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夢の終てまでも  作者: 木原式部
4.盲目的な愛
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 蛍が警察の事情聴取を終えたのは夜遅くになってからだった。

 母親の紅葉に遅くなった理由を言うと、「えっ? 何で警察にいるの?」とさすがに驚いていた。

 蛍が簡単に事情を説明するも、「何で誘拐事件なんかにあんたが巻き込まれているの?!」と疑問符のつく返事しか帰ってこない。

 蛍はとりあえず帰ったら詳しく説明するからと言って、早々に電話を切った。

 自分を心配してのことだとはわかっていても、帰ってから紅葉の質問攻めが続くかと思うと少々うんざりした気分になる。

 こういう時、普通の人間なら「お風呂にゆっくり入って、何も考えずに早めに寝よう」と考えるのだろうが、自分は普通の人間ではないからそれもできない。

 あの短い睡眠時間が訪れるまで、悶々と今日のできごとを考え続けなければいけないのだろう。

 蛍が警察署のロビーのような場所へ行くと、静まり返った部屋の中にぽつんとソファに座っている人物がいた。

 紫だった。

 薄暗い部屋の中に紫の黒いワンピースが溶け込んでしまっていて、紫の色白の顔と手だけがまるで浮いているように見えた。


「――あっ」

 蛍が思わず声を上げると、紫がこちらに視線を向けた。

 紫がさっと立ち上がって、蛍にかけよってくる。

「――あの、今日はありがとう。あと、ごめんなさい」

「えっ?」

「だって、私のせいであなたを危険な目に遭わせてしまったし……。犯人に足、蹴られてたわよね? 大丈夫?」

「そういえば……」

 確かに車に無理矢理押し込められた紫を助けようとした時、犯人に足を思いっきり蹴られていた。

 蹴られた直後はかなりの激痛だったが、今はほぼ痛くない。

 多分、かなり大きい青あざになっているとは思うけど……。

「本当にごめんなさい」

「いや、大丈夫だよ。足、今は全然痛くないし。それよりも、俺こそ車でさらわれる君を助けられなくてごめん」

「ううん、良いの。どっちにしても、あなた、私を助けに来てくれたし……。私もあの時、気が動転していて、いろいろと無理言ってごめんなさい。警察に言わないで来てなんて……」

「どうして警察に言うなって言ったのかわからなかったけど、ああいう事情があったんだね」

「そうなの。犯人が話しているのを聞いて……」


 人の気配と足音がしてきたので、紫と蛍の会話が中断した。

 二人が足音のしてきた方を見てみると、稔と幸樹が歩いて来る。

 紫は顔を歪ませた。

「――紫」

 幸樹が笑顔で紫に駆け寄り紫の腕を取ったが、紫は幸樹から視線を逸らしたままだった。「怖かっただろう? 今日は一緒に家に帰ろう。一人でいるのは怖いだろう?」

「私は帰らないわ。パパ一人で帰って」

「紫、そんなこと言うな」

「そうですよ、紫お嬢さま。今日くらいはご実家に……」

「二人とも黙って!」

 紫が幸樹の腕を思いっきり振りほどいた。「どうして二人とも私の言うことを聞こうとしないの? 私は帰らないって言ってるじゃない。それに私、警察に言うなって言ったのに……。確かに無茶を言ったとは思うけど、あの人たちに捕まってほしくなかったのよ」

「悪いことをした人には、それなりの罰が必要なんですよ、お嬢さま」

 稔の言葉に紫は睨みつけるような視線を向けた。

「だったら、パパにもあなたにもそれなりの罰が必要ね」

「紫お嬢さま、さすがにそれは……」

「黙ってって言ってるでしょ? 私はとにかく家には帰らないから! ――行きましょう」

「えっ?」

 紫は蛍の腕を掴むと、そのまま歩き始めた。

 蛍が紫に腕を掴まれたまま後ろを見ると、稔がものすごい形相で自分を睨みつけている。

(――怖い)

