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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

すくいのくぼ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うーい。おい、つぶらや、もう一軒くらいつき合えんべよ?

 まったく、2月も待つになると、どいつもこいつもしみったれでな。自分の都合ばっか優先したがる。愚痴のひとつも垂れてえときに、誰一人付き合ってくれん。これ、精神的にめちゃんこきついよなあ?

 おまけに、ウサを晴らしてえメシもいまいちの出来と来た日にゃあ、ハラワタ煮えくり返る思いよ。それも三軒連続、ことごとくだぞ。今度こそ、今度こそと思う時に限ってダメなんだ。

 メシ、といえばよお。つぶらやはこういう時以外のメシ、ちゃんと食えてんのか? 俺のお袋なんか、実家に引きこもっていたころの俺を知ってるからよお。飢え死にしてるんじゃないかと、頻繁に連絡をよこしやがるんだ。

 大丈夫っていっても、時間がたつと不安になってしかたないらしい。こう心配性なあたりも母親らしいというか、女々しいというか。そんだけメシの問題は大きいってことだな。

 そして、そいつは昔でも同じこと。ひとつ、メシをめぐる言い伝えを聞いてみないか?


 むかしむかし。とある村の一家に十一人目の子供が生まれた。

 働き手を確保したい農民にとって、子だくさんは悪いことじゃない。今と違って娯楽も限られるし、命の危険も多いときている。できるときに夫婦のきずなを確かめあうことも、また大切だったろうな。

 すでに上の子供たちは幾人か家を出ていたものの、両親を含めての8人家族。末っ子の彼は育ちざかりな兄ちゃん、姉ちゃんにたかられてな。親の見ていないところで、限りあるメシをひっそり、いただかれちまうことがままあったようだ。

 ある程度大きくなると、この理不尽に耐えがたくなってな。大ゲンカをして親に両成敗されたことは、一度や二度じゃきかなかったらしい。そのたび、「腹減った、腹減った」とぎゃあぎゃあ騒いだ。

 すると、あまりのうるささにうっとおしくなったか、父親は奇妙な助言を子供たちにしてくれた。


「月がすっかり見えなくなる日の夜に、『すくいのくぼ』へ行け。そこで声の限りにメシが欲しいことを叫ぶがいい。その声が天に通じたら、願いが果たされるかもしれん」


 すくいのくぼは、村から半里(約2キロ)離れた丘の上。ぽっこりとすり鉢状に土がえぐれたくぼ地のことを指す。あたかも、大きいさじで土をすくってできたように見えることから、名前がつけられた。

 父親に言われてやってきた子は、末っ子の彼も含めて三人。いずれも下から数えたほうが早い兄弟たちだったという。

 すくいのくぼは、この中だけ草が全く生えない茶色い砂利がしきつめられている。彼らはそのくぼの真ん中に立つと、空に向かって空腹を訴えていったんだ。

 どれほど呼びかけ続けただろうか。墨が広がったように真っ暗な空から、ふいに末っ子の頭へ降ってくるものがあった。べちゃりと音を立てて砕けちったそれは、一部を末っ子の顔の上にとどめて、残りはばらばらと地面にこぼれていく。

 握り飯だった。丸っこい形をしていた米の塊が降ってきて、末っ子の顔にあたって無数の米粒をばらまいたんだ。ほどなく、他の兄弟たちの頭も同じ運命をたどる。

 少し湿ってはいたものの、家ではめったに食べられない米に、子供たちは大よろこび。土がくっつこうが、構わずに口へ運んだとか。

 たっぷり三つほどたいらげ、満腹になった兄弟。父親にお礼を言ったけれども、むこう三カ月はあの米を食べるのを禁じられる。


「働かざるもの、食うべからず、というやつだ。きっちり仕事をするからこそ、メシはうまく感じるし、尊さも覚えるものだ。

 メシがあるのを当然と思うようでは、この世にいていい存在とはいえんな」



 その言葉を素直に受け取った末っ子は、これまで以上に仕事にしっかり打ち込むようになった。

 三月頑張れば、確実にたらふくメシを食うことができる。いまだ兄弟間で立場が弱く、融通を強要される自分にとって、非常にありがたいことだ。

 でも兄たちは違った。弟から搾取することに慣れていた彼らは、もらえるものはもらわなくては気が済まなかったらしい。父親の言いつけを破り、彼らは毎月のみそかに「すくいのくぼ」へ足を運んだ。

