第69話
お面を付けた双葉が射的に挑戦してすでに三回目。
最後の弾を打ち切った双葉が俺を見て言う。
「鳴希くん、当たりません」
狐のお面で表情は見えないが、どういう顔を浮かべているのかはなんとなくわかる。
普段の取り繕った雰囲気よりも今のお面姿の方が、感情表現が豊かに感じる。
「双葉、“当たりません”じゃなくて“当てられません”じゃないのか?」
俺がそう意地の悪い表情を浮かべて言うと、双葉は片手で俺の胸をポカポカと叩く。
とはいえ、その力は弱々しいので痛くも痒くも無い。
「というか、そんなお面を付けた状態でまともに狙えるわけないだろ」
「お面を渡したのは鳴希くんですよね!?」
お面の表情が変わるはずないのに怒っているように見える。
俺はその姿がおかしくて笑ってしまうが、双葉は余計に怒りだす。
「鳴希くん、代わってください。そして外してください。笑ってあげます」
双葉がそう言ってコルク銃を突き出す。
俺はそれを受け取って言う。
「もし俺が当てたら何してくれる?」
挑発するような俺の言葉に双葉が少しムキになる。
双葉は薄い胸を張って堂々と答える。
「何でもしてあげますよ」
「お前それ、他の男相手に言うなよ」
そう言って俺は屋台のオヤジに一回分の料金を支払うと、5発分の弾を受け取る。
弾をコルク銃に装填して構える。
「兄ちゃん、彼女の前だぞ! あててやれよー」
屋台のオヤジが茶々を入れるが、俺は特に気にしない。
チラッと双葉を見たが、お面でその表情は分からない。
一発目。
照準器もライフリングも無いコルク銃は真っ直ぐ飛ばず途中でそれる。
弾は掠りもせずに転がった。
「鳴希くん、外しましたね」
「まだ一発目だ」
気を取り直して二発目、三発目、四発目と撃つがやはり弾は真っ直ぐ飛ばずに的を外れる。
そんな俺を見て双葉は嬉しそうに言う。
「あと一発ですよ!」
「お前は景品が欲しいのか欲しくないのかどっちだ?」
「景品はもちろん欲しいですけど、それはそれとして鳴希くんには外して欲しいです」
「無茶な注文だな」
五発目。
コルク銃を構える。ストックに頬を当て標的をしっかりと見据える。
銃の特性なんてわかるわけがない。俺はどこぞの13では無い。
当てようと思って当てられるわけがない。
しかし、なぜだろうか。
これは外す気がしない。
「――――!?」
引き金を引くと、コルクの弾はそれまでと違い真っ直ぐに飛び、標的の立札を直撃する。
立札が倒れると同時に屋台のオヤジが苦い顔をした。
俺は、なぜだろうか。嬉しいはずなのに当たるのが当然の様な気がして素直に喜びの感情が浮かんでこない。
「双葉、当てたぞ」
俺がそう冷静に言う。
すると、隣に立ってそれを見ていた双葉が答える。
「すごいです! 当てました! 当たりましたよ!」
「お、おう。当たったな」
「やりました! やりましたよ鳴希くん!」
まるで、自分の事の様に喜ぶ双葉に少し驚いた。
周囲の目を気にせず無邪気に喜ぶ双葉の姿は珍しい。
「ほい、嬢ちゃん。景品だ」
屋台のオヤジが景品の『金魚飼育セット』を双葉に渡す。
双葉はそれを受け取ると大事そうに両手に抱える。
「さ、次は金魚ですよ!」
双葉は俺を見て急かす様にそう言う。
俺はコルク銃を返却すると双葉に引きずられながら隣の金魚すくいの屋台に移動する。
まずは双葉が挑戦するが、ポイを2つ破いたところでやはり俺に助けを求める。
俺も挑戦して2回目で何とか金魚を2匹すくう事が出来た。
「ふふん――」
双葉は持ち帰り用の袋の中の金魚をお面越しに眺めながら笑い声を漏らす。
その姿は、表情は分からないが明らかに喜んでいる。
「嬉しそうだな」
「はい。嬉しいです! ありがとうございます」
やはり顔は見えないが屈託の無さは伝わって来る。
俺はその姿がおかしくて笑ってしまう。
「どうして笑うんですか?」
双葉は不満そうに言う。
それすらもいつもよりもわかりやすくておかしかった。
「鳴希くん!」
双葉はそんな俺にとうとう怒りだす。
俺は、素直に思ったことを話す。
「いや、お面で顔が見えないのに普段よりもわかりやすいからさ」
俺がそう言うと、双葉は黙り込む。
項垂れているわけでもなく、肩を落としている訳でも無い。
表情も全く分からないのに、なぜか気分が落ちているように感じる。
「双葉?」
俺が心配そうに声をかけると、双葉が真剣な声色で言う。
「鳴希くんは、普段の私よりも今の私の方が良いと思いますか?」
「いきなりどうした?」
俺がそう言うと双葉は落ち着いた声で言う。
「いつも、学校で見せている私よりも今の私といる方が楽しいですか? 今の方が私らしいですか?」
俺には、双葉が何を言いたいのかわかった。
だから、俺はそれを口にする前に答える。
「もしかして、普段の自分はネコかぶってるとか、偽ってるとか思ってるのか?」
俺がそう言うと、双葉はため息交じりに言う。
「話が早いですね。そういう事です」
「ばーか」
俺が間髪入れずにそう言うと、双葉は黙り込んだ。
「何いまさらそんな事言ってんだよ?」
「ええ、今更ですね。私は自分を――」
「だから、今更そんな当たり前にみんなやってることを気にしてどうすんだって言ってんだ」
双葉はお面越しに驚いているのがわかる。
「なに? 自分だけいい子ちゃんの振りしてるって思ってたのか?」
「いえ、あの――」
「そんなん、俺もそうだし、久遠もマエもアキトも壱岐もそうだっての」
双葉は今度こそ黙り込む。
「みんな何かしら本心を隠して生きてる。それは赤の他人に対しても、自分の親兄弟に対してもだ」
俺は一拍置いて言葉を紡ぐ。
「自分以外に知られちゃいけない感情は誰にだってある。隠したそれも俺で、それを隠す俺も俺だ」
そう言いながら俺は双葉のお面にデコピンをする。
「仮面を被った双葉も、自分だけが知っている双葉も、お面をかぶってテンション上がっている双葉も、全部それぞれ二上双葉だろ」
双葉の肩が震えているのが見える。
「どの双葉でも、まぁ時々ムカつくことはあるが一緒に居て楽しい」
俺がそう言うと、黙り込んだ双葉はようやく口を開く。
「私も、どの私でも鳴希くんと一緒だと楽しいですよ」
そう言うと双葉は、お面を横にずらして素顔を晒す。
そこには、貼り付けたもので無く、晴れやかな笑顔が輝いていた。




