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第70話


 一学期最後の登校日であるその日は、退屈な終業式が終わると忌々しい宿題を配られる。

 あとは、担任の教師の注意事項を右から左へ聞き流せばいい。


 そんな感じでその日を乗り切った俺は、まだ学校から帰れずにいた。


 夏祭り以来、さらに三倉と仲の良くなったアキトは嬉しそうな顔をして教室を飛び出していた。

 久遠は、壱岐を連れて新作小説を買いに行くと言っており、マエも今日は昼前からバイトのシフトを入れている。


 教室で時間を潰した俺は、呼び出しを受けた場所にようやく向かう。

 指定されたのは特別棟の屋上。

 終業式の今日は部活動の無い生徒はさっさと帰宅しており、屋上にいる人影は俺を呼びだした彼女ただ一人だ。


「で、何の用事だ双葉」


 俺がそう言うと、背中を向けていた双葉が振り返る。

 その姿は、教室で見せる雰囲気を纏っていた。


「今日は、約束の日ですから」


 それを聞いて、俺は双葉の用事に思い当たる。

 今日は俺と双葉の恋人ごっこもどきの満了日だ。


「なら、今日で俺らの共犯関係は終わりだな」

「はい、明日からは夏休み。二学期になればただのクラスメイトに戻ります」


 双葉は落ち着いた口調でそう言った。

 その姿には、俺が見た綻びは一切無い。


「ただのクラスメイトか」


 俺は呟くように言った。

 思い返せば、ここしばらくはずっと双葉に振り回されていた気がする。

 気になる異性ごっこは、まぁ疲れたのは本当だしもう一回やれと言われれば必ず断る位には懲りた。

 それでも――。


「楽しかった。なんだかんだ言って」

「はい、私も楽しかったです」


 そう言うと、俺たちはどちらからとなく笑い出した。

 ひとしきり笑った後に、俺が切り出す。


「じゃ、これからはただのクラスメイトって事で」

「はい」


 とはいえ、別に俺たちの間で何が変わるわけではない。

 確かに、対外的な態度はこれまでと変わるだろうが、友達としての付き合いはこれからも続くだろう。

 夏休み中には、すでにマエが海に行く計画を立てており、双葉も誘われているのだから。


「用事はこれだけか?」


 俺が確認するように言うと、双葉は首を横に振った。


「いえ、まだ大切なお話があります」


 そう口にする双葉の雰囲気が、少しずつ変わっていく。

 クラスメイトに見せる貼り付けた笑みがはがれ、真剣な表情で俺を見つめる。


 見た目では分からない緊張感の様なモノが伝わって来た。

 そして、双葉はゆっくりと口を開く。


「鳴希くん、好きです」


 その言葉を口にした瞬間、双葉は優しい笑みを浮かべた。

 それは、俺が見たどの双葉よりもまっすぐで、どの双葉よりも不安げだった。


「はぐらかされないようにハッキリと言葉にします」


 そう言うと双葉は、胸を張って堂々と言う。


「私、二上双葉は成嶋鳴希くんを異性として恋愛の対象として、好きです」


 それは、ロマンチックの欠片も無い事務的な言葉の羅列のはずだった。

 しかし、それを口にする双葉を見れば、そんな感想はわかない。


 俺は、双葉の真剣な気持ちに真摯に応えるべく、言葉を考えた。

 しかし、俺が口にするより早く双葉が言う。


「あ、言っておきますけど。これは別に恋人になってほしいとかそういう告白ではないですから」


 瞬間、俺の頭は混乱した。

 情報量がおかしい。俺の頭をデュアルコアにして欲しい。


「双葉。ゴメン、説明して」


 混乱する俺を見て双葉は満足気に笑っている。

 先ほどまでの空気はどこへやらと飛んでいき、すっかり双葉のペースに乗せられてしまう。


「ほら、私って告白するよりされる方のイメージじゃないですか」

「俺に同意を求めるな」

「だから、私から付き合ってくださいって言うのは違うと思うんです」

「納得しないぞ、俺は」


 双葉は言って聞かせるような口調でそう言う、今度は悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む。


「ですから、鳴希くんから告白してください」


 懇願するような声色で双葉が言う。


「そうすれば、私はあなたの恋人です」


 学年一の美少女に、こんなことを言われて断る男がいるのだろうか。

 まぁ、ここに居るんだが。


「双葉、悪いがそれは出来ない」


 俺がそう言うと、双葉は驚きもせずに聞いてくる。


「どうしてですか? 他に好きな人でもいるんですか?」


 だが、俺はその問いには答えない。

 肯定も否定もしない。

 あの感情は俺の心の底に沈めて、観測していない。

 それは観測されない限り、どちらでもないのだ。


 何も言わない俺を見て、双葉は意味深に笑う。


「どちらとも言わない。と言うことは、どちらであるとも言えない、という事ですね」


 双葉は、俺の心を見透かすような視線を向けてくる。

 そこには、恋愛ポンコツ女の姿はどこにも無かった。


「そういう感情を抱くことすら出来ない相手、まさか教師とかじゃないですよね!?」

「それは無い」


 感心していた矢先にとんでもないことを口に出される。

 俺は改めて、双葉は油断できない相手だと認識する。


「すでにお付き合いされている方がいらっしゃる。ということは無いですよね」

「そんな相手がいないのはお前もよく知っているだろう」


 ここしばらくの間、恋人ごっこの様な事をしていたのだ。

 そういう相手がいれば問題が発生している。


「では、やはり片思いの相手ですか」

「いや、だから俺は何も言ってないだろ」

「はいはい、わかりましたよ」


 双葉は面倒くさそうに俺をあしらうと、再び真剣な眼差しで俺を見る。


「ともかく、そういう事なら仕方ありません」


 俺はそれを聞いて一瞬、双葉が諦めたと考えた。

 しかし、双葉がそんなに物わかりの良い相手なら今日まで苦労していない。


「でしたら私がすることは一つです。あなたを私に夢中にさせて、泣きながら付き合ってくれと告白させてみせます」


 俺の顔を指さし、堂々と宣言する双葉の姿は俺の目に大きく映った。

 自分の想いに真っ直ぐなその姿は、俺の知っていた二上双葉であり、俺の知っている二上双葉だった。


「覚悟してくださいね」


 笑ってそう言って見せた双葉に、俺は苦笑してしまう。

 やはり、二上双葉は強敵だ。


 その真っ直ぐな思いに向き合うには、軽い気持ちでは出来ない。

 俺も真剣に、真摯に向き合わなければならない。

 その時が来るのはいつだろうか。

 それは、俺の心の底。箱の中に収めたあの感情を取り出した後だ。


 つまり、久遠の恋が成就した時だろう。


 その時なら、箱の中の想いは死んでいるはずだから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] どうなるのかよく分からなかったけどちゃんと深掘りするってことね [一言] 楽しみにしてます
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