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〈二〉蠱毒の宴・壱

「かったるいですねぇ」


 手の中で狐面を弄びながら、面倒臭そうに三郎が呟く。狐の鼻の先一点で面を指の腹に乗せ、そのままくるくると回してみせた。それを見た白柊は器用だなと思ったが、そのまま言うと調子に乗るので静かに飲み込む。代わりに口から出たのは、普段よりもいくら覇気のない小言だった。


「口を慎め」

「はあい」


 主の苦言に対する気の抜けた返事。いつもの白柊であればもう少し注意するところだが、今回ばかりは自分も同じ気持ちだったのでそれ以上は何も言わなかった。


 数刻前に行雲御所へとやってきた客は、時嗣の長男・日永(ひなが)の使者だった。正室の子でありながらも時和の力を持って生まれることができず、しかしやたらとプライドだけは高い、白柊にとっては面倒なだけの男。

 それというのも、白柊は時和ではあるが、その生家は行雲(ゆくも)家という時嗣の分家だ。それを現時嗣の直系である日永は良しとせず、顔を合わせるたびに白柊に絡んでくる。相手が時嗣の御子なので派手なことはしてこないが、白柊にとっては払っても払っても寄ってくる虫のような、害があるわけではないがただただ鬱陶しい存在だった。

 特に白柊にとって憂鬱なのは、日永主催で頻繁に開催される茶会だ。兄弟の親睦という名目で開かれるそれは、名目通りであれば日永の兄弟姉妹――時嗣の五人の子供達だけが出席すればいいはずなのだが、その五人の中には琴がいる。時嗣の御子である琴を呼ぶのだから、同じ立場の白柊も呼ぶべきという貴人特有の気遣いのせいで、白柊は毎回この面倒な催し物に参加しなければならないのだ。


 更に白柊の気持ちを暗くさせるのは、この茶会の誘いがいつも急だということ。といっても二、三日前に連絡してくるのが普通なのだが、今回はなんと当日。断ろうにも日永は参加者全員の予定を把握した上で日時を決めているので、都合が悪いという断り文句は使えない。特に今回は、断ろうにも断れない事情もあった。


「それにしても、夜にやるなんて珍しいですね」

「時嗣もいらっしゃるらしいからな」


 これが今回、白柊がどうしても参加を断れない理由だ。この昊涯国において白柊以上の身分を持つ唯一の存在、時嗣が参加するのだ。恐らく当日の開催連絡になったのも、この時嗣の都合が関係しているのだろう。


 白柊から時嗣の参加を聞いた三郎は「げ」と顔を歪め、「じゃあ私のご飯はおあずけ……? お菓子食べなきゃ……」と懐から饅頭を取り出した。それを大きな口で頬張ろうとしたところで主人の視線に気付いたのか、さっと饅頭を後ろに隠す。


「あげませんよ?」

「いらんわ。第一お前、後で毒味するだろう」

「あんなちょびっとじゃ逆にお腹空くんですー」


 そう言って、三郎は隠していた饅頭に齧りついた。

 気楽なものだと白柊は溜息を吐きながら、この後の自分の食事に思いを馳せる。時嗣の子供達だけならば略式の茶会で終わるが、時嗣が来るということは豪華な茶事になるだろう。

 食事自体は勿論美味いのだが、その場の空気が最悪だった。時嗣が来て、その子供達が全員参加する。ということは時嗣の正室と二人の側室も同席するはずで、この三人の妻達の仲が非常に悪い。それなのにこの茶会は長時間に及ぶため、食事を楽しむ気持ちには一切なれないのだ。


「三郎、もう一個持ってないのか?」

「ほらやっぱり欲しいんじゃないですかぁ! ありますけど……買ったの三日前ですよ?」

「何日も食い物を懐に入れるなと言っているだろう。腐ってないか、それ」

「少し傷んでますね。でもおいしいです」

「……よかったな」


 どんなに豪華な食事でも、楽しめなければ苦痛なだけ。だったら今のうちに安い菓子であっても楽しんで食べておこうとした白柊の目論見は、三郎の『三日前』の饅頭のせいで失敗に終わった。

 三郎のように守護の任に就く者は、訓練により多少の毒は殆ど効かない。しかも数日間食糧調達ができないことを前提とした訓練も行われており、三郎が懐に食べ物を仕込んでいたのもその習慣によるものだ。その上毒が効かないから、たとえ腐っていようが平気で食べる。主人の毒味役も兼ねているので食べるべきでない物の味は分かるのだが、自分の食事であれば全く気にならないらしい。


 そもそも虚鏡(うつみ)を含む守護御三家の子として生まれた時点で、身体の作りが普通の人間とは違うのだ。三郎も体格こそ女性そのものだが、その身体能力は約一四〇センチメートルの背丈を持つ白柊を片手に抱えたまま平気で走り回ることができるほど。普段はそういったところを全く感じさせないが、白柊は彼女が時々男の自分――とはいえまだ子供だが――でも持ち上げられない物を軽々持つところを見ると、どうしようもないとは分かっていても悔しさを感じずにはいられなかった。


 ――だからと言って、傷んだ物は口にしたくないが……。


 守護が傍にいる限り、害のある物を食べることなど有り得ない。それは彼らが危険を承知で毒味をしてくれているからだ。そう思うと三郎のこの習慣をきつく叱ることもできず、白柊は今日の自分の食事に毒が入っていないことを祈ることしかできなかった。


 § § §

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