフェルも、日々を重ねるうちに明るくなっていった。

 長い時間を共に過ごす幼い二人が、お互いを特別に想うようになるまで、そう時間はかからなかった。

 しかし、リリスの父が倒れたことで彼女の生活は終わりを告げる。


「ごめんなさい。ルキ、もう会えないの」

「そんな……どうして?」


 リリスは涙を堪えながら、ルシフェルに別れを告げる。

 何もわからないまま、別れを告げられた彼が理由を問うが、彼女には答えることができなかった。

 自分が本当は魔族なのだと告げれば、きっと彼は自分の事を嫌いになってしまう。

 リリスはもう会えないと分かっていても、ルシフェルに嫌われるのだけは堪えられなかった。


 何も言葉にできないまま俯く彼女に、ルシフェルは小さな繊月があしらわれた髪飾りを差し出した。


「これリリスにやるよ。俺の母さんの形見だ」

「そんな! もらえないよ」

「いいから持っていけ! それと……」


 ルシフェルは押し付けるようにして髪飾りを彼女に渡すと、何か言いかけて言葉を詰まらせる。

 彼は顔を紅くしたまま、とても言いにくそうに視線を泳がせていたが、意を決したのか真っ直ぐにリリスを見た。


「俺、大きくなったら君を守る騎士になる! だから、それまで待ってて」

「……うん。約束よ」

「ああ、約束だ」


 リリスは最後に彼と手を重ねる。

 そして、リリスはルシフェルに内緒で、ある力を彼に与えた。

 騎士になるという夢を叶えられるように。

 例え、自分の騎士になると言った彼の言葉が決して果たされないものだと分かっていても。



 魔王城に戻ったリリスは、そこで魔王の座を継ぐのが自分であることを聞かされ、衝撃のあまり言葉を失った。

 武勇も魔法も知略もカリスマも、自分が兄姉に勝るものなど何一つない。

 それにも関わらず、何故自分が時期魔王なのか、リリスには訳が分からなかった。

 一番上の姉が彼女に優しい微笑を向け、諭すような声音で理由を教えてくれた。


「この先、新しい時代に必要なのは力でも魔法でもない。あなたのような人なの。だから、あなたを守るためなら、私たちは喜んで盾になるわ。これはあなたがここを出て行ってから、すぐにお父様も含めて決めたことよ。だから……受け入れなさい。そして、強くありなさい。ごめんね。勝手な私たちを許して」


 そう言うと彼女はリリスを優しく抱きしめる。涙を堪える姉の体は少し震えていた。


 そうしてリリスは新たな魔王の座に就いた。

 とは言っても、特別何かをするわけではない。

 人族側も新しい勇者を擁立するまでは、下手に動いては来ないだろう。

 今は内政に力を入れ、少しでも国力を増強させることが急務だ。


 時は流れて6年が経った。

 その間も新たな勇者が現れては魔族領へと、攻め入って来ていた。

 勇者の力は凄まじく、兄姉たちが己の命を犠牲にしなければならないほどだった。

 6人いた兄姉も今では一人も残っていない。

 一人、また一人と喪っていく兄や姉の事を思うと、リリスは悲しみで押し潰されそうになる。みんな自分に未来を託して命を散らしたのだと思えばなおさらに。


 そして、リリスが当代魔王の座に就いてから、初めて魔王城は陥落の危機に陥っていた。

 現勇者はこれまでの勇者とは桁違いの強さを誇る。

 防衛線は全て簡単に突破され、城内の防御機構も何の役にも立たない。


 この状況に側近の一人が、リリスに城を捨てて逃げるよう進言する。


「リリス様、状況は不利にございます。どうかお退きください」

「それはできないわ。皆を置いていけないもの」

「ですが! ――」

「いいの。いいのよ……これが運命なのだわ」

「っ――!」


 諦観の念を思わせるリリスの顔を見て、側近はそれ以上何も言えなかった。

 本当なら諦めてほしくないだろう。

 魔族の未来がかかっているのだから甘えるなと、そう喝を入れたかっただろう。

 だが、家族を全員喪っても、魔族の未来を双肩に託された彼女には、悲しみに暮れる暇もなかった。この小さすぎる肩にそれは重すぎた。

 側近は静かに玉座の間を後にすると、勇者に立ち向かい玉砕した。


 これまで気丈に振る舞ってきたリリスの心は、とっくの昔に限界を超えていた。

 そして、迫りくる回避不能な滅亡の足音を聞いて、彼女の心はついにポッキリと折れてしまった。


 ――もう疲れた。父様、母様、兄様、姉様……ごめんなさい。でも、リリスはもう疲れてしまいました。早く皆のところに逝きたい。こんな情けない私を見て嘆くでしょうか、叱るでしょうか……嘆かれてもいい、叱られてもいい。ただ、皆に逢いたい。そして、できれば……抱きしめてほしい。よく頑張ったって褒めてほしい……


