第66話
夏祭り当日。
朝からひっきりなしに送られてくるアキトのメッセージを斜め読みしながら俺は仕度を進めていた。
とは言っても、俺は浴衣を着るわけではないので準備も大したことない。
祭り会場は近くの神社、集合時間は17時でやはり俺は余裕を持って家を出た。
すると、家を出てすぐのところで久遠に出くわした。
俺は、その姿に視線を囚われる。
久遠は、青みがかった黒い髪を結い上げており、普段は隠れているその白い柔肌を露にさせている。
隠されていた両目も今日はハッキリと見据えられる。深い瞳は微睡んでいて、俺の姿をじっと見ていた。
そして、久遠の雰囲気にあった藍色の浴衣がミステリアスな空気を漂わせている。
俺は、長い時間彼女に見とれていたのではないかと錯覚する。
そんな俺を現実に引き戻したのは俺を呼ぶ久遠の声だった。
「――――、……ナルキ?」
名前を呼ばれてハッとする。
気恥ずかしさから顔を少し背けてしまうが、視線は相変わらず久遠から外すことは出来なかった。
「……何?」
久遠は、俺の様子を不審に思ったのかジトッとした目を向けている。
俺は、片手で頭を掻きながら答える。
「いや、良く似合ってるから……」
見惚れていたとは言わないし、言えない。
しかし、それでも久遠は恥ずかしそうな表情を浮かべている。
その頬が朱に染まっているのは夕日のせいだと思いたい。
「……早く行こ」
久遠はそう言うと先に神社へ向かう道を進む。
俺は、崩れそうなポーカーフェイスを作り直してその後ろを付いて行く。
神社に近付くにつれて道行く人は多くなっていった。
当然、そのほとんどが俺たちと同じ目的地だ。
車の侵入が規制された道路を進み、神社の入り口まで向かう。
待ち合わせ場所にはすでに双葉と壱岐の姿があった。
「鳴希くん、千代さん! こちらです!」
双葉が俺たちを見つけると右手を振って自分の存在を知らせた。
左手で袖を抑えながら手を振る所作が、なんとなく俺の目を惹く。
「待たせたか?」
俺がそう聞くと、双葉はあの貼り付けた笑顔で答える。
「大丈夫です、先ほど来たばかりですから」
二人の時は何分待っただの言う双葉も、今日は他二人の目があるためかそんな様子はおくびにも出さない。
とはいえ、ここで何も気を遣わなければ後で面倒だ。
俺は、双葉の浴衣姿を確認する。
双葉は、栗色の髪に白い花を一点だけ飾り付けている。
それは、黒を基調として白いアクセントが美しい浴衣によくあっている。
スレンダーな双葉は和服との相性もいいのか、黒い生地と相まってどこかいつもよりも大人びて見える。
「浴衣、似合ってるな」
俺がそう言うと双葉は、壱岐と久遠からは見えない位置にいるからか“当然です”と言わんばかりの堂々とした笑顔を見せる。
「鳴希くんは浴衣じゃ無いんですね」
双葉が意地の悪そうな視線を俺の髪に注ぎながら言う。
俺は、久遠と壱岐の手前へんな返答は出来ない。
「この髪だからな」
そう答えると双葉は嬉しそうに笑っている。
俺は、なんとか笑顔を取り繕う。
「意外と似合うかもしれませんよ」
嘘だ。絶対そんなことは考えていない。
「……そうか?」
「機会があれば、是非きてくださいね」
確実に笑いものにするつもり、そんな顔をしている。
俺は、反撃したい気持ちを抑えながら壱岐と久遠を見る。
久遠は、俺と双葉のやり取りを割と冷静に見守っており、以前のような双葉に対するぎこちなさは見えない。
一方壱岐は、いつもと違いどこか落ち着かない様子だった。
ともかく、合流した俺たちは早速夏祭りへ繰り出す。
鳥居をくぐり敷地内へ入る。
石畳の道を挟むように、様々な屋台が建ち並んでいる。
その間を多くの人が行き交っており、混雑している。
「まずは何を食べる?」
壱岐を先頭に久遠と双葉、最後尾に俺が続く。
俺は前の三人にそう問いかけた。
「お腹も空いていますし、焼きそばとかたこ焼きなんてどうですか?」
双葉がそう言うと、戦闘を歩く壱岐がハンドサインで了承する。
久遠は顔だけ振り向けると小さく頷いた。
「じゃ、とりあえずその二つを目指しつつ、ざっと見て回るか」
そして、壱岐を先頭に人混みの中を進んでいく。
焼きそばの屋台はすぐに見つかった。
しかし、すでに何人かの客が並んでおり少し待たなければならなかった。
俺がその列に並ぶと、反対側の屋台を見ていた双葉が言う。
「あ、向こうにたこ焼きあります! 私、買いに行ってきますね」
そう言うと双葉は人混みをかき分けて向こう側に行ってしまう。
俺は止めようとしたが、すでに双葉の姿は人の波に消えていた。
すると、それを見た壱岐がため息を吐きながら言う。
「ちょっと行ってくる。成嶋と久遠はここに居ろ」
壱岐も俺が止めるすきを与えずに人混みに飛び込んだ。
俺は、あの二人が二人きりになるという事態にすこし頭が痛くなったが、なんとなくだが大丈夫だという気分だった。
「……双葉、なんかテンション高くない?」
久遠は双葉の様子を冷静に判断する。
「いつもあんなもんじゃないか?」
「そう、かな……」
俺はこの前のラーメンを食べに行った時の姿を思い出す。
あの時に比べたら、それほどでもないと思える。
そんな事を考えながら人混みを見ていると、その中で見知った顔を見つける。
「あれ、アキトか?」
「……どこ?」
俺がそう言うと、久遠も同じ方向を見る。
しかし、久遠の身長では人混みに紛れる低身長のアキトを見つけるのは困難のようだ。
アキトは、当然だが三倉と二人で来ている。
三倉もここからでは良く見えないが浴衣を着ており、デートを楽しんでいる様子だった。
すると、アキトが何気なく首を振ったタイミングで俺の姿を発見したようだ。
人混みの中からでも、俺の金髪は目立つらしい。
「――――!」
アキトは、戦地に向かう兵隊よろしく敬礼をした。
俺は少し呆れながらも敬礼、そしてグッドラックと返してやった。
そんな俺の仕草を久遠は不思議そうに見ている。
「なんで敬礼?」
「アキトは今日、男になるらしい」
「……何が?」
俺は一瞬迷ったが、素直に説明することにした。
「三倉にキスするんだと」
「――! ……そう」
久遠は、一瞬だけ驚いた顔を見せるとすぐにいつもの気怠そうな表情に戻る。
しかし、その耳元がすこし赤くなっているのが俺にはわかったが、指摘はしない。
そうこうしているうちに、焼きそばの列は進む。
夏祭りはまだ始まったばかりだ。




