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第七話

 平民の暮らしにも大分慣れてきた。

 これもバクシーさん達のお陰だ。


 「この匂いも慣れてきたな」


 使用済みの藁を掻き集めた俺は、擦り傷や切り傷の増えた腕で汗を拭った。


 「傷も気にしなくなりましたしね」

 「うぐ。仕方ないだろう城にいた時は傷一つで皆が騒ぐのだから。癖が中々抜けなかったのだ」


 薬は高価でそうそう買えない。傷口を洗う位しか手当てなど出来ず、慣れない仕事で傷は増えていく一方だ。


 「傷は男の勲章って言うよ。あたしはお貴族様の生っ白い腕より今のアスターのが断然好きだわ」

 「そ、そうか」


 健康的に良く焼けた肌を惜し気もなく晒し、快活な笑顔を向けるニーナ。

 ついうっかり俺に惚れていると勘違いしそうになったが、同じ過ちは繰り返す気は無い。直ぐに被りを振ってただの友好的な好意だと思い直した。

 モー婆さんの手伝いが終わったニーナは、バクシーさんの農場でそれは良く働いている。

 俺などはまだまだニーナの仕事振りの足元にも及ばないと毎日実感させられて情け無く思う。


 「あー、またネガティブ思考してるでしょ。

 アスター君は此処の生活が何もかも初めてなんだから、いきなり私達と同じになんて出来ないの当たり前なんだからね。

 っていうか簡単に出来たらそれこそ長年掛けて培ってきたあたしの努力のが無駄みたいになっちゃうでしょ」


 どうやら顔に出てしまってらしい。目敏く見つけたニーナが、半眼で俺の鼻面に人差し指を向けて言った。


 「しかしニーナは女だ。俺は男として負けてばかりもいられない」

 「男とか女とか関係ないよー。大体仕事は勝負事じゃないんだから」

 「仕事だけではない。腕っ節もニーナのが強いではないか」


 そう。ニーナは強かった。

 街で悪漢に襲われた事があったが、俺が手も足も出ない相手になんと素手で撃退してしまったのだ。あの時は唖然として開いた口が塞がらなかった。


 「う~ん。街で暮らしてると自然と護身術が身につくからねー」


 もっと驚いたのはニーナの女友達も同じ位強かったのだ。

 最近はほぼ毎日バクシーさんの家に住み込みで働いている。

 するとやはりニーナの友人とも知り合う機会があった。そしてたまの休日にニーナとその友人達に街を案内して貰ったのだ。

 その時にもまた悪漢に襲われ以下略な事が起きた。


 「しかし平民の暮らしは物騒だな。街に出る度に悪漢に襲われる。これでは民達が安心して暮らせぬではないか。父上は何をしておられるのか」


 情け無くも過去助けられた時の事を思い起こせば、自然と平民の暮らしが心配になった。

 城のある方角を向いて苦言を言えば、何故か皆がえも言えぬ複雑な顔を俺に向けた。


 「え~……。これ、本気かな~」

 「恐らく本当にわかっておられぬと思いますね」

 「おいおい。ウチの娘達より心配になってくるぜ」

 「?何を言っているのだ?」


 何が言いたいのかさっぱりわからず素直に問えば、三人は「はー、やれやれ」と首を振った。

 本当に何だというのか。


 「まあいい。バクシーさん、次は何をすれば良い」

 「ん?ああ。それじゃあ牛の乳搾りでもやってみるか」

 「本当か!?」


 乳搾り。それは雑用をこなしている間横目で見ていた憧れの作業だ。

 俺の様なものにそんな大役を任せてくれるとは、バクシーさんは本当に良い人だ。

 苦笑を隠さないバクシーさんに連れられて、ワクワクと牛舎に入った。ここは仔牛を産んだ雌牛しかいない。


 「いいか、牛達の気を不快にさせない様にこの辺りでこうやって絞るんだ」

 「おおー」


 手本を見せてくれるバクシーさん。物凄い勢いで桶にミルクが溜まっていく。


 「ほれ、やってみろ」

 「は、はいっ」


 思わず背筋を正してギクシャクと同じ位置に着いた。

 見よう見真似で言われた通りにやってみる。


 シャーーー!


 「うわっ、出た!出たぞ!」

 「ほおー、一度でそこまで出来るたあー上出来だ。

 やっぱ俺んとこの養子にならんか?なんならニーナと夫婦になるんでも」

 「ちょっと!お父さん!?止めてよ!」

 「そうだな。ニーナは良い娘だ。俺の様な玉無しのろくでなしなど罰ゲームにしてもタチが悪い」

 「アスター君も自分で言って自分で落ち込まないで!?あたし達は誰もそんな事思ってないんだからっ」


 本当になんと良い家族だ。俺もここの子だったらまた違った未来が有ったのだろう。

 ホロリと感動をした俺をテルロが穏やかな笑みで見ている。

 テルロは良くこうして俺を気に掛け、俺が幸せを感じる度に自分の事の様に嬉しそうな顔を見せてくれる。


 「俺は今幸せだ。愚かな行いをしたのにこんなにも幸せで良いのだろうか」

 「良いに決まってるじゃねえか。お前さんはまだ子供なんだ。いっぱい甘えてもっと幸せになっちまえよ」

 「そうね。だいたい愚かっていうのは、子供一人真面に育てられないお城の可哀想な人達の事を言うのよ」


 ジーンと胸の温かさを感じていると、奥さんがヒョコリと現れ話に参加して来た。

 穏やかな顔をしてその言葉の端々には何故か鋭く尖ったトゲを感じた。


 「アスター君は素直な良い子です。素直だからお城の育て方にも素直に育っただけの良い子です。

 という訳で素直なアスター君にママがお料理を教えましょう」


 ??何故そうなったんだ?料理は女か料理人の仕事だろう?

 ニコニコ顔の奥さんに、しかし俺は反論など出来なかった。

 まあ、料理を覚えれば飯屋でも働けるかもしれないしな。いっそ俺が店を開くというのも……いや、それでは客が寄り付かんか。

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