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第68話


 女の子を送り届けた俺たちは、すぐに壱岐に連絡を取った。

 壱岐と久遠は俺たちがいないことに気付いており、探し回っているとのことだった。


 俺は事情を説明した後に、すこし別行動をとることを提案した。

 二人には、いちいち合流するのも大変だからと言いつつ、俺の真意は壱岐と久遠を二人きりにすることだった。


 壱岐は電話口で、なにか言おうとしていたが結局は納得したのか何も言わなかった。


「という訳だ、双葉」


 俺が双葉にそのことを伝えると、双葉は取り繕うことなく素に近い表情を見せる。

 双葉は、俺をおちょくる様な顔をして言う。


「鳴希くん、私と二人きりになりたいんですか?」

「……顔見てから言え」

「ふふん、ばっちり見てから言ってます」


 そう言われると俺はもう言い返す言葉が無い。

 双葉の容姿にケチを付けるなら、俺は美的感覚に致命的な欠陥を抱えていることになる。


「別にこのままずっとという訳じゃねーよ。一時間後に鳥居の前に集合だ」


 俺がそう言うと、双葉は取り繕った笑顔で媚びるような声を出す。


「私は二人でもいいですよ」

「言っとくが、俺はそれで騙せねぇからな」

「……面白くないですね」

「男の純情で遊ぶな」


 と言うやり取りをしながら、俺たちは再び人混みの中へ飛び込んだ。

 俺を先頭に、双葉ははぐれないように俺のシャツの裾をつまんでいる。


「双葉、何か気になる屋台は無いか?」


 俺がそう言うと、双葉は俺の裾を摘まんだまま周囲を見回している。

 すると、何かを見つけたのか双葉はその歩みを止めた。


「また迷子か?」

「違いますよ」


 俺は双葉の視線の先に目を向ける。

 そこには、夏祭りの定番である金魚すくいの文字が並んでいた。


「見てみるか?」

「そうですね」


 人混みをかき分けて屋台の前に出る。

 ちょうど、小学生くらいの女の子と男の子の二人組が挑戦している最中だった。

 金魚を欲しがる女の子に、男の子が頑張って捕まえようとしている。


「可愛らしいですね」

「金魚の事か? 金魚じゃないほうか?」

「どちらもですよ」


 双葉は、その二人の姿をほほえましそうに眺めながらも、チラチラと金魚にも意識を向けている。

 俺は、その様子を見て少し笑いながら言う。


「欲しいのか?」


 俺がそう言うと、双葉は残念そうな表情を見せる。


「うちには水槽も金魚鉢もありませんから」


 それは、欲しいとも欲しくないとも違う答えだった。

 飼えない理由を言っているだけで、双葉の本心と違う。


「国語のテストだとアウトだな」


 俺がその事を指摘すると、双葉も反撃する。


「この文に込められた作者の気持ちを答えよ」


 それを聞いて俺は確信する。

 やっぱり、金魚が欲しいんじゃないか、と。

 だが、ここでただ俺が金魚を掬っても無意味だ。

 結局、双葉の家に飼育する環境が無い以上、双葉はそれを受け取らない。


 作者の気持ちを答えよ。


 双葉は、金魚を掬ってもすぐに死なせてしまう事を理解している。

 自分の衝動的な欲求を満たすために、生き物の命を扱えないのだ。


「なら――――」


 仕方ない。

 そう言おうとした時、俺は隣の屋台にあるモノを捉えた。


「双葉、ちょっと来い」

「なんですか?」


 俺は双葉を連れて隣の屋台に移動する。

 双葉は、屋台の名前を読み上げた。


「射的、ですか?」

「景品を見てみろ」


 そう言って俺が指をさした先には、ひな壇になった景品台があった。

 その上から二段目に、立札が並べられておりその一つに書かれていた。


「金魚飼育セット――――!」


 双葉が立札を読み上げると、驚きの表情を浮かべる。

 それはまさに渡りに船だ。

 まぁ、屋台のオヤジの横のつながりを感じないでもないが。


「問題は解決したんじゃないか?」


 俺がそう言うと双葉は冷静に応える。


「いえ、解決策が見つかっただけです」

「おっしゃる通りだが、なら実行すればいい」


 俺がそう提案すると双葉は少し困った顔をする。

 流石に、金が無いということは無いだろう。

 俺は何が心配なのかと考えて居ると双葉が言う。


「鳴希くん、取ってください」


 いきなりのご指名だった。


「いや、別にいいけど。一回くらいは挑戦してみろよ」


 だが、双葉は悩んでいる。

 何か射的が出来ない事情でもあるのだろうか?

 親が全米ライフル協会の抗議活動にでも参加しているとかじゃないよな?


「双葉?」


 俺が顔を除き込むと、双葉は薄い胸を張って言う。


「私のイメージに合いません」


 おっと、またなんか面倒なことを言いだしたぞこの女。


「何がだよ」

「私はほら、虫も殺したことありませんって感じですよね?」

「同意を求めるな」

「その私が銃を構えるのはどうかと思うんです」


 自意識過剰。

 そう言いかけて俺はやめた。

 ここで反論しても、面倒なだけだ。

 俺は、あきらめて代わりに射的をやろうと思った時だった。


「おっ――」


 反対側の屋台に良いものを見つけた。


「双葉、少し待ってろ」


 そう言うと俺は人混みをかき分けて反対側の屋台に向かう。

 そして、目当てのモノを購入して戻った。


「双葉、これ付けろ」


 そう言って俺が手渡したのは白い狐のお面だった。

 双葉はそれを受け取ると少し微笑んだ。


「可愛いですね」

「それで顔隠せばいいだろ、この前みたいに」

「狐というチョイスに何か感じるモノがありますが、良い案です」


 双葉は、俺の化け狐のメッセージにも気付きつつもそのお面を顔につけた。


「どうですか?」


 黒い浴衣に白い狐の面はよくあっていた。

 俺は率直な感想を言う。


「尻尾が九本あるみたいだ」

「誰が妖怪ですか!」


 お面で表情は見えないが、明らかに怒っている。


「しかし、外面を隠すためにお面を被るってなんの冗談だよ」

「……、そうですね」


 双葉は意味深に呟くと、早速射的に挑戦するのだった。


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