 そして、彼女はいつの間にか夢を見ていた。

 家族との楽しかった思い出の日々を。

 そして、幼い頃に人族の男の子と約束を交わした時の、とても懐かしい夢を。


 リリスが夢の世界から帰ってくると、玉座の間の外が静まり返っていた。

 すぐそこまで勇者が迫ってきているのか。


 ――せめて、最後くらいは、魔王らしく散りたい。


 悲壮な決意を胸にリリスはフードを目深に被り、武器を手に携えて玉座から降りる。

 そして、荒々しく扉が開かれた先、たった一人だけでそこにいた人物を見て、彼女は驚きを禁じ得なかった。


 ――っ! ……ルキ。


 成長して随分と大人びてはいるが、その顔には確かに面影が残っている。幼い頃に約束を交わした少年の面影が。

 それに少年に託した力が、リリスの魂と共鳴している。

 彼は間違いなくあの少年だと、彼女は確信した。


 ――騎士どころか、勇者にまでなれたんだね。


 リリスは勇者になったルシフェルを見て、まるで自分の事のように誇らしく思った。

 同時に孤児だった彼が、ここまで至るまでに味わった労苦を思うと、胸が苦しくなる。

 そして、自分の想いが決して叶わないと知って。


「魔王、今日がお前の命日だ!」

「……」


 ルシフェルがリリスに向けて剣を構える。

 静寂が二人を包んだのも束の間、先に動いたのはルシフェルだった。

 一直線に間合いを詰めると、その勢いのまま彼女の心臓目がけて剣を突き出す。

 対してリリスは動かない。そして、彼が自分の間合いに踏み込んできた瞬間、武器を手放した。


 ルシフェルの剣がリリスの体を貫く。

 衝突の勢いでリリスの体が跳ね上がると、それとともにフードが外れて素顔が露わになり、何かが髪から外れて飛んでいく。

 それはリリスがルシフェルからもらった繊月の髪飾りだった。

 それを見たルシフェルは動揺し、獣のような叫び声を上げた。


「なぜだ! なぜ、お前がこれを持っている?答えろ!」


 胸の中心を貫かれ、仰向けに倒れたリリスが息も絶え絶えになりながらも、ルシフェルに微笑みかける。

 もう不思議と痛みも感じなければ苦しくもない。


「騎士、どころか……勇者に、なったんだね。すごいね……()()

「っ――!」


 『()()』は彼がたった一人にだけ許した呼び名だった。

 それで察したのだろう、ルシフェルが苦しそうに顔を歪める。


「そんな……リリス、なのか? 俺はなんてことを!?」


 ルシフェルは半ば狂ったように叫び、ハッとして今も血が流れ出るリリスの傷口を押さえるが、出血は止められない。

 後悔の言葉を吐き続けるルシフェルにリリスは穏やかな声音で言葉を紡ぐ。


「いいの……あなたは、勇者で……私は、魔王……こうなる、運命だったの――っ」


 言い終わるや否やリリスがむせ込み、血が何度も口から噴き出す。

 リリスは視界が暗くなっていく中で、ルシフェルが悲痛な面持ちを自分に向けているのが見えた。


 ――ふふっ、滑稽ね。最後くらいは魔王らしくなんて思いながら、初恋の人を前にしただけで、どうでもよくなってしまうなんて……だから、どうか、笑って。こんな愚かな私のためにそんな顔をしないで。あなたは魔王を打ち倒した英雄になるのだから。


