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第67話


 焼きそばを手に入れた俺たちは、同じく無事にたこ焼きを手に入れた双葉たちと合流する。

 流石にその場で食べるわけにもいかないので、境内の入り口付近の開けたスペースまで戻った。


「あ、意外とうまい」


 手に入れた焼きそばを啜ると、ソースの香りが口から鼻に抜ける。

 目玉焼きの乗った焼きそばは見た目にも豪華だったが、やはりその値段もそれなりにする。

 お祭り価格なので野暮は言わない。


「成嶋、焼きそばくれ」

「ほい」


 ビニール袋から取り出して壱岐に手渡す。


「鳴希くん、たこ焼きもどうぞ」

「ああ、さんきゅー……って」


 双葉の呼ぶ声につられて彼女を見ると、爪楊枝に刺さったたこ焼きを一つ俺に差し出していた。

 それを見た俺は動きが止まる。

 壱岐と久遠も俺たち二人を見たまますべての動作が止まっている。


 双葉は動かない俺を見て笑みを浮かべながら言う。


「冗談ですよ?」

「笑えねーよ」


 本当に双葉には振り回される。


「お前にそんな事してもらったなんてクラスの男子に知られると俺はどうなると思う?」

「どうなるんですか?」


 わかっていないふりをして双葉が言う。

 俺は視線で壱岐に助けを求めた。


「とりあえず背中に爪楊枝でも刺されるんじゃないか?」

「俺がたこ焼きにされるのか」

「ソースと青のりも付いてくるだろうな」

「マヨネーズも忘れるな」


 そう言いながら俺は自分の端で双葉の持つ容器からたこ焼きを一つ摘まむ。

 それを放り込むと、カリッとした側とアツアツでとろけた中身が生み出す絶妙な美味さが口に広がる。


「あ、たこ焼きも美味い」


 屋台のそれにしてはクオリティが高かった。

 お祭り価格でもそれほど惜しくは無い。


「……私も欲しい」

「はい、どうぞ」


 久遠がたこ焼きを求めると、双葉は俺にしたのと同じように爪楊枝にたこ焼きを一つ刺して突き出す。

 久遠が、俺に視線を向けてきたので俺はやれやれといった様子で双葉に言う。


「双葉、遊ぶな」

「いえ、今度は本気です」


 それはそれで返答に困る。

 俺は、久遠にあきらめの視線を送ると久遠はそのままたこ焼きに食い付いた。

 すると、まるごと頬張った久遠の肩が震える。


「……あふい」


 少し涙目になった久遠の珍しい姿に思わず反応が遅れてしまう。

 口元を抑えて、目元を少しだけ湿らすその様子は、いつもの落ち着いた雰囲気とは対照的で印象深い。


「はい、お茶です」


 受け取ったペットボトルのお茶を慌てて流し込む姿もまた俺の脳裏に焼き付いた。

 俺は、それ以上意識を向けないためにも焼きそばとたこ焼きに集中する。



 食べ終わった俺たちは再び人混みの中へ戻っていた。

 壱岐を先頭に進みながら屋台を見て回る。


 フランクフルト、ベビーカステラ、リンゴ飴など定番の屋台が並んでいる。

 それらはやはり人気があるのか列を作っている。


「何か食いたいものは無いのか?」


 俺は目の前を歩く双葉に話しかける。

 双葉はこちらを振り向くと呆れた顔をしていた。


「食べ物のことしか考えてないんですか?」

「あ、確かに」


 その指摘をうけて改めて周りを見てみれば、食べ物の屋台以外にもくじ引きや射的、ヨーヨー釣りなどがあることに気付く。


「俺って食い意地張ってたんだな」

「いま気付いたんですか?」


 そう言われると急に恥ずかしくなってきた。


「……、ともかく何か気になる屋台は無いのか?」


 改めてそう双葉に尋ねた。しかし、双葉からの返事は無い。

 それどころか、双葉は立ち止りどこか一点を見つめている。


「双葉?」


 真剣な表情をして見つめる双葉の視線を先に顔を向けた瞬間、双葉がそちらへ向かって人混みに飛び込んだ。


「おい! 双葉!?」


 俺は双葉の向かう先を確認しながら壱岐と久遠を見る。

 立ち止っていたせいか二人とは少し距離が空いてしまっていた。


 このまま双葉を追いかければあの二人とはぐれる。

 しかし、あの二人を呼び止めに行けば双葉を見失う。


 俺は迷わず一人で飛び出した双葉を追った。


「すみません、ちょっと通してください!」


 人混みを縫うように進み双葉の黒い浴衣を追った。

 石畳の通路の反対側に渡ったところでしゃがみ込む双葉を見つける。

 その隣には、浴衣を着た幼稚園児くらいの小さな女の子が泣いていた。


「双葉、その子どうかしたのか?」


 俺がそう言うと、双葉は女の子の手を握りながら答える。


「お母さんとはぐれてしまったみたいです」


 双葉は泣きじゃくる女の子の手を両手でしっかりと握り優しく話しかける。


「大丈夫ですよ。お姉さんがお母さんのところまで連れていってあげます」


 女の子は涙が止まらないため声を出せないようだったが、双葉の呼びかけに首を縦に振ってこたえる。


「入り口の近くに実行委員会のテントがあったはずだ。そこまで連れていこう」

「そうですね。ここで探すよりは確実でしょう」


 双葉は、ハンカチで女の子の涙を拭いながら語りかける。


「お母さんのところまで歩けますか?」


 しかし、女の子は首を横に振る。

 となると、俺がすべきことは一つだった。


「俺が背負ってく」


 女の子に背を向けてしゃがみ込む。

 しかし、女の子は警戒した様子でなかなか近寄ってこない。

 やっぱり、髪の色が怖いのだろうか……。


「大丈夫ですよ。このお兄さんはとっても優しい人です」


 双葉に促されて女の子は俺の背に体を預けた。

 俺はその子の体をしっかりと支えて立ち上がる。


「双葉、先導してくれ」

「はい、任せてください」


 双葉は、女の子に向けて微笑んでいる。

 その笑顔は、貼り付けた笑顔では無く、俺が見てきた双葉のどの笑顔よりも優しいものだった。


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