 蛍は慌てて視線を逸らした。




(――でも)

 蛍は自分の腕を引っ張って足早に歩いている紫の後ろ姿を見つめた。

 紫が父親に見せた態度にはものすごい嫌悪感が含まれていた。


 ――私、知ってるんだから。パパがどんなひどいことをしたかって。


 蛍はふと、紫が幸樹に言った言葉を思い出した。

 そして、紫が監禁されていた部屋で、幸樹が自分に一瞥をくれた時の目の鋭さを思い出した。

 今更ながら、紫の父親とは言え著名人としてメディアで良く見かける賢木幸樹を身近で見られたという現実に、蛍は信じられないような気持ちだった。

 賢木幸樹は有名な通販サイト「FOG」の社長だが、ただの社長という枠を超えてテレビやSNSなどでも良く名前を見るし、いろいろと奇抜な戦略をやるなどして、メディアでも頻繁に取り上げられている。

 経済に疎い蛍でさえ、「FOG」の社長ということで顔と名前が一致するほどだ。

 メディアで見る幸樹はいつも穏やかな笑みを浮かべているし、身近で見た幸樹の印象もあまり変わらない。

 ただ、紫にべたべたしているところを見ると、かなり娘を溺愛していることがわかるが……。

 でも、あの一瞬垣間見た目の鋭さと、紫の「パパがどんなひどいことをしたか」という言動と、幸樹に倒産させられたと言う会社の役員が紫を誘拐するほど追いつめられていたと言うことは……。

(――このの言う通り、かなりあくどいことをやっているのかな?)



「――ごめんなさい」

 薄暗い街灯の下をずっと黙って歩いていた紫が、ふと立ち止まった。

「えっ?」

「あんなところ見せてしまって、ごめんなさい」

「べっ、別に気にしてないよ。でも、本当に今日は実家に帰らなくても良いの?」

 誘拐された日くらいは父親のところに帰った方が……と蛍が続けようとすると、紫がくるりと蛍に顔を向けた。

「今日だからこそ帰りたくないのよ。確かに誘拐されていやな思いしたけど、元はと言えばパパが原因だし、家に帰ってずっとパパに付きまとわれるなんて、考えただけでいやよ」

 確かにあの様子だと眠りに付く一秒前まで付きまとわれそうだな、と蛍は思った。

「でも、一人で帰って大丈夫? 家、一人なんだよね? もしなら、君のマンションまで送るよ」

「大丈夫よ、タクシーで帰るし」

 紫がタクシーを探すように辺りをきょろきょろとした時、不意に蛍のカバンの中でスマホが震えた。

 スマホを取り出してみると、母親の紅葉からの着信だった。

『――ちょっと、蛍、大丈夫なの? なかなか帰ってこないから心配になったんだけど』


 電話から聞こえる紅葉の声が、まるでスピーカーを通して聞こえるかのように大きい。

 蛍は耳元からスマホを離した。

 紅葉は普段、小さなことは気にしない性格の人間だ。ただ、時々ちょっとしたことを異様に気にしたり心配したりするタイプの人間だった。

 まあ、今回は自分の息子が誘拐事件に巻き込まれたから、ちょっとしたこととは言えないのかもしれないが……。

「母さん、さっきも言ったけど大丈夫だよ。――これから帰るから」

 大体、さっき電話を切ってからそれほど時間が経っていないじゃないか、と蛍は少々顔をしかめた。

『――本当に? まさか、警察に引き留められてるとか、そんなんじゃないでしょうね?』

「違うって!」

 蛍がスマホに向かって大きめの声を出すと、不意に肩を叩かれた。

 受話器を耳に当てたまま蛍が振り返ると、紫が黙ったまますっと手を出して来る。

 もしかして、スマホをこっちに寄こせと言っているのだろうか。

 蛍が紫にスマホを渡すと、紫はまるで自分のスマホを扱うかのような自然さでスマホを耳に当てた。

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