「ねえ……どうか、笑って……あの頃……みたいに……」


 そうしてリリスの意識は深い闇へと落ちていった。

 自分の瞳から一粒の温かい雫が零れ落ちるのを感じて。



「――っ!」


 リリスは魔王城の一室で目を覚ました。

 死んだはずの自分が生きていることに疑問を抱きながら、ルシフェルの剣が貫いた胸を確認すると、傷痕さえも残っていない。

 不意に部屋の扉が開き、魔族のメイドが入ってくる。

 彼女はリリスが動いているのを見ると、泣きながら縋りついてきた。


「リリス様、リリス様!ああ、ああ!」

「ごめんなさい、心配かけたわね」


 メイドの背を優しく撫でながら、リリスは穏やかな声音で彼女を宥めた。


「そんな……」


 リリスはメイドから事の顛末を聞いて言葉を失った。

 彼女が意識を失った後、ルシフェルは魔王城内に隠れていた魔族を探し出し、ある儀式の準備をさせた。

 その儀式は、サクリファイス――命を対価に死者をも蘇らせる奇跡だ。


 準備を終えたルシフェルは、儀式陣の中央に横たわるリリスに向かって跪き、祈るような姿勢で奇跡の言葉を唱える。

 すると、リリスを温かい光が包み込み、それと同時に彼の体が影の中へと沈み始めた。

 そうして、リリスの体を包んでいた光が弾け飛ぶように消えた頃、ルシフェルの体もまた完全に影の中へと消えていた。


 驚愕の事実に思考がうまくまとまらないでいたリリスは、次の瞬間、メイドの口から出た言葉で一気に現実に引き戻される。


「でも良かった。二年もの間、眠っていたリリス様がお目覚めになってくださったのですから」

「えっ……二年? 私は二年も眠っていたの?」

「はい。リリス様は二年間、眠り続けておられました」


 メイドの口からもたらされた事実を聞いてリリスは愕然とする。


 二年……私は彼に助けてもらいながら、二年も無駄にしてしまったの?

 もしかしたら、和平交渉もできたかも知れないのに。

 そうでなくても、国力を回復させることもしなきゃいけないのに。


「私が眠っている間の政務は、誰がやっていたの?」


 リリスはそれが気がかりだった。

 主不在の中で国を維持できるだけの手腕を持つ者はそう多くない。

 もしかすると、魔族は既に滅亡の危機に瀕しているのではないかと、そんな嫌な予感が彼女の頭をよぎる。


「あっ、それは大丈夫です。執事長がしっかりやってくれていましたので」

「えっ?」

「それどころか、魔王城の中にいた人はみんな生きていますよ。おかげで、ほとんど滞りはありません」

「そう、なの」

「なので、もう少しお休みでも良かったのですよ?」

「……それじゃ、さっきと言っていることが違うじゃない」


 リリスとメイドは笑い声を上げる。


 ――こんな風に笑ったのなんて久しぶりだわ……なんで、私を助けたのか、みんなにトドメを刺さなかったのかはわからないけど、今は一日でも早く政務に復帰しなきゃ。


 様々な疑問は尽きないが、それよりも優先することがあると、リリスは決意を新たにするのだった。



 リリスが二年の眠りから目覚めて日々は平穏に過ぎていった。

 しかし、ひと月程が過ぎた頃、突如としてその平穏は破られる。

 またしても魔族領に人族が攻め込んできたのだ。

 しかも、二年前のあの時と同等かそれ以上の早さで防衛線が突破されている。


 ――ルキの命と引き換えに救ってもらったこの命……無駄にはできない!


 リリスは心を強くもって次々に指示を出すが、悉く突破され、ついに玉座の間への侵入を許した。



 ―――そして、場面は冒頭に戻る―――



「すぐ終わらせます。我が君はそこでお待ちください」


 ルシフェルが手に持った黒い剣を振り払うと、刀身に漆黒の炎が燃え上がり、彼は四人の人族の方へと悠然と足を進める。


「フェル、生きていたのね! でも、どうしてそっち側にいるの? あなたの味方はこっちよ」


 聖女の言葉を聞いたルシフェルが突然、笑い出す。

 その狂気を感じさせる彼の笑い声に四人は震撼した。


「味方? 仲間? 笑わせんなよ。俺は知ってたんだよ。お前たちが俺のことをどう思っていたか。陰で何をしていたかをなぁ」


 彼は温度を感じさせない声音で言葉を吐き、鋭く冷たく射殺すような視線を四人に向ける。


「まずはお前。魔族の女を捕まえては、尋問と称して欲望の捌け口にしていたな。騎士の風上にも置けない奴だ」

「なっ、俺は――」

「お前ら神官っていうのはいいな? 改宗というお題目を掲げれば、女たちを怪しげな道具で、口に出すのも憚られるようなことをして弄んでもお咎めなしか」

「わ、私は神の名の下――」

「お前はそいつらの使用済みや捕虜の男たちを、攻撃用の奇跡や薬物の実験台にして、見るも無残な姿に変えていたな」

「そ、それは、そう仕方なく――」

「最後はお前だ、聖女。他の奴もそうだが、俺が元孤児だったことを陰で蔑んでいたな。しかも、王女という身分を笠に着て周りの者たちを見下してぞんざいに扱い、見目の良い男たちを侍らせる。聖女とは名ばかりの卑しい雌豚が。」

