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夢の終てまでも  作者: 木原式部
再び、夢の終てまで
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 鳥のさえずりが聞こえる。

 蛍は頬に何か温かいものが当たるのを感じて、目をゆっくりと開けた。

 自分の目に飛び込んで来たのは、明るい陽の光ときれいな青い空だった。

 何とも心地よい感じがして、自分が確かに夢の世界へ行けたことがわかる。

(――やった)

 自分は稔の夢の世界へ入ることができたのだ。

 蛍は慌てて起き上がった。

 辺りを見渡してみると、どこかで見たことがある光景だ。

(――ここは)

 ここはどこかの病院の中庭のようだった。

(――そうだ、あの時の)

 紫と軽井沢に行った時、帰りに立ち寄った病院。

 紫の母親が車イスに乗っているところを見た、あの病院の中庭だ。


 でも、紫と現実の世界で行った軽井沢の病院には患者や看護師や介護士が何人もいたが、夢の世界では誰もいない。

 ただ、陽の光が降り注ぎ、時折、鳥がさえずりながら空を横切るだけだ。

(――でも、あのの母親がいた病院の夢と言うことは、あのの母親もどこかにいるかもしれない)

 蛍は立ち上がると、辺りをきょろきょろと見渡した。

(――あのの母親はどこだろう)

 蛍がとりあえずどこかへ探しに行こうと一歩踏み出した時、ふいに右の手を掴まれた。

 掴まれた途端、蛍は夢の世界へ入る前に、誰かの手を掴んだことを思い出した。


 ――とうとう、捕まっちゃった。


 蛍は後ろを振り返った。


「――捕まえた」

 後ろを振り返ると、そこには紫が立っていた。

「えっ?」

 蛍は思わず紫の顔をまじまじと見つめた。

(――どうして、葉賀さんの夢の世界にあのが?!)

 いや、紫自体は稔の夢の世界には入れないだろうけど、稔が紫の夢を見ることはあるだろう。

 と言うことは、目の前にいる紫は稔が見ている夢の中にいる紫なのだろうか。

(――でも)

 何かが違う、と蛍は思った。

 目の前にいる紫は、蛍の知っている紫とはずいぶん違う。

 大体、紫がこんな真っ白い、レースをふんだんに使ったワンピースを着ているのを見たことがない。

 紫はいつも、ほぼ装飾のない黒いワンピースばかり着ている。

 それに、髪型も違う。

 紫のようにあっさりとしたボブヘアではない。髪の色こそ同じ真っ黒とは言え、目の前の紫は胸まで伸ばした髪にふわふわしたパーマをかけている。

 表情も違う。

 紫がこんな優しそうな笑みを浮かべているのを見たことがない。

(――このは、誰だ?)


「――君は、誰?」

 蛍は思わず、自分の疑問を目の前の紫にぶつけて見た。

 紫は「ふふ……」とまた笑みを浮かべた。

「忘れたの? あなたは一回、私を見たことがあるはずよ」

「あっ……」

 蛍の頭に、ある人物が思い浮かんだ。

「そう。私は紫の母親の桐子きりこ




 桐子は立ち話も何だから……と、蛍に近くのベンチに座らないか? と言って来た。

 桐子に手招きされて、蛍は桐子の後ろをついて行った。

 多分、今目の前にいるのは、桐子の若い頃、紫と同じ年齢の時の桐子なのだろう。

 服装や髪型、表情は違えども、他は紫とそっくりだ。

 桐子はワンピースの裾を抑えながら、ベンチにふわりと座った。

 蛍も桐子の隣に腰を下ろした。


「――俺のこと、知ってるんですか?」

 蛍が桐子に向かって言うと、桐子は頷いた。

「もちろん。あなたのことは夢の世界で何度も見たわ。紫の仕事のお手伝いしてくれているのよね? ありがとう」

 桐子が何とも上品な仕草で頭を下げたので、蛍も慌てて会釈した。

「いえ……。お手伝いと言っても……」

「私があんなになって、紫はずっと一人ぼっちだったから、あなたみたいな人が出て来てくれて、本当に嬉しいの。でも、あなたがどうして私たちと同じ夢を見ない人間なのかはよくわからないけど。私たちとは、親戚でも何でもないみたいだし」

「俺もそれは良く分からないです。賢木さんは……、あなたの娘さんは『突然変異』と言ってました」

「突然変異ね……」

 桐子がまた笑みを浮かべる。

 蛍は自分が桐子の笑みに見惚れてしまっているのに気付いた。

 紫とそっくりなのだから、桐子も相当に美しい女の子だ。

 ただ、桐子は紫よりも良く笑う。

 その笑みが本当に見惚れてしまうほど、美しいのだ。

 紫があまり笑わないのは、人を見惚れさせるのを本能的にいやがっているからではないか、と思わせるほどだった。

 これでは、あの紫の父親の幸樹やあの稔が桐子に恋をしてしまうのもわかるような気がする。

 蛍だって、相手が紫の母親だとはわかっていても、思わず見とれてしまうのだ。


(――だめだ、見惚れていたら)

 蛍は首を横に振った。

 いきなりの桐子の登場と桐子の笑みで心が乱されてしまったが、自分がこの稔の夢の世界に来たのには目的があるのだ。

 そう、紫の代わりの紫の母親の意識を取り戻すのだ。

 夢のてまで行ってしまった紫の母親を連れ戻すことだ。


「――帰りましょう」

 蛍がそう言って立ち上がると、桐子はまたあの見惚れるような笑みを浮かべた。

「帰りましょうって?」

「帰りましょう。俺、賢木さんの代わりにあなたを夢のてから連れ戻しにきたんです。あなたの娘さんがあなたをずっと待ってるんです。帰りましょう」

 蛍が桐子の腕を取ろうとすると、桐子は首を横に振って蛍の手を制した。

「それは無理」

「えっ? どうしてですか?」

「無理なの」

「どうしてですか? 夢の終てに行ってしまったら、もう戻れないんですか?」

「いいえ、戻れるわ。現に私は今、現実の世界から来たあなたと話しているじゃない」

「じゃあ、どうして……」

「私が戻りたくないの」

「えっ?」

「戻りたくないの」

「どうしてですか? あなたの娘さんが、賢木さんがずっと、ずっとあなたが帰って来るのを待ってるんですよ? 仕事をしながら、クライアントの夢の世界でずっとあなたの意識を探しているんです。俺を仕事に誘ったのだって……。なのに、どうして?」

「紫が私を探しているのは知ってるわ。紫には悪いと思ってる。でも、私はもう、あの人たちと会いたくないの」

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