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第八話

 奥さんに料理を教えて貰うようになって早数ヶ月が経った。

 包丁は初めて触ったが刃物は刃物だ。武具の扱いなら一通り習った俺には簡単なものだった。

 強いて言うならば教わるまで剥く範囲、切り方がわからず初歩中の初歩から教わる必要があった。

 何も知らない俺に、奥さんは優しく丁寧に根気強く教えてくれた。感謝しかない。

 だがそれも今はもう一人で煮込み料理まで出来るようになった。玉ねぎの皮を全て剥いた過去も今では良い思い出だ。


 「昼飯出来たぞ」

 「おー、今日も良い匂いだ」

 「よく働いた後はこの匂いがお腹に響くねー」


 農作業をしていたバクシーさんとニーナを呼ぶと、二人は作業を中断してお腹を鳴らした。

 親子仲良く揃った腹の虫に、俺はクスリと笑みが溢れた。


 「あーっ。アスター君今笑ったでしょー!」

 「んんっ、すまない。微笑ましくてつい」


 ニーナが頬を膨らませて怒ってきて、俺は反射的に咳払いをして謝罪した。だが一度笑み崩れた顔は中々戻らず、ニーナに不快な思いを与えてしまったかもしれない。


 「うーん。素直に謝られると怒り辛いなー。

 仕方ない。今日のおかずを少し多めに盛ってくれたら許してしんぜよー」


 しかしニーナはちっとも嫌な顔などせず、破顔した。ウィンクをしておちゃらけた風を装い指を振るニーナが眩しく映る。


 「ははっ、食べ過ぎて太っても知らないぞ」


 最近じゃやっと軽口で話せる様になった。

 俺もおちゃらけて返せばニーナは口を尖らせた。


 「ぶぅー。良いんですぅ。食べた分いっぱい働いてエネルギー消費するもーん」


 実際ニーナは良く食べ良く働いた。

 そのお陰なのか体質なのかは知らないが、ニーナは確かにバランスの取れた良い体付きをしている。


 「なら俺も負けずに働かねばな」


 声を上げて笑えばニーナも釣られて笑い声を上げた。


 「すっかり仲良くなったな。良い事だ。がっはっは!

 この調子でアスターを口説き落としちまえよ」

 「!?」

 「んなっ!?ちょっとお父さん!」


 バクシーさんも笑い声を上げたが、逆に俺とニーナは顔を真っ赤に染めてしまった。

 バクシーさんは何かにつけて俺を養子か婿にしようとしてくる。

 気持ちは嬉しいが俺は罪人で、罰を受けている身だ。毎回丁重にお断りするのが胸に痛い。


 「ほらぁ!またアスター君が変な事考え始めちゃったじゃない!

 確かにアスター君は悪い事したかもしれないけどさ、誰か怪我した訳でも無いじゃん。それにちゃんと反省してる。

 悪い事ってさ。初めは誰かが教えてあげないとずっとわからないじゃない。アスター君が悪いならお城の人みーんな悪いんだからね」

 「だな。なのに上の連中ときたらガキ一人に罪着せて自分達は知らん顔の被害者面だ。

 俺ぁそいつらのが嫌いだね」


 ああ。涙が出そうだ。

 バクシーさん家族は度々俺に幸せな言葉をくれる。

 罪人たる俺がこんなにも幸せで良いのだろうか。


 「夜は二人の好きな物を作ろう」

 「えっ、本当!?やったー!

 あたし茶碗蒸し食べたーい♪」

 「俺ぁ酒のつまみが欲しいな!」


 嬉し涙を後ろを向く事で誤魔化して言えば、二人はとても喜んでくれた。

 だが茶碗蒸しはまだまだ練習中だ。前のままだとお礼には到底ならないだろう。今日は気合を入れて奥さんに教えて貰わねばな。


 食卓に着いたバクシーさんとニーナは競う様に皿を空にしていった。


 「本当アスター君の料理美味しいよねー。幾らでも食べられちゃう」


 ニーナが最後の一枚のベーコンにホークを向けて言った。

 何とも嬉しい褒め言葉だ。


 「うむ。流石母ちゃん直伝だ。

 ニーナも同じレシピを学んでる筈なんだがな。がっはっは!」


 バクシーさんも最後の一枚のベーコンにホークを向けて言った。

 ニーナの手料理は確かに食べた事が無かったが、不得意なのか。


 「良いんだもーん。ご飯作ってくれる旦那さん見つけるもーん」


 バクシーさんと同時に刺したベーコンを、両端から火花を散らして奪い合うニーナ。

 嫁に料理を作るなど貴族達では有り得ない発想だな。

 だが俺は普通の平民よりものを知らぬし、出来る事も少ない。それで喜ばれるなら作りたいと思った。


 「つまりアスターか」

 「ぅぶっ!」


 思った矢先にバクシーさんが見透かした様に俺を見たものだから、思わず噴き出すところであった。寸でで止めた為鼻がツーンと痛む。


 「確かに……」


 ニーナもハッとして満更でもない顔で見誤るな。

 水を流し込んで息を整える俺をジッと見る二人の視線が刺さる。


 「だから何度も言うように俺だと跡継ぎが生まれん」

 「何度も返すが跡継ぎは気にしなくて良い」


 たじろぎながらも固辞をすれば間髪入れずに真面目な顔で切ってきた。


 「俺はいつだってアスターの気持ちだけを聞いているんだ」


 ああ。本当に。ここは温か過ぎる。

 なんだって俺なんかをこんなにも優しく接してくれるのだろうか。

 だから俺もついポロリと思いを口にしたくなってしまうんだ。


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