「なっ、なんですって――」

「いや、それでは豚に失礼か。あちらの方が幾分も愛嬌がある」

「っ――! 仲間だと思って下手に出てればいい気になって……やるわよ!」


 聖女の言葉に三人が同意する。

 そして、四人が戦闘態勢を取った瞬間だった。

 ルシフェルが手に持った剣を左上から右下に振り払うと、刀身に纏った黒い炎が伸び、四人の体を切り裂く。

 たった一振りで勝敗は決した。


「うわぁ! 痛い、痛い!」

「ぐふぅ、神よ……どうか――うぎゃああ! 熱い、灼ける!」

「こんな、こんなのって、無い……いやあああ! 苦しい!」


 黒い炎はじわじわと傷口から体を侵食し、命を蝕んでいく。

 それはまさに猛毒。死ぬまで苦痛にのたうち回る死に至る猛毒だ。

 そんな中で聖女だけは侵食の進みが遅い。どうやら、奇跡で対抗しているようだ。さすがに他の者に手を回す余裕は無さそうだが。


 ルシフェルは冷酷な目で聖女を見下ろす。


「腐っても聖女か。なんでこんなのが聖女なんだか」

「なにぃ!?」


 奇跡で遅らせているとはいえ、体を蝕むそれによって与えられる苦痛は相当なものなのだろう。聖女は呼吸を荒くしながら、自分を見下ろすルシフェルを睨み返す。


「お前のような下賤の輩が、王女の私と並んでいることがありえない! しかも、この高貴な私を見下ろすとは何事か、身の程を弁えなさい!」


 ギャーギャーと罵詈雑言を喚き散らす聖女を見下ろすルシフェルの目は、依然として冷ややかなままだ。

 聖女が視線をルシフェルからリリスに移す。


「お前たちは私の輝かしい栄光のための踏み台になっていればいいのよ! ゴミクズ程の価値も無いのだから、おとなしく私の――」

「聞くに堪えん。汚い性根の口からは腐った言葉しか出ないのだな」


 聖女の口がだらんとぶら下がる。

 ルシフェルは剣を横一線に振り払い、聖女の顎の骨までを斬ったことで、彼女の下顎は僅かに残った肉で繋がっているだけになった。

 聖女はまだ幾分か余裕があるが、他の三人はもうすぐ命の炎が消えるだろう。

 ルシフェルは剣を地面に突き刺すと、何かの詠唱を始める。


「どうせ死ぬんだ。最後くらい役に立て」


 彼はどこまでも酷薄な顔で四人に告げると、黒い壁が現れて彼らを完全に外界と隔絶した。


「これで愚か者は――っ」


 振り返ろうとするルシフェルにリリスが飛び込んだ。

 彼はそれを受け止め、優しく彼女を抱擁する。


「遅くなってごめん。約束を果たしに来たよ」

「ホントよ……こんなに待たせて」


 リリスは涙を流しながら、彼の胸に縋りついた。


 ―――――――――――――――


「やっと、終わりが見えてきたわね」


 一年後、人族側と停戦協定を結ばれた。

 今日はその祝祭が催され、城のテラスから姿を見せて彼女を称える国民に応えていた。


 あの戦いの後、ルシフェルは四人の命を代償に、城内の全ての魔族の傷を癒した。

 残念ながら、既に息を引き取っていた者は無理だったが、多くの命が救われていた。

 そして、歴代最強と謳われた彼が魔族側に付いたこと、これまでに聖女たちが働いた非道な行いを大々的に公表した。それにより人族の王家は求心力を失い、停戦協定が締結されることとなった。