 末っ子は律儀に言いつけを守っていたものの、かすかな気配に目を覚ましてしまう。すると兄たちが夜中にこっそり家を出て行くところ。狸寝入りをしながら待っていると、やがて口の端に米粒をくっつけて帰ってくるところから、事情を察したらしい。

「父上の言いつけを守らなきゃダメだよ」とはいえなかった。立場の弱い自分の言葉など、兄たちは歯牙にもかけない。いや、下手をするとメシ関連以外にも、親の見ていないところで嫌がらせを受けるかもしれなかった。

 年長者は適度に立ててやり、ご機嫌をうかがっていればいい。末っ子なりに学んだ、生きるすべのひとつだった。


 それから半年後。末っ子にとっては、三回目の「すくいのくぼ」来訪の時がきた。父親の言いつけ通り、三カ月間はみっちり仕事に臨んできたんだ。

 他の兄弟たちも続くが、いずれも末っ子よりも多く、あのメシにありついている者ばかり。特にすぐひとつ上の兄は、毎月のように足を運んでいるらしかった。

 兄たちは慣れているせいか、足取り軽く先へ進んでいく。自然としんがりをつとめることになった末っ子だけど、今晩は少し妙だ。

 自分たちの足音に少し遅れて、別の足音が混じってくる。

 こだまじゃなさそうだった。自分たちのものより、きもちゆったりとした間隔で足を運び、止まることもする。

 すくいのくぼまでの道は木や岩が多い。身を隠すには困らない立地ではあった。それでも兄たちの機嫌を損ねたくない一心で、末っ子はなにもいわず彼らについていったそうだ。

 

 すくいのくぼは、その日も彼らの求めに応じてくれた。

 まだ受け止め慣れていない末っ子は、またも天から投じられる握り飯を顔で受けてしまったが、兄たちはきっちり手の中へおさめていく。ようやく顔から米を引きはがし終えた弟だけど、それらを口に入れる直前、兄たちの悲鳴があがった。

 見ると、兄たちの身体が宙へ浮かんでいくんだ。間近にいた兄の口を見ると、米粒に混じって光るものがあった。それが唇と鼻の間の皮膚に引っ掛かり、身体を緩やかに持ち上げている。

 

 釣り針だ。人間相応に大きいもので、特にすぐひとつ上の兄のものは、際立ったものだったらしい。

 針を外そうと、釣られながらもがく兄たち。やがて針の小さい者から縛めを解かれ、落下。地面に叩きつけられていく。肉を無理にちぎったところは真っ赤に染まり、まともに言葉を発することができないほどだったとか。

 そして、あの兄をとらえた釣り針は外れない。小さくなっていく叫び声と、ときおり舌立ってくる赤いしずくが、彼の努力を物語っている。周りの木々よりも足先が高くなると、釣り上げる速度はぐんと早くなった。

 もう兄の声は届かない。血も垂れてこない。地上に留まった者たちは、あっという間に空へ消えていった、彼の姿を見送るよりなかった。


「――この、たわけものが」


 ぞっとする低い声が浴びせられる。

 一同が見ると、そこに立っていたのは自分たちの父親。腕を組み、険しい表情で空を見上げた後、子供たちに語りかける。


「メシを食うというのはな、『そこ』に属するということだ。作るために使われる釜たちには、手垢を含めた『そこ』の味がにじんでいる。

 同じ釜のメシを食う、というのもその大事さから来ているんだ。他のメシを食えば、他のものに身体がっていく。

 あいつはもはや、向こうのものだ。帰ってはくるまい。そのぶん、助かったお前らはこちらのメシをしっかり食え。ちゃんと汗水流して、母ちゃんの苦労がこもったメシたちをな」


 翌日以降、そのひとつ上の兄は神隠しにあったと、皆に伝えられたそうだ。

 


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