 リリスが城内に戻ろうと踵を返すと、扉の近くに控えているルシフェルと意図せずして視線が交錯し、彼はリリスに柔らかく微笑みかける。

 それにリリスも嬉しそうな微笑みを返すと、彼から差し出された手を取って城内へと戻った。

 二人で廊下を歩いていると、不意にルシフェルが立ち止まる。


「我が君……いや、リリス、ありがとう。今の俺があるのは君のおかげだ」

「ルキ?」


 ルシフェルはこれまでの事について彼女に打ち明けた。

 幼い頃に両親を野盗に殺され、助けに来た騎士から不当な扱いを受けたこと。

 それによって誰も信用できなくなっていたこと。

 実は分かれる間際にリリスが、人族ではないことに気付いていたこと。


「私が魔族だって気付いていたの?」

「確証はなかったけどね。人とは違うなって感じたよ。俺に何かを渡したでしょ?」

「あっ……」


 リリスには彼の言葉に心当たりがあった。

 父から、「自分の騎士にしたいと思う相手に渡しなさい」と、託された黒剣。それを別れ際にルシフェルの中に譲り渡したのだ。


「黙っていてごめんなさい。自分の騎士にしたい人に渡すものだったんだけど、言い出せなくて……」

「そうだったのか……実は俺も君に黙っていたことがあるんだ」

「えっ?」

「君に渡した母の形見の髪飾りは、自分が生涯を添い遂げたいと思う人に渡そうと、決めていたんだ」


 呆気に取られて呆然としているリリスの前に、ルシフェルが跪いて彼女の手を取る。


「リリス。これからは騎士としてだけではなく、夫として君の傍にいたいと思う。俺と結婚してくれないか」

「……っ、はい!」


 嬉しさと喜びで表情を破顔させたリリスが、跪いているルシフェルに抱きついた。

 幸福に包まれたルシフェルが思いを巡らす。


 自分の『ルシフェル』という名前が嫌いだった。

 古くは堕天使と同じ名前だったからだ。

 だけど、今はそれもいいと思える。

 人族の勇者が、人族を裏切って魔王の騎士になる。

 まさに神を裏切って地に堕とされた天使のようだ。

 そう思えば、この名前も悪くない。


「どうしたの?」


 物思いに耽って遠い目をしていた彼を気遣うように、リリスが問いかける。

 彼女の気遣いに何でもないと、ルシフェルは首を横に振る。


「そういえば、戻ってくる時に不思議な事があってね」

「不思議な事?」

「俺は気付くと、真っ暗で何も見えない中にいた。上も下も、歩いているのか止まっているかさえもわからない中で、俺を呼ぶ声が聞こえた。その方へと振り返ると、光が見えた。俺は光の方へ駆けていくんだが、一向に近づくことができない。そんな時、俺の背を押す誰かの手を感じたんだ」


 そこまで言って、ルシフェルは少し悲しげに微笑むと、改めて言葉を続ける。


「振り返ると、そこには八人の人がいた。顔はわからなかったけど、見えなくなる間際に『娘を、妹を頼む』って言われたよ」


 彼の話を聞いてリリスは、思わず口元を押さえて涙を溢す。


 ――父様、母様、兄様、姉様……ずっと、見守っていてくれたんですね。


 ルシフェルは泣きじゃくるリリスの肩を抱き、優しく背中を摩る。

 リリスはそれが心地良くて余計に涙が溢れてきてしまう。

 次第に落ち着いてきた彼女にルシフェルの言葉が降ってくる。


「俺が深淵から戻ってこられたのは、君が俺と縁の深い髪飾りを手放さず、ずっと祈ってくれていたからだ。俺はその光を頼りに帰ってきたんだ。リリス、本当にありがとう」

「――っ、私の方こそ、助けてくれてありがとう」


 視線が交われば、二人は自然と唇を重ねていた。



 人と魔が存在する世界で人族と魔族は、長い間、争ってきた。

 魔王を打倒する使命を背負った勇者は人族を裏切り、魔王の側へと付いた。

 これにより、戦力が拮抗した両国は停戦することとなり、交流が盛んになったことで和平の道へ進むことになる。


 勇者と魔王は婚姻を結んだ。中にはそれを快く思わない者もいたが、仲睦まじい二人の姿にいつしかそんな声も無くなっていた。

 魔王の治世は末永く平和をもたらした。その傍らにはいつも勇者の姿があり、二人は子宝に恵まれ、賑やかな毎日を送っている。


 そんな仲睦まじい二人の姿は、平和の象徴として永く語り継がれることになるのだった。


 ちなみに仲睦まじい魔王夫妻の姿を見た人々の間で、人族と魔族での結婚が盛んになるのだが、それはまた別のお話。

ご覧頂きありがとうございました。


以下は登場人物の設定です。

〇ルシフェル

元勇者

銀色の髪に赤い瞳

両親を賊に殺され、孤児院で過ごす中、勇者として見出される

幼い頃にリリスと出会い、母の形見の髪飾りを渡す


〇リリス

魔王

金色の髪に青い瞳

魔王の七人目の子供として生まれ、人間界で見聞を広めていた

幼い頃にルシフェルと出会い、自分の騎士のための黒剣を渡す


〇騎士

ポンコツで脳筋


〇聖女

性悪で王女


〇神官

優男風のゲス


〇術師

やっぱりクズ


〇魔王

家族思いの良い人

先代勇者と相討ち

死ぬ間際に魂を黒剣の中